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1 赤荻 稔 飯田 慶雄 第47号編集担当 伊波 賢一 大平 岳子 大平 将広 木村 義治 嶋田 伸夫 清水 儀孝 生野 正 瀬下 明 土子 民夫 綱取 譲一 土肥 富康 服部 暁治 松本 義行 冥賀 吉也 持田 具宏 編集顧問 深海 信彦 日 本 の 精 神 文 化 を 支 えてきた大きな要素の一

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(1)

NEWS, T

OPICS, INFORMA

TION, OPINION & EDIT

ORIAL

発 行 人 清 水 儀 孝 発 行 所 全国刀剣商業協同組合編集委員会 〒169−0072 東京都新宿区大久保 2 −18−10  新宿スカイプラザ1302 TEL:03(3205)0601 FAX:03(3205)0089 http://www.zentosho.com/

2019.5.15 No.

47

美 術 刀 剣 、 小 道 具 、 武 具 類 の 売 買 、 加 工 及 び 御 相 談 承 り ま す 大 阪 市 中 央 区 日 本 橋 二 – 七 – 一 T E L   ○ 六 – 六 六 三 一 – 二 二 一 ○ F A X   ○ 六 – 六 六 四 四 – 五 四 六 四

埼 玉 県 秩 父 市 野 坂 町 一 – 十 六 – 二 西 武 秩 父 駅 連 絡 通 路 町 久 ビ ル 内 T E L   ○ 四 九 四 – 二 三 – 三 ○ 六 七 F A X

町田

久雄

美術刀剣・刀装小道具商

や し ま

〒202-0022 西東京市柳沢6-8-10 TEL 042-463-5310 FAX 042-463-7955 刀装小道具通信販売目録

「やしま」

年間10回位発行予定 購読料10回 2,000円(郵便切手可) 土肥豊久・土肥富康 〒940-0088 新潟県長岡市柏町1-2-16 TEL 0258-33-8510 FAX 0258-33-8511

http://wakeidou.com/

刀剣・書画・骨董

連絡先

090-8845-2222

www.premi.co.jp

代表者 髙 島 吉 童 古名刀から現代刀、御刀のことならお任せください! 東京都北区滝野川7-16-6 TEL 03-5394-1118 FAX 03-5394-1116 第47号編集担当    赤荻 稔  飯田 慶雄 伊波 賢一 大平 岳子 大平 将広 木村 義治 嶋田 伸夫 清水 儀孝 生野 正  瀬下 明 土子 民夫 綱取 譲一 土肥 富康 服部 暁治 松本 義行 冥賀 吉也 持田 具宏 編集顧問/深海 信彦 ── 日 本 の 精 神 文 化 を 支 え て き た 大 き な 要 素 の 一 つ が 日 本 刀 だ と 思 い ま す が、 そ れ が 忘 れ ら れ が ち な 今、 後 押 し を し て い た だ け る こ と は 心 強 い 限 り です。 山田   いまだに日本刀を 刃物の一種、怖いものと する誤解があるのは残念 です。万が一、和鉄が生 産されず、刀鍛冶がいな くなってしまったらどう なるか…。伝統が維持で きず、日本の「芯」が崩 れ て い っ て し ま い ま す。 常々申し上げているので すが、国会議員には刀を 一振ずつ持っていただき たい、そして、腹を据えて国難 に当たっていただきたい。 ──この一月には名古屋市の河村 たかし市長を訪ね、名古屋城天守 閣の木造再建に「和鉄による和釘 の 活 用 」 を 要 望 さ れ ま し た。 従 来、和鉄を日本刀以外の用途に供 するという考えは、業界周辺にあ りませんでした。 山田   いい玉鋼がなくては名刀 は生まれないし、いい玉鋼を得 る に は 多 く の 操 業 が 必 要 で あ る。昔は農具や刃物や建築金物 と い っ た 用 途 が 裾 野 に あ っ て、 成り立っていた。ところが、た く さ ん 作 っ て も 今 は 用 途 が な い。そこで、木造への気運が高 ま り つ つ あ る 城 や 社 寺 の 再 建 に、洋鉄ではなく、和鉄製の和 釘を使ってほしいと提案してい るわけです。実現すれば、玉鋼 の品質向上につながり、刀匠の 生活支援にもなり、後継者の育 成にもつながっていくのではな いでしょうか。 ──何千本、何万本の和釘を生産 するには、従来の技術だけでは難 しいかもしれません。今度は刀匠 たちの工夫と努力が問われるとこ ろです。 山 田   容 易 で は な い で し ょ う が、千年を経ても威容を誇る法 隆寺や仏像のように、鉄が木を 生 か す 善 循 環 が 可 能 に な り ま す。ぜひ実現させたいですね。 ──日刀保・刀文協・刀匠会の三 団体が共催する「平成の名刀・名 工展」は一時、暗礁に乗り上げた かと見られましたが、先生方のご 支援で開催にこぎ着けることがで きました。 山田   まずは三団体が協力して 開 催 す る こ と が 大 事 な ん で す。 平成を締めくくり、これからも がんばっていこうという趣旨で す。ですから、貢献者の顕彰で あり、富士山方式ではなく八ヶ 岳方式で、いくつもの賞を出し ■ 設 立 か ら 約 一 年 に し て、 刀 剣 関 連 予 算 の 大 幅 増 額、 「 平 成 の名刀・名工展」共同開催の実 現、 和 鉄 活 用 の 提 案 な ど、 目 覚ましい活動を見せている同議 連。発案者の山田宏参議院議員 を訪ね、その真意を伺った。 ──こちらに半太刀拵が架かって いますが、山田先生のコレクショ ンですか。 山田   私の家に伝わっていたも の の 一 振 で す。 生 家 は 旧 周 す 防 おう 国(山口県)の大野 郡 ごおり (現・田 布施町)という所で、代々毛利 家 の 支 藩 の 馬 廻 役(殿様の近辺警 護職)を務めてい ました。先祖の吉 田甚左衛門は第一 次長州征伐の責任 者の一人で、遠島 の処分を受けてい ます。そんなわけ で、刀や槍や弓矢 などが伝わってい たのですが、明治 以 降 次 第 に 散 逸 し、今はこれだけ です。 ── 中 身 は 何 で し ょうか。 山 田   弘 化 四 年 の青龍軒盛俊です。岩国の刀匠 ですから、いわゆる郷土刀です ね。 ──先生が発意された「刀剣・和 鉄 文 化 を 保 存 振 興 す る 議 員 連 盟 」 設立の経緯を伺います。 山田   刀にはもともと関心があ り、国会に戻ってきてから、何 かお役に立てることはないかと 考えました。かつては日刀保会 長を務められた山中貞則・橋本 龍太郎両先生をはじめ、衆参両 院に日本刀に精通した方々がお られたが、今はほとんどおられ ないと思います。日本刀はわが 国美術の最たるものでありなが ら、刀匠たちは厳しい状況に置 かれ、タタラは復活したとはい え、生産量も限られる。刀剣や 和鉄の文化再興は喫緊の課題だ と、中心になってくださる方を 探しました。まず、タタラの本 場である島根県が地元の細田博 之 先 生・ 竹 下 亘 先 生 に お 願 い し、竹下先生から「甘利明先生 は刀装具の収集家だ」とのお話 を聞き、このお三方に共同代表 になっていただきました。加盟 する議員は今では三十四名にな っています。 ──昨年六月、先生方が林芳正文 部科学大臣 (当時) に要望書を提出 さ れ ま し た。 林 大 臣 は、 「 い ろ い ろな議連が要望に来るが、こんな に重いメンバーは初めてだ」とお っ し ゃ ら れ た そ う で す が、 早 速、 今年度予算の大幅な増額となって 成果が現れています。 山田   国のために働こうという 先生方ですから…。前年の予算 六九三万円に対して五〇七五万 円に積み上げることができまし た。例えば日刀保たたらの振興 助成金は二〇〇万円増額になり ましたが、これは今年限りでは ないかと心配する向きもありま した。そうではなく、これをベ ースに、次年度以後も必要なも のに対してはしかるべき措置を 講じていくということです。

伝統

文化を育

」山

代々伝わる日本刀を背景に語る山田事務局長 刀剣博物館視察に訪れた議連の皆さんと日刀保幹部(平成30年6月4日) ↓次ページに続く

(2)

「刀剣評価鑑定士

」四十名

誕生

東京美術倶楽部で第

回認定試験を実施、

満点

  公益財団法人日本美術刀剣保存 協会(酒井忠久会長、以下「日刀 保」 )に付属する刀剣博物館には、 国宝 ・ 重要文化財などの名刀 ・ 名品 が多数、 所蔵 ・ 寄託されています。   墨田区へ移転後も名刀を柱とす る展覧会が開催されるのも、一つ の大きな要素として、日本刀をこ よなく愛し民族の誇りとして未来 へ託すべく、奇特な愛刀家やその 遺族、団体からなどのご寄贈の恩 恵があると思います。   その中には、高松宮 宣 の ぶ 仁 ひ と 親王よ り 御 下 賜 さ れ た 刀「 村 正 」、 す な わ ち 戊 辰 戦 争 の 折 の 東 征 大 総 督・ 有栖川宮 熾 た る 仁 ひ と 親王の佩刀がありま す。また、後水尾天皇所持の太刀 「龍門延吉」 (国宝)や、十五代将 軍徳川慶喜の命を受け、西郷隆盛 と勝海舟の会談を仲介した山岡鉄 舟がその功績をたたえられ、徳川 宗 家 十 六 代 家 い え 達 さ と よ り 拝 領 し た 刀、 名 物「 武 蔵 正 宗 」( 重 要 美 術 品 ) も所蔵されています。   ご寄贈いただいた刀剣・刀装具 類は同館が行う寄贈名品展などに ご芳名の紹介と併せて定期的に展 示されており、寄贈者をしのぶこ とができます。   寄贈を受けた公益財団法人であ る日刀保では、刀剣類を資産とし て明記する義務があるため、公正 な第三者機関にその評価鑑定を依 頼することになります。   全国刀剣商業協同組合(清水儀 孝理事長)は四月十七日、東京美 術倶楽部を 会場に第一 回「刀剣評 価 鑑 定 士 」 認定試験を 実施した。   試験終了 後、六名の 試験委員が 直ちに採点 し、これを 基に認定審 査 を 行 っ た。 そ の 結 果、 左 記 の 四十名の皆さんが最初の刀剣評価 鑑定士として認定された。総じて 試験成績は優秀で、六十分間に百 問解答する設問に対し、四名の方 が満点を獲得されていた。   刀剣評価鑑定士には今後、斯界 に対する社会的評価と信頼の一層 の獲得に向けて、大きな期待がか かっている。   な お、 第 二 回 認 定 試 験 は 六 月 十七日。五月三十一日まで受験申 し込みを受け付けている。 ■ 第一回認定分 (五十音順) 赤荻 稔   朝倉忠史   飯田慶久 磯部滋夫   大西康一   大林幹夫 大平岳子   神崎公男   草分一雄 熊倉 勇   近藤昌敏   生野 正 清水敏行   須藤敦成   瀬下 明 滝沢新一   田澤二郎   綱取譲一 苫野敬史   土肥富康   中永善之 中村榮次   西垣皓司   橋本建一郎 平子誠之   深海信彦   藤田一男 松原正勝   松本義行   冥賀吉也 三浦優子   水野光幸   御園生敏明 持田具宏   森野幸男   保野栄三 山田春雄   横田俊宏   吉井唯夫 渡辺行輝 てもらいました。一部に人間国 宝の予備審査かという声もあり ましたが、それは重要無形文化 財保持者の認定制度にも反しま すし、全く違います。今回の催 しが全員一致で気持ち良く開催 でき、機が熟したら、各方面の 意見を聞いて合意したものを基 準としてコンクールを実現した らいい、と考えています。 ──新たな令和の時代、議連の活 動方針について、最後にお聞かせ ください。 山田   三つあります。   一 つ は、 日 本 刀 の 文 化 支 援。 後継者の育成とコンクールの早 刀剣・和鉄文化を保存振興する議員連盟 議連役職 氏  名 選挙区 衆議院 1 共同代表世話人 甘利 明 神奈川13 2 共同代表 細田 博之 島根1 3 共同代表 竹下 亘 島根2 4 顧問 高村 正彦 ─ 5 幹事長 逢沢 一郎 岡山1 6 赤澤 亮正 鳥取2 7 副幹事長 奥野 信亮 比例近畿 8 幹事 神田 憲次 比例東海(愛知5) 9 副幹事長 北村 誠吾 長崎4 10 幹事 高村 正大 山口1 11 副幹事長 後藤 茂之 長野4 12 副幹事長 櫻田 義孝 千葉8 13 副幹事長 新藤 義孝 埼玉2 14 辻 清人 東京2 15 事務局次長 長尾 敬 大阪14 16 副幹事長 西村 明宏 宮城3 17 副幹事長 平井 卓也 香川1 18 福田 達夫 群馬4 19 幹事 藤井 比早之 兵庫4 20 幹事 古川 康 比例九州(佐賀2) 21 堀内 詔子 山梨2 22 幹事 三浦 靖 比例中国 23 事務局次長 宮澤 博行 静岡3 24 幹事 武藤 容治 岐阜3 25 幹事 山田 賢司 兵庫7 26 事務局次長 和田 義明 北海道5 参議院 27 幹事 青木 一彦 鳥取・島根 28 幹事 青山 繁晴 比例 29 幹事 小川 克巳 比例 30 幹事 島田 三郎 島根(5月8日逝去) 31 野上 浩太郎 富山 32 事務局次長 三宅 伸吾 香川 33 副幹事長 山谷 えり子 比例 34 事務局長 山田 宏 比例 認定試験に取り組む組合員の皆さん

刀保

名刀

名品

寄贈相次ぐ

  この度、当組合では新た事業と して、刀剣商等に対する「刀剣評 価鑑定士」認定事業を開始しまし たが、評価鑑定は当組合の専門分 野でもあり、多くの個人・団体等 からの実績もあって、日刀保から も従来からしばしば依頼を頂いて います。   昨年、評価鑑定させていただい た 刀・ 雲 生( 特 別 重 要 刀 剣 )、 神 吉 楽 寿 の 鐔( 重 要 刀 装 具 )、 岩 本 寛利の鐔(同)などは記憶に新し いところです。中でも最も印象深 い も の に 短 刀・ 朱 銘 正 宗( 重 要 美術品)がありました。   この正宗は「蜂須賀正宗」と号 し、美濃国大垣藩初代藩主・戸田 氏 う じ 鉄 か ね が徳川三代将軍家光より拝領 し、同家に長く秘蔵されてきた名 刀です。昨年、戸田家のご当主よ り日刀保へ寄贈されました。   思うところ、ご当主には絶えず 世のため、国のためにという先祖 の遺徳が伝えられるとともに、そ の遺伝子が流れていて、移転した 新たな日刀保に対し、同家として 何ができるのかとの存意がおあり になったのではないでしょうか。   日刀保は特定公益増進法人(文 化・教育などの公益の増進に著し く寄与する特定の法人)に認定さ れていますので、同法人への個人 または法人からの一定の要件を満 たす寄附は、税制上の優遇措置が 適用されます。   近年では刀剣社会と一般社会の 距離が縮まり、今後は一層その傾 向が高まる中で、私財を公益のた めに役立てようという方が増える ことが期待されます。



(嶋田伸夫) 寄贈された蜂須賀正宗(重要美術品) 〒 5 2 9 – 1 3 1 5 滋 賀 県 愛 知 郡 愛 荘 町 沓 掛 80– 1 T E L  0 7 4 9 – 4 2 – 2 7 3 6 携 帯  0 9 0 – 3 1 6 2 – 7 6 4 1 http://www.goushuya-nihontou.com

小暮

店主 日 本刀 の 名品 ・ 名刀 を 販売 3月7日 清水理事長・嶋田専務理事が「刀剣評価鑑 定士」認定試験問題集監修依頼のため公益財団法人 日本美術刀剣保存協会を訪問 16日 東京美術倶楽部において『刀剣界』第47号編集 委員会を開催(企画)。出席者、清水理事長・伊波 副理事長・服部副理事長・嶋田専務理事・綱取常務 理事・大平理事・木村理事・生野理事・瀬下理事・ 松本理事・冥賀理事・深海顧問・土子民夫氏 17日 東京美術倶楽部において組合交換会を開催。参 加45名、出来高6,383,000円 17日 東京美術倶楽部において第5回理事会を開催。 出席者、清水理事長・伊波副理事長・土肥副理事長・ 嶋田専務理事・綱取常務理事・飯田理事・大平理事・ 木村理事・猿田理事・生野理事・瀬下理事・松本理 事・赤荻監事・大西監事 26日 組合事務所において次期予算案・「刀剣評価鑑 定士」検討会議を開催。出席者、清水理事長・伊波 副理事長・服部副理事長・綱取常務理事・土子氏・ 逸見税理士 4月4日 組合事務所において「刀剣評価鑑定士」認 定試験最終検討会議を開催。出席者、清水理事長・ 嶋田専務理事・土子氏 16日 『週刊日本刀』特別編集会議に清水理事長が出 席 17日 東京美術倶楽部において組合交換会を開催。参 加65名、出来高8,952,500円 17日 東京美術倶楽部において第33期第1回理事会を 開催。出席者、清水理事長・伊波副理事長・土肥副 理事長・服部副理事長・嶋田専務理事・綱取常務理 事・飯田理事・大平理事・木村理事・猿田理事・生 野理事・瀬下理事・松本理事・冥賀理事・持田理事・ 吉井理事・大西監事・逸見税理士 17日 「刀剣評価鑑定士」第1回認定試験を実施。終 了後、採点・認定委員会を開催、40名を「刀剣評価 鑑定士」に認定 26日 『刀剣界』第47号編集委員会を開催(再校)。出 席者、服部副理事長・嶋田専務理事・土子氏

組合こよみ

(平成31年3~4月)

期実現を目指します。シンボル とも言うべき刀匠の人間国宝が この二十年以上も誕生していな い現状は実に遺憾です。   もう一つは、日本刀のブラン ド化。似て非なる中国産が世界 に 広 が っ て い る こ と に 危 機 を 感 じ ま す。 そ の 対 策 に は 年 間 二 十 四 振 の 製 作 制 限 を 見 直 し、 輸出品として日本刀をアピール することも必要でしょう。   第三に、先ほど申し上げたよ うに、タタラでできた和鉄の用 途を広げていくことです。   これらに、なるべく早く具体 的なメドをつけていきます。 ──本日はお忙しい中、ありがと うございました。



(嶋田伸夫) 山田 宏(やまだ・ひろし)   昭和 三十三年生まれ。京都大学法学部 卒。松下政経塾第二期生。東京都 議会議員二期を務めた後、衆議院 議員・杉並区長三期・衆議院議員 を経て、現在参議院議員、防衛大 臣政務官兼内閣府大臣政務官。キ ャッチフレーズは「道を拓く男」 。

(3)

  今 回 は 種 別 短 刀、 長さ三二

四㎝でも この登録証は有効で あるとの事例につい てお話しさせていた だきます。   刀剣買取の際、登 録証の内容と現物が 一致しているかどう かはとても重要なこ とです。今回の刀剣 の登録内容は添付画 像 ( 資 料 1) で 示 す 通 り で、 種 別 短 刀、 長さ三二

四㎝とな っ て い ま し た の で、



「 登録証問題

」 を考える

「 登録証問題

」 を考える

資料2 事務マニュアルの種別について 資料1 登録証の種別は「短刀」   ちなみに、現在 は平造で三〇㎝以 上の刀剣は短刀で はなく脇指と表示 されるのが一般的 のようです。 ( 登 録 証 問 題 研 究 会) まず山口県教育委員会へ登録証の 内 容 確 認 を 行 い ま し た。 結 果 は、 それで間違いありませんとの返答 でした。   この刀剣は平造りで、実寸は三 二

四㎝、反り約〇

四㎝、目く ぎ穴一個、銘文は無銘でした。登 録証では昭和三十六年二月十八日 交付とあります。   一般的な種別では、刃長が三〇 ㎝未満は短刀、三〇㎝以上六〇㎝ 未満は脇指、六〇㎝以上は刀また は太刀ですので、長さが三二

㎝ で あ れ ば 種 別 は 脇 指 と な り ま す。そこで当然、審査会に持参す るよう言われるのかと思っていま した。   ところが、山口県教育委員会で は、文化庁から配布された事務マ ニ ュ ア ル が あ る よ う で( こ れ は 全 国 共 通 と の こ と )、 そ の 中 の Q & A に 関 連 項 目 が あ り ( 資 料 2) 、 このままでも有効であるが、希望 があれば審査会へ持ってきていた だければとの返答でした。   私は今まで、刀剣の種別は長さ のみで分類されているものと認識 していましたが、今回は「三〇㎝ を 超 え る 刀 剣 で あ っ て も、 平 造、 鵜の首造、冠落造などの様式を呈 していれば、脇指ではなく短刀に 分類した方がよい場合もある」と の確認ができる機会を得られて良 かったと思いました。 ■概要 ・現在活躍中の作家(刀工)の方の刀について、真正であることの「新作日本刀証明証」 (以下、証明証)を発行します。 ・証明証を発行するに当たり、対象となる作家様には当協会に作家登録をお願いします (1万円+消費税、ただし1回のみ)。作家様と当協会とで証明証発行に係る契約を結んだ 後、証明証発行の手続きを進めます。問い合わせを頂いた段階で登録がなくとも、順次登 録をお願いしてまいります。 ・当協会にて、対象となる刀の各種データ測定を行い、証明証を作成した後、特製のハード カバーにお入れして新作日本刀証明証をお渡しします。 ・証明証発行に際し、所定の発行料を頂戴します(3万円+消費税)。 ・外国の方でもわかるよう証明証は日本語・英語の両方で表記します。 ■証明証のメリット  新作刀については、作家(刀工)自ら署名を行い自作の真正の刀であることを証明しま すので、安心してお手元に“本物”の刀を入手することができます。また、他への譲渡の 際も、この証明証を付帯することにより、次の所有者に対し信用と安心をつけてお譲りす ることができます。残念ながら昨今出回っている現代作家の“偽物”ともハッキリと一線 を画すことができ、将来にわたって安心です。また既製の刀についても作家(刀工)自身 が自分の作品あることを確認しますので、上記同様の信用と安心を付けることができます (作家自身が確認に応じた作品のみ)。 ■証明証発行までの流れ ①既にお手元に現代作家の刀をお持ちの場合(主に愛刀家の皆さま、刀剣商の皆さま)  お客さまから当協会に証明証発行依頼の連絡を頂く(電話・ファックス・メール等)→ 刀文協よりお客さまへ登録作家の有無の確認連絡を入れます。次に、作家様にその確認を し、了承が得られましたら証明証発行手続きのため「刀身」を、どこにどのように送るか (送付もしくは持参等)ご連絡します。→「刀身」をお預かりして、通常約3週間以内で 証明証を発行し、お手元に送付します。 ②作家様(刀工)が、ご自身の刀をお持ちの場合(刀工の皆さま)  原則として当協会事務局に対象となる作品(刀)を送付いただくか、持参いただき、お 預かりします。→それから、協会が責任を持って各種測定を行い、データを取得し証明証 原票を作成します。→証明証原票を基に証明証を作成します。→その証明証原票ならびに 証明証に作家様ご自身で署名・押印を頂きます。→以上を基に、割り印押印など各種作業 を行い正式な証明証を発行した後、作家様ご自身にお渡しします。 ■新作日本刀証明証を発行する意義 ①刀剣商の皆さまにとって  新作日本刀証明証を付けて販売することにより、その刀への信頼性が確定します。また 売買の際も、海外および国内の偽物とハッキリと一線を画すことができて、最も重要な刀 剣商の皆さまの信用を落とすことなくお客さまとのお取引ができるのではないでしょうか。 ②愛刀家の皆さまにとって  現代刀を持つ上で非常に重要になるのが、その刀が真正なものか否か。決して安価では ない刀に対して“偽物でない本物”である証明証があるということは、今後、その刀を持 ち続ける上でも、あるいは他への譲渡を考える上でも非常に重要です。そうでなくとも、 本物を所有する喜びと安心感は愛刀家にとって大切な点なのではないでしょうか。 ③作家(刀工)の皆さまにとって  精魂込めてご自身で作られた作品が、公益財団法人に記録として残ることになりますの で、ご自身の手から離れた作品であっても後世にきちんと伝えていくことができます。古 刀をはじめ数百年にわたって現存している日本刀の歴史を考えますと、今から記録を残し ていくことは公益財団法人として大変意義深いことだと考えております。また残念なこと でありますが、国内・国外を問わず流通している偽物対策としても大いに力を発揮し、ご 自身の信用を落とすことなく安心して活動を続けることができるのではないでしょうか。

「新作日本刀証明証」の発行について

公益財団法人日本刀文化振興協会

▪第

 

九鬼正宗

  本紙編集委員でもある嶋田伸夫 専務理事から、過去に扱ってきた 名刀や思い出深い刀剣についての エピソードを文章にしてもらえな いか、とのお話があった。この五 月の組合役員の改選の際、再任は 辞退申し上げるつもりでおり、ち ょうど新元号に変わることでもあ り、わが刀屋人生を振り返る一つ の機会かもしれない─。そう思っ て承ることとしたので、これから 縷 る 々 る 書き連ねていくことにする。   私の扱った刀の中で一番の名刀 は、国宝の名物 九 く 鬼 き 正宗だろう。   九鬼水軍を率いた九鬼大隅守嘉 隆の子守隆の所持した短刀で、後 に徳川家康に献上され紀州頼宣へ 移り、その後、伊予西条松平家に 伝来した。   今から二十五年前の平成六年初 春、岡山の株式会社林原の社長秘 書 が 来 店 さ れ た。 「 社 長 が 飯 田 さ んにお目にかかりたいので、岡山 までご足労願えないか」とのこと だった。   林原と言えば、当時、米国一の 愛刀家コンプトン氏のコレクショ ンを購入したり、刀剣研究室を設 立したりして、斯界では注目の企 業だった。私は直ちに了解し、岡 山まで出向くことにした。   面会時間は約二十分と言われて いた。私は新幹線の中で、限られ た時間の中で何を話そうか考えて いた。その日は四月二十五日、ま だ四十歳には届いていなかった。   林原では駅前の本社を解体して 跡地に刀剣博物館と恐竜博物館を 開館し、その周辺にショッピング 街とマンションを建てるという壮

慶久

(飯

高遠堂)

大な開発を構想していた。それを 踏まえて林原健社長からは「バブ ルがはじけた今、あまり高額品を 購 入 し て は 世 間 の 目 も あ る の で、 備前物を中心に研究資料となるよ う な 中 級 品 を 数 多 く 集 め て み た い」とのお話があった。   私は思い切って「立派な美術館 をお建てになるのであれば、名刀 を集めるべきだと思います」と意 見 を 述 べ、 「 そ の よ う な こ と で お 力になれるなら、全力を尽くして 九鬼正宗(押形)と隅切葵紋散蒔絵鞘 ご協力させていただきます」と申 し上げた。   「 名 刀 を 集 め る と は、 具 体 的 に どんな刀ですか」 と問われたので、 私は「国宝・重要文化財をお集め になったらいかがでしょうか」と 申 し 上 げ、 そ の 後 は 話 が 弾 ん で、 気がつくと二十分の約束が一時間 を超えていた。   数 日 後、 秘 書 の 方 が 来 店 さ れ、 「 社 長 は 高 額 品 は 買 わ な い と 言 っ ていたのに、何であなたは集めろ などと言うんだ」と責められた。   しかし、数日して再び秘書氏は 当 店 に 来 て、 「 社 長 の 方 針 が 変 わ って、国宝を購入することになっ た。ついては、飯田さんとよく相 談して進めろと言われてやってき た」と言った。   無論、手元に国宝があるわけで はない。その日から個人所有の国 宝 の 所 在 を 調 べ 始 め た。 し か も、 数ある中から最も世に名の知れた 正宗を探すことにした。   国宝であって伝来その他の条件 から、九鬼正宗は最高の一振だっ た。しかし、数百年間も大名家に 伝わってきた名刀を購入すること などできるのだろうか─。とにか く腹を決め、所蔵する伊予西条松 平家のご当主に面会を求めた。   指定されたのは、霞が関ビルの 中にある霞会館だった。霞会館の 前身は華族会館といい、今でも霞 が関ビルの敷地の地主である。   用件を単刀直入にお話しさせて いただいたが、意外にも大変気さ くな方で、 「前向きに考えてみる」 とのお返事も頂けた。   かくして、この年の九月二十七 日、九鬼正宗は林原にお納めする ことができたのである。これがご 縁となり、 松平様 (私は 「殿」 と呼 んでいる)とは今日まで親しくお 付き合いさせていただいている。   その間に、 こんなこともあった。   ご自宅に伺った折、 松平様は 「こ れは何だ」と私に聞かれた。それ は柄のない短刀の鞘で、金梨子地 に 隅 切 葵 紋 の 蒔 絵 が 施 さ れ て い る。葵紋は通常、丸の中に葵の文 字か絵が描かれるが、伊予西条の ものは四角で、しかも隅切角にな る。 「 寸 法 か ら し て、 こ れ は ひ ょ っとすると九鬼正宗の鞘かもしれ ません」と申し上げたところ、 「君 に任せる」とおっしゃるので、お 預かりして調べることにした。   ちょうどその時、根津美術館で 「 正 宗 展 」 が 開 催 さ れ て お り、 九 鬼正宗も展示されていた。広井雄 一先生にお預けして調査をお願い していたところ、数日して根津美 術館にいる広井先生から電話が入 っ た。 「 展 示 し て あ る 九 鬼 正 宗 を 鞘 に 入 れ て み た ら、 ぴ っ た り だ。 こ れ が 本 当 の“ 元 の 鞘 に 収 ま る 〟 だね」と言われた。後日、柄も出 てきて、国宝九鬼正宗は拵付きの 短刀となったのである。

(4)

  このコーナーで、一般社団法人 日 本 甲 冑 武 具 研 究 保 存 会( 以 下



「日甲研」 )が甲冑武具関係のさま ざまなニュースを紹介させていた だくこととなりました。日甲研に つ い て は、 『 刀 剣 界 』 第 45号「 大 刀剣市2018へ参加して」で大 枠紹介しましたので、今回は、通 常総会に伴う見学先について紹介 します。   当会では年に一度、六月初旬前 後に全国の会員が一堂に会する通 常総会を開催します。会場は年ご とに変わるのですが、必ず近隣で 催されている甲冑武具の展覧会を 見 学 し ま す。 今 年 の 総 会 は 五 月 二 十 五 日 ㈯ ~ 二 十 六 日 ㈰ に 開 催 し、青梅市郷土博物館と武蔵御嶽 神社を見学する予定です。   今回の見学の最大の目玉は、武 蔵御嶽神社の国宝「赤糸 威 おどし 鎧」で す。これは日本甲冑を代表する一 領で、平安時代末期の武将畠山重 忠奉納の伝承があります。 国宝「赤糸威鎧」復原模造 (青梅市郷土博物館所蔵)

甲冑

話題

───

  今日の俺の行き先は荒川区西尾 久。 毎 年、 「 大 刀 剣 市 」 に 彗 す い 星 せ い の よ う に 現 れ る 尚 佳 洞 の 深 津 尚 樹・ 佳 よ し 子 こ 夫妻を訪ねる。   この尾久という町、昔俺の恩人 が住んでいた。日本甲冑武具研究 保存会の元常務理事・故本多議平 氏 の 名 を 知 る 人 も 少 な く な っ た が、この老人は気さくに甲冑談議 をさせてくれた。また、八十歳を 超えても都内を自転車で走り、そ の利便性を俺に教え、俺を自転車 趣味に導いてくれた人だ。   そして、今日は甲冑に関する少 し 真 面 目 な 話。 鎧 の 威 おどし 材 に は 紐 ( 絲 い と ) の ほ か に 革、 織 物( 綾 ) が あるが、なぜ紐が圧倒的に多いの かわかる?   革は、サイズ変化や湿気で固く なるのが難点。織物は裂ける、伸 びにくい、伸びたらズボンの膝が 出 る よ う に、 元 の 形 に 戻 ら な い。 これに対し紐は、ある程度の張力 か ら 解 放 さ れ れ ば 元 の 形 に 戻 る。 わかりにくかったら、アイビーリ ーガーの先が一文字のバイアスの ネクタイを想像してもらえればよ い。この紐のストレッチ性が甲冑 の威に採用される理由だ。   こんな談議をさせてくれる女性 は、 尚佳洞の「佳」の字に当たる、 深津佳子さんだ。ご主人の尚樹さ んが刀剣、刀装具に取り組むかた わら、組紐を道明で習い、拵の下 げ緒を組むなどの二人三脚でやっ てきた。現在は国宝・日光助真の 拵に付帯する下げ緒の復元に取り 組んでいる。   もう一つここを訪ねたかった理 由は、大変自分勝手な話。俺の職 場は移転に伴い現在、長い内装工

荒川区西尾久

事中。通い先を失った俺は、毎日 どうしてよいかわからない。   マリナーズのイチロー選手は引 退会見で「明日からもトレーニン グをし、 体を動かす」と言ったが、 あんな大人物の真似は俺にはでき ない。リストラされたサラリーマ ンさんと同じように公園で時間を つぶすくらいが関の山。正直、自 分を律することができなくなった らどうしよう、と焦りを感じ始め ていた。   尚佳洞と言えば、店舗がないど ころか、ホームページもなければ 広告もほとんど見ない。こういう 商人はどう仕事をし、自分を律し ているかを知りたかったのだ。   尚樹氏の自分を高める自宅内ル ーティーンは、刀剣の全身押形取 りだった!   その緻密さは度肝を 抜くほどで、刀文協の押形コンク ールに出品したら一発で上位に入 るだろう。それを顧客に送り、反 応を待つという。しかもかなりの 名刀・珍品が氏の手を通過したこ とが、見せていただいたファイル からもわかる。   人脈と情熱があれば、職場に出 かけるという生活のリズムが狂う ことなど恐れるに足らないことを この夫婦は教えてくれた。ありが とう、尚佳洞。ありがとう、イチ ロー外野手。明日から俺は公園で 時間をつぶす。



(綱取譲一) ■ 尚佳洞 =〒116

0011 東 京 都 荒 川 区 西 尾 久 四

五三六   ☎〇三

三八一〇

〇五四 九 と考えられています。大鎧の各パ ーツの形状と当時の刀剣の知識に より、平安時代末期の戦争の様子 や、大鎧を着用することができた 階層の人たちの文化的背景、価値 観に思いを馳せることも楽しいこ とでしょう。   この赤糸威鎧は、江戸時代(享 保年間)の修復、明治期の大修理 により、製作当初の姿と若干異な っています。武蔵御嶽神社に展示 されている国宝「赤糸威鎧」と青 梅市郷土博物館に展示されている 平安時代末期の姿を再現した復原 模造品(当会副会長・西岡文夫製 作)を比較してみることで、大鎧 に対する認識の歴史的変遷をたど ることもできます。   青梅市郷土博物館では四月二十 日㈯~六月十六日㈰、企画展「甲 冑武具展~青梅ゆかりの品々を中 心に~」が開催されています。甲 冑武具のほか、赤糸威鎧の徳川吉 宗上覧に関する文書の展示等、非 常に興味深い内容です。見学の際 は、ぜひ当会会員を誘い、より深 く甲冑武具に対する理解を深めて いただけたらと思います。 ( 一 般 社 団 法 人 日 本 甲 冑 武 具 研 究 保存会評議員・ 佐々木亮)   赤糸威 鎧は大鎧 と呼ばれ る形式の 甲 冑 で す。 現在、 大鎧は馬 上での弓 矢戦を主 体とする 騎馬武者 用の甲冑

)日

 1月13日、全日本刀匠会関東支部の主催する「現代刀 鑑賞会」が靖国神社遊就館講堂において開催された。川 𥔎晶平・下島房宙・石田國壽・髙橋恒厳・山下浩郎・森 光廣各刀匠の作品10振が展示され、女性20名、男性7名 の参加者は刀匠から作品の解説を聞きながら鑑賞を楽し んだ(上)。現代刀の入札鑑定も行われ、上位入賞者に は吉原國家刀匠の小刀をはじめ、刀匠が自作した鉄の小 品が贈られた(下)。

久古堂

千匹猿図鐔

 

肥州矢上住光広

宣徳金

以作之

  

縦七三㎜

 

横七一㎜

の問いに、出品 者が「サルお屋 敷で」と答えら れたので、一同 大笑いになりま した。 宣徳金 (せんと くがね)=鐔な どの素材として 用いられる、真 鍮とほぼ同質の 組成を持つ金属 の一種。中国の 明代の宣徳年間 ( 室 町 前 期 ) に 製作された真鍮 製の器物に宣徳 の年号が刻され たものが多かっ た と こ ろ か ら、 日本では真鍮地

ト・

リポート

ト ム 岸 田

  矢 や 上 が み の千匹猿の鐔です。   珍 し い の は「 宣 徳 金 ヲ 以 作 之 」 の添え銘です。宣徳金とは 真 し ん 鍮 ちゅう の ことで、昔は金のように輝く高価 な金属でした。   かつて数寄者の会で拝見しまし た。 「どちらで入手したのですか」 製の器物一般を宣徳と呼びならわ すようになった。銅と亜鉛とが基 本となる後の真鍮とは厳密には異 なり、これに不純金属が加わった も の で 純 粋 な 真 鍮 と は 風 合 い に 微 妙 な 差 異 が あ る。 ( 銀 座 長 州 屋 「刀剣用語解説集」より) ■ 福 隆 美 術 工 芸



( 綱 取 譲 一 ) は 左 記 に 移 転 し ま し た。 〒 1 0 4

0 0 3 2 東 京 都 中 央 区 八 丁 堀 三

  飯 野 ビ ル 一 階   ☎ 〇 三

六 二 八 〇

九 八



七 組台を囲んで深津尚樹・佳子夫妻とともに

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  三 月 十 六 日 か ら 五 月 六 日 ま で、 茨城県古河市の古河歴史博物館に おいて、 「華麗なる日本刀 備前刀 の 伝 統 鎌 倉 時 代 か ら 現 代 ま で 」 を開催した。   こ れ ま で も「 古 河 藩 の 武 具 そ の 美 と は た ら き 」「 よ み が え る G HQ接収刀剣『赤羽刀』と日本刀 名 品 展 」「 堀 川 国 廣 と そ の 一 門 」 「『赤羽刀』と日本刀名品展」に取 り組んできた当館であるが、今回 は、古河藩の刀工泰龍斎宗寛やそ の師固山宗次らが、備前伝の造刀 をしてきたことにちなみ、その伝 統を俯瞰するものとして、現代に 至る刀工と作品を紹介したもので ある。   タイトルには鎌倉時代からとあ るが、実際に展示されているもの は、平安末期の助包に始まり、続 い て 鎌 倉 期 で は 安 則・ 吉 房・ 光 忠・景秀・長光・景光・近景、南 北朝期では兼光・倫光・長義・盛 景・ 守 久、 室 町 期 で は 宗 光・ 勝 光・祐定、江戸期で直胤・宗次・ 正義・正守・宗寛らを出品。加え て現代刀匠として、高松宮記念賞 を受賞された久保善博氏の太刀も 展示された。   重要美術品二点を含む二十六点 の刀は、そのほとんどが個人蔵で あり、ふだんから一堂に会する機 会が少ないものが展観されるもの として、多くの方々から称賛の声 を頂いた。とりわけて、黒田家伝 来の長光や、在銘の長義に注目が 集まった。   しかしながら課題もある。当館 の展示ケースは本来、書画を展示 するために作られたウォールケー スのため、展示位置が低く、照明 が当たりづらいのがいささか難点 でもあった。   今回の展覧会は、若い女性の間 で ひ ろ が る 刀 剣 ブ ー ム の 影 響 か、 これまでとは違った、幅広い層の 来 場 者 の 姿 を 見 る こ と が で き る。 会場では、一つ一つに若い女性が 解説を読み、メモを取る様子も見 受けられた。   また、情報がツイッター を通じて拡散され、京都・ 徳島等、遠隔地からの来場 者があったことは、大変あ りがたいことである。   展示では刀装具も陳列さ れ、江戸後期、古河藩主で 老中を務めた土井 利 と し 位 つ ら が研 究した雪の結晶をモチーフ にした後藤一乗の鐔も出品 された。これに合わせ、雪 の結晶(雪華模様)を意匠 とした鐔の缶バッジもグッ ズとして販売され、好評を 博した。   四月十四日の記念イベン

イベント

リポート

  三月六日から十二日まで横浜髙 島 屋 に お い て、 全 日 本 刀 匠 会 主 催、 第 十 三 回「 お 守 り 刀 展 覧 会 」 の展示販売会が開催された。   四〇センチ(一尺三寸二分)以 下の刃長を基準にして各賞を受賞 したお守り刀は、林原美術館・坂 城町鉄の展示館にて凱旋展示。そ し て 今 回、 さ ら な る 普 及 展 示 と、 新作刀購入希望者に対応する貴重 な機会を得た。   室町期の皆焼を見事に復元した 文部科学大臣賞受賞・月山貞伸刀 匠の平造り脇指をはじめ各受賞作 品に、審査員の協賛作品や、お手 頃な小刀・ペーパーナイフも加わ り、幅広い刀剣ファンが楽しめる 活気ある展示場となった。   会場の横浜髙島屋は初めての展 示となり、かつて刀剣販売に関わ った役職者の理解により推し進め られた。昨今の刀剣ブームに影響 を受けてか、神奈川エリアの優良 顧客はもちろん、店頭および外商 販売者側の注目も高く、事前の刀 剣基礎知識研修にも熱心な参加者 が多く、刀剣販売の道は広がった と考えられる。   会期中、川﨑晶平・月山貞伸両 刀匠によるギャラリートークも聴 講 用 椅 子 を 追 加 す る ほ ど 活 況 で、 老若男女のお客さまが刀匠の熱意 あふれる話に聞き入っていた。   ところでお守り刀と言うと、皇 室では八寸五分であるが、同展で は出品規程に従い、寸延び短刀や 大ぶりの腰刀調のものもあり、賑 やかで楽しめる。   ただ顧客は、親族へのプレゼン トなどの用途に応じて、やや小ぶ りの短刀を探している方が多いよ うに見受けられた。全ての作品が 八 寸 五 分 で は、 刀 剣 フ ァ ン と し ては楽しみに欠けるかもしれない

第十三回

刀展覧会」

販売催事

古河歴史博物館

「華麗

日本刀

備前刀

伝統

鎌倉時代

ら現代

横浜髙島屋展示

新作刀

販売機会

現代

備前刀

伝統を俯瞰

注目集

幅広い層の来場者があった「備前刀の伝統」展 若い世代の姿も目立った「伝承日本の刀剣展」 トでは、小中学生親子講座として 「日本刀を持ってみよう」 、記念講 演会では無鑑査刀匠久保善博氏を 招 い て「 古 名 刀 の 再 現 へ の 挑 戦



科学する刀鍛冶」が開催され、久 保刀匠のお話に満場の聴衆たちは 耳を傾けていた。 (古河歴史博物館・ 立石尚之 ) が、例えば八寸前後の作品に加点 があり、上位受賞を狙いやすくす ることも、この展覧会の意義の一 つかもしれない。   さて、その初催事の成績はいか がであったか……。担当者からお 礼 と 隔 年 開 催 の 話 も 頂 い た よ う だ。成功であったと言えよう。



(伊波賢一) 〒104-0061 東京都中央区銀座6-7-16      岩月ビル2階 ㈱銀座泰文堂  代表 川 島 貴 敏 TEL 03-3289-1366 FAX 03-3289-1367 〒278-0043 千葉県野田市清水199-1 TEL 04-7122-1122 FAX 04-7122-1950

http://www.taibundo.com

泰 文 堂

銀座日本刀ミュージアム

美術日本刀・鐔・小道具・甲冑

日本の伝統文化を彩る

JAPAN SWORD CO., LTD.

〒105-0001 東京都港区虎ノ門 3-8-1 TEL 03-3434-4321 FAX 03-3434-4324

伊波賢一

Ken-ichi Inami

㈱ 日 本 刀 剣

㈱ 美 術 刀 剣 松 本

松本 富夫

義行

〒161-0033 東京都新宿区下落合3-17-33 TEL 03-3951-3312 FAX 03-3951-3615

http://www.iidakoendo.com

刀剣・小道具・甲冑武具

飯田高遠堂

目白 代表取締役 飯 田 慶 雄

アオバ企画㈱

〒 1 3 0 – 0 0 1 2 墨 田 区 大 平 四 – 一 九 – 二 – 一 三 ○ 八 T E L   ○ 三 – 三 六 二 二 – 二 二 三 一 F A X   ○ 三 – 三 六 二 二 – 二 二 五 一 メ ー ル   [email protected]

  四月十七日か ら二十二日まで の六日間、 大阪 ・ 梅田の阪急うめ だ本店九階うめ だギャラリーに て 「伝承日本の 刀剣展―平安か ら 現 代 ま で ―」 が開催された。   平安時代から 近代までの刀が 展示のみで三十 振、 そして現代 の川﨑晶平・明

伝承日本

刀剣展

」が

阪急

開催

月山貞伸刀匠のギャラリートーク 珍宗裕・月山貞伸三刀匠の最新作 が同時に展示販売された。久しく 当デパートでの大型刀剣展は開か れていなかったが、総数四十五振 が並び、見応えのある展覧会とな った。   展 示 部 門 は 古 備 前 か ら 始 ま り、 光忠・長光・真長・景光の長船ラ インから正宗・村正・国広・虎徹 と、刀剣女子から往年のファンま で大満足のラインナップが揃 い、さらに本展の目玉、三刀 匠の合作刀が皆の注目を集め ていた。   鍛えを川﨑さん、焼入れを 明珍さん、彫りを月山さんが 担当し、まさに夢の共演で作 り上げられた刀。古くから合 作の刀はあるが、皆それぞれ の師匠を持つコラボはなかっ たのではないだろうか。出来 も抜群に良く、百年後、二百 年 後 の 評 価 が 楽 し み な 刀 だ。 名刀誕生!   この現場に立ち 会えたことが嬉しい。   本展は六日間の開催であったが 二万七千人以上のお客さまにお越 しいただき、入場無料とはいえデ パ ー ト 側 も 驚 き の 集 客 に な っ た。 今後、全国のデパートで開催され ていくとより刀剣が身近なものと なり、 ファンが増えていくと思う。   本展を開催するに当たりご協力 いただいた多くの皆さまに感謝申 し上げます。



(岩本典久)

関鍛冶伝承館

菊紋入

展示

  関鍛冶伝承館(岐阜県関市南春 日 町 九 -一   ☎ 〇 五 七 五 -二 三 -三



八二五)で企画展「朝廷と菊紋と 関の刀工」が開かれている。天皇 家の紋章である菊紋が刻まれた刀 などを展示。皇位継承など天皇へ の関心が高まっている中、朝廷と 関鍛冶とのつながりにも興味を持 っ て も ら お う と 企 画 し た。 五 月 二十七日まで。   展示されているのは、室町時代 から昭和にかけて主に関で作られ た刀剣二十四振と古文書など資料 八点。 古 銭 · 切 手 · 刀 剣   売 買   評 価 鑑 定

㈱城南堂古美術店

〒 1 5 3 – 0 0 5 1 東 京 都 目 黒 区 上 目 黒 四 – 三 一 – 一 ○ T E L   ○ 三 – 三 七 一 ○ – 六 七 七 六         ○ 九 ○ – 三 二 ○ 八 – 九 六 一 二 F A X   ○ 三 – 三 七 一 ○ – 六 七 七 七

勝憲

(6)

製鉄

歴史

!?

トリ

最古級

遺物発見

六事件将校

遺品

鈴木貫太郎記念館

寄贈

刀剣女子

復興、

髭切

膝丸

聖地

燃え

国交

周年

瀬戸内市

備前刀

展示

地方紙

の「刀剣乱舞

ONLINE

-」広告

熱狂

江戸時代

鉄砲鍛冶

年商

  「 刀 剣 乱 舞

ONLINE

の 全 面 広 告 が 四 月 二 日 付 の『 高 知 新 聞 』 朝刊に掲載される……。前夜、同 ゲームの運営会社DMMゲームス が ツ イ ッ タ ー で 発 信 し た と こ ろ、 全国のファンの間で大騒ぎに。   「 高 知 へ 向 か う 決 断 を し て 新 幹 線に乗っている」 「『高知新聞』県 外 民 か ら で も 購 入 で き る の か 」。 ツイッターには興奮した書き込み が相次ぎ、当日は高知新聞社担当 部署の電話が鳴りっ放しだったと いう。   今回の広告は、ゲーム内で展開 するイベントの告知。坂本龍馬が 愛用した陸奥守吉行をイメージし たキャラクターが全面に描かれた デザインとなっている。   運営会社によると、イベントの 舞台設定は高知だという。 そこで、   堺市に所在する井上家の鉄砲鍛 冶屋敷には、江戸時代以来の鉄砲 の生産現場が残り、堺市の有形文 化財 (建造物) に指定されている。   堺市と関西大学は共同研究調査 として、平成二十七年度から四年 間にわたり、鉄砲鍛冶屋敷の古文 書調査を実施してきたが、その成 果の一部をこのほど報告書として 刊行した。   井上家の資料群は江戸時代から 明治時代にわたるもので、総点数 は二万点を超え、鉄砲の注文から 代金の引き渡しに至る江戸時代の 鉄砲ビジネスの仕組みが初めて明 らかになるなど、日本の鉄砲生産 の歴史を書き換える貴重な成果を 得ることができたという。   慶応二年(一八六六)に は 鉄 砲 四 六 九 丁 を 販 売 し、 売り上げは三〇二九両(約 三億円相当)だったことが 判明した。また、日本最大 の軍事拠点だった大坂城で 鉄砲のメンテナンスに関わ っていたこともわかった。



  調査に当たった関西大の 藪 田 貫 ゆたか 名 誉 教 授( 日 本 近 世史)は、 「戦はなくても、 有事の備えとして鉄砲は必 要だった。農民たちも獣害 対策として鉄砲を使ってい た。外国船が来航した幕末 には、沿岸警備の需要もあ った。資料だけでも『平和が続い たから鉄砲産業が衰退した』とい う 定 説 を 覆 す に 十 分 な 証 拠 に な る」と評価している。 堺市に寄付された井上家鉄砲鍛冶屋敷 イベントに関する初めての情報は 中 央 メ デ ィ ア や ネ ッ ト で は な く、 地 元 メ デ ィ ア で 出 す こ と を 企 画。 『高知新聞』に広告掲載となった。   「 刀 剣 乱 舞 の 紙 面 が マ ジ で 欲 し い 」「 明 日 の 『 高 知 新 聞 』 め っ ち ゃ 楽しみ」 などの書き込みがあふれ、 ツイッターのトレンド(登場頻度 が高く話題性の高い言葉)に『高 知新聞』が入る過熱ぶりだった。   そして当日は朝から、朝刊を求 める電話がひっきりなしに高知新 聞社にかかった。販売担当の部署 で は 社 員 十 四 人 が 対 応。 約 八 百 件 の 注 文 が あ り、 郵送用に準備していた新 聞は午後二時ごろには売 り切れとなった。   ツイッターには「よう や く 電 話 が つ な が っ た。 全面広告の新聞申し込め た 」「 大 感 動 」 な ど の 書 き込みが見られた。   一カ月以上経過しても 余熱は続き、掲載紙はネ ットオークションでも引 っ 張 り だ こ と な っ て い る。 『高知新聞』平成31年4月2日 Ⓒ2015-2019 DMM GAMES/Nitroplus   人類史上最大の発明の一つとさ れ る 製 鉄 は、 古 代 オ リ エ ン ト で 栄 え た ヒ ッ タ イ ト 帝 国( 紀 元 前 一二〇〇~同一四〇〇年)が技術 を独占し、軍事的優位を得たとさ れる。帝国の滅亡とともにそれは 周辺諸国に急速に普及し、青銅器 時代から鉄器時代へ転換するきっ かけとなった。   その歴史が変わるかもしれ ない大発見があった。   見つかったのは、酸化鉄を 多く含む直径約三センチの丸 みを帯びた塊。ヒッタイト帝 国の中心部に位置するトルコ のカマン

カレホユレック遺 跡で一九八六年から調査を続 けている公益財団法人中近東 文化センター附属アナトリア 考 古 学 研 究 所( 大 村 幸 弘 所 長 ) が、 昨 年 九 月、 紀 元 前 二二五〇~同二五〇〇年の地 層から発見した。   世界最先端の微細加工や精 密分析の技術を応用して調べ たところ、遺物は鉄隕石とは 組成が異なり、鉄鉱石を加工 した半製品で、当地で産出する鉄 鉱石とも異なるところから、他の 地域から持ち込まれた製鉄遺物で ある可能性が浮上してきた。   製鉄はアナトリア地方で生まれ たというのが通説だが、それ以外 の地域で、しかもさらに時代をさ かのぼって操業されていたのかも しれないという。   昭和十一年に陸軍青年将校らが クーデターを起こした二

二六事 件で首謀者の一人とされた安藤輝 三大尉の遺族が、事件当日に着用 していたとされる外套や軍刀など の遺品二十点を、鈴木貫太郎記念 館に寄贈した。   鈴木は昭和二十年の終戦時の首 相で、 当時は侍従長兼枢密顧問官。 同事件で重傷を負うが、自伝では 安藤について「惜しいというより は、むしろかわいい青年将校」と 記述している。鈴木の遺族も「襲 撃は立場の違いから生じた」と了 承し、受け入れたという。   遺品はほかに黒縁眼鏡、 タバコ、 当時拠点にしていた料亭のマッチ や、支配人の名刺もある。 ■ 鈴 木 貫 太 郎 記 念 館 = 〒 2 7 0 - 0 2 0 6 千 葉 県 野 田 市 関 宿 町 一 二 七 三   ☎ 社 会 教 育 課 〇 四 -七



一二五 -一一一一内線二六五五

https://sky-noda.jp/study/suzuki.html

鈴木貫太郎記念館   岡山県瀬戸内市は、日本・ポー ランドの国交百周年記念事業に協 力し、 同国で十一月に開かれる 「備 前長船日本刀展覧会」に日本刀を 出展する。   同展は、ポーランド南部のクラ クフ市にある日本美術技術博物館 マンガ館が十一月二十三日から来 年三月一日までの百日間にわたっ て開催する。ここに瀬戸内市の備 前長船刀剣博物館が収蔵する備前 刀約三十振と現代刀工の作品約五 振などを出品。さらに、刀工らに よる作刀や手入れの実演、日本刀 の歴史、武士道精神などの講演会 も計画されている。   関西・大阪 21世紀協会は「これ ほど大量の日本刀の海外持ち出し は例を見ない。日本・ポーランド の国交百周年記念事業にふさわし い」として同展を日本万国博覧会 記念基金の 19年度重点助成事業に 選んだ。   ポーランドでは日本刀への関心 が高く、博物館や愛好家らがおよ そ二千振を所蔵するという。武久 顕也市長は「展覧会で日本刀への 関心をさらに高めたい。市への来 訪者増加にもつながれば」と展覧 会の効果に期待を寄せている。   京 都 府 八 幡 市 の 小 さ な 神 社 に、 昨年秋から突然、時に百人を超え る行列ができるようになった。名 刀ゆかりの場所と紹介したツイッ ターがきっかけで、全国から刀剣 女子が続々と訪れているという。   京 阪 電 鉄 八 幡 市 駅 か ら 南 へ 約 五 百 メ ー ト ル の 相 あ い 槌 つ ち 神 社 が そ れ。 石 い わ 清 し 水 み ず 八幡宮がある男山の麓にあ る。社伝によると、平安時代の安 綱が境内の井戸「山ノ井」の水を 使 い、 「 髭 ひ げ 切 き り 」 と「 膝 ひ ざ 丸 ま る 」 を 鍛 え たとされる。   宮司の高月清子さんは、先々代 の宮司に請われて十年ほど前から 社務を手伝ってきた。昨年二月に 宮司になったが、本殿や社務所は 老朽化が進んでいた。そこで、知 人らに声をかけてボランティアの スタッフによる「復興プロジェク ト」を立ち上げた。   神社の由来を紹介するホームペ ージをつくるなどしていると、六 月ごろからポツリポツリと参拝者 が訪れ始めた。後にスタッフとな る参拝者の女性が、ツイッターで 「名刀『髭切』 『膝丸』をお造りに なった場所なのだそうです」とつ ぶやいた。月二回の 月 つ き 次 な み 祭 さ い で御朱 印がもらえることも紹介した。   すると、翌九月一日の月次祭に 百人以上が訪れた。しかも、大半 が 女 性。 「 刀 剣 乱 舞 」 に 登 場 す る キャラクターにゆかりのある場所 として、相槌神社が取り上げられ るようになり、 刀剣女子たちの 「聖 地巡礼」の対象になったのだ。   今年のはじめ、献灯台を新しく するためにクラウドファンディン グを始めると、五時間で目標額の 七 十 四 万 円 が 集 ま っ た。 井 戸 の 改 修 費 な ど を 追 加 し て、 目 標 を 二 百 六 十 万 円 に 増 額 し た と こ ろ、 最終的に百七十一人から四百万円 以上の支援が寄せられたという。   高月さんは「神職の仕事は神様 と人をつないで助けることだと考 えているが、今は大変多くの人に 支えられて、 とても感謝している。 本殿や社務所を少しでも早く新し くできたら」と話している。 ■ 相 槌 神 社 = 〒 6 1 4 -8 0 9 1



京都府八幡市八幡平谷一〇

https://aitsuchi-jinja.or.jp/

カマン・カレホユレック遺跡(左)と発見された製鉄関連遺物 (写真提供/アナトリア考古学研究所)

参照

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