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微生物の不思議な力

著者 小幡 斉, 加藤 順子

発行年 2010‑03‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/00020057

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 第7章:微生物の将来展望

 通常の有機合成化学は、高温や高圧の条件で反応が行われていますが、そ れらに見合った設備が必要になり、安全性の確保とエネルギーを消費するな ど多くの問題点があります。そのような化学反応に替わって、微生物の温和 な条件(常温、常圧)で進行する反応には、いろいろな利点があるために、

最近では微生物反応を活用して、多種多様な物質をつくる新しいバイオ技術 が生まれてきています。

 家畜の糞尿を微生物の栄養源として、メタンガスを発生させ、それを電気 エネルギーにつくり替えるバイオプラントがすでに実用化されており、この メタンをつくり出す微生物は、自らが遺伝子を変化させて、メタンガスを効 率よくつくる微生物に変身します。このように自然界でも起こっている変化 を人工的に行う研究が進んでいます。

 将来、食糧供給が重大な問題になることが早くから言われていますが、そ の危機を乗り越えるためには、食糧の増産が必要と思われます。タンパク質 の生産に要する時間は、動植物からつくるよりも、微生物の方が非常に短い ため、ヨーロッパでは、微生物タンパク質の製造研究が活発に行われていま す。

 新顔の微生物の利用についてのあらましを前章までに紹介してきました が、この章では復習も兼ねて、これからの微生物の展望について重点的にま とめてみました。

7.1 微生物タンパク質を食糧に

 私たちは日常の生活の中で、かなり多くの微生物を生きたままで食べてい ます。例えば、納豆、ヨーグルト、チーズ、キムチ、それに濁り酒などに も、微生物の生きた細胞がたくさん含まれています。

 ここで紹介したいのは、微生物が菌体の外に生産する物質ではなく、微生 物の菌体そのもの、またはその成分を栄養学的に価値のある食品にすること

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で、その研究が外国ではさかんに行われています。まず、微生物タンパク質 製造のメリットとして、下記のようなことが挙げられます。

 ⑴ タンパク栄養源が安くできる。

 ⑵ 消化されやすい。

 ⑶ 菌体収率が大きい。

 ⑷ 短時間で製造できる。

 ⑸ 菌体の分離が容易である。

 ヨーロッパでは、微生物の栄養源として必要な炭素源は、アルカンなどの 石油を原料として研究が進められていますが、日本では石油に含まれている 発ガン性物質が問題になり、研究が縮小されたままになっています。しか し、有限の資源である石油は、やがて原料不足になると考えられ、炭水化物 が含まれる食品工業廃棄物を栄養源として、微生物を生産させる研究が進ん でいます。

 日本人は昔から微生物菌体を食べていました。例えば、マツタケ、シイタ ケ、エノキダケなどのキノコ(担子菌)、あるいは糸ひき納豆や大徳寺納豆 の微生物などをそのまま食品としています。タンパク質を基準にして考えま すと、微生物の菌体を生産するためには、家畜から生産するよりも微生物を 用いる方が単位面積あたりの生産速度や生産量がはるかに良く、効率がよい ことは前にも述べました。

 草食動物は、草ばかり食べていてタンパク質はほとんど取っていないので すが、牛の胃袋の中には、多くの微生物が棲んでいて、その微生物が草を分 解、消化し、必要なアミノ酸を得ています。

 そこで、植物の代わりに、石油、天然ガス、アルコール、廃糖蜜、農産物 などを発酵原料として大量生産される微生物菌体(酵母、細菌、糸状菌、藻 類など)を殺菌して、それを微生物タンパク質(SCP)とし、私たちがタン パク質源として利用しようとしています。すでに、炭素源として木材糖化 液、亜硫酸パルプ廃液、デンプン廃液等が利用され、そのSCPをイギリス、

フランス、イタリア、ルーマニアなどでは飼料として利用しています。微生 物菌体の化学成分を表7−1に示しました。

(4)

表7−1.微生物菌体の化学成分(数値は乾物100gに対する値) タンパク質

(g)

脂肪

(g)

炭水化物

(g)

灰分

(g) ビタミン類 細菌

酵母 カビ

マッシュルーム 牛肉

魚肉(サンマ)

大豆

40−80 4−50 13−48

43.5 76 54 40

5−40 1−2 1−50

2.4 22 42 22

10−30 32−40 30−60 44.7

1 0.3

32

4.5−14 6−10 2.5−6.5

9.4 1 3.4 5.7

VB1、VB2

VB1、VB2

VB1、VB2、VC.

VA、VB1、VB2

VB1、VB2

VB1、VB2

村尾、荒井:「応用微生物学」、(一部改変)培風館、p.137(1993)

 現在は、天然ガスを栄養源として微生物を増殖し、その微生物タンパク質 を食糧に転換できたなら、世界的な心配の種である食糧不足が解決されるの ではないかと思われます。

 今世紀、世界の人口は現在の約2倍に達すると予想されています。それと ともに、動物性タンパク質の必要量も徐々に多くなるものと推測されていま すが、畜産や水産などによってタンパク質が増産される見通しは、地球環境 の悪化や天然資源の減少などから楽観できません。そのために今までとは異 なった工夫で、タンパク質を生産する方法を開発する必要にさし迫られてい ます。

 古くからパルプ廃液や廃糖蜜などを原料として微生物の菌体を生産し、こ れを食糧とする研究が行なわれてきました。その一部は企業化されて、動物 飼料として利用されていますが、今後は人口増加にともなって、それらの原 料も不足することが明らかであると思われます。そこで、現在のところ利用 価値のほとんどない石油成分の一部を、食品開発に利用することが大変重要 な意義をもつことになります。

 n−アルカンを分解してSCPを生産する微生物について述べることにしま す。農林水産省では、SCPの安全性を評価する方法をまとめており、その評 価方法にしたがって、安全性を確かめた上で、無駄なくSCPを飼料として活

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用したいものです。また厚生労働省の食品調査会は、n−アルカンを分解し て酵母を家畜の飼料として用いても差し支えないという判断を示しました。

 将来、世界的な問題は、何度も述べますようにエネルギーと食糧の不足だ と言われていますが、その食糧不足の解決策として、微生物の菌体や働きを 活用し、新しい食糧資源を開発するという大きな課題があります。そういう ときには、次のような条件が必要です。

 ⑴ 栄養価値が高いこと  ⑵ 生産効率が高いこと  ⑶ 生産管理が容易なこと  ⑷ 生産コストが安いこと  ⑸ 嗜好性が高いこと  ⑹ 無害であること

 これらの条件のうちで、⑵と⑶については、微生物の菌体を生産する方 が、従来の家畜や野菜などを育成するより、はるかに優れており、新しい食 糧として有利であると思われます。生物の増殖が2倍になるに要する時間(1 つの細胞が2倍に増殖する速度)を表7−2に示しました。

表7−2.生物の増殖が2倍になる時間

生物源 一つの細胞が2倍に増殖する時間

一般の細菌や酵母 カビや藻類 牧草類 ニワトリ ブタ 牛 人

20〜120分 2〜6時間 1〜2週間 2〜4週間 4〜6週間 1〜2カ月 0.25〜0.5年

表から明らかなように、微生物の生育が桁ちがいに速いことがわかります。

 微生物の機能を利用して、石油由来の炭化水素から微生物タンパク質をつ くるときには、次のような原料が用いられています。

 ⑴ 灯油、軽油

(6)

 ⑵ n−アルカン(この化合物は炭素と水素だけから構成)

 ⑶ 天然ガス(メタン、エタン、プロパン)

 ⑷ 石油の2次製品(メタノール、エタノール、酢酸) 

 灯油や軽油は、n−アルカンよりも安価ですが、発ガン性のある芳香族化 合物を除去することや、製品の安全性などを長期にわたって調べる必要があ ります。安価な灯油や軽油からSCPをつくる微生物として、酵母の

等や、細菌としては 細菌が知られていま す。

 n−アルカンの多くは、価額が天然ガスに比べて高いのですが、不純物が あまり混入していないという利点があるため、合成洗剤の原料として利用さ れています。

 一般に酵母の場合は、原料であるC9以上の比較的長いn−アルカンを速い スピードで分解します。しかし細菌は、広い範囲の化合物を分解しますが、

n−アルカンを分解する酵母は、n−アルカンのみを分解しますので、SCP の生産には望ましい微生物といえます。

 ジョンソンらは、酵母がC12〜C18の炭素のnーアルカンを分解し、炭素数 の多いものを好んで分解して、82%の収量が得られることを報告していま す。

 酵母には、n−アルカンをよく分解するものが多く、特に成績のよいもの は、   sp.に多く見いだされています。また酵母には、一般的な成分 として、タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミンB類等が含まれています。

アメリカのE社の製品の酵母菌体の成分表を表7−3に示しました。

表7−3.E社製品の酵母菌体の成分表

成分 % 成分 %

タンパク質 脂質 炭水化物 灰分

54 10 26 7

リジン ロイシン バリン トレオニン

7.0 5.9 4.0 3.9

石油発酵研究会編、「石油発酵」(一部改変)、幸書房、p.109(1970)

(7)

 この表以外にも、酵母の菌体にはたくさんのビタミンB群が含まれていま す。そのビタミンB群の含有量は、他の動植物と比べると著しく多いことが わかっています。

 近い将来には、SCPが重要なタンパク資源になることはまちがいありませ んが、微生物の安全性についてはしっかりと確認をしておかなければなりま せん。

 天然ガスの主成分はメタンで、自然界に多く存在しており、もっとも安価 な発酵原料として利用できるのですが、メタンと空気とが混合したときには 爆発の危険性があります。また、高圧下の微生物の生理については、まだほ とんどわかっていませんので今後の研究を待たねばなりません。イギリスの シェル石油(株)では、メタンから微生物菌体をつくる研究をパイロットプ ラントの規模で行っています。

 メタノール、エタノール、酢酸など、石油を原料にしてつくられる2次製 品を微生物が分解することは古くからわかっていましたが、微生物タンパク 質の生産を目的として、それらを発酵させることは、これまではあまり研究 されていませんでした。

 緒方らは、メタノールを分解する酵母を単離して、3%のメタノールから1 L当たり約4〜6gの菌体を、また、酢酸を分解する 酵母を用いて酢 酸1Lから13gの菌体を得ています。

 原田らの研究では、 酵母を用いて6%のエタノールから1L当た り34gの菌体が得られました。その他、エチレングリコールやプロピレング リコール等を変換する微生物についても報告しています。石油成分を原料に して発酵法で得られた微生物菌体には多くのタンパク質を含んでいます。

 私たちにとって大切なのは、SCPの中の必須アミノ酸の含有量ですが、8 種の必須アミノ酸「アルギニン(発育期の小児に必須)、メチオニン、フェ ニルアラニン、リシン、トリプトファン、イソロイシン、ロイシン、トレオ ニン」は、すべて微生物タンパク質に含まれています。

 毎日の健康に必須なビタミン類は、微量でも重要な生理作用をもっていま す。ビタミンB類は、特に酵母菌体内で多く合成されていますので、酵母は

(8)

エビオスなどの栄養剤として市販されています。

 微生物の種類によって、その菌体の中のビタミン類の含有量は、少しずつ 異なりますが人間の1日のビタミン必要量を充たすためには、酵母を200g採 れば十分のようです。

 現在、石油成分を発酵して得られた微生物タンパク質は、外国では鳥、家 畜、魚などの飼料として使用されていますが、日本ではまだ使われていませ ん。それでは、どのような心配ごとがあるのでしょうか。それについてまと めてみますと、次のようなものが考えられます。

 ⑴ 石油成分に発ガン性物質が混入していないか  ⑵ 培地成分に重金属イオンが混入していないか  ⑶ 微生物が新しい代謝産物を生成していないか

 上記のうち、⑵と⑶はあまり心配する必要がありませんが、⑴については 特に注意しなければなりません。

 1980年、ルーマニアではn−アルカンを原料として、微生物菌体を年間6 万トン生産しました。生産された微生物菌体は、その全量がルーマニア国内 で家畜の飼料として使用されています。

 例えば、微生物菌体を与えた豚と従来の飼料を与えた豚を比べた結果、子 豚のうまれる割合が、微生物菌体を与えた豚の方が従来の飼料を与えた豚よ りも20%近くも上まわることと、子豚の体重も微生物菌体を与えた方が重か ったということです。メタノール資化性細菌の菌体飼料をICI社が製造して

「プルテイーン」という商品名を付けています。

 世界中でつくられる微生物タンパク質の状況と計画を表7−4に、また、微 生物菌体の主成分を表7−5に、さらに食用酵母菌体のタンパク質とビタミン 組成を表7−6に示しました。

表7−4.世界の微生物タンパク質の状況と計画

原料(炭化水素) 微生物名 国名 生産量 用途

軽油 エタノール

フランス アメリカ

2万トン 1万トン

仔牛用 食品加工

(9)

メタンガス 炭酸ガス アルカン

イギリス メキシコ イギリス

パイロット 300トン 4000トン

飼料 食用 飼料

原料(炭水化物) 微生物名 国名 生産量 用途

廃糖蜜

パルプ廃液 デンプン廃液 セルロース廃液 バガス等

.   .

世界各国

フインランド スウエーデン アメリカ グアテラマ

1万トン 1万トン パイロット パイロット

食用

飼料 飼料 飼料 飼料

村尾ら:「応用微生物学」(一部改変)培風館、p.148(1993)

表7−5.微生物菌体の主成分(%)

微生物 基質 タンパク質 糖類 脂肪

細菌 酵母 酵母 酵母

灯油 酢酸 メタノール n−アルカン

58.3 40.8 45.3 60.1

5.7 12.9

5.2 3.2

− 36.9 38.5 26.0

表7−6.食用酵母菌体のタンパク質とビタミン組成(単位:μg/g・菌体)

菌株 炭素源 タンパク質

(%) チアミン リボフラ ピン

ニコチン酸 アミド 葉酸 ビール酵母 麦芽汁

木材糖 亜硫酸廃液

37 53 50−53

100−250 8 5

25−80 54 43

300−637 590 420

19−30 2 21

村尾ら:「応用微生物学」(一部改変)培風館、p.148(1993)

 微生物菌体をつくるときの原料には、石油2次製品のメタノールを使っ て、微生物菌体を高率で生産する微生物として、病原性や毒性のないメタノ ール資化性細菌の1つが選ばれています。この細菌の菌体飼料である「プル テイーン」は、高い含量でタンパク質、脂肪、粗繊維、カルシウム、リン等

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を含んでいます。この飼料で数億頭の動物が飼育されていました。

 私たちの体の中では、核酸の成分であるプリン塩基の化合物(アデニン、

グアニン)は、尿酸にまで分解して尿に排泄されますが、人は、尿酸が過剰 に生成されますと血中の尿酸量が多くなり、尿酸が関節で結晶化して激しく 痛む痛風になります。そのため、食用にするには核酸を取り除く必要があり ます。

 上記のような理由で、核酸の含有量の高い食糧は注意しなければなりませ ん。 そ こ で、 国 際 的 な ガ イ ド ラ イ ン に 従 っ て、 菌 体 か ら 核 酸(DNA、

RNA)を取り除き、タンパク質源やビタミンB類の補給源として、近々、人 が食べられる日が来るように思います。 

 すでにSCPは、厳重な検査が行われていて、安全な栄養源であることが確 かめられ、安価なSCPを生産し、多くの国(イギリス、フランス、ロシア、

ルーマニア、フインランド、日本など)で販売されていて、主に家畜の飼料 用タンパク源として使用しています。

 将来の食糧資源確保のため、遺伝子操作や細胞融合技術が一般化されてく ると、微生物の造成を考えることが必要かつ可能になってくるものと思われ ることから、その取り扱いについては慎重でなければなりません。

 最近、光合成微生物、ユーグレナが注目されています。単細胞で細胞壁を 欠き、鞭毛により運動をします。鞭毛の基部には赤い眼点をもち、大量に増 殖すれば緑色に見えます。

 約10μmのユーグレナ には、ビタミン類として、β−カロテン、B1、B2、 B6、B12、C、D、E、K1、葉酸などがあります。無機物は、鉄、亜鉛、カル シウム、マグネシウム、カリウム、リン、ナトリウムなどがあります。ま た、アミノ酸は、必須アミノ酸含む計18種があります。不飽和脂肪酸は、

DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)があります。

多糖類は、β−1、3−グルカンが食物繊維の特性を持っています。このよう に非常に多種類の栄養素が含まれています。また、ユーグレナは、動物細胞 同様、細胞壁がないことから、私たちは効率よく栄養素を吸収することがで きます。そして、培養は、太陽の光と二酸化炭素、海水等に含まれる天然由

(11)

来のミネラルだけでいろいろな栄養素をつくり出します。ユーグレナは多種 類存在しますが、その中から ユーグレナ・グラシリス という種を選び、

厳しい衛生管理のもとで、国内の工場で加工されています。近い将来、微生 物の菌体が私たちの食卓に出てくるものと思われます。ユーグレナ(光合成 微生物)の写真を口絵2(F)に示しました。

7.2 合成化学から微生物化学へ

 合成化学反応に替わって、生物が生きていける程度で進行する微生物の反 応には、いろいろな利点があります。近年は微生物の働きを活用して多種多 様な物質をつくる微生物工業への関心が高まっており、さらに新しい技術の 開発も待望されています。

 微生物反応と合成化学反応の比較を表7−7に示しました。表から明らかな ように、微生物反応の特徴は常温と常圧という条件で、効率よく反応が進む ことです。合成化学ではしばしば有害触媒を使用しますが、微生物は生きも のであるために、触媒として安全性の高い酵素が働きます。それに、無機触 媒よりも酵素の方が、反応特異性が高いことで生産物の収率も高くなりま す。

表7−7.微生物反応と合成化学反応の比較

特 性 反 応

合成化学反応 微生物反応

触媒 反応特異性 反応条件 反応物濃度 溶媒 安全性 経済性 公害の度合

無機化合物(Hg、Sn等)

低い 高温、高圧 高い 有機溶媒 低い 高い 大きい

酵素(タンパク質)

高い 常温、常圧 低い 水 高い 低い 小さい

清水ら、「現代化学」、(一部改変)、12, 22(1980)

 しかし、良い面ばかりではなく、合成化学に比べて反応速度が遅いこと

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と、原料の濃度を高くできないこと、生成物を濃縮するために高価な工程が 必要なことなどが微生物反応の短所になります。そのために、使用する微生 物を人工的に突然変異させたり、遺伝子操作によって生産能力の高い菌株に 改良したり、さらには、菌体から酵素を分離して、これを水に溶けない酵素 に改変して用いることなどの欠点を改良する研究が行われています。

 また微生物による物質の生産について、化学的な合成では困難な化合物を つくったり、変換させたり、または付加価値の高い化合物をつくりだすこと などについて活発に研究が行われています。

 近年、微生物を利用した物質生産の分野では、デンプンや糖といった天然 の農産物を原料とするだけでなく、非天然物を有用物質に替えることにも微 生物の酵素反応を導入して、従来の有機合成法よりもすぐれた技術が開発さ れています。

 例えば、非天然物であるアクリルアミドは、ビニール系の水溶性のモノマ ーの代表的なものですが、高分子凝集剤、石油回収剤などのポリマーの原料 として多様な用途があります。そのアクリルアミドは、アクリロニトリルの 水和反応により合成されますが、高い品質が要求されています。1970年代の 初頭には、還元銅触媒を用いた水和法が開発され、世界中でこの方法が採用 されています。

 これまでのところ、石油化学工業プロセスで生産されている化合物の合成 に、微生物あるいはその酵素という省エネルギー型の触媒を利用した例はき わめて少ないのですが、1980年に微生物を用いてアクリルアミドを生産する 方法がフランスと日本でスタートしました。日本のグループは、アクリロニ トリルを水和してアクリルアミドに変え、これを多量に生成する細菌を分離 しています。

 多くの土壌細菌を分離して、ニトリルヒドラターゼ活性の高い菌株、

sp. N−774細菌を選び、アクリルアミドの生産菌の培養条件が 検討された結果、生育因子として、チアミンを必要とすることがわかってい ます。その後、アクリルアミドの生産反応条件の検討やバイオリアクターの 構築などを行い、微生物によってつくられるアクリルアミドの品質を、銅触

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媒法と同等以上の優れたモノマー水溶液として、製品化することに成功して います。さらに、アクリルアミドの生産性の高い細菌を固定化することで、

1985年4月から、微生物産業としての実用化が日本で行われるようになりま した。1986年には、世界で約20万トン、わが国では5万3千トンのアクリルア ミドが生産されています。アクリルアミドの微生物製造法を図7−1に示しま した。

ࢼࢹࣛࣜࣃࢺࣚࢰ࣭ࢭ

CH2 CHCN CH2

H2O H2O

CH2 CHCONH2 CHCOOH NH3

࢓ࢬࢹࢼࢹࣛࣜ ࢓ࢠࣛࣜ࢓࣐ࢺ

図7−1.アクリルアミドの微生物製造法

 微生物を用いたアクリルアミド製造法の工業化は、バイオ技術の新しい展 開を如実に証明したもので、世界の耳目を大いに集める成果でした。

 最近、微生物を利用した物質生産の分野では、非天然物に対する物質変換 に微生物反応を導入することで、従来の有機合成反応よりも、もっと優れた 反応があるのではないかとの観点から多くの研究が行なわれています。その 中で、工業化に成功した輝かしい一例が下記に述べます微生物によるアクリ ルアミド製造法です。

 微生物法アクリルアミドの製造法の特徴として、

 ⑴ 本プロセスが銅触媒法に比べて簡素化された。

 ⑵ 石油化学製品を基質、生成物とする微生物反応を工業化した。

 ⑶ 高濃度のアミドの蓄積を可能にした。

 ⑷ 酵素反応の特異性からアミド生成が高転化率、高選択率で得られた。

 ⑸ 水和反応は、常圧下で、操作運転の安全性が高い装置である。

 現在、さらに生産性向上をはかり、高性能菌   B23を使用するプロセスを確立しています。

 通常の有機合成化学は、一般に無機触媒を使って高温、高圧の条件下でい

=  = 

+ 

(14)

ろいろな化合物を生産しています。このために、人の健康に有害な触媒を用 い、危険性の高い設備を使わなければなりません。その上に有害物質を工場 外へ流したり、高温高圧ガマが破損して大事故を起こすなど危険があります ので、微生物やその酵素を触媒として常温、常圧で化学合成品をつくること ができれば、それに越したことはありません。今後、新しい微生物や酵素を 発見することで、新しい化学合成品をいろいろ生産していくことも可能にな ります。

7.3 カルシウムイオンを包括する微生物

 私たちの生体内においては、カルシウム塩形成のバランスが保たれていま すが、そのバランスが崩れますと、生物の生命に危険が及ぶ可能性がありま す。そこで、生体内ではカルシウム塩のバランスを保つために、特殊なタン パク質を合成して身体を守っています。

 現在、カルシウム塩の結晶化を制御するタンパク質として、唾液安定化タ ンパク質、膵管内結石タンパク質(PSP)、尿中のシュウ酸カルシウム塩結 晶化阻害タンパク質等が知られています。

 生体内には、炭酸カルシウムの結晶化で生じる膵管内結石があります。膵 臓から小腸管に分泌される膵液は、様々な消化酵素を含むと同時に、炭酸カ ルシウムで過飽和な状態になっています。この状態が壊れることなく保たれ ているのは、膵液中に、ある種の特定タンパク質が存在するからです。この タ ン パ ク 質 は、 膵 管 内 結 石 か ら 分 離 さ れ た こ と か ら、Pancreatic  Stone  Protein (PSP)と呼ばれています。正常なヒトの膵液には、PSPが約35mg%

の濃度で存在し、炭酸カルシウムの過飽和状態を維持しています。しかし、

何らかの異常が起こると結晶化が始まり、カルサイト(方解石)状の結石が 形成され、PSPは結石中に包み込まれます。また、このPSPはLithostathine

(リゾスタチン)と改名され、膵臓の外分泌腺で合成される144残基の糖タ ンパク質であることが報告されています。このリゾスタチンは、炭酸カルシ ウムの沈殿を阻害することで、膵管内における結石形成を防いでいます。人 以外のカルシウム塩結晶化制御化機能について、特徴的なものとして、軟体 動物にこの機能があります。カキの貝殻由来のタンパク質は、フリーな状態

(15)

のカルシウムイオンに作用するのではなく、核形成部位や結晶表面に直接作 用します。

 軟体動物以外にも、炭酸カルシウム塩の結晶化を制御する卵の殻由来のタ ンパク質(50−80kDa)や、渡り蟹(ブルークラブ)由来のタンパク質

(75kDa)が報告されています。当研究室で、すでに食品工業で利用されて いる 属14菌株から炭酸カルシウム塩結晶化制御のスクリーニングを 行った結果、  NBRC 14141 株に高いカルシウムイ オン包括活性が認められ、その活性タンパク質を分離し、タンパク質結晶化 による立体構造の解析を行い、カルシウムイオン包括機構を明らかにしてい ます(投稿中)。私たちの研究室で明らかにしたことが、カルシウム吸収剤 や結石予防薬へ利用されることに期待がもたれています。このように医薬品 に期待できる細菌を口絵1(C)に示しました。

7.4 不凍タンパク質をつくる微生物

 極地の海には、氷点下になっても元気に泳いでいる魚が多く棲んでいま す。その要因は、血液中に水を凍りにくくする不凍タンパク質を生体内で合 成できるからで、興味深いことに、海水の温度が上がるとその不凍タンパク 質は生産しなくなることが知られています。また、冬野菜(冬ライ麦、にん じん等)にも不凍タンパク質が含まれていることがわかっています。

 1998年、H. Xuらは、 GR12−2細菌の培養液中に新し い不凍タンパク質が分泌されていることを見つけて単一に精製しています。

その不凍タンパク質は、分子量が約164kDa(92kDaが糖類)で、グリシン やL−アラニンが豊富に含まれていることが報告されており、さらに糖や脂 質が含まれている新規の不凍物質(リポ糖タンパク質)であることがわかっ ています。不凍タンパク質は、別名、熱ヒステレシスタンパク質と呼ばれ、

融解温度を変化させることなしに、水の凍結温度を低下させるユニークな性 質をもっており、低温存在下で重要な役割を果たしています。不凍活性の測 定装置を図7−2に示しました。

(16)

図7−2.不凍活性の測定装置

 不凍タンパク質の不凍活性の測定をするには、温度制御が可能な装置(リ ンカム社製L600A)が付いた位相差顕微鏡(オリンパス社)を使用し、ガラ スシートを−20℃に保持したまま、その上に1.0µlの試料を置き、100℃/min で−40℃に温度を低下させます。その後100℃/minで−5℃にし、そこから5

℃/minで氷の結晶を溶解させ、結晶を単一にした後1℃/minで温度を低下さ せ、氷を再結晶化して写真に取り込みます。ブランクとしては純水を使用 し、標準として不凍タンパク質(市販されている魚由来の不凍タンパク質、

A/F Protein Inc., MA, USA)を使用します。また熱ヒステレシス(Thermal  hysteresis, ℃)の測定は、オスモメーターで測定しています。

不凍タンパク質の諸性質

 不凍タンパク質は、はじめて南極の魚の血清中から見出されて以来、植 物、昆虫の幼虫、細菌などからも発見されています。氷結晶に対する不凍タ ンパク質の吸着部位を図7−3に示しました。

(17)

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図7−3.氷結晶に対する不凍タンパク質の吸着部位

 不凍タンパク質(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)は、氷の結晶のプリズム面あるいはプリズ ム面と基底面に吸着することによって氷の成長を阻害し、氷結晶をさまざま な形状に変化させることができることにより、この機能を冷蔵庫における食 品の品質保持に利用されることが期待されています。

 不凍タンパク質は、氷結晶の成長を抑制することで、水を不凍化するもの ではありません。様々な生物由来の不凍タンパク質を表7−8に示しています が、その表から明らかなように、魚、昆虫、植物、微生物等に不凍タンパク 質が含まれ、特に植物の不凍タンパク質は酵素活性も持っています。氷結晶 に対する不凍タンパク質の効果を図7−4に示しました。その図から不凍タン パク質を含む氷結晶は成長を抑制し、無添加の氷結晶は、30分後には大きな 氷結晶になっていることがわかります。

表7−8.様々な生物由来の不凍タンパク質 微生物:  GR12−2,  sp担子菌 昆 虫:ゴミムシダマシ、ナガカメムシ

植 物:キチナーゼ、β−グルカナーゼ(冬ライ麦)、

    ポリガラクチュロナーゼ阻害剤(ニンジン)

 魚 :ノトセニア(南極)、カレイ、ニシン、

    キュウリウオ、オオカミウオ

(18)

         氷 結 晶 の 形

1分後 30分後

無添加

不凍タンパク質添加

図7−4.氷結晶に対する不凍タンパク質の効果

 不凍タンパク質の他の機能として、低温での細胞膜の安定化に寄与してい ることが魚由来の不凍タンパク質で知られています。最近、この機能の応用 研究が多くの食品関係の企業で行われています。

 生物種によっては不凍タンパク質の機能が異なります。例えば、植物由来 の不凍タンパク質は、冬期に凍結する場合があるために高い再結晶化能力を 有しています。また幼虫の皮膚上の不凍タンパク質は、高い熱ヒステレシス を有していることも報告されています。

 クリックらのグループは、低温性植物成長促進細菌である

が不凍タンパク質を有していることを報告していますが、私たちの研 究室でも南極大陸に生息する細菌から不凍活性の高い菌が分離されました。

その菌は 属細菌の一種であり、その不凍タンパク質は分子量が約5 万2千のリポタンパク質であることがわかりました。不凍タンパク質は、食 品素材の品質保持やアイスクリームなどのテクスチャー改良などの応用に期 待されていますので、不凍タンパク質を安全かつ安く、大量に製造できる方 法の確立を目指して、さまざまな生物源から検索を行っています。

 最近、河原らは、不凍タンパク質を食用担子菌の培養沪液や貝割れ大根等

(19)

から見つけており、その分離と精製を行っています。私たちの将来の夢とし て、冷凍食品の素材、品質保持、臓器保存液等を開発したいと考えていま す。不凍タンパク質の応用の可能性を表7−9に示しました。

表7−9.不凍タンパク質の応用の可能性 食品分野:冷凍食品、凍結乾燥食品。     

医療分野:臓器保存液、低温手術、細胞保存液。

土木・農業分野:凍結土木工事、霜害防除剤。 

7.5 バイオサーファクタントをつくる微生物

 微生物がつくり出す両親媒性脂質(バイオサーファクタント)とは、界面 活性能力や乳化能力を有する物質の総称で、天然の界面活性剤として知られ ています。バイオサーファクタントの構造モデルを図7−5に示しました。

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のỀᛮฦᏄ 㸠 ␧ỀᛮฦᏄ 㸲 ୦の፳ᛮฦᏄ 図7−5.バイオサーファクタントの構造モデル

 私たちは、日常、汚れを落とすために合成洗剤を使っています。その合成 洗剤を人が開発するよりもずっと以前から、微生物は生活に役に立つバイオ サーファクタントを生産していました。バイオサーファクタントの特徴とし て、⑴両親媒性分子(親水性部分+疎水性部分)を持つ、⑵特異な化学構造 をしている。⑶生分解性に優れている。⑷多彩な生理活性を示す等がありま す。その化学構造は、糖脂質型(ソホロリピット)、リポペプチド型(サー フアクチン)、脂肪酸型(スピクルスポル酸)、高分子型(エマルザン)の4 種類に分類されています。微生物がつくるリポペプチド型(サーフアクチ ン)の化学構造を図7−6に示しました。

(20)

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䠞䟿䜴䝯䝃䝣䝷㓗 NH O

C CH2

CH O C O

CH2

(CH2)7

CH2

CH CH3 CH3

図7−6.微生物がつくるリポペプチド型(サーフアクチン)の化学構造

 枯草菌 の発酵から得られるサーフアクチンは、アミノ酸と 脂肪酸から構成されているリポペプチド型のユニークな構造を持った界面活 性剤で、わずかな量で強力な乳化性、分散性を持ち、従来の低刺激性界面活 性剤よりさらに低い皮膚刺激性であり、生分解性も高く、安全性にも優れて いることから化粧品、シャンプー、洗浄剤等に応用されています。

 その他のバイオサーファクタントの実用化例としては、ソホロリピットが 保湿剤、柔軟化剤、食洗器用洗剤、化粧品素材として利用され、その他に も、食品の乳化剤、医薬品の免疫賦活剤、抗菌剤、抗ウイルス剤、化成品の 機能性色素、環境浄化剤、土壌改善剤等に応用されています。

 バイオサーファクタントは、原油などを微生物が分解しやすいように乳化 分散しますので、タンカーから漏出した重油による海洋汚染除去に役立つと 考えられています。その他にも重金属汚染の除去などの環境浄化技術(バイ オレメデイエーション)の開発に研究が進んでいます。バイオサーファクタ ントの主な利用を図7−7に示しました。

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図7−7.バイオサーファクタントの主な利用

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(21)

 酵母( )由来のものとしては、マンノプロテイ ンがあります。この物質は、酵母の細胞壁に存在していますので、抽出に は、熱処理による方法や細胞壁分解酵素による方法をとる必要があります。

酵母は、培養液中に炭化水素を添加した場合に、リポサ ンというバイオサーファクタントを生産することが知られています。今まで に報告されている微生物由来のバイオサーファクタントを表7−10に示しま した。

表7−10.微生物由来のバイオサーファクタント

バイオサーファ

クタント  微生物名 バイオサーファ

クタント  微生物名

Trehalose lipids    , Arthrofactin

 spp. Lichenysin A, B  spp. Surfactin

 sp. Viscosin  

Rhamnolipids Ornithine, lysine 

peptides sp.

Sophorose lipids Phospholipids

Fatty acids Glycolipids

sp.

sp.   

Alasan

Cellobiose lipids Streptofactin

Polyol lipids Particulate 

surfactant Biosur PM Diglycosyl diglyceridesw

Lipopolysaccharides  (RAG1),

* C. N.Mulligan: Environmental application surfactants Environmental Pollution, 133, 183(2005)

私 た ち の 研 究 室 で は、 カ ロ テ ノ イ ド 色 素 生 産 菌 で あ る

細菌が水に不溶性のカロテノイド色素を可溶化させるバイオサ ーファクタントを生産することを見つけています。カロテノイド色素に代表

(22)

される脂溶性色素は、利用の難しい天然色素ですが、抗酸化作用がありま す。カロテノイド色素の中でも、アスタキサンチンは非常に高い抗酸化力を 持っており、そのアスタキサンチンを可溶化させ、さらに色素を安定に保持 できるバイオサーファクタントを赤色酵母から見つけています(投稿中)。

7.6 これからの微生物産業

 最近の微生物産業の主な研究開発を10年の単位で分けて見ますと、下記の ようになります。2010年以降は、期待される研究開発の予想を、また2050年 には、微生物による人体凍結保存剤が可能になるのではないかという夢を述 べました。過去と将来の主な微生物産業を表7−11にまとめてみました。

表7−11.過去と将来の主な微生物産業 1950年代

1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代 2020年代 2030年代 2050年代

微生物で抗生物質をつくる 微生物でアミノ酸や核酸の製造 微生物の酵素を固定化して物質生産 微生物の遺伝子を改良

新しい機能をもった微生物を開発 微生物による環境改善

微生物によるバイオエネルギー 微生物による抗ガン剤の開発(予想)

微生物による臓器保存液の開発(予想)

微生物による人体凍結保存剤の開発(夢)

 表から明らかなように、抗生物質など昔はなかったもので最近新しく見つ かったものや、アミノ酸や核酸など、昔は天然物から取り出されていたもの が、今は微生物の働きでつくり出され、さらに微生物の働きのもとである酵 素をより効果的に利用するための固定化技術がどんどん研究され、発展して きたのが微生物産業の半世紀の歴史でした。

 近年は微生物の特異な化学反応を利用して、これまでの合成化学工業では 真似の出来ないような新しい生産物がたくさんつくられる時代になりまし た。例えば、化粧品に含まれている保湿剤のヒアルロン酸も、以前は、ニワ トリの鶏冠から分離されていましたが、現在では微生物の働きによってつく

(23)

られ、また、イワシ、タラ、ニシン、サケ等から得ていたサプリメントであ るエイコサペンタエン酸(血小板の凝固を抑えて、血液をさらさらにして、

血栓を溶解し血管を拡張する)も現在では微生物の働きによってつくられて います。このように化学工業の分野に微生物を利用しようとする試みが増え てきています。先に述べましたアクリルアミドは、従来の合成反応に代わっ て、温和な条件で進む微生物の反応を用いる方法で、現在、年間8千トンも の量が合成されています。 

 今世紀には、これまでには見られなかった新しい微生物産業が大きく育っ ていくことになります。有望な分野としては、ファイン・ケミカルズ(オリ ゴ糖または多糖類の生産、不溶性タンパク分解酵素、新規の糖質関連酵素な ど)、医薬品(抗癌剤、免疫調節剤、免疫抑制剤)、成人病薬(降圧剤、抗ア レルギー剤、凍結保護タンパク質など)、酵素阻害剤(肥満体のために酵素 阻害剤)、抗炎症のための酵素阻害剤、栄養源(ビタミン類の微生物生産)

などがあります。これからの微生物産業は、これらの化合物の生産にとどま らず、広く化学工業の原料合成にも有効に利用されることになるでしょう。

これから期待される新しい微生物産業を表7−12にまとめてみました。

表7−12.期待される新しい微生物産業

目的の生産物 新規微生物産業

臓器保存液(凍結保護物質)

バイオサーファクタント 不凍タンパク質(冷凍食品)

牛肉、豚肉、魚等のタンパク質 脂肪

石油代替

合成医薬品(抗ガン剤)

合成染料 香料 植物成分

悪臭の除去(硫黄化合物)

石油の脱硫・脱窒 発ガン性物質の除去

低温細菌

微生物生産(主に酵母)

微生物生産(細菌)

微生物タンパク質(酵母)

微生物の脂質

アセトン・ブタノール発酵 微生物医薬品

大腸菌(遺伝子操作)

微生物香料 微生物生産 微生物分解 微生物脱硫・脱窒 微生物分解

(24)

ナイロンの原料(シクロへキノール)

人工降雨・降雪剤 有毒な重金属の除去 ピロリ菌除去剤 燃料電池

栄養食品や炭酸ガスの除去

微生物変換 氷核活性細菌 微生物変換 拮抗好酸性細菌 レダクトン生産微生物 光合成微生物(ユーグレア)

 これらの微生物産業の研究と開発を発展させるためには、この分野で働く 若い人材の育成や、産官学の各界の交流を盛んにすること、さらに研究開発 に当たっては、安全の確保に充分な配慮をしながら地域の人々の理解を得る ことが重要なことであると考えます。

参照

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