米国のサスティナビリティ会計の現状と課題
川 原 尚 子 ・ 入 江 賀 子
要旨 サスティナビリティ会計は,サスティナブル・ディベロップメントの実践を促進する ことに狙いがある。過去30年にわたりサスティナビリティ会計についての多くの研究がなさ れてきた。サスティナビリティ会計は実務への適用を通じても発展してきた。米国で進行中 のサスティナビリティ会計基準の開発は,サスティナビリティ会計の新しい動向である。企 業の環境,社会および統治に関する非財務情報についての米国の投資家の関心の高まりがこ の開発の背景にある。本稿はサスティナビリティ会計の重要な議論を検討し,提案されてい る基準の特徴に焦点を当て,さらなる研究課題を検討している。
Abstract Sustainability accounting aims to enhance sustainable development practices.
Over the last three decades, there have been many studies on sustainability accounting globally. Sustainability accounting has also been developed through practical applica- tions. One of the new movements on sustainability accounting is currently underway in the United States with the development of new Sustainability Accounting Standards.
There have been increasing concerns among US investors about corporate non-finan- cial information in relaion to environmental, social, and governance issues, which may be the background for such development. This paper reviews the important discussions regarding sustainability accounting, analyses the main features of pro- posed standards, and examines further research questions.
Key words 持続可能性( Sustainability ),会計基準( Accounting standards ),ESG 情報(Environment, Social, and Governance information),企業の社会 的責任(Corporate Social Responsibility: CSR),非財務情報(Non-financial information)
原稿受理日 2015年5月29日
第1章 は じ め に
生態系と地域社会のための会計といえるサスティナビリティ会計(Gray, 2002)は,様々 な形式や表題を取りつつ過去30年あまりの間において学術研究や企業実務で様々に発展し てきた。資本市場においては,近年,企業の事業および業績に関する環境,社会および統 治の面についての情報(Environment, Social, and Governance information: ESG 情報)
がサスティナビリティ情報と位置付けられ,企業の長期的な価値創造能力を評価する際の 非財務情報として投資家やアナリスト等に注目されつつある。サスティナビリティ情報は,
投資家の意思決定に有用な長期的な企業価値創造に関する情報とされるためである。
これまで企業の任意で行われてきたサスティナビリティ情報開示でしばしば問題とされ てきたのは,情報の信頼性であり,それを担保する比較可能性のある基準の設定である。
この問題を解決すべく,現在,米国では2011年に非営利法人( non -profit organization:
NPO)として設立されたサスティナビリティ会計基準審議会(Sustainability Accounting Standards Board: SASBTM,以下,SASB)によって「サスティナビリティ会計基準(sustain- ability accounting standards)」が開発されつつある。サスティナビリティ会計基準は米 国証券市場において16兆ドル超の資金にあたる約1万3千企業における環境,社会および 企業統治に関するパフォーマンスの改善を狙いとし,また,投資家および公共の便益の観 点から米国上場公開企業に利用されることを前提に開発されている。10セクターの80以上 の産業分野ごとのサスティナビリティ会計基準の開発が2012年から始まり,2016年内に完 成の予定である。日本では環境省より「環境報告ガイドライン(2012年版)」が公表され ているが,証券市場の投資家向けの制度報告上でサスティナビリティ情報を開示する具体 的指針は未だ見られない。
本稿では従来のサスティナビリティ報告の課題に照らして米国のサスティナビリティ会 計の現状と課題について検討する。このような検討は今後の世界各国でのこの分野の政策 的議論の基礎を提供する意義がある。
本稿の構成は以下の通りである。次章でサスティナビリティ会計に関する先行研究,お よび従来のサスティナビリティ会計の実務的議論を検討し,第3章で米国の SASB による サスティナビリティ会計基準の特徴を検討し,第4章で考察を加え,第5章で結論を述べ ていく。
第2章 サスティナビリティ会計
1 サスティナビリティとサスティナブル・ディベロップメント
サスティナビリティ会計は,サスティナブル・ディベロップメントのための会計と定義 できる。サスティナビリティとは,英語の「持続可能性(sustainability)」の訳であり,
「サスティナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)」とは,「将来の世代の欲求を 満たしつつ,現在の世代の欲求も満足させるような開発」(WCED, 1987)という概念であ る。サスティナブル・ディベロップメントの概念は,資源の効率的な配分だけでなく,現 代世代と将来世代の間の資源および機会の公正な配分を目指しており(Gray, 2002),一般 に,経済成長,社会的公平,および環境の持続性を重視する国際社会に導入された新しい パラダイムとして認識されている。しかし,サスティナビリティという単語は,関係者に よって様々に解釈されているため,サスティナビリティ会計の意義に関する学術的議論と は別に企業実務上では様々に発展しつつある傾向が見られる。 本稿ではサスティナビリ ティ会計がサスティナブル・ディベロップメントを目指した会計であるとの根本的視点に 立ち戻り,以下,これまでの主な学術的議論の吟味を行っていきたい。
2 サスティナビリティ会計を巡る学術的議論
環境配慮の視点を会計に結びつける学術的議論は1990年代以降,Gray などによりなさ れてきた( Lamberton, 2005)。Gray(1992)は,それまでの会計研究および会計実務の 分野において,自然環境への配慮が重視されていないことを指摘し,生態学的人道主義的 観点から,会計が民主主義における説明責任や透明性に貢献できる可能性や,生物圏につ いての非財務的説明ができる可能性,またサスティナビリティのための会計の可能性に言 及している。Gray の提案するサスティナビリティ会計の概念は,組織が地球環境を悪化 させない活動をした場合,その組織が負担した追加的な費用を会計期間末に測定するとい う持続可能性コスト計算を用いたものである。Gray(1993)は,サスティナビリティコス ト,自然資本目録会計,およびインプット・アウトプット分析の3つの異なる方法による サスティナビリティ会計を定義している。まず,サスティナビリティコストとは,組織の 影響の及ぶ以前の状態までに地球を回復するための仮定的なコストをいうが,必ずしも伝 統的会計の様式を伴うものではない(Lamberton, 2005)。自然資本目録会計は,自然環境 の品質劣化の指標として使用されたストックの変化とともに,自然資本のストックの時系
列的記録に関するものである。インプット・アウトプット分析は,物質およびエネルギー のインプットと,製品および廃棄物のアウトプットの物質的なフローについて説明するも のである。生産プロセスに投入した物質およびエネルギー,また製品,排出,リサイクル,
また廃棄物のアウトプットのすべてを物質単位で測定して説明するものである(Lamberton, 2005)。
Milne(1996)も, 管理会計のそれまでの研究が市場外の広範な企業活動や企業の生物 物理学的な環境影響を対象としてこなかったことを批判している。伝統的管理会計が扱う 意思決定分析では,企業活動による社会的コストや便益を無視しており,環境配慮の視点 を会計に結びつけるよう,社会コスト対便益分析や非市場評価技術の開発, およびプロ ジェクト分析の際の生態系の容量に関連した経済活動の規模の検討,さらに将来の環境資 源の分析手法の枠組みを提案している。
Lehman(1999)はそれまでの社会環境会計が会計主体として企業に焦点を当てている ことを批判し,会計の環境や社会への役割を考えるならば,企業の役割や企業の自然への 影響に関する討議や対話を通じた民主的手続を通して,会計を公共的制度として開発する ことを提案している。また,環境会計が批判的解釈的枠組みで利用される場合,社会およ び環境システムの効率性だけでなく公共に関して説明責任が移るものであると述べている。
そして,環境会計は企業の環境への影響に関する標準的な事柄に数字を入れて計算するも のではなく,むしろ報告組織がいかに自然に影響を与えているかを叙述し,その情報は人 間と自然が絡み合っているというビジョンを示すものであるという。
Gray および Bebbington(2000)は,環境会計の研究に関心が高まりつつあることにつ いて,ビジネスおよび会計を巡る議論に環境問題が持ち込まれても容易に取り除かれる可 能性があり,環境会計が便益よりも害悪をもたらす結果となる可能性を指摘している。こ れまでの会計研究が伝統的な経営課題を優先することを妥当とする暗黙の仮定を受け入れ るという管理第一主義者の視点で行われる点,また,伝統的ビジネス課題が環境保護およ びサスティナビリティの追求とは基本的に対立する点に言及し,より明示的にサスティナ ビリティを追及するための検討が会計研究に必要であると指摘している。
Bebbington および Gray(2001)は,実際の企業事例を通して,前述の Gray(1992)
のサスティナビリティ会計の概念を再構成している。結果として実際の企業では持続可能 性コスト計算がうまくいかないことを明らかにしつつ,その理由として,一組織の非持続 性についての会計という概念が誤った概念であった点,サスティナブル・ディベロップメ ントを目指すというよりも通常の操業状態が暗黙の前提となっている点を挙げている。そ
して現在の環境会計に関して, コスト計算において様々な仮定が必要でサスティナビリ ティに関連した財務的情報,まして不確実性のある環境影響に関する情報の収集が容易で ないこと,環境修復費用の金額算定がかなり保守的であること,さらに正義や衡平性の概 念がこの計算に含まれないことも問題としている。そして,新しい会計が作り出されるこ とで組織の実際の環境を変化させる潜在性を指摘している。Gray(2002)は,持続可能性 の観点から社会を地球環境の一部と位置付けつつ,社会との問題を一貫して結びつける会 計概念を検討することを重視している。
サスティナビリティ会計は,その概念の解釈によっては多様で画一的でないため,企業 の任意の仮定によるコストの把握や不確実性のある記述が避けられず,よって企業の正当 性を主張するツールになる懸念がある。この点に関して,環境報告をサスティナビリティ 会計の一つの様式とみると以下の議論がある。まず,Hopwood(2009)は,環境報告は企 業および企業の環境活動の結果の可視化に寄与する可能性がある一方,環境報告を通じて 企業が自らを正当化することに強い関心があるならば,環境報告が企業の新しいイメージ を創造し,外部からの問い合わせを減らし,企業内部を外部から保護するベールとなる潜 在的問題を指摘している。同様に,Cho および Patten(2013)は,正当性理論によれば,
よいイメージの情報開示が企業のもたらす環境への悪い影響を弱めるので,企業の自発的 な環境情報開示は企業が環境への影響を改善する誘因を減らすものと批判している。
Lamberton(2005)は,サスティナビリティ会計には,より厳密性と統合性が必要であ り,サスティナビリティ会計システムに,サスティナビリティの業績と負の環境影響を低 減させる環境税を結びつけることによって,組織レベルでのサスティナビリティへの移行 が促進される可能性を主張している。また,サスティナビリティ会計の作成および監査の ために,独立の学際的メンバーで構成されるサスティナビリティチームを編成することに より,作成や監査のプロセスに信頼性が付与されると主張する。そして,会計士が社会お よび生態系の専門家との協働を促進するためには,より広い知識と共通言語を確立する必 要があると指摘している。
Gray(2010)は,組織がサスティナビリティの意味合いを考えたときに,組織の持続可 能性という事柄に焦点が当たり,本来的なサスティナブル・ディベロップメントとは相反 することとなり,その結果,主観的で,無責任で,説明責任を果たさないサスティナビリ ティ会計が蔓延することを懸念している。
Schaltegger および Burritt(2010)は,これまでのサスティナビリティ会計の様々な 解釈を4つに分類している。すなわち,サスティナビリティ会計を,サスティナビリティ
の議論をあいまいにする意味のない専門用語として,環境および社会問題を扱う既存の会 計的手法とともに定義される広範な包括的用語として,企業の持続可能性の計算のための 測定と情報管理の全体をコントロールする概念として,あるいは,環境,社会および経済 の側面の間の連携と共にこれらを測定し管理するための企業の特殊な一連のツールを発展 させることを意図するステークホルダー・エンゲージメントのプロセスを通した実践的目 標としてという4つの解釈で使われてきていると分析している。そして,彼らは企業の情 報管理の面からサスティナビリティ会計をとらえ,経営者の意思決定を支援する情報提供 機能として有用である可能性を指摘している。
Bebbington および Larrinaga(2014)は,それまでのサスティナブル・ディベロップ メントのための社会環境会計の発展の問題点を指摘している。サスティナブル・ディベ ロップメントのための会計理論も実務も,企業の説明が特定の地域に以前から存在するス テークホルダーの問題,および組織内の喫緊の問題を扱うよりも,地球レベルの社会環境 問題を扱うことに関心があるという課題(Gray, 2002)を指摘している。また,サスティ ナブル・ディベロップメントの目標やその議論の中心となる考え方そのものが,一企業の 事業経営の文脈において,どのような意味をもつのかについて,一概に定義しづらい点を 指摘している。そして,Bebbington および Larrinaga(2014)はサスティナビリティの 科学的手法を取り入れた会計の可能性を検討している。
サスティナビリティ会計が通常のビジネス状態や資本主義的思考の延長線上にあるもの かどうかについて議論がある。Thomson(2015)は統合報告の概念フレームワークについ て,当初目指したサスティナビリティ報告の視点が弱められ薄められ,資本主義的思考様 式に取り込まれて企業の通常のビジネス状態を基本としていること,サスティナビリティ が財務的安定性と並列に,あるいは資本主義社会の補助的位置におかれていること,また 社会の繁栄ではなく投資家の富を増すことに焦点を当てていることを批判している。
以上,サスティナビリティ会計を巡る学術議論が積み重ねられてきているが,環境会計 報告を含むサスティナビリティ会計の意味合いについて今一度再考する必要性が伺える。
3 従来の米国のサスティナビリティ報告の特徴と課題
本章では,従来の米国でのサスティナビリティ報告の実務的な議論として,米国会計士 協会(American Institute of CPAs: AICPA)のウェブでの取り扱いを紹介し,その特徴 と課題を検討したい。
米国公認会計士協会は,サスティナビリティ会計および報告に関するコンサルティング
および保証業務の潜在的需要を背景に,サスティナビリティ会計の特徴をこれまでの様々 な非財務情報の開示および報告が発展した形態としてとらえ,その実務的取り扱いを検討 している。以下,AICPA がそのウェブサイトで AICPA の145か国の約40万人の会員向け に提供した「サスティナビリティ会計および報告に関する想定問答集」の内容とその特徴 を取り上げたい。まず,AICPA はサスティナビリティを環境,社会,および経済のトリ プルボトムラインの文脈で取り扱っている。すなわち,サスティナビリティとは企業の社 会的責任(Corporate Social Responsibility: CSR)」の用語と相互互換的に用いられるも のとし,経済的実行可能性,社会的責任,および環境的責任からなる「トリプルボトムラ イン」への配慮を,これまで広く受け入れられてきたサスティナビリティの定義とする。
サスティナビリティのトリプルボトムラインの定義は環境配慮より広い概念とする。そし て,サスティナビリティは物質的地球環境保護および自然資源のスチュワードシップに加 え,ビジネスを行う経済的および社会的環境への配慮,また長期の価値創造に必要なビジ ネスのシステム,モデルおよび行為を含む。
AICPA において,サスティナビリティ会計および報告とは,一企業の範囲での自主的 な,あるいは法規制のもとで行う環境,社会,および経済のトリプルボトムラインに関す る所定の期間の業績報告であるとする認識が伺える。
米国における従来のサスティナビリティ会計の考え方は,他国での企業実務上の考え方 とも類似していると考えられる。米国の従来の考え方の特徴は,継続企業の概念を前提と した一企業におけるトリプルボトムラインの業績報告にある。しかし,そのような考え方 では,サスティナブル・ディベロップメントの本質である,地球環境の持続可能性,社会 の公平性,および世代間の公平性の論点の取り扱いが明示的になされていない( Gray, 2002)。地球環境の持続可能性の観点でいえば, サスティナビリティ報告は, 資源に及ぼ
す経済活動の集合的で累積的な影響の評価を重視すべきであり,企業ベースの評価や報告 の範囲を超えた,多数の企業の集団的なエコロジカル・フットプリントについての情報も 重視されるべきであろう(Gray, 2002)。
第3章 米国のサスティナビリティ会計基準の特徴
この章および次章では,米国で2011年以降,前述の SASB によって開発が進められてい る「サスティナビリティ会計基準」を検討し,前章まで議論した従来の米国のサスティナ ビリティ会計の課題がどの程度克服されたかを検討したい。初めにこの章で,当基準につ
いて概要を説明し,次章で,その特徴を説明したい。
SASB のサスティナビリティ会計基準では,サスティナビリティの潜在的課題は,「環 境」,「社会資本(または依存関係)」,「人的資本」,「事業モデルおよび革新」,および「リー ダーシップおよび統治」の5分野,43項目に整理される(図表1参照)。 特筆すべきは事 業モデルおよび革新の1項目に,外部性の説明(accounting for externalities)という項 目が挙げられている点である。
具体的に,医療分野の生物工学および医薬品産業の場合のサスティナビリティ会計基準 の開示トピックスの例を見ていくと,環境要因にはエネルギー,水,および廃棄物の効率 性の項目が挙げられている。社会資本要因には臨床試験参加者の安全性,医薬品へのアク セス,偽造医薬品,および倫理的マーケティングの項目が挙げられている。人的資本要因 には従業員の採用,開発,および維持,また従業員の健康および安全の項目が挙げられて いる。事業モデルおよび革新の要因には手ごろで公正な価格設定,医薬品の安全性および 副作用の項目が挙げられている。リーダーシップおよび統治の面では贈収賄,製造および サプライチェーンの品質管理の項目が挙げられている。
SASB は産業分類にあたり,既存の産業分類によらず,資源集約度およびサスティナビ リティへの潜在的革新に焦点を当てて産業分類するサスティナビリティ産業分類システム
(Sustainable Industry Classification SystemTM : SICSTM)を適用している。SASB が自 ら開発したこのシステムによって,産業が医療,金融,情報処理および通信,再生可能エ
図表1 SASB のサスティナビリティの課題一覧
気候変動リスク,環境事故および修復,水利用および管理,エネルギー管理,
燃料管理と輸送,温室効果ガス排出および大気汚染,廃棄物管理および流出,
生態系への影響 1.環 境
コミュニケーションおよびエンゲージメント,地域社会の開発,設備からの影 響,顧客満足,顧客の健康および安全,開示およびラベリング,マーケティン グおよび倫理的公告,サービスへのアクセス,顧客のプライバシー,新規市場 2.社会資本
多様性および機会均等,訓練および人材開発,採用および引き留め,報酬およ び便益,労働者との関係および組合慣行,従業員の健康,安全および厚生,児 童および強制労働
3.人的資本
中核事業の長期的実行可能性,外部性の説明,調査,開発および革新,製品の 社会的価値,製品ライフサイクルにわたる利用の影響,梱包,製品価格決定,
製品の品質および安全性 4.事業モデル
および革新
規制および法的取組,方針,基準,および行動規範,事業倫理および競争的行 為,株主とのエンゲージメント,取締役会の構造および独立性,上級役員の報 酬,ロビー活動および政治的貢献,原材料の需要,サプライチェーン基準およ び選定,サプライチェーンでのエンゲージメントおよび透明性
5.リーダーシップ および統治
出典:SASBTM(2013)Conceptual framework. 筆者訳。
ネルギー,運輸,サービス,資源変換,消費材,再生可能資源および代替エネルギー,お よびインフラストラクチャーの10セクターに分類される。そしてセクターごとに5から15 の産業に分類され,合計で80以上の産業に分類される。例えば,再生可能エネルギーのセ クターの場合,石油およびガス―採掘および生産,石油およびガス―中間,石油およびガ ス-精製および販売,石油およびガス―サービス,石炭操業,鉄鋼生産,金属および鉱業,
および建設資材という8つの産業に分類される。
当会計基準には,関連性および有用性,適用可能性,コスト効果性,比較可能性,完全 性,指向性,検証可能性,および中立性を重視する会計上の特徴ともいえる測定基準(ac- counting metrics)が設けられている。この測定基準は,重要業績指標(Key performance indicators: KPI)ともいえるもので,1
業種当たり,前述の5つのサスティナビリティの 潜在的課題ごとに10から12の測定基準がある。具体的に,前述の医療分野の生物工学およ び医薬品産業の場合のサスティナビリティ会計基準の測定基準の内容を見ていきたい。例 えば,エネルギー,水,および廃棄物の効率性に関連して年度のエネルギー消費総量(ギ ガジュール)および再生可能エネルギー割合という定量的測定基準がある。従業員採用,
開発および維持に関連して,経営者,マネジャー,専門家,その他の区別のそれぞれにつ いての自発的・非自発的退職率という定量的基準がある。一方,贈収賄に関連して,従業 員の法令遵守を確保するメカニズムを含んだ医療専門家との接触を管理する倫理行動基準 の説明という定性的基準もある。
当会計基準の選定および使用は,企業が自らの企業価値創造プロセスを説明するにあた り,内部統制をもとに,最終的に決定される。SASB は,米国連邦裁判所の定義による重 要情報の定義を根拠に,SEC 提出書類の要求事項に反しないように,企業がその要求事項 に準拠することを支援するための基準開発を目的としている。SEC 提出書類に関する規則 S-K(Regulation S-K)は,企業に Form10Kの書類においてすべての重要な情報を開示 することを要求しており,企業は SASB の開発した基準をこの規則に準拠するために任意 に利用できる。SASB の基準は,Form10Kで記載が要請されている経営者による財政状 態および経営成績の検討と分析(Management’s Discussion & Analysis of Financial Con- dition and Results of Operations: MD&A)での開示が想定されている。
SASB は米国のトレッドウェイ委員会組織委員会(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission: COSO)のフレームワークをもとに,SASB の測定基準で開示さ れる情報の正確性,網羅性,信頼性および検証可能性を要求している。2010年の SEC の気候変 動関連の開示に関する解釈指針によれば,企業は潜在的に開示対象となるすべての関連情報につ いて十分な内部管理を行っているかを情報開示の検討の際に評価するよう求められていることを SASB は指摘している。2013年に改訂された COSO のフレームワークでは,経営管理環境の構
当会計基準は会計事務所によるサスティナビリティ情報開示の保証業務を意識したもの である。SASB の開発した基準を通して,会計事務所がクライアントの非財務情報の監査 を行う,またクライアントのリスク認識および SEC 基準への準拠を支援する能力を高め ることが期待されている。SEC 提出書類に含まれる他の非財務情報と同じレベルの厳密 性,正確性,および責任を伴って企業が報告することが期待されている。そして SASB は 公開会社会計監査委員会(Public Company Accounting Oversight Board: PCAOB)と 綿密な連携を取りつつ,証明業務基準 AT101 を支援することにかかわっていると主張す る。
次に,当会計基準の特徴について検討したい。まず1つ目に強調されるべき点は,当基 準を設定するサスティナビリティ会計基準審議会( SASB )のメンバー構成と目的,およ び,その独立性の点である。
SASB の組織は,産業界,資本市場関係者,サスティナビリティ情報開示分野の専門家 を含む豊富な人的資源で構成されている。SASB の組織は,16人のメンバーで構成される 評議委員会ともいえる理事会( Board ), 同じく16人のメンバーで構成される基準審議会
(Standards Council),30人弱からなるリサーチャーやアナリストなどのスタッフ(Leadership Team and Staff),約1,600団体のメンバーからなる業種別作業部会(Industry working group ),150団体のメンバーからなるアドバイザリーおよび基準審議会,その他のボラン ティアで構成されている。理事会の議長を旧ニューヨーク市長の Bloomberg 氏が,また 副議長を SEC の議長経験者の Schapio 氏という資本市場関係者に著名な人物が務めてい る。理事会メンバーには IASB 理事,FASB 議長を務め,現在,国際統合報告評議会
(IIRC)アンバセダーである Herz 氏,その他3人の旧 SEC 委員も含まれる。
運用資産額が約17兆ドル, 時価総額が約80兆ドルと算定される業種別作業部会のメン バーには,Visa ,HP ,Citi ,Baxter ,Microsoft ,Dow ,Google ,AT &T,Goldman Sachs など金融機関を含む大手米国上場企業,および社会責任投資(Socially Responsible Investment: SRI)の分野のパイオニアである Calvert Investment が加わっている。
また,アドバイザリーおよび基準審議会には,サスティナビリティ情報開示分野の業務 を行う四大国際会計事務所の PwC,KPMG,Ernst & Young,および Deloitte,約2,400 億ドルの資金運用を行うカリフォルニア州公職員退職年金基金(CalPERS),および約1,500 億ドルの資金運用を行うカリフォルニア州教職員退職年金基金( CalSTRS )という全米
造,権威および責任の面,リスクの特定と分析の面,および管理行動の開発の面で,SASB の開 示と関連があると SASB は主張している。
トップクラスの年金基金団体,Morgan Stanley,JPMorgan Chase & Co.,UBS などの 国際的金融機関,格付け会社の Morningster,投資運用会社の KKR,労働組合および産 業団体からなる非営利機関である全米産業審議会(the Conference Board),およびハー バード・ビジネス・スクール(Harvard Business School)などが加わっている。なお,
SASB は,ブルームバーグ市長財団(Bloomberg Philanthropies)などの財団,また一般 からの寄付による資金で運営されており,米国内国歳入庁( Internal Revenue Services:
IRS)が規定する501条項号団体の寄付金の控除団体である。
また, SASB はサスティナビリティ会計基準について工業規格等の規格団体を認定する 米国規格協会(American National Standards Institute: ANSI)から認定を受けており,
米国上場企業に焦点を当てた基準を開発しつつも,設定する基準の世界標準化を狙ってい ることが伺える。
さらに,SASB は,その独立性の点で,これまでの会計基準にない特徴を有する。SASB は,組織の使命を,SEC の要求事項のもとで公開上場企業が SEC に提出する Form10K および Form20Fという制度書類上で重要な要因を開示することを支援するサスティナビ リティ会計基準の開発としている。しかし,SASB は,国際財務報告基準の設定主体であ る国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board: IASB),米国の会 計基準設定主体である米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board:
FASB),政府会計基準審議会(Governmental Accounting Standards Board: GASB)お よび証券取引委員会(Securities and Exchange Commission: SEC)との連携のない独立 の NPO 法人である。
2
つ目の特徴は,その基準作成プロセスである。SASB の基準開発は,証拠に基づく調 査,および広範で均衡のとれた企業,投資家およびその他のステークホルダーの参加を含 む,厳密なプロセスを経て行われることに特徴がある。まず,スタッフが特定の産業に関 する調査を行い,証拠を収集し,課題を検討し,提案を行う。それを業種別作業部会にお いて基準を検討し改善を加える。その後,公開草案を公表してコメントを募集する。アド バイザリーおよび基準審議会が,この基準設定プロセス全体をレビューする。その後,ス タッフが暫定基準を約1年間公表し,基準が最終決定される予定である。なお,基準最終 決定プロセスは今後決定される予定である。現時点で,医療,金融,情報処理および通信 の分野の暫定基準が公表されている。
3つ目の特徴は,産業分類の工夫と,サスティナビリティ会計の実用性向上の配慮であ る。先述したとおり,SASB は,既存の産業分類によらず,資源集約度およびサスティナ
ビリティへの潜在的革新に焦点を当てて産業を分類している。
また,SASB のサスティナビリティ会計基準では,同一産業分野特有の重要なサスティ ナビリティの課題の開示および測定基準を,当該産業分野で一般に使用されている用語を もとに設計している。産業分野特有の開示トピックスの選定および基準の開発にあたり,
投資家の意思決定有用性,産業全体の関連性,価値創造に影響する潜在性,コストを超え る便益,企業の行動可能性,およびステークホルダーの反映という6つの点を基準開発の 基本方針としている。そして,特定業種において,これらのどの課題および項目が重要で あるかを検討する。その際,企業,企業価値,および企業業績に重要な影響を及ぼしてい る,あるいは及ぼす可能性があるかを,異なる期間ごとに判断する。そしてそれを把握し 報告するための測定基準の開発の可能性の検討を行う。業種特有の開示トピックスの選定 に際して,SEC 提出書類,法規制関連ニュース,CSR 報告,メディア,株主提案,企業 革新関連のニュースなどの様々なソースから洗い出している。サスティナビリティ業績の 企業業績への影響については,製品サービスへの要求,無形資産および長期的成長,事業 効率およびコスト構造,中核資産負債の評価,そして,事業リスクおよび資本コストの点 から見ている。例えば,温室効果ガス排出,大気汚染,エネルギー,水および廃棄物の管 理,健康安全の項目が,事業効率およびコスト構造へどのような影響を及ぼすかを見てい く。事業倫理あるいはロビー活動が事業リスクおよび資本コストにどのように影響するか を見ていく。
4つ目の特徴として,SASB の基準開発の戦略的スタンスが挙げられる。SASB は,前 述の米国上場企業の SEC への提出書類である Form10K等でのサスティナビリティ情報 開示が促進されるよう,SEC の動向に協調しつつ,企業報告の負担を最小化するため,こ の分野の関連機関との協調を踏まえて,必要に応じて新規の基準を開発していく予定であ る。具体的には,2014年に設立された企業報告ダイアログ(Corporate Reporting Dialogue:
CRD)に,CDP,CDSB,FASB,GRI,IASB,IIRC,国際公会計基準審議会(International Public Sector Accounting Standards Board: IPSASB),および国際基準機関(International Organization for Standardization: ISO)とともに参加しており,これらの機関と協調関 係を保ちつつ,役割を果たそうとする姿勢が伺える。IIRC の統合報告についていえば,
米国でも未だ法制度化されていないが,SASB は SEC 書類で重要なサスティナビリティ 情報を開示させるサスティナビリティ会計基準の開発の取り組みを,米国資本市場での統 合報告の実務的導入と位置付けている。このような SASB のスタンスに鑑み,サスティナ ビリティ会計基準の今後の開発の動向に引き続き注視する必要がある。
第4章 考 察
米国におけるサスティナビリティ会計基準の設定の動きは,産業分野ごとの重要な ESG に関連した項目が証券市場における企業や投資家を中心として検討されているという点に おいて大変画期的な動きといえる。
類似の商品製品サービスを提供する企業は類似のビジネスモデルをもち,類似の方法で 資源を利用し,よって社会や環境へ類似の影響を及ぼすと考えられる。株価収益率などの 投資指標は特定の産業の文脈で理解されるが,同様に,エネルギー集約性や二酸化炭素の 排出情報についても同様のことがいえる。よって産業特有のサスティナビリティ会計基準 が必要といえるが(Eccles and Rogers, 2014),産業ごとの実用的な基準の作成は,産業界 の知見がなくては難しい。この点で,SASB による基準作成は,効果を発揮するかもしれ ない。また,企業が当会計基準を使ってサスティナビリティの開示を検討するならば,よ り実務的な観点から自社のサスティナビリティのトピックスの知識や管理レベルを評価し,
既存のビジネス戦略との差異を特定し検討することにつながる可能性がある。
日本では,証券市場の投資家を対象とした企業年次報告におけるサスティナビリティ情 報を開示するための同様の指針は未だ見られないため,このような米国での取り組みは日 本の開示の動きを先取りするものと言える。
一方,当該サスティナビリティ会計基準が,サスティナブル・ディベロップメントに真 に寄与するものであるかを検討することが重要である。この点で,従来の米国のサスティ ナビリティ報告には多くの課題が残っていることをこれまで述べてきた。主な課題として は,一企業のサスティナビリティへの影響を超えた複雑性,地球環境の持続可能性,社会 の公平性,世代間の公平性などの取り扱いが明示されていない点であった(Gray, 2002)。
しかし, このような従来のサスティナビリティ報告の課題は, 新たなサスティナビリ ティ会計基準設定の動きにおいても, 殆ど考慮されていないように見受けられる点で,
Gray の示す本質的なサスティナビリティ報告のあり方との乖離は埋まっていない。例え ば,産業セクターごとに重要な環境影響を検討しても,累積的な環境影響の内容や,将来 世代への影響についての議論はあまりなされていないように見られる。また,サスティナ ビリティの4つ目の課題である事業モデルおよび革新の1項目に,外部性の説明の項目が あるが,この項目の取扱いの内容により,当会計基準の性質が異なってくるともいえる。
今後の新たなサスティナビリティ会計基準の検討では,当該基準がサスティナブル・ディ
ベロップメントに真に寄与するものであるかを改めて問い直し,さらなる改善を加えてい くことが必要ではないか。
第5章 結 論
人口増加,食糧不足,気候変動,および資源制約など,地球全体が直面する大きな潮流 を背景に,既存の財務会計報告は企業価値の全体像を完全にとらえることができていない
(Eccles and Rogers, 2014)。サスティナビリティ会計が必要とされる所以である。本稿は,
サスティナビリティ会計や報告の学術的議論を踏まえつつ,米国で開発中のサスティナビ リティ会計の動向を紹介し,今後の課題を整理した。第2章で,サスティナビリティ会計 の理論を支えるサスティナビリティの概念を整理し,続いてサスティナビリティ会計を巡 る学術的議論について,1990年代以降の Gray などの主な研究を検討した。さらに,サス ティナビリティ会計が米国の従来の会計実務でどのような位置づけにあるのかを検討した。
第3章では,2011年以降開発が進んでいる,米国のサスティナビリティ会計基準の特徴を 整理し,第4章でそれに対する考察を加えた。
米国では新たにサスティナビリティ会計基準の設定の動きがあるが,一企業のサスティ ナビリティへの影響を超えた複雑性,地球環境の持続可能性,社会の公平性,世代間の公 平性などの取り扱いを明示すべき点で課題があると考えられ,サスティナブル・ディベ ロップメントの本質を考えた議論が必要であろう。
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