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博士論文要約
バングラデシュのガロ社会における社会関係の重層性と女性の生存戦略 上澤伸子
本論の目的は、バングラデシュ中北部の災害常襲地域で暮らす、民族的にも宗教的にも少数 派であるガロと呼ばれる人びと、とりわけ女性が、少数民族としての不利益を解消するために、
いかに複層的な社会関係を使いながら、生活を持続、向上させようとしているか、民族誌的デ ータを用いて明らかにすることにある。
バングラデシュの少数民族に関する既存の研究では、少数民族の社会経済状況を示す際に、
「主流の」人びとよりも「後進的」なために公的支援へのアクセスが制限され、貧困状態から 抜け出せないと説明されてきた。ガロの人びとに関していえば、植民地期に「辺境の民」とみ なされていたことが、地理的・民族的な孤立を想起させ、いまなお周縁的なイメージで語られ ることが多い。しかし、彼女・彼らはもはや「辺境地で昔ながらの焼畑農業を営む未開部族」
ではなく、現代バングラデシュにおいて、農村部では男女ともに水稲栽培で米生産に従事し、
都市部でもさまざまな職業に就いて中・上流層の人びとの生活を下支えし、もしくは自ら、少 なくとも中流の一端を形成している。また、ガロの女性たちは「母系制」や「女性の土地所有」
といったフィルターを通して、ガロ社会において「男性と対等な立場にある」、「自立している」、
「主体性がある」とみなされてきたが、ガロ女性が生活すべての側面でつねに「自己決定権」
をもつわけではなく、歴史的にも女性の置かれた状況は変化している。
本論の問題意識は、ガロの女性たちが、バングラデシュの変容する政治や経済、開発の状況 に身を置きながら、少数民族としての不利益を解消し、生活を持続、向上させるために、いか に国内の法制度や司法機関あるいは行政機関、グローバルなキリスト教組織や開発援助組織、
労働市場などと交渉し、また周囲の人びととつながりながら、どのような場面で「自己決定」
し、複層的な社会関係を活用しているかということにある。
本論は、広義では南アジアにおける「トライブ」研究に位置づけられる。さらに南アジアで も数少ない母系親族集団を扱うため、狭義では母系制研究ともいえる。また、「開発」が潤沢に 存在する現代バングラデシュにおける少数民族の生存戦略を明らかにするため、開発研究の分 析も避けては通れない。しかし、トライブ、母系制、開発、いずれの研究分野においても、そ れぞれの学問領域に固有の固定観念や潜在的な価値観がある。それらに取り込まれないようす るには、現地の人びとの声に立ち戻り、質的な分析を行なうことが重要である。そこで本論は 人類学的な調査を行ない、行為者である女性の側に視点をおきながら記述することを主眼とす る。それによって、ガロ女性に対するステレオタイプな見方を再構成することになると考える。
第1章では、英植民地政府、パキスタン政府、バングラデシュ政府といった一連の政治体制 が、ガロの人びとに対してどのような認識に立ち、少数民族政策を実施していたかを歴史的に
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概観した。英植民地政府はバングラデシュ北部の少数民族集住地域を「部分的除外地域」と定 め、そこに住む少数民族を保護の必要な対象とみなして、土地も法律もベンガル人から分離さ せる保護政策をとった。この政策を推進するために宣教団が誘致され、宣教団は表向き教育・
医療などの社会福祉プログラムを提供する一方で、政府の後押しによって宣教の拡大を図って いた。
政情不安定であったパキスタン政権期には、ガロの人びとは宗教的マイノリティであるヒン ドゥー・ベンガル人とともに、難民となってたびたびインドへ避難した。バングラデシュ独立 後、政府はイスラームを国教としながらも「他の宗教との調和的な実践」を保証したが、民族 的にも宗教的にも「マイノリティ」である少数民族に対して、権利保障の政策を打ち出してい なかった。2011年には憲法改正によって、少数民族の存在が憲法にはじめて明記されるように なった。それにもかかわらず、現在なおヒンドゥーやクリスチャンなどの宗教的マイノリティ の安全はたびたび脅かされている。それに加えて、ガロの人びとの住む中北部国境地帯は、他 地域には発生しない鉄砲水災害に恒常的に見舞われてきたが、政府による洪水予測や対策が遅 れているために貧困が常態化している。このような政府による支援の欠如を補うように複数の NGOが活動していることを概説した。
第2章では、まず調査地域や村内の地理的な概要、および集落の構成、古老から聞いた村の 成り立ちや集落の構成を示した。次に人口構成、教育、生業、宗教、母系的な特徴など、議論 の基盤となるデータをまとめた。
第3章から第5章では、ガロの人びとの生活に影響を及ぼしてきた国家組織、教会組織、開 発援助組織に焦点を当て、土地問題や災害、貧困などの問題に直面したときに、女性たちが、
どのように上記の組織やそれらを支える人びとと交渉して問題を解決しようとしているか、そ こにガロ特有の解決方法があるのかを検討した。まず第3章では、ガロ同士の土地係争におい て、女性とその家族が、司法機関・行政機関といった国家組織を相手に交渉する事例を取りあ げた。ガロ男性の土地所有・相続という父系的な論理によって、ガロ女性の土地所有権が危機 にさらされたときには、女性をつうじて土地を継承するという原則が実態としては脅かされて いるようにみえるが、土地係争をめぐる司法の場においては「母系制」の原則が再編され、土 地を取り戻すことが可能であった。このような「母系制」の原則は、状況に合わせて再編され る流動的で可変的なものであることが明らかになった。また土地問題の解決プロセスにおいて、
女性の交渉力や個人・家族の決定力が強まるにつれ、親族の役割が後退していったこと、それ と同時に、親族の役割の後退が、地方行政の介入やNGOによるサポート体制の強化をもたら していることを示した。
第4章では、教会組織に焦点を当てて事例を検討することによって、ガロ社会ではキリスト 教が他宗教との境界標識として働くだけではなく、ガロ・コミュニティ内部にも教派や男女の 境界をつくり出していることを示した。日常生活でとくに意識されるのは男女の境界である。
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男女の境界を設定し、ジェンダー不平等を生みだす教会に対して、教会の女性リーダーたちは 異議申し立てを行なってきた。
しかし、調査村をみるかぎり、「ふつうの」女性信徒は教会のジェンダー問題に関心が低く、
個々の女性により、教会に期待する機能がそれぞれに異なっている。たとえば、働き盛りの女 性は、少なくとも定期的な献金と年2回以上の礼拝参加をすることによって、災害時の安否確 認といった教会の役割に期待し、各教派コミュニティへの帰属意識を維持している。また、高 齢女性にとって教会は社交場であり、心のよりどころである。子育てを終え、時間的にも体力 的にも家計にも余裕のある中年女性は、教会が自己実現の場になっていた。興味深いことに、
女性信徒よりもかえって「ふつうの」男性信徒が、教会上層部への女性の進出に好意的な意見 をもっていることが判明した。いずれの境界も、教会組織の発展に重要な役割を果たす宣教師、
牧師、教会上層部がつくり出しているものであった。
第5章ではNGOが組織する女性グループをとりあげ、各NGOの特徴や女性グループの競 合状況を示したのち、ガロ女性によるグループのさまざまな「利用」の仕方を記述した。NGO スタッフとガロ女性の語りを重ね合わせることによって、小規模融資の回収に関して、NGO支 部長の言葉とフィールドワーカーの行為との間に乖離があることや、支部長の評価とガロ女性 の返済状況との間の矛盾があることが明らかになった。加えて、NGO が融資を回収する際の
「合理的な」やり方に対して、ガロ女性たちはNGOの意図を正確に把握し、ガロらしい創意 のある方法で対処していることを示した。
ガロ女性のNGOへの関与を分析した結果、以下の2点が明らかになった。第1に、母系社 会であることがグループ編成に影響していることである。ガロの女性たちは、生涯にわたって 同じ村に住むことが多いため、祖母、母、姉、叔母とグループを組む。また、親族ではないと しても、幼なじみや学校の同級生、教会の仲閒や、農業の雇用関係にある者同士など、何らか のつながりのある人とともに会員になる。しかし、それらは固定されたものではなく、経済的 要因を含むさまざまな要因によって、ときには人が入れ替わり、不活発にもなり、消滅するこ ともあれば、再結成されることもある、柔軟で流動的な集まりなのである。
第2に、NGO女性グループへのガロ女性の「関与」も「非関与」も、ある程度生活の状況 に合わせて自分で選択し、決定していること、それがガロ女性の戦略であることである。支援 が飽和状態に達している調査村において、高所得層の女性と低所得層の女性では、NGOの「利 用」の仕方が異なっていた。とりわけ注目すべきなのは、低所得層のなかでも、貧困に加えて、
別の困難な状況を複合的に抱える女性である。彼女たちはグループに加入していても金融サー ビスを利用せずに、社会福祉サービスや災害支援を受けていた。また低所得・高所得にかかわ らず、NGO のグループへの加入自体を拒むといった非関与の例もあった。このような加入し ていても融資を受けていない女性や、グループに非加入の女性は、NGO の思惑から外れたと ころで活動しており、そこにとりわけ女性の戦略があることを示した。
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つづく第6章と第7章では、個々の女性の生活や人生のなかで、女性たちが他の人びととつ ながりながら、どのようにそれぞれの抱える問題を解決しているかを、母娘間と姉妹間の継承 と変化に着目して記述した。第6章では、調査村の経済的特徴がもっとも顕著に表れている土 地もちの給与世帯と、土地なしの日雇い農民世帯の事例をとりあげて、母娘の継承という観点 から分析した。女性たちのライフコースをみていくと、社会関係の選択や活用の仕方は社会階 層や世代によって異なることが判明した。余剰資産の乏しい土地なしの日雇い農民は、洪水を はじめとしてリスクに対処するためにさまざまな生活の「技」を身につけ、その時々の状況に 応じて社会関係を選択して、問題を解決し、母世代はそれらの「技」を次世代に継承していた。
土地を所有し、なおかつ給与所得のある世帯についていえば、母娘ともに農民の場合は農業経 営のノウハウを継承していたが、母が農民で娘がNGO勤務の場合は価値観の相違がみられた。
第6章の事例では、男性が女性の資源(所有地や小規模融資)を間接的に利用することによ って、男性も就労の幅が広がり選択肢が増えたと同時に、男性の生活戦略がガロ母系社会全体 を活性化させている可能性がみてとれた。
第7章では、ガロ女性の都市就労に関して、ガロの人びとを「マイノリティ」たらしめてい る「ガロであること」「クリスチャンであること」がかえって有利に働いて、美容師、家事使用 人、看護師という安定した職業への就労につながっていることや、それらの就労が再度、民族 性や宗教性と結びついて社会的な「周縁性」を固定化する可能性も否定できないことを示した。
さらに、農村と都市のつながりについていえば、出稼ぎ女性は都市で働くことによって母系社 会から断絶されるのではなく、上記の就労ポストで得た資金によって、農村の母系親族に仕送 りをする、あるいは姉妹の姪を引き取る、村のイベントを支援するといった形で、農村の母系 社会との関係を維持していることが明らかになった。最後に、ガロ女性の都市就労は両義性を 含む三者択一の「制限内の選択」ではあるが、同時に低所得層出身のガロ女性にとって村に送 金できる貴重な資源となること、家族の生計を維持するために母と娘が農村と都市をつないで いることを示した。
結論は以下のとおりである。少数民族は貧しく、無力で、後進的であるという理由から「周 縁性」が強調され保護的な扱いを受ける一方で、蔑視の対象にもなってきた。本研究で明らか になったことは、少数民族によっては、外部からの「周縁的な人びと」というイメージと実態 とが乖離している場合があり、少数民族のなかにも経済的格差がみられるということである。
ガロの人びとの場合、低所得層出身の女性は文字どおりの「周縁的な人びと」であり、司法・
行政機関やキリスト教組織、開発援助組織から支援を受けていた。一方、高所得層出身の女性 は、平均以上の教育を受け定期給与のある職業を得て、社会経済的な地位の上昇を目指してい るにもかかわらず、少数民族に付与された「周縁性」という他者表象を積極的に肯定して支援 を得ていた。
国家組織や教会組織、開発援助組織は本質主義な立場をとって、ガロの人びとを「周縁的な 人びと」とみなして、ひとくくりに少数民族のカテゴリーに含めて支援をしてきた。また、「ト
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ライブ」研究者は構築主義的な立場から、「トライブ」を構築されたものとしてみなしている。
しかし、当のガロ女性たちは困難な状況に陥ったときに、自らを「周縁的な少数民族である」
と認め、戦略的に本質主義的な立場を帯びることによって、国内の司法機関や行政機関、国内 外のキリスト教組織、開発援助組織から支援を引き出してきたのである。これがガロ女性の生 存戦略である。ただし、第7章でも示したように、ガロ女性が自らの「周縁性」を認めること によって、社会的な「周縁性」を固定化する可能性も否定できない。
これらの生存戦略を支える原動力が、ガロ女性の「自己決定権」と重層的な社会関係である。
既存の研究では「母系制」というフィルターを通して、ガロ女性が「自己決定権」をもつとい う前提のもとで議論が展開されてきた。本論からみえてきたのは、ガロ社会では、土地所有権 の保持、教会活動、NGO活動、災害対応など、女性が生活のなかで自己決定を下す機会が多く あり、これらの諸活動が、ガロ女性の自己決定力をつちかってきたことである。もう1つ重要 な点は、物事に挑戦して失敗したときのセーフティネットがあるということである。セーフテ ィネットとはつまり本論で述べてきた親族や教会、NGO などの重層的な社会関係である。ガ ロ女性は、戦争や暴動、自然災害、土地問題などに起因するさまざまなリスクに対応するため に、ガロ社会の縦横に張り巡らされた関係を活用してきた。複層的な社会関係を活用する行為 そのものが、ガロ女性の「自己決定権」を発動させているのである。
本論では、「ふつうの」女性たちの声を拾い上げるために、つねに戻るべき指標として、セル トーの、ものを利用する(むしろ再利用する)「操作」を念頭に置いて考察してきた。権力の反 対側にあるガロ女性に、この「利用法」をあてはめてみると、彼女たちの生の姿がわずかでも 浮かび上がってきた。ガロ女性たちは、民族的・宗教的な少数派として、災害が多い地域であ っても生きていかなければならず、なにかと規則を押しつけてくる国家組織や教会、NGO と 折り合いをつけながら、少数民族に付与された「周縁性」を自ら肯定することによって支援を 取りつけ、「なんとかやってゆく」術を駆使してきたのである。
残された課題はおもに2点ある。本論は、女性の生存戦略に焦点を当てたため、男性の生存 戦略に関しては分析が限定的なものにならざるを得なかった。第6章で生業をめぐる家族や親 族内の関係や駆け引きはある程度提示できたが、男性がどのような日常生活を送り、どのよう な個人的な関係を築いているか、ガロ社会の母系的特徴に対してどのような感情を抱いている かについては考察の余地が残されている。また、バングラデシュという国民国家における少数 民族の位置づけは、とくにガロという1つの民族に限ってではあるが、ある程度明確になった が、主としてガロ・コミュニティに限定して調査・分析を行なったために、地域のベンガル人 コミュニティからどのようなまなざしで見られているかといった点は、明らかにすることがで きなかった。これについても、今後の課題としたい。