1 はじめに
(1)現代の日本企業の状況
近年,特に 2000 年前後から,大企業の衰退 や隠蔽や事故などの組織不祥事1)が相次いで いる。日本の高度成長期を支え日本経済を牽引 してきた大手企業,特に製造業の競争力低下に ついてはさまざまな原因が指摘されているが,
その一つに組織構造の硬直化が挙げられる。高 尾(2004)によれば,組織マネジメントの重点 が組織の安定化から変化への対応,さらにいえ ば変化の積極的な創出へとシフトしていること
に気付かず体質改善ができないことが理由とし て考えられる。社会の変化に敏感に対応するた めにも,組織内の人材を適切に活用し多様な 意見を取り込みながら企業活動を行う必要があ り,特に上位職の意向を忖度する文化や,言う べきことを言い出せないようなコミュニケー ションの文化を改善する必要があると考える。
このような組織の硬直はしばしば組織の不祥 事として表れる。社会心理学の観点から組織不 祥事を研究する岡部(2014)は,その原因が盲 目的な同調や服従が心理的な規範となり,良心 的に問題を感じる人達の声を圧殺し,声を上げ
「組織におけるアサーティブな提言」が 個人の意識に及ぼす影響について
― Crew Resource Management のコミュニケーションを分析対象として―
How the assertive communication in organizations motivate the workers:
From the perspective of the Crew Resource Management
安宅 真由美
YASUMI, Mayumi
本研究は,組織内のコミュニケーションが組織構成員の個人の意識に及ぼす影響を議論するも のである。その目的は,組織を有効にするための理想的な組織内コミュニケーションを具体化 し,それが組織構成員としての意識に与える影響を明らかにすることで,経営効率と職場満足を 高める組織マネジメントの可能性を見出すことである。
研究の焦点は,組織内コミュニケーションのうち,公式コミュニケーションにおける下位職か ら上位職への「提言」(質問する,意見を求める,提案する,間違いを正す,補足するなど)に あてる。自他尊重の率直な自己表現である「アサーション」をベースとした組織において理想的 な提言が,個人の意識に及ぼす効果を「自己決定理論」をもとに検証した。研究には,主に航空 会社に導入されている「Crew Resource Management(クルー・リソース・マネジメント)」を 分析対象として用いている。
結果として,「組織におけるアサーティブな提言」をした人は,①自分が組織に役立つ存在で あることを認識し満足すること,②業務への主体性を強め業務改善に積極的に関わることに自信 と意欲を持つこと,③他のメンバーもチームの一員として重要な存在であることを認識し関係性 を深めることに積極的になることの 3 点が示唆された。
キーワード: 提言,アサーション,自己決定理論,Crew Resource Management(CRM)
組織におけるアサーティブな提言
る人達を排除していく構造にあると主張し,形 式的なコミュニケーションが不祥事を引き起こ す可能性を示唆している。また,ヒューマン エラーに関する心理学分野での第一人者であ る Reason(1997)は,組織事故を抑制するた めには気付いたことはためらわずに進言し合え る文化の醸成が重要だと主張し,コミュニケー ションの本質の理解を求めている。
このように,大企業の衰退と組織不祥事多発 という現象には,共通して組織内の「言うべき ことを言えない,言わない文化」が影響してお り,その文化が従業員のモチベーションにも悪 影響を与えていることが窺える。それにも関わ らず,多くの組織でコミュニケーションについ ての具体的な対策を確立できていないのが現状 であり,日本の組織を活性化し競争力を高める ためには,組織の生産性と従業員の働く意欲を 共に向上させる組織内コミュニケーションにつ いて検証する必要があると考える。
(2)研究の目的と焦点
そこで本研究は,組織を有効にするための 理想的な組織内コミュニケーションを具体化 し,それが組織構成員としての意識に与える影 響を明らかにすることで,経営効率と職場満足 を高める組織マネジメントを見出すことを目的 とする。組織内コミュニケーションのうち「組 織に多数の意見を取り込み個人の知識を活用 するために必要な率直なコミュニケーション」
(Edmondson,2012 野津智子訳,2014:72)に 焦点をあてる。具体的には,質問する,意見を 求める,間違いについて話す,助けを求める,
提案する,問題や過ちや懸念について話し合 う,足りないところを補強するなどである。本 稿ではこのようなコミュニケーションを「提 言」と呼び,なかでも組織構成員としての業務 上のやりとりにおける「下位職から上位職に対 する提言」にフォーカスして議論を進める。従 来,下位職は上位職からの指示を盲目的に受容 することが求められてきた経緯があり,自分を
評価する立場にある上司に提言することの抵抗 は他の関係のそれより大きいと思われるからで ある。部下から上司への提言が活発になる条件 を見出せば上司部下以外の他の関係での提言を 促進することにも貢献できると考える。本稿で の研究対象は「組織内公式コミュニケーション における下位職から上位職への提言」とする。
2 組織内コミュニケーションと提言に ついて
(1)構造化・権威・権威受容との関係
組織論を確立したとされる Barnard(1938)
は,組織の成立要素は①伝達(コミュニケー ション),②貢献意欲,③共通目的の三つであ り,中でもコミュニケーションが中心的役割で あると主張している。飯野(1979)によれば,
組織の規模が大きくなればピラミッド型の管理 組織が形成され,組織構造に則った公式コミュ ニケーションは基本的に垂直方向に流れる。こ のうち下方へのコミュニケーションは,上司か ら部下への流れであり,例えば,職務指示,そ の理解のための情報,目標の教化などであり,
目的達成の具体的情報を伝達する。狩俣(1992)
によれば,これらによって組織成員は自分がど のように情報を処理するか,あるいはどのよう に職務を行うかということに悩まされること なく,迅速に意思決定を行い,職務を遂行で きるようになる。このため,組織構造は組織 の目的を効率的に達成するために欠かせない。
Barnard(1938)は組織構造に則ったコミュニ ケーションが効率よく機能するには,権威とそ の受容が必要だと述べている。村田ら(2013)
によると Barnard は,権威は受容されること が重要であり,権威を持つ管理者の伝達が下位 者によって受容されなければ,組織は崩壊に至 る可能性があり,受令者による権威の否認は基 本的に回避されるべきであると主張している。
(2)権威と提言のバランス
一方でこの権威が強くなりすぎることによる
弊害もある。Barnard(1938)は権威の重要性 を説く一方で権威の力が強大化しすぎることの 危険性を指摘しており,強すぎる権威は組織構 成員の個人的能力や適応力,イニシアティブを 破壊する可能性があると言及している。村田ら
(2013)によると Barnard は,権威に対する盲 目的従属が時に問題発生の認知とその解決を妨 げることになるという点にも言及し,上司の部 下に対する権威が大きすぎる場合,部下の自律 を妨げて,組織的崩壊を導くと指摘している。
そこで,盲目的な受容や受容報告としてのコ ミュニケーションだけでなく,「提言」を伴う 双方向性のコミュニケーションが不可欠とな る。
組織行動学の視点から組織を捉える Robbins
(2005)はコミュニケーションには意思の伝達 と理解の両方が必要であると考え,その双方向 性を重要視する。また,医療事故との関連か らコミュニケーションを調査する高木・鬼塚
(2008)はさらに踏み込んで,相手の情報に対 する指摘や自分の疑義などをコミュニケーショ ンすること,すなわち提言することの重要性を 指摘した。
このように組織内コミュニケーションにおい ては権威と提言のバランスが重要であり,「組 織のコミュニケーション・システムは,安定と 効率を維持する勢力と,創造と革新を生み出す 勢力とのバランスの上に機能」(若林,1993:5)
することが求められている。
(3)組織を有効にする提言の要素
このバランスをとるためには「提言」の内容 についても考える必要がある。「提言」が組織 に有効となるために満たすべき,現代社会にお ける組織内コミュニケーションに必要な要素と して,以下の 3 点が挙げられる。
1)意味形成のための相互作用であること 狩俣(1992)は,組織が柔軟性を有するため にコミュニケーションに必要なことは意味を創 造することだという。そしてコミュニケーショ
ンは,送り手から受け手への単なる情報の伝達 ではなく,相互主体的で多面的連続的な相互作 用の過程であり意味形成の過程であると主張す る。具体的には,一人が表したメッセージに対 して,それに賛成または反対,拡充または修正 という形で反応することで合意的意味を形成す ることが組織内コミュニケーションの目的であ るべきだという。また,高尾(2004)は,組織 のコミュニケーションの役割として,意思決定 を行うための情報収集という要素に加え,組織 体として望ましい意思決定の継起を生み出して いく調整という要素にも言及している。
これらの主張から,組織に有効な提言は,組 織の意思決定に及ぼす影響を念頭に,意味創造 の過程として相互作用することが必要だと考え られる。
2)組織目的とリンクしていること
Barnard(1938)は,組織構造に則った伝達 が受容されるための要素の一つに,組織目的と 矛盾しないことを挙げている。松永(2013)も,
部下から上司に対して意見表明やアイデアの投 げかけをする場合,それは単なる批判や不満の 表明ではなく,業務改善の意思のもとに職場を 共にする他者に対して行われる建設的な働きか けであるべきだと主張する。そしてそれには業 務上重要な懸念について上司に注意を呼びかけ ることも含まれるといい,企業において優れた 意思決定や組織学習,効率的な人材活用を実現 するためには,部下が上司に積極的に働きかけ て,単に求められた事項に関する報告だけでな く創造的な意見を提案・協議することが不可欠 であると主張する。つまり,提言は組織目的の 理解に基づき,業務改善を目的として建設的で あることが重要ということである。
3) 情報の伝達と情緒的交流の両方が備わって いること
Robbins(2005)は,組織におけるコミュニ ケーションは選択肢を特定・評価するための データを伝達することにより個人や集団が意思 決定のために必要とする情報を提供する一方
で,感情表現として従業員が社交的欲求を満た す手段の提供としての機能も重要な要素だと指 摘する。これを山内(2011)は,コミュニケー ションには「情報の伝達」と「情緒的交流」と いう二つの要素があると表現し,広義では情緒 も情報の一部と捉えることもできると述べなが ら,組織におけるコミュニケーションの役割を 考える際には,この二つを区別しつつ両立させ ることが重要だと主張する。
以上を加味すると,組織を有効にする提言と は,組織の意思決定との関係を前提に相互作用 を通じて意味形成の過程となり,組織目的を意 識し「情報の伝達」と「情緒的交流」を併せ持 つものであると言える。
3 アサーションと提言について
(1)アサーションとは
しかし実際には,提言の発動は組織内のさ まざまな要因により阻害される。Edmondson
(2012)は職場における発言と沈黙の研究から,
職場で率直に意見を言うことは一般に考えられ ているよりも少ないことが分かっているとい う。阻害要因を乗り越えて提言の発動を促進す るには何らかの方策が必要である。その一つ に,アサーションがある。
アサーションとは,Dickson(1982)によれ ば,対等で率直なコミュニケーションの方法 である。アサーションの概念を日本にふさわし く翻案した平木(2009)によれば,アサーショ ンは自他尊重のさわやかな自己表現であり相互 交流・相互作用が特徴である。人のコミュニ
ケーションスタイルは,表 1 のとおり,主張的
(assertive),非主張的(non-assertive),攻撃 的(aggressive)の三つに分けることができ,
そのうち最も理想的なものが主張的コミュニ ケーション,つまりアサーションであると平木 は主張する。そして,アサーションは自分の考 えや気持ちなどを明確に正直に相手に分かりや すく伝えてみようとすることであり,同様に相 手も自己表現することを期待し受け止めようと することだと説明している。非主張的コミュニ ケーションとは,自分を抑え自分の気持ちや意 見を表現しない,表現できない,表現しても相 手に伝わらない言い方をする,相手の言いなり になるなどであり,攻撃的コミュニケーション は相手の気持ちや立場を無視して,「言い放ち」
や「押しつけ」によって一方的に自分の言い分 を強引に通すものと説明している。
(2)アサーションの効果
三田村・松見(2010)によると,アメリカの 心理学者 Linehan らはアサーションの相互作 用要素に注目し心理面からアサーションの効果 を三つに分類したという。すなわち,①話し手 の目指す対象や目標を得る「課題達成」,②相 手や集団との間に協調的関係や親密な関係を維 持・向上する「関係性の維持・向上」,③自分 自身に対する誠実性を維持・向上させる「自尊 心の維持・向上」の三つである。
1)課題達成―率直な自己表現を促進する効果 率 直 な 自 己 表 現 を 阻 害 す る 要 因 と し て,
Edmondson(2012)は対人不安を挙げ,個人 表 1 三つのコミュニケーションスタイルの特徴
主張的(assertive) 非主張的(non-assertive) 攻撃的(aggressive)
正直,率直,積極的 自他尊重,自発的,自他調和 自他協力,自己選択で決める 対等,歩み寄り,柔軟に対応
自分の責任で行動
「I am OK, You are OK.」
引っ込み思案,卑屈,消極的 自己否定的,依存的,他人本位
相手まかせ,承認を期待 服従的,黙る 弁解がましい
「I am not OK, You are OK.」
強がり,尊大,無頓着 他者否定的,操作的,自分本位
相手に指示,優越を誇る 支配的,一方的に主張する
責任転嫁
「I am OK, You are not OK.」
出所:平木(2009)を基に筆者作成。
的なやりとりや人とのつきあい上のリスクに関 する不安により積極的に意見を言うかどうかが 強力に左右されると指摘する。特に職場におい ては「無知」「無能」「ネガティブ」「邪魔をす る人」だと思われるという4つの不安が存在し,
職場で率直にものを言わない,とりわけ確信の ない懸念や根拠のない考えに関して口を閉ざす ことの原因であると指摘する。
アサーションには,これをはじめとする様々 な心理的阻害要因を乗り越え,率直な自己表現 を促進する効果がある。上野ら(2016)は,ア サーティブ・トレーニング(アサーションを習 得するトレーニングのこと,以下 AT と表記 する)が実際に上司と同僚に対するアサーティ ブな行動的側面にポジティブな変化があった ことを明らかにした。また,宗像(2004)は,
AT が対人依存度,自己抑制度を低下させ,情 緒的支援度を向上させることを明らかにした。
2)関係性を維持・向上させる効果
堀田(2009)は,アサーションの最も重要な 要素は「社会的カテゴリーや役割に由来する上 下関係を一方で認めつつ互いに一人の人間とし て対等な位置に立つこと」(堀田,2009:178),
つまり対等性だという。自分の気持ちと相手の 気持ちへの気付きや確認が大切であり,お互い の感情を大切にして対応する誠実さゆえに,ア
サーションは相手や周囲との関係性を維持・向 上させるという。
アサーションが関係性の向上・維持に効果が あるという報告としては,例えば,長谷川ら
(2008)は,AT の効果を調査・検証し,周囲 とのコミュニケーション能力の向上が示唆され たことを報告している。
3)個人の意識に及ぼす影響
Dickson(1982)は多くの AT を実施した結 果から,アサーションの習得によって自分自身 を価値ある存在と感じること,つまり自己信頼 感が高揚することを見出し,それが前向きに生 きていく意欲の源泉となることを発見した。堀 田(2013)は,2000 年以降の国内外での AT 研究 52 本を整理し,AT の効果として,直接 効果としてのアサーションとそれを習得するこ とで得られる副次的効果の,異なる二種類があ ることを提示した。そして副次的効果として自 尊感情や自己信頼の向上,抑鬱や問題行動の低 減,対人不安の低下,関係改善などが検証され ていると主張し,図 1 のようにその構図を説明 している。このアサーションの直接効果には,
Linehan らの分類による①率直な自己表現を促 進する効果と②関係性を維持・向上する効果が 該当し,副次的効果に③個人の意識に及ぼす影 響が該当すると考えられる。
図 1 アサーティブ・トレーニングの効果
出所:堀田(2013)を基に筆者作成。
アサーティブ・トレーニング 目的:自他尊重の自己表現
アサーション(直接効果)
概念理解
• 自己尊重
• 他者尊重
• 対等性への 志向
アサーティブ・
コミュニケーション
• 多様性受容
• 自己主張
• 率直性の促進
• 情動制御
アサーション効果
(副次的効果)
• 自尊感情向上
• 自己信頼感高揚
• 統制感獲得
• 主体性向上
• 関係への満足
• 対人不安低減
• 精神的健康・抑鬱
アサーションの副次的効果の存在を裏付ける と思われる報告は多くある。たとえば,前述の 上野ら(2016)は複数の研究成果から AT が,
自己表現に対する肯定的態度,他者尊重,合理 的信念,率直さへの確信と自尊感情の全てに 有意な肯定的効果をもたらしたことも報告し,
AT は自己信頼感や自己肯定感を高める働きを 有することが判明したと報告している。
(3) 「組織におけるアサーティブな提言」と組織 への効果
このようなアサーションの要素を,組織を有 効にする提言に加味すると「組織の意思決定と の関係を前提に組織目的を意識し情報の伝達と 情緒的交流の両側面を備え,自他尊重の率直な 自己表現による相互作用を通じて意味形成の過 程となる提言」となる。本稿ではこれを「組織 におけるアサーティブな提言」と呼び,理想的 な組織内コミュニケーションと位置付ける。
「組織におけるアサーティブな提言」の及ぼ す直接的効果を考えると,主に生産性向上と風 通しのよい組織文化2)醸成の二つが考えられ る。「組織におけるアサーティブな提言」は意 思決定の選択肢を増やし各階層で情報の確実 性・正当性に対するチェック機能が働くことか ら組織の柔軟性と競争力を高め不祥事を防ぐ効 果を発揮する。また,アサーションの効果によ り,公式コミュニケーションの情報伝達におい ても情緒的交流が図られる。山本(2011)は相 手の感情に配慮するアサーションは,業務上の やりとりを感情面でのもつれに持ち込まずに遂 行させることができると主張する。また森田
(2010)は,肯定的なことも否定的なことも相 手を尊重しながらきちんと伝えられることやそ の意見の正否ではなくどちらも尊重するアサー ションの姿勢が組織目的とあいまった時,建設 的な批判をすることやその批判を感情的になら ずに対処することにつながると主張する。この ため風通しのよい組織文化を醸成することに繋 がると考えられる。
(4)リサーチ・クエスチョン
「組織におけるアサーティブな提言」の直接 的効果は,組織を有効にする提言の要素に,ア サーションの直接効果が加味された結果であ り,組織構成員としての立場が前提になってい ると考えられる(図 2 参照)。
同様に考えると,組織を有効にする提言の要 素にアサーションの副次的効果としての自尊感 情向上,自己信頼感高揚,統制感獲得・主体性 向上,関係への満足,対人不安低減,精神的健 康・抑鬱などの要素が加味されると,組織構成 員としての意識への副次的効果となり仕事に対 して前向きな感情を生み出し働く意欲をあげる 効果が表れると予測できる(図 2 の黒枠で囲っ た部分の構図)。しかしアサーションの副次的 効果に関する研究報告のうち,組織目的と関連 させたものはほとんど見当たらなかった。
そこで本稿では,「組織におけるアサーティ ブな提言は,組織構成員としての個人の意識に どのような変化を及ぼすのか」をリサーチ・ク エスチョンとする。
4 仮説の設定
(1)仮説設定の理論
仮説構築には,自己決定理論を用いる。Pink
(2009)によると,Ryan・Deci の自己決定理 論は普遍的な人間の願望を起点とし,人には 生来「有能感・自律性・関係性」という三つの 心理的要求が備わっていると主張する。そして この三つの要求が満たされる時,人間は動機づ けられ,生産的になり,幸福を感じるという。
Deci・Flate(1995)は,「有能感」を自分はで きる,人に役立つ能力があるという意識,「自 律性」を自分で決めている,自分の思い通りに やっているという意識,「関係性」を自分は他 人と依存しあっている,他人と仲良くやってい きたいという意識だと説明し,この三つが満た されると仕事へのやる気を高めるという。
藤田・田中(2013)によると,自己決定理論 はモチベーション研究において重要な位置を占
める内発的動機づけ理論であり「有能感・自律 性・関係性」に対する欲求を充足する職務や職 場は,組織で働く従業員の内発的動機づけを高 め,その結果として,パフォーマンス向上と職 務満足などの効果を生むと主張している。
この自己決定理論に基づき,アサーションの 副次的効果と組織構成員としての個人の意識へ の効果を「有能感」「自律性」「関係性」のそれ ぞれに関連づけて仮説を設定する。
(2)仮説の設定
まず,アサーションの副次的効果の中で「有 能感」に関係する要素を考えると,自尊感情向 上,自己信頼感高揚,統制感獲得などが考えら れる。これらの要素と組織内での提言を関連づ けると,組織のために自分の役割を認識して自
発的に提言を行った自分を誇りに思うことが想 定される。そのため,仮説 1 を以下のように設 定する。
仮説 1:
「組織におけるアサーティブな提言」をした 従業員は,自分が組織に役立つ存在であるこ とを認識し満足する
次に「自律性」に関係する要素は,自己信頼 感高揚,統制感獲得・主体性向上などが考えら れる。これらの要素と組織内での提言を関連づ けると,様々な阻害要因を乗り越えて自発的に 提言したことに満足し,主体的に業務に関わる 意欲を増すことが想定される。そのため仮説 2 を以下のように設定する。
図 2 アサーションの効果と「組織におけるアサーティブな提言」の関係図
出所:先行研究を基に筆者作成。
組織を有効にする提言の要素 意味形成のための相互交流であること
組織目的にリンクしていること 情報の伝達と情緒的交流の両面を備えていること
+
アサーションの効果
直接効果 副次的効果
①課題達成 ②関係性の維持・向上 ③自尊心の維持・向上 自他尊重の自己表現への
理解と実践 心理的阻害 要因を軽減 率直な自己表現を促進
自己尊重,他者尊重の概念 対等性への理解 相互理解と新たな合意
人間関係が潤滑に
自尊感情向上 ,自己信頼感高揚 統制感獲得 ,主体性向上 ,関係への満足
対人不安低減 ,精神的健康・抑鬱 前向きに生きていく意欲
「組織におけるアサーティブな提言」の効果
直接効果 副次的効果
生産性向上(組織の硬直化防止,競争力向上,不祥事防止)
風通しのよい組織文化醸成(公式コミュニケーションにお ける情緒的交流の促進,建設的なコンフリクト増産)
組織構成員としての 個人の意識への効果:
リサーチ・クエスチョン
仮説 2:
「組織におけるアサーティブな提言」をした 従業員は,業務への主体性を強め,業務改善 に積極的に関わることに自信と意欲をもつ 最後に「関係性」に関わる要素として,関係 への満足,対人不安低減,精神的健康・抑鬱な どが考えられる。これらの要素と組織内での提 言を関連づけると,提言した相手やこれから提 言する可能性のあるメンバーに対して同じ目的 を共有する仲間として,また自分と同じように 重要な存在であるとして尊重し,組織の目的遂 行のために関係性を深めることに積極的になる のではないか。そのため,仮説 3 を以下のよう に設定する。
仮説 3:
「組織におけるアサーティブな提言」をした 従業員は,他のメンバーもチームの一員とし て重要な存在であることを認識し,関係性を 深めることに積極的になる
5 研究方法
仮説の検証には,アサーションを基盤とする 組織マネジメント方式を取り入れている組織
を選択する。航空業界の Crew Resource Man- agement(後述)(以下 CRM と表示する)は 安全文化醸成という組織命題のために,チーム で働く意識を高め組織全体でアサーションを発 揮するためのマネジメント方式である。
(1) Crew Resource Management
(クルー・リソース・マネジメント)について 津田ら(2009)によると CRM は,航空機事 故要因の半数以上が,ミスコミュニケーショ ンや人間の思い込みなど,操縦スキル以外の ヒューマンエラーに起因するという研究結果 を受けて,航空会社で安全運航のための施策 として開発3)されたものである。村上・齋藤
(1997)は「コックピットにおいて利用可能な 全てのリソースを,最適な方法で最も有効に活 用することにより,クルーのトータルパフォー マンスを高め,より安全で効率的な運航を実現 することを目的とする考え方」(村上・斎藤,
1997:72)と定義している。ここで言うリソー スとは,人的リソース,情報リソースなどの総 称である。
CRM の中核をなすスキルとしては,図 3 の とおり,コミュニケーション,意思決定,チー ム形成・維持,ワークロードマネジメント,状
図 3 CRM 訓練の全体像
出所:津田ら(2009)を基に筆者作成。
CRM スキルとその要素(CRM 訓練の全体像)
コミュニケーション
計画と認識の共有
アサーションと質問
適切な意思疎通 情報の伝達と確認
意思決定と 問題の解決
行動の振り返り決定と
適切な意思決定 解決策の選択
リソースの 有効活用
チーム形成・維持
意見の相違の解決 コンフリクト管理
業務の主体的運行
チーム活動に適した 環境作り
状況認識の維持
状況予測と問題点 分析
状況の把握と認識 の共有 警戒心の維持
ワークロード管理
ストレス管理
業務分担
実行順序の決定
況認識マネジメントの 5 つがある(津田ら,
2009)。いずれも人的要因に注目していること が特徴であり,特にコミュニケーションとチー ム形成・維持にはアサーションの概念がベー スになっている。表 2 に CRM のコミュニケー ションとチーム編成に関わるスキルの具体例を 整理したが,「組織におけるアサーティブな提 言」と通底していることが認められる。
(2)調査対象と調査方法
調査対象には客室部門を選択した。CRM は 主に運航部門・整備部門・客室部門に導入され ているが,運航乗務員や航空整備士は国家資格 に裏打ちされたプロフェッションであり,安全 運航に関して個人のテクニカルな力量が大きく 作用する。本稿での論点である「組織構成員と しての」意識を調査するには,組織に従業して いるという意識がより強く,部門内のセニョリ ティが比較的明確であり,フライト中は他部門
(運航乗務員)が指揮系統の絶対的上位にある ことから,部門間と部門内の双方に提言の阻害 要因がある客室部門が適していると考えた。
2017 年 9 月 20 日,10 月 2 日,11 月 2 日 に それぞれ国内中堅航空会社客室部門の CRM 訓 練担当者や訓練受講者の代表に半構造化インタ ビュー調査を実施した(表 3 参照)。
6 仮説の検証
(1)調査の結果
インタビュー調査の結果のうち,仮説に直接 関係すると思われるコメント部分を a,その他 を b として,表 4 にまとめた。b に関しては,
主に「7 考察」にて論ずるものである。
(2)仮説の検証
本節では,三つの仮説について,それぞれイ ンタビューの中から該当する証言に照らし合わ せ,自己決定理論の「有能感」「自律性」「関係 性」との関連を基に,仮説が妥当であるかを検 証する。
仮説 1:
『「組織におけるアサーティブな提言」をした 従業員は,自分が組織に役立つ存在であるこ とを認識し満足する』の検証のために,証言 内容を精査し下記の証言を抽出した。
「提言した相手から感謝され,CRM でき たことが嬉しく満足だった」「今後も役に たてるよういろいろと頑張りたい」(証言 者 5-a),「自分の力も必要とされていると 学び,嬉しさを感じた」「提言により安全 を担保できた。立場から来る使命感や正義 表 2 CRM スキルと行動の具体例
スキル 具体例
コミュニケーション
• 安全のため,互いに疑問なことは声に出して確認しあう
• 曖昧な言い方は避け,相手に伝わるように表現する
• 一方的に主張するのではなく,他者の意見も聴く必要があることを自覚する
• 相手からの発言には必ず反応する
• 上下や役割に関係なく気付いたことは操作を始める前に必ず発言し情報と状況を共有 する
チーム形成・維持
• 発言しやすい雰囲気をつくる
• ささいな疑問の声も大切に扱う
• 指揮権を持つものは他のものとの間に適度な権威関係を保つ
• 誰が正しいのではなく,何が正しいのかに焦点をあて,情報や意見を正しく選択する
• 感情の対立とならないように,反対意見は自分への敵対ではなくチームへの利益であ ると建設的に受け止める
出所:津田ら(2009)を基に筆者作成。
感から提言できたことが満足だった」「き ちんと言えたことに満足である」(証言者 6-a),「きちんと発揮できたことがとても 嬉しかった」(証言者 7-a),「提言できた 時は自分の役割や責任が果たせたように感 じ,満足な気分となる」「自分の提言によ り皆が正しい方向に進めた,自分の影響で あることが嬉しい」「提言をして事故を防 いだことがあり,自分の存在意義が分かっ たような気になった」「組織の一員として の役割をしっかりと果たせた」「自分を褒 めたい気分」「自分の仕事ぶりに自信と誇 りがもてた」「自分を認めて承認欲求を満 たした」(証言者 8-a),「私もこの会社の一
人の CA として役立っている」「自信を持 つことができた」(証言者 9-a)
これらの証言に共通するキーワードは,「満 足」「自信」「嬉しい」などであり,それらの感 情を惹起したのが「自分の仕事ぶりに対する誇 り」を確認したことや「組織の一員として役割 を果たせた」達成感などであると推察する。「自 分を褒めたい」「自分を認めた」などは自尊感 情向上に該当し,「役割が果たせた」「役立って いる」「存在意義」などから自己信頼感が高揚 していること,「正義感」や「使命感」に基づ く行動から統制感を獲得していることが推察さ れる。したがって自己決定理論の「有能感」に 表 3 インタビュー調査概要リスト
証言者,実施日,場所 証言者の職種,役職など 調査目的
証言者 1:C 氏
実施日:2017 年 9 月 20 日 場 所:O 社応接室
国内航空会社 O 社 客室本部 訓練審査課 教官 CRM ファシリテーター
O 社における CRM 訓練の実態と CRM の定着度についての調査
証言者 2:D 氏
実施日:2017 年 9 月 20 日 場 所:O 社応接室
国内航空会社 O 社 運送客室本部 乗務課長
証言者 3:E 氏
実施日:2017 年 9 月 20 日 場 所:O 社応接室
国内航空会社 O 社 客室本部 客室乗務員 チーフパーサー
CRM のコミュニケーションの実体験と 心理的影響についての調査
証言者 4:F 氏
実施日:2017 年 9 月 20 日 場 所:O 社応接室
国内航空会社 O 社 客室本部 客室乗務員 証言者 5:G 氏
実施日:2017 年 10 月 2 日 場 所:P 社応接室
国内航空会社 P 社
客室部客室訓練グループリーダー CRM ファシリテーター
P 社における CRM 訓練の実態と CRM の定着度についての調査
証言者 6:H 氏
実施日:2017 年 10 月 2 日 場 所:P 社応接室
国内航空会社 P 社 羽田客室乗員グループ 客室乗務員
CRM のコミュニケーションの実体験と 心理的影響についての調査
証言者 7:I 氏
実施日:2017 年 11 月 2 日 場 所:都内会議室
国内航空会社 L 社 客室乗員部マネージャー 元客室訓練部 チーフ教官
L 社における CRM 訓練の実態と CRM の定着度についての調査
証言者 8:J 氏
実施日:2017 年 11 月 2 日 場 所:都内会議室
国内航空会社 L 社 客室乗員部 客室乗務員 チーフパーサー
CRM のコミュニケーションの実体験と 心理的影響についての調査
証言者 9:K 氏
実施日:2017 年 11 月 2 日 場 所:都内会議室
国内航空会社 L 社 客室乗員部 客室乗務員 出所:筆者作成。
表 4 証言内容
証言内容の概要
証言者1
aCRM 訓練受講後報告書では「CRM を受講することで,それが安全運航だけでなく良好な人間関係の構築にも繋がる」「CRM を 発揮するためには,日頃からのお互いの気持ちの上での距離を狭めておく必要を感じた」というような意見が多い。
b「確認なんですけどキャンペーン」というのがある。提言の際,一方的な表現では角が立つ。最初に「確認なんですけど」という フレーズをつけると,進言しやすい。受ける方も嫌な気がしない,すこし柔らかくなりとても役に立つため浸透している。
証言者3 a
提言したことが機長にそのまま採用されないこともある。それでも自分の考えからさらにいい結果に繋がった時は,チームワーク,
チームメンバ−としての意識も強まり,お互いの信頼関係も深まるように思う。
フライト中コックピットは運航に専念するという重要な時間帯が離陸と着陸の時にある。それが迫っている時に受けたパイロット からの電話の内容が充分でない場合,聞き直しや進言するのにやはり勇気が要る。また他社でキャリアをかなり積んできたパイ ロットが多いので,年齢的にも経験値も凄くある方々に,進言するのは抵抗がないわけではない。だからこそ,日頃から安全に関 することで確認会話を徹底しましょうとよく言っている。言葉にも配慮しつつ,何か気になることがあれば,声に出してみよう。
その意見や意欲はみんなで尊重し合おうという,そういう雰囲気は実際あるように思う。
証言者4 a
機長に提言したあとは,「言ってみてよかった」という気持ちになった。逆に「言ってくれてありがとう」「お陰で考える幅が広がっ た」と言われて,やっぱりコミュニケーションは大事なのだなと感じたし,客室にしか分からないこともある,それは客室の自分 が把握し伝えるのだ,という意気込みが増した。
提言をしたりされたりするうちに,コックピットや整備士,先輩や後輩,と周りにはさまざまに知識を持つ人々がいることに気付 き,皆を巻き込み知識を出し合って,一番よい方向に向かうことを考えるようになった。そして,そのためにもできるだけ思った ことや不安を言おうと思うようになった。提言することを我慢することはなくなり,言い方を自分の中で考えて工夫するように なった。
証言者5
a現場乗務員への CRM 発揮時の聞き取りでは,機長に提言や連絡をしたことで後からそれを感謝され,CRM の働きを再認識した,
CRM できて嬉しかった,満足だった,今後も役に立てるよういろいろと頑張りたい,という声が多数あった。
b
上位職の CRM に対する意識がだいぶ定着していて,彼らが傾聴を心がけ提言しやすい環境を作っている。機長やチーフからの「な んでも言ってね」「ありがとういってくれて」という言葉がけや反応がよく聞こえてくる。下の者が「発言を怒られるのではないか」
「言っていやな思いをするのではないか」「評価が下がるのではないか」と思ったら提言しなくなってしまうが,それが一番怖いと いうことを上の者がよく知っている。そのため,提言に「なんでそんなこと」というような態度をする人が上にいない。訓練の成 果と考える。
会社の「安全行動指針」を毎朝唱和し,毎フライトで手持ちするチャート用紙に印字していて,特に「理解・傾聴」「周囲の意見 に耳を傾け,自分の考えを声にして,コミュニケーションを大切にします」はとても浸透しており,CRM に対する意識づけは自 然とできているように感じる。
証言者6 a
CRM 訓練で初めて「誰が正しいかでなく何が正しいか」を学んだ時,新人ではあっても自分の力も必要とされていることに驚き と嬉しさを感じ,しっかりしなければという意識を強めた。
イレギュラー発生時の機長からの指示に対して,客室の規定に鑑みその指示は受けられないということをきっぱり意思表示したこ とがある。機長との雰囲気は険悪になってしまったが,客室の規定を守りつつきちんと安全を担保して着陸できた。チーフパー サーという立場から来る使命感や,権威勾配を感じてひるむことは会社の安全を脅かすため排除すべきという正義感があったと思 う。私としてはその時きちんと言えたことに満足である。このまま事態を放置してはならない,きちんと理解してもらわなければ いけない,という使命感からきちんと話せた。それに対する満足かと考える。
証言者7
a
チーフパーサーに昇格した直後の頃,ちょっとしたイレギュラーがあった際,操縦室から電話連絡があり,「○○してください」
と指示があった。しかしそれは客室の状況を分かってない指示だと思ったので,「客室ではこういう状況なのでこうこうした方が よいと思います」と伝えた。緊迫した状況だったこともあり,また性格もあるかもしれないが,「うるさい」と怒鳴られ「いいか らやってください」と言われた。機長の指示だし,いろいろ考えたが,やはり客室としては自分が正しいし曲げてはいけないと思 い勇気を出して「私にはそれはできません」といい,理由もきちんと話した。最終的には理解してもらえ,規定を守りつつ安全に 着陸することができた。このようなことができたのも CRM を学ばせて頂いたからだと会社に感謝している。きちんと発揮できた ことがとても嬉しかった。それ以来,自覚を持って仕事をしている。
bマネージャーとして,フライト帰着時に報告を受けるが,機内サービスでも安全に関することでも,提言したことの成功例,提言 できなかったことによる失敗例は沢山ある。その事例を全員に共有することで,具体的にどのような場面でどのように,一歩踏み 込んで Speak Out することが役立つのかを周知し,次のサービスにも活かしている。
証言者8
a
提言できた時は自分の役割や責任が果たせたように感じ,満足な気分となる。自分が正しかったことに対しての満足もあるが,
Speak Out することができたことに満足ということである。それにより皆が問題点に気がつき,全員で正しい方向に進めたのは,
自分の影響であることが嬉しい。
安全に関することで機長に提言して事故を防いだことがある。自分の存在意義が分かったような気になり,また組織の一員として の役割をしっかりと果たせたことで自分を褒めたい気分であった。実際,機長や上位職からも褒められたが,自分の仕事ぶりに自 信と誇りが持てたことが一番大きな影響である。自分を認めて承認欲求を満たしたということだろうか。
正しいかどうか判断に迷うこともある。よく考えてやはり正しいと思って提言することもあるが,自信がなくても頑張って自分か ら Speak Out して皆で考えるようにすることもある。今のタイミングで考え直さないと取り返しがつかないと思うからでもある が,私もエラーチェーンを切る重要な役割がある,と思うと見過ごさずに行動できる。
bCRM 導入当初,「CRM してよいですか?」という枕言葉を付けるキャンペーンのようなものがあったり,業務終了時のブリーフィ ングでマネージャーが毎フライト必ず「今日はどんな CRM してきた?」と聞いたり,フライトごとに渡されるチャートの端に「こ れって CRM ?」というタイトルで,事例紹介を沢山したりしたことが,気付いたら定着していた理由だと思う。
証言者9 a
提言した相手から「さっきは気付いてくれてありがとう」と言われたことから,私もこの会社の 1 人の CA として役立っているん だ,と自信を持つことができた。今後もお互いに協力し,支え合いながら仕事ができる環境を一社員として作っていきたいと思う。
上位職がミスを犯しそうになっている状況に気付いた際,一瞬逡巡したが,CRM を思いだし,黙って従っていてはいけない,私 が動かなければ,と思って確認会話を行った。
出所:インタビューを基に筆者作成。
相当する意識として,自発的に提言を行った自 分を誇りに思い,組織にとって自分自身がリ ソースであることを実感することが示唆された と考える。よって,仮説 1 は妥当性を有すると 考える。
仮説 2:
『「組織におけるアサーティブな提言」をした 従業員は,業務への主体性を強め,業務改善 に積極的に関わることに自信と意欲をもつ』
の検証のために,証言内容を精査し下記の証 言を抽出した。
「客室(担当者)にしか分からないことが ある。それは客室(担当者)の自分が把握 し(機長に)伝えるのだという意気込みが 増した」(証言者 4-a)「機長と対立した時 に,客室の規定に鑑み,その指示は受けら れないということをきっぱりと意思表示し た事がある。その結果,客室の規定を守り つつ安全を担保して着陸できた」「このま ま事態を放置してはならないという使命 感」「権威勾配を感じてひるむことは排除 すべきという正義感」(証言者 6-a),「正し いかどうか判断に迷うこともある。自信が なくても頑張って自分から提言して皆で考 えるようにする。私もエラーチェーンを切 る重要な役割がある,と思うと見過ごさず に行動する」(証言者 8-a),「上位職がミ スを犯しそうになっている状況に気付いた 際,一瞬逡巡したが,CRM を思いだし,
黙って従っていてはいけない,私が動かな ければ,と思って確認会話を行った」「今 後も一社員として環境を作っていきたい」
(証言者 9-a)
これらの証言に共通するのは,その場の雰囲 気や権威に盲目的に従うのではなく,全体益の ために,自分の行動で周囲に影響を及ぼそうと する意識であると考える。機長からの指示は権 威であり受容すべきことであり,機長への提言
には抵抗があることが予測できる。このこと は,証言者 3 が「フライト中コックピットは運 航に専念するという重要な時間帯が離陸と着陸 の時にある。それが迫っている時に受けたパイ ロットからの電話の内容が充分でない場合,聞 き直しや進言するのにやはり勇気が要る。また 他社でキャリアをかなり積んできたパイロット が多いので,年齢的にも経験値も凄くある方々 に,進言するのは抵抗があることも多い」と 証言していることからも推察できる。その中 で「自分は客室部門の専門として必要な場合に は提言するのだ」という意識は主体性や自己信 頼感の表れであると考える。また「自信がなく ても頑張って提言する」「事態を放置してはな らない」「ひるんではいけない」「一瞬逡巡した が黙っていてはいけない」「自分が把握し提言 するのだという意欲が増した」などの証言は統 制感をもって主体的に行動しようとする意識と 意欲の表れだと推察する。したがって自己決定 理論の「自律性」に相当する意識として,阻害 要因を乗り越えて自発的に提言したことに満足 し,主体的に業務に関わる意欲を増すことが示 唆されたと考える。よって,仮説 2 は妥当性を 有すると考える。
仮説 3:
『「組織におけるアサーティブな提言」をした 従業員は,他のメンバーもチームの一員とし て重要な存在であることを認識し,関係性を 深めることに積極的になる』の検証のため に,証言内容を精査し下記の証言を抽出し た。
「日頃からのお互いの気持ちの上での距離 を狭めておく必要を感じた」「CRM は良 好な人間関係の構築にもつながる」(証言 者 1-a),「チームメンバーとしての意識も 強まり,お互いの信頼関係も深まるように 思う」「言葉にも配慮しつつ,何か気にな ることがあれば,声に出してみよう。その 意見や意欲はみんなで尊重し合おう」(証
言者 3-a),「やはりコミュニケーションは 大事なのだな」「周りには様々に知識を持 つ人々がいることに気付き,皆を巻き込み 知識を出し合って,一番よい方向に向か うことを考えるようになった」「言い方を 自分の中で考えて工夫するようになった」
(証言者 4-a),「今後もお互いに協力し,支 え合いながら仕事ができる環境を一社員と して作っていきたい」(証言者 9-a)
これらの証言に共通するのは,人間関係,信 頼関係への言及であり,また仲間との協働意欲 の向上だと考える。「気持ちの上での距離を縮 めておく必要」「日頃からのコミュニケーショ ンの重要性」などは関係性の向上への意欲であ り,そして,「チームメンバーとしての意識も 強まり」「周りには様々に知識を持つ人々がい ることに気付き」「皆を巻き込んで一番よい方 向に」との表現から,自分だけでなく周囲の他 のメンバーもリソースであることを再認識する と考えられる。さらに「言い方を工夫し」「言 葉にも配慮をしつつ」「今後も環境を作って行 きたい」など,関係性構築のために積極的にな ることの表れと考える。これらは自己決定理論 の「関係性」に相当する意識として,周囲のメ ンバーの存在意義を確認し,提言をしやすくす るためには普段から良好な人間関係をつく信頼 を培っておくことに意欲的になることが示唆さ れたと考える。よって,仮説 3 は妥当性を有す ると考える。
7 考 察
(1) 個人の意識への効果と働く意欲を向上させる 可能性について
1)自己決定感の効果
Pink(2009)によると,自己決定理論では「有 能感・自律性・関係性」の三つの要求が全て満 たされる時に人間は動機づけられ,生産的にな り,幸福を感じることから,本稿での検証結果 は,組織活動において動機づけられ生産的にな
り幸福を感じるということと考えられる。
このことを示唆する報告として例えば高橋
(1997)の研究がある。ある人の自己決定の感 覚が高くなれば,その人の満足感は増加し,逆 に自己決定の感覚が低くなれば,その人の満足 感は減少するという Deci(1975)の自己決定 理論の考えを基にして,高橋(1997)は,組織 の中での個人の自己決定の感覚と職務満足の関 係を 7 年間に渡り約 6200 人に調査した。そし て,実際に組織の中の個人の自己決定の感覚が 高いほど職務満足感が高くなっていることを 明らかにした(図 4)。高橋が用いた自己決定 の感覚を表すための質問項目は,1:トップの 経営方針と自分の仕事との関係を考えながら 仕事をしている,2:上司からの権限委譲がな されている,3:自分の意見が尊重されている と思う,4:自分の会社のあるべき姿を認識し ている,5:良いと思ったことは周囲を説得す る自信がある,の 5 つであり(高橋,1997:
124-9),本稿における「組織におけるアサー ティブな提言」およびその効果との共通項が多 い。高橋(1997)の自己決定の感覚を提言と解 釈し,満足感を「有能感・自律性・関係性」の 三つの要求と考えるならば,組織内でアサー ティブな提言をした従業員は,職務満足や働く 意欲を向上させるということが示唆される。こ れについては今後の実証が必要である。
2) 相手の反応と「有能感・自律性・関係性」
の関係
本研究では,提言をした相手の反応には焦点 をあてず,提言を発動した時点での発動者個人 の意識に注目して検証した。組織の概念教育で
「組織におけるアサーティブな提言」の重要性 を共有していることを前提としているため,提 言内容が受容されるか否かに関係なく,提言の 相手も提言自体の重要性は理解しているという 環境下での検証である。この環境については,
たとえば証言者 5 のインタビュー結果に表れて いる。