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Kyushu University Institutional Repository

選挙制と抽選制

岡﨑, 晴輝

九州大学

http://hdl.handle.net/2324/2557147

出版情報:憲法研究. 5, pp.87-96, 2019-11-01. 信山社 バージョン:

権利関係:

(2)

国選挙制と抽選制

はじめに

Il  選挙制議院と抽選制議院

III  抽選制市民院の構想

W おわりに

はじめに

岡崎晴輝

1988年から 94年の「政治改革」では,衆議院の選挙制度が中選挙区制から小選 挙区比例代表並立制へと変更された(い。選挙制議会が前提とされつつ,選挙制 度改革が目指されたのである。しかし最先端の政治学では, ミニ・パプリックス の理論と実践の延長線上に,議員を抽選(くじ引き)で選出する抽選制議会が構 想されるようになっている。なかでも多大な影響を与えたのが,ダーヴィッド・

ヴァン・レイプルックの『選挙制を疑う』 (2013年)であるの。日本でも 2019年 に訳書が出され,大きな反響を呼んだことは記憶に新しい (3) 。抽選制議会論は もはや荒唐無稽な奇説ではなくなっている。だが,抽選制議会をめぐる議論は緒 に就いたばかりである。抽選制議会の可能性を探るためにも,我々は『選挙制を

(1) 著者の政治改革論については.次の諸論文を参照。岡崎晴輝「サルトーリ再考」日本 政治学会編『年報政治学 2016-II 政党研究のフロンティア』(木鐸社. 2016 年 12 月)

56-77頁。岡崎II胄輝「政権選択論の勝利一一「政治改革」の再解釈」政治研究(九州大学 政治研究会) 66号 (2019 年 3 月) 33-54 頁。 Seiki Okazaki. "In Defense of Proportional  Representation with a Limited Majority Bonus," Hosei l(enkyu (Hosei Gakkai. Kyushu  University). 85 (3‑4). Marcp 2019. pp. 722‑740. 

(2) David Van Reybrouck. Tegen Verkiezi11ge11  (De Bezige Bij, 2016 [2013] ).ダーヴィッ ド・ヴァン・レイプルック『選挙制を疑う」岡崎晴輝/デイミトリ・ヴァンオーヴェル ベーク訳(法政大学出版局. 2019年)。

(3) 同書は「読売新聞』 2019年 5 月 19 日(日)朝刊.「朝日新聞」 2019年 6 月 1 日(土)朝 刊.「日本経済新聞」 2019年 8 月 10 日(土)朝刊などの書評欄で紹介されただけでなく.

「日本経済新聞」 2019年 8 月 12 日(月)朝刊の社説でも紹介された。様々な反響について は.岡崎のプログ( http://aktiv.sblo.jp) の2019年 4 月 5 日付記事を参照。

憲法研究第 5 号 (2019年 11 月) 87 

(3)

疑う』を越えて議論を発展させていかなければならないであろう。

海外では『選挙制を疑う』の刊行後も.抽選制議会をめぐる議論は活発に続け られている m 。たとえば, 2017年 9 月には The Real Utopias Project の一環と して抽選制議会をめぐるシンポジウムが開催され.その報告原稿が『抽選制議会』

(Legislature by Lot. 2019) として出版されている (5) 。本稿ではそうした最先端 の議論を踏まえつつ,抽選制議会論を発展させることを目指したい。まず.ヴァ

ン・レイブルックが曖味にしていた一院制・ニ院制問題を検討し,選挙制議院と 抽選制議院を組み合わせた二院制議会を擁護したい (II) 。次に, 日本への応用

として,選挙制の参議院を抽選制の市民院に改組する構想を示したい (m) 。

I l  

選挙制議院と抽選制議院

近年,民主主義の再生のために.抽選制の活用を提唱する政治学者が増えてい る。周知のように,抽選制の政治的伝統は古代ギリシアに遡る。そこでは,抽選 制が民主主義的であり選挙制は貴族主義的であると考えられており選挙制は 例外的に使用されていたにすぎない。ところが近代国家では選挙制が民主主義 的であることが自明視されるようになった。その経緯については,ダーヴィッド・

ヴァン・レイプルック『選挙制を疑う』第 3 章に詳しい。しかし近年.代議制民 主主義にたいする不信を背景に,抽選制を活用した民主主義の再生が試みられて いる。熟議型世論調査,計画細胞,市民討議会などである (6) 。さらにそうし た主題限定・期間限定のミニ・パプリックスにとどまらず.議員を抽選で選出す る抽選制議会が提唱されるようになっている。ベルギーのドイツ語共同体では,

抽選制の市民評議会・市民パネルが共同体議会に設懺されることになっている

•••••

(7) 。我々は,抽選制革命の直中を生きているといえるであろう。

抽選制議会論の基本的な考え方は現代民主主義の機能不全は選挙制に起因し

(4) Equality by Lot (https://equalitybylot.com/)を参照。

(5) John Gastil and Erik Olin Wright et al..  Legislature by Lot: Tramiformath1e Designs  for Deliberatizie Goz1er11a11ce  (Verso. 2019) .その一部は Politics & Society. 46 (3). 

September 2018 に掲載されている。

(6) 篠原ー「市民の政治学—討識デモクラシーとは何か』(岩波沓店[岩波新:湘]. 2004年).

篠原一編「討議デモクラシーの挑戦—ミニ・パプリックスが拓く新しい政治』(岩波:;lt 店. 2012年)を参照。日本では. ドイツの計画細胞を参考に.市民討議会が開 1iii されて いる。篠藤明徳ほか『自治を拓く市民討議会一一広がる参柚i ・事例と方法』(イマジン出 版 2009年)を参照。

(7) ヴァン・レイプルック・前掲注 (2) 229-230 頁(訳者解題)。

(4)

〈特集 1 〉 区}選挙制と抽選制〔岡崎晴輝〕

ているのではないか,民主主義の再生のためには議員を抽選で選出する抽選制議 会を導入したほうがよいのではないか, というものである。ピエール=エティエ ンヌ・ヴァンダムとアントワーヌ・ヴレー=アムランによれば,抽選制は 2 つの 点で有望であるという。第 1 に選挙制の貴族主義的性格を軽減しやすい。選挙 制では,議員は裕福で高学歴の白人男性に偏りやすいし.当選してしまえば議員 は有権者に縛られずに行動しやすい。しかし抽選制は.そうした貴族主義的性格 を相殺するであろう。第 2 に.抽選制は認知的 (epistemic) 価値も有しており,

公平性と合理性を備えた正しい決定をもたらしやすい。すなわち,議員になる機 会が万人に開かれているため.議会は遥かに多様になるであろう。そして.マニ フェストや党議拘束に縛られないため.良い熟議をもたらすであろう。素人に任 せてよいのかと懸念する者もいるだろうが.議員は選挙で選出されたわけではな いため.専門家の助言に謙虚に耳を傾けるであろう。また.再選するために直ぐ に成果を出す必要がないため.長期的視野に立ちやすくなるであろう (8) 。

こうした抽選制議会ないし抽選制議院に懐疑的な者もいるが.論点は.選挙制 議会を抽選制議会で置き換えるか,それとも選挙制議院と抽選制議院を組み合わ せるかに移っている。この点は,ヴァン・レイプルック『選挙制を疑う』が曖味 なままにしていた点である (9) 。

前述の『抽選制議会』に目を向ければ,ジョン・ギャスティルとエリック・オー リン・ライトの基調論文は,選挙制議院と抽選制議院を組み合わせた二院制を提 唱した。これを承けてトム・マレソンは,民主主義の 4 つの価値に照らして選挙

制と抽選制を比較検討し,ギャスティルとライトの二院制論を支持している。マ . . . . .  

レソンによれば政治的平等 (political equality) という点では様々な人々が議 員に選出されやすく,マネーの影響を受けにくい抽選制のほうが優れているが,

. . . . . . . .  

有権者による統制 (popular control) という点では有権者が総選挙で審判を下せ

. . . . .  

る選挙制のほうが優れている。公平な熟議 (deliberation and impartiality) (IO) とい う点では,政党や選挙民から自由な議員, しかも多様な議員が選出されやすい抽

選制のほうが優れているが,能力 (competency) という点では無能な候補者が

淘汰されやすく,かつ政治家が政党によって知的に支えられている選挙制のほう

(8) Pierre‑Etienne Vandamme and Antoine Verret‑Hamelin... A Randomly Selected  Chamber: Promises and Challenges." Journal of Public Deliberation. 13 (1). April 2017,  pp. 4-10. なお,この論文は抽選制の有望さだけでなく.その課題も検討している。

(9) ヴァン・レイプルック・前掲注 (2) 219-221 頁(訳者解題)。

(10) 直訳すれば「熟議と公平」となろうが. まとめの文中の deliberate impartially  (p. 

182) を踏まえ「公平な熟議」としたい。

89 

(5)

が優れている。これら 4 つの民主的価値を実現するためには,選挙制と抽選制と いう 2 つのメカニズムを組み合わせることが望ましいというのである (ll) 。

他方,テリル・ブリシウス(元バーモント州議会議員)はギャスティルとライト の二院制論を批判し,抽選制議会に一本化することを提唱している。プリシウス によれば,選挙制議院の利点とされるものは疑わしい。政党間の論争は市民の学 習や熟議を促進するどころか,むしろ阻害する。選挙で選出された者には交渉 (negotiation) の権限があるとされるが,調停 (arbitration) で事足りる。選挙で は自己中心的・権力志向的な政治指導者が選出されやすく,政治家の専門知識と やらも疑わしい。それどころか,選挙制議院があると抽選制の利点が失われかね ない。議題は政治家が設定したものに偏るであろうし,抽選で選出された議員は 政党指導者に追随するであろう。両院が対立すれば,選挙制議院は抽選制議院の 正統性を失墜させようとするであろう。それゆえ.ハイプリッド型の二院制では なく抽選制議会が望ましいというのである (12)

さて.二院制議会(選挙制議院+抽選制議院)と一院制議会(抽選制議会)のい ずれが望ましいであろうか (13) 。プリシウスは.議員を選挙で選出することを否 定しているだけでなく,行政府の長を選挙で選出することも否定している。そし て. シティ・マネージャー制のように,抽選制議会が行政府の長を任命・解任す ることを提唱している (l·1) 。こうしたブリシウスの全面的な選挙制批判に与する ことはできるのであろうか。

たしかにプリシウスの危惧も理解できないわけではない。しかし.与野党が 論戦を繰り広げる選挙制議院がなければ.抽選制議院や市民はいったい何を熟議 すればよいのであろうか。効果的な熟議のためには.選挙制議院における与野党 対立が必要不可欠であろう。また,選挙制では自己中心的・権力志向的な政治指 導者が選出されやすいにしても,専門知識を備えた優れたリーダーを選抜・育成 するためには,古代ギリシアがそうであったように選挙制を活用することも必要

(11)  Tom l¥llalleson. "Should Democracy Work Through Elections or Sortition?" in  Legisュ lature by Lot. Chapter 8. 他の二院制擁陵論として「抽選制議会」第 12章を参照。

02) Terrill Bouricius, "Why Hybrid Bicameralism Is Not Right for Sortition." in  Legis/aュ lure by Lot. Chapter 16. 他の二院制批判論として「抽選制議会」第 15章を参照。

(13) 選挙制と抽選制を組み合わせるにしても.選挙で選出された議員と抽選で選出された 識員が一院制議会を構成する方法もある。しかしこの場合前者の影評力が大きくなる ことは否めない。第 1 に選挙で選出された議員は専門知識も豊富で.弁も立つであろう。

第 2 に選挙で選出された議員は.有権者の猥に支えられているため.自信をもって自 説を主張することができるであろう。そうなれば.選挙で選出された議員が主祁権を握 ることは十分に考えられる。

(14)  Bouricius. op. cit. note (12). pp. 330‑331. 

(6)

〈特集 l 〉 区]選挙制と抽選制〔岡崎晴輝〕

不可欠であろう。さらに,抽選制議院の自律性を確保するように制度設計すれば 抽選制議院が選挙制議院に屈するようなことにはならないであろう。 このよっに 考えればプリシウスの全面的な選挙制批判に与することはできない。ヴァン・

レイブルックは「選挙のない民主主義など考えられず,民主主義について語るた めには選挙が必要不可欠の条件であるとする,揺るぎなき信仰」を「選挙原理主

. . . .  

義」と命名したが(15) ,ブリシウスは,選挙原理主義の裏返しとしての抽選原理 主義に陥っているのではないだろうか。

これにたいしてマレソンは選挙原理主義とも抽選原理主義とも一線を画し,選 挙制と抽選制の長所・短所をバランスよく捉えているように思われる。マレソン が論じているように選挙制は抽選制に比べて,有権者による統制をもたらしや すいし (16) .能力ある政治家を選出しやすい。他方,選挙制は抽選制に比べて,

政治的平等や公平な熟議をもたらしやすい。多くの人は,この点に同意するに違 いない。ただし,抽選制に有利であるとされる政治的平等や公平な熟議でも,選 挙制に有利な面があることは確認しておきたい。

政治的平等に関して.マレソンは,抽選制では様々な人々が議員に選出されや すいとしている。たしかに選挙制では,議員は裕福で高学歴の(白人)男性に 偏りやすい。被選挙権は形式的には平等ではあっても,実質的には平等であると は言いがたい。しかし抽選制を活用すれば無作為抽出という手続きを通して,

被選出権の実質的平等を実現することができるであろう。

とはいえ,抽選制でも,選出された者と選出されなかった者のあいだに政治的 不平等が生ずることは見逃せない。総選挙は,数年に一度とはいえ,すべての有 権者が平等に政治参加する機会を保障している。しかるに選挙制議会を抽選制 議会に置き換えてしまえば,抽選で選出されなかった有権者は,そうした平等な 政治参加の機会を奪われてしまうであろう (l7) 。たしかに,任期を短くすれば 抽選される確率は増えるが,それでも全員というわけにはいかない。また,抽選

(15) ヴァン・レイプルック・ ·,m掲注 (2)42 頁。

(16) ジェーン・マンスプリッジは.抽選制では公式的な翡ll 裁型答貢性 (sanction-based accountability) は確保できないにしても.公式的・非公式的な熟議型答貨性 (deliberative accountability) は確保できると論じている。 Jane Mansbridge.''Accountability in  the  Constituent‑Representative Relationship." in  Legislature by Lot. pp. 193-202. 他方.プ

レット・ヘニッグは.選挙制は答責性を確保するとされているがそうではないと論じ ている。 BrettHennig, "Who Needs Elections? Accountability, Equality, and Legitimacy  Under Sortition," in Legislature by Lot. pp. 302‑307. 

(l7) 松尾隆佑「ポスト政治の政治理論—ステークホルダー・デモクラシーを絹む』(法政 大学出版局. 2019年) 268-269頁。

91 

(7)

制議会の決定をレファレンダムにかけることも考えられるが (18) ,現実的ではない。

公平な熟議に関して.マレソンは,抽選制のほうが公平な熟議をもたらしやす いとしている。議会の現状に鑑みればこの指摘はとりわけ重要であろう。特に

. . . .  

強調したいのは,抽選で選出された議員にはしがらみがないことである。政治家 は,公認を得るために政党幹部の顔色をうかがい,カネやフダを集めるために支 持者の顔色をうかがわざるをえない。しかし,抽選で選出された議員はそうした しがらみとは無縁であり,良心に従って公平に熟議することができるであろう。

とはいえ,選挙制に公平な熟議を促進する面があることも見逃せない。シャン タル・ムフが指摘しているように政党が言説的な枠組みを提示し,集合的な政 治的主体が構築されれば,闘技的な対立をもたらすことができるであろう (19) 。 たしかに政党が政権公約(マニフェスト)を掲げて選挙を戦い,議会でも党議 拘束で所属議員を縛るとすれば,公平な熟議が妨げられることは間違いない。し かし同時に,次のことも見落とせない。選挙制議院において与野党が対立し争点 が明確になれば抽選制議院は与野党の言い分に公平に耳を傾けることができる であろう。そして.選挙制議院がない場合に比べて,公平な熟議・決定をしやす

くなるであろう。

このように議論を彫琢する余地はあるものの,マレ‘ノーンが提示した民主主義的 諸価値に照らした場合抽選制議会に一本化するよりも.選挙制議院と抽選制議 院を組み合わせた二院制議会のほうが望ましいということになろう。うまく制度 設計すれば,選挙制の長所(有権者による統制.能力)と抽選制の長所(政治的平等.

公平な熟議)を組み合わせることができるであろうし,さらには両者のあいだに 相乗効果をもたらすこともできるであろう。そうなれば,ルソーが批判した事態,

すなわち「イギリスの人民は自由だと思っているが,それは大まちがいだ。彼ら が自由なのは,議員を選挙する間だけのことで,議員が選ばれるやいなや,イギ

リス人民はドレイとなり無に帰してしまう」 (20) という事態を避けることがで きるに違いない。

(18)  Yves Sintomer, "From Deliberative to  Radical Democracy: Sortition and Politics in  the Twenty‑First Century," in Legislature by Lot. p. 71. 

(19)  Chantal Mouffe. For a Left Populism (Verso. 2018) pp. 55-56. シャンタル・ムフ「左 派ポピュリズムのためにj 山本圭/塩田潤訳(明石密店. 2019年) 78-80頁。

(20) ルソー「社会契約論」桑原武夫、/前川貞次郎訳(岩波奢店[岩波文庫]. 1954年) 133頁。

(8)

〈特集 l 〉区選挙制と抽選制〔岡崎哨輝〕

皿 抽選制市民院の構想

こうした抽選制議会論を日本の国会に応用したい。参議院議員が抽選で選出さ れたと想定しよう。いな任命制の貴族院が選挙制の参議院に取って代わられた

...

ように,今度は,選挙制の参議院が抽選制の市民院 (House of Citizens) に取っ て代わられたと想定しよう。無作為抽出された有権者が常勤の市民院議員を務め るのである。

こうした抽選制市民院の構想にたいしては,少なくとも 2 つの疑問が生じるに 違いない (2l) 。第 1 は,政治の素人に国政を任せてよいのか, という能力に関す る疑問である。たしかに.市民院議員が法案等を審査するのは容易ではない。し かし市民院の権限を限定すれば,そうした疑問を封じることができるであろう。

すなわち,市民院の主たる権限を,衆議院で法案等の審議が尽くされたかどうか,

またその決定が市民感覚に著しく反していないかどうかを判断し,拒否権を行使 することに限定するのである四。単純多数決(過半数)にするか特別多数決 (2 /3 以上)にするか,法律と予算・条約で区別するかどうか一これらは技術的 な問題にすぎない。重要なのは,拒否権を持った抽選制市民院によって選挙制衆 議院の審議を実質化し市民化することである。

第 2 の疑問は,市民院議員が職業生活や私生活と両立できるのか, という負担 に関するものである。たしかに,裁判員や市民討議会とは違い,任期が数年に及 ぶとなればかなりの工夫をすることが欠かせない。年齢を考慮せずに無作為抽 出すればいわゆる現役世代に辞退者が続出し,年齢上・職業上の偏りが大きく なることは避けられない。そこで,次善の策として,市民院議員の半数(ジュニ ア枠)を 19-22歳世代から選出し,残る半数(シニア枠)を 61-64歳世代から抽 選で選出してはどうだろうか。もちろん,裁判員と同じように,正当な理由があ れば辞退を認めるのは当然である。

市民院の定数を仮に400名としよう。ジュニア枠では, 19歳(大学 1 年生に相当)

~22歳(大学 4 年生に相当)の世代から計200名を抽選する。その際, ノウハウが 伝わりやすくするため,一斉に入れ替えるのではなく,毎年, 19歳世代から 50名 を抽選で補充していく。無作為抽出すれば,性別や地域などは偏らないはずであ

(21) ヴァン・レイプルック・前掲注 (2)227-228頁(訳者解題)を参照。

(22) こうした拒否権に加えて.抽選制市民院にいかなる権限を付与するかは磁法工学に属 する問題でありこの小論で踏み込むことはできない。衆議院に特定の立法を勧告する 権限も検討に値するであろう。

93 

(9)

る。この 200 名の若者のなかには,すぐに高等教育を受けることを希望する者も 少なくないに違いない。そのためにも,大学や専門学校などに通いつつ.市民院 議員としての職務に従事できるよう配慮する。こうすれば.ジュニア世代の自由 を侵害することなく,将来を担う若い世代の市民感覚を国政に反映させることが できるであろう。

シニア枠も,基本的には同じ仕組みである。異なるのは.社会的経験を積んだ 世代の市民感覚を反映させることができる. ということだけである。公的年金の 受給開始年齢が65歳の場合. 61 歳から 64歳までの 4 年間市民院議員を務めるこ

とは,十分に魅力的な選択肢なのではないだろうか。

ジュニア枠でもシニア枠でも.市民院議員は十分な報酬を受け取ることができ る。衆議院議員の報酬と同額にするのも一つの考え方であろうし.市民感覚から 乖離しないように.平均的な年収に合わせるのも一つの考え方であろう。いずれ にしても.十分な報酬が支払われなければならない。注目すべきは,市民院議員 は選挙の必要がないため,政治資金を集める必要がないことである。たしかに市 民院事務局は必要であろうが,市民院法制局も必要なければ.公設秘書や私設秘 書も必要ないのである。また.東京の国会議事堂に出勤する必要もないだろう。

在宅勤務では心許ないと感じるのであれば.基礎自治体の一室を市民院議員に提 供し, インターネットを通じて衆議院の審議に耳を傾ける。そして,拒否権を行 使するかどうかを判断すればよい。

こうした抽選制市民院の存在は,すでに示唆したように選挙制衆議院の審議 を実質化・市民化するのに寄与するであろう。与野党は,テレビ,新聞,インター ネット中継などを媒体として有権者に訴えかけている。しかし.国会審議が個々 の法案の採決を左右しているとは言いがたい。十分に弁陵できていない法案で あっても,一定の手続きを踏んだ後.多数決によって可決されることも少なくな ぃ。いわんや,国会審議が次の総選挙での政権選択に結びついているとは言いが たい。だが.抽選制市民院が存在すればどうだろうか。衆議院議員は,その審 議を注視している市民院議員を説得しなければならない。そうしなければある 法案を市民院で通過させたり,逆に阻止したりすることはできないからである。

市民院が拒否権を行使するか否かは,衆議院における審議の質にかかっている。

衆議院の審議は,これまで以上に真剣勝負にならざるをえないであろう。

加えて,抽選制市民院の存在は,衆議院議員のリクルートメントにも寄与する であろう。現在,衆議院議員には男性の「世襲議員」や野心家が少なくない。こ うした議員構成上の偏りは,国民代表として致命的である。しかし抽選制市民院 の存在は,こうした議員構成上の偏りを是正してくれるのではないだろうか。抽

(10)

〈特集 1 〉国選挙制と抽選制〔岡崎II阻輝〕

選で選出された市民院議員特にジュニア枠の市民院議員のなかには, 4 年間の 経験を踏まえ,政治をライフワークにすることを志し,任期終了後に衆議院議員

に立候補する者も出てくるだろうからである。

ところで,第二院は「一致すれば無用.反対すれば有害」とされることがある (23) 。たしかに選挙制衆議院と選挙制参議院を前提にすれば,このジレンマを 解消するのは容易ではない。しかし.選挙制衆議院と抽選制市民院であればこ のジレンマを解消することができるであろう。両院が一致すれば.市民感覚のお 墨付きを得られたことを意味し.市民院が反対すれば市民感覚を反映できたこと を意味するからである。ここでは.一致しても有益.反対しても有益ということ になろう。

W おわりに

こうした抽選制市民院の構想にたいしては,激しい拒絶反応が生じるに違いな ぃ。しかし.ヴァン・レイプルックが指摘したように.女性参政権を唱えたジョ

ン・ステュアート・ミルにたいしても激しい拒絶反応が生じたのである (2.1 )。我々 は無自覚のうちに選挙原理主義に陥っているのかもしれない。

しかしそれは,日本国憲法も同じである。周知のように 日本国憲法は「日本 国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」(前文)と規定し,

「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」(第43条第 1 項)

と規定する (25) 。ここに示されているように日本国憲法も,選挙原理主義とい う時代の制約から自由ではない。だとすれば選挙制参議院を抽選制市民院へと 改組するためには,憲法を改正することが欠かせない。憲法学者のなかには憲法 改正に消極的な者も少なくないに違いない。しかし,国民主権,基本的人権の尊 重平和主義という三原則を発展させるために日本国憲法を再解釈し,必要であ れば改正することは日本国民の責任ですらあろう。

ここでネックになるのは,憲法前文である。憲法学の通説は,憲法改正には限 界がありそこには「前文の趣旨」も含まれると解している (26) 。だとすれば「日 本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」という文言を

(23) この言業はシィエスのものであるとされているが出典は不明のようである。只野雅 人「代表における等質性と多様性」(信山社. 2017年) 251 頁。

(24) ヴァン・レイプルック・前掲注 (2) 140頁。

(25) 事情は地方議会の場合も同様である(第93条第 2 項)。

(26) 芦部信喜/高橋和之補訂『憲法〔第 7 版〕』(岩波書店, 2019年) 409-411 頁。

95 

(11)

変更することは許されないのではないか, という疑問が当然生じるであろう。し かし,憲法前文を素直に読めば,「これに反する一切の憲法.法令及び詔勅を排 除する」とする「人類普遍の原理」とは「そもそも国政は.国民の厳粛な信託に よるものであって.その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを 行使し,その福利は国民がこれを享受する」という直前の一文なのではないだろ うか。そうであるとすれば「日本国民は,正当に選挙された国会における代表 者を通じて行動し」とする冒頭の文言を変更することは可能なのではないだろう か。

抽選制議会論は.憲法学にも根源的な挑戦を突きつけている。憲法学者は,抽 選権を求める現代の理論と実践にどのように応答するのであろうか。むろん.賛

..

成する自由もあるし.反対する自由もある。だが.黙殺は無責任でしかない。憲 法学者の応答を期待したい。

* 本稿の一部は, 2018年 10 月 23 日の選挙市民審議会, 2019年 5 月 18 日の九朴l 大学 政治研究会で報告した。

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