第 170 回定期講演会 講演録 日時:平成 25 年 4 月 19 日(⾦)
会場:東海大学校友会館
「中古住宅流通の活性と担い⼿」
明海大学 不動産学部 教授 中城 康彦
高いところから失礼いたします。会場には、諸 先輩方が多くいらっしゃっておられまして大変緊 張をしております。僭越ではございますが、課題 に従いまして、私のまとめてきたことをお話し申 し上げたいと思います。これだけ多くの専門の 方々がお集まりですので、話題提供と捉えていた だき、その後一緒にお考えいただくようなスタイ ルにさせていただければと思います。よろしくお 願いいたします。
今日、ご紹介させていただこうと思っている内 容は大きく四つでございます。はじめに、中古住 宅の価値とは何かということを一緒にお考えいた だきたいと思っております。次に中古住宅の評価 について考えてみたいと思います。3 点目は、契約 について、4 点目は不動産の教育についてです。限 られた時間で、それぞれが大きなテーマでありま すから、表面的な話になろうかとは思います。し かし、各論を掘り下げることはもちろん大事です けれども、今、国をあげて大きな課題になってお ります中古住宅流通の活性、活用というものは、
どこかだけが突出しても、なかなか実現化は難し いですから、ある程度の全体感を持って進めない といけないと思っております。今日は 4 点につい て一緒にお考えいただければと思っております。
1. 価値はつくれる
まず 1 点目は中古住宅の価値であります。価値 はつくられる、つくれる、つくるものである、と いう観点からお考えいただきたいと思います。人 生でもそうです。今までも良かったし、これから はもっと良い。こういう人生が幸せな人生であり まして、不動産も若いときは良いけども古くなっ
たら価値がないということではなくて、人生にな ぞらえる形で中古住宅というものを愛でる、大事 にする、そういう気持ちから変えていく必要があ るのではないかと思っております。この点につき ましては、イギリスの住宅のコンバージョン、エ リアマネジメントをご紹介させていただきたいと 思います。次に、「どうせ 20 年しかもたない、安 普請だから仕方ない」ということではなく、段々 本物にしていくというのが本質的な考え方ではな いかということで、アメリカのプロパティマネジ メントをご紹介させていただきます。
これはロンドンのテムズ川沿いの昔の倉庫を用 途転用して分譲マンションにしたものです(講演 資料「新旧・材料デザインの調和」)。以前は船が 物流のメインでしたので、テムズ川という非常に 大きな川に船を行き来させて国際的な貿易を行っ ており、その荷揚げのための倉庫は物流の一等地 としての川沿いにありましたが、現在の物流は飛 行機やトラック等が主流になっておりますので、
川沿いの倉庫というのは、およそ倉庫としての用 はなしません。それをクラシカルなレンガを残し たまま、モダニズムのガラスのバルコニーを非常 に軽い感じで外付けして、新旧の材料やデザイン の対比により、アッと思わせる演出をしています。
写真では見えにくいのですが、こういう時の常と して、ペントハウスの部分のデザインを少し変え ます。人間で言いますと、髪型を変えれば随分感 じが変わるわけでありまして、少しフォーマルな 形のマンションにしようか、少しカジュアルなも のにしようかというのを、いわばヘアスタイルで 変えるわけです。価値を高めるという一つのツー ルになっています。
この写真はもっとドキッとします(講演資料「形 を残して忘れない」)。クレーンを残したまま、
いかにも倉庫という状態で分譲マンションにして います。今は使われていないですし、少し怖いで すから、取っ払った方が良いのだろうと思うので すが、そこに形を残すことで、希少性を演出して います。そういう価値のつくり方です。
これは、コンバーテッド・フラットの日本で言 う定礎に当たる部分です(講演資料「記録にとど めて伝える」)。この建物はリステッド・ビルデ ィング、つまり、登録建築物です。「以前は倉庫 であったものを現在は住宅用に用途転用したもの である、ドックランズにある」というようなこと を記録に留めて念押しをしております。日本は「水 に流して忘れる」ということが美風であり、それ が世の中をうまくやっていく方法というところが ありますが、海外の都市を旅して思うのは、過去 に起きたことを決して忘れないためにモニュメン トを大変重要視しています。それから、記念日も 大変重要視します。不動産についてもそういった ことが見受けられまして、それを価値に変えてい るわけです。
これは、ブリテン島中央部のソルティアと言わ れる世界遺産に登録されている街ですが、産業革 命で栄えた頃の工業地帯です(講演資料「産業遺 構を“現役” にカムバックさせる」)。ちょうど 今工事中ですが、その工場を分譲マンションに現 役復活させています。明らかに価値を失った何世 紀も前の建物に、もう一度価値を吹き込むという ことで、それに賛同する投資家や居住者が多数お り、そこに追加投資します。中央部は以前教会だ ったものが、レストランになろうとしています。
これは、必ずしも古くはないのですが、ロンド ンのテムズ川沿いのマンションです(講演資料「地 域に貢献して価値を創りだす-1」)。ロンドンに してもパリにしても、都心部の大きな川の両岸に 遊歩道があります。誰でも朝早くから使うことが でき、夜はデートすることもできます。都市の魅 力を作り出す大きな要素で、観光客も来ます。イ ギリスの住宅は決して広くないのですが、個々の 住宅が広くなくても遊歩道に出れば気分転換がで き、居住者にとっても価値を高める一つのエレメ ントであるわけです。遊歩道ですから、連続して いないと意味がありません。個々の所有者が敷地 一杯に建物を建ててしまいますと、遊歩道はそこ
で分断されてしまいます。ここで行われているの は、民有地の一部ではあるが、遊歩道のために公 開する方法です。正に自分の敷地ではあるが、最 大多数の最大幸福のために、1 階部分の占有をやめ ることで、遊歩道がつながっていくわけです。つ まり、価値をつくるというのは、個々の頑張りは もちろん大事であるけれども、個々の頑張りには 限界がありますし、逆に、個々が頑張り過ぎると、
全体の価値、少し工夫すればつくり得る価値が遮 断してしまうこともあります。これからは時間と いう概念と併せて、地域やエリアで相互に補完し 合いながら価値をつくり出していくという必要性 が益々強まってきます。そういうことを実現する 地域なり建物は、価値を失わない一方で、従来通 りに排他的に使い続けると、これから求められる
「ゆとり」というニーズに対応しきれない側面が 出てくるのではないか思います。今日は中古住宅 の話でございますが、あまり敷地内の建物だけに 突っ込みすぎると、全体の価値が見え難くなるの ではないかと思い紹介させていただきました。
これも同じく倉庫をコンバージョンして分譲マ ンションにしたものです(講演資料「地域に貢献 して価値を創りだす-2」)。一部はアフォーダブ ルハウジングで、家賃の安い賃貸住宅も入ってい ます。この建物は、有名な OXO タワーですが、延 べ面積を増やすことが認められなかったものです から、元々倉庫だった一番上のレンガの作りの部 分を壊して、モダニズムのガラスと鉄の軽いもの に変えて、ペントハウスの演出をしています。そ こは住宅ではなくてレストランにしています。こ のビルで注目すべき点は、実はその点ではなくて、
それ以外に二つあります。まず一つは、遊歩道で す。このビルは先ほどのマンションの対岸にあり ます。物流の一等地ですから、船を付けてクレー ンで揚げ荷しやすいように川岸一杯に建物が建っ ています。そうすると遊歩道は付けようがありま せんが、この建物は倉庫をコンバートする際に、2 階まで抜いて遊歩道を連続しました。すると人通 りが多くなりますから、この遊歩道沿いの部分に ついては、店舗立地が可能となります。商業立地 を自分でつくり出したという意味で価値をつくり 出しました。これは大変有名なプロジェクトとな りました。この後ろ一帯の開発の一つの種地開発 として、この地域ではこういう再開発が行われる という先行的なモデルとして社会にアピールし、
プロジェクト全体の価値を上げて、そして投資家 を呼び込むきっかけとなったプロジェクトです。
景観的にも相応のレベルがあると思います。
一つ前の写真に戻りますけれども、例えばこう いうものも日本でもやろうと思えばできると思い ます。公法であれば壁面線の指定をすればよいで すし、私法であれば、地役権なり区分地上権が使 えます。やろうと思えばできるメニューは持って いるのですが、なかなか実際に使われることがな いように思います。
そういう意味では、価値をつくり出す知恵とい うものを出さなければいけないと思います。日本 にはないもの、足りないものもあるのでしょうけ れども、あれがないこれがないと言うのでなく、
一番求められているものは、知恵を出してやり繰 りするということではないかと思います。
次は、PRE(パブリック・リアル・エステイト)
の例です。先頃亡くなられましたけども、サッチ ャーさんが、イギリス病と言われていたイギリス を相当大幅な改革をして救ったわけですが、その 中の一つに、公共用の不動産を民間に売却して再 利用するということがありました。その時の一つ の例でありますが、これは元々、国内的な警察組 織の本庁だったビルを民間に売却して分譲マンシ ョンにコンバージョンしたものです(講演資料
「PRE で価値を生み出す」)。デザイン的にも悪く ないです。ペントハウスが増設されていますが、
非常に価値が高いです。階層別効用比でいきます と、中間階の倍の 200%くらいで売却できますので、
その辺りを見越して増床しても良いという条件で 払い下げています。民間活力を使うのは、ただ、
現状あるビルをいくらで売るかというだけの話で はなくて、例えば後ろにアフォーダブルハウジン グを備えているのですけれど、それと引き替えに 増床を認める「アメとムチ」で開発利益を出して、
そして民間事業者の投資を実現させるというよう な色々な仕組みの中で価値を高める工夫が行われ てきたわけです。
これはレッチワースという街です(講演資料「農 業用施設を残す」)。建築や都市の勉強をされた 方は必ず学ばれたと思います。日本でも田園調布 はじめ、色々なところにあるニュータウンの教科 書になった街です。世界で初めてのガーデンシテ ィ、田園都市のレッチワースです。産業革命で世 界の一等国になったわけですけれども、当時の労
働者には車もありませんから歩いて通うしかない ということで、工場も大勢の人が住んでいるとこ ろに立地せざるを得ないという事情がありました。
ロンドンの周辺部というのは、大変多くの工場が 立地をして、そこに沢山の労働者が、それこそ地 下室に重なるように居住していましたが、劣悪な 環境を何とかしなければいけないということで、
ハワードという人が、人口 3 万人程度で、職住近 接で、そしてグリーンベルトに囲まれた健康な都 市、都市と農村の良いところを合体したような街 を作ろうと提案して実現した第一号です。これは、
そのグリーンベルトのちょうど端と言いますか、
宅地部分と農地の境にある農家住宅だったもので、
黒い建物は馬小屋でした。ご案内の通り、農業と いうのはどこでもなかなか大変です。イギリスは 所得保障をしていますけれども、農業の後継者は 多くはありません。大変な人気がある街ですから、
解体して開発することを許可すれば、あっという 間に相当高い住宅地になるところですが、それを 認めずに、農業用地、馬小屋のまま残して、高齢 者施設に転用しました。街並やグリーンベルトを 守るというコンセプトは外さないで維持されてい ます。
これはその建物の通りの内側です(講演資料「高 齢者が共感する時間と空間」)。相当経っていま すし、馬小屋ですからいかにも安普請なわけです。
既存ストックと言えるかどうかも分からないほど 物としては劣悪です。しかし、そこは色々デザイ ンを工夫しています。まず何よりも高齢者施設で すから、高齢者が新築のステンレスでかこまれた ピカピカのところに住んでも、それでは落ち着か ない。自分達が 60、70、80 年過ごしてきたのと同 じような時間を経た、言ってみれば時間を共有で きるようなところに、自分が住みたい空間ができ れば、そこに高齢者という一つのセグメントされ た市場がフィットして、そして価値が出てきます。
ここを全部撤去して、一般の世帯向けの開発にす るという選択肢はもちろんあるのでしょうけれど も、そうすることがエリア一帯にとってはたして 良いことなのかということです。日本でも高齢者 の居住の問題が大きくなってきていますが、一つ の参考になるのではないかと考えています。いず れにいたしましても、経過した時間があるからこ そ新しい価値が出てくるという考え方であります。
次はイギリスでのケンブリッジの街です。セミ
デタッチハウスについて少しご紹介をして、建物 と地域というようなことについて考えていただき たいと思います。これは配置図です(講演資料
「Semi Detached House の配置」)。セミデタッチ ハウスというのは、2 戸建て住宅です。建築的には 1 棟でできています。これは裏庭です(講演資料
「Semi Detached House の後庭」)。1950 年代の 住宅ですから、不動産の世界では「注意せよ」と 言われています。戦後、大量に供給された物であ り、当時の工業化された製品であって急いで沢山 作ったものであるから、あまり品質は良くないの で買うときには「注意せよ」と言われています。
確かに、味わいを感じさせるようなものにはなっ ていません。このようなエレベーションで煙突が あります(講演資料「Semi Detached House の立面 図」)。現在でも煙突が残っている建物には実は 価値があります。同じ建物でも煙突がないと、偽 物という感じで安い評価を受けてしまう風土があ ります。2 戸建て住宅ですから 1 棟について二人の 所有者がいます。日本と同じように、世帯の小規 模化が進んでいます。言い方を変えると、一人、
二人で過ごす時間が長くなっています。晩婚化と なれば結婚するまで一人で過ごす時間が長いです し、長寿命化して夫婦のうちのどちらかが先に亡 くなると、老後を一人で過ごす時間が長くなりま す。住宅のニーズはそういう世帯の小規模化に対 応したものが求められる傾向があります。そうし たときに、我が国ですと、建物を壊して敷地を細 分化して、いわゆる「ミニ開発」によって新しい ニーズに対応するということがよく行われるかと 思います。しかし、このケースでは 2 戸建ての建 物を壊すのではなくて、例えば、大きすぎるとい うのであれば 1 軒を上下に分けて二つの住居にす るなどしています。ここに色々な組み合わせがあ りますが、元々の二つの所有権あるいは利用区分 を、外側は変えることなく中で区切ります(講演 資料「Semi Detached House の継続利用」)。そう いう意味では、日本でいうところの区分所有権の ようになってくるわけですが、利用区分を変える ことによって社会的なニーズに対応するわけです。
しかし、建物、外観からはそれは基本的に分かり ませんので、街並は守られます。したがって、古 い建物が並ぶ街並みが残ります。単純に昔と同じ 土地に、同じスタイルで、同じ権利関係、あるい は利用区分で建っているわけではなくて、変容に
対応しながら色々な工夫がされているが、しかし、
より重視するところとして、街並は段々熟成する 方向で価値を高めるということを基本に据えてい ると言えます。
これは建物の内部です(講演資料「Semi Detached House の内部」)。先ほどの煙突の下の暖炉ですが、
現在は基本的に使用禁止です。換気の機能はあり ます。暖房はガスボイラーで湧かしたお湯を循環 させてヒーターから放熱させています。中身につ いては、技術の進展を取り込み近代化しています。
そのような改修工事は個人のオーナーがするわけ ですが、こういうことが大事だということになる と、行政、国が徹底的に支援をします。暖炉は危 ないから使用を禁止して、代わりにガスボイラー 使用するということになると、それに対して相当 大きな支援をします。併せて断熱の工事等につい ても相当の支援をします。行政もしっかり方向を 導き、フォローもしています。
ところで、これは先ほどのレッチワースの中心 部の住宅です(講演資料「時の経過が価値を高め る-住環境の成熟」)。1902 年くらいから開発が始 まっていますから、百年以上経っています。この 住宅もほぼ百年経っています。木造の住宅ですか ら、当然劣化はしていますし、昨今の我が国のよ うな非常に高い性能を持っている建物と比べます と、建物単体の性能といえばやはり見劣りをする ところはあると思いますけれども、それに反比例 する形で大きく茂った木々が住環境を熟成してい て、劣化する建物の価値を補って余りある価値を 住宅に付与しています。当然このような大きな木 が生えていますと、枯れてしまう枝が出てきたり、
大きな木の実が落ちて車に傷が付いたり、場合に よっては歩行者に当たってしまうというようなこ ともあるわけです。しかし、このエリア一帯は、
そういうデメリットがあるにせよ、大きな木が生 えている価値を共有する人々が住んでいる住宅地 です。言い換えると、もしこの住宅地で住宅を買 う場合に、突然ある住宅が木を切って何もない砂 利敷きにしてしまうとか、あるいは突然建物をモ ダニズムの陸屋根の建物にしてしまうということ はほぼ間違いなくないであろうと、100%保証され るものではないにしても、将来に渡るこの住宅、
住宅地の姿というのが、買う人にとって相当程度 確信を持って予測できる。このため、いくらの価 値があるかという判断についても、かなり突っ込
んで値踏みをすることができていると思います。
この住宅は 120〜30 年経っています(講演資料
「時の経過とともに価値を高める-前庭の管理」)。
リバプールの周辺のポートサンライトという街の 住宅です。120 年経った木造の住宅が現役で使われ ています。リバプール周辺ですから、エリア的に は余り優れません。周辺の住宅地は買い手が付か ず、価格が冴えないところですが、ポートサンラ イトの住宅地は大変な人気で価格も高い。先ほど のレッチワースもそうですけれども、地域全体を マネジメントする会社が付いています。例えば、
日本でもゴルフ場には必ずグリーンキーパーのよ うな人達がいて、ゴルフ場を手入れしていますけ れども、グリーンの手入れという局面で言えば、
ゴルフ場と同じようにマネジメント会社が住宅地 全体の手入れを担っています。先ほどのレッチワ ースでは、前庭は基本的に自分のものですから自 分の好きな木を植えますが、このポートサンライ トは違っていて、前庭は個人のものですが、管理 は全部管理会社が行っています。別荘地の中に建 っているような統一的な外観の住宅地に見えるの は、私有部分も含めて街の景観をつくるために、
ここはポイントだという思う部分については、地 域の管理会社が統一的に管理を行っており、それ によって価値が生まれています。床が傾いていた り、桁が波打っていたりしても、他には代え難い 魅力があるということです。以上が、簡単ではご ざいますが、イギリスの住宅地のエリアマネジメ ントの話でありました。
次は、アメリカのプロパティマネジメントの一 端をご紹介したいと思います。これは、ツーバイ フォーの木造の賃貸住宅です(講演資料「“安普 請” の木造アパート - 外観」)。はっきり言っ て安普請です。何の変哲もありません。床も木で すから、上の人が歩いたら、ミシミシ音がします。
ハード的にはそういった賃貸住宅です。これはエ ントランスのキャノピーです(講演資料「エント ランスのキャノピー」)。これが入ったところの エントランスホールです(講演資料「エントラン スホールの空間」)。必ずしも広いとは言えませ んが、エントランスホールがあります。まず、物 的な空間があります。さらにそれに加えて、その エントランスホールでサービスが提供されていま す。何の変哲もないコーヒーポットがあります(講 演資料「エントランスホールのサービス」)。そ
してその横に、サンドウィッチ、ビスケット、ス ナック等が置かれます。このように、賃貸アパー トのエントランスホールに、毎朝管理会社がコー ヒーやスナックをサービスしています。朝の出勤 時間に遅れそうだと、ご飯を食べる間もなく階段 を駆け下りて出かけていくようなときに、エント ランスホールにコーヒーがあってビスケットがあ れば、少しそれをかじってコーヒーを一杯飲んで ということができるわけで、そういうサービスが あるアパートとそうではないアパートでは、やは り居住者満足が違ってきます。これは必ずしも本 日の話題ではないのですが、物だけに頼るのでは なくて、先ほどのイギリスで言えばエリアマネジ メントも広い意味でのサービスですし、アメリカ のこのプロパティマネジメントの例もそうですが、
実は、居住者満足の相当部分というのはソフトの 提供によるものです。また、建物は安普請ですけ れども、それを補う外部空間の豊かさがあり、古 く、そして段々劣化していく住宅の価値を補って います。ここはロサンゼルス郊外のサンタモニカ ですから、この中庭がアスファルトの舗装だった り砂利敷きだったりすると、大変暑いです。水を 使ったり、緑を植えたり色々なことをしています
(講演資料「“安普請” を補う外部空間の饒舌」)。
成長する緑が価値を生むということを示している と思います。どうしても管理にお金がかかるとか、
面倒くさいということで、ついついアスファルト 舗装にしがちですけれど、そうではなくて、緑を 大きくする、つまり時間が経っているほど価値が あるというコンセンサスがあり、それを建物の価 値の維持にもうまく使い込んでいくということが されています。アメリカやイギリスでは、古い建 物に価値があり、流通されているという事実があ りますけれども、それは何も建物単体だけの価値 で取引されてわけではなくて、明らかに劣化せざ るを得ない、“物の価値”を補う色々な仕組みが あり、中古の建物も高い価値で取引をされている という側面があると思います。
緑の管理というのはそれなりにお金がかかるの ですが、それも含めて自然に大きくなっていくも のに任せるだけではなくて、恒常的な追加投資と いうのは行われています。例えば、これは廻縁で す(講演資料「木の廻縁を追加」)。最初に建て る時は、ご覧いただいたような安普請ですから、
内装にしても壁と天井にそれぞれペンキをローラ
ーで塗るだけで、見切りの角のところに廻縁はあ りません。ペンキの塗り分けです。しかし、次に 追加投資するときは、そこに木の廻縁をつけて、
重厚さを出しています。廻縁がなく、いかにも安 普請だったところに、次に追加投資するときには グレードアップして、より本物に近づけて、現地 見学に来た人には、この建物は結構グレードが高 いと思って貰えるような演出をしています。カウ ンターは本物の御影石に換えるとか、無垢材を使 ったキッチンの吊り戸棚に交換して、消費者サイ ドから価値の上昇を認識させるような追加投資が されています。そういった行為は恒常的にされて いまして、実際にビルメンテナンスの要員が常駐 していることが多いです。そのための用品も常備 していて、ちょっとした傷などを常駐のビルメン テナンス要員が直していくことで価値を失わない ようにしています。
アメリカの賃貸では、所有者と利用者の間の客 付けはリーシング会社が行いますが、それとは別 にマネジメント会社があって、アセットマネージ ャーを中心にして、戦略を立て、戦略の実行はプ ロパティマネージャーがするという、縦のライン がしっかりしています。こういうマネジメント会 社が存在することによって、住宅なり住宅地の価 値が維持されているという側面があると思います。
2. 評価の考え方
次に、評価をどう考えるかということについて 一緒にお考えいただきたいと思います。
建物価格評価の呪縛を何とか解きたいという思 いがあります。ご案内の通り、画一的な定額法、
つまり企業会計の減価償却の考えにほぼ沿った形 での価格減衰直線があります。そういったものは 課税の公平さ、あるいは誰が評価しても同じ答え が出るという課税の割り切りという意味では大事 でしょうけれども、1 千万、2 千万という非常に価 値のあるものに画一的な価格減衰直線にそのまま 当てはめると、先ほど紹介したような一生懸命メ ンテナンスをしている人も、そうでない人も違い を認めないと評価することであり不動産の専門の フィールドとしては適切でないと思っております。
今までは画一的で便宜的な方法でも良かったとし ても、これからは個別的・包括的な方法に変えて いかなければいけないと思います。
価値というのは色々な側面がありまして、なか
なか割り切れるものではありません。普遍的な価 値もあれば個人的な思い入れもあります。あるい は精神的なもの等の色々な側面があり、なかなか 論ずることが難しいのですが、今日は少し割り切 ったところ、中心の部分だけを抽出して、鑑定評 価の 3 方式と言われるものと、中古住宅の価格の 関係についてお考えいただきたいと思います。
ものの価格には三面性、三つの側面があると言 われています。一つはコストアプローチです。も のには作るための費用がかかりますから、その費 用相当の価値があるであろうという考えです。求 める価格は積算価格と言いますが、中古住宅の価 格を直接求めることはできませんので、一度新築 することを想定して、経年減価します。式として は「再調達原価-減価修正」となります。コスト に注目しますから、言ってみれば、供給側のプロ セスを反映しているという側面があります。
二つ目は、インカムアプローチです。収益価格 は「将来純収益の現在価値の総和」と定義をされ ています。中古住宅の建物だけの価格を直接求め ることはできませんが、この定義に従い計算しま すと、土地建物の価格が出ますので、それから土 地価格を引くというプロセスが必要になって参り ます。自分の住宅に収益性はなじまないという感 覚がありますが、自用の建物についても賃貸する ことを想定して適応するように考えるのが鑑定評 価の基本的な指針です。
三つ目がマーケットアプローチです。需給の均 衡価格、つまり、売り手と買い手が合意したマー ケットで成立した価格に注目します。比準価格と 言いますが、実際に取引された価格に必要な補修 正を行って求めます。しかし、この場合も実際は 中古の建物だけの価格を直接求めることは困難で す。したがって、土地建物について比準価格を求 めた後で土地価格を引くというプロセスを経ざる を得ないと思います。
ところで、日本の不動産価格の特性として、土 地と建物を別々の不動産として扱うという法律の 前提があります。土地も一つの所有権があるし、
建物にも一つの所有権がある。所有権があるから にはそれぞれ土地価格と建物価格があり、合計し たものが不動産価格であるという発想です。そう いうことを常識として私たちは価格を論じます。
その際、土地価格が重要であると考えられてきま したので、土地建物価格から建物価格を引いて、
土地価格を出すことが行われて来ています。その 時に建物価格は、建設費から求めることができる と考えて、既知であるとしてきたわけです。逆に 言うと、どこかを既知にしないと、知りたいもの が出ませんので、土地の価格が知りたいと言うこ とであれば、建物価格を既知とせざるを得ません。
そこに企業会計の定額法なり定率法の価格式があ り、それらを参考にしながら扱ってきたわけです。
手入れされた外構や植栽の緑というのは形があ り、明らかに価値があります。しかし、それらの 価値は土地や建物の価値ではないので、行き先が ないわけです。さらに、先ほどレッチワースでご 紹介させていただきましたように、緑を大事に守 りながらそのエリアに住んでいる人達は、将来も 今の状況が劇的に悪くなることはないだろうとい う共通の意識があります。そういうコミュニティ なわけです。こられは無形でありますから、価値 すら認めないということになってしまいます。微 分的、あるいは引き算的な方法で計算をせざるを 得なかったわけですが、建物価格は所与でそれ以 上でも以下でもないとして、思考停止を繰り返し てきたといえます。
英米では建物は土地の一部と捉えられます。建 物独自の所有権という概念はありません。土地所 有権の一部です。気を付けなければならないのが、
ランド・バリューを、つい土地価格と訳しますが、
実は、土地建物価格のことを指すことが多です。
したがって、英語の文章を訳すときには、ランド・
バリューというのを単純に土地価格と訳すと、大 きな間違いをしてしまうことがあるので注意した いところです。土地建物価格、不動産価格と訳さ ないと誤訳になるケースもありますので注意をし ています。建物独自の所有権はありませんので、
建物独自の価格を考える必要はありません。そう なりますと、不動産全体のコンディションが大事 になります。建物、敷地、外構、植栽を問わず、
とにかく良い物は全て価格に上乗せできるという 価格評価になります。利用、管理、コミュニティ 等も全て排除することなく盛り込むことができま す。つまり、積分的、足し算的な価格論です。足 し算的な価格論が良いかどうか分かりませんが、
我が国において中古住宅の価格がなかなか付かな い時、外国との違いの一つはここにあると思いま す。例えば、修繕というのは足し算ですが、それ をどう足し算的に価格論に持ち込んで行くのか、
さらに、国民全般にそれが正しいことだという教 育をいかにしていくのかということを考えていく ことも一つの論点ではないかと思います。
そういう意味で、住宅や住宅地の価格は、今日 の価格を付けるのですけれども、その価格には将 来の予見性が影響しています。今日の価格という のは、建物所有権の価格です。日本では、この辺 りを主として値付けをしてきましたけれども、先 ほどのアメリカ、イギリスの例や、日本でも御屋 敷街の価値が高いということを考えてみれば、単 に所有権そのものに価格が付いているわけではな く、敷地やその周囲の利用や管理の在り方も大切 で、評価の軸が多軸化してきていると思います。
今後さらにそうなると思います。これまで、不動 産の専門家はあえてそれらを無視することで、簡 便化して、自分たちの正当性を保ってきたという 側面もあるのかもしれません。
空間についてですが、よく地区計画が係ってい るところの価値が高い、もしくは低いというよう な話があります。可変性があることが良いという ことで、地区計画はない方が良いという論者や、
一方で、何でも認められる日本の仕組みこそ問題 であって、ある程度のルールに従うことが大事で あり、変わらない部分があること大事だという反 対論者がおり、なかなか折り合いがつきません。
どちらが断定的に正しいということはないと思い ますが、いずれにしても、将来的にどんなものに なるかという予見性が価値に影響すると思います。
特に最近は人口も減ってきていますので、物が余 っています。つまり買い手市場です。今までは買 おうと思ったら、出た物を買うしかなかったわけ ですが、これからは、利用、管理、将来の予見性 等も含めて、消費者が潜在的に意識していること を購入判断に採ることを許す、そういうマーケッ トになっていると思います。
これは、レッチワースとポートサンライトの再 掲と、日本の 30 年程度と言われる一般的な住宅、
50 年以上利用予定の定期借地権住宅の図です(講 演資料「住宅(地)の将来の予見性が価格に影響 する」)。定期借地権住宅は、将来にわたり地代 が取れなくてはいけませんので、地主側、供給者 側で普通の住宅よりは住空間に工夫をこらすこと が多いです。誤解を恐れずに言いますと、左ほど 時間が経てば価値を失い、右に行けば時間が価値 を高めています。一世代 30 年として、一世代、二
世代、三世代、四世代で利用する住宅地というこ とになります。時間が価値を高める住宅地である ことを確信させる仕組みがあれば、将来とも秩序 が保たれて、高い価値が付くと考えられます。方 法は三つあると思います。一つは、先ほど微分的、
積分的と言いましたけれど、日本が引き算的なの に対して積分的な不動産価値観に社会全体を変え ていくことが考えられると思います。二つ目は、
土地建物の片方は消費税が課される等で、別々の 不動産に分けざるを得ない、つまり微分的な方法 論を採らざるを得ないとしても、その分け方の内 容を変える方法です。これによって古くなった建 物の価値を評価することも考えられます。三つ目 は、積算価格を理論的に算出する方法です。
今日は三つ目の積算価格を理論的に算出する方 法について、一緒にお考えいただきたいと思いま す(講演資料「方法論-3:積算価格を理論的に算 出する-1」)。
横軸に時間、縦軸に価値(価格)をとっていま す。新築の時の価値が、段々低下して、最終的に 価値を失います。これは定額法の価格曲線 C1 で示 してあります。なかなかこの曲線から踏み出せな いでいることを改めようということで、建物の更 新・改修費用を価格に反映することが時代の要請 となっています。言い換えると、更新・改修工事 の価格効果を理論化するということです。例えば、
この T3 のタイミングで改修工事をしたとしますと、
価格減衰してきたものが価値を回復して、また減 衰していく。それを繰り返すと C4 で示される価格 曲線になります。仮に T4 時点の価格を評価する場 合、建物の経過年数と改修の効果をトレースでき れば P3 となります。しかし、なかなか評価の世界 では悩ましい話です。まず、オーナーがいつ直し ましたと言っても、それが本当かどうか分からな いですし、いくらかかったかも分かりません。例 えば外装を変えましたと言っても、南面だけかも 知れないし、全部かも分かりません。色々な時期 に色々な場所を色々なレベルで、繰り返し変えて いる部分が無数にあります。その無数にある物を 一つ一つ追いかけることは、実質上できないとい うことで、仕方なく定額法の価格曲線を使い続け てきた側面があるわけですが、その見直しが必要 になっているという話です。言い換えると、何と かこの価格トレースを実行可能にする方法が開発 できないかということです。
そこで、三つの方法があります。一つは、改修 することで耐用年数が延びるということを評価論 に反映する方法です(T5→T6)。二つ目は、価格が 上がるということに注目する。つまり、この C1 の 価格曲線が C2 に上方へスライドしていくことに着 目をして、それを評価式に反映する方法です。そ して、三つ目は、例えば実際に T3 だけ時間が経っ ているのを、改修することで経過年数を T2 まで短 くすることで価格式に反映しようというものです。
アメリカではこのような方法を採ることがありま す。経過年数を左にスライドさせるということで す。
一つ目の経済的残存耐用年数の延長ですが、改 修工事により何年くらい耐用年数が伸びるかとい うことを想定した上で、最初の出発点と、想定さ れた残存耐用年数を結んで、ある時点の価格を出 すものです(講演資料「方法論-3:積算価格を理 論的に算出する-2」)。これは、一般に用いられる ことも少なくないのですが、価格転化率が工事直 後に低く、時間が経過するほど高くなるという矛 盾があります。例えば、T3 で改修を行った場合、
改修直後の T4 時点の価格は P3 になるべきところ が、一本の曲線で近似させるために P3’となり、
想定すべき価格より低く評価されてしまいます。
必ずしも理論的・合理的とは言えない側面がある のではないかと考えています。つまり、更新・改 修工事をすることによって、残存耐用年数が長く なることを証明することはそんなに難しくないと 思いますが、積算価格を適切に求めるためには、
もう 1 クッション上手く噛まさないといけないと 思います。逆に、残存期間が伸びるという考え方 の親和性は、収益価格の方にあります。収益価格 は将来純収益の現在価値の総和ですから、今から 将来に向かってどれほどの利益があるかという将 来の価値を求めます。つまり、残存耐用年数が伸 びるということは、将来の利用期間が伸びること ですから、それを直接反映する方法は、むしろ収 益還元法が適していると言えます。個人的にこの 方法を「経済的残存耐用年数補正法」と名付けて おります。
次に二つ目の方法です。C4 のように価格トレー スしなければいけないところ、実際には途中で何 回もの工事をすべて折れ線で追いかけるのは難し いので、改修工事分を最初の再調達原価に反映し てトレースすれば、つまり、C1 を同じ傾きで C2 に
シフトさせるようにすれば、一本の曲線で示すこ とができます(講演資料「方法論-3:積算価格を 理論的に算出する-2」)。そうすれば、現在用いて いる方法と同じ簡便さになります。価格評価の精 緻化のためには、実際その建物にどれほどの更 新・改修工事を行ったかという住宅履歴情報を残 す必要があります。履歴を残している住宅であれ ば、私が仮に名づけました「再調達原価補正法」
が、大変便宜かつ正確に使えることになります。
しかし、改修履歴のない住宅の評価は推測が入ら ざるを得ないということで差が出てくると思いま す。ところで、この方法には注意したいところが あります。ある要素について価格が減衰して低下 した時に更新工事等をすれば、それが価格に反映 されるのですけれども、建物のある要素について まだ価値があるのにその要素を取り払って工事す るような追加工事は、上手いタイミングでやらな いと、ロスが大きくなります。つまり、更新・改 修工事を価格転化しようという時、一つ注意しな ければいけないのは、無駄な工事であっても工事 をすればするほど積算価格が高くなるという矛盾 があるということです。それを打破するために、
追加工事分の価格転化率を上手く定量化しておく 必要があります。または、供給者の理論であるコ ストアプローチとは異なる需要者の論理、需要者 の観点による評価方法を別に手当をして、両方で 検証することが考えられます。
住宅ではありませんが、モデルで計算してみた ものがありますので、紹介いたします(講演資料
「方法論-3:積算価格を理論的に算出する-5」)。
事務所ビルの建築部分の部分別科目ですので、躯 体、外部仕上げ、内部仕上げといった部位ごとに、
それぞれ耐用年数が違います。躯体は 65 年、外部 仕上げは 45 年、内装は 30 年などという、ライフ・
サイクル・コスト(LLC)の期待耐用年数表という のがありますので、それを使って部分毎に平均の 期待耐用年数を出しています。左の図は更新・改 修工事を価格反映していないものです。右の図は、
部分別に期待耐用年数が到来するたびに工事をし て、新築の時の 50%まで価値を回復するということ を各部分の要素について行ったものです。それぞ れの要素は直線で減価するにせよ、その要素を積 み上げ式の折れ線グラフにすると、直線ではなく なります。また、新築時の再調達原価の 40%より下 には落ちないことになります。しかるべき工事を
繰り返していれば、新築の 40%より落ちないという パターンの試算が現実にあるわけです。それは、
前提がありますので、色々なケースで試算して現 実的な推計線を示す必要があります。
次に、収益価格で検証するということですが、
収益価格は将来純収益の現在価値の総和です。
色々なパターンがありますが、必ず三つのプロセ スを踏みます。一つは、将来純収益を想定すると いうプロセスです。二つ目は、その将来収益を現 在価値に換算するという段階です。三つ目はその 現在価値を全部合計するということです。この三 つに分けて計算をいたします。一般式で示します
と となります(講演資料
「収益価格で検証する-1:収益価格とは」)。将来 純収益 を現在価値に換算するというのは、複利 現価率 を掛けることです。そして総和 します。それを図示しています。ここでは、毎年 収益が上がって行くと考えています。不動産の場 合には固定資産税等の費用が係りますので、その 費用も上がっていくと考えます。総収入(実額)
と総費用(実額)の差が純収益です。これを現在 価値に換算しますと、将来に向かって実額は増加 することを想定していますが、複利現価率を掛け て割り引きますので、総収入と総費用はそれぞれ ab、cd となります。つまり、総収入(現在価値)
と総費用(現在価値)の間の部分が将来純収益の 現在価値です。そういたしますと、1 年後の将来純 収益、2 年後、3 年後、4 年後、5 年後というふう に全部足すわけですから、収益価格というのはこ の色を付けた部分の面積で示されることになりま す。
中古住宅の収益価格についてですが、ここでは 四つに分けて考えました(講演資料「収益価格で 検証する-2:中古住宅の収益価格」)。まず、純収 益が永続するのか、有期かという横軸の区切りで す。縦軸は、収益が毎年変動するのか変動しない のかということです。実際、不動産で収入が一定 ということはないのですが、安定的、平均的な収 益水準を想定し得るということであれば、変化し ないとすることができます。そういたしますと、
先ほどの一般式はパターン I や、パターン II の式 のように簡便化して表すことができます。パター ン III、IV は、式では表せませんので表計算で求 めことになります。このうち、中古住宅の評価を 簡便に行うという意味では、パターン II が適切で
P =∑i=1∞ [Bi/(1 +γ)i]
(1 +γ)i
B
[(1 +γ)n−1]/[γ(1 +γ)n] P =∑i=1∞ [Bi/(1 +γ)i]
(1 +γ)i
B
[(1 +γ)n−1]/[γ(1 +γ)n] P =∑i=1∞ [Bi/(1 +γ)i]
(1 +γ)i
B
[(1 +γ)n−1]/[γ(1 +γ)n]
土 地 総 合 研 究 2013 年夏号 88
はないかと思います。つまり、中古住宅の評価と いうのは、1 年分の賃料収入 に、年金現価率 を掛けて求めること ができます。これは、買う方の論理です。この住 宅は中古でかなり古くなっているのだけれど、そ れを買えば、自分にとってどれだけの利益がある かということを価格に表していますので、需要者 側、買い主側の発想です。少なくともその価格で 誰かは買うであろうという意味で、価格の下支え となります。下限値を示すということです。しか し、この場合、土地・建物価格が求められますの で、それから、土地価格を引かなければいけない ことになりますが、相続税の路線価等が整備され ているところでは、相続税の路線価÷0.8 で時価相 当額が求まるということになっていますので、こ れを使って土地価格を求めて引けば、建物部分の 価格の下限値が、需要者側の視点から求められま す。
方法論-2 についても少しだけお考えいただきま す(講演資料「方法論-2:微分的不動産価格の内 容を変える」)。先ほど、求めた土地・建物価格か ら土地価格を引くことによって、不動産価格を土 地と建物の二つに分けました。つまり微分をする という話になるわけですが、その内容をお示しし ます。
一つは土地残余法です。これは鑑定評価基準で 言うところの土地残余法とは別物です。説明のた めに土地残余法とここでは言っています。ここで は毎年 1%で価格が上がる収益物件を考えています。
土地価格を求めるために、不動産価格から建物価 格を引くという式で求めますが、日本では建物は 古くなれば下がると伝統的に考えられていますの で、全体で 1%上がる物から、建物価格は 50 年耐用 で毎年 2%下がると考えますと、引き算をすること で土地価格が大きく上がります。日本はこういう 仕組みの中にいるわけです。必要以上に土地の価 格を上げて見せてしまう、つまり地価のバブル、
土地価格の急騰を正当化してしまう価格論になっ ているように思えます。
次は割合法です。土地残余法とは異なり、複合 不動産の価格が上がるのであれば、土地も建物も 同じ割合で上がると考えます。価格を分けないこ ととほぼ同義になります。つまり、土地・建物中 立です。
次は建物残余法です。これは、土地価格を所与
として、求められた不動産価格から土地価格を引 いて建物価格を求める方法です。アメリカやイギ リスでは、通常にこのように考えています。先ほ ど路線価と言いましたが、そのような信頼性の高 い土地情報が既にあるわけですから、日本でもや ろうと思えば、建物残余法的な方法が使える状況 にあるのではないかと思います。いずれにいたし ましても、価格が上昇するというのは、建物利用 を通じた人為的な活動がその背後にありますので、
不動産価格が高くなっているのであれば、古い建 物でも価格が上昇していると考えることは、ごく 自然ですし、グローバルでは、既にそう考えてい ると思います。そう言う意味では、今年より来年 収益性が上がれば、1 年古くなっていても価格が上 がるわけですので、その辺りの説明というのは、
収益価格で上手くできる側面があると思います。
3.集大成としての契約
次に、今の日本の中古住宅流通の課題である契 約ついてお考えいただきたいと思います。宅地建 物取引業法の「35 条と 37 条の間」の話です。35 条は、重要事項説明です。契約前に宅地建物取引 主任者が重要事項を説明しなければならないとい う、契約前の定めです。37 条は、契約が成立した ら遅滞なく一定の事項を記述した書面を交付しな ければいけないという、契約成立後の定めです。
つまりその中間というのは契約そのものです。宅 建業法は基本的にここにノーコメントです。私見 ですが、コメントできないので、前後でサンドウ ィッチすることで取引の安全を図ることになって いるのではないかと思います。しかし、契約は集 大成でありますし、まして中古住宅ですから色々 なケースがあり、更地のような単純な売買契約で は済まされません。個々の建物で修繕しなければ いけないところも、誰が修繕するかも違います。
非常に個別性の高い中古住宅の契約行為の集大成 としての契約書として、現況十分ではないところ をどう埋めていくかという課題です。
釈迦に説法になりますが、日本の取引の一つの 原則は、売り主の瑕疵担保責任です。事後的に契 約解除、損害賠償ができるという仕組みです。無 過失責任であるから、売り主に大変重いという側 面がある一方、瑕疵の立証責任は買い主側にあり ますが、なかなか立証は難しい。雨漏り一つをと っても、瑕疵だったのか、買った後の使い方の問 P =∑i=1[Bi/(1 +γ)]
(1 +γ)i
B
[(1 +γ)n−1]/[γ(1 +γ)n] (1 +γ)i
B
[(1 +γ)n−1]/[γ(1 +γ)n]
題があるのかという立証は極めて困難であると思 います。実態としては、有形無実化していると言 わざるを得ないと思います。理由は、瑕疵の証明 が難しいことと、売り主の不存在にあります。売 り主が会社の場合であれば、清算して不存在、あ るいは無資力ということがあります。一般には、
契約でこれを排除します。民法では、「知ってから 1 年」ですから、永久と言いえます。10 年前の契 約を遡って解除されて、お金を返せと言われても、
もうお金はないということもありますから、取引 を安定させるために、契約で排除するということ にも合理性はあるわけです。そこで、色々な補完 制度があります。一つは宅建業法の業者が売り主 の場合の 2 年間の強行規定です。さらに品確法や 瑕疵担保履行法があります。そして保険制度があ ります。国土交通省をはじめ色々な方々の努力に よって、放っておけば有形無実化するものを何と か消費者保護のためのセーフティネットに実効性 をもたせる仕組みが重ねられてきています。それ はそれで評価すべきですし、これからも日本は、
原則として売り主の瑕疵担保責任という方向を変 えることはないだろうと思います。しかし、グロ ーバルの視点で見ますと、英米法では「買い主注 意せよ」となっておりまして、瑕疵を理由とする 契約解除はありません。傷物を買ったのは、買っ た人が悪いという自己責任の世界です。よって、
買い主は自己責任において事前の情報収集を行い ます。サーベイング、インスペクション、大型に なればデューデリジェンスを行います。意思決定 において自己責任でありますから、それをサポー トするものとして信頼できるエージェントを選ぶ ということが普通になります。
特に高齢者の住宅資産について、ここでは私の 造語で「Re 活用」と書きましたが、リバースモー ゲージ等、不動産業の人達の力を借りて、自分の 豊かな老後のために使うことが必要不可欠の時代 となっています(講演資料「時代背景を踏まえた 不動産取引制度」)。それは賃貸契約かも知れない し、売買契約かも知れません。場合によっては、
成年被後見人ではないものの、意思能力を失いか けているかもしれない人を相手に、取引の契約を することについては、今まで以上に高い社会の信 認を受ける仕組みを作る必要があると思います。
そういう意味で、アメリカの仕組みを見てみま すと少し複雑でありますが、売り主、買い主それ
ぞれにエージェントが付きます(講演資料「米国
(カリフォルア州)型の不動産取引」)。そして、
売り主には相当強い告知義務が課せられています。
カリフォルニア州では、告知義務が素人では書け ないぐらいレベルが高いです。知っていることを ただ書けば良いというのではなくて、何法の第何 条に関してはどうかというような大変高いレベル の告知書を要求しています。そういたしますと、
将来訴訟に耐えられないというようなことがある と困るので、売り主は売ろうと思った時点で、告 知書を書くためにエージェントを選ぶとも言えま す。その後のプロセスも手伝ってもらう必要がも ちろんありますが、まずは、告知書をしっかり書 くためにエージェントが必要という側面がありま す。一方、買い主側は、自己責任でありますから、
傷物を買うのは自分が悪い、とこういうことにな りますから、自己責任で建築のプロを雇って、調 査をして、意思決定に資するということをします。
それぞれの専門家のエージェント同士が交渉し、
契約のレベルを高めています。立場や利益を異に する専門家のエージェント同士で交渉し合う中で、
漏れを防ぐという仕組みになっています。裁判に 例えると「弁護士型」と言えます。それぞれに代 理人が付いて、そして決着をしていくという形で す。先ほど日本では“36 条相当分”が書けないと 申し上げましたが、アメリカでも非弁行為の問題 があり、大変重い問題です。アメリカでは、セー ルスパーソンの資格の中に契約書を作っても良い 権能を与えられているという理解がされていて、
エージェント、あるいはブローカーが不動産の契 約書を代理人となって作るということについて、
社会的に認知を受けているという社会構造があり ます。しかし、不動産のプロであっても法のプロ ではありませんので、そこのところで瑕疵があっ てはいけませんから、業界団体が極めて精緻な契 約書の雛形を作っています。ご覧になられた方も 多いと思いますが、雛形と言っても、例えば、日 本の危険負担を誰が行うかというような通常のこ とだけではなく、それぞれの見解が異なるであろ う部分について、幾つかの選択肢を作って、チェ ックを付けることで、漏れがないように工夫をし ています。つまり、協会が相当信頼性の高い、か つ漏れがない書式を作り、相応にトレーニングを 受けた不動産のプロが契約書を作成する仕組みを つくることで非弁行為には当たらない認知を得て
います。
次にドイツです。ドイツでは非弁行為の問題は 起こりようがありません。売り主と買い主の間に 媒介業者が 1 社立つという意味では日本に近いで す。営業して、おおよその合意を成立させるとい うのが不動産業者の世界であります。しかし、そ の後は公証人が契約書を作成します。両当事者を 呼んで質問をしながら契約書を書いていきます。
公証人というのは、公務員の場合と個人の場合と 両方ありますが、法律家の中でも非常に優秀なエ リートです。法律の専門家が契約書を作りますか ら、非弁行為にはなり得ません。法律の専門家そ のものが契約書を作るという意味では、仕組み上 の問題はないと言えます。
公証人には教示義務があります。日本では、契 約は合意があれば成立すると考えられていますが、
その合意というのは素人同士の合意です。何かし ら分からないまま合意したのかも知れないし、も う少し専門知識があれば合意に至らなかったかも 知れません。あるいは、もう少し専門知識があれ ば、別の合意事項が必要だと言うことに気がつく かも知れません。当事者が気づいていることが本 当にそれで良いのかということや、当事者が気づ いていないことについて、公証人は教示義務があ り、そういうことを含めて契約書を作ります。し たがいまして、日本で起きる消費者契約法による 契約解除のようなことは、基本的に考えなくて良 いとい言えます。公証人が最後にこうだと言えば、
それが最終決着となるいわば裁判官型です。そう いう意味で、中古住宅取引において売買契約書を 作成するためには、多面的な知識や情報が必要と なり、更地の時の契約書をそのまま使うわけには いかない。そのためには、インスペクションを含 め、多くの専門家との協働が当然必要にはなりま しょうし、その結果を契約書に反映することも必 要になってくると思います。
契約書は取引の成果物であります。しかし、い きなり契約を書くわけではなく、それまでのプロ セスがありますから、不動産のフィールドに強く 関連している者の一人として、契約書の作成は、
交渉プロセスを熟知している者、つまり不動産の 世界の人が適任だと言いたいわけです。しかし、
社会的にみれば必ずしも法律のプロではないと言 われても仕方がない不動産業者が、契約書を作成 することについての信認を早急に得る必要がある
と思います。そういたしますと、不動産法務に精 通した人材を不動産業界の中に作る必要があるの ではないでしょうか。しかし、個人でいくら修練 したとしても、漏れがある可能性がありますので、
契約書作成をバックアップする仕組み、アメリカ のような仕組み、それぞれの団体で契約書の雛形 を作成する必要があると思います。さらに、これ からの中古住宅流通の個別性、および各個別性を 全て網羅しなければいけないという網羅性を考え ると、なお一層、その努力が必要であると思いま す。
4.市民の不動産力を高める
専門家がいくら精緻な、レベルの高い仕事をし ても、消費者契約法等にもあるように、サービス を受ける方が良いサービスを良いサービスとして 理解できなければ残念ですから、消費者教育も欠 かせません。繰り返しになりますが、日本は売り 主の瑕疵担保責任が強いですから、買い手側から すると、後で欠陥が見つかったら売り主が面倒を 見てくれるので安心ということで、それはそれで 大変幸せな世界ですが、一方で消費者の当事者意 識、不動産に対する理解力といったものがなかな か高まっていかないという事にもなっています。
一方、英米では、「買い主注意せよ」ですから知識 は高いわけです。そういう意味では、手前味噌に なりますけれども、私ども明海大学不動産学部は、
千葉県庁、千葉県宅地建物取引業協会、全日本不 動産協会千葉県本部と、産・官・学が連携をして、
「マイホームを買う前に聞いて安心講習会」とい う、一般消費者向けに無料の講習会を毎年 2 回、
県下各地を巡りながら開催しております。今年で 8 年目になります。千葉県下の宅地建物取引業者が 良いサービスをしたら、良いサービスが、良いサ ービスとして、消費者の方にも伝わる素地が少し ずつできていると思います。
不動産学部というのは、残念ながら、私ども明 海大学にだけしかないのですけども、お声を掛け ていただければ、どこにでも出向きます。皆様方 ご自身が講師になってお話しができる方ばかりで ありますから、是非業者のレベルアップと併せて 消費者のレベルアップにも共通の課題として取り 組んでいただきたいと思います。また、これも手 前味噌になってしまいますが、放送大学で不動産 学の授業が始まりました。「生活者のための不動産
学入門」という授業です。この 4 月から始まって、
15 回行われます。授業の目標は、生活に必要な不 動産学の基礎知識を学ぶもので、売買するにせよ 貸借するにせよ、必要な知識を持って下さいとい うことです。ご興味があれば、ご覧いただくと同 時に、国民の良識として放送大学でも不動産学を 取り上げるような時代になっている、放送大学で 不動産学の教育をしているということの啓蒙をし ていただければと思います。木曜日の午前 0 時 45 分から放送しています。
頭から教えることも必要ですけれど、一番大き な先生というのは、皆様方ご自身です。不動産業 者の方々の日常の活動で、啓蒙・教育することが、
一番説得力があると思います。宅建業法が規定す る伝統的な八つの取引業態を越えて、色々なビジ ネスモデルがあり、バイヤーズ・エージェント、
セラーズ・エージェント、地域密着型と色々なキ ーワードはあります。そういうことを発意する中 で、一番の先生の姿を地域の人々や消費者に見せ ていただくということが、何よりもこの分野の進 展になるのではないかと思います。先ほど申し上 げました、ドイツの公証人の教示義務というのを、
是非、頭のどこかにおいていただきたいと思いま す。日本で言うと、専門家の倫理規定みたいな話 ですけれど、合意しているから良いということで はなくて、これを言っておいてあげた方が良いな というようなことがあると思います。ドイツの公 証人は、そう思ったら、そうしなければいけない という義務まで負わされていますけれども、皆さ んは倫理の世界でありますから、それはご判断に なろうかと思いますが、専門家として信頼される という一つのイメージというのは、ドイツの公証 人に課せられている教示、専門家として気がつい たことは全て示して、当事者の確信を導くという ことにあります。
「中古住宅の活性と担い手」ということで、話 はややぼんやりとしたことになりましたが、今日 申し上げたような裾野があって、そして、最終的 に中古住宅の流通の活性化、そして皆様のビジネ スの進展があるのではないかということで、話題 提供をさせていただきました。どうもご静聴有り 難うございました。