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契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析―S. ボウルズの社会科学の応用可能性―

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Academic year: 2021

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Ⅰ.はじめに. アメリカの指導的ラディカル派経済学者であ るサミュエル・ボウルズ(Bowles, Samuel)は 自著『制度と進化のミクロ経済学』(塩沢由典, 磯谷明徳,植村博恭訳 NTT 出版 2013 年)を 通じて,ミクロ経済理論に人間行動と制度が相 互作用でどのように進化を遂げてきたのかを根 元的な視点を通じて統合しようと試みる.具体 的な手法として制度経済学による分析手法が用 いられ,現代経済を成立させる諸要素をなして いる諸根拠の明確化が図られた.そのためボウ ルズの研究テーマは政治経済学のミクロ的基礎 づけはじめ広範囲に及んでおり,新古典派経済 学の限界性を唱えている点で終始一貫してい る. 一般に新古典派経済学において市場参入者 は,外生的に付与された選好に基づいて利己的 に効用最大化を図っており,したがって合理的 経済人としての特質を備えながら労働力商品を 含む商品交換に基づいて経済行動に専念すると される.一方,ボウルズによる新古典派経済学 批判は,財交換の場である市場で権力作用が機 能しており,そのため権力に基づかないとされ る経済行動の実態が,そのじつ政治権力を通じ て操作されるという不完備性に基づいており, いわゆる「契約の不完備性」を示す点に集約さ れる. ボウルズによる見方は,『モラル・エコノ. ミー・インセンティブか善き市民か』(植村博 恭・磯谷明徳・遠山弘徳,NTT 出版 2017 年) において指摘されたように,たとえ人間が利 己的であると想定されたとしても,彼自らの 本性には他人の運命に対する関心,或いは他人 の幸福が欠かせないと認識するアダム・スミス. (Smith, Adam)の『道徳感情論』とは異なる ボウルズ独自の倫理的動機の重要性に基づくも のであった点を軽視してはならない.この独自 のモラルサイエンスに基づく利他主義的行動を ボウルズは,制度と「社会的選好」の共進化と いうモデルに基づいて機能する「社会的選好」, もしくは「強い互恵性」に基づく「交互性」と 認識され,社会的利益行動が他一の利己心を活 用するように設計された契約の不完備性を通じ て,それらが実現される点が唱えられた1). ボウルズが唱える不完備契約市場は,さらに 内生的・持続的均衡のもと相互作用を促す効果 を保持するという性質を兼ね備える場でもあっ た.そのため,市場は商品と貨幣との相互作用 が行われる抗争交換の場であり,一国の社会的 利益行動は同国の利己心を活用するために市場 の政策主体に権力を集約させ,政策主体自らが 頑健性を通じて市場環境を抑え込むことによっ て達成されるようになる.このような絶対的な 権力の存在が前提とされる以上,たとえば同国 の「完備契約市場」を他国に「制度移植」しよ うと試みられようとしても,新古典派経済学モ デルにおける市場参入者の効用最大化が「移植」. 契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析 ── S. ボウルズの社会科学の応用可能性──. 内 橋 賢 悟. 42 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). 対象国に非合理性をもたらす結果とならざるを 得ない. それでは,契約の完備性を想定して特定の市 場制度を他国に移植することは,果たして「移 植」対象国において如何なる影響を及ぼすので あろうか.なにゆえに「完備契約市場」の「制 度移植」が「移植」対象国において「不完備契 約市場」をもたらすのであろうか.この疑問に 答えるため,本稿の目的は,先ず 1)「自然状 態」において対人的な闘争を否定するジャン = ジャック・ル ソー(Rousseau, Jean-Jacques),. 「万人の万人に対する戦争」を肯定するトマス・ ホッブズ(Hobbes, Thomas),人間同士がお互 いに平等である社会を肯定するジョン・ロック. (Locke, John)の社会思想史的な背景を明らか にしたうえで,2)レオン・ワルラス(Walras, Marie Esprit Léon)が唱える「完備契約市場」 にみるパワー概念,3)フリードリヒ・アウグ ス ト・フォン・ハ イ エ ク(Hayek, Friedrich August von)はじめオーストリア学派の方法 論的個人主義に代表されるように,人間の合理 的計算能力の限界を強調したオーストリア学派 の非ワルラシアンアプローチについて触れる. それらを通じて,契約の完備性を想定して特定 の市場制度を他国に移植することが,「移植」 対象国において如何なる影響を及ぼすかについ て明らかにしていきたい.. Ⅱ.�市場をクリアしない均衡に関する制度論的 解釈. 1.�ルソー『社会契約論』アプローチにみる「契 約の不完備性」. ボウルズの「社会的選好」,もしくは「強い 互恵性」が生じる思想的背景の第一点目として, 本稿 は ジャン = ジャック・ル ソーの『社会契 約論』に着目したい.ルソーは,「あるがまま の人間」のための「ありうべき法律」に基づく 統治手法の正当性を指摘する.同著において, ルソーは人々の行動を条件付けるための要因と して,動機づけ,制約する願望,目的,習慣,. 信念,および道徳の存在を挙げる.「各構成員 の身体と財産を,共同の力ですべてをあげて守 り保護するような結合の一形式を見出すこと,そ してそれによって各人が,すべての人びとと結 びつきながら,しかも自分自身にしか服従せず, 以前と同じように自由であること」(一篇六章) の必要性が唱えられた.すなわちルソーにとり, 契約は「各構成員がそのすべての権利とともに,. 〔自分を〕共同体の全体にたいして,全面的に 譲渡すること」(一篇六章)によって生じた現 象に他ならない.このように社会契約が孤立的 私人としてではなく共同体の一員として実現す ることが前提とされている以上,市場参入者は 自らの集合的な自己立法を通じて真の政治的自 由が実現すると認識されるようになろう.呼応 して,ボウルズの「社会的選好」,もしくは「強 い互恵性」においても,人間の社会契約を通じ て主権すなわち一般意志の行使が許容されるよ うになり,「一般意志はつねに正しく,つねに 公の利益を目指す」(二篇三章)との指摘がな された,と本稿は認識する2). そのため,一般に契約が「不完備契約市場」 によって成り立っている場合,いわゆる「社会 選好」が市場機能を高めるように貢献すると考 えられよう.「完備契約市場」で商品交換が行 われる場合,人々は社会選好を採用する傾向が 認められるためである.重視すべき点として, この社会現象がアダム・スミスの思想的相互作 用に基づいていることが挙げられよう.なぜな ら「不完備契約」は市場の失敗を導き出すもの の,同時に市場参入者同士の信頼を高める現象 をもたらすためである.このように,市場にお ける「不完備契約」の修正が信頼によって図ら れる点を軽視してはならない.たとえばケネ ス・アロー(Arrow, Kenneth Joseph)が指摘 するように,それは市場の失敗を是正せせるた めには本質的と言えるかもしれないが,同時に 立法者のジレンマの一部になり得る「二律背反」 を生み出すことが否めなくなる.すなわち契約 が不完備である場合,「不完備契約市場」にお. (42). 43契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). ける交換によってもたらされる信頼は,財貨幣 の交換に基づく取引関係を通じて学習すること を余儀なくする.そのため,たとえば「完備契 約市場」を「制度移植」する際に「移植」対象 国との間で信頼関係が欠如している場合,市場 は新古典派型の契約理論を完備させるように機 能することが避けられなくなる3). そのため「制度移植」の「移植」対象国が「契 約不完備性」を通じて市場の失敗をもたらした としても, それは信頼や互恵性など社会的価値 をもつ規範が同失敗を緩和させるように機能す る以外にない.たとえば完備契約のもと理想化 された新古典派型インセンティブを通じてもた らされる公共政策と法的実践は,むしろ規範を 崩すことによって市場の失敗を悪化させる可能 性がある.「移植」対象国市場にみられる「契 約の不完備性」は,いずれにせよ「契約の完備 性」に基づかない資源配分の歪曲を通じてもた らされた現象であると解釈することが可能にな ろう4).. 2.�ホッブズ『リヴァイアサン』アプローチに みる「完備契約」市場. ルソーの主張にみる社会契約説的アプローチ は,以下に記すようにホッブズの主張において も認められる.1651 年,ホッブズは『リヴァ イアサン』を著し,ピューリタンとは逆に物体 の自然状態は運動しており,静止しているので はないと指摘する.この「物体論」において認 識される行動原則を人間の行動様式として応 用・展開させたのが,ホッブズの「人間論」で あった.同論において人間は如何にして感覚, 欲望,食欲などの刺激を受ける物体なのか,さ らに自らを取り巻く外的運動が行動様式にどの ような影響を及ぼすかが明らかにされた.彼の. 「市民論」に記されているように,パワー行使 に基づく市場交換は人間の相互作用を通じてダ イナミックに物体の政治力学に影響を及ぼすた めである. このようにホッブズが認識する人間の相互作. 用は,人間が生まれつき善良な生き物ではなく, むしろ自己中心的な快楽主義者である点が前提 とされる.人間の行動を決める動機は,自然状 態において愚昧な私利私欲に導かれており,し たがって人生が「孤独で,貧しく,卑劣で,残 酷で,短い」「万人がお互いに戦争状態となる」. このように人間社会が市民国家や法による規制 が機能しない状態,すなわち「自然状態」にあ るならば,「移植」対象国の国民は「契約の不 完備性」のもと平等を図り,道徳的ではなく, 肉体的条件において経済活動を行うことに対し て情熱的な愛情,すなわち自然権を持つ必要性 が生じよう5).このホッブズ型の市場をクリア しない均衡は一定程度の合理性という自然法則 をもたらすかもしれないが,いずれにせよパ ワー行使に基づく競合する力と力との間の均衡 状態に連動し,道徳や自然権,もしくは自然法 則を伴わない市場交換が促されることは否めな いだろう. そのため「完備契約市場」を「制度移植」す ることは,「移植」対象国に市場の公平な分配 が機能しない状態,すなわちホッブズ型「自然 状態」をもたらすことによって,「移植」対象 国において一定程度の合理性,すなわち自然の 法則が公平な商品交換を促す結果となる.以降, パワー行使に基づく競合する力と力との間の均 衡状態が生じるようになるため,「移植」対象 国における「不完備契約市場」が強まるように なるわけである. 一般に,18 世紀末以降のスコットランドの みならず,大ブリテンが生んだ最大の哲学者で あるデイヴィッド・ヒューム(Hume, David) は,とりわけ哲学上の著作により,経済学者に 限らず,政治理論家,さらには憲法思想家たち にも甚大な衝撃を与えてきた6).現代経済学に おけるホモ・エコノミクス的欠陥を修正し,モ ラルサイエンス的経済学のメリット可能性を追 求する現代的意義の模索への期待を込めよとし たためである7).経済行動を自らの仮説の条件 とし,競争市場,明確に定義された所有権,さ. (43). 44 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). らに効率的かつ民主的にも責任ある国家が,統 治の重要な構成要素として認識されるように なったのも,そのためであった.呼応して,新 古典派経済における効用が必要条件として位置 づけられるようになり,経済面において完全競 争市場が道徳の役割を果たすようになる8). このことはまた,人々が自らの経済行動を 決定する場合,交換取引に関わるすべての財・ サービスに価格が付けられることを意味しよ う.「移植」の主体国が「すべての物が価格を もつ」という必要条を備えることにより,市 場競争によって決定される価格はスミスの「見 えざる手」が機能させる制度的条件が前提にな るわけである.結果として,「移植」対象国の 供給主体が利己主義的な考慮性を増すようにな り,呼応して全ての財が適正な価格を持つよう になるばかりか,これら経済的相互作用が「完 備契約市場」を通じて統治されるようになる. 一般に新古典派型競争市場において,買い手が 財・サービスを獲得するために支払う価格は, その生産と使用の結果として他者によって負担 される全ての費用を含むものとされる.同時に, 買い手が受け取る価格は,財・サービスを利用 できるようにする買い手やその他にとっての全 ての便益をも含む.そのため価格は買い手と売 り手にとっての単なる私的費用であるというよ りも,むしろ財の生産と分配に関する全ての社 会的な費用と便益を測るための手段になる.結 果として「移植」対象国の経済主体が自己考慮 性をますます強めるようになり,効用最大化を 図ろうとする利己主義的な合理的経済人の行動 が,さらに理想視されるようになる9). ただし交換は多くの場合,短期的かつ匿名的 関係を有するのではなく,むしろ長期的かつ人 間的関係に基づくものであるため,市場取引が 完備契約を満たすことは困難であろう.たとえ ばボウルズが唱えるパワー行使を通じて市場が 高度に競争的になる場合,長期取引が一般的で あるとされる.そのため 1 つの相互作用に関与 する人数は,当該市場で取引する人数よりもは. るかに少数にとどまる状況すら生み出す.一般 に交換は,多くの場合短期的かつ匿名的関係を 有するのではなく,むしろ長期的かつ人間的関 係に基づいているため,このような「契約の不 完備性」が成立せざるを得なくなるのである. したがって「完備契約市場」の「制度移植」主 体は,自己利益の追求にとどまらず,さらに自 己利益を超越して信頼や公正に対する関心にま で及ぶことが避けられなくなる10).連動して,. 「移植」対象国における市場操作主体が自らの 権威のもと自由に取引を行うことができるよう になる.いずれにせよ,「移植」対象国におい て,この内生的強制が競争均衡に基づくパワー 行使が容認されることによって,「完備契約市 場」の「制度移植」は「移植」主体国の影響を 強めるように作用する.その動きに連動して,. 「移植」対象国の市場操作主体が利益を享受す るという「契約の不完備性」がさらに強まるわ けである11).. 3.�ロック『人間知性論』アプローチにみる「互 恵的な利他主義」. ジョン・ロック(1632~1704)はホッブズよ りも 44 年あとに生まれた.いわゆる名誉革命. (1688~89 年)期の思想家として,ホッブズと ともに 17 世紀を代表する哲学者の 1 人である. イギリス古典経験論哲学の代表者とされるロッ クは 1690 年,「経験と観察」にもとづいて人間 の知性(human understanding)の由来と機能 を研究する『人間知性論』を著した.ドイツ観 念論哲学とは異なり,ロックのいう知性は感 覚と理性(reason 理知)の双方を含んでいる. 知性は人間の心が生み出す観念であり,なおか つ機能でもあるが,心の主要な活動には二種類 存在し,知性は思考する力,有意は意志する力 に相当しよう.このように心の機能から,「自 由と必然」という観念が,ロック『人間知性論』 から生み出されたのである12). ロックによれば人間は生まれながら自由であ る.自然状態においては地上におけるどのよう. (44). 45契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). な権力からも自由である.人間は他人の許可 を求めたり,他人の意志に依存したりするこ となく,単に自然法の範囲内で,自分の行動 を律し,自分が適当と思うままに自分の所有 物 Possessions や 人格(な い し 身体)Persons を処理することができる.すなわち,ロック の言う「完全な自由の状態(a State of Perfect Freedom)」(第 2 章第 4 節)である13). ロックの場合,ホッブズと異なるのは,自然 状態論の歴史性の所以を示し得た点に求められ る.すなわち所有権の成立史,平和状態から戦 争状態への転化に基づく不都合性に対処しうる 政治的社会設立に至る必要は,政治的社会の永 続的同意,政治的社会の変容過程に伴う絶対君 主政の戦争状態の現出,国際的自然状態におけ る文明と野蛮の並存に基づくものである.それ らの歴史的過程を理論的に把握することができ なければ,自然法の存在を前提した上でホッブ ズの自然状態論を否定し,自然法の支配する自 然状態から政治権力が生じるようになる.結果 として,自然法にもとづくことのない現実的根 拠が示されるようになり,政治権力成立以後に 無法,無秩序が生じうるに至る14).このような 契約に基づく自然状態を,ボウルズはパワー行 使によって内生的強制が成立すると指摘する. 特定の社会選好は特定のアクセントをもつた め,その大部分が他の人々との相互作用の中で 気づかないように獲得されるためである.ただ し,状況の変化に応じて新しいアクセントが選 好の変化をもたらす場合もある.この,いわば. 「内生的選好」の現象はインセンティブを通じ て長期的学習過程に影響を与え,その効果は何 十年も持続しよう.対照的に,選好が状況依存 的ならば,特定インセンティブを除去する新し い状況が,選好レパートリーの内部において選 好自らが行動の動機づけを変化させる.そのた め状況依存的選好と内生的選好のどちらの場合 においても,インセンティブは選好に影響を与 えるものの,その効果は異なるものになる.前 者は,インセンティブを与える者や状況に関す. る可逆的なシグナルを意味する.さらに後者は, インセンティブを通じて長期的選好の学習過程 が変化し,容易に逆転できないシグナルを意味 する15). このようにボウルズはインセンティブと道徳 とが「加法的に分離可能なもの」として認識し, 道徳の範疇に含まれる政府やインフォーマルな 非市場組織,とりわけ「市民の倫理」もしくは. 「他者考慮的な動機」の必要性を唱える.した がってボウルズの「社会的選好」,もしくは「強 い互恵性」も,これらの展開を通じてロック の『人間知性論』とは異なる性質であることが 理解できよう.また,内生的強制を通じて市場 主義的インセンティブが機能することは,「移 植」対象国の人々が利他的に効用最大化を図ろ うとする傾向を強めることを意味しよう.この 普遍的かつ非道徳的利己心の仮定が存在する限 りにおいて,たとえデイビッド・ヒュームが主 張する「巧みな悪党の貪欲を阻止する」契約が 掲げられたとしても,「完備契約市場」の「移 植」対象国において「完備契約」が機能しない 限り,インセンティブが「完備契約市場」をも たらさない現象に結び付くだろう16).本稿は次 にワルラシアン・パラダイムを展開することに よって,このような現象が生じるに至った要因 を古典派経済学の側面から明らかにしていきた い.. Ⅲ.ワルラス型「完備契約論」の限界. 1.「ワルラシアン・パラダイム」 ボウルズ(2017)が述べるように,デーヴィッ ド・ヒュームは『道徳・政治・文学論集』(1742 年)において次のような「原則」を推奨した.「い かなる政府の仕組みを考案する場合でも,・・・ 人間はすべて悪党であり,すべての行動におい て私的利益以外の目的をまったくもたないと想 定されるべきである.この私的利益によって, われわれは人間を支配しなければならず,それ によって,その飽くことのない貪欲と野心にも かかわらず,彼らを公益に協力させねばならな. (45). 46 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). い.同じくジェレミー・ベンサム(Bentham, Jeremy)は,公共政策の設計について「義務 と利害の結合原理」を提起した.つまり「守る ことが義務である行為を・・・遵守するのを各 人の利害にせよ」と述べる.『道徳および立法 の諸原理序説』において,ベンサムはヒューム の原則による公共政策的な含意を明らかにした ことが判明しよう17). このようなことから,「完備契約」は市場の 非合理性を正すことが彼らの中心テーマであっ たことが理解できよう.そのため,経済主体や 市民は不道徳ではないと認識された.社会規範 の進化に関する研究の先駆者であるヒューム は,非合理性の誤りが政治的に正当化されたこ との奇妙性を指摘する.スミス『道徳感情論』 も人間の利己性を想定してもなお,他人の運命 と幸福を重んじる原理が複数存在すると指摘す る.このようなことから,市場参入者の関心は 利己的に経済的効用を取得するだけにとどまら ず,客観性を帯びながらも取得する経済的効用 に基づいており,「契約の不完備性」が成立し ていることが理解できよう.そのため,「完備 契約」的な古典派経済学者によって推奨された 政策は,倫理的かつ他者考慮的なアプローチを 通じて「不完備契約市場」を機能させるに至る のである.ベンサムによると,懲罰は「道徳的 な教え」であるべきであるとされた.以下,こ の古典派経済学を応用することによって,「契 約の不完備性」が「ワルラシアン・パラダイム」 の手法に基づいて成立していることを明らかに しよう. 「ワルラシアン・パラダイム」は,それが有 する理論的対象の範囲,経済主体に関する仮 定,均衡概念などの理論的特徴を有するもので ある.ボウルズは,同パラダイムについて次の ように説明している. 個人が自分志向的に外生的に決められている 選好をもち,行為の諸結果について,長い視野 をもって評価し,その評価に基づいて行為を選 択すると仮定する.②社会的相互作用は契約に. 基づく交換という形態以外をとらないと仮定す る.③多くの場面において規模に関する収穫逓 増は無視できると仮定する」18). 植村(2015)は,ワルラシアン・パラダイム と自らが発展させようと取り組む「進化社会 科学(evolutionary social science)」の特徴を, 次のように指摘する.以下,植村(2015)によ る手法に沿いながら,「制度移植」について明 らかにしてみよう.ワルラシアンは,要素還元 主義・方法論的個人主義に基づき自己考慮型で 将来展望型の個人を仮定している.そのため,. 「完備契約市場」を「制度移植」するのであれ ば,選好を外生的で利己的なものとする必要が ある.ただし,「完備契約」に基づく方法論的 個人主義を相対化しつつも,「不完備契約」的 な他者考慮型で経験から学ぶ過去振り返り型の 限定合理的な個人を仮定することが余儀なくさ れよう.そのため選好と制度の相互規定関係を 強調する必要性が認められるようになり,「完 備契約」を通じて達成される社会的相互作用は,. 「不完備契約」を含む広い社会的文脈と一致す るものとなる.そのためワルラシアン型「完備 契約市場」の「制度移植」は,同市場が一意で 安定的均衡を仮定している以上,「移植」対象 国の「不完備契約市場」は複数均衡や非定常的 かつ下位階層単位を含む定常過程,もしくは進 化過程から成立することが避けられなくなる. このようにワルラシアンの特徴は,その合理的 経済主体による「完備契約」を仮定しているた め,その閉じた無時間的空間を「制度移植」す る場合,いわゆる内生的強制が「移植」対象国 で機能させることになる19).このような点にお いても,ワルラシアン型「完備契約市場」の「制 度移植」は「移植」対象国に「不完備契約市場」 をもたらすことが判明しよう.以下,市場にお けるパワー行使主導の内生的強制を展開しなが ら,本稿がそのように考えるに至った理由を明 らかにしよう.. (46). 47契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). 2.市場におけるパワー行使主導の内生的強制 ボウルズが唱えるパワー行使は,一般に市場 参入者である諸個人の間を対象に講じられるた め,市場において個人が孤立する状態を前提に しているのではない.そのため「移植」対象国 のパワー行使は脅しと制裁の内容を含むように なり,その存在ゆえ「契約の不完備性」を満た すものとなる.一般にホッブズからパーソンズ に至るまでのパワー研究者たちによって強調さ れたように,「移植」主体国によるパワー行使 はパレート改善的な結果を可能にするものの, これら脅しと制裁を通じて他国に被害をもた らす点で倫理的原則を侵害することが判明しよ う.これらの点についてボウルズは,経済分析 に意義をもたせる必要性から,パワーの適切行 使がナッシュ均衡をもたらすとの認識を示す. ギンタス(Bowls, Gintis 1992)も指摘するよ うに,たとえば B 国が A 国に対してパワーを 持つためには,B 国が A 国に対して自国型市 場主義の「制度移植」を行う権利を保有する. ただし B 国は B 国の利益を促すように A 国の 行為に影響を及ぼすことが可能になるものの, A 国は B 国に対して同様の能力を持つことは ない20). そのため市場などのインセンティブ主導型制 度は,自ら拠って立つ市場基盤を侵食しよう. 市場倫理的な他者考慮的選好が失われる一方 で,そうした損失を埋め合わせるようになり, さらにインセンティブ利用を拡大させる必要性 が生じるためである.このように市場とインセ ンティブが社会的選好に与える経済的効果は存 在するものの,多くの社会においては,そうし た経済的効果が市民社会の存続を強調させるこ とで,政治的繁栄を可能にする他の社会過程を 通じて相殺されてしまう21). ゆえに信頼や家族,或いは家父長的規範に代 替することを通じて,集団主義的な契約の履行 強制に基づく家族的,共同体的,その他の家父 長的システムが普遍的になり,国家主導システ ムが個人主義的システムを弱体化させる影響を. もたらすと考えられよう.なぜなら,完備契約 市場に基礎を置いた社会が,社会規範の定義と 適用 を 通 じ て 高水準 の「不完備契約市場」を 生み出すのである.この市場の「市民化過程」 は,法の支配によって拘束された国民国家の出 現にも貢献しよう.たとえばアーネスト・ゲ ル ナー(Gellner, Ernest)が 属会社会化(exo- socialization)と名付けたよそ者に対する学校教 育の国民的システムは,その発展を通じて,よ り普遍的な社会規範の拡散を支援させる.ゲル ナーが主張するように,家父長的な伝統文化が, 市場環境における異邦人との相互作用,或いは 整合的な普遍的価値に取って代わられるためで ある.したがって市場は国民国家の範囲内で分 業を調整できるようにさせるものの,呼応して. 「移植」対象国の市場流動性を増すようになる ため,資産を「特定」市場にとどまらせること が出来なくなる.結果として,「移植」対象国 における市場の不安定性が増すようになり,リ ベラルな諸制度によって提供される保険,たと えばセーフティネットなどを補完せざるを得な くなるわけである22). 以上述べてきたことにより,ボウルズの「社 会的選好」,もしくは「強い互恵性」が契約の 不完備性に基づく市場交換を通じて「不完備契 約市場」をもたらしている実態が理解できよう.. 「完備契約市場」の「移植」は,国家 が 絶対君 主制であろうとも民主的な議会制でもあろうと も,「移植」対象国において市場そのものが封 建的勢力によって支えられている限り,インセ ンティブが強い権威を後ろ盾にしていることは 避けられない.既述したホッブズ型「法実証主 義 (Legal positivism)」が「契約 の 不完備性」 を不可欠とする理由も,このような展開を通じ て明らかにすることができよう. ボウルズの「社会的選好」,もしくは「強い 互恵性」の条件として,社会契約に中にある創 造物,すなわち既述した「リヴァイアサン」が 含まれていた.リヴァイアサン的性格ゆえに,. 「移植」対象国において国家が暴力と絶対的権. (47). 48 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). 威を独占的に保持するようになると,そのアリ ストテレスの立法者の行使を通じて,「不完備 契約市場」への傾向が強まるためである.さら に制裁を通じて正常な行為から逸脱した者が罰 せられることにより,市民はアリストテレスの 立法に基づいて自らの権利を自発的に放棄する ことすら余儀なくされよう.そのため国家が自 らの権力を濫用した場合,それが如何なる結果 をもたらすかを覚悟するようになるため,その 自らの権力を濫用しないインセンティブすら必 要とされよう23). そのため,たとえ「不完備契約」市場のもと パワーが不均衡な状況で行使されたとしても, それはナッシュ均衡に基づく最適反応行動を反 映した結果に過ぎないことが判明しよう.いず れにせよ,「制度移植」によるパワー行使が不 可欠とされる以上,「移植」対象国における利 害確保は「契約の不完備性」をもたらさざるを 得なくなるのである.典型的な事例として,た とえば均衡点において,取引したいとする取引 がより少ない市場の側,すなわち市場のショー トサイドと名づけられる側にいる人々の存在が 挙げられよう.このように市場がクリアされな いこととパワー行使との間の関係を,ボウルズ は強調する.支配的な覇権国のもと,このよう に資本主義経済における財・サービスと貨幣と の交換がショートサイド・パワーによって実現 されている限り,それによってもたらされる内 生的強制が「移植」対象国における従属型独裁 者のパワー行使をもたらすという「内生的強制」 の成立が避けられなくなると考えられよう.. 3.�「制度移植」にみる「社会的選好」・「強い互 恵性」の展開. ここでは,「制度移植」のゲーム論的展開を 通じて,ワルラシアン・パラダイムの限界を明 らかにしよう.たとえば「完備契約市場」が「制 度移植」によって「移植」対象国に定着する場 合,ほぼ半数の国家が裏切るよりも協力的であ ると認識されよう.殆どの国家が,協力者を裏. 切ることでより大きな物質的利得を得ることよ りも,相互協力を選好し,進んで他国が同じよ うに感じる機会を選択するためである.ゆえに 他国もまた,積極的に同じ機会を選択すると認 識される.国家が裏切る場合,とりわけ多くの 場合,特定国が受け取るより大きな利得によっ て誘惑されるからではない.他国が裏切るかも 知れないことを知っているためであり,自らの 協力を他国が悪用し難いためである.このよう に「制度移植」の囚人のジレンマゲームが同時 にプレイされるのではなく,各国が他国にもた らすであろう反応を理解することなく,逐次的 に「移植」プレイされる場合に発生する.逐次 ゲームにおいては,後手が先手国家に互恵的に 対応し,先手が協力する場合に協力し,協力し なければ裏切る.その動機ゆえに「完備契約市 場」において競争主義が生じることはない24). では囚人のジレンマに基づくのではなく,. 「制度移植」に基づいて世界戦略を概観してみ よう.その際,他国がどのような行動をとるか に関わりなく,自国のパートナーと協力するよ りも,むしろ「移植」対象国の封建性を強める という「矛盾」が導き出されよう.なぜなら「制 度移植」ゲーム論を通じて,「移植」対象国の 市場操作主体が封建性を強める支配戦略になる ことが判明するためである.通常,国家が関心 を抱くのが自国の封建的市場主体の利得だと仮 定すれば,この「矛盾」が普遍的であると予測 されよう.ただし,ゲームが現実の国家によっ てプレイされるとき,ほぼ半数の国家が裏切るよ りも協力的であることを軽視してはならない25). そのため特定国が協力国を裏切ることでより大 きな物質的利益を得るよりも,むしろ相互協力 を選好し,進んで他国と同様に感じる機会を選 択するため,同国も進んで同様の機会を選択す ることが予想されよう. では市場化された国際社会で,なにゆえに 人々がゲームにおいていっそう寛大な提案を行 うのであろうか.政治経済的な同盟関係を築い ている国同士では多くの場合,見知らぬ国との. (48). 49契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). 相互作用は,しばしば危険をはらむが,政治経 済的な同盟関係を築いている国同士では,この ことはさほど妥当しない.なぜなら,「制度移 植」主体国が国際的な関係を築いた国に「完備 契約市場」を「制度移植」するような場合,そ れは両国に対して経済的利益を提供していない からである.このように市場参入者が匿名で市 場交換を行っている以上,見知らぬ国に対して 適切な仕方で「制度移植」する手がかりを与え ない可能性が生じよう.より「完備契約的」な 社会において見られる合理性を兼ね備えた実験 では,市場主義的に特定国が見知らぬ国と経済 的な取引をすることが利益を生むということが 国際経済の市場経験を通じて学習されていたこ とが証明されている26). このことは,「制度移植」において「移植」 主体国の規模の大きさが国際的影響力に基づい ていることを意味しよう.なぜなら,契約が不 完備であるか,或いは約束の強制履行が不可能 である場合,同盟関係にある諸国間で頻繁に繰 り返される交換は,機会主義的行動に対する報 復を許すためである.経済制裁を利用すること によって,それがなければ自己考慮的である国 家を,その取引相手国に対して正当な規範をも つようなボウルズの「社会的選好」,もしくは「強 い互恵性」のインセンティブが提供されるわけ である.「完備契約市場」の「制度移植」が「移 植」対象国の「不完備契約市場」をもたらすと いう内生的強制の現象が,このボウルズによる. 「社会的選好」,もしくは「強い互恵性」の正当 性を裏付けるものに相当するわけである27).. Ⅳ.�「不完備契約論」に対するボウルズの解釈: 非ワルラシアンアプローチ. 1.�ボウルズ型「社会的選好」・「強い互恵性」 による「不完備契約論」の展開. 既述したように,ボウルズの「社会的選好」, もしくは「強い互恵性」によって「制度移植」 を展開するのであれば,「移植」行為は利他主 義,互恵性,或いは他者を助けることから感じ. る内在的な喜び,不平等の回避,倫理的なコミッ トメント,自分自身の富や物質的利得に忠実で ある人間の利他性にとどまらないことが理解で きよう.なぜなら,むしろ他国に自国型市場の. 「移植」を働きかけるという国際政治的な戦略 要因の存在が強調されるためである.したがっ て,「移植」対象国に対して「不完備契約市場」 を定着させる社会的選択は,「移植」主体国が. 「移植」対象国の受け取る利得に何らかの価値を 割り当てるケースに限定されない.さらに広い 定義として,「移植」対象国の利得もしくは福利 に対する関心とは無関係な道徳的かつ内在的理 由などを含む.このように自国型「完備契約市場」 を「移植」することで,「移植」の際に社会的規 範に忠実であるために生じるコストを負担する ことが余儀なくされるわけである28). たとえば「互恵性」の研究において代表的な 理論的モデルとして知られている繰り返しのあ る囚人のジレンマゲームについて,以下のよう な説明を加えることが可能になろう.一般に同 ゲームにおいて,相手を裏切ったときに得られ る利益がもっとも大きく,次に協力したとき, お互いに「移植」を裏切りあったとき,裏切ら れたとき,の順で利益が小さくなる29).このよ うな条件を「制度移植」に応用・展開するので あれば,以下のような現象が生じるであろう. すなわち「移植」主体国が表面上は協力的に振 る舞いながら,相手国の裏切りには裏切りかえ すという「しっぺ返し」と呼ばれる方法を採用 すると,長期的には最も利益が得られること が判明する.たとえば(Clements & Stephens, 1995)を応用展開すると,このように互恵的な 利他行動が発生するか否かを検証する際, 協力 した際,もしくは騙した際の適応度の得失が, 制度移植の条件に合致するように設定した実験 を行うことが可能になる30).そのため「制度移 植」によって両国が同時に利益を得るという双 利的な条件では協力関係が確立するものの,こ の囚人のジレンマゲームの条件を応用展開する と,「制度移植」は「移植」主体国 の「完備契. (49). 50 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). 約市場」が「移植」対象国の従属的独裁性を強 めるように作用させるようになり,両国の間で 内生的強制の現象をもたらすことが明らかにな ろう. このように様々なゲームにおいて,利己的で あることが唯一の方法であるようにみえるが, 標準的な経済モデルから逸脱する多くの方法も 存在しよう.たとえば無条件に利他的な国,つ まり単純に他国が受け取る便益を高く評価する 国が存在し,或いは場合に応じて利他主義の形 態を示す国の存在も予想されよう.これらの 国々は,便益をまったく期待できない場合でも, 交互的に市場参入者の期待に応えようとする. 他方,明らかに新古典派型の市場機能のもと, 不平等性を繕おうとする国も存在しよう.この. 「契約の不完備性」ゆえに,たとえばボウルズ による「社会的選好」,もしくは「強い互恵性」 を通じて自国型「完備契約市場」の「移植」を 通じて,「移植」対象国の従属型独裁性を高め ながら他国民に働きかけることすら考えられよ う.このように「制度移植」の主体国が「移植」 対象国に「制度」を植え付ける際,価値を割り 当てる事態のみに限定されるわけではない.む しろ,他国の利得もしくは福利に対する関心と は無関係な封建的かつ道徳的な市場が付随して もたらされるなど,内在的理由を通じてコスト 負担が強いられることすら考えられよう31). そのためケネス・ジョセフ・アロー(Joseph, Kenneth Arrow)は,契約が失敗する際,「移 植」主体国の行為がもたらす費用や利益を内部 化させる社会規範や道徳的原則の存在を挙げ る32).またロバート・ルーカス(Lucas, Robert Emerson)は,市民の信頼と目標とされた経済 的行為が相互に依存している以上,政策介入の 効果が信念に対する間接的効果を考慮したとき に限り,両国間の国際関係モデル自らも変化を もたらすと指摘する33).内在的理由を通じても たらされるコストは,このような内在的要因を 基にして生じるに至るわけである.. 2.�「間接互恵性(indirect�reciprocity)」にみる 「不完備契約」. フリードリッヒ・ハイエクは,市場を「その 機能のために左右されない社会システム」とし て賞賛し,それは「すべての人間が,今以上に 善人になって初めて機能する「完備契約市場」 ではないと指摘する.そうではなく,すべての 人間があるがままの多様で,複雑な,時には善 人であり,また時には悪人であるという姿のま まで活用する社会システムを指摘する」34).ま たマキャベリ(Machiavelli, Niccolò)にとり法 は,「完備契約市場」で公共の目的に向かい利 己心を抑えるためのインセンティブと制約を提 供することと同時に,さらに「不完備契約市場」 で法の有効性を左右する良い習慣を維持する手 法である.すなわち「(徳の)良い事例は,良 い法から生まれる良い教育から生ずる35)」ため,. 「完備契約市場」は良い法と良い習慣が代替的 ではなく補完的に成立もするわけである.し たがってマキャベリにとり政府は,市民が善人 であるかのように行動する.マキャべリの主張に より,「完備契約市場」のもと共和制が優れて 統治されるのを保証するのは市民の道徳ではな く,むしろ『法を整備する』「不完備契約市場」 の姿に他ならない市場操作主体の能力に着目す べきであると認識されよう36). このようにマキャベリ型の利他主義は様々な 展開に応じて異なる現象をもたらし,「移植」 対象国 の 生命体(organism)に とって 不利益 になる一方,「移植」主体国にとり利益となる 任意の行動を意味すると定義される.すなわ ち,利益と不利益が繁殖適応度に応じて定義さ れるわけである37).たとえばハイエク型「互恵 性」を進化ゲーム論的に応用展開すると,「しっ ぺ返し(tit-for-tat)」戦略の背後に利他主義が 存在していることが理解できよう.ハイエクに よる主張に基づくのであれば,福祉や再分配の 領域における国家による再分配機能は限定的な ものにとどまり,なおかつ恣意的な分配に過ぎ ない.むしろ,国家が介入することなく個々人. (50). 51契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). の判断にゆだねるならば,自由に交わる個人が 各々の持つ情報,或いは知恵を結晶化させるこ とにより「自生的秩序」を生み出す.そのため ハイエク型「互恵性」は,この「自生的秩序」 に基づく自由市場を前提としており,あらゆる 政府計画者が入手不能な知識を提供する価格と いうシグナルを備え,個々の市場参入者を全体 的な善に導く経済活動に向かわせるようにな る.対して国家による再分配機能は特定目的を 達成するための資源再分配であり,個人の自由 を侵害するにとどまらない.結果として全ての 市場参入者に利益供与する市場プロセスを非効 率なものにし,長期的には社会の発展を阻害す ることになる38). そのため互恵的な慣習や伝統に基づく利他主 義的のみが切り離され,市場参入者の正義感覚 として定着するようになる.或いは「他人に尽 くす」,「他人に尽くされる」というルールにお いてのみが正義感覚としてひとびとを規律する ようになる.「他人に迫害されても, 騙されて も他人に尽くす」,或いは「他人を迫害しても, 騙しても他人に尽くされる」ルールではない. こうした正義感覚に基づく暗黙知がルールにな るとするのであれば,「裏切り者への制裁」と いう補完的ルールと「他人に尽くされる」との 間に互恵性が生じるようになり,いわゆる「しっ ぺ返し(tit-for-tat)」戦略が機能するようにな る39). そのため「しっぺ返し」は,一国を相手にす る繰り返し囚人のジレンマの状況に直面してい るプレーヤー国に対し,最初の回に協力的に行 為するように指示し,その後は毎回,相手国が 言明した通りに行うために生じた現象と解釈さ れる.この現象を「制度移植」に応用すると, 相手国が協力したならば「移植」し,相手が 裏切ったならば「移植」しないように指示する ゲーム論と同様の現象が導き出されよう. これらのモデルを応用展開することで,さら に両国の政治経済的同盟関係の実効化に基づく 間接互恵性の概念も存在しよう.一般に国際関. 係は,他国に対する自国の意思決定に強い影 響を及ぼす事例が存在する.たとえば A 国 が B 国 を裏切ったとする場合,その情報が第三 者の C 国 に伝わることによって C 国は「A 国 と国際関係を結ぶのは避けよう」と思うか,「A 国 に対しては自分も裏切っても構わないだろ う」と考えたりする可能性が生じよう.逆に, A 国が B 国に対して過去に協力行動を採用し ていれば,それを聞いた C 国 が「自国も A 国 に対して協力行動をとろう」と思うかもしれな い.このようなメカニズムで人々の相互協力が 達成されるためには,プレーヤー国の性質や過 去の行動に関する情報,すなわち「互恵性」に 基づく「完備契約市場」の世界的影響力が,「移 植」対象国に政治的経済的影響力を及ぼしてい ることが判明しよう.そのため国際的協力行動 をとらない「移植」主体国が「移植」を行う場 合,脅しに基づく内生的強制が成立し,両国 の利益が失われることが否めなくなる.そのた め「制度移植」を通じて仮に政治経済的情勢が 一国の性質を識別する指標として成功裏に機能 しているのであれば,自国利益を最大化しよう と思う国は協力行動を採用するようになる.そ の典型的な事例として,関税同盟や軍事的同盟 などで築かれた主従国間が経済的利益を共有し ようとする現象が挙げられよう.このようにし て支配覇権国と従属国との間に生じる「間接互 恵性(indirect reciprocity)」が機能するよう になるわけである40). このように「制度移植」の「しっぺ返し行 動」も,諸国は行動を選択する際,その行動が 自国自身にとって如何なる帰結をもたらすかで はなく,他国にとって政治経済的有益性をもた らすかを考慮する社会的選択の結果であった点 を軽視してはならない.すなわち「移植」主体 国が経済行動を選択する際,しばしば行動の帰 結だけ,或いは「移植」対象国の行為者たちが 如何なる経済的意図で行動しているかについて 関心を抱く.そのため「制度移植」の主体国に 従属する経済行為を行った「移植」対象国に対. (51). 52 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). しては寛大さを示すものの,従わない経済行動 を行った対象国に対しては経済制裁を与えると も考えられよう.その結果,多国間貿易協定は じめ経済的同盟の成立に伴って直接的・間接的 な報酬への期待を伴わない相互作用,たとえば 排他的経済ブロックが機能するようになるわけ である.ボウルズはこのような状況を「強い互 恵性」と呼ぶ.この「強い互換性」は,将来の 報酬への期待を伴う互恵性に基づく利他主義と は異なる点で着目に値しよう. 以上述べてきたことから,国家間の「しっぺ 返し行動」は自国の「完備契約市場」を他国に. 「移植」せよという主従的な国際関係問題に基 づいていることが理解できよう.この「交互性」 に深く関連する思想は,自国の行動を相手国の 尺度で評価することを事前に要請しているた め,相手国との間で,主従的な国際政治的な同 盟関係が築かれていることが前提さとれる.す なわち,覇権的な支配国の経済行動は自国のた めではなく,あくまでも同盟国を自国に従わせ るための国際戦略である.その後,「移植」主 体国は自国の影響力を強め,一方で「移植」対 象国を従わせるための「互恵性」がさらに強ま るようになるわけである41). このように全ての交換当事者が自由に取引を 行うことができ,それがもたらす新古典派型の 競争均衡が従属的な「移植」諸国に「移植」さ れるようになると,それに連動して「移植」対 象国の「不完備契約」を通じて「移植」対象国 の従属型市場操作主体は自らの利益を独占する ようになる.このようにして,「制度移植」に 基づいて「移植」主体国と従属国との間の国家 同士の主従的同盟関係が強固になるわけであ る.. 3.�オーストリア学派にみる「互恵性」:「完備 契約」と「不完備契約」. ボウルズの「社会的選好」,もしくは「強い 互恵性」は,オーストリア学派のハイエクによ る「自生的秩序」の他,ルートヴィヒ・フォン・. ミーゼ ス(Ludwig Heinrich Edler von Mises) による利他主義型の経済行動,アマルティア・ セン(Sen,Amartya)によるケイパビリティ の経済開発思想,さらにジョン・ボードリー・ ロールズ(Rawls, John B.)による「正義論」にも 認められる.以下,ボウルズの「社会的選好」, もしくは「強い互恵性」とオーストリア学派の「正 義論」との間の相違点について明らかにするこ とで,「社会的選好」に基づく型「互恵性」の 特徴を導き出すことにしよう. 通常,いわゆる権威に基づく「契約の不完備 性」とは,述べてきたようにインセンティブと 制約が公益の供給において抑制されるように設 計される点について挙げておく必要性が生じよ う.のみならず,利己心が促されるために政策 立案者たちが彼らの政策パッケージにおいて経 済的インセンティブを限定化し,また他国との 政治経済的な同盟関係に基づく資源配分に応じ て市場が機能している以上,利他主義的に政府 やインフォーマルな非市場組織による大きな役 割を支持する点についても触れる必要性が生 じよう42).たとえばハイエクは,市場を「その 機能のために左右されない社会システム」とし て賞賛し,それは「すべての人間が,今以上に 善人になって初めて機能するようなものではな い.むしろ,「契約の不完備性」ゆえに全ての 人間があるがままの多様で,複雑な,時には善 人ですらあり,また時には悪人であるという姿 のままで活用する社会システムなのである」と の主張を展開する43). オーストリア学派は 1871 年出版のカール・メ ン ガー(Menger, Carl)著『国民経済学原理』 に始まり,その手法は価値が財・サービスに対 する評価作用であり,古典派経済学が主張する 等価交換から価値が導かれるのではない点に集 約される.すなわちオーストリア学派において 主観的効果という概念を導入することにより, 価値(価格)が財に内在する属性ではなく,む しろボウルズの「社会的選好」,もしくは「強い 互恵性」のように他人が評価するもの,或いは. (52). 53契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). 他国から評価される対象との間の関係を構成す るものとして認識されたのである.価値は財の 中に内在する古典派経済学の価格(値)理論で はなく,それを主観的効用の概念を導入するこ とによって解決しようとしたとオーストリア学 派は認識するわけである44). このメンガーによる手法を発展させたのが, ミーゼスおよびハイエクであった.ミーゼスが 唱える方法論的個人主義は,同主義に基づく人 間の合理的行為を先験的に妥当なものであると みなし,その合理性原理を通じて導かれた理論 社会科学の命題を絶対的真理として認識するこ とにより,論理的な正当化を導き出そうと試み る.そのためミーゼスは自らが唱える方法論的 個人主義 は 方法論的集団主義 の 対立概念 で あ り,それはまた無知な個人を前提としており, 完全情報を備えた経済人が効率的に市場を機能 させる「合理的経済人」の手法と対峙する点を 強調する.ミーゼスにとり世界市場は一国を対 象にするものにとどまらず,したがって特定国 による「社会の目的」という概念も存在しない. 異なる「各国の諸目的」が存在する世界は,し たがって無知で変化にさらされ国民によって構 成されている.この「契約の不完備性」により 弱き存在にとどまる諸国民から成る国家は,設 計された秩序を生み出すことすら出来ないわけ である45). このようにミーゼスが唱える人間は利他的 で,その理論は人間の営みによる物資的福利に のみ関わるものではなく,あらゆる利他関係の 行為にも関わるものでもある.行為者にとり価 値は常に他国の選択肢とともに現われ,どのよ うな目的を選択すべきか,また如何なる理念を 掲げるべきかについても,その問題に直面する 他国との選択の問題であった.ミーゼスは,こ のような諸国間の経済的選択行為に関わる人間 行為を「プラクシオロジー」と呼び,それらを. 「目的をもった行動」として定義するのである46). このようにオーストリア学派において,利他主 義は他人に対する「個々人の選択の問題」に関. わるものである一方,ボウルズの「社会的選好」, もしくは「強い互恵性」に基づく利他主義は,. 「社会においてある人(々)に対する他の人(々) からの強制が可能な限り少なくなっているよう な人間の状態」が前提とされる.他人との関わ りが社会にあまねく行き渡っている状態におい て,「互恵性」が個々人の自由を尊重するため である.またハイエクは,このミーゼスの利他 主義を前提として「自生的秩序」の概念の存在 を指摘する.すなわち市場ルールは一般化或い は抽象化に耐えたものに限られ,その他のルー ルは形骸化もしくは脱落を余儀なくされる.や がて市場参入者の利益最大化を図るルールそれ 自らが,同秩序概念に基づく市場ルールにおけ る暗黙のルール(rules of thumb),規範,慣 行を該当国の「制度」として発展させ,それを 社会的合意のあるものと認識するようになるわ けである47). ハイエク型「自生的秩序」の概念とは,この ようにボウルズの「社会的選好」,もしくは「強 い互恵性」に基づく「互恵性」とは異なる思想 的根源としての存在感を見出すことが出来,ゆ えに社会科学の領域にとどまることなく,さら に「契約不完備性」に基づく封建的な規範科学 の意義をも含むものになる.これらの点からも,. 「完備契約市場」の「制度移植」が図られる場合, 「社会的選好」に基づく「互恵性」が「移植」対 象国において「契約の不完備性」をもたらすに 至る経緯が生じることが判明しよう.. Ⅴ.�ハイエク,セン,�ロールズ主張にみる契約 の完備性・不完備性. 1.�ハイエク「外生的秩序」にみる契約の完備性・ 不完備性. ボウルズは新古典派経済学の方法論的個人主 義の概念達成を否定するため「社会的選好」, もしくは「強い互恵性」を唱えるのであるが, 既述したように彼の思想的背景とメンガー, ミーゼス,ハイエクはじめオーストリア学派が 唱える利他主義との間に相違点が認められよ. (53). 54 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). う.一般にオーストリア学派が唱える交互性は, 自然科学の方法を無批判に適用することの限界 性を明確化することにより,同時に道徳という 概念について認識を深めようとする必要性に基 づいている48).ここでは,具体的にオーストリ ア学派のハイエク「自生的秩序」を挙げること により,同秩序とボウルズの「社会的選好」,「強 い互恵性」に基づく「互恵性」との相違点を明 確化しよう. たとえば「契約の不完備性」ゆえに,「移植」 対象国市場において参入者が個人主義的に経済 行動を操作するようになると,彼らは自らをコ ントロールする市場操作主体の存在を不可欠と する.その点についてハイエクは,市場均衡性 維持に必要な「自生的秩序」の概念を通じて, 経済システム全般が仏・独における大陸型制定 法にみられる典型的な設計主義ではない点を 主張する.このように「契約の不完備性」ゆえ に,他人との関わりに不可欠な道徳的ルール, 所有制度,貨幣制度,(広義での)法制度に基 づいて機能するためである.やがて経済シス テムにおける文化的,生産的な進化は,「立法. (legislation)」や「命令(command)」ではなく, むしろ市場主義の自生的成長自らのうちに交 換・取引を規制するようになる.呼応して「契 約の不完備性」が,市場全般において権力主体 の存在を不可欠にするわけである. このようにハイエクは,「完備契約」型の自 生的なルールが多数の人々の行為を集約したも のとして認識した上で,それらを集約する行為 を如何にコントロールするかについて,分析の 対象を据えたのである.このように市場参入者 の行為を制約するため,他国の市場参入者の目 的は社会的知識やルールを通じて市場参入者の 具体的経験から切り離されよう.したがってハ イエクにとり市場とは,自主的ルールを通じて 利他主義的に市場参入者同士が繰り返しかかわ りあう中で成長する存在である.このように固 定的なものではない性格ゆえに,「契約の不完 備性」が成立するに至るわけである49).. ハイエク型「自生的秩序」の概念が導き出さ れた背景として,さらにハイエク自らが唱える 人間像も挙げられよう.ハイエクにとり人間と は,彼自らが「暗黙知の抽象概念」と表現する ように,情報の非対称性により知識的限界性を 有する存在に過ぎない.彼の言葉によれば「言 語,伝統,慣習を用いるかの如く人間の欲望を 制御する能力を発揮する場」として捉えられる とともに,「不完備契約市場」自らが知識的限 界性を有する人間行動に不可欠なコントロール 手段として機能すると認識されたことになる50). そのためハイエクにとり市場は,独立した諸 国人の努力が信頼される場であるものの,市場 参入者らの限られた知識を最大限活用しなけれ ばならない存在でもある51).いわゆる「情報の 非対称性」という「不完備契約」を通じて,権 力主体から情報提供を受けることすら避けられ ない.そのため市場は,「個人的利益のカオス」 のもと,社会解体への不安・疎外・価値観の崩 壊・排除すらもたらされるようになり,道徳も しくは秩序が市場を操作し,やがて階級構成の 存在を不可欠とするのである52).この階級構成 に呼応するかたちで,祖先より引き継ぐ冒険的. 「制度」,すなわち慣習・習俗や道徳によって築 かれた「中間組織」として,ハイエク型「自生 的秩序」の概念が一層,強力に市場を操作する ようになる.このように市場主義の競争性がさ らに強まるにつれ,呼応して「契約の不完備 性」もさらに強まるようになり,やがて封建的 勢力の改変を許さない利他主義的な共同体の存 在が,市場全体を覆い尽くすに至るのである.. 2.�セン「ケイパビリティ」にみる不完備契約 型の「互恵性」. アマルティア・センは,政治的自由を通じて 統治者の選択の機会,当局に対する批判の可能 性,政治的表現の自由,検閲のない報道,政党 の選択,政治的対話や反対や批判の機会,投票 権立法者や行政官の選出への参加を促すなど, 自らが唱える範囲は極めて広範囲に及んでい. (54). 55契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). る.具体的にハイエクが唱える「自生的秩序」, すなわち「完備契約」的に「政体の選択,立法 過程,行政府のコントロールへの人々の参加」 にとどまらず,さらに「不完備契約」的な秩序 概念に含まれる言論の自由や表現の自由もまた 対象範囲に含まれる.そのため,これらコント ロール主体が市場参入者を操作することが求め られるようになり,それが「移植」対象国の開 発独裁を許すようになる.「完備契約」的な「政 治的自由」の「移植」は,それを価値として守 るべき「個々人の自由」とは峻別しなければな らないため,この開発独裁的な現象が生じるの である. そのためセンは,経済的自由を唱えることに よって個々の人(々)の取引の自由,すなわち 本来人々が持っている権利を主張し,独裁に基 づく恣意的なコントロールは権利の侵害をすら 指摘するのである.経済的な自由市場を通じて 人々の所得と富を拡大するものの,独裁により 人々の「諸自由」が懸念されたわけである.こ のようにセンの自由は「不完備契約」的な構造 および市場そのものであり,既述したハイエク が唱える自由とは異なることが理解できよう. ハイエクが唱える自由は自らの信念,価値観, 考えに従って行動し,周りに影響を与える人間 の性向,活動などを指すことから,センによる 経済構造的な自由とは明らかに異なろう. すなわち「完備契約」ではなく自らの環境に 自らの能力,「知識」を活用して対応策を唱え る点において,センは開発主義を遂行する政府 の能力や市場操作主体のパワーに着目し,した がってハイエクが唱える他人の強制に基づかな い市場主義的自由を否定するのである.このよ うにセンが認識する自由は,個々人が消費,生 産,取引のため経済的資源を利用する機会を指 すのである53).個々人が実際に使える経済的資 源が前提とされている以上,たとえ所得が高く ても,市場に求める財が行き渡っていない場合, その財を使用することはできない.このように センの「不完備契約」が独裁に呼応して経済制. 度が機能した結果,様々な現象をもたらすこと は否めない.ゆえにセンにとり自由は実際に入 手できる財やサービスの大きさを表しており, 彼はそれを「ケイパビリティ」と称する. 「ケイパビリティ」は教育や保健等のために 社会が作った諸手配(arrangements)を指し, したがって人々がより良く生きる実体的自由を 含むものでもある.国民の well-being に良い 影響を与え,「人の生活・人生を豊かにする実 体的自由」を向上させるための手段でもある. そのため社会の基礎にある国民が互いに相手に 抱く信頼,たとえば国民が公開と明晰の保証の 下に相互に「移植」を軸として主従関係を結ぶ 自由が成立しよう.付随して信頼,利他主義的 な信用が人々の行動を決める大きな要因とな り,呼応して「移植」対象国において「契約の 不完備性」に基づく非効率的な経済行動が増す ことも避けられなくなろう. そのためセンの利他主義は「移植」対象国の ソーシャル・セイフティ・ネットを提供するも のに相当し,たとえば「契約の不完備性」を改 める失業保険や生活保護のような制度や,飢饉 などの非常時の救済措置の存在を不可欠なもの とする.このように利他主義的なセンの「構成 的」自由を醸成する条件は,むしろボウルズの. 「社会的選好」,もしくは「強い互恵性」に基づ く「互恵性」に類似したものであり,ゆえに. 「契約の不完備性」に一致していると解釈する ことが可能になろう.. 3.�ロールズ「正義論」にみる競争主義的な「完 備契約市場」. 18 世紀から 19 世紀にかけて,二つの代表的 思想すなわちカント(Kant, Immanuel 18 世紀 ドイツの哲学者)の哲学,およびJ. ベンタム. (Bentham, Jeremy)と J. S.ミル(Mill, John Stuart) など功利主義(utilitarianism)の思想が及ぼす 影響が強まるようになった.ただしカント哲学 において行為の背後にある意図を重視するのに 対して,功利主義は結果を重視する点において. (55). 56 横浜国際社会科学研究 第 25 巻第 1号(2020 年 8 月). 双方の倫理観は全く対照的であった.またカン ト哲学が道徳行為の正当化を求めるのに対し, 功利主義は人間の幸福最大化を追求するため, 前者では道徳的考察の際に欲求,利害,感情を 排除するのに対し,後者ではそれらが重要視さ れる54). カントの倫理思想は「義務論的リベラリズム」 と呼ばれ,正義に関する理論とりわけ道徳的・ 政治的理想において正義を優位とする理論が指 摘された.各人が自分自身の目標・利益・善の 構想を伴うため,人格の多様性によって立つ社 会を最善に調整するためには,いかなる特定の 善の構想も前提としない原理によって社会がコ ントロールされる必要が生じる.すなわち「契 約の完備性」に伴う「正しさ」(right)の概念 は善に優先し,善は独立に付与されたものにな る55). この善に対する正しさの優位を主張するカン トの倫理思想は,「完備契約的」なロールズ型 の市場競争主義に引き継がれた.すなわちカ ント的なリベラリズムは,ジョン・ロールズの リベラリズムとして再解釈されたのである56). ロールズは自らの『正義論』(1971 年)を構想 するにあたり,ロック・ルソー・カントに代表 される社会契約の伝統的理論を一般化しようと 完備契約的な市場成立を試みた.その際にロー ルズは,平等に近い意味での「公正」という要 素と「自由」とを両立させる形で「正義論」を 唱えた.ゆえにロールズの正義論は,功利主義 よりも優れた正義に関する体系的解釈の代替案 として認識される.ロールズは自らの『哲学史 講義』において,善意志があらゆる比較を超越 する程度の高い価値を有しており,その価値が 我々の許容可能な傾向性すべてを秩序化させる ため,それは経済学的な効用を上回る満足にも 相当する.このように,善意志は無条件につね にそれ自体で市場競争主義的な効用であり,ま た市場競争はそれ自らが善いとされる他のすべ てよりも価値があるものとみなされる57). こ の よ う に ロール ズ「正義論」は「完備契. 約」のもと合理的な人々による正義の選択を通 じて,他者と契約を結ぶ場合の採用条件も新古 典派型の合理性に基づくものであった.その際, 人々は利他主義的に平等・対等(equal)であ ることが仮定されているため,自らの市場競争 の構想を通じて合理的な正義の感覚を発揮し, 人間の道徳的人格もまた全て平等であると認識 された58).ボウルズの「社会的選好」,もしく は「強い互恵性」に基づく互恵性に対してロー ルズ「正義論」は,他者と競争できる条件が有 効な原理であるかどうかを確かめる必要性が生 じ,市場競争が十分でない場合は理にかなう前 提条件を探す点が強調されよう.このプロセス を経て原理と確信との間に食い違いが生じた場 合,市場競争主義に基づく初期状態を修正する か,或いは現在の判断を見直さなければならな い必要性が生じよう.すなわち市場参入者は原 理と判断とが適合し合う場合においてのみ均衡 を保つのであり,如何なる原理に判断を従わせ るか,或いは原理に基づく前提を相互に導き出 された仮定に基づく「反照的均衡」が機能する と解釈されたのである59). このようにロールズが唱える契約が自発的に 締結された場合,それが当事者による自発的行 動の帰結であり,その契約から拘束性の高い「完 備契約」に基づく義務が生じる.当事者自身が 自らに課すか,或いは望んで引き受けたためで ある.このように市場契約は当事者双方が利益 を得るための手段であり,以上の展開を通じて ロールズの利他主義は契約の履行義務が相手か ら得た利益に報いる義務から生じる.したがっ て,既述した「制度移植」にみる「しっぺ返し行 動」も,ロールズの思想が「完備契約」の「移植」 主体国として理解することが可能になろう60).一 般にロールズは一律に平等な社会を目指してい るのではなく,むしろ才能ある人間にハンディ キャップを伴うことなく,市場競争に基づいて 才能や資質の不平等な分配を是正することを目 指す.そのため能力を有する者には才能を訓練 して能力を促し,その才能が市場で生み出した. (56). 57契約の不完備性と「制度移植」の制度経済学分析(内橋). 報酬は,「移植」対象国への「不完備」的な「しっ ぺ返し行動」に基づく現象であると解釈するこ とが可能になろう.すなわち市場の分配機能を 通じて,富裕層は貧困層とともに富を分かち合 う「完備契約市場」は新古典派型の市場機能を 前提にしているため,「移植」対象国の「契約の 不完備性」を強めるように作用するのである61).. Ⅵ.結 論. 本稿は先ず,ルソー,ホッブズ,ロックの思 想に認められる思想が,ワルラシアン型の「完 備契約」の展開例,もしくはボウルズによる「社 会的選好」,もしくは「強い互恵性」に結び付 く点を明らかにした.「不完備契約」的な構造 分配は政治的能力やパワー独裁者による市場影 響力の行使の存在を認め,市場における内生的 強制をもたらす点を挙げた. すなわちボウルズは,自らが唱える「社会的 選好」,もしくは「強い互恵性」を通じて,「契 約の完備性」のもと合理的経済人が利己主義的 に効用最大化を図る経済構造を否定した上で, 同構造が抗争交換に基づいているとの見方を唱 えたのである.既述したように,オーストリア 学派のハイエクが唱える「互恵性�

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