【最終回】江戸時代にもベーシック・インカムの原型があった 2016/9/24 『殿、利息でござる!』はBI の事例 磯田 僕はBI という制度に、けっこう期待しています。実は、僕が原作を書いた映画『殿、 利息でござる!』(本年5 月公開)は、BI を自分たちで作った事例なんです。 仙台藩の小さな宿場町で、1 戸当たり月額で 3 万円ほど助成金が足りず、町は困窮してい た。そこで、町民が自分たちで殿様にお金を貸し、利子を取って一律配分をして、町を立て 直した。 これは実話がベースですが、立て直しに成功した理由は、仙台は東北の中でも、今も江戸時 代も一番人口増加率が高いことがあります。 BI は、日本の文化に合う制度だと思います。でも、今 BI の実験を実際に進めようとしてい るのは、北欧やオランダ、スイスなど世界的に見て人間開発指標の程度が高いとされる国々 です。 一方、日本の場合は全国的に“大阪化”みたいな状態がおそらく進んで、みんな過剰に生活保 護を欲しがるでしょうから、けっこう難しいのではないかと見ています。 あと、人口が1.2 億人を超えるような国で、こんな大実験が可能かどうかも疑問です。まず は離島のような閉鎖性のある地域で今後、実験が行われるのかどうか。ちょっと気になると ころです。 波頭 『殿、利息でござる!』の藩(仙台)は、今でもBI 的な文化の継続性もあって、そ れで人口も増えているということですか?
波頭亮:評論家、日本構想フォーラム幹事 共同体を守る意識 磯田 やはりすごく強かったのは、村(共同体)を守るという意識です。そのため企業誘致 についても近代以降も熱心で、トヨタが進出したりしています。 結局、立て直しに成功したのは、みんなにお金を配ったのが本質ではなく、持ち場を与えら れた、最低限の生活を与えられたからでしょう。 「あなたは米屋が上手だから、米屋をやりなさい」というような安心感を与えられたのが、 やはり大きかったと感じます。 今日、山崎さんのスピーチの中で、ひとつだけ僕と意見が違うなと思ったのは、「政策では イノベーションは起こせない」という話です。やはり行政や公共財として提供される教育が 工業化の最初の段階では、技術革新に十分な影響を与えてきたと思います。 これからの経済を考えると、人間の労働生産性が高くなるよう、教育をしていくことが重要 です。家庭での教育が限界をきたす中では、公共的な教育投資が必要だと思います。 たとえば、企業の技術者が技術革新に繋がる技術を開発したのに、その企業が報酬を払わな かったら、国が代わりに1 億円をその技術者に提供する。そうしたら、ものすごくやる気に なると思います。 山崎 インターネットのように、軍や政府が関わることによって可能になるイノベーショ ンはけっこうあります。 といっても、企業レベルでイノベーションが必要な場合、現実問題として昔の産業政策的な
ものは、あまり期待できないと思います。過去の産業政策を見ても、イノベーションが起き たことはほとんどありませんから。 西川 科学や医学の領域で言うと、未来型の教育投資はあまり行われていません。また、イ ノベーションに対する投資も、たとえば山中伸弥さんみたいに開発に成功した人にお金を 出せばいいとなっていて、これでは次のイノべーションを生みません。官僚も政治家も、イ ノベーションに対する見通しがないのが問題です。 磯田 ただ、起きたイノベーションを次の産業に結び付ける制度づくりは大切です。たとえ ば、「ポケモンGO」。この現象や技術を使って日本の経済規模を大きくする工夫をしようと 考えたら、やはり公的なものがないと早くできないと思います。イノベーションを完全に市 場にゆだねられるのかどうか疑問です。 磯田道史:歴史学者、国際日本文化研究センター准教授 寄付の動機は愛着やナショナリズム 波頭 僕が思うに、ピーター・ティールのような技術革新に高い意識のある人が革新事業に 寄付をして、政府はこの寄付を通して起業家に減税を行ったりするのがいいと思います。 分配をすべて役人に任せると、妙なところに流れるから、市場メカニズムが働くようにする ことです。 役所が主導したクール・ジャパンは、うまくいきませんでした。対象企業が役所の支援を得 てやっているうちに、活力がなくなってしまう。それが産業政策のパターンです。 中島 民主党政権のときに打ち出された「新しい公共(市民が公共サービスの提供者にな
る)」も、帰結として寄付は増えなかった。 理由はおそらく再配分の動機付けの問題で、功利主義的アプローチでは寄付はあまり増え ないんです。「税制によってちょっと儲かりますよ。だから寄付してください」ではなく、 違う動機付けが必要です。 それはおそらく、先ほどの話に出た愛着など、ウエットで人間的な動機でしょう。問題は、 その愛着と寄付をどうリンクさせるかです。 山崎 ナショナリズムや動機付けと絡んでくるのは、あまり好ましくないと個人的には思 います。現在ある仕組みの効率化だと説明できる部分が、多くあるのではないでしょうか。 たとえば、年金制度や生活保護のシステムがすごく非効率的である。そんな非効率な運営に、 こんな大きな官僚機構が必要となっている。それを定額給付に置き換えることで、「こんな に効率化できますよ」と説明できます。 また、BI は生存権の保障であって、それを社会が保障していくという左派的な考えからス タートすることもできます。ただ、国境をどう捉えるかは問題です。日本に住むだけで得を するというアービトラージが働くと、システムとして脆弱だからうまくいきません。 波頭 山崎さんのその意見は、まさに功利的、合理的な理論として成立すると思います。だ けど、財務省の非合理的な動機がブロックするでしょう。非合理的な動機を合理的な理由で 乗り越えようとしても、なかなか越えられない。 やはりBI 的な制度の導入を推し進めようと思ったら、さっき磯田さんが言った、もともと 日本人の心にあった持ち場を与えられる安心感や山崎さんが言った生存権がスタートにな るのでしょう。
中島岳志:評論家、東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院教授 鰥寡孤独がBI の動機 波頭 「働かざる者食うべからず」という市場主義的な規範の格言がありますが、キリスト 教、イスラム教、仏教すべての行動規範に「寡婦と孤児を大事にしろ」というような文言が 明確に入っています。 やはり人間が群れをつくって生きるとき、寡婦と孤児は切って捨てたほうが効率はいいよ うに見えるけど、そうしてはいけないことを人間の心は知っているのではないかと思うの です。 だから結局、左派的な動機、ロジックで乗り越えていくほうが、人間のネイチャーに対して 合致していて、より現実的なのではないかと思います。 磯田 明治新政府も最初に掲げた看板は「寡婦と孤児の面倒見ます」でした。正確には「鰥 寡孤独(かんかこどく=配偶者と子供がいない寂しい老人と孤児の意味)」という表現でし たが。 島田 鰥寡孤独の面倒を見るのはイデオロギーを超えて、もはや人間の本能ですね。 西川 日本では、NGO、NPO を含めて寄付金で何かやろうという文化を根付かせるのは難 しそうですね。キリスト教圏だと、寄付した人が業界の最前列に座るという千年来の文化が 根づいているから可能なのでしょうが。 上杉 先ほど中島さんが言いましたが、寄付への動機付けは、ナショナリズムなど人間のウ エットな部分がやはり大きいと思います。たとえば、石原都政のとき尖閣列島を購入する寄
付金を募集しましたが、一発で15 億円も集まっています。 また、先日の都知事選挙に立候補した桜井誠さん(在日特権を許さない市民の会初代会長) は、今回の選挙の寄付で1 億円も集めています。やはり左翼的な動機付けよりも、ナショナ リズムのほうが寄付は集まりやすい。アメリカもイラク戦争などを見ると同じです。 磯田 共同体性、地域主義というか、地縁・血縁というものに対する異様な思い入れが人に はあります。そんな感覚を日本人は持っていることを前提に政策も考えないといけないの でしょう。本当はそうでないほうがいいに決まっていますけど。 西川 日本会議は、一種の情緒的なイデオロギー団体で、経済、外交、政治などはあまり関 係ありません。だから、寄付がどんどん入ってくる。寄付といっても、お布施のようなもの です。 上杉 寄付ではない? 西川 昔ながらの共同体の中にある無尽というような感じです。合掌造りの集落で、積み立 てをして、葺き替えの季節が来ると、みんなで葺き替えをする。だから、財政負担はかから ない。こういった形のお金の出し方は、わりとスムーズに行われてきたと思います。 BI と労働意欲の両立方法とは 磯田 18~20 代前半の若い世代を対象に、「30 万円あげるから好きに外国へ行ってこい」 と一律で投資する。すると、いろいろなことを学ぶから、将来その人の生産性が絶対に上が ります。そういった給付はやったほうがいいと思います。 僕みたいに50 歳近い世代でも、今の仕事とは別の仕事に移ることを考えざるを得なくなる 人はけっこういるはずです。そうなった場合、どうするのか。仕事の移動を支援する制度は 手厚くやるべきだと思います。
たとえば、江戸時代は村人の誰かが一軒一軒を回って、「お前の得意は何か」「機織りをやっ たほうがいい」「力仕事がいい」などと、みんなの生産性が高くなるよう誘導する人がいま した。 自分の才能や方向性を細やかに教えられると、本人も勉強し始め、能力の完全燃焼が起こり ます。今の時代も、そういう地域社会の在り方があってもいいと思います。 茂木 1 億総活躍は、戸別訪問して実現すると(笑)。 磯田 好きな人を選んで、相談に乗ってもらうだけで十分です。将来的には、遺伝子検査で 「この人はスポーツ選手に向いてる」「この人は数学者に向いてる」という判定ができると いいですね。 波頭 それをやると、生産性が上がるだけでなく、誇りも持てる。 島田 BI のようなもので、一種の平等な分配が確保されたときに、怠ける人が出てくるの が社会主義の根本的な問題でした。だから、BI を導入するなら、労働意欲というプラス α を招く工夫が必要なんでしょうね。ソ連で一時期、条件付きで自由競争や企業的なものを認 める修正社会主義というものがありました。 波頭 修正主義者は、当時は批判されましたが、結局中国もベトナムも修正主義で生き残っ た。やはり人間には寡婦と孤児を何とかしたいというDNA があって、人は誇りを持ちたい と思うものです。社会的な生き物だから。 BI で保障するのは、5 万円でも、8 万円でも、生存権を確保するためです。生存を保障さ れ、「では何のために生きるのか」をそれぞれが考えるようにしたほうが、今よりも安逸に 怠惰をむさぼろうとする人はかえって減るというふうにも考えられます。 BI についてさまざまな意見が出ましたが、現行の資本主義的な社会システムが閉塞してい るヨーロッパや日本をはじめとする 21 世紀の先進国は、BI で人々の生き方が前向きにな るほうに賭けてもいいタイミングに来ているのではないかと思います。本日はありがとう ございました。