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福祉用具を越えて:フェールセーフブレーキ装置付き 車いす

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福祉用具を越えて:フェールセーフブレーキ装置付き 車いす

1. はじめに

 車いすのブレーキかけ忘れは,病院 や高齢者介護施設,在宅における転倒 や転落の要因の一つである.そのため,

臨床現場では見回りの回数を増やし,

本人やスタッフへの注意喚起を強化す ることでかけ忘れを減らそうと努力し てきた.車いすのブレーキかけ忘れが 起こるのは,人為的なミスであると認 識されているのである.

 しかし,はたしてそうだろうか.市 場においてスタンダードと呼ばれる車 いすの機能は,70 年以上大きな変化 がなかった.現状の機能が最善だとは

言い切れない.公的制度の枠に埋もれ やすい福祉用具であるが,「車いすの スタンダード」を越える機能を求めて みたい.

2. フェールセーフブレーキ装置

(FSBS)

(図 1)

 自動ロック機構の付いた自走用車い すである.2012 年 1 月,フランスベッ ド(株)から商品化された.立ち上が るときにブレーキをかけ忘れたときの み,自動でブレーキがかかる仕組みに なっている.座るときにはブレーキが かかったままであることから,勢いよ く座り込んだときも動かず安全である.

 自動ブレーキ装置は,座面および座 面と結合したベルト,ベルトとタック ルブレーキの操作レバー(タックルブ レーキ)に接続したリンク,およびリ ンクと車体を接続するばねにより構成 される.それ以外は既存の車いすと変 わらない.搭乗者がブレーキをかけ忘 れて立ち上がると,ばね復元力により 座面後部が数 cm 上昇し,ベルトの張 力がブレーキ作動部へと伝達される.

搭乗者はこれまでどおりのブレーキ操 作で操作が可能であり,車載の際には 折りたたみもできる.また,介助者が 搭乗者なしで運ぶ際に必要な解除モー ドも備えている.

 余計な物をそぎ落とし,シンプルで 拘束感がなく,特別な操作を利用者に 強いない.さりげない技術によって利 用者の自立を促し,安心感を提供する.

「絶対にかけ忘れちゃいけない」「目を 離してはいけない」という強迫観念と ピリピリした空気から解き放たれるこ とで,利用者と介助者の新しい関係が 築かれる.

3. プロジェクトの概要

 FSBS 実用化プロジェクトは,(独)

福祉医療機構「平成 22 年度先進的・

独創的活動支援事業の支援を受け実施 した.このプロジェクトは国立障害者 リハビリテーションセンター研究所に て 20 年前に行ったブレーキかけ忘れ 防止装置開発の歴史を基礎に,開発・

調査・臨床評価を有機的に連携させ普 及促進を目指せる体制を整えた(図 2).アンケートによる手動車いすの ブレーキかけ忘れについての実態調査 では,全国の施設や病院・在宅の状況 を調べ,現状把握するとともに,その 結果を臨床現場へフィードバックし,

問題意識の共有や注意喚起を行ってき

た.臨床評価(図 3)では,特別養護 老人ホームにて機器の導入効果を明ら かにするための介入実験を行い,有効 性の確認や問題点の抽出および改善を 行ってきた.

 また,臨床評価のために開発した データログシステム(図 4)は,かけ 忘れ頻度を視覚的に確認することがで きるため,リスクが高くなる場面や時 間帯を臨床現場に理解してもらうだけ ではなく,ブレーキ装置導入のきっか けづくりに一役買っている.

 最終段階では,1 年間に 11 試作を 行い,機能を洗練した.最終モデル機 は,装置の安全性を確認するため,

JIS T 9201:2006 規格に準拠した工 学評価のほか,専用試験機によるブ レーキシステムの耐久試験(20 000 回)

を行った.

4. 細やかな工夫とデザイン

 実態調査から,ブレーキのかけ忘れ による転倒が,認知症や脳卒中患者,

つかまり立ち程度の下肢機能がある人 に多いことを突き止めた.そこで,ブ レーキキャップを視認性が高い,高彩 度 の オ レ ン ジ 色 と し た. 商 品 名 の

「SAFETY オレンジ®」はこれが由来 になった.ベース車体は低床で足こぎ しやすいタイプを用意した.さらに,

浅座り防止として,クッションカバー に臀部形のデザインを施した.臨床評 価から,食べこぼしや尿失禁の洗車(丸 洗い)などが日常的に行われており,

実に多様な環境下に置かれていること が明らかになった.商品化に当たって は,メンテナンス性を重視し細部の工 夫を行った.

 関わる人が見る・触れる部分にこそ 力を注ぎ,きめ細かな配慮こそが必要 不可欠である.

5. おわりに

 エンジニアは,これまで当たり前で あった機能や形に疑問を呈し,「車い すのスタンダード」を越えていかなけ ればならない.現状では制度によって ユーザは恩恵を受けているように見え るが,実はそれによって物づくりは制 限され,改良の機会を損失しているか もしれない.埋もれた問題を提起し,

よりよい機器を提案し,エビデンスを 示すことで福祉用具から現場を,社会 をじわじわ変える技術を目指したい.

(原稿受付 2012 年 5 月 31 日)

〔二瓶美里 東京大学〕

図1 FSBS 付き車いす

(SAFETY オレンジ®

ノーパンクタイヤ タックルブレーキ ベルト

座面

リンクユニット ばね

転倒の低減

臨床現場への周知 導入効果の検証

車工房巧 フランスベッド株式会社

東京大学大学院工学系 研究科・国際医療福祉 大学作業療法科・

国立障害者リハビリテー ションセンター研究所 市場調査

臨床評価プロトコルの構築

臨床現場に合わせた 仕様と改良 試作と改良 適正価格 耐久試験

利用者像の 明確化

臨床現場における評価

JIS(T9201)

報告会

開発

臨床評価 実態調査

病院・施設での評価

図 2 プロジェクトの概要と体制

図 3 長期臨床評価の一例

(数週間から3ヶ月実施)

表示ソフトウェア ブレーキセンサ

座面センサ

データロガー

タックルブレーキセンサ

図 4 データログシステム

─ 50 ─

日本機械学会誌 2012.9 Vol.115No.1126 666

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