Journal of Surface Analysis Vol.20, No. 2 (2013) p. 98
鈴木峰晴 「口伝から標準化」を支える意識
巻頭言
「口伝から標準化」を支える意識
What is the base behind "from WORD OF MOUTH to STANDARDIZATION"?
吉原一紘氏が JSA 誌(Vol. 3(1), 1997)に寄稿された「口伝から標準化へ」という巻頭言を読まれた方も多 いことと思う.従来,師匠から弟子へと口伝で伝承されていた「秘伝」を記録媒体に残すことで,師匠に大 事あるときでも traceability を担保した上で伝承技術を新たな人たちが習得できるようになった.従って,「計 測」においても「記録」を残し,手法や規格を衆人がアクセス可能な形として伝承することが重要である, という趣旨であったと記憶する. ただ,それは吉原氏が性善説を旨とした人格者としての考えであると思う.もちろん,私たちが個別に有 している知識・経験を記録に残すことに全く異論を挟む余地はない. 数年前までは,「情報化社会」とか「IT 化社会」と呼ばれていたのが,成熟度が進み,最近では「化」が 不要となり,「情報社会」「IT 社会」として使われ,しかもそのいずれもが死語になりつつある.今や,「ビッ グデータ」「クラウド」という言葉の影に「情報」も「IT」も隠れてしまっているのである. とすれば,伝承するために残された「記録」の超過剰な情報群の中から,必要であり,信頼でき,かつ正 しい情報を得ることが問題となる.となれば,ここで情報収集法,情報の取捨選択法に関して物申したいの かと言えば,そうではない. 表面分析に関わるエンジニア,研究者の方々が情報を遡及して,過去を知ろうとする態度をもっているか どうかである.私自身は,学会発表や論文執筆時に常に一番怖かったのは,『過去に同様な研究がされていて, 二番煎じにすぎないのではないか』という点で,これが信念を持って Introduction を書けるがどうかを左右す る.20,30 年前のように紙出力された JICST での検索というのは,最早はやらないだろうが,現在はスマホ でも動作する google scholarTMがある.若いエンジニア,研究者の皆さんには,是非少なくとも 10,15 年を遡 及して,自分のされていることの背景と問題点を明らかにしてほしい.研究内容を包括的に調べることも大 事だが,構成技術の要素還元主義的把握も重要である.最新の技術は,過去の多様な技術・科学の上に成立 しているものだから. Weinberg は Minerva(10, 209 (1972))の中で科学と社会との関係性において,科学の課題ではあるが,科学に よって答えきれないものを trans-science(transcend science)と名付け,科学者(工学者)の社会に貢献する態度 に注意を喚起している.その原点にも,自分より過去の仕事を遡及して,解決されたこと,解決しようとさ れていること,重要ではあるが結論を出せない問題を critical に識別して認識するという姿勢がある.その上 で,真摯に自分の立場を明確にすることが大事だという. 現実の組織の中では,日々の業務に一層の迅速さが要求され,同一部署で長らく業務することも難しくなっ ている.しかし,そのことと過去に目を配らないことは別問題である.過去には,有益な資産(記録・人的 資産も)が溢れかえっている.図書館に通うことなく,種々の文献を発刊時から最新号まで検索することも できる時代にもなった.「口伝から標準化」を支えるためには,是非『過去』を正しく知っていただきたい. 星も礫(こいし)も人も木の葉も ひとつだけ運んでゆく 次のスタートへ繋ぐ この一生だけでは辿り着けないとしても 命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ (中島みゆき 「命のリレー」より抜粋) 鈴木 峰晴
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