日本に於けるカウンセリングと心理療法 スーパーバイザーの一次的課題
西 川 昌 弘
*On Primary Tasks of Counseling and Psychotherapy Supervisor in Japan Masahiro NISHIKAWA*
【要 約】
筆者は,カウンセリングと心理療法の主な構成要素として,臨床的対話を「今,この場所 に於いて,他者と共に在る自分の五感を覚醒させ,次に,そのような自分が,自己対話と,
対人環境を含む環境との間での,感覚と知覚,そして認知水準での,相互作用を行っている 状態」と定義した。その上で,本論の目的を,日本に於けるカウンセリングと心理療法スー パーバイザーの一次的課題の抽出とした。本論では,心理療法の起点を,ウイニコットの
「他者と共に一人で在る」能力に置き,「人の,人的環境と物理的場所を含む環境との間での 五感を働かせた相互作用」に関する理論を整理した。そして,この相互作用と類似したロジ ャースの「心理学的接触」を目標としたプレセラピィの自験例を示した。次に,スーパービ ジョンで臨床的対話が生じるためのスーパーバイザーの課題を構成し,自験例を分析した。
抽出された過程課題は,1)所与の場所に在るスーパーバイジーと共に,今,ここで共に在 る自分の起動,2)彼が,スーパーバイザーと共に在るための支援と,彼の「今,ここで」
の感情の捉えと反射,3)彼が焦点化する「あの時,あの場所」でのクライエント感情の
「今,ここで」の共有,だった。
キーワード: 臨床的対話,私でないもの,心身,心,スーパービジョン
【Abstract】
The author defined a clinical dialogue that mainly make up counseling and psychotherapy as “The states of a person awakening one’s senses on a physical place who is engaging an interaction/dialogue within his/her self and an interaction/dialogue between the one and the environment with one’s sense, perception and cognition”. And the purpose of this article was to extract process tasks of a supervisor for counseling and psychotherapy in Japan. First, the author put a starting point on the concept of Winnicott’s
* 杉並心理相談室,〒 168-0065 東京都杉並区浜田山 2 丁目 13 番地ゲラン浜田山 201 号
Suginami Institute of Counseling and Psychotherapy, 2-13-201, Hamadayama, Suginami-ku, Tokyo, Japan, 168-0065
“the ability to be alone” and organized theories on a process of interactions between a person and his/her environment including a physical place for being alone and operating one’s psyche and mind. And the author showed the case of pre-therapy the goal of which was set on Carl Roger’s “psychology-cal contact”. Second, the author applied the theory of the clinical dialogue to counseling and psychotherapy supervision to compose process tasks of a supervisor. And from the point of the model, the author analyzed cases to extract primary tasks of the supervisor. The conclusions were that a supervisor in Japan were to be 1) Starting to be alone with a supervisee on his/her own place, and 2) Supporting he/
she to be alone on the place through sharing one’s affect and reflecting them, and then, 3)
Sharing his/her client’s “there and then” affect that the supervisee focused in here and now.
Key words: clinical dialogue, not-me, psycho-soma, mind, supervision
Ⅰ.問題
今日,我が国の臨床心理士の多くが携わるカウンセリングは,教育や社会教育の処方の一 つとして,自治体の教育相談所や学校,生活保護課等で,無料で提供されている。カウンセ ラーは,治療責任を有しないが,相互作用と対話の質に責任を負う専門家である。すなわ ち,カール・ロジャースに発するカウンセリングと,ヨゼフ・ブロイアーとジグムント・フ ロイトに発する心理療法は,いずれもその基礎に臨床的対話があると言えよう。そして専門 的技能を要する臨床的対話の起点は,当事者たちのこころのあり方にある。来談者中心療法 は,来談者を,自己の体験と認知が不一致な状態にある人,と定義している(1957)。また,
精神分析では,自己一致の問題は,真の自己と偽自己として検討してきている(Winnicott, 1965 他)。近年の脳科学の知見と心的外傷性ストレス群の臨床研究は,心(mind)がはたら くために,体性感覚(sense)の覚醒が必要条件であることを再確認している(Howell, 2005;Van der Kolk et al., 1995.)。
心理療法において,反復強迫は鍵概念の一つである。個人だけでなく,個人が属する集団 の集合たる社会の歴史もまた繰り返すならば,個人の心理学的問題を同定する上で,我が国 と社会の歴史,その心理的状況を概観しておくことは意味があるだろう。ここでは超自我に 関する側面に限ってみたい。日本国は,およそ 1500 年前に聖徳太子が統治し始めた時から,
仏教と政治との和合が始まった。160 年前の嘉永 7 年に,当時の欧米の先進諸国から武力威 圧を受けて開国し,先達たちは,当時の先進諸国による侵略に抗するために,富国強兵政策 をとった。そして政策実現のために,それまでの天皇制と幕藩体制の並列システムを天皇制 と官僚制に置き換え,またそれまでの神・仏習合を止め,国営神道のみとした。このよう に,我が国では,宗教は,道徳に吸収されてきたと言える(塚本,2004)。
その一方で,二度目の大きな戦争の末期,約 70 年前の昭和 20 年の,米国ら連合国による 広島市と長崎市への原子爆弾の投下で,数分から数時間の間に,20 万人以上の同胞が死ん だ。そして,5 年前の平成 23 年に,大地震と大津波という自然災害を契機に私たちは原子
力発電所の事故を起こした。福島県をはじめとする,多くの場所で逃げ場を塞がれて健康被 害に遭っている青年たちに,国営放送が,日々,連呼する「がんばろう」が,「その場所か ら離れずに,がんばれ」と聞こえていないことを願うばかりである。
このような大規模な児童虐待が起きている今のこの社会のなかで,私たちが,臨床心理士 としての仕事をすることは難しい。身体の安全が保障されない状況では,心的外傷性ストレ スの治療は始められないからである。さらに,児童虐待,社会的引きこもり,うつ状態,犯 罪被害者等の,重篤群を含む,心的外傷性ストレス群に対する心理療法の有効性も問われて いる。
そして,今日,臨床心理士等と共に働くスーパーバイザーが果たすべきことを同定する取 り組みは,単なる技術的側面だけでなく,世代としての責任が問われている側面もあるだろ う。
Ⅱ.目的
本論では,心理療法の基本原理の整理と検討を行い,その結果を用いてスーパービジョン 事例の逐語分析を行い,スーパーバイザーの一次的課題を抽出することを目的とする。
Ⅲ.方法
本論では,カウンセリングと心理療法の一次的目標を,クライエント/患者が,「他者と 共 に 一 人 で い る 能 力 」(Winnicott, 1949[1954]) を 起 動 し, 心 身(psycho-soma) と 心
(mind)がはたらくための他者を含む環境との相互作用に従事できるようになることとする。
それを促進する技術と態度は何かという問題意識から,心理療法理論と禅仏教哲学理論の整 理を行う。その整理に基づいて筆者がおこなった,ロジャース(Rogers, 1957)が提示した 人格変化の開始条件である「心理的接触(psychological contact)」の実現を目指すもので,
筆者が「場所に於いて五感と心を働かせる対話法の修得」を集団目標に置いて実施した,プ レセラピィ(Prouty, 2001 他)の事例を示す。次に,筆者が研究と実践を行ってきた,他者 との対話と自己内対話の起動のための介入モデルをスーパービジョンに適用し,スーパーバ イザーの過程課題の構成を行う。最後に,スーパービジョンの逐語分析を行い,スーパーバ イザーの一次的課題の抽出を行う。
Ⅳ.理論的整理;「他者と共に一人で在る能力」を基点として
ここでは,「他者と共に一人として在る能力」の受身的獲得から自律化,さらにそこで養 育者が提供するはたらき,という文脈で,心理療法理論と,日本の禅仏教哲学者である上田 閑照の二重世界内存在論(2000)を整理する。
1.心理療法理論
1-1.依存的に他者と共に一人で在る能力
私たちが,他者と共に一人で在る能力に関して,イギリスの小児科医であり精神分析家の ウイニコットは「他者と共に一人の人間として在る能力(to be alone)」と呼び,誕生後の 数週間の母子相互作用,すなわち,新生児を抱える環境との相互作用にその起源を認め,詳 細に論じている。そのなかで,心身(psycho-soma)概念を提出して,人の,感覚から知覚,
そして認知に至る体験過程のなかの,感覚から知覚に至る体験領域の重要性を指摘してい る。(Winnicott, 1949[1954])
ウイニコットの論文を整理したエイブラムは,次のように述べている(引用部はイタリッ ク)。
ウィニコットは,この「他者と共に一人として在る」感覚を,生後数週間の絶対的依存期 にある乳児の状態のなかで生じるべきもので,母親が一次的母性的養育没頭状態にある場 合に限って起こりうる「重力の中心(center of gravity)」として描いている。「他者と共 に一人であること」は,「真の自己(true self)」と,母親から継承した潜在力に属してい る。そして,人が他者と共に在る能力は,身体の興奮緊張状態を緩める能力と愉しむ能力
(to relax and enjoy)の前駆体である「不統合(unintegration;Winnicott, 1948〔1996〕, 1958)」と結びついている。
(Abram, 1996, p. 67)
上記の「不統合(unintegration)」は,対象関係が未生成な一者関係期の赤ん坊が,対人 関係水準において,人ではなく環境としての養育者に向けて発する容赦のない攻撃性
(ruthlessness)のことを指している。
1-2.他者と共に一人で在るための環境要件;3 構成要素
心身共に環境との適切な相互作用は,私たちが生きるための要件である。心(mind)の はたらきにとっての環境は,対人関係側面―それはカウンセリングと心理療法での二者一対 関係(a dyadic relationship)に対応する―と,空間側面―同様に,多重対人関係/生きた 空間(a multiple relationship/a living space)に対応する―から構成される。そして,後者 の多重対人関係/生きた空間は,人々の間の諸関係とそこから発するメイトリシーズ(ma- trices)ないしは雰囲気を帯びている。
空間がもつ雰囲気に関して,イギリスのフークスは,社会的メイトリックス(social ma- trix)概念を提唱した(Foulks, 1973)。また,アメリカで,統合失調症患者の治療に集団精 神療法を用いて成果を上げると共に,精神科専門医の訓練課程に集団精神療法を導入したピ ニーは,脳の神経回路モデルを援用し,治療空間の内実の記述概念として,相互作用メンタ ルメイトリックス(interactive mental matrix)概念を提唱した(Pinney, 1994)。
空間を基礎づけている「場所」の物理的側面に関して,イタリアの精神科医で集団分析家 であったアンコーナ(Ancona, L.)は,英国集団分析協会の年次大会で,同一メンバーで構
成されるグループのセッションを,異なる複数の会場で行い,参加した臨床家たちに,物理 的な場所が,集団力動の主な力動源であることを例示した(Angela, 2011)。同様に,ユン グ派分析家のアブラモヴィッチ(Abramovitch, H.)は,ロジャース(Rogers, C.)が,カウ ンセリングのセッションを行う場所を変えることの影響力に気づかないままそれを変更した ところ,自身のクライエントを「抱える能力」が劇的に下がってしまった苦い経験を振り返 る記述(Rogers, 1972, p. 57-8)から,治療空間には物理的な場所が含まれることを指摘し ている。そして,精神分析理論の枠組みである転移の観点から,心理療法の物理的な場所の 意味を次のように述べている。「実証されていないが,所与の心理療法の治療的過程は,人 である治療者への陽性転移と治療が行われている物理的な場所への転移に依拠している。そ の割合は,変動し,ある種の心的状態にあるクライエントにとっては,物理的な場所への陽 性転移の方がより重要性であることが語られている」(1997, p. 572)。
個人内および個人間の心理力動(psychodynamics)の力動源は,個人,相互作用メイト リックス,そして物理的場所(physical place/basho)の三つなのである。
1-3.他者と共に一人で在る能力の自律化;私でないものの体験
日本の社会では,自然災害や戦争災害,原子爆弾による被爆等の外傷的状況に晒された 人々が,集団行動化の一つであるスケープ・ゴーティング(scapegoating)(Scheidlinger, 1982;Moreno, 2007)ⅰ状況下で,「いじめ―いじめられ」と,「甘え―甘えられ」の二つの 固定した対人関係パタンの悪循環に陥ると指摘されている(Cohen and Schermer, 2002;
Scheidlinger, 1999;Yamaguchi, 1995)ⅱ。モレノは,スケープ・ゴーティングを防ぐために,
個人の「私でないもの(not me)」体験が必要であることを指摘している(Moreno, 2007)。
そこで,「私でないもの(not me)」の体験を明らかにする必要がある。
2.禅仏教哲学の存在論
私たちの心は,人生を生きるなかで,不可避に晒されるストレス,心的外傷的状況によ り,通常意識と,外傷反応の再演を司る心の部分とに分裂,解離している。禅仏教は,そこ から自分自身を解放し,「真の自己」として「私が私である」ための方法を提示している。
それは逆腹式呼吸を伴った,基本となる動作,すなわち「私は,私であらずして,私であ る」を実行することである。以下では,宗教哲学者の上田閑照による「私は,私である基本 動作」を示す(上田,2000)。
「私と言う」基礎的事態は,単純化すれば,「(自分を指して)私は,(相手に向かって)私 です」。もっとも単純化すれば「私は,私です」となる。それは平板連続的に私は私であ る事態ではなく,中枢に「私ならずして」(ないし「私なくして」)という否定の切れ目が 入って成立する運動である。この全運動が「私」ということであり,この全運動の自覚は
「私は,私ならずして(私なくして),私である」と言う。(p. 15)
「私は,私です」。これで否定はあらわれている。「私は」と言って,区切りを入れて,自
分のなかに風通しができて,あらためて「私です」。あるいは「私は」と言って,そこで 一旦深呼吸をして(「我」を忘れ),そのようにして「私」に「私ならざる」切れ目が入り 風が通って,開けた広いところから(それは他者と共に居る「場所」であるとともに,実 はもっと広大なところであるが,これについては後述),あらためて「私です」。(p. 15)
「私は,私ならずして,私である」。これが,「私とは何か」という問に対する第一の答に なる。これで終わりという答ではない。(p. 17)
人間存在には「何処で」ということが本質的に属している。人間はその基礎構造において 場所的存在(西田幾多郎)であり,世界内存在(ハイデッガー)として規定される。
(p. 17)
このようにして,場所のうちにある「私」にとっての場所は,究極的には,「世界」と,
世界を超えつつむ虚空のごとき見えない限りない開けという,見えない二重性の場所(仮 に,虚空[著者注;こくう]/世界と言っておく)である。人間主体は世界の内で「私」
と言いつつ,世界の内にあることによって,同時に,世界を超えつつむ限りない開けにま で「私ならずして」通っている。その限りない開けというのは,仮にそこだけをとると,
私たちが死んで逝くところと言えるであろう。しかし「虚空のごとき限りない開け」は死 んではじめて逝くところではなく,私たちが世界の内にあるとき,その世界を超えつつん でいるところである。世界の内にあることによって,同時に私たちは「限りない開け」の うちにあるのである。世界の内で「私」と言いつつ,「私なくして」限りない開けにまで 通っている。このようなあり方で「私」なのである。「私なくして」限りない開けにまで 通っている。このようなあり方で「私」なのである。このようにして,虚空/世界が,
「私」の,すなわち「私は,私ならずして,私」という「私」の究極の場所である」。
(p. 19-20)
以上,禅仏教が提示する,「真の自己」の発現である「私が,私である」ための方法を示 した(上田,2000 他)。
Ⅴ.場所に於いて五感と心が働く臨床的対話法の開発
筆者は,小中学校場面へのカウンセリング理論及び心理療法理論の適用という文脈で,児 童・生徒の変化を従属変数とする,教師とカウンセラーによる教育的対話の研究を小谷英文 と行った(西川ら,2000;小谷,2001)。さらに筆者は,禅仏教哲学の二重世界内存在論の 視点を入れ,カウンセリングと心理療法を構成する臨床的対話として,「今,この場所に於 い て 五 感 と 心 を 働 か せ る 対 話(Psycho-soma-Mindful-Dialogue-On-a-Place-within-the-be- yond)」を構成し,「五感と心を働かせる対話」を,「虚空界に超え包まれている現世界の今,
この場所に於いて在る自分の感覚が覚醒し,次に個人内と,個人と対象を含む環境との相互
作用過程で,五感による体験過程と情報処理が並列して生じている状態」ⅲと定義した。そ して,東日本大震災以降,心的外傷性ストレス群に対するプレセラピィ処方の介入原理とし て活用し,その臨床的有効性の傍証を重ねてきている(Kotani, Adachi, Nishikawa, et al, 2013;Nishikawa, 2010;西川ら,2014;西川,2016)。
1.場所に於いて五感を働かせる臨床的対話法
筆者は,集団場面に於いて在る人の五感と心が働く臨床的対話の修得は,次の二段階で構 成されると考えている(西川ら,2014)。
第一段階;体性感覚の覚醒を起点とする自己と他者の受容
(1-1)基本的な四つの気功―逆腹式呼吸法ⅳ(表 1 参照)を行い,体性感覚を覚醒させる。
(1-2)参加者が生き,属する地域,場所,組織の基本情報を共有する。
(1-3)参加者の参加動機を共有し,集団目標を定位する。
(1-4)相手と共に自分が在る「今,この場所」に於いて,体性感覚を使って相手と共に在 る自分を受容する,すなわち「今,この場所」に於ける自分の体温,体重,そして場所の温 度を覚知する。次に,それに基づいて,相手の体温と体重を覚知する。この時に,仏教説話
『西遊記』(作者不詳,1592)で描かれている,孫悟空と向き合う釈迦のまねをしようとして 参加者を自分の掌に乗せるⅴ。釈迦の掌と,釈迦が立つ場所は,虚空界に於いて在る現世界 に於いて在る私たちという,二重世界内存在性を示しているからである。
第二段階;「今,この場所」で対になった相手と共に在る人の五感と心が働く対話の生起 過程
(2-1)サブグループであるペアでの,自分の体温と体重を覚知し,次に相手の体温と体重 を知覚する。次に,相手を自分の掌の上に乗せるイメージをもつ。
(2-2)一方が「今,ここ」の欲求を表現し,他方は相手が話し易い態度をとる。
(2-3)各々が不安を伴う揺動を体験し,次に動作を止め一人になり,ペア内での個人境界 を閉鎖する。
(2-4)(2-3)の体験の共有を二人で行う。この時,自己内-及び対人間-対話が実現す る。
表 1 初心者のための基本的な四つの気功―逆腹式呼吸法(「気功-初心者向け」, 作者不詳より引用)
①練功基礎と温養;掌を上げる時に吸い,下げる時に吐く。楕円を描く動き。1 分半~ 2 分。後,下丹田を温める。
② 練功模魚;水面に掌を置いてゆっくりと魚を捜し求める。全身のうねる様な動きを楽しむ。1 ~ 2 分間。掌を身体に鉋を引く 様に引き寄せる時に吐き,身体から遠ざかる時に吸う。右足が前の時は時計周りに円を描く。左足の時は逆回り。
③ 天地流通,蓄下丹田,三才練球,開花中丹田;両腕両掌を上に上げ天気を身体に取り入れ流通させ,下丹田に気を蓄える。両 腕両掌を下に向けて地気を身体に取り入れ流通させ,下丹田に気を蓄える。天人地の三才の気を練りあげて球体として掌に作 り,中丹田に優しく温かく納める。
④天地流通,人柱浄化;頭からつま先までの全身を天地の気を流通させて人柱を浄化する。
2.事例の呈示―その1
上記の対話構成モデルに依拠したプレセラピィ事例の自験例(西川ら,2014)を以下に引 用する。
心的外傷リスク群への発生予防として,仙台の宮城学院女子大学を会場として,2 時間 で実施ⅵ。参加者は,中年の男性(京極,千石)と女性(宮城野,御揃;おそろい),大 学生の女性(綾部,紅谷,塩田,伝,伊織,布田)の 10 人の自発参加である。
以下に過程概要を示す。〔括弧〕は,分析である。
開始時間に,筆者が会場の大教室に入ると,ほとんどの参加者が集合している。全員で 椅子と机を両脇に寄せ,前面部に十分な空間ができる。〔指導者である筆者と参加者が研 修の場を創りだした。〕
次に筆者は,「皆さん,お早うございます」。この時に御揃が入室。「もう一人来てくれ ました」,「ハイ,すいません」,「皆で椅子を移動していたのですけど,それはサボりまし たね」に,参加者が笑い,彼女は「申し訳ない」と。挨拶に戻る。「初めてお会いする方 が多いですね。西川です。東京からきました」,持参したノート PC を開き「皆さんは,
今日はどちらからいらしたのかを知りたくて地図を出しました。では,お名前を聞かせて 頂けますか?」と,綾部とやりとりを始める。その直後に,千石が勢いよく入室。筆者は 同じ勢いで,千石とやりとり。その後,挨拶に戻り「私の家族構成は…私は若い皆さんの 父親世代」から,紅谷,塩田,伊織が何処から来たかを話す。
〔指導者主導で対話を始める〕
その後宮城野が,自分は小学校教諭で「学校で児童と会話をしていても何となく通じて ない感じがする。児童との対応のヒントがほしい」と話す。一人の咳が止まらない。声か けに「風邪」と。御揃は,老親を看取って,親族が住む仮設住宅を初めて訪ねた体験を話 す。筆者は,介護を労い,「家族が亡くなる,皆に人間関係の変化が要請されます」,「介 護し,終えた体験の消化を基本に置きましょう」と。沈黙が流れる。次に千石が最初の勢 いで「家族を亡くした心的外傷から脱することができたが,…多忙な中で,自分を振り返 りたい」と。西川は,しっかりした口調で「わかりました」と伝える。伊織,布田,京極 も発言する。
〔参加者の動機の共有〕
次に,「練習を始めます。手順があります。目標も出されました」と,振り返る,自分 が言っていることが相手に伝わって行かない感じがしている,と板書。続けて,「自分の 言葉が学校の児童たちに入って行かない,がありました。場面は集団場面なのでこの場と 一寸近いですね。今,周りに人は居るけれども,相手の人が自分の中に入ってこなくて,
やや薄暗い感じの中に自分だけがいる感じの人もいらっしゃるでしょう」,「何かをやっ
て,次に振り返るという二動作があります。息を吸いながら行い,次に息を吐きながら振 り返る,それで完結する。だから振り返るは,身体の動作としては,吸って,吐いてを,
丁寧にやることから始められることになります」とグループに語りかける。
〔振り返る方法として,呼吸に合わせた認知フィードバックの型を示す〕
(「初心者向けの気功法」を配布)「次に気功をしてみましょう。私たちは,大事な人を 失うとか,そういう場面に出くわすと,心に傷を負うということがあります。そういう記 憶や場面に出くわした時,私たちは身体の感覚を活発にさせることで耐える力を強くしま す。身体を活発にするための気功の動作をやります。やってみます」,「立って,広めに場 所をとりましょう。皆さん,私が読むのを聞きながら,自分のペースでやってみてくださ い。これを 1,2 分やってみましょう。(中略)では一旦止めましょう。次,行きます」と 4 基本形をやる。
〔腹式呼吸―気功法をやって感覚が覚醒する〕
「ここまでを少し整理しましょう。気功をやり,この場所についての確認をしました。
何処から来たのか,今,居る所は何処か。そこに時間というものが流れています。過去,
現在,未来があります。で,この会場になっている大学の教育理念は『キリスト教主義』
ですが,宗教的価値は,場所も時間も,私たち人間を越えた場所,時間を想定しています ね」。
〔参加者に立ち止まることの意味を伝える〕
「気功は中国から来て,仏教と関係があります。さて,仏教説話の西遊記(作者不詳,
1592)の冒頭の話をします。孫悟空の悪戯に困った天帝たちが,お釈迦様に助けを求め,
お釈迦様の前に孫悟空が筋斗雲に乗って現れる場面です。…今,ここで重要なのは,で は,お釈迦様はどこに立っていらっしゃるのか,です。掌でさえそんなに広いのですか ら,お釈迦様が立っている場所の広さは想像を絶します。地球は広いですが,お釈迦様が 立つ世界は,我々が目に見える次元を越えています。では,お釈迦様の真似をしましょ う。今の自分の体温と体重を感じてみてください。次に目の前の人の体温と体重をモニタ ーしてみましょう」。数分後,「ではお釈迦様になったつもりで,目の前の人を自分の掌に 乗せてあげてみてください」。
〔体性感覚で相手を受け止める練習〕
次に,二人一組になってもらう。そして「二人でお喋りが出来るようにして下さい。御 揃さんは僕と話しましょう。今,一番自分が話したいことを主題にします。この人,この 時間,この場所で話せる範囲で,今,一番話したいことを話してください。相手の方は,
邪魔しないで聞く。やりとりした分だけ少し近しい間柄になることを共通の課題にしまし ょう。あと,ゆっくり話す。いつもの 6,7 割で」と指示。各ペアで対話する。
3 分後,「一寸,止まりましょう。そして今のまま,2 分間,一人になりましょう」。落
ち着いた 10 分位後,「はい,今度は,先ほど一人になっていた時に感じたことも,共有し て下さい。新しい話に入らずに。どうぞ」と。ペアを作ってから参加者の咳が止まる。6 分後,筆者は自分の体験を皆と共有した。
〔ペア内での自己表現の後,参加者たちは一人になり,前にやった表現,傾聴で生じた揺 れを自覚し,その体験の受容が生じた〕
その後,全員で輪になって坐り,筆者が感想を聞いた。「『先生が 2 分間,一人になりま しょう』の後に話した時の方が,お互いに話し易くなっていた」,「私が悩んでいたのは子 どものことより,同僚の人たちの間での対話が上手くいっていないんじゃないかな」と。
〔対話を積極的に止めることで,個が凝集する体験と,隠れていた問題の安全な意識化が 生じた〕
本事例の分析から,筆者は,五感と心が働く対話の基本過程「自分がいる場所を意識し,
感覚を使って相手を受容する。そして,息を吸いながら相手と環境に向かって話し,息を吐 きながら聞き,そしてそれを止めること」を抽出した。また,本対話法への取り組みと一定 程度の実現の成果として,参加者たちの心的体験と外的体験の境界機能の向上と集団所属感 の分化を見いだしている(西川ら,2014)。
Ⅵ.臨床的対話としてのスーパービジョンとスーパーバイザーの課題
1.スーパーバイザー課題の定式化
今,この場所に於いて心(psycho-soma and mind)が働く臨床的対話は,スーパービジ ョン場面ではとりわけ重要である。また,スーパービジョンには,固有な構成条件がある。
それは,スーパーバイジーは,彼/彼女とクライエント/患者とのカウンセリングないしは 心理療法の対話の体験をもち,所与の対話の検討を通じて,更に対話を展開するためにスー パービジョンに臨んでいることである。
筆者は,小学校の学級崩壊に対処したスクールカウンセラーに行ったスーパービジョンの 経験から,カウンセラーが,クライエントの心身(psycho-soma)の覚醒を手助けすること の重要性を示した(Nishikawa, 2010)。この臨床研究を踏まえて,スーパービジョンのなか で五感と心が働く対話を実現するためのスーパーバイザーの課題を整理する。
第一段階;「今,この場所で」の内的刺激そして/または外的物理的刺激の発生 第二段階;感覚中枢による物理的世界の情報とエネルギーの受容
第三段階;知覚の体制化;弁別(所与のものと他のものとの区分),図と地の区分(表と 裏,サウンド・ノイズの区分),群化
第四段階;第二段階と第三段階の確認
第五段階;知覚されたものの意味づけと評価,認知 である。
このなかで,転移―逆転移的な対話から離れるために重要なのは第三段階の知覚の体制化
のなかの弁別;あるものと他のものの区別である。つまり,感覚と自我の現実検討能力のは たらきによる現実と空想の分化である。
ここでの感覚,知覚そして認知のあり方に,次の 3 種類が生じる可能性があると考えられ る。
それは,
開始位相;所与の外発的刺激以前に生じていた五感・知覚・認知が組み合わされた体験の 位相
開かれた体験の位相;新たな外発的刺激を受容したことで生じた五感・知覚・認知の組み 合わせからなる体験と過去の記憶/空想の認知体験が区別され,並行して生じている位相 閉じられた体験の位相;所与の外発的刺激を受容したことで生じた感覚と知覚の体験と,
過去の記憶/空想の認知体験が,混同されて生じている位相
対話や相互作用は,二者以上で成立する。したがって,スーパーバイザーは,上記の 3 位 相を自分の課題として捉え,「今,ここでの自分のあり方」の追求の一環として両者を統合 することが重要である。それは,第四段階を成功裏に終えた時点で,上記の「私は,私であ る」の「私は,」に,この体験を合わせて「私である」の基本動作を終えることである。
以上を総合したスーパーバイザーの過程課題を,次の表 2 に示した。
表 2 スーパーバイザーの過程課題
今,この場所の 内的現実
今,この場所 の外的現実 第一位相
課題;今,
この場所 に於いて 在る主体
私は, 内発的刺激の受容 1-1
虚空に於いて在る,今,この場所に於 いて在る,
自然環境からの外発的刺激を契機と
する,内発的刺激の追求 1-2
私である 内発的刺激の受容 1-3
第二位相 課題;自 律的に他 者と共に 在る主体
私は, 内発的刺激の受容 2-1
あなたに映り,あなたは私に映り, 外発的-他者全体からの刺激の受容 2-2 虚空に於いて在る,今,この場所に於
いて在る,
自然環境からの外発的刺激を契機と
する,内発的刺激の追求 2-3
私である。 内発的刺激の受容 2-4
第三位相 課題;場 所に於い て共に在 る他者と の相互作 用する主 体
私は, 内発的刺激の受容 3-1
あなたに映り,あなたは私に映り, 他者全体からの外発的刺激の受容 3-2
今,あなたに発する情動を掴む, 他者へ介入;情動の捉え 3-3
相手と共に在る自分を受止め, 内発的刺激の受容;認知 3-4 虚空に於いて在る,今,この場所に於
いて,あなたと共に在る,
自然環境からの外発的刺激を契機と
する,内発的刺激の追求 3-5
私である。 内発的刺激の受容 3-6
2.事例の呈示―その2
臨床心理士のためのロールプレイ訓練で,参加者から出された事例を以下で示す。
事例 1.
(1)スーパーバイジーが課題化した問題場面;公立機関での精神保健電話相談
(2)クライエント;青年期の子どもを持つ母親
(3-1)当該場面の逐語(下線部が不適切な応答)
クライエント発話 1;ここにも何度か電話してお話ししたことですが,図に乗った心理士 に「子どもにはもう何を話しても何も変わらない」,と言われたんです。
カウンセラー発言 1;(経緯を質問する)
クライエント発言 2;〇〇と診断された息子と,数年前に数年の間,療育センターに通院 していたが,息子が○○歳になった時に,突然,それ以降の療育を断られた。それ以来,電 話しても,受け付けてくれない。療育中は,当該の心理士からは適切な養育上のアドバイス もされていたが,ある時に,「子どもにはもう何を話しても何も変わらない」,と言われた。
自分はメモをしっかり取っているので,次の回でそのことを問い質したが,心理士は「そん なことは言っていない。思い違いだ」としか言わなかった。こういう対応をどう思います か? 裏でその心理士の X 先生が何か仕組んでいるのでしょうか?
カウンセラー発言 2;うーん,それは分からないですけれど,お母様たいへんですね。
クライエント発言 3;いやいやそんなことはないんですけれど(しばらく黙っている),
で,さっきのことなんですけど…(繰り返しが続く)
(3-2)ロールプレイを踏まえた改善応答(下線部が改善個所,下線斜線部が対応する応答)
カウンセラー 2;お子さんに「何を話しても何も変わらない」と A 先生に言われて,と ても腹が立ったんですね。
クライエント 3;そうなんです。子どもは,一時は,家での暴力もひどかったのが,今は 収まっていて,心理士に言われてからもう 2 年も経ったんですけど,忘れられなくて,時ど き叫びだしたくなって,いろんなところに電話しまくってしまうんです。
(4)心理学的問題理解;症状と主訴の同定
当該クライエントは,思春期の子どもの療育に苦労し,その過程で協力者として A 臨床 心理士に出会ったが,突然の別れを告げられた。これらの過程で,二次的心的外傷性ストレ スを負い,「(腹が立って)叫びだしたくなる」,「叫びだしたくなるほど(腹が立つ)」の身 体症状(Howell, 2005)に苦しんでいる。助けを求めて,「いろんな精神保健専門機関の電 話相談に電話しまくってしまっている」。
カウンセラーは,カウンセリングの場に於いてクライエントが一人では抱えられない情動 を一時預かる介入により,クライエントの自律的自我は強化されるだろう。
事例 2.
(1)スーパーバイジーが課題化した問題場面;総合病院精神科の入院病棟
(2)患者;うつ状態で入院中の 40 代女性二人(A さんと B さん)が連れ立つようにして心
理療法士に話しかけてくる(二人ともこの心理療法士が担当する活動グループ療法の参加 者)。
(3-1)当該場面の逐語;(下線部が不適切な応答)
患者 A1;先生ちょっといいですか。私はここではこんなに楽に人と接していますけれど,
地元では人に会わないようにしていて全く違う自分なんです。
心理療法士 1;ここでは同じ病気の人もいますからね。病院の外では孤独なんですね。
患者 A1;そうなんです!
患者 B1;わたし家では母にすぐいらいらして,距離が近すぎるんです。
心理療法士 2;入院して今は?
(3-2)ロールプレイを踏まえた改善応答(下線部が改善個所,斜線部が対応する患者応答)
患者 A1;先生ちょっといいですか。私はここではこんなに楽に人と接していますけれど,
地元では人に会わないようにしていて全く違う自分なんです。
心理療法士 1;A さんは,B さんと楽に接していらっしゃるんですね。でも,A さんは,病 院の外では孤独が辛いのですね。
患者 A1;そうなんです!
患者 B1;わたし家では母にすぐイライラして,距離が近すぎるんです。
心理療法士 2;イライラするんですね。なら B さんは,ここで時々一人になる練習をしてみ ましょうね。
患者 B1;わかりました。
(4)心理学的問題理解;症状と主訴の同定
二人の患者は,いったん,他者と共に居ると,そこから離れることが難しい。それは,他 者と共に一人で在る力が機能不全に陥っているからだと考えられる。この仮説は,後日,患 者 A は,B さん以外の患者さんの輪に一人で入ろうとして苦労している姿が観察されたこ とで傍証された。
3.スーパービジョン事例の分析と考察
事例 1 と 2 の改善応答データから,当該場面に於いてクライエント/患者から臨床家に向 けて発せられた「今,ここで」の感情の,臨床家による反射を伴った受け止め(下線部)
が,クライエント/患者の心がはたらく対話展開の鍵となることが明らかになった。
Ⅶ.結論;カウンセリングと心理療法スーパーバイザーの一次的課題
カウンセリングと心理療法スーパーバイザーの一次的課題は,スーパービジョンを行って いる場所に於いて,その場所に於いてスーパービジョンを受けているスーパーバイザーと共 に在る自分を起動し,維持することである。その際に,必要に応じて,スーパーバイジーも また彼/彼女がスーパービジョンを受けている場所に於いて,今,他者であるスーパーバイ ザーと共に在ることを手助けしなくてはならない。それが一定程度実現し,維持されるなか で,カウンセリングや心理療法の検討場面に於いて,クライエントからカウンセラー/心理
療法士に向けて発せられた「今,ここで」の感情を同定し,カウンセラー/心理療法士がそ れを受け止める力の増進に向けた支援が重要であること,が抽出された。今,この場所に於 いて共に在る個人と個人の間で,そして各々の個人内で生じる対話の実現こそがカウンセリ ングと心理療法の一次的目標であるからである。
また,本課題に取り組むことは,今,この場所に開かれた個人の実現を通じて,我が国に 遍在している社会的無意識であるスケープ・ゴーティング力動がもたらす個人の閉塞感に穴 を開け,風を通すであろう。そして,その道標は,東日本大震災の被災者,被害者たちであ る。平気で生きられるようになりたいと願っている彼らと私たちとが,共に在りつづけるこ とができるために,本論が役立つことを願っている。
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ⅰ 「歴史的に,生贄の羊現象は,アーロンに関する聖書の物語を起源とする。アーロンは,イズラエル国の原罪 を一匹の山羊に懺悔した。彼の懺悔を聞いた山羊は,次に荒野に追放された。おそらく,国の病気は,その 山羊と共に期限切れになった」(Moreno, 2007, p. 93)
ⅱ 「甘え;他者の慈悲心への依拠心,又は,権威者と従属者の間の相互依存性と,いじめ;厄介払いや村八分 は,ムラの権力者の利害関係に規定されるもの」(Yamaguchi, 1995, p. 71;Cohen and Schermer, 2002, p. 99)
ⅲ 現世の場所に於いて,世代間伝達葛藤としてのエディプス葛藤は偏在しているが,日本社会に於いては,漢 字-平仮名(石川,2001)が示す多元戒律性 (multi-discipline)の葛藤も優勢である。
ⅳ 気功 - 初心者向け(http://www.geocities.jp/keikojou_1000/kikou/kikou.htm)(2016 年 2 月 2 日取得)
ⅴ 西遊記は,7 世紀に,インドの仏典を中国にもたらした僧侶玄奘三蔵の伝記が 900 年間にわたって展開し,
明代の 1592 年に完成した仏教説話である。
「如来は阿難(あなん)・迦葉(かしょう)の二尊者を従えて,雷音寺を出発,霊霄門の外に向かいます。する と突然,ときの声が耳をつんざきました。見れば,三十六人の雷将が悟空を取り囲んでおります。如来は雷将た
ちに,法旨を伝えて,
『そなたたち,戦いをやめて陣を解き,大聖を囲みから出て来させるがよい。この者にどのような法力があるか,
たずねてみるから』言われて,雷将たちが引きさがると,悟空はもとの姿にもどって,歩み寄り,ぷりぷりし て,大声をあげました。
『きさまはどこのなにさまだ? のこのことしゃしゃり出て,とめだてしたうえ,おれさまにたずねるとは』
『わたしは西方極楽世界の釈迦牟尼尊者,南無阿弥陀仏だ。聞けば,そなたは乱暴者で,たびたび天宮にそむい たそうだが,いったいどこで生まれて,いつ得道したのだ?して,なんでそのような乱暴をはたらいたのだ?』
すると悟空は,
『そもそもみどもは―
天地の生みの子 霊は仙 花果山中の古猿さまよ 水簾洞に住まいして 友を訪れ師を尋ね 不老の法をみなおぼえ 変化の術もみな会得 下界は狭くていやになり 天に住みたくなって来た 天はひとりのものじゃない この世の王位も人から人よ 強いが勝ちよ みどもに譲れ 上に立つのは英雄だけよ』
それを聞くと,如来はアハハと笑い,
『そちはたかが猿の精ではないか。よくもそのように思い上がって,玉皇上帝の御位を奪おうなどと言えたも のだ。あの人は幼い時から修行して,一千九百五十劫ものあいだ苦行を積まれたのだぞ。一劫は十二万九千六百 年だ。数えてみるがよい,あの人が何年かかって,この無極の大道を身に着けられたか。そちのようへかけだし の人類という畜生がなんでそのような大言を吐くのだ?とても人の子の仲問ではないな。寿命を縮めるのが落ち だ。早いとこ降参するがよい。出まかせは言わぬことだ。お仕置を加えられたら,たちまち命がなくなって,そ ちのもとの顔形もなくなってしまうぞ』
言われて,悟空は,
『子どもの時から長いこと修行をしたとはいっても,いつまでも居すわるのはよくないぞ。ことわざにも言っ ておるではないか,“帝の位はまわりもち,年が明けたらわしの番”ってな。あの人に引っ越してもらって,天 宮をみどもに譲れば,言うことはないが,譲らなければ,またひと騒ぎして,いつまでも安穏にはしておきませ んぜ』
『そちは不老・変化の法のほかに,なんのとりえがあって,この天宮を占領できるのだ?』
『みどもの術はごまんとあるわい。七十二般の変化に不老不死。励斗雲に乗れば,ひと飛び,十万八千里は飛 べる。なんで天帝の位につけないというのだ?』
『では,そちと賭けをしよう。そちに腕まえがあって,わたしのこの右手の手のひらから,飛び出せたら,そ ちの勝ちだ。得物を使って,懸命に戦うまでもなく,玉帝には西方へ移ってもらって,天宮をそちに譲り渡すと しよう。さもなくて,この手のひらから飛び出せなかったら,そちは下界にもどって,もとの妖怪になり,何劫 か修行を積んだうえで,文句を言いに来るがよい』それを聞くと,悟空はほくそえみながら考えます。
『この如来はばかなやつだ。このおれさまは,一度とんぼ返りをすれば,十万八千里は行けるのだ。あの手の ひらは周囲が一尺もない。なんで飛び出せぬことがあるものか』
そこですぐさま,
『そういうことなら,あんたの一存できまるのだな?』
『おお,きまるとも』
そう言って,如来は右手をひろげました。蓮の葉ほどの大きさです。悟空は如意棒をしまい込むと,元気を出 して,身をおどらせ,如来の手のひらに,すっくと立ちながら,
『まいるぞ!』
と声をかければ,ひとすじの雲が影もなく形もなく,走って行きます。如来の慧眼(けいがん)がそれを追 う。見れば,悟空は風車のごとく,くるくるまわりながらひたすら前へ進む。その途中で,ふと肉色の柱が五
木,青空をささえているのが見えた。悟空は考えました。
『ここは行きどまりだな。これから帰って,如来を証人にすれば,霊霄宮はおれさまのすわるところになろう というものだ』
それからまた思案して,『待てよ。なにかしるしを残しておいたら,如来に話がしやすいな』そこで毛を一本 抜いて,仙の気を吹きかけ,
『変われ!』
と叫んで,墨をたっぷり含んだ大筆に変え,まんなかの柱の上に大きな文字で一行,『斉天大聖到此一游(こ こにひとたびいたる)』と書き,それが終わると毛をもとにもどしましたが,そのあとで無礼にも,一番目の柱 の根もとに小便をひっかけました。そうして筋斗雲を一回転させると,もとの場所に帰り,如来の手のひらにつ っ立って,
『はい,ただいま。では,玉帝にかけあってもらいましょうか,みどもに天宮を譲れとな』聞いて,如来はど なりつけます。
『この小便臭い猿め。そちはわたしの手のひらから出ておらぬではないか』
すると悟空は,『なんにもわかっちゃおらんな。みどもは天の果てまで行って来たんだ。肉色の柱が五本,青 空をささえているのを見たので,そこにしるしを残して来た。みどもといっしょに見に行っちゃどうで? 』 『行くには及ばぬぞ。下を向いて見よ』言われて,悟空が火眼金睛(あかめ)を見張って,下を見ると,如来 の右手の中指に『斉天大聖到此一游(ここにひとたびいたる)』と書いてあり,親指の股のところに猿の小便の においが残っている。悟空はびっくりして,
『こんなはずはないぞ。この文字は,わしが天をささえている柱に書いて来たのだ。なんでこの指に書いてあ るんだろう? まさかお見通しの術を心得ているわけじゃあるまいし。おかしいなあ。どれ,ひとつ見に行って 来よう』
悟空はあわてて身をおどらせ,飛び出そうとしましたが,如来は手のひらを返して,ドンとひと突き,悟空を 西天門の外に押し出すなり,五本の指を,金・木・水・火・土の五連山に変えて,『五行山』と名づけ,それで もって悟空をそっと押えつけました。雷将たちと阿難・迦葉はそれぞれ合掌してほめたたえます。」
ⅵ 宮城学院女子大学発達科学研究所内に 2011 年 9 月に設立され,活動中である。小谷英文,橋本和典(国際基 督教大学)らは,本センターを経て,福島県郡山市に福島震災復興心理・教育臨床センターを設立し,活動 中である。