れているが,グリアのひとつであるアストロサイトにお いてグリコーゲンから産生された乳酸のニューロンへの 供給が,長期記憶の形成に必須であることが,実験動物 としてラットを用いて明らかにされた5)。また,老化に 伴って脳内乳酸値の上昇が見られるという報告もある6)。 そこで我々は,脳内乳酸測定に応用可能な乳酸センサの 開発を試みてきた。 バイオセンサは,生体分子の分子識別能力を利用した 分子識別部位とその情報を電気信号などに変換する信号 変換素子で構成され,特定の物質を識別しその濃度を測 定するものである。その中でも酵素を用いたバイオセン サは酵素センサと呼ばれている。本研究の乳酸センサも 酵素センサの1 つであり,酵素としてラクテートオキシ
ダーゼ(lactate oxidase; LOD)を用いたものである。 LODは乳酸を特異的に識別する酵素であり,以下の反 応を触媒する。 1.はじめに 乳酸はグルコースが代謝されて生じる物質であり,過 度の飲食や運動など日常生活で常に変動している。この ことから,スポーツ医学の分野では運動負荷と体内の乳 酸代謝との関係が研究されている。また,医学の分野で は心筋梗塞,肺水腫,うっ血性心不全など,組織中への 酸素供給が不足するような心肺機能の疾患や血管系の障 害と体内の乳酸値変化との関係が研究されている。ま た,グルコースが高濃度になる糖尿病などの疾患でも乳 酸値は変動する。これらのことから,乳酸値測定用のバ イオセンサ(乳酸センサ)はスポーツ関連や医療分野な どで求められており,その作製が以前から試みられてい る1−4)。 一方,最近,脳内の乳酸に関する研究も行われてい る。例えば,脳神経系はニューロンとグリアから構成さ
山崎 薫
*・島崎 亮
*・市川麻衣
*・小山内裕美
*・斎藤 稔
*Lactate biosensors which enable us to measure lactate level in blood and other body fluids are applicable to some medical fields such as sports medicine. Recently, lactate level in the brain also draws our attention, because it has been found that lactate plays some roles in memory function of the brain. To measure lactate level in the brain, we have fabricated a lactate biosensor by a flow - type sensing system, in which the injected sample flows into an immobilized enzyme (lactate oxidase) column. The consumed O2 or generated H2O2 in the column is detected by O2 electrode or H2O2 electrode. The fabricated biosensor could measure lactate concentration up to 10mM. By using it, we measured lactate level in the mouse brain. The samples were prepared by homogenizing the brain slices in ACSF, and the differences of lactate level among each part of the brain and among each age of the mouse were examined. As a result, we obtained a new finding that the lactate level decreases in each part of the 7 - week - old mouse brain.
Keywords: lactate, lactate oxidase, biosensor, flow-type, mouse brain
フロー型乳酸バイオセンサの開発とマウスの脳内乳酸測定への応用
Development of a Flow-type Lactate Biosensor and its Application
to the Measurement of Lactate Level in the Mouse Brain
Kaoru YAMAZAKI
*, Ryo SHIMAZAKI
*, Mai ICHIKAWA
*,
Hiromi OSANAI
*and Minoru SAITO
* (Accepted November 16, 2013)* Department of Integrated Sciences in Physics and Biology, College of
Humanities and Sciences, Nihon University 3-25-40 Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan
* 日本大学文理学部物理生命システム科学科:
乳酸 + O2 → ピルビン酸 + H2O2 信号変換素子として酸素電極あるいは過酸化水素電極 を用い,消費された酸素(O2 )あるいは生成された過酸 化水素(H2O2 )を計測することにより,乳酸濃度を測定 することができる。我々はこれまで,市販のペン型の酸 素電極,自作の針型の過酸化水素電極やチップ型の過酸 化水素電極を用いた乳酸センサを開発し,スポーツ関連 や医療分野などへの応用の可能性を示してきた7−9)。こ れらは実験動物の脳内に刺入し,脳内乳酸値を直接的に 測定する際にも有用であるが,現段階では安定な測定を することができていない。そこで本研究では,あらたに フローインジェクション法に基づくフロー型乳酸センサ を開発し,これを用いて脳内乳酸値を測定することを試 みた。実験動物としてはマウスを用い,脳の部位ごとや 週齢による乳酸値の違いにも着目した。 2.実験方法 2.1 フロー型乳酸センサの作製 図1 に本研究のフロー型乳酸センサの概略図を示す。 インジェクターから注入された測定溶液は,フロー溶液 に よ り 酵 素 を 固 定 化 し た 二 酸 化 ケ イ 素 粒 子(30−60 mesh)を充填したカラムにフローされる(図 1,青矢 印)。この二酸化ケイ素粒子は多孔質であり,その表面 にはアミノ基が導入されている。グルタルアルデヒドと 反応させることにより,表面にアルデヒド基をもつよう になる。アルデヒド基は蛋白質側鎖のアミノ基と反応し 架橋されることにより,酵素が二酸化ケイ素粒子に固定 される。具体的な手順は以下の通りである。 まず,二酸化ケイ素粒子165mgを 1mlの 5 %グルタ ルアルデヒド溶液中に入れ,アスピレータで粒子の細孔 中の空気を脱気した後,常温で1時間放置した。HEPES バッファーで粒子を洗浄した後,これを酵素溶液中に入 れ た。 酵 素 溶 液 は0.075mgのLODを500µlのHEPES バッファーに溶かして調製した。4 ℃で一晩放置した 後,酵素が固定化された粒子をHEPESバッファーで洗 浄し,カラム(直径12mm,長さ62mm)内に充填し た。カラムの両端はメッシュで塞ぎ,粒子が流失しない ようにした(図2)。 作製したカラムは流路に組み込み,37 ℃の恒温水槽 中に浸した。測定溶液がカラムに到達すると(図1,青 矢印),酵素反応により酸素が消費,あるいは過酸化水
インジェクター
恒温槽
過酸化水素
電極
恒温水槽
送液ポンプ
(ACSF)
酵素カラム
A/D
コンバーター
酸素電極
エアトラップ
フロー溶液
廃液
図 1 フロー型乳酸センサの概略図ングした。この際,各試料の質量はあらかじめ測定して おいた。その後,各部位を1mlのACSFに入れホモジナ イザー(HK−1,アズワン(株))ですり潰し,これを孔 径0.22µmのミリポアフィルターで濾過して測定溶液と した。 そして,測定溶液を上記のフロー型乳酸センサのイン ジェクターから注入し乳酸濃度測定を行った。この際, フロー溶液にもACSFを用いた。測定前には,標準乳酸 溶液により検量線の作成を行い,それから測定溶液中の 乳酸濃度を求めた。 3.実験結果および考察 図3 に標準乳酸溶液(8mM)をインジェクションし た際の本研究の乳酸センサの時間応答特性を示す。溶液 が酸素電極に到達すると,酵素反応により生じた酸素濃 度の減少により電流値が減少し,約15秒でその変化量 が最大になった後,元のレベルに戻った。また,溶液が 過酸化水素電極に到達すると,過酸化水素濃度の増加に より電流値が増加し,約25秒でその変化量が最大になっ た後,元のレベルに戻った。これらの電流の最大変化量 を出力として検量線を作成した(図4)。酸素電極,過 酸化水素電極のいずれを用いた場合も,約0.01mMの濃 度から検出可能であった。また,約10mMまで乳酸濃度 と出力との間に比例関係が見られ(図4),この濃度範囲 の乳酸濃度を定量できることが分かる。 次に,得られた検量線を用いてマウスの脳内乳酸測定 を行った。測定には過酸化水素電極を用いた。この場 合,アスコルビン酸や尿酸などの還元性物質が過酸化水 素が生成される。溶液は同じく流路に組み込まれた酸素 電極あるいは過酸化水素電極に到達する(図2,緑矢 印)。酸素電極ではそのカソード(Au)上で酸素が水酸 化物イオンに還元され,それによって酸素濃度に比例 した電流が流れる。また,過酸化水素電極ではその作 用電極(P t )に+ 0.6 V の電圧を印加することにより, 過酸化水素が酸化され,それによって過酸化水素濃度 に比例した電流が流れる。酵素反応により生じたこれ らの電流の変化量を計測することにより,乳酸濃度を 定量することができる。電流値のデータはAD コンバー タ(PowerLab ML826,ADInstruments) を 通 し て コ ンピュータに取り込んだ。なお,酸素電極は室温中に, 過酸化水素電極は37℃の恒温槽中に置いた。 2.2 マウスの脳内乳酸濃度の測定 実験には3∼10週齢および老齢(>20週齢)の雄の ddYマウス(三協ラボサービス(株))を用いた。マウス は実験使用時までストレスがかからないように,滅菌し た床敷を入れたケージ内で一定の室温(22∼23 ℃)の もとで飼育し,飼料および水を自由摂取させた。本研究 における全ての実験は,日本大学動物実験運営内規に基 づいて行われた。 まず,マウスにジエチルエーテルで麻酔をかけ,断頭 した後にすばやく頭蓋骨を開き,全脳を摘出した。摘出 した脳は,95%O2 /5%CO2 混合ガスでバブリングし氷冷 したACSF(artificial cerebrospinal fluid: 124mM NaCl , 5mM KCl,22mM NaHCO3 ,10mM D(+)−グルコー ス,24mM NaH2PO4 ,2mM MgSO4 ,2mM CaCl2 )中 で 3 分間ほど冷却し,代謝を低下させた。その後,大脳, 小脳,海馬の各部位に分離し,室温の ACSF中でバブリ 外蓋 酵素固定化 粒子 Oリング メッシュ 図 2 酵素固定化粒子を充填したカラム 0.2 A 10 s 0.01 A 10 s
A
B
図 3 フロー型乳酸センサの時間応答特性;(A)酸素電極を 用いた場合,(B)過酸化水素電極を用いた場合.れている5)。本研究では,マウスにおいて脳が最も成熟 する7 週齢で,乳酸値が大きく減少するという一見して 逆の結果が得られた。上記の報告では,海馬において ニューロンへの乳酸の取り込みに関与するトランスポー ターの発現を抑制した場合に記憶形成が阻害され,これ が乳酸の投与によっても回復されなかったことより,ア ストロサイトからニューロンへの輸送が記憶形成に必須 素とともに電極上で酸化され,測定結果に影響を及ぼす 可能性があるが,酸素電極を用いた場合と測定結果に違 いがなかったため,以下ではより安定な測定が可能で あった過酸化水素電極を用いた場合の結果を示す。図5 に測定したマウスの脳内乳酸値を部位・週齢ごとにまと めたものを示す。この際,検量線から測定溶液1ml中 の乳酸濃度を求め,それにより測定溶液に含まれる乳酸 量を求めた。測定溶液は試料をホモジナイズして作製し たものであり,凍結や超音波処理は施していないので, 本実験条件では細胞は破砕されていないものと考えられ る。したがって,本実験では試料の細胞外液に含まれる 乳酸値を測定したことになる。なお,図5 に示した乳酸 値はそれぞれの試料の質量で規格化してあり,1mg当 たりに含まれる値で示している。 その結果,大脳,小脳,海馬のいずれの部位でも1mg 当たりに含まれる乳酸量は数100ng程度であり,部位ご との大きな差異は見られなかった。週齢ごとに見ると, いずれの部位でも7週齢で乳酸値がいったん大きく減少 することが分かった。最近,アストロサイトにおいてグ リコーゲンから産生された乳酸のニューロンへの供給 が,長期記憶の形成に必須であることがラットで報告さ 図 5 フロー型乳酸センサで測定した脳内乳酸値;(A)大脳 (3 週齢 n = 14;7週齢 n = 18;10週齢 n = 14;>20週 齢 n = 12),(B)小脳(3 週齢 n = 12;7週齢 n = 19;10 週 齢 n = 13;>20週齢 n = 12),(C)海馬 3 週齢 n = 13;7週齢 n = 19;10週齢 n = 13;>20週齢 n = 12). 縦軸は試料1mg当たりに含まれる乳酸値である。各 データは平均値±標準誤差で表されている. 3週齢 7週齢 10週齢 >20週齢 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 乳酸量( µg/m g ) 3週齢 7週齢 10週齢 >20週齢 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 0.0 乳酸量( µg/m g ) 3週齢 7週齢 10週齢 >20週齢 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 0.0 乳酸量( µg/m g )
A
B
C
図5
0 2 4 6 8 10 12 乳酸濃度 (mM) 出力 ( µA ) 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 0.0A
0 2 4 6 8 10 12 出力 ( µA ) 0.00 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 乳酸濃度 (mM)B
図4
図 4 乳酸濃度とセンサ出力との関係;(A)酸素電極を用 いた場合,(B)過酸化水素電極を用いた場合.開発した。その結果,このセンサは約10mMまで乳酸 濃度を定量することができ,マウスの脳をホモジナイズ して作製した測定溶液中の乳酸値を測定することが可能 であった。実験動物の脳内乳酸値の測定には,脳に刺入 して直接的に測定できるセンサが望ましいが,本研究の 乳酸センサでも脳内乳酸値を十分評価できることが分 かった。そして,マウスにおいて脳が最も成熟する7週 齢で,細胞外液中の乳酸値が大きく減少するという新し い知見を得ることができた。 謝辞 本研究は,平成23・24年度自然科学研究所総合研究費の 助成を受け,金子寛生教授(物理生命システム科学科),澤 田博司教授(総合文化研究室(現・物理生命システム科学 科)),間瀬啓介教授(総合文化研究室(現・物理生命システ ム科学科)),為我井秀行准教授(化学科)の協力のもと行わ れたものである。ここに深く感謝致します。 であると結論づけている。前記の通り,本実験で求めら れた乳酸値は試料の細胞外液に含まれたものと考えられ る。したがって,7 週齢での乳酸値の減少は,ニューロ ンへの乳酸の取り込みが盛んに行われた結果であるのか も知れない。また,10週齢での乳酸値はいずれの部位 でも再び上昇し,老齢マウスでは海馬でさらに上昇する 傾向にあったが,大脳,小脳では10週齢のレベルから の変化はあまり見られなかった。老齢マウスでは脳内乳 酸値の上昇が見られるという報告があるが6),本実験で は顕著な上昇は見られなかった。これも,本実験で求め られた乳酸値が,試料の細胞外液に含まれていたもので あることによるのかも知れない。 4.結 論 本研究では,マウスの脳内乳酸値を測定するため,フ ローインジェクション法に基づくフロー型乳酸センサを 参考文献 1) N. Ito, T. Matsumoto, H. Fujiwara, Y. Matsumoto, S.
Kayashima, T. Arai, M. Kikuchi and I. Kar ube, Transcutaneous lactate monitoring based on micro-planar amperometric biosensor, Analytica Chimica Acta, 312 (1995) 323 - 328.
2) N. Ito, S. Miyamoto, J. Kimura and I. Karube, The detection of lactate using the repeated application of stepped potentials to a micro-planar gold electrode, Biosensors &
Bioelectronics, 11 (1996) 119 - 126.
3) H. Minagawa, N. Nakayama, T. Matsumoto and N. Ito, Development of long life lactate sensor using thermostable mutant lactate oxidase, Biosensors &
Bioelectronics, 13 (1998) 313 - 318.
4) Q. Yang, P. Atanasov and E. Wilkins, Needle-type lactate biosensor, Biosensors & Bioelectronics, 14 (1999) 203 - 210. 5) A. Suzuki, S. A. Stern, O. Bozdagi, G. W. Huntley, R. H.
Walker and P. J. Magistretti, C. M. Alberini,
Astrocyte-neuron lactate transport is required for long-term memory formation, Cell, 144 (2011) 810 - 823.
6) J. M. Ross, J. Öberg, S. Brené, G. Coppotelli, M. Terzioglu, K. Pernold, M. Goiny, R. Sitnikov, J. Kehr, A. Trifunovic, N-G. Larsson, B. J. Hoffer and L. Olson, High brain lactate is a handmark of aging and caused by a shift in the lactate dehydrogenase A/B ratio, Proceedings of National
Academy of Sciences of USA, 107 (2010) 20087 - 20092.
7) 山崎 薫,耐熱性に優れた乳酸センサの研究,平成 22 年度総合基礎科学研究科相関理化学専攻修士論文. 8) 柏木紗絵子,耐熱型ラクテートオキシダーゼの精製法の 構築とそのバイオセンサへの応用,平成23年度総合基 礎科学研究科相関理化学専攻修士論文. 9) 島崎 亮,種々のタイプの乳酸バイオセンサの開発と耐 熱性の評価,平成24年度総合基礎科学研究科相関理化 学専攻修士論文.