氏 名 ( 本 籍 ) 今村
いまむら圭子
け い こ(長崎県)
学 位 の 種 類 博士(社会福祉学)
学 位 記 番 号 甲 福第 20 号 学 位 授 与 年 月 日 平成 30 年 3 月 17 日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第 4 条第 1 項
論 文 題 目 介護職員の自己効力感尺度の開発に関する研究
―訪問介護員の自己効力感の評価測定―
論 文 審 査 委 員 主査 中山 慎吾 教授 副査 田中 安平 教授 副査 田畑 洋一 客員教授 副査 髙山 忠雄 元教授
副査 門田 光司 教授(久留米大学)
社会学博士(筑波大学) 博士(社会福祉学 鹿児島国際大学) 博士(文学 東北大学) 教育学博士(東北大学) 博士(社会福祉学 同志社大学)
論文内容の要旨
1.
問題の所在
高齢化社会の到来以前までは,世帯員が要介護状態になった場合でも,世帯員の多さと 性的役割分業に基づき,家族は女性によって支えられてきた(高橋
2013:35).しかしな がら,家族機能の衰退等により家族の介護力が低下し,また地域の相互扶助力が低下する という状況の変化が生じた.さらに,
2012年の介護保険制度改正で,施設から在宅への移 行が明確に打ち出されたことにより,高齢者の生活を支える重要な担い手としての介護職 員の期待度は大きくなっている.
しかし,介護労働の独自性や専門性に対する社会的評価の低さ,介護職員の賃金をはじ めとする労働条件等の要因が,介護職員の確保を困難にしているとの議論がなされてきた.
賃金水準向上のための介護職員処遇交付金事業の実施に伴い,賃金水準は向上し改善され つつあることから,本来であれば介護職員の不足は徐々に解消されることが考えられるが,
介護職員の人材不足は依然として継続している.介護保険制度においては,資格の有無や
経験の有無にかかわらず介護職員として就業することができるため,介護事業所はさまざ
まなキャリアを有する介護職員を雇用することになり,個々の介護職員によって知識・技
術の差が存在し,これらの差が介護職員の職場定着や人材育成に及ぼす影響は少なくない
と推測される.
石田(1996)は, 「看護師の一般性自己効力感は一般女性に比べて優位に低く,看護学 生の一般性自己効力感は一般大学生に比べて優位に高い.看護師間では,経験年数が長い ほど,一般性自己効力感が高く,5 年目以上の看護師の一般性自己効力感は
1年目に比べ ると有意に高い」ということから,リアリティショックが大きい入職直後の看護師の一般 性自己効力感は低下すると述べている.介護職においても, 「働き甲斐のある仕事と思った から」 「人や社会の役に立ちたいから」 と職種の選択を行い「介護」という職業意識を持 って入職したとしても,入職前の期待と入職後の認識の相異といったリアリティショック 等が自己効力感を低下させる要因となり得る.
自己効力感は情緒的過程に変化をもたらし,高い自己効力感があれば,ストレッサーを コントロールして不安と抑うつを規制できる(板野ら
2002).従って就業後に自己効力感 を高めることが出来れば,離職の原因の
1つであるストレスを軽減できる可能性がある.
つまり,就労に対する自己効力感(就労に必要な行動を成功裏に遂行できるという自信)
を高めることが必要であり,就労に対する自己効力感を高めるマネジメントを行うことが 重要であると言える.就労に対する自己効力感は,Bandura が主張する, 「遂行行動の達 成」 「代理体験」 「言語的説得」そして「情緒的喚起」の
4つの情報源をもとに形成される.
そして就労に対する自己効力感の高低の度合いが就労に必要な行動がとれるか否かに影響 する.就労に対する自己効力感が低いと,就労に必要な行動が十分にとれず,最終的に離 職意思に影響すると考えられる.経験年数が長くなることで成功体験が蓄積され就労に対 する自己効力感が高まる. 経験が短い期間において成功体験を重ねることができることで,
就労に対する自己効力感を高めることが出来ると離職防止につながる.
2.
研究の課題
本研究では,介護職員において離職率が高い訪問介護員に注目した.訪問介護員が利用 者を把握するためには長い期間を必要とし,利用者の意図,要望を尊重したいが中身を正 確に把握できないためお互いの交渉がスムーズに進まず,意見がぶつかり合い業務遂行が 困難となることもある(松原
2004:110).経験年数が短い訪問介護員にとって,これらのことが不安やストレス源となるため,成功体験を積み重ねて「私にもできる」という自 己効力感を高める関わりが重要である.
そこで本研究では, 「介護職員の自己効力感尺度の開発に関する研究」と題し,経験年数
が比較的短い訪問介護員の自己効力感を高める取り組みにも活用できる自己効力感尺度を 作成することを研究目的とした.なお概念定義としては,訪問介護員は「利用者の生活の 維持・向上のためサービスを提供する専門職」,自己効力感は
Banduraが述べる「ある状 況において,ある結果を達成するために必要な行動がうまく取れるかどうかの予期」とし た.
本研究では訪問介護事業所に勤務する訪問介護員を対象に
3回の調査を実施した.第
1次調査の目的は,訪問介護員の自己効力感の内容を明らかにし,自己効力感尺度原案を作 成することである.尺度を構成する項目を作成するために,訪問介護業務全般における自 己効力感に関する訪問介護員の生の言葉を,できるだけ多く集めることが必要であると考 えた.第
2次調査の目的は,第
1次調査で作成した尺度原案を用いて調査を行い,自己効 力感の因子構造を明らかにし自己効力感尺度素案を作成することである.さらに第
3次調 査の目的は,自己効力感尺度の妥当性と信頼性を統計学的に検証することである.
3.
本論文の構成と特徴
第
1章では,本研究のテーマをめぐる背景を検討するため,介護労働市場の状況を『高 齢社会白書』 「介護労働実態調査」 「人口動態統計」等のデータを基に概観した.
第
2章では,介護職員と訪問介護員に関する過去
5年間の先行研究と訪問介護員の尺度 開発に関する先行研究を概観した.
第
3章では,自己効力感尺度原案を作成することを目的に,47 都道府県から無作為に
10か所の都道府県を抽出し,さらに抽出した各都道府県から
10市町村ずつを無作為に抽 出し,さらに,それらの市町村から無作為に抽出された訪問介護事業所
300か所に勤務す る訪問介護員
2名,計
600名を対象とした自由記載の調査を実施した.
第
4章では,第
3章で作成した
69項目の自己効力感尺度原案を用いて,自己効力感尺 度の作成の予備調査と位置づけ,
A県内の介護事業所に勤務する
500名を対象とした調査 を実施した.279 名(回答率
55.8%)より回答を得,69項目の全てに回答している
241名の回答を分析対象とした.
第
5章では,第
4章で作成した自己効力感尺度素案に関して,信頼性・妥当性の確認を
行った.全国
47都道府県から無作為に
10か所の都道府県を抽出し,さらに抽出した各都
道府県から
10市町村ずつを無作為に抽出し,それらの市町村から無作為に抽出された訪
問介護事業所
500か所に勤務する訪問介護員
2名,計
1000名を対象とした質問紙調査を
実施した.
241名から得られた回答のうち,経験年数
3年未満の訪問介護員
150名を分析 対象とし,プロマックス回転を伴う最尤法による因子分析をおこない,最終的な自己効力 感尺度が作成された.
信頼性の確認には内部整合性の評価方法である
Cronbachのα係数を用いた.妥当性は 内容的妥当性,構成概念妥当性,基準関連妥当性の検証を行った.基準関連妥当性の検討 にあたって, 「ホームヘルパーの仕事意欲測定尺度」 「社会的スキル
Kiss-18」「職業性スト レス簡易調査」の
3種類の既存尺度を用いた.その結果,信頼性,妥当性を検証すること ができた.
本研究において作成した自己効力感尺度は, 「接遇」 「生活維持・向上のための取り組み」
「自己研鑽」 「責任遂行」の
4領域で構成されるものである.全国の訪問介護事業所に勤 務する訪問介護員からの声の集約に基づく項目から成り立ち,訪問介護員として就労する ために必要な項目であると考える.この尺度を評価することで,経験が短い個々の訪問介 護員に対して,今何をできると感じているのか,何をできないと感じているのかを,職場 の上司,先輩は知ることができる.経験が短い訪問介護員の自己効力感を可視化できる.
さらに,できないと感じていることへの支援,教育を誰がどのように行っていくのか,具 体的に計画を立てることが容易になると思われる.就労に対する自己効力感を高める関わ りができると言える.人材マネジメントを行うことで,離職防止につなげることが出来る ことを可能にするということに,自己効力感尺度の意義があると思われる.また,サポー トや教育・研修の効果を知るためにも定期的に評価を行うことで,フィードバックできる 体制をつくることが出来るということにも意義がある.
4.
本研究の結論と今後の課題
本研究は,超高齢社会において住み慣れた地域での生活の継続を望む高齢者,家族を支 える訪問介護員の離職を防止する一助ともなる,自己効力感尺度を作成することを目的と した.第
1次調査及び第
2次調査を経て行われた第
3次調査のデータに関して,プロマッ クス回転を伴う最尤法による因子分析を行った結果,
4因子
21項目から構成される自己効 力感尺度が作成された.抽出された
4因子について,第
1因子「接遇」 ,第
2因子「生活 維持・向上のための取り組み」 ,第
3因子「自己研鑽」 ,第
4因子「責任遂行」と命名した.
円滑なコミュニケーションや信頼関係を築くための基礎である接遇に対して効力感を高
め,利用者との信頼関係の構築を図ったうえで,一人ひとり違いかつ変化していく利用者
の状況を察知し,必要に応じて他職種と連携しつつ,自立支援を念頭においた個別性の高 い支援を行っている訪問介護員の自己効力感尺度の構成因子として,4 つの因子は妥当で あると考えられる.
介護サービスは人が人に対して直接提供するサービスであり,サービスを受ける高 齢者等は住み慣れた地域で,できる限り生活を継続させることを願い介護サービスを 受ける.サービスを受ける対象者がいて介護サービスが成り立っていることを踏まえ ると,介護サービスを受ける人のサービスを提供する職員に対する思い,希望などが 尺度の構成要素に入っていないことに気づく.利用者が希望する介護職像といった視 点も自己効力感に反映しうると考える.利用者・家族が求める介護職像に関する自己 効力感を経験が短い訪問介護員が高められることができたら,さらに意欲的に利用 者・家族と関わることが出来るのではないかと思われる.これらのことを念頭におい て,さらに自己効力感の内容を検討することが必要と考える.
本研究で明らかにしたことを参考にしつつ,訪問介護員の後継者の育成,そして,人材 確保のあり方について,さらに検討がなされる必要がある.最終的には自己効力感を高め る教育・研修プログラムの作成が今後の課題の1つである.
審査結果の要旨
1.
研究の継続性
申請者は、平成
25年
9月長崎県立大学大学院人間健康科学研究科看護学専攻修士課程 を修了し、平成
27年
4月鹿児島国際大学大学院福祉社会学研究科社会福祉学専攻博士後 期課程に入学し、指導教員の継続的指導のもとで高齢者ケア及び訪問介護員に関する独創 的な研究を続けてきた。所属している主な学会は日本看護研究学会などで、学会における 研究活動も精力的に行っている。学術的価値の高い論文を多く発表し、自立して研究を行 う能力があると評価できる。
2.
論文の完成度
本研究は、在宅介護において重要な役割を担っている訪問介護員が、経験年数が短いう ちに離職しやすい状況を改善したいとの問題意識に基づいて行われた。本論文の目的は、
訪問介護員に対する自由記述式の質問紙調査によるデータの質的分析を通じて項目案を導
き出し、それらの項目を含む質問紙調査によって得られたデータの数量的分析を行い、経 験年数の短い訪問介護員に活用可能な自己効力感尺度を作成することである。
本論文は、先行研究により明らかにされた介護職員及び訪問介護員の業務及び評価尺度 に関する知見を整理するとともに、自らの経験や調査等により、訪問介護員の自己効力感 の実態について福祉的視点で考察している。とくに、これまであまりみられなかった、勤 務経験の短い訪問介護員に焦点を合わせた自己効力感尺度を、質的調査及び量的調査に基 づき独自に作成している。これらの点から、本論文の完成度を高く評価したい。
3.