社会保障権の平等保障に関する一考察
山 口 春 子
は じ め に
人はすべて,人間の尊厳にふさわしい生存が実現されるべきであるo 社会保 障の権利は,この人間の尊厳にふさわしい生存の実現を志向する権利であるo 同時に人間の尊厳にふさわしい生存の実現にとって必要不可欠の権利であるo 何故なら社会保障の権利は,人間の尊厳を傷つけるような経済的貧困などの生 活上の困難が生じた場合に,その困難を国家責任で解消するよう請求する権利 であり,生活困難解消のための重要で効果的な方法として機能するからであるo
人間の尊厳にふさわしい生存は,すべ、ての人において実現されるべきであるか ら,社会保障の権利は,すべての人に平等に保障されるべきであろう O
本稿は,この社会保障の権利の平等保障ということを検討課題とするが,そ の際,次のような社会保障の権利の特性に留意する必要があろうO
その第一は,社会保障の権利が,生活困窮者に対する,恩恵的庇護を否定して 確立されてきたということであるO
第二は,社会保障が,市民法上の形式的平等から生じた事実上の不平等を修 正し,実質的平等の実現をめざすものであるということであるo これらの点 に着目して,以下,わが国の社会保障法制度を対象に 争訟側を素材にしなが らl.権利主体の無差別平等性という側面と 2.権利内容の平等保障とい う側面からアプローチしてみたい。
1 .権利主体の無差別平等保障
(1)社会保障は,基本的人権である生存権を基底とし,人間の尊厳に値する
生存を,すべての者に等しく実現することを志向するO そのため,経済的困難 などの生活困難に直面しているすべての人を対象に,国家を責任主体として,
所得保障やサービスを提供するO 社会保障の権利は,一方で,人が社会で生活 を営むうえで直面する生活困難の多くは,個人の責に帰せられるべきではない,
という認識の定着にともなって,他方で,人はすべて人間の尊厳に値する生存 を等しく保障されるべきであるという人間の尊厳の思想1)に支えられ生成,発 展してきた。個人責任に解消し得ない生活困難は,社会で生活を営む者すべて に等しく生じうるO 社会保障の権利は,このような生活困難に直面した際,生 活困難を唯一の要件として発生するo 社会保障の権利の発生要件は,生活困難 という客観的状態それ自体にあるo 従って,この生活困難は,社会生活を営む 人すべてに等しく生じうるのであるから,社会保障の権利の担い手は,社会を 構成するすべての者であるということになろう。
(2) 戦後採択された人権に関する国際文書も,社会保障の権利の承認ととも に,権利主体の無差別平等性を明記しているo 社会保障の権利主体の無差別平 等性は,すでに国際規範として定着しているといえよう口
1948年国連総会(第3回)で採択された世界人権宣言22条は.
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すべての人は,社会の一員として,社会保障を受ける権利を有し…自己の尊厳と自己の人格の 自由な発展とに欠くことのできない経済的社会的および文化的権利の実現を求 める資格を有する」と規定するO 生存権的基本権を基底とする社会保障の権利 は,社会生活を営む具体的人間が,その社会において人間らしく生存するため に不可欠な権利である。世界人権宣言22条は,すべての人が,そのような基本 権としての社会保障の権利を「社会の一員としてJ有することを明記したので ある口
さらに世界人権宣言を条約化した国際人権規約(1966年国連第21回総会で採 択.76年に発効)のうち.
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経済的,社会的および文化的権利に関する国際規約」(A規約) 9条は.
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この規約の締約国は,社会保険その他の社会保障につい てのすべての者の権利を認める」と規定しているo A規約9条は,世界人権宣 言22条に法的拘束力をもたせた規定と考えられ,社会保険その他の社会保障に ついての権利を「すべての者の権利」と明記した。ちなみにわが国は. 1979年に国際人権規約を留保つきながら批准2)し A規約の実施が義務づけられてい るO
また1961年第 5回世界労連大会で採択された社会保障憲章は,その第 5原則 として「社会保障にたいする権利は…すべての者にたいして平等でなければな らないJと明記した。この原則は 1982年第10回大会で採択された新社会保障 憲章にも継承され, I社会保障の権利は,人種,国籍,宗教,性別,年齢,職 業による差別なく,すべての人に平等でなければならない」とされているO
ILOは, ILO 102号条約68条において「国民でない住民も国民と同様の権利 を有する」と明記し, 1963年には, ILO 118号条約「内外人平等待遇(社会保障) 条約Jを採択した3)。
このように社会保障の権利主体の無差別平等性は,国際機関・団体の文書に おいて社会保障の権利性の承認とともに明文化されているO さらに,労働力の 国際移動に伴う労働者の生存権保障という現実の必要性から,社会保障におけ る内外人平等待遇が促進されてきているO
(3) 以上述べてきたような社会保障の権利主体の無差別平等性は,社会保障 の権利の性格から当然の帰結として導き出され,すでに国際規範としても定着 しているO ところがわが国の社会保障法制度では この権利主体の無差別平等 性が未だ実現されず,国籍差別問題が残されている4)。わが国の社会保障法制 度における権利主体の国籍差別問題は 難民の地位に関する条約等の加入に伴 う法改正 (1982年1月施行)によって,国民年金法,児童手当法,児童扶養手 当法,特別児童扶養手当法上の国籍要件が削除され,大きな改善をみたが,な お残された問題として次の点が指摘できるO ①国民年金の場合法改正に伴って 経過規定が設けられなかったため,すでに一定年齢に達している者については,
受給資格が得られない。②国民健康保険については,原則として外国人は被保 険者資格がない。ただし例外として, 1965年のいわゆる在日韓国人の法的地位 協定にもとづき永住許可を受けた者,難民の地位に関する条約等の適用を受け る者,市区町村の条例により規定された国の国籍を有する者などは被保険者資 格を有する(国民健康保険法施行規則 1条2号)。③生活保護法は,受給要件 として日本国籍を明記していないが,法1条および2条の「すべての国民」と
いう語が日本国民に限定されると行政解釈され(昭29・5・8社発第382号).
判例もまたこれを追認している(東京高裁昭31年12月27日判決,東京地裁昭53 年3月31日判決)5)ため,外国人は生活保護を権利として請求できないとされ ているO ④母子福祉法の福祉資金の貸付については,居住,償還等の問題があ るという理由で条件が付されている(昭54. 8. 2児福第20号)。
(4) 社会保障の権利主体の国籍差別問題にかかわって好個の事例を提供して いるのが,塩見訴訟6) 金訴訟7) 豊田訴訟8)であるo 以下これらの事案を素 材に検討してみたい。
まず,国籍要件条項そのものの違憲性が争点となった部分の判決の論理をみ てみたい。塩見訴訟は,経過的障害福祉年金の受給資格につき,廃疾認定日の 国籍要件を定める旧国民年金法56条1項但書の規定が,憲法14条1項.25条に 違反するか否か,を中心的争点とするものであるo 一審(大阪地裁昭55. 10. 29).二審(大阪高裁昭59. 12. 19) とも原告,控訴人が敗訴となった。
一審判決は,広い立法裁量論を展開し,違憲性の司法審査基準として明白性 の原則を採用している。又,差別的取扱いの合理的理由として,①「国民の福 祉を図ることは,本来その国の政府の責務であって 他国の政府の責務でない とする思想は今日なお世界各国において有力な思想であり……国民年金制度の 被保険者を日本国籍がある者に限ることは合理的である
J .
②障害福祉年金は 拠出制国民年金を補う経過的・補完的制度であり 費用は全額国庫負担である から,当然その対象は日本国籍のある者にかぎるべきである,③障害福祉年金 受給資格の国籍要件は,社会保険制度の仕組みから要保障事故発生時点で問うことが合理的であると述べた。ここで注目すべきは合理性判断を支えている「国 民の福祉を図ることは,本来その国の政府の責務であって,他国の政府の責務 でないとする思想は今日なお世界各国において有力な思想」という認識であろ うO この点,金訴訟一審判決(東京地裁,昭57. 9. 22)や,豊田訴訟一審判 決(東京地裁,昭57. 9. 22)では,結論は塩見訴訟と同じく違憲性を否定し ているが,その論理はやや異なるO
金訴訟東京地裁判決は,原告の老齢年金裁定請求に対する却下処分が憲法14 条.25条に違反するか否かという争点にかかわって,①「国民年金制度に関し,
憲法25条の趣旨にこたえて 具体的にどのような立法措置を講ずるのかの選択 決定は,立法府の広い立法裁量に委ねられており,同制度の対象者を日本国籍 を有する者に限定するか否かも立法政策上の裁量事項である」と述べるととも に,②「国民年金のような社会保障に関する権利…については, もっぱら権利 者の属する国家によって保障されるべき性質の権利であり,当然に外国によっ ても保障されるべき権利を意味するものではない」から外国人に対し自国民と 同様に保障しなくとも憲法14条に違反しない, と判示した。豊田訴訟東京地裁 判決も,老齢年金裁定取消し処分が憲法14条, 25条に違反するか否かという争 点にかかわって,全く同旨の判示をしているO 塩見訴訟大阪地裁が,国民年金 の被保険者を日本国籍がある者に限ることを政策選択の問題としてとらえ, I国 民の福祉を図ることは,本来その国の政府の責務であって,他国の政府の責務 でないとする思想は今日なお世界各国において有力な思想であるから合理性が ある」と述べているのに比して 社会保障の権利の性質からの帰結として国籍 差別を容認している点が特徴的であるO すでに述べてきたように,社会保障の 権利の性質からは国籍差別はむしろ否定されざるを得ない。
次にケースの個別具体的な事実の中で国籍要件が検討されている部分をみて みたい。
豊田訴訟では,すでに裁定に基づき老齢年金が支給されていたのであるが,
このような暇庇ある授益的行政行為が取り消せるか否かという点につき判決 は, I行政庁が一旦受益的な行政処分をした場合において,のちにそれが違法 であることが明らかになったときは,処分の取消しにより被処分者が受ける不 利益と処分に基づいて生じた効果を維持することの公益上の不利益とを比較考 量し,当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当である
と認められるときには 処分庁がこれを職権で取り消し 遡及的に処分がされ なかったのと同一の状態に復せしめることが許されると解するのが相当であ るjと判示した。そして豊田さんのケースについては,①年金支給裁定請求に 際して故意に国籍を偽ったとは認められない。②日本人と婚姻し, 日本人の子 をもうけ,老後の生活を維持するため老齢年金の支給に期待を寄せていたこと がうかがわれる,というような事実関係を考慮しながら,なお老齢年金支給裁
定をこのまま放置することは,法の趣旨に著しく反し公共の福祉の要請に照ら し著しく不当である,と述べ原告の訴えを斥けた。国籍要件の厳格な実施によ り年金支給裁定処分を取消し,支給額返還を求めることこそが,
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公共の福祉の要請」に合致すると判示したのであるO
この点,全く対照的な判断を示したものとして注目できるのが,金訴訟控訴 審判決(東京高裁,昭58. 10. 21)であるo 金訴訟控訴審判決では,老齢年金 裁定請求却下処分の違憲性をめぐる争点にかかわっては,一審判決を引用しな
がら違憲性を否定したが次に述べる理由によって当該処分を取消した。
すなわち老齢年金の受給権の存否は,一般に実定法の規定に基づいて判断す べきであるが,
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形式上は実定法上の関係規定所定の受給権発生の要件が完全には充足されていない場合であっても 特別の事情により当該請求権につき右 要件が充足された場合と同視するのを相当とするような法律状態が生じている
ときには,右の形式上の要件の欠訣は……老齢年金の受給権者である旨の裁定 をする妨げにはならないものと解すべきであるj と,判示した。これを金さん のケースについてみると,①控訴人が国民年金保険者として手続をしたのは,
区の国民年金勧奨員の勧誘によるものであり,その際韓国籍であることを告げ ているなど,手続きをしたことについて控訴人の側に責めるべき事情がない,
②控訴人は被保険者の義務である保険料の支払を終了している,③行政当局が 15年もの間,控訴人を被保険者として取扱ってきたうちに,控訴人の期待,信 頼が生じているO このような控訴人と行政当局の間で生じた「信頼関係を行政 当局が覆すことができるのはやむを得ない公益上の必要がある場合に限られ」
るO 控訴人は国籍要件を欠いているが,国籍要件をあらゆる場合につき維持・
貫徹することはこの「やむを得ない公益上の必要には当らない」と述べた。従っ て控訴人と行政当局の間で生じた信頼関係を行政当局は覆すことができないか
ら,結局,国籍「要件が充足された場合と同視するのを相当とするような法律 状態が生じている」ということになり,老齢年金裁定請求却下処分は違法,取 消しとされた。
この判決では,国籍要件をあらゆる場合につき維持・貫徹することが,やむ を得ない公益上の必要にあたらない理由として欠の点が指摘されていることに
留意する必要があろう O ①国民年金法制定当初から米国籍人には日米友好通商 条約を根拠に国籍要件は適用されていない,②昭和54年以来,わが国は国際人 権規約 (A規約) 9条により,外国人に対しても社会保障政策を推進すべき責 任を負っている,③難民の地位に関する条約等への加入に伴う法改正で国籍要 件は撤廃されたことからして,国籍要件は,一切の例外を許さないような意味
において国民年金制度の基幹にかかわるものではない。
(5) 塩見訴訟,金訴訟,豊田訴訟における以上の判決例から,次のことが指 揖iできるであろう。
①金訴訟控訴審判決のように,国民年金の受給権発生の要件として,国籍要 件を絶対視しない解釈を示す判例があらわれたことは注目に価するO たとえ個 別ケースにお・ける事実関係を重視して考え出された解釈であり,法の形式的適 用よりも事実上の妥当な解決に比重がおかれたとはいえ,当時実定法上明記さ れていた国籍要件を形式的には充足しないまま年金受給権の成立が容認された のであるO
②この判決の背景には,国籍差別撤廃への国際的潮流とこれに沿うわが国の 動向があったことをみのがせない。塩見訴訟地裁判決における国際的潮流に対 する認識と,金訴訟控訴審判決において,国籍要件をあらゆる場合につき維持・
貫徹することが,やむを得ない公益上の必要にあたらない理由としてあげられ た内容を比較するとその差異は明らかである。 1979年にわが国は国際人権規約 を批准し, 82年には,難民の地位に関する条約等への加入に伴う法改正で国籍 要件を撤廃しているO 国際的潮流に沿うこれらの事実が,判決に大きな影響を 与えているといえるであろう O
③また金訴訟控訴審判決が,法の形式的適用よりも当該ケースにおける具体 的な事実関係を重視し 現実的な妥当な解決をはかろうとしたということとの かかわりでいえば次の 2点が指摘できるO
第一は,在日外国人のなかでもその圧倒的多数を占め日本に定着して生活し ている在日朝鮮人は 生活実態の面からみる限り,社会保障の権利について日 本人と差別的取扱いをすべき必要性は見出せないということである9)。
第二は,社会保障の権利について争われる争訟例では,争点となっている杜
会保障法制度の目的,保障内容などの検討をする際には,当事者の具体的な生 活事実において果たす機能に着目しながらおこなうことが重要であるというこ
とであるO 国民年金制度は,生存権理念にもとづき,老齢,障害等によって生 活の安定がそこなわれることを防止し,生活の維持及び向上に寄与するための 制度である(国民年金法1条)。判決では,年金制度における国籍要件を,こ のような制度目的実現にとって必要不可欠か否かという観点から,当事者の生 活実態に即して吟味しているO 生存権保障を担う社会保障法制度の検討方法と
して有意義といえようO ちなみに,社会保障法制度の,個別ケースにおける現 実的な生活保障機能のチェックは このような争訟例においてこそ積極的にお
こなわれるべきであろう O
④しかしこれらの判決は,いずれも広範な立法裁量を容認し,国籍差別条項 自体を違憲とはしていない。従って塩見訴訟のようなケースは救済の途がない ということになるD
解釈論としては,わが国の社会保障法制度における国籍差別条項は,国際人 権規約 (A規約) 9条により 違法と解すべきであろうO たとえA規約の性格 上直ちに違法といえないにしても,少なくとも国籍差別の合理性否定の有力な 根拠とはなるであろうOちなみに, A規約2条 1項の「漸進的な (Progressively)
J
実施という語は,開発途上国を考慮しておかれたものであって,経済的に即時 実施可能な先進国が「漸進的な実施Jを理由に実施をひきのばすことは許され ないと解すべきであるO また憲法25条に基く立法裁量を認めるにしても,憲法 14条のような基本的人権条項に抵触する内容の立法は,明らかな裁量権の逸脱 であるO 従って,わが国の社会保障法制度における国籍差別は,違法と解すべ きである。しかし, (3)で述べた残された問題については,立法改正による解決 がより望ましいことはいうまでもない。
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.権利内容の平等保障(1) すでに述べてきたように,社会保障の権利は,すべての人に対して平等 に,健康で文化的な最低限度の生活を,国家責任で保障するよう請求する権利 であるO ここで留意すべき点は,すべての人に平等とはいうものの社会保障の
対象となるすべての人は,抽象的な均一,等質の人間ではなく,多様な具体的 な人間であるということであるO 従って,これらの具体的で多様な人すべてに 等しく,健康で文化的な最低限度の生活を実現することをめざす社会保障は,
対象となる人間像の具体性に対応して,多様な内容から形づくられるO すべて の人を対象とする画一的な内容だけでなく,社会生活を営むうえで,特に生活 困難が想定される人間像とその生活困難を類型化して,それに対応する保障施 策から構成されるからであるO 老人福祉,児童福祉,障害者福祉,母子福祉な どはこの例であるo そういう意味で,社会保障の権利内容は,それ自体形式的 平等を修正し,実質的平等を志向するものだということができるO
従って,社会保障の権利内容の平等保障を検討する場合には,社会保障の内 容自体が実質的平等を志向しているという点をふまえなければならない。すな わち,権利を具体化する法制度における保障対象,保障範囲,保障水準,実施 手続,救済手続などの規定は,その制度が生存権保障をどのように具体化しよ
うとしているのかという制度目的に照らして考察されねばならないであろう O 社会保障の権利内容がそれ自体形式的平等を修正し,実質的平等を志向する ものだということにかかわってまず最初に 障害者が社会生活を営むうえで直 面する生活上の困難について,形式的平等観を斥け,実質的平等の実現をはか
ろうとした上野訴訟第一審判決10)を検討してみたい。
(2) 上野訴訟とは,全盲の上野孝司さんが, 1973年2月1日,高田馬場駅か ら転落し,転落後直ちにホームにはい上がろうとしてホームに手をかけたが,
ホームが高くて自力ではい上がれず,附近に居あわせた一般乗客らがヲ│き上げ ようとしている最中に,電車とホームの聞にはさまれ即死した事件で,上野さ んの遺族が, 日本国有鉄道に対し,駅ホームの設置保存に暇庇があったため本 件事故が発生したものとして,民法第717条に基づき損害賠償を請求して提訴 したケースであるo 社会保障の権利は,直接的な争点とはなっていないが,障 害者が社会生活を営むうえで直面する,障害に起因する社会生活上の不利を実 質的不平等として認容し,その軽減を通じて実質的平等を実現しようとする考 え方を展開している点が注目される。この考え方は,社会保障の権利内容の把 握に共通する。
上野訴訟では,原告側が,転落死亡事故は駅ホームの設置保存に暇庇があっ たため発生した,と主張したため,駅ホームが本来有すべき安全性の中味とし て,①盲人のホーム転落防止のための設備は含まれるか,②含まれるとすれば,
その具体的な範囲と程度が争点となった。
国鉄側は,駅ホームの安全設備を講ずる際に,想定すべき旅客像には,盲人 の一人歩行は含まれない, として,①旅客は自己の安全維持のため,必要な行 動をとるべきであるO 一人歩行が危険なら介護人を付添わせるべきである,② 駅ホームは「通常予想される危険」に備えればよく,盲人の一人歩行によるホー
ム転落の危険はこの「通常予想される危険」に含まれない, と主張した。
判決は,盲人が駅ホームを歩行する際には,ホーム転落の危険が高いことを 認めたうえで,危険を回避するには,介護人の付添いが望ましいが,それを常 に期待し要求することは酷で社会生活上不可能に近いとして,公共性の高い駅 ホームのような施設にあっては できるだけ事故発生防止のための人的設備を 設置すべきであると述べた。そして,①周辺に盲人のための施設が多く,従っ て盲人の駅利用者が多く,しかも島型ホームであるという高田馬場駅の特殊性,
②盲人に対する安全設備として一応十分で,多額の費用を要せず設置可能な点 字タイルの開発,③障害者団体による,点字タイル敷設の度重なる陳情等の事 実を重視して,転落死亡事故の原因として,駅ホームの設置保存の暇庇を認め た。
この判決は,駅ホームが本来有すべき安全性の中味として,盲人の転落防止 のための設備(点字タイル貼付)が含まれることを認めることにより,駅ホー ムの歩行という場面において,盲人と健常者の実質的平等を実現しようとして いるといえるであろう O しかも,この判決の論理は,社会生活を営むうえで必 要不可欠な歩行による移動において,広く視覚障害者の実質的平等をさらに拡 大させる契機を含んでいるO
何故なら視覚障害者の一人歩行にまつわる危険は,移動に伴う地理的空間に おいて,多様な形態をとって発生することが予想されるO この危険の解消は介 護人の付添いによっても可能であるが,判決は,介護人の付添いを「常に期待 し要求することは酷で社会生活上不可能に近い」と述べ,視覚障害者の一人歩
行を当然視したうえで そのための安全設備設置の必要性を論じているからで あるD 判決の論理を発展させれば,単に駅ホームにとどまらず,公共性の高い あらゆる施設が,視覚障害者の一人歩行を想定して安全設備を設置しなければ ならないことになる。それはとりもなおさず,視覚障害に起因するさまざまな 生活上の不平等のうち,一人歩行に伴う危険性を解消して 実質的平等の実現
に一歩近づくことを意味するであろう。その意味で 判決が視覚障害者の一人 歩行にまつわる危険を 介護人の付添いという方法によって解消すべきという 考えを採らなかったことは注目できるO 一人歩行の危険を回避するために介護 人付添の必要性のみを強調すると,結局そのための負担は,視覚障害者が負わ ねばならない結果になり,その限りで実質的不平等は解消されないであろう O
もっとも,視覚障害者が必要な時にいつでも,介護人を手軽に利用できるシス テムが,社会的に確立されていればその負担はかなり軽減されるであろうが。
いずれにしても,視覚障害者が社会生活を営むうえで必要とされる条件整備は,
障害者の側にのみ求められるべきではない。そのうえで,社会生活を営むうえ で直面する生活困難を解消し,実質的平等を実現するためには,多方面からの 多様な方法によるアプローチが必要とされるであろう O そして利用者自身が多 様な方法の中から自分にとって最も好ましい方法を自由に選択できるよう保障 されていることが望ましい。いうまでもなく,社会保障も又,これらの中の一 つの方法であるO しかも社会保障は,国家がその充実に対して責任を負うとい う意味で有力かっ確実な方法であり,他の方法が不十分な場合は最後の砦にな るともいえよう。
そこで次に,この実質的平等を志向する社会保障の制度上に設けられた,保 障内容にかかわる差別的取扱い規定を,社会保障権の平等保障という観点から
どのように考えるべきかということを検討してみたい。
(3) 社会保障の権利内容を具体化する法制度における平等の問題では,従来,
社会保険における制度間格差あるいは社会福祉サービスにおける地域間格差の 問題が指摘されてきた11)D いずれも差別の実態を生存権保障を具体化する制 度目的に照らして,不平等の合理性が吟味されなければならないと考えられる が,ここでは,社会保障法制度上の権利内容の差別的取扱い規定の合憲性(憲
法14条1項違反か否か)が,訴訟で争われた,いわゆる併給禁止(制限)訴訟 に焦点をしぼりたい。次の表は,一連の併給禁止(制限)訴訟の概要を整理し たものであるo
関 係 法 律 争 点 地 裁 判 決 高 裁 判 決 最 高 裁 判 決 老齢福祉年金の夫婦受給 1968. 7.15
牧 野 訴 訟 国 民 年 金 法 制限規定は憲法13条 14 東 京 地 裁
条違反 (勝訴)一和解
国 民 年 金 法 障害福祉年金と児童扶養 1972. 9. 20 1975. 11. 10 1982. 7. 7
場 木 訴 訟 手当の併給禁止は、憲法 神 戸 地 裁 大 阪 高 裁 最 高 裁 肉 児童扶養手当法 13条、 14条、 25条違反 (勝訴〕 (敗訴〉 ( 敗 訴 ) 国 民 年 金 法 老齢福祉年金と普通恩給 1974. 4.24 1981. 4. 22
宮 訴 訟 の併給制限は、憲法14条 東 京 地 裁 東 京 高 裁 恩 給 法 25条違反 (敗訴〉 (敗訴〉ー確定 老齢福祉年金の夫婦受給 1974.10.11 1976.12. 17
松 本 訴 訟 国 民 年 金 法 制限は、憲法13条、 14条 神 戸 地 裁 大 阪 高 裁
違反 ( 敗 訴 ) (敗訴)一確定
国 民 年 金 法 老齢福祉年金と遺族扶助 1975. 4.22 1979. 4.27 1982.12.17
岡 田 訴 訟 料の併給制限は、憲法14 札 幌 地 裁 札 幌 高 裁 最 高 裁 り す 恩 給 法 条、 25条違反 ( 敗 訴 ) ( 敗 訴 ) (敗訴〕
老齢福祉年金と障害福祉 1978. 9.29 1979. 5.23 1982. 12. 17
森 井 訴 訟 国 民 年 金 法 年金の併給禁止は、憲法 京 都 地 裁 大 阪 高 裁 最 高 裁 り す
14条、 25条違反 ( 敗 訴 ) (敗訴〕 ( 敗 訴 ) 障害福祉年金と老齢年金
本 村 訴 訟 国 民 年 金 法 の併給禁止は憲法14条
25条違反
これらの訴訟判決12)の論理構成の特徴として指摘できることは,第一に,
社会保障権の基底的権利である生存権のプログラム的性格を強調することに よって,社会保障の権利内容の制度化に関して,広範な立法裁量を容認してい ることである。
第二に,権利内容の差別的取扱い規定の,憲法14条違憲性審査基準として,
明白性の原則が採用されていることであるO 権利内容の制度化に関する広範な 立法裁量の容認を前提にし,それと連動して憲法14条違憲性審査がなされるた めであるO
しかし,牧野訴訟13)一審判決および堀木訴訟14)一審判決では,やや異なった 論理展開がされていると考えられるD そこで次に,特に両判決について,権利 内容の差別的取扱い規定の違憲性(憲法14条)審査基準に関する論理に焦点を あてて検討してみたい。
(4) 牧野訴訟では 老齢福祉年金支給額を夫婦と単身者で差別する,旧国民
年金法の夫婦受給制限規定 (79条の 2, 5項)の違憲性が争点となった。
一審の東京地裁判決は 夫婦者の老齢者に対する年金支給額の一部支給停止 という差別的取扱いの合理性について,
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夫婦者の老齢者の場合に,理論のう えで生活の共通部分について費用の節約が可能であるといいうるからといっ て,支給額が上記のような最低生活費のほとんど半額にすぎず,前記老齢福祉 年金制度の理想からすれば余りにも低額である現段階において,夫婦者の老齢 者を単身の老齢者と差別し,夫婦者の老齢者に支給される老齢福祉年金のうち,さらに金3,000円の支給を停止するがごときは,国家財政の都合から,あえて 老齢者の生活実態に目を蔽うものであるとのそしりを免れないというべし到 底差別すべき合理的理由があるものとは認められない」と判示し,当該差別的 取扱い規定は,憲法14条に違反し無効であるとした。
この判決では,差別的取扱い規定の違憲性審査基準として,他の訴訟で採用 された明白性の原則基準に比べ,より厳格な基準が採用されている点が注目さ れるO 夫婦の共同生活に由来する共通部分について 費用の節約がなされるこ とを理論上可能とみており 夫婦者の単身者の年金支給額に関する差別的取扱 いについて,支給額の低額性と切離して考察する限りにおいて一応の合理性を 認めている。他の併給禁止訴訟で展開されたような明白性の原則による司法審 査基準が採用されていれば,違憲判断はなされなかったのではないだろうか。
その意味で,違憲性審査基準として明白性の原則よりも,より厳格な判断基準 が展開されていると考えられる口
それでは,何故このようにより厳格な審査基準が採用されたのか,という視 点から判決の論理を考察すると この判決の特徴として,老齢福祉年金制度の 実施結果を重視し 制度目的実現の実態を評価し その見地から差別的取扱い 規定を分析しているということが指摘できるO これは,そもそも社会保障制度 自体が,生存権理念実現にむけての具体的保障そのものである,ということと 深くかかわっていると考えられるO
判決の論理を追ってみると まず 老齢福祉年金制度を「拠出年金制度が全 面的に実施されるまでの間,同老齢年金に加入することも認められず放置して
おくことができない老齢者」を対象に,年金を支給することによって「その生
活費の面倒をみる
J I
公的扶助的性格の強い」制度であると把握したうえで,実際の年金支給額は「法 1条が掲げる憲法25条2項の理念からすれば極めて不 十分である」と判示しているO 老齢福祉年金制度が,老齢者に対して,年金支 給という方法で経済的保障をおこなう制度であり, しかもその経済的保障を通 じて,生存権という基本的人権の保障を志向する制度であるととらえたうえで このような制度の性格,目的と制度内容,制度適用対象者である老齢者の生活 実態を重ねあわせて,年金支給額の低額性を指摘している点が注目されるであ
ろう O
続いて,年金支給額が,このように極めて低額であるといわざるを得ない現 状にあって,夫婦者の老齢者の年金支給額を,単身者と差別して一部停止する
という差別的取扱いは,夫婦者の老齢者に対する老齢福祉年金制度の経済的保 障効果を低下させ その限りで法の志向する生存権保障に反する結果になると いうことを重視している口
すなわち,第一に,老齢福祉年金制度が,どのような方法と内容で老齢者の 生存権保障に寄与しようとする制度かを把握し 第二に 制度目的にてらして 制度の現実的な生存権保障機能を評価し,第三に,この機能に対して差別的取 扱い規定のもたらす結果を重視するという展開であるO 本ケースでは,老齢福 祉年金の現実的な生存権保障機能が低
c
評価され, しかも差別的取扱い規定が 老齢者の夫婦者に対して この機能をさらに低める結果をもたらすという点が 重視されて,明白性の原則に比し,より厳格な違法性審査基準が採られたので あろう O この背景には制度目的にてらして制度の現実的な生存権保障機能が低 い場合,差別的取扱い規定を容認するには一応の合理性では不十分で,制度目 的実現にとって必要不可欠という位の理由が要求される という論理があると 考えられるOちなみに,この判決では,制度目的にてらして,制度の果たす具体的な生存 権保障機能を重視しているので 年金支給額の低額性が判決の結論を左右す る決定的な要素になっているO 仮に,老齢者の生活実態にてらして年金支給額 が十分高額であれば判決の結論は逆転する余地のある論理といえるであろう D (5) 堀木訴訟では,障害福祉年金と児童扶養手当の併給を禁止する,旧児童
扶養手当法上の併給禁止規定 (4条 3項 3号)の違憲性が争点となった。
一審の神戸地裁判決は この併給禁止規定について 堀木さんのように全盲 で,母子世帯であって子どもを養育している者を「一方において同程度の視覚 障害者である障害福祉年金受給の父たる男性と性別により差別し,他方におい て公的年金を受給しうる障害者ではない健全な母たる女性と社会的身分に類す る地位により差別する結果をもたらすものであるところ,被差別者である右女 性の経済的な生活環境は 極度に悪いのであって 法律によって手当の支給を 拒否されている当該女性の被差別感は極めて大なるものであることが容易に感 得されるとともに,その被差別感は,一般社会人をしてたやすく首肯させ,同 感させるに至るであろうと思料するに足る健全な感覚であって,理由があるも のであるから,かかる事態を惹起させている本件条項は,現行規定のままでは,
憲法第14条第 1項に違反し,無効であるといわなければならない
J
と判示した15)
O
差別的取扱い規定の違憲性審査基準として 2重の基準を提示している点が,
この判決の論理構成の特徴といえるであろう O すなわち 制度適用対象者の経 済的生活実態が,
r
かなり余裕がある」か「極度に困窮」かによって,異なる 違憲性審査基準が用いられているO 制度適用対象者の経済的な生活水準が「か なり余裕があるJ場合は,差別的取扱いに若干の不合理があるといいうる場合 でも,その差別を生み出している法規定を直ちに無効とする必要性に之しいとして,非常に援やかな基準を採用し,逆に「極度に困窮」している場合は,不 合理な差別的取扱い(=併給禁止)を是正し,併給を実施することが,社会保 障制度の観点からみて必要なので違憲無効とすべき,として,先程の基準より
は厳格な基準が採られているO
2重の基準にかかわっては ①制度適用対象者の経済的生活が「かなり余裕 がある」場合に採用されている基準は 明白の原則と同じ基準か,それともさ
らに緩やかな基準で,違憲の余地は全くないのか。②「かなり余裕があるJ
r
極度に困窮」という表現のあいまい性。「極度に困窮」という水準は,たとえば「健 康で文化的な最低限度の生活」水準と,どのような関係にあるかという点が疑 問点として指摘できるが,ここでは異なる違憲性審査基準が,経済的生活実態
に対応して採用されている点に注目しておきたい。
これは,本ケースで問題となった障害福祉年金制度およぴ児童扶養手当制度 が,ともに経済的保障制度だからであるO と同時に本判決が,牧野訴訟判決と 同様,制度上の論理的整合性よりも,制度の果たす現実的な生存権保障機能を 重視して,差別的取扱い規定の違憲性審査をおこなっているためであるO
わが国の社会保障制度は,同じ経済的貧困という要保障状態に対応する所得 保障制度でも,単一の制度ではなく,貧困原因別,保障方法別に細分化された 個別制度が交錯しながら構成されているO 制度的たてまえとしては,個別制度 は,特定の貧困原因に由来する要保障状態のみに対応して,年金あるいは手当 というような特定の方法で経済的保障をおこなう仕組みになっているO 本ケー スで問題となった制度についてみれば,障害福祉年金は,障害に起因する生活 上の困難に対応して年金を支給する経済的保障制度であり,児童扶養手当は,
生別母子世帯で児童を養育することに伴う経済的出費に対応して手当を支給す る経済的保障制度だということであるD 同じ経済的貧困という要保障状態で あっても貧困原因が重層的であれば 対応する制度も重層的にならざるを得な い。そこでこのような重層的保障は,単一の貧困原因に起因する要保障状態に ある者との問で不平等が生じるとして,制度の重層的保障を調整する併給禁止
(制限)規定がおかれている16)わけであるD
しかしこの不平等は,経済的保障制度の保障水準が,特定の貧困原因によっ てもたらされた貧困の程度を上まわっている場合に生ずるのであって,要保障 状態と実際の保障額をつきあわせた検討をふまえなければ,単なる机上の論理 にすぎない。実際には,特定の貧困原因によってもたらされた貧困の程度を数 量化する難しさは 保障額の抑制という方向に作用しやすいと考えられる。
制度的たてまえとしては,経済的保障制度は,特定の貧困原因に由来する部 分の要保障状態のみに対応するものとして保障額が定められているから,個別 制度のカバーする要保障状態部分に重なりがなければ,併給禁止(制限)規定 によって,ある制度からの経済的保障が停止されれば,その部分の要保障状態 は放置されたままという結果を招く O それは停止された経済的保障制度で保障 されている者との聞の差別的取扱いを意味するだけでなく,制度適用対象者の
経済生活にも影響を及ぼすと考えられるO 本判決は,併給禁止規定の違憲性審 査を,一次的には,貧困という要保障状態に対して両制度のカバーする領域に 重なりがないか否か制度上の整合性をチェックするという視角からおこないな がらも,その上でさらに制度適用対象者の経済的生活実態における両制度の経 済的保障機能という視点からの検討を加えているO 両制度が経済的保障制度で あり,併給禁止は,この経済的保障の一部停止なので,対象者の経済的な生活 実態を重視し,この実態を違憲性審査基準自体に反映しているO 対象者の経済 的な生活実態が「かなり余裕がある j場合と「極度に困窮」な場合で,違憲性 審査基準が異なるのであるO 要保障状態における個別保障制度の保障水準自体 には,直接判断を加えてはいないが,その現実的機能の評価をふまえ,制度実 施を通じて要保障状態を解消するという結果を重視する考え方のあらわれであ
ろう D
( 6) 最後に,牧野訴訟判決,堀木訴訟地裁判決で展開された,権利内容の差 別的取扱い規定の憲法14条違憲性審査基準に関する論理を整理しておきたい。
①両判決は,社会保障制度に設けられた,権利内容の差別的取扱いに関する 憲法14条違憲性審査の視角として 制度上の論理的整合性よりも,制度の対象 者の要保障状態において制度が現実に担う具体的な生存権保障機能を重視し,
要保障状態と制度の提供する保障内容を重ねあわせ,その交錯からなるフィル ターを通して審査しているO このことは 牧野訴訟における老齢者の生活実態 と老齢福祉年金制度の検討,堀木訴訟における視覚障害者世帯,母子世帯の生 活実態と障害福祉年金制度 児童扶養手当制度の検討に表われているO
②そして,社会保障制度が現実に担う具体的な生存権保障機能に応じて,異 なる違憲性審査基準を展開している。牧野訴訟で,夫婦者の老齢者に,生活の 共通部分について費用の節約の可能性を理論上認めつつも,年金支給額の低額 性を理由に差別的取扱いの合理性を否定したこと,堀木訴訟で,差別的取扱い に若干の不合理がある場合でも,制度の対象者の経済生活がかなり余裕があれ ば,差別を生み出す規定を無効とするまでの必要性に乏しく,極度に困窮した 生活実態が前提とされると述べていること等にみられるとおりであるO
③このように社会保障制度が現実に担う生存権保障機能が重視されるのは,
そもそも社会保障制度自体が生存権保障を志向する 1つの保障方法だからであ るo 制度内に設けられた権利内容の差別的取扱いは,生存権保障にむけての具 体的施策内容として適切か否かが問われざるを得ない。同時にその評価は,常 に制度の実施結果に着目しておこなわれることになるOこのような審査視角は,
社会保障の権利の特性に照応したものとして評価されるべきであると考えるo
ちなみに社会保障制度が,生存権保障実現のための 1つの方法として,十分効 果的に機能することが結果として実質的平等保障にも通じることになるのであ
る。
④今後,このような視角からの違憲性審査をおこなっていくうえで,社会保 障制度の現実的な生存権保障機能を適確に評価することが重要であるD そのた めに,所得保障,サービス保障制度対象者の要保障状態の適確な把握方法と,
対応すべき保障内容のあり方がさらに検討されなければならないであろうo 同 時に,採用されるべき憲法14条違憲性審査基準そのものの理論化が必要とされ
よう 17)D
注
1) 社会保障における人間の尊厳の思想については,沼田稲次郎「社会保障の思想」
沼田,松尾,小川編 f社会保障の思想と権利j労働旬報社19730
2) わが国が国際人権規約を批准する際に留保したのは,①公の休日についての報酬 の保障,②わが国の法令に抵触する範囲のスト権,③無償教育の保障,である。
3) ILO 102号条約68条は,主として公費による給付と暫定的制度については特別規定 をもうけることができると規定している。しかし社会保障においては内外人平等が あくまでも原則であることを規定していると解すべきであろう。高橋武「国際社会 保障の研究」至誠堂1968は, ILO 102号条約で「国民Jではなく「住民j という語が 使われたことについて,社会保障のような制度ではなるべく国籍を顧慮すべきでな
いという考えのあらわれであると指摘する。
4) 社会保障における国籍差別問題については 小川教授の成果に負うところが大き い。小川政亮「家族,国籍,社会保障j勤草書房, I社会保障権差別事由最後の障 壁『国籍jJ日本社会事業大学研究紀要24集1978,I社会保障と国籍」時律時報53巻
7号19810
5) 林弘子「在日外国人と社会保障の権利j荒木,林編 I判例研究社会保障法j法律