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「音を楽しむということ、それは中世文学の特質の中枢をしめている」(3)

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Academic year: 2021

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「音を楽しむということ、それは中世文学の特質の中枢をしめている」(3)

─本書は、中世の作品における一つの重要な諸相である〈音〉が織り成す文 学、〈口誦〉という文学形式の再評価を試みている。中世文学の大半は口誦性 を特徴としているがため、詩行より溢れ出る音の響きや音調の良さを正確に再 現することはできない。ましてや、活字や黙読文化が深く浸透している現代の 我々にとって、口誦文学の本質を理解することは決して容易ではない。著者は こうした事実に対して、言語研究のみに偏重しない文体論的あるいは〈フィロ ロジカルな〉アプローチを駆使することにより、中英語作品における言葉の一 語一語が纏う音の響き・音調の妙味を最大限に分析している。そして最終的に は、中世文学を豊かに彩る口誦の世界─「音という芸術性を尊び敬う中世人 のこころの有り様」(3)─を限りなく客観的に生き生きと提示している。

本書は二部に構成され、一部は中世英文学の言語と文化の特質を広く概観 した総論と今日の研究動向を鑑みた啓発的内容であり、二部では中英語で書 かれた文学作品が詳細に論じられている。主に対象となる中英語文学作品は、

12 世紀から 13 世紀にかけて書かれたとされる問答詩『梟とナイチンゲール』、

14 世紀末に書かれた中英語アーサー王ロマンスの傑作『ガウェイン卿と緑の 騎士』、そして英詩の父ジェフリー・チョーサーの代表作『カンタベリー物語』

岡 本 広 毅 菊池清明著

『中世英語英文学Ⅰ─その言語と文化の特質─』

(春風社、2015 年)

〈書評〉

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である。以下、紙幅の関係上、第一部と第二部の全章を扱うことができないこ と、また順を前後し第二部(言語編)から第一部(文化・文学編)の内容を見 ていくことをお許し願う。

『梟とナイチンゲール』は未だ英文学史上の認知度は低いものの、著者の研 究に接することで日本でも今後さらなる研究の発展が待たれる極めて意義深い 作品である。著者は W. P. Ker や J. W. H. Atkins、E. G. Stanley らが示唆した本 作品に関する従来の評価が極めて主観的・印象的であったことを指摘した上で、

それを具体的検証によって客観的に裏付けている。例えば、文構造、語彙、省 略・短縮、助動詞の用法や使用分布・頻度、多様な反復表現の使い分けなど多 岐にわたる言語的・文体的特徴を精査し、本問答詩を平明な英語散文が提唱さ れた 18 世紀に至る先駆的作品として位置付け直している。

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本作品を実際に読 んだ誰しもが、梟とナイチンゲールの繰り広げる問答が非常に臨場感に溢れ、

彼らの用いる言い回しがまるで現代英語の口語表現を想起させるほどの性質を 持つことに驚いたことだろう。その驚嘆の外で、著者はこの感覚や印象を語彙、

句、文章のレベルから解析し数値化することで、中世文学の音調の妙趣をもた らす様々な文体的技巧を鮮やかに例証している。文学批評にありがちな美辞麗 句やレトリックを避け、堅実で精緻な言語・文体分析によっての文学的価値を 解明・再評価していく様は、著者が真のフィロロジストたる所以であろう。な お、本作品の最新の校訂者であるダラム大学教授 Neil Cartlidge は、著者の論 考に幾度となく依拠・引用しているが、これは本書に収められた研究のいずれ もが世界的水準にあることを裏書きしている。

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『ガウェイン卿と緑の騎士』では、作品に登場する四名、ガウェイン、緑の 騎士、ベルティラック、奥方の科白に見られる語彙の特質、借用語の比率、統 語法、誓言の用法などを入念に比較・調査し、厳然たる統計数値のもと、詩人 の卓越した人物造形や言語感覚、そして近代小説に連なる登場人物の「個」へ の意識を考察している。統計資料は時に文学的配慮を怠った無機質なものとし て否定的に捉えられがちだが、本書においてそれは全くの杞憂である。例えば、

奥方からガウェインへの呼びかけが、敬称の “ye”-form から親称の “thou”-form に交代・移行することは、一見すれば一貫性を欠いたもののように思われるが、

この一連の交代は耳を頼りとする聴衆にとっては実に重大な音的変化であり、

詩人がこれに無頓着であったとは考え難い。著者は一連の変化が生じる全例を

丹念に吟味し、夫人の発話の中に生じるある種の気恥しさ、あるいは幾分の非

難と怒りといった繊細な感情の揺れを読み取っている(153-54)。これが示す

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ように、著者の文体論的アプローチは単なる語学的側面の調査に留まらず、場 面展開、人物心情の機微、そして口誦文化という複眼的な視点から論証されて いる。

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本書の第一部(文化・文学編)で綴られる数々の言葉がより一層の魅力と説 得力を帯びて読者の耳に響き渡るのは、こうした個々の作品の細部に目を配っ た綿密な言語分析と文学的解釈の賜物であろう。中世文学概論とも呼べる第一 部には、中世英語英文学研究を志す者にとってとりわけ傾聴に値する意義が込 められている。第一章「中世文学─その時代の諸相と特質」では、〈中世〉

という時代に魅入られた John Keats 、 William Morris 、 C. S. Lewis 、そして J. K.

Rowling といった後世の文人に触れ、時代に限定されない中世文学が内包する

一つの本質と現代性が余すところなく論及されている。〈中世〉という時代は 良くも悪くも一定の価値観に縛られた時期ではあるが、ともすれば、現代人の 思想あるいは理想を映し出す鏡ともなる。「中世文学の本質を理解する近道は、

遠く時空を隔てた中世文学に一足飛びに入り込むことではない」(39)と著者 は言い切る。「後世の多くの文人たちが憧れ、自分たちの感性で思うままに取 り扱った民話、伝説、神話、ロマンス、宮廷愛、騎士道といった中世の題材を〈時 の流れ〉に逆らい現代から遡りその源泉へゆっくりと堪能しながら立ち返るこ と」(39)などは、現在の中世英語英文学を取り巻く状況を切り開く極めて示 唆的なメッセージである。『指輪物語』や『ナルニア国物語』、 『ハリー・ポッター』

といった現代ファンタジー作品が、深い学究的見識と研鑽の下で創作され、長 きに渡る文学的・文化的水脈の中で生み出されていることを、我々は自覚して いるであろうか、そしてその実を興味深く読者に伝えることができているであ ろうか。つまるところ、中世英語英文学研究は言語や文学への固執、研究範囲 を〈中世〉に限定してしまうことによって、本質を見誤りがちなのである。中 世英語英文学という豊かな源泉は、その本質こそ再認識されるべきであり、著 者が繰り返し強調する〈学際的な〉研究の発信が求められている。

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中世英文学研究の活性化を図る意味でも、ミクロとマクロの視点が交錯し結 合する、それでいて真伨なアカデミズムに基づいた本書のような言語・文学研 究が今後ますます必要とされるであろう。最後に、本書が『中世英語英文学Ⅰ』

とある以上、続編が待望される。

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著者は反復表現を単に意味を強調するための一技法としてではなく、韻律 の響きと律動がもつ文体上の効果を演出するものとして捉え直し、これを

“Dynamics of Aural Literature”〈口誦文学の力学〉と呼んでいる(201)。

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Neil Cartlidge (ed.), The Owl and the Nightingale: Text and Translation (Exeter:

University of Exeter Press, 2001) Introduction の xx、xxxii、xxxiv 頁など、並 びに Explanatory Notes の 46 頁などを参照。

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本論は、中世英語英文学研究の泰斗 J. R. R. Tolkien の論に反佀したものであ る。J. R. R. Tolkien & E. V. Gordon (eds.), Sir Gawain and the Green Knight, 2

nd

ed., revised by Norman Davis (1925; Oxford: Clarendon Press, 1967) の 145 頁を参照。1925 年に E. V. Gordon と一緒に出版し、1967 年に Norman Davis によって改訂が加えられたトールキンの本エディションは、未だ色褪せるこ とのない中世校定本の金字塔とされている。著者の研究者としての始まりが 英文学研究に聳え立つ権威への挑戦であったことは示唆的で、私はとりわけ 日本の若手研究者はそのような気概を忘れてはならないと思う。

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著者は、第一部第三章において Helen Cooper や Mavis E. Mate、また同じく

第五章において John Hines の研究を挙げ、彼らの研究が有する多角的広が

りと学際性を高く評価している。ただ、筆者の言う学際性とは、考古学や美

術史といった他分野の知識・視座を援用する方法だけでなく、常に現代的意

義を照射する研究のスタンス、すなわち「過去と現代、そしてさらには未来

との間の事実と思考と想像力の縦横な移動のなかで生み出される言説、それ

に対比して提示される視点」(63)を意識的にもつことも含まれている。

参照

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