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バングラデシュにおける少数民族に対するノンフォーマル教育の役割 -小規模少数民族クミに焦点を当てて-

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Academic year: 2021

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バングラデシュにおける少数民族に対するノンフォーマル教育の役割 【要約】  本研究の目的は、バングラデシュのチッタゴン丘陵地帯の小規模少数民族クミ村落におけるノンフォーマ ル教育の役割について検討することである。バングラデシュの初等教育は、初等教育純就学率 97%に達し、 現在は「ラスト 10%、5%」をいかに就学させるかという局面にある。小規模少数民族クミは、バングラデシュ の少数民族の中でも人口が 2,899 人と、特に少ないことに加え、山頂付近に暮らしている地理的要因から教 育開発が行き届いていない地域とされており、2009 年には 88%のクミが教育を受けていない状態にあったこ とが報告されている。  現地調査では、クミ集落ロンタン村にあるノンフォーマル学校「キニテウシュシュショドン」の参与観察 及び教職員に対するインタビュー調査に加え、ロンタン村の世帯主に対する半構造化インタビューを実施し た。調査の結果、ノンフォーマル学校はロンタン村の就学率向上につながり、現在は教育の機会を保障するセー フティーネットとしての役割を果たしている事が明らかになった。一方で、ロンタン村の世帯主らが学校教 育に求めているものが、質の高い教育の保証の段階へと移行しているため、学校側は今後の在り方を再考し なければいけなくなってきている。しかし、地域コミュニティにおけるボランタリー・アクションとしての ノンフォーマル教育が、その要求にどこまで応えられるのかが、研究を要する課題といえる。 【キーワード】バングラデシュ・少数民族・ノンフォーマル教育

1.はじめに

バングラデシュの初等教育は、初等教育純就学率 97%(外務省 2017)に達し、現在「ラスト 10%」 をいかに就学させるかという局面にある1)。しかし、 この「ラスト 10%、5%問題」には、少数民族、最 貧困層、障害者等が含まれており、現在非就学にあ る子ども達を単純に学校に誘引すれば解決できる 類のものではない。経済的な問題はもちろんのこ と、生活及び文化様式の相違、さらにはこれらの子 どもたちに対する差別等の要因が複雑に絡み合う 問題であり、彼らの教育を保障していくための政策 形成が今後の大きな教育開発課題の 1 つである。 このため本研究では、マイノリティ中のマイノリ ティである小規模少数民族クミ2)に焦点を当てる ことによって、いかに彼らが取り残されないための 政策や実践が必要になってくるのかを研究したい。 またここでは、これまでバングラデシュの中で強い 存在であり続けてきたノンフォーマル教育に焦点 を当てることとする。 クミは、バングラデシュの東南部に位置するチッ タゴン丘陵に暮らしており、人口 2,899 人である (SEHD2017)。少数民族の中でも特に人口が少ない ことに加えて、山頂付近に暮らしているため地形 的要因からも教育支援が行き届いていない民族と さ れ て お り、CHTDF-UNDP(Chittagong Hill Tracts Development Facility – United Nations Development Program)(2009)によると、88%のクミが教育を受 けていない状態であったことが報告されている。こ の数字は、チッタゴン丘陵地帯に暮らす 11 の少数 民族3)の中で最も高い数値である。 筆者は 2017 年にバンドルボン県・ロワンチョリ 郡にあるオントン村・ロンタン村・サンキン村の 3 村で世帯主を対象とした悉皆調査を行った(田中・ 加野 2018)。調査によって、親世代では 108 人中 教育の機会を得たことがある者が 20 人と、わずか 19.2%であったが、子世代になると、3 つの村を合 わせて 223 人中の子どものうち教育の機会を得た ことがある、あるいは現在得ている者が 126 人と

バングラデシュにおける少数民族に対するノンフォーマル教育の役割

−小規模少数民族クミに焦点を当てて−

田 中 志 歩(香川大学大学院教育学研究科 修士課程)

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過半数の 56.5%を占めており、親世代と比べて学校 教育を受けた人数が飛躍的に増加しており、教育が 村に浸透してきていることが分かった。また、子 世代において就学経験のないものは合計で 43 人と、 19.2%である。43 人のうち女性は 33 人であり、男 性よりも女性のほうがさらに教育から遠ざかって いることが分かった。尚、村人らは自身の年齢を把 握していなかったため「親世代」、「子世代」といっ た分類を使用する。親世代は世帯主夫婦、子世代は 世帯主夫婦の子どもを表す。 3 村のうちオントン村には 1991 年より公立小学 校が、ロンタン村には 2010 年に村人によってつく られたノンフォーマル小学校「キニテウシュシュ ショドン」4)があるが、サンキン村には学校はなく、 子どもたちは他村の学校に行かなくてはならない。 キニテウシュシショドン設立は、寮も併設したこと もあり初等教育アクセスを劇的に改善した。また、 ミャンマーから移住してきた世帯の 16 歳、12 歳の 子どもが小学校 5 年生、4 年生として在籍するなど、 学齢期を過ぎた子どもに対しても教育の機会を提 供している5)。 従来、バングラデシュにおいては、政府立学校で あっても就学年齢は多様であったが、国全体として 教育開発が進んだ現在、教室内の年齢的斉一性は高 まりつつある。しかし、ノンフォーマル教育はこう した、取り残されてしまった未就学者の教育を保障 する役割も果たしている。本稿では、これらに関す る詳細を述べながら、「ラスト 10%、5%」へのア プローチ手法の一つとしてのノンフォーマル教育 の可能性、またその限界性について言及したい。

2.ノンフォーマル教育に関する先行研究

2-1 ノンフォーマル教育 ノ ン フ ォ ー マ ル 教 育 の 存 在 が 世 界 的 に 注 目 さ れ る よ う に な っ た の は 1990 年 の「Education For All(EFA) 会議」であり、2000 年の「世界教育フォー ラム」等で、「万人のための教育」を達成させるため には学校教育だけではなく、ノンフォーマル教育の ような学校外教育の拡充の重要性が強調されていっ た。現在は、UNESCO や UNICEF 等の国際機関や、 各国の政府、数多くの NGO 等によって世界各地でノ ンフォーマル教育に対する援助が実施されている。 Rogers(2004)によると、ノンフォーマル教育を、 より柔軟な学校教育、及び学校の内外で行われる参 加型教育の両方を意味するものとして捉えること を提唱している。また、JICA(2005)は、正規の 学校教育制度の枠外で組織的に行われる活動であ り、フォーマル教育(学校教育)が初等教育の完全 普及を達成できていない現状に対応するため、す べての人の基礎教育ニーズを補完的で柔軟なアプ ローチで満たそうとする活動を指すとしている。 ノンフォーマル教育の特性として以下 4 点が挙 げられる。①人々が生活の中で直面する課題をテー マに取り上げることができる、②地域の特性に合わ せた教育プログラムの実施を可能とする柔軟性や、 紛争や災害などの不安定な状況にも対応できる即 時性を持つ、③子どもから成人まであらゆる人に対 して必要に応じた学びの場を提供できる、④保健・ 衛生、環境保全、ジェンダー、人権、平和構築など 多様な開発課題に対応する基礎能力の開発に貢献 できる(JICA2005)。これらの特性のあるノンフォー マル教育は非就学児童、学校中退者、少数民族、ス トリートチルドレン、移民、国内避難民、難民等、 教育を受ける機会がないあるいは、それまでなかっ た人々への基礎的な学習のニーズを満たすための 活動として成果を挙げてきている(JICA2004)。 一方で、課題も多く指摘されており、ノンフォー マル教育学校の教師は教員資格を持たない者も多 く、教室などの設備も十分に整っていない等の問題 があり、教育の質が十分ではないため、中等・高等 教育への進学・編入が難しいという問題や ( 丸山・ 太田 2013)、教育成果を把握し評価する方法が定まっ ておらず、教育資源が確保しにくい要因から、国際 協力事業や研究の対象として積極的な取り組みが なされにくいという傾向がある(青木 2008)。 また、JICA(2005)によると、これまでに成功 したノンフォーマル教育プログラムの共通点とし て、小さい対象学区、地域と親の積極的な関与、地 元出身の準教員の活用と研修制度の構築、簡略で柔 軟なカリキュラム、基礎教育教材の支給、伝統的な 教育形式、宗教施設などの伝統的な教育施設の強化 なども効果的とされている。 2-2 バングラデシュのノンフォーマル教育 バングラデシュで初等教育のノンフォーマル教 育 が 行 わ れ 始 め た の は 1980 年 代 で あ る。BRAC (Bangladesh Rural Advancement Committee) や Proshika、Dhaka Ahsania Mission などの NGO により

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活動が始まった。これらのほとんどは、5 年間の初 等教育全体を範囲とした教育が行われたが、当時そ の必要性は、バングラデシュ政府に通じていなかっ た。しかし、従来の公立小学校だけでは当時の第二 次五か年計画の目標であった 4 千万人の識字人口を 達成するのは不可能と判断した政府によって、1996 年にノンフォーマル教育省が設立され、2000 年に は就学前教育、初等教育におけるノンフォーマル教 育に関しての政策が発案された6)。バングラデシュ においてノンフォーマル教育を実施している学校 を 主 に NFPE(Non Formal Primary Education) と 呼 ぶ (Chowdhury2001)。 この政策を受けて、農村部においては、ある程度 の学歴のある若者や知識人などが、経済的有力者層 から土地や建物の提供を受け、未登録の市立小学校 を建設し、一定期間運営したのちに、政府に小学校 としての認可申請を行い、登録市立小学校を目指す という動きが活発化した(日下部 2007)。 国際協力銀行(2002)の報告によると、ノンフォー マル教育の初等教育プログラムの大半が NGO によっ て提供されていることが明らかにされている。特に、 バングラデシュ最大の NGO である BRAC が実施し ているノンフォーマル教育は、世界の中でも優れた 成功例として挙げられており、国際社会からも注目 されている。そのため、UNICEF の委託を受け、国 内のみならず多くの国で実施している7)。BRAC の ノンフォーマル教育は 1985 年から始まり、2010 年 までに BRAC の学校数は 37,000 校、就学前教育施 設 24,000 校、在校生だけで 185 万人、卒業生 380 万人を出している(BRAC2009)。また、BRAC の 初等教育学校の卒業率は 93%と、公立学校に比べて 圧倒的に高く、このすべての卒業生全員が公立中学 校へ入学している(BRAC2010)。このような量的に も質的にも十分な実績を積み上げている BRAC は、 政府とのパートナーシップによって、ナショナルカ リキュラムを補完する存在から、保証する存在へと 変貌を遂げていることが分かる(日下部 2007)。 また、BRAC は少数民族に対する取り組みである Education for Indigenous Children も 2001 年から実施 している。教授言語は少数民族言語で行い、少数民 族の文化・習慣・日常生活に合わせた教材を独自に 開発し授業で利用している。2007 年までに、2,250 校を運営し、57,000 人の生徒が通った。現在はチャ クマの子どもを対象にしており、チャクマ語でテキ ストと補足的な読書資料が 5 年生まで開発されて いる。このプログラムは、他の少数民族コミュニ ティにも同様の資料を開発する予定とされている (BRAC2007)。 このように、バングラデシュにおいてノンフォー マル教育は、政府と NGO 等が連携しつつ、EFA 達 成の重要な担い手の一端を担ってきたことが分か る。同様に政府も、NGO ありきで教育開発政策を 進めてきた経緯がある。しかし、以下に述べる通 り、小規模少数民族にまでその政策−実践連携のメ リットは及んでいないと考えられる。

3.バングラデシュでの現地調査

3-1 調査方法 2017 年 8 月∼ 9 月、2018 年 3 月∼ 4 月の合計 2 回、 バングラデシュ東南部に位置するチッタゴン丘陵 地帯(Chittagong Hill Tracts)、バンドルボン県、ロ ワンチョリ郡にあるクミ村落ロンタン村を直接訪 問し、そこの世帯主を対象に世帯人数、世帯収入、 世帯構成員の学歴等についての半構造化インタ ビューを 1 人 1 時間程度、合計 16 人に実施した (図1参照)。また、オントン村にある公立小学校、 ロンタン村にあるノンフォーマル小学校において、 学校関係者等に対しては、インタビュー調査をする とともに、授業風景の参与観察を実施した。 使用言語は、調査対象者の言語能力と希望に応じ て、ベンガル語、ムロ語あるいは、クミ語で実施し た。なお、民族語の通訳として、バンドルボン市内 の大学 2 年生のムロ男性と、村人で中学を卒業し ておりベンガル語を話すことができるクミ男性の 2 名が同行した。 世帯主に対するインタビュー調査での質問項目 は以下の通りである。 1)世帯主に関する質問 ① 名 前、 ② 年 齢、 ③ 結 婚 し た 年 齢、 ④ 職 業、 ⑤給料、⑥学歴、⑦使用可能な言語 2)世帯人数、子どもの人数 3)宗教 4)世帯主の妻に関する質問 ① 名 前、 ② 年 齢、 ③ 結 婚 し た 年 齢、 ④ 職 業、 ⑤給料、⑥学歴、⑦使用可能な言語 5)子どもについての質問 ① 名 前、 ② 年 齢、 ③ 結 婚 し た 年 齢、 ④ 職 業、 ⑤給料、⑥学歴、⑦使用可能な言語

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6)子どもの教育への考え ①学年、②通っている学校、③通っている学校 の場所、④学校形態、⑤一年間の教育費、⑥子 どもに求める理想の学歴、⑦子どもに求める最 低限の学歴、⑧子どもに求める理想の就職 3-2 調査地とクミの概要 (1) 調査地概要 チッタゴン丘陵地帯は、バングラデシュ東南部に 位置し、アラカン山脈につながるバングラデシュ唯 一の丘陵地帯である。カグラチョリ県、ランガマティ 県、バンドルボン県の 3 県から成り立っており、国 土の 10%にあたるこの場所では、古くからモンゴロ イド系の先住民が焼畑農業を中心に生活を営み、デ ルタ地帯に居住する多数派のベンガル人とは異なる 文化を営んできた。この地域に住む人々の起源につ いては不明な点が多く、インド北部、中国南部の地 域から南下してきた民族とミャンマー方面から北上 してきた民族が入り混じって居住していると考えら れている。人口の一番多いチャクマに続き、マルマ、 ムルなど 11 の民族(13 ともいわれる)、約 60 万人の 少数民族が生活を営んでいる ( ジュマ・ネット 2015)。 チッタゴン丘陵地帯は、バングラデシュ独立翌年 の 1972 年から 1997 年の 25 年間政府と紛争をして いた地域であり、開発から取り残されている地域で ある。教育開発も他の地域と比べ遅れており、公立 学校の設立は 60%未満である。3 県の中でも特にバ ンドルボン県は、教育開発が遅れており、40%以 上の地域(1,554 村)には学校設備がない状況であ る(Zabarang Kalyan Samity2014)。 ま

た、CHTDF-UNDP の 2001 年の調査によると、チッタゴン丘陵 地帯における少数民族児童は小学校の早い段階で 約 65%がドロップアウトしていることが報告され ている。その原因は、長期間政府と紛争状況にあり 他のバングラデシュの地域に比べ、教育制度を整備 することが困難であったことが挙げられる。また、 和平協定締結後も山岳地域のため通学の困難さや、 貧困問題、教員の質の問題に加えて、彼らの母語と は異なるベンガル語での学習や教科書を使用する ため内容を理解できず学習への困難さが影響し中 退につながっていると考えられている(CHTDF − UNDP2009)。 調査地である「キニテウシュシュショドン」のあ るロンタン村は、バンドルボン県の主要市であるバ ンドルボン市からバスで 1 時間半の後、徒歩 30 分 を要する。現在は 19 世帯が暮らしているが、その うちの 3 世帯ではインタビュー調査を実施しなかっ た。その理由は、そのうちの 1 世帯はボン世帯で、 村に家はあるがバンドルボン市内に移住している世 帯であり、また残りの 2 世帯は宣教師として 5 年前 からロンタン村に暮らすボン男性の 1 人暮らし、ム ロの高齢男性の 1 人暮らしであり、調査対象外で あったためである。19 世帯を民族別にみると、クミ 世帯が 17 世帯、ボン・ムロの単身世帯が各 1 世帯 ずつである。また、宗教別にみると、仏教世帯が 6 世帯、キリスト教世帯が 12 世帯であり、キリスト 教世帯の割合が高い8)。電気や水道はない。近年ソー ラーパネル9)を所有する世帯が増えてきており、ロ ンタン村では 10 世帯がソーラーパネルを持ってい る。ソーラーパネルを持っていない世帯は、アルコー (出典)ジュマ・ネット 2018 図1 調査地域

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ルランプを使って灯りをともしている。水は、村か ら歩いて 20 分ほどの場所に湧き水をためている場 所があり、村人はその水をひょうたんや使いまわし のペットボトルに入れ家に持ち帰る。1 日 2 回程水 汲みは行われており、主に女性の仕事とされる。 ロンタン村は、バングラデシュにあるクミの村 42 村のうちバンドルボン市内から一番近いため、 クミの村の中ではベンガル社会や他の民族との交 流、村人が実際にバンドルボン市内へ出ていく機会 が比較的多い。また、ロワンチョリ郡におけるクミ のリーダーである K 氏の家もこの村に位置してい るため、中心的な位置づけがなされている。しかし、 今回調査を実施した 3 つの村のうち 1 番教育水準 が高いわけではなく、公立小学校は設置されていな い。この村に学校が始めて設置されたのは 2010 年 であり、この小学校は村人たちの手で作られたノン フォーマル学校である。また、親世代は 30 人中就 学経験のある者が 4 人10)と、就学率は僅か 13.3% であるのに対して、子世代になると就学率が 49.4% と、飛躍的に向上している(田中・加野 2018)。 (2) キニテウシュシュショドンの概要 キ ニ テ ウ シ ュ シ ュ シ ョ ド ン が 設 立 さ れ た の は 2010 年であるが、2007 年ごろから村の中で就学経 験のある者が、子どもたちに勉強を教える機会を設 ける等と、その前身があったことが村人に対するイ ンタビューから確認されている。 現在の校舎は、竹と木とトタンからできており、 2010 年から現在までに雨風で 3 度崩壊している。そ のたびに教職員や村人が修理を行っている。寄宿寮 は、トタンの建物があったが、3 年前の雨季で崩壊 したため、学校の横にある村内で唯一のコンクリー ト建築物である保健センターを現在使用している。 学校の敷地は村人によって用意されたものであ る。NGO が運営するノンフォーマル学校には独自 のカリキュラムやテストを用いるところも多いが、 キニテウシュシュショドンにおいては、政府のカリ キュラムとテキストを採用している。しかし、ロン タン村はキリスト教徒が多数派であるため、バング ラデシュの週末である金曜日に学校を休み11)にす るのではなく、日曜日を休みにしていたり、焼き畑 農業の開始時期や収穫時期には学校を長期休みにす る等、地域の実態に合わせて運営がなされている。 職員は、学校設立者であり現在は経営者であるク ミの S 氏、教員 A 氏、B 氏の 2、食事を作るスタッ フ C 氏の合計 4 人体制である。また、運営は S 氏 を中心に、ロンタン村の村長をはじめとする村人ら で形成されている村内組合によってなされている。 S 氏は、モユ村12)出身のクミの男性であり、現 地 NGO モノゴール13)のコーヒープロジェクト責 任者である。普段はバンドルボン市内に住んでいる ため、キニテウシュシュショドンには 2 ∼ 3 か月に 1 度訪問し、運営状況の確認や、職員 C 氏への給料 を支払ったりしている。学歴は高校卒業である。母 語のクミ語に加えて、ムロ語、マルマ語、チャクマ 語、ベンガル語を使用することができる。S 氏は高 校卒業後、現地 NGO ムロチャットのプロジェクト スタッフとして仕事をしながら、村の発展のための 取り組みを行ってきた。キニテウシュシュショドン 建設時より、現地 NGO ムロチャットに対するサポー トを要請し、現在は主に教員の派遣や給料等の面で の支援がなされている。このように S 氏は他民族 間や NGO といった外的資源とクミコミュニティー を繋ぐ役割を担っている。 学校設立当時から教員をしているクミの男性教 員 A 氏は、ロワンチョリ郡内にあるサンキン村出 身14)のクミである。使用できる言語が、クミ語、 ムロ語、マルマ語、ベンガル語と多様である。授業は、 主にベンガル語を使用するが、児童の理解度によっ てそれぞれの民族語も使用している。もう 1 人の教 員は、現地 NGO ムロチャットからの短期派遣教師で あり、マルマの女性教員 B 氏である。使用言語はマ ルマ語とベンガル語である。食事を作るスタッフは マルマ男性 C 氏であり、使用言語はマルマ語とベン ガル語である。職員間でのミーティングでは、マル マ語を使用することが多くみられた15)。また、職員 A 氏、B 氏、C 氏は、学校内に住んでおり、A 氏、B 氏は寮の管理や子どもの世話も並行して行っている。 職員の給料については、S 氏は無償で学校運営に 関わっている。設立以来教員 A 氏、B 氏に対する 給料の支払いはムロチャットから行われている。そ の理由は、前述したように S 氏が「ムロ及びクミ に対する教育支援プロジェクト」資金を得ており、 月額 1 人に対し 5,000TK16)が支払われている。この 額は、公立小学校の教員の月収約 20,000TK と比較 すると約 4 分の 1 であり、決して高い月収であると は言えないことが分かる。C 氏に対しては、S 氏が 独自に資金集めをしており、月額 3,000TK が支払

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われている。しかし、現地 NGO ムロチャットも資 金集めに苦労しているため、毎月確実に教員 A 氏、 B 氏は給料を得ることができるわけではなく、2017 年においては、12 か月中 8 か月のみの給料の支払 いであったことが教員に対するインタビューから 明らかになった。また、C 氏に対しての給料も毎月 払われているわけではなく資金集め次第である不 安定さを抱えている。 キニテウシュシュショドンには現在、就学前∼ 小学校 5 年生までの 53 人の児童が在籍している。 表1の通り、クミの児童は 28 人、ムロの児童は 24 人、マルマの児童は 1 人である。また、53 人のうち、 ロンタン村から通っている児童は 20 人、寄宿して いる児童は 33 人と、村内から通ってくる児童より も、村外寄宿児童のほうが多い。 入学することのできる民族を特に定めているわ けではないが、これまでに在籍したことのある児童 を民族別にみると、クミ、ムロ、マルマの 3 民族で ある。学校がクミの村にあるため、クミの子どもが 入学するのは自然である。ムロはクミと文化等が類 似している点が多くあり、お互いに交流する機会が 多いことに加え、教員 A 氏がムロ語を話すことが でき、ムロの保護者と学校側とのやり取りをスムー ズに行うことができるため、ムロ児童も多く在籍し ている。また、マルマは、この 8 年間で 2 人のみ在 籍しておりこの 2 人は兄弟である。 表 1 から分かるように、就学前と 1 年生の児童人 数が合計で 27 人とあり、生徒全体の約半数である 50.9%をこの 2 つの学年が占めている。この理由は、 2 つある。ロンタン村に暮らすクミ世帯の場合は、 村内にあるキニテウシュシュショドンの運営状況や 教育カリキュラム等を知っているため、1年生まで は「とりあえず」という形で、近くにあるキニテウシュ シュショドンへ入学させ、その後親戚や知人を頼っ て、寄宿制の学校で奨学金をもらうことができたり、 無償で教育及び寝食ができる学校を探し転校させる 生徒が多いこと、寄宿している児童の場合は、寮費 が支払えなくなり退学してしまうことが挙げられる。 授業料は、通学生、寄宿生共に年間 1,000TK で あり、寄宿生は寮費として月 400TK、米を 15㎏納 めている。主に、寮費は食費として使用されており、 寄宿生の給食は 1 日 2 食であり、朝と夕方に食べて いる。しかし、寮費を毎月確実に納めることは、寄 宿生の保護者にとって困難であり、寮費の支払いを 滞っている世帯も多い。そのため、給食のために使 用する塩や香辛料などの調味や米、野菜、卵といっ た食材をバンドルボン市内で購入する際には、つ けでの支払いをすることもあるとのことであった。 しかし、この問題は、保護者側の問題だけではなく、 教員側にも問題があることが分かった。現在教員 A 氏、B 氏は授業に加え、寮の子どもの世話も 2 人で 管理しているため、会計処理まで手が回っておら ず、どの世帯から何か月分寮費が支払われている のか把握していないことが A 氏、B 氏に対するイ ンタビューから分かった。この点を学校設立者の S 氏や村長も課題に感じており、2019 年からは村か ら 2 人の若者(うち 1 人は中学卒業、1 人は就学経 験なしだがベンガル語の読み書き及びムロ語が使 用可能である)が、会計の担当をすることが村民会 議で決まったと述べていた。 このように、運営においては様々な課題が見られ るが、ロンタン村の村人らは自分たちの村に学校があ ること自体に誇りを持っていることがインタビュー や普段の様子から伺うことができた。例えば、校舎 表 1 キニテウシュシュショドンの児童 (注)( )内はロンタン村から通っている児童数。 (出典)インタビューをもとに筆者作成。 ϜϩϜࣉಒʤ̏ʥ ஋ࢢ ঃࢢ ஋ࢢ ঃࢢ ঃࢢ मָ઴        ೧ਫ਼         ೧ਫ਼        ೧ਫ਼         ೧ਫ਼        ೧ਫ਼        ߻ܯਕ਼       έϝࣉಒʤʥ Ϟϫࣉಒʤʥ ߻ܯਕ਼ ָ೧

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が崩壊した際などには木や竹を切ってきたり、子ど もたちの給食のために野菜を分けたりと、各々がキ ニテウシュシュショドンに対して可能な形でボラン タリー・アクションを起こしていることが分かる。 (3) キニテウシュシュショドンの子どもたちの生活 キニテウシュシュショドンに通う子どもたちの 生活は、村から通ってくる子どもと、寄宿している 子どもによって異なっている。 まず、村から通っている子どもの生活について述 べる。多くの子どもたちは朝 5 時ごろには起きだし、 母親について水汲みへ行ったり、祖父母と共に家畜 の世話をする。また、幼い兄弟がいる場合は主に姉 が、兄弟を背負い、家の周りを散歩する。朝ごは んができるまでは、近所の親戚や友達同士で遊び、 6 時半ごろになると家からの呼びかけの声が聞こえ るため、それぞれに家に帰る。1 日に食事は 2 回の 家が多いため、おなかがすかないようお米をたくさ ん食べる。学校が始まるのは 8 時半からであるが、 子どもたちは朝食をすませると、身支度をし、7 時 ごろから連れだって登校する。村から学校までは 15 分ほどである。学校につくと、子どもたちは寮 の近くで遊んで授業開始を待つ。学校は 8 時半から 9 時の間に朝礼があり、9 時から 12 時半までの間が 授業である。授業が終わると村へ帰り、昼寝をする。 昼寝が終わると、水浴びをしたり、友達と遊んだり、 夕食の手伝いをする。宿題は出ないことが多いた め、村の子どもたちが宿題をしている姿はあまり見 ることがなく、夕食後は家族団らんの時間を過ご し、夜 9 時には寝ている。 また、寮に寄宿している子どもは、朝 6 時ごろに 起きだし、朝ごはんの準備を手伝ったり、上級生は 下級生の面倒をみたりする。7 時半に朝ご飯を食べ、 学校が始まるまでは村から通っている子どもに混 ざって、友達と遊んでいる姿をよく見かける。授業 が終わると、村の子どもと同様に水浴びをしたり、 昼寝をしたりして過ごす。また、友達について村へ 行く寄宿生も多く、夕食を取る 6 時までは各自自由 に過ごしている。 このような、村の子どもや寄宿している子どもに 対して、村の大人たちは、勉強ができる環境にはい ないため、チャックリ(給料をもらうことのできる 仕事)につかせるためには、村の外の学校に出す必 要があるが、まだ小さいため親元で過ごさせたい。 といった意見を述べている。 3-3 調査結果 現在ロンタン村の、子世代の人数は 91 人である。 そのうち現在就学していない者が 47 人、就学して いる者が 44 人となっている。 現在就学していない者のうち、就学経験が一度も ないものは 29 人、就学経験があるが現在結婚したり、 経済的問題を抱えたりし就学をやめたものが 6 人、 就学年齢に達していない幼児が 12 人となっている。 表 2 から分かるように、現在就学している者は 44 人であり、中学生以上が 13 人、就学前及び小学 生が 31 人である。中学生以上の 13 人をさらに細 かく見ていくと、キニテウシュシュショドンに入学 したのち 5 年生まで在籍し、卒業した者が 4 人。キ ニテウシュシュショドンに入学したのちに転校し、 表 2 ロンタン村の子世代 (注)( )内の数字は女子の人数 (出典)インタビューをもとに筆者作成。  मָܨݩ͗Ҳౕ΍͵͏   मָܨݩ͍͗Ζ   ༰ࣉʤमָ೧ྺͶୣ͢ͱ͏͵͏ʥ   ΫωτΤͶ೘ָʛଖۂ   ΫωτΤͶ೘ָʛ఺ߏʛଖۂ   ΫωτΤҐ֐Ͷ೘ָʛଖۂ   ΫωτΤҐ֐Ͷ೘ָʛ఺ߏʛଖۂ   ΫωτΤͶ೘ָʛࡑ੸   ΫωτΤͶ೘ָʛ఺ߏ   ΫωτΤҐ֐Ͷ೘ָʛࡑ੸   ΫωτΤҐ֐Ͷ೘ָʛ఺ߏ   ஦ָਫ਼Ґ৏ ঘָਫ਼ ݳ ࡑ म ָ ͢ ͱ ͏ Ζ ं ݳࡑमָ͢ͱ͏͵͏ं

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転校先で卒業した者が 4 人。キニテウシュシュショ ドン以外の小学校へ入学した後に転校し、転校先で 卒業した者が 1 人である。次に、就学前及び小学生 31 人をさらに細かく見ていると、キニテウシュシュ ショドンに入学し、現在も在籍している者が 21 人。 キニテウシュシュショドンに入学したのちに転校 した者が、5 人。キニテウシュシュショドン以外の 小学校に入学し現在も在籍している者が 4 人。キニ テウシュシュショドン以外の小学校に入学したの ちに、転校した者が 1 人である。 また、表 3 から分かるように、現在の子世代にお いてキニテウシュシュショドンに入学し、卒業まで 在籍した子どもは 3 人である。この 3 人の子どもの 世帯主である父親に、多くの村人が子どもを他の学 校に転校させている中、キニテウシュシュショドン に卒業まで子どもを在籍させていた理由を尋ねた。 No.1・No.2 の子どもの父親は、「ミャンマーからの 移住者であったため、ベンガル語を話すことができ ず、他の学校を探すことも難しかった。そのため、 転校することははじめから考えていなかった。」と、 述べていた。特に、2 の子どもの父親は「2016 年に ミャンマーから移住してきており、その時点で小学 校就学時期を過ぎた子ども 2 人にどのようにベンガ ル語を勉強させるか悩んでいた。しかし、キニテ ウシュシュショドンには、クミの教員がいるため、 子どもがクミ語で授業を受けることができ、挫折せ ずに学びを続けることができた。キニテウシュシュ ショドンのおかげで中学校へも進学をすることが できた。」と、インタビュー内で何度も言っていた のが印象的であった。また、この No.1・No.2 の子 どもの父親同士は兄弟関係である。そのため、小学 校卒業後はダッカにあるクリスチャン系の同じ中 学校へ子どもを進学させている。 No.3 の子どもの父親は、「子どもが 7 人おり、長男 と次男を寄宿舎学校に入れており、他の子どもには そこまで教育費をかけることが経済的に難しいと感 じ、村の学校に通わせることにした」と、述べていた。 このように、現在は入学した子どもが小学校卒業 である 5 年生まで在籍した人数は 3 人と少ないもの の、様々な事情を抱える世帯や子どもにとってのセー フティーネットとしての機能をキニテウシュシュ ショドンがはたしている事を確認することができた。 また、バングラデシュでは、学年末試験に合格し なければ進級することができないが、これらの進級 試験は、学校によってそれぞれである。 表 4 から分かるようにキニテウシュシュショドン に入学した後転校している者が、現在中学以上の 子どもと、小学校在籍中の子どもを合わせて 9 人 表 3 キニテウシュシュショドンに入学し卒業まで在籍した子どもについて (出典)インタビューをもとに筆者が作成  1R ݳࡑ͹ָ೧ ੓พ ཀྵ༟  ೧ਫ਼ ஋ ϝϡϱϜʖ͖ΔҢे͢ͱͪͪ͘ΌɼϗϱΪϩޢ͗෾͖Δ͵͏͹Ͳ ଠ͹ָߏΝ୵ͤ͞ͳ΍ࠖೋͲ͍Ζ͢ɼࢢʹ΍ͺͬ͘ΞͳหکͲ͘ ͱ͏Ζͳ״͖ͣͪΔɽ  ೧ਫ਼ ஋ ϝϡϱϜʖ͖ΔҢे͢ͱͪ͘ͳ͘ͶͤͲͶࡂͲ͍ͮͪ͗ϗϱΪ ϩޢ͗સ͚Ͳ͘͵͏͹΍໲ୌͫͳ״ͣɼमָͦͪ͠ɽ  ೧ਫ਼ ஋ ௗ஋ʀ࣏஋ͺرॕָࣹߏͶ೘ΗͪͪΌɼگүඇ͖͖͗ͮͱ͏Ζͪ Όɼࢀ஋Ͷ͖͜ΖگүඇΝঙ͵͚͖ͪͮͪͪ͢Όɽ 表 4 キニテウシュシュショドンを転校した子ども17) (注)( )内の数字は女子の人数 (出典)インタビューをもとに筆者作成。  1R ָ೧ ੓พ ΫωτΤΝ఺ߏָͪ͢೧ ఺ߏ઎Ͳฦ೘ָͪ͢೧ ฦ೘઎͹ָߏ͹झྪͳ৖ॶ گүඇʤ೧ؔʥ ฦ೘ͦͪ͠ཀྵ༟  ೧ਫ਼ ঃ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ έϨηοϡϱܧࢴָཱིߏʤξρΩʥ  ଞ͹ָߏΓΕ΍͏͏ָߏͶ௪Κ͖͖ͦͪͮͪΔɽ  ೧ਫ਼ ஋ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ ώϱχϩϚϱࢤཱིঘ஦ָߏʤώϱχϩϚϱࢤʥ  ΫωτΤ͹ָߏӣӨ͗ѳ͏ͳ״͖ͣͪΔɽ  ೧ਫ਼ ஋ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ ώϱχϩϚϱࢤཱིঘ஦ָߏʤώϱχϩϚϱࢤʥ  গཔ͹͞ͳΝߡ͓ͱΓ͏گү͗චགྷͫͳࢧ͖ͮͪΔɽ  ೧ਫ਼ ஋ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ 1*2رॕָࣹߏϠόβʖϩʤϧϱΪϜτΡݟʥ ໃঊʤওָۜʥ ওָۜΝ΍Δ͓ͪͪΌɽ  ೧ਫ਼ ஋ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ έϨηοϡϱܧ1*2ָߏʤϫϭϱοϥϨࢤʥ  ଞ͹ָߏͫͳϗϱΪϩޢ͗͑Ή͚͵Δ͵͏͖Δɽ  ೧ਫ਼ ঃ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ 81,&()ΠϨαχϱ຿ଔرॕָࣹߏʤΠϨαχϱࢤʥ ໃঊʤ81,&()ওָۜʥ ฦ೘઎͹ָߏͶ೘ָͤΖͳৱඇ΍ໃঊ͖ͫΔɽ  ೧ਫ਼ ஋ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ έϨηοϡϱܧ1*2ָߏʤορνβϱࢤʥ ໃঊʤওָۜʥ ওָۜΝ΍Δ͓Ζͳซ͏͖ͪΔɽ  ೧ਫ਼ ঃ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ έϨηοϡϱܧ1*2ָߏʤξρΩʥ  ਎ͳҲॻͶ͏Ζͳ؃͓ͱָߏͶߨ͖͵͏͖Δɽ  ೧ਫ਼ ஋ ೧ਫ਼ ೧ਫ਼ ࠅཱིϧϜέϭϱνϱָߏʤϧϜࢤʥ ໃঊʤওָۜʥ ওָۜΝ΍Δ͓ΖͪΌ

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いる(表 2 の網掛け部分)。このうちキニテウシュ シュショドンを転校した学年に転校先の学校でも う一度在籍している者が、8 人である(表 3)。表 4 の No.3 の 1 人のみがキニテウシュシュショドンを 転校し、編入した小学校で 4 年生年として入学が認 められている。この 8 人の状況から、キニテウシュ シュショドンでの進級試験に合格したものの、編入 先の小学校では学力不足であるとされ、進級するこ とができていないことが分かる。 また、9 人の子どもの父親に転校をさせた理由を 尋ねたところ、大きく 2 つの意見が挙がった。1 つ 目は、奨学金をもらえる学校が見つかったためとい うものであり、4 人がこの意見であった。これらの 奨学金は、学費のみならず、食事を含む寮費をも学 校側が負担するということであり、子ども 1 人分の 食費が家庭で負担しなくてもいいというメリット もあるため、村人は奨学金で子どもを学ばせること ができる手段を得ると積極的に転校させる傾向に あることがインタビューからも分かった。 2 つ目は、よりよい教育を子どもに受けさせたい という意見であり、4 人がこの意見であった。村人 らの中には金銭的に余裕がなくとも、子どもを質の 高い教育を受けることができる学校に入学させた いと考え、授業料や寮費を負担してでも村外の寄宿 寮のある学校に入れる世帯の存在も確認すること ができた。

4.クミの村におけるノンフォーマル教育

の役割

調査対象のキニテウシュシュショドンにおいて、 ノンフォーマル教育は、多様な背景をもつ村人たち に対して読み書きそろばんといった、セーフティー ネットとしての教育へのアクセスという側面では、 大いにロンタン村やその周辺の少数民族村落への 成果を挙げていることがインタビューから分かる。 その一方、学年が上がるごとに他の学校に転校させ たり、転校先の学校ではキニテウシュシュショドン で就学していた学年に再度編入している実態から、 教育の質に対する課題が残されていることが分かる。 大橋(2005)が指摘しているが、ノンフォーマ ル教育に対しては、フォーマル教育の補完的教育、 しいては貧しい人向け、ドロップアウトした人たち 向けの教育という認識も根強く残っており、セカン ドチャンス及び、セーフティーネットとしての教育 制度としての役割が多くの場所で今も求められて いる。しかし、ノンフォーマル教育はセーフティー ネットとしての役割が求められていることは確か であるが、多くの報告から課題とされているように (JICA2004:丸山・太田 2013)、教育の質の向上へ の取り組みも求められている。 本研究においても、インタビュー実施人数は少な いものの、現金収入が少ない小規模少数民族クミ世 帯においても教育に求めているものが、量的なもの から質的なものへと移行していることが明らかに なった。今後、キニテウシュシュショドンが、村社 会にとって有用性を保つようになるためには、現在 のセーフティーネットとしての教育保証の段階か ら、質の高い教育の保障の段階へと移行することの 重要性があると考えられる。 しかし、村人や有志によって、ボランタリー・ア クションとして設立され運営がなされているキニ テウシュシュショドンの現状は、公立校小学校の教 員と比べて低賃金働く教職員や、村人からの給食提 供や学校修繕などに依拠している。コミュニティの ボランタリー・アクションに依拠して運営されてい るキニテウシュシュショドンが質の高い教育を目 指していくためには、政府や国際機関等と連携し資 金面や人材面の保証が必要になってくるであろう。

5.おわりに

本研究においては、バングラデシュ・チッタゴン 丘陵地帯における小規模少数民族クミ村落のノン フォーマル教育学校の役割についての検討を試み た。EFA 達成間近のバングラデシュにおいて、ク ミの就学率は 2008 年に僅か 12%という衝撃的な数 値であったが、現在村人らは様々な教育戦略を世帯 ごとに強かに打ち出していることが分かった。 村人たちの手によって設立されたノンフォーマ ル学校キニテウシュシュショドンは、現在財政や管 理体制に困難を抱えているものの、これまで教育 を受けることができなかったクミの人々にとって、 自分たちの学校が村にあること自体に誇りを持っ ている者も多く、クミだけでなくムロの子どもも在 籍していることから、自分たちの取り組みが少数民 族コミュニティにおいて教育機会の拡大に貢献し ているといった前向きな意見も多く聞かれた。この 意味は非常に大きいことに間違いなく、ボランタ リー・アクションとしてのノンフォーマル教育が功

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奏していることが分かる。 その一方で、村人に対するインタビューからは現 在のセーフティーネットとしての教育保証の段階 から、質の高い教育の保証の段階へとキニテウシュ シュショドンが移行していくことを望んでいる実 態が分かった。こうした実態に寄り添うためには、 バングラデシュ政府や国際機関等がクミといった 小規模少数民族の動向まで調査をし、コミュニティ によるボランタリー・アクションと政策の連携を、 このような僻地においても実現するような動きを 見せることが必要になってくるだろう。 今後は、バングラデシュにおけるクミ村落での悉 皆調査を進め、クミ全体への把握を行うとともに、 各世帯個別の事例から、小規模少数民族クミの教育 制度受容の実態をさらに浮き彫りにしていきたい。 謝辞 現地調査に協力してくださった、ロンタン村を はじめとするクミの方々に心より御礼申し上げま す。本稿は、国際ボランティア学会第 19 回大会で 筆者が発表したものに、加筆・修正をしたものです。 ご意見、コメントを下さった出席者の皆様並びに、 本稿の執筆にあたり貴重なご助言を賜った指導教 員の加野芳正教授(香川大学)、そして、日下部達 哉准教授(広島大学)、小方朋子准教授(香川大学)、 松井剛太准教授(香川大学)、ポール・バテン准教 授(香川大学)への感謝を申し上げます。 また、本研究は日本科学協会の「2018 年度 笹川 科学助成」による助成を受けたものです。 【注】 1) 就学率 9 割を超えた後に表面化する極端に就学が困 難な子供たち。バングラデシュ政府は、①女性が世 帯主の子ども②働いているこども③ストリートチル ドレン④特別なニーズをもった子ども(障害児)⑤ 少数民族、少数民族言語の子ども⑥僻地に住んでい る子どもを挙げている(金澤 2013)。 2) 一般に民族や国家などを構成する集団を表すのに「族」 と「人」が用いられる・寛容としては、近代国家を作 り上げた集団を「人」で表現し、かつて「未開」とされ、 国家形成をしなかった集団を「族」であらわすことが 多い。しかし、本論文においては「世界の民族に優劣 をつけずにそれぞれの文化は同等であるとするのが 現代の文化人類学の立場である」という見解に賛同し、 民族名に「族」を使わない方針をとる。 3) モンゴロイド系の 11 民族(チャクマ・マルマ・ト リプラ・トンチョンガ・ボン・ルシャイ・パンクワ・ キャン・チャック・ムロ・クミ)、約 60 万人が暮ら している。この 11 民族を総称しジュマ(Jumma:ベ ンガル語で焼き畑をする人々)という名称は、民族 意識を高めるために 80 年代頃につくられた造語で ある。しかし、この総称が使われるようになった歴 史は浅く、11 のすべての少数民族が自らをジュマと 思っているわけではなく、どちらかと言えばそれぞ れの民族名で呼ばれることを望む(下澤 2018)。また、 古くからは「パハリ(山の民)」という総称が使わ れており筆者がフィールドワークを実施する最中は この総称を少数民族自らが使用している場合が多く みられた。 4) キニテウとは、クミ語で日の出という意味がある。 5) クミは、ミャンマーとバングラデシュ両国に暮らし ており、国境間での行き来がなされている。 6) バ ン グ ラ デ シ ュ の 人 口 は 1980 年 が 81,470,860 人、 1995 年が 118,706,871 人(United Nations Department of Economic and Social Affairs Population Division 2017)。 7) BRAC はバングラデシュ以外に、現在アフガニスタ ン、リベリア、ミャンマー、ネパール、パキスタン、 フィリピン、スリランカ、南スーダン、タンザニア、 ウガンダで活動を展開している。 8) クミの宗教は、かつてはアニミズムに基づく土着信 仰であったが、現在は主にキリスト教、仏教、クラ マー教(ムロの独自宗教である)に分類することが できる。進行する宗教は世帯によって異なり、同じ 村内に住んでいても親世帯はクラマーだが、息子世 帯はキリスト教である等が多くある。 9) ソーラーパネルの値段は様々であるが、15,000TK ( 約 20,000 円 ) のものを購入している世帯が多い。 10) 4 人とも父親であり、小学校 2 人、中学校 1 名、高 校 1 名である(田中・加野 2018)。 11) バングラデシュは、ムスリムが大多数の国のため、 礼拝の曜日である金曜日が大切にされている。その ため、政府機関等の週末休みは金曜日と土曜日と なっている。 12) ロンタン村から徒歩約 7 時間の山岳道に位置してい る。2018 年 3 月に村が 2 つに分離しているため、「昔 からあるモユ村」「新しいモユ村」と、呼ばれている。 これら 2 つのモユ村を合わせての世帯数は、24 世帯

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と、ロワンチョリ郡のクミの村の中で一番世帯数の 多い村である。村が分かれた理由は村長の世代交代 が旧村長の病死で行われたが、現在の村長がピーナ ツ栽培を世代交代後にはじめ、商売が軌道に乗って いるため力を入れており「昔からあるモユ村」よりも、 川べりのピーナツ農地に近い場所に村を作りたかっ たからではないかと、筆者は推測している。その理 由は、「新しいモユ村」へ移住しなかった 6 世帯はピー ナツ農地を持っていないためである。また、村長か らの村人への説明は、村に悪霊が取り付いているた め、新しい村に移る必要があるとのことであり、村 人は引っ越し理由を筆者にもこのように語った。 13) チッタゴン丘陵地帯ランガマティ県ランガマティ市 内にある少数民族のための寄宿舎学校を運営する NGO。1975 年にチャクマのお坊さんによって設立 された。チッタゴン丘陵地帯系の少数民族コミュニ ティの中で中心的な役割を担っている。 14) ロンタン村から徒歩約 2 時間の山岳道に位置してい る。現在クミ 18 世帯が暮らしている。 15) チッタゴン丘陵地帯の少数民族の中で一番人口 が 多 い の が チ ャ ク マ 239,417 人(BANGLADESH BUREAU OF STATISTICS1994)、次がマルマ 142,334 人(BANGLADESH BUREAU OF STATISTICS1994) である。しかし、バンドルボン県においては、かつ てマルマ王が治めていた土地であり、現在も人口の 多数をマルマが占めているため、他の少数民族で あってもマルマ語が話せる人が多くいる。また、マ ルマ以外の他の少数民族同士の会話(クミとボンな ど)でもマルマ語がつかわれている。 16) 1TK = 0.74 円(2018 年 11 月時点)。 17) インタビュー実施順に掲載。 【引用文献】 青木亜矢 . 2008. EFA に向けた識字への取り組み ― その 課題と可能性 . 小川啓一・北村友人・西村幹子編 . 国際教育開発の再検討 ― 途上国の基礎教育普及に 向けて . 東進社 . B A N G L A D E S H B U R E A U O F S TAT I S T I C S . 1 9 9 4 .

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Roles of non-formal education amongst ethnic minority groups in Bangladesh :

Focusing on one of the smallest ethnic minority groups, the Khumi

Shiho Tanaka

(Graduate School of Kagawa University)

This paper examines the roles of non-formal education of ethnic minority group in Bangladesh.

Bangladesh has made dramatic strides in expanding and improving primary education. However, Last 10% problem is still hear. Many ethnic minority children in the Chittagong Hill Tract (CHT). Especially Khumi one of the smallest ethnic minority group people’s situation is diffi cult. Their school attendance rate was only 12% in 2009.

Since 2010, Rongtang village’s Khumi people established one non-formal primary school. The school carry out as a safety net to ensure educational opportunities.

On the other hand, nowadays, Rongtang village’s people seeking for high quality school education. As a result, the school education has shifted to the stage of guaranteeing high quality education.

参照

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