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時枝誠記「国語科学習指導要領試案」と文部省「学習指導要領国語科編(試案)」との関わりについて

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帝 塚 山 大 学 現 代 生 活 学 部 子 育 て 支 援 セ ン タ ー 紀 要  第 4 号  1 へ- 13 (2019)

時枝 誠記 「国 語 科学 習指 導要 領試 案」 と 文部省

「学 習指 導要 領国 語科 編( 試 案)」と の 関わ りに つい て

Study of the relationship between Motoki Tokieda and the Ministry of

Education about Guidelines for the Course of Study (gakushu shido

yoryo) for teaching the Japanese Language

吉 田  雅 昭 ’ Masaaki Yoshida 1947 年に文部省が発表した「学習指導要領国語科編(試案)」と、1948 年に国語学者の 時枝誠記が発表した「国語科学習指導要領試案」との関わりについて考察を行った。文 部省試案は民主主義体制を浸透させよ うとしつつ、経験を与えることに主眼を置いてい た。一方の時枝試案は、読み・書きなどの訓練を施すことを目標とし、技術主義ともい える内容だった。共に国語実践の確立を目指しつつ、言語伝達に悲観的な思想を抱いて いた時枝は、文部省試案に濃厚に見られる経験主義とは対 照的な技術を重んじる考え方 を表明した。 国語教育学において、後に能力 主義と称 されることになる一つの潮流を、 時枝は、自身 が作成した試案において打ち立てたといえるのである。 1。 本論の背景と位置づけ 本論は、1947 (昭和22) 年に文部省から発表 された「 学習指導要領国語科編(試案)」 と、 それを受けた形で、1948 (昭和23) 年に時枝誠記によって発表された「 国語科学習指導要 領試案」 との関わりについて考察を行 うものであるが、時枝が作成した試案についての 考察により主眼を置き、時枝の動向を中心とした、当時の国語学が国語教育学に与えた 影響に関する研究の一環として位置づけたい。 なお本論では、田近(2014)に従い、文部 省による試案は文部省試案、時枝 による試案は時枝試案と呼ぶことにする。 1947 年は終戦から2年を経て、教育基本法の施行や各教科の指導要領試案が発表され るなど、戦後の学校教育が本格的に動き出した、戦後教育の転換点 の年である。 終戦後 の国語教育に関する流れを、飛田(1988)は、以下のように述べる。 この場合の終戦直後とは、終戦の年から昭和二十二、三年ごろまでを指すことにす る。( 中略)その理由は、その間に「 日本国憲法」(21. 11)の公布をけじめ新日本建設 のための法規の改正や教育改革にかかわる制度や諸施策の改変が一挙にな された画 期的なときであったからである。(p.22) 飛 田は1947 年を戦後直後と呼び表しているが、これは時間的な問題だけではない。上 記の引用後に飛田七言及するが、教育基本法・ 学校基本法の制定や六・三・三・四制の 導入など、現代に直結した制度改革が、特に1947 年を中心に矢継ぎ早に進められたこと を受けた呼称だと考えることができる。 日本国憲法で明確に唱えられた平和で民主的な 国家の実現のため、教育制度の改革は、重要かつ不可欠なテーマだったのである。 そして、教育基本法の趣旨を実際に教育現場で実現するために導入されたのが、これ こ ど も 学 科  講 師 1

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も 現 代 に 至 る ま で 続 く こ と に な る 「 学 習 指 導 要 領 」 た っ た 。 学 習 指 導 要 領 は 、 現 在 で は 約10 年 お き に 改 訂 さ れ 、 時 代 背 景 を 受 け た 変 化 を 生 じ て い る が 、最 初 に 制 定 さ れ た と き は 試 案 で あ り 、 ま だ 制 度 と し て 定 め ら れ た も の で は な か っ た 。 し か し 、 試 案 と し て 導 入 さ れ た 学 習 指 導 要 領 は 戦 後 の 日 本 教 育 の 根 幹 的 位 置 を 占 め る よ う に な る。 こ の 学 習 指 導 要 領 は 、 国 語 教 育 に お い て も 重 要 な テ ー マ で あ り 続 け る こ と に な る が 、 本 論 で は 、 時 枝 試 案 と の 関 係 を 見 る た め 、1947 版 の 文 部 省 試 案 の 基 本 的 な 部 分 の み を 扱 う こ と に す る 。 と こ ろ で 、1947 年 版 文 部 省 試 案 は 、 他 の 科 目 と 同 様 、 新 た な 教 育 を 目 指 し た 戦 後 期 の 特 徴 で あ る < 経 験 主 義 > に 彩 ら れ て い る とい う評 価 が 一 般 的 に な さ れ て い る 。 例 え ば 、 田 近(2014) に は 、 以 下 の 言 及 が 見 ら れ る 。 む し ろ 、 聞 く ・ 話 す ・ 読 む ・ 書 く の 四 領 域 の 言 語 活 動 を 実 践 的 に 取 り 出 し 、 経 験 を 通 し て そ れ を 身 に つ け さ せ よ うと し て い る わ け で 、 経 験 主 義 の セ オ リ ー に 即 し 、 言 語 活 動 を 基 軸 に 新 し い 可 能 性 を 掘 り 起 こ そ う と し た 新 時 代 の 教 育 課 程 と し て 、 国 語 教 育 史 上 に 位 置 付 け て お く べ き で あ ろ う。(p. 26) 概 ね 、 上 記 の 指 摘 の 通 り 、 経 験 主 義 と そ れ を 国 語 科 で 実 現 さ せ る た め に 様 々 な 言 語 活 動 を 持 ち 出 し た こ と で 、 そ れ ま で と は 異 な る 国 語 教 育 の 在 り 方 を 提 示 し だ の が 、1947 年 版 の 文 部 省 試 案 だ と い う こ と が で き る。 そ し て 、 こ の 文 部 省 試 案 は1947 年12 月 に 発 行 さ れ た が 、 そ れ か ら 間 も な い1948 年 3 月 に 「 国 語 科 学 習 指 導 要 領 試 案(総 説 ・ 講 読 編 )」 を 発 表 し た の が 、 時 枝 誠 記 た っ た 。 こ こ で 、 時 枝 の 人 物 像 に つ い て 述 べ る こ と に す る 。 1900 年 生 ま れ の 時 枝 は 元 々 国 語 学 者 で あ る。 一 般 に は『 国 語 学 原 論 』(1941 年 刊 行 、2007 年 に 岩 波 文 庫 版 刊 行 )と い う 著 作 で < 言 語 過 程 説 > と い う 独 自 の 言 語 理 論 を 樹 立 し た こ と で 知 ら れ て い る。 特 に 文 法 研 究 で は 時 枝 文 法 の 名 を も っ て 、 戦 前 か ら 戦 後 に か け て 活 躍 し た 人 物 で あ る。 戦 前 に は 京 城 帝 国 大 学 の 教 授 を 務 め て い た が 、1943 (昭 和18 )年 か ら は 東 京 帝 国 大 学( 戦 後 は 東 京 大 学 ) 教 授 と し て 国 語 学 講 座 を 担 当 し て い た 。 戦 後 は 長 く 国 語 学 会 の 代 表 理 事 を 務 め る な ど 、 基 本 的 に は 国 語 学 者 と し て の キ ャ リ ア を 積 み 重 ね 、 国 語 学 の 中 心 に い た 学 者 で あ る。 だ が 、 時 枝 は 特 に 戦 後 に な っ て か ら 、 積 極 的 に 国 語 教 育 の 分 野 に も 関 わっ て い る 。 な ぜ 国 語 学 者 で あ る 彼 が 教 育 に 深 く 関 与 し た の か 、 時 枝 自 身 は 次 の よ う に 語 っ て い る 。 以 下 は 、 倉 沢 他 編(1968) に 記 さ れ た 、1965 年 の 座 談 会 で の 時 枝 の 言 葉 で あ る。 わ た し の 国 語 教 育 と の ふ れ 合 い と い っ て も 、 結 局 、 わ た し の 言 語 理 論 か ら 出 発 し て い る。 戦 前 昭 和 十 六 年 十 二 月 に 『 国 語 学 原 論 』 を 岩 波 書 店 か ら 出 し た 。 そ の 時 、 本 の 帯 に 岩 波 の ほ う で 、「 こ の 本 は 、国 語 教 育 な ら び に 国 語 問 題 と 密 接 な 関 係 か お る。 」 と い う ふ れ こ み を つ け た。 そ れ が 出 九 時 か ら 、 国 語 教 育 の 面 の か た が た が だ い ぶ ん 関 心 を 上せ ら れ た の で は な い か と 思 う。 そ し て 、 終 戦 を 迎 え た 。 そ れ か ら 、 わ た し が や む を え ず 国 語 教 育 と ふ れ あ わ ざ る を え な か っ た の は 、 や は り 、 理 論 そ の も の の た め で は な い か と 思 う。(p.221) 時 枝 の 主 著 で あ る 『 国 語 学 原 論 』 は 、 あ く ま で 言 語 理 論 を 述 べ た 本 な の だ が 、 そ こ で 展 開 さ れ た 言 語 過 程 説 け 、 教 育 や 国 語 問 題 と 関 わっ て い る と( 時 枝 の 弁 で は )出 版 社 側 か そ う解 釈 し た わ け で あ る 。 少 な く と も 、 言 語 に 関 す る 現 実 的 な 問 題 に 対 す る 糸 口 が 時 枝 の 理 論 に 元 々 存 在 す る と 受 け 止 め ら れ た の で あ る 。 ま た 、 同 書 の 別 の 箇 所 で は 、 戦 後 教 育 を 覆 っ た 経 験 主 義 に 対 す る 時 枝 の 言 葉 も 残 さ れ て い る 。 経 験 主 義 に 反 し て( 小 見 出 し : 筆 者 注 )戦 後 の 国 語 教 育 のい き 方 に 経 験 主 義 と い う こ 2

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とがさかんに言われた。その経験主義がわたしの言語理論と抵触するとい うことを わたし自身見出した。 そこでわたしの最初の仕事は、大げ さなことばを使えば、経 験主義との格闘とい うことから始まるわけである。(p.222) この言葉は「経験主義に反対して」とい う小節に記 されているが、時枝自身が経験主 義との格闘から国語教育へと深く関わるようになったと感じていることが読み取れる。 では、経験主義と時枝の教育理論とは何か異なっているのだろ うか。戦前に時枝 の言 語理論は形を成し、言語理論に沿った教育理論を展開したのだから、経験主義から理論 そのものが触発されたわけではない。 京城(現在 のソウル)にいたこともあり、戦前にお ける国語教育への言及は少ないのだが、経験主義に反対する考えを持っていたことは、 1940 (昭和15 )年に書かれた論文の、次の記述から分かる(引用は、時枝1984 による)。 国語教育が、若し国語の現状を一歩も出です、終始国語の伝統にのみ拘束されて居 なければならないと考へるならば、それは恐らく言語の本質の一面のみを見て、半 面を知らない ものであると云はなければならない。国語は決して過去の伝統の上に、 機械的な因果 律によっ て、その歴史を構成して行くものではない。 私は言語はその 本質として技術的行為であると考へて居る。技術であるからには言語の表現には必 ず目的意識が伴ふものである。 言語表現の目的意識は、我々の言語を表現する場合 の状況なり、談話の相手なりに従っ て相違して来るが、それらの目的意識を実現す る為には技術が必要である。(p.192) この引用の前段は、国語教育が過去の伝統をそのまま受け継ぐための内容であるなら 言語の半面しか扱っ ていない とい う警鐘的記述である。 当時の、戦争に向かって突き進 む中、特に国語教育では古典など日本精神を鼓舞する内容への傾斜が著しかった状況に 対する反発とも考えられる。それから、後段になって「言語はその本質として技術的行 為である」「技術が必要である」との文言が出てくる。 <言語は技術的行為である>とい う、戦前から時枝が抱いていた考えは、経験を重視 する経験主義と反対の主張であることは、言葉を見てすぐに分かる。 しかも、言語の本 質に技術を置く以上、この主張は時枝理論の根幹であると解釈できる。時枝自身がそ う 理解したからこそ、経験主義に反する主張が行われることになるのである。 しかし、日本の教育における経験主義は文部省試案から始まった。 すると「わたしの 最初の仕事」と回想した経験主義への反対は、試案以後に展開されることになる。その 最初の仕事の、まさに最初に公表されたのが、本論で扱う時枝試案である。 その後、戦後の国語科教育に与えた影響の大きさでは、当然のことながら文部省試案 の方が圧倒的に大きい。 1947年に試案が発表され、1951 (昭和26 )年には第二次の学習指 導要領試案が発表される。 その後、学習指導要領が文部省告示となっ たことは周知 の通 りである。ただ、試案としての1947 年版はそれほど寿命が長くなかったのだが、成熟度 がそれほど高くなかったとい う側面があったと思われる。その分、飛田の言う終戦直後 の教育的思想が、純粋に文言となって現れたものだと考えることもできよう。 一方、時枝は国語教育学において傍流に位置づけられると言ってよい 立場だが、言語 教育としての国語教育を一貫して主張した点け他の国語教育関係者とは異なる独自の点 てあ る。 時枝試案は彼の思想だけでなく、経験主義を中心とする新たな理論を背景に生 じた、戦後国語教育の動向を探る上でも、興味深い論稿だと思われるのである。 3

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2。1947 (昭 和22 )年 版 「 文 部 省 学 習 指 導 要 領 国 語 科 編(試 案 )」(文 部 省 試 案 )に つ い て ま ず 、 全 体 の 構 成 を 押 さ え て お き た い 。 こ の 試 案 は 、 以 下 の 章 立 て に なっ て い る。 ・ 第 一 章 : ま え が き  ・ 第 二 章 : 小 学 校 一 、 二 、 三 学 年 の 国 語 科 学 習 指 導 ・ 第 三 章 : 小 学 校 四 、 五 、 六 学 年 の 国 語 科 学 習 指 導  ・ 第 四 章 : 中 学 校 国 語 科 学 習 指 導 ・ 第 五 章 : 文 法 の 学 習 指 導(小 学 校 ・ 中 学 校 ) そ の 他 、「 参 考 一  単 元 を 中 心 と す る 言 語 活 動 の 組 織 」 ま で が 、 主 な 構 成 要 素 で あ る 。 学 習 指 導 内 容 は 、 主 に 「 話 し か た ・ 作 文 ・ 読 み か た ・ 書 き か た 」 の 4 種 類 か ら 成 り 立っ て い る 。中 学 校 で は 、「 書 き か た 」に 習 字 が 含 ま れ 、ま た「 文 学 」の 項 が 設 け ら れ て い る。 こ の 試 案 で 、 参 考 と し て で は あ る が 、「 単 元 」 とい う 用 語 が 登 場 し 、以 後 国 語 教 育 で の 重 要 な 概 念 と な る 。「 こ こ に 単 元 と い う の は 、 あ る 題 目 、 内 容 を 提 出 し 、 こ れ に つ い て の 言 語 活 動 を い と な む も の で あ る。(p.147) 」 と の 記 載 か お り 、言 語 活 動 の 中 身 を 指 し 示 し た も の が 単 元 だ と 述 べ ら れ て い る 。 単 元 の 内 容 は10 項 目 あ る が 、「 ( 一 ) 民 主 政 治 で は 、 各 個 人 の 意 見 が 、 な ぜ 大 切 で あ る か 。( 二 )世 論 と は 何 か。 ま た 、 民 主 政 治 に お い て な ぜ 大 切 で あ る か 。( 三 )子 ど も の 意 見 は 、 い か に 両 親 か ら 影 響 さ れ る か。( 四 )子 ど も の 意 見 は 、 学 校 で 同 級 生 や 先 生 か らい か に 影 響 さ れ る か。 … 」 と い っ た も の で 、 民 主 政 治 と 共 に 「 意 見 」 が 何 に 影 響 さ れ て ど う 構 築 さ れ る の か と い っ た 事 柄 が 、 主 に 盛 り 込 ま れ た も の と な っ て い る。 内 容 に 関 し て は 、 民 主 政 治 を 成 立 さ せ る た め の 個 々 人 の 意 見 の 構 築 に 主 眼 を 当 て て い て 、 占 領 期 に お い て 国 語 科 に も 新 体 制 を 浸 透 さ せ よ う とい う 当 時 の 時 代 状 況 が う か が え る。 国 語 科 学 習 指 導 の 範 囲 と し て は 、 以 下 の よ うに 分 け ら れ て い る。 ( 一 )話 す こ と(聞 く こ と を ふ く む )  (二 )つ づ る こ と( 作 文 ) ( 三 )読 む こ と(文 学 を ふ く む )  ( 四 )書 く こ と(習 字 を ふ く む )  (五 )文 法 こ の 五 つ の説 明 と し て 、「 右 の 五 つ の 部 門 の う ち 、 ど の 一 つ と い え ど も 、 他 と 関 係 な く と り 扱 わ れ る べ き も の で は な い 。 実 際 の 学 習 指 導 に あ た っ て は 、 教 師 は つ ね に 相 互 の 関 係 を 明 ら か に 理 解 し 、 こ と ば の は た ら き と い う 共 通 な 基 礎 に た っ て 、 自 分 の 扱 っ て い る 教 材 の 價 値 を 考 え る こ と が た い せ つ で あ る 。(p. 2)」 と 述 べ ら れ て い る。 こ こ で は 、 国 語 科 の 部 門( 各 分 野 )を 総 合 的 に 扱 う こ と が 述 べ ら れ て い る。 分 析 的 で は な く 総 合 的 観 点 か ら の 教 育 を 目 指 し て い る こ と が う か が え る わ け で あ る 。 ま た 、 国 語 科 の 全 体 的 な 目 標 と し て は 、 以 下 の よ う に 規 定 さ れ て い る 。 ・ 国 語 科 学 習 指 導 の 目 標 は 、 見 童 ・ 生 徒 に 対 し て 、 聞 く こ と 、 話 す こ と 、 読 む こ と 、 つ づ る こ と に よ っ て 、 あ ら ゆ る 環 境 に お け る こ と ば の つ か い か た に 熟 達 さ せ る よ う な 経 験 を 與 え る こ と で あ る 。(p. 3) ・ い わ ば 国 語 科 学 習 指 導 は 、 小 学 校 ・ 中 学 校 を 通 じ て 、 聞 く こ と 、 話 す こ と 、 読 む こ と 、 つ づ る こ と 、 こ の 四 つ の 言 語 活 動 を 眼 目 と し 、 次 の よ う な 能 力 の発 達 を は か る こ と に な る 。(p. 3) こ こ に あ る < 経 験 を 與 え る こ と > に 端 的 に 象 徴 さ れ て い る が 、 こ れ ら の 文 言 か ら こ の 試 案 は 経 験 主 義 を 標 榜 し た と の評 価 に つ な が る と 考 え ら れ る 。 ま た 、 上 記 2 番 目 の 引 用 に 続 い て 、 主 に 次 の 五 種 類 の 能 力 の発 達 を 図 る と 述 べ て い る 。 一  人 の 話 を よ く 聞 く よ う に す る。 二  相 手 に よ く わ か る よ う に 、 は っ き り と も の を い う。 三  す ら す ら と 読 ん だ り 書 い た り で き る よ う に す る 。 4

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四  見 童 ・ 生 徒 の 言 語 活 動 を 、 次 の よ う な 表 現 に よ っ て 多 種多 様 に の ば し て い く 。 五  国 語 学 習 に よ っ て 、 お の ず か ら 、 次 の よ う な 能 力 の 向 上 も 予 想 さ れ る。 各 項 目 に は 、 具 体 例 な ど が 記 載 さ れ て い る 。 四 の 言 語 活 動 は 、「 童 謡 、 手 紙 、 童 話 、 脚 本 」な ど の 様 々 な 言 語 媒 体 が 記 さ れ て い る 。 五 の 例 け 、「(一 )注 意 ぶ か く 、事 物 や で き ご と を 観 察 す る。( 二 )観 察 し た こ と を 、書 き と め た り 、発 表 し た り す る 。( 三 )こ と が ら を 、 よ く 見 通 し た り 、 ま と め た り 、分 解 し た り す る 。」 と い っ た 、 国 語 学 習 に 直 結 す る 言 語 能 力 以 外 の 様 々 な 能 力 が 記 さ れ て い る 。 も う 一 点 、1947 年 版 で は 「 文 法 の 学 習 指 導 」 の 項 目 が 盛 り 込 ま れ て い る 。 文 法 に 関 し て は 、1951 年 版 に な る と 、 小 学 校 の 段 階 か ら は 削 除 さ れ 、 中 ・ 高 の 国 語 科 試 案 で 文 法 の 項 目 が 盛 り 込 ま れ て い る。 1947 年 版 で は 、 義 務 教 育 の 段 階 で の 文 法 指 導 を 重 視 し て い た と 考 え ら れ る の で あ る 。 文 法 指 導 の 範 囲 と 目 標 に 関 し 、 次 の よ う に 記 さ れ て い る 。 ・ 文 法 の 学 習 指 導 の 範 囲 は 、 こ と ば の き ま り を し ぜ ん に 、 興 味 ぶ か く 、 身 に つ け る こ と か ら 出 発 し て 、 口 語 文 法 と 文 語 文 法 と を 組 織 的 に 学 習 す る こ と で あ る 。(p.142) ・ 文 法 の 学 習 指 導 は 、 国 語 の き ま り を 見 童 生 徒 の 自 覚 に の ぼ せ て 、 計 画 的 ・ 効 果 的 に し よ う と す る も の で 、 次 の よ う な 指 導 の 目 標 が 生 ま れ て く る。(p.142) こ こ で 言 わ れ る 「 国 語 の き ま り 」 は 、 小 学 校 の 指 導 と し て は 、「・ 主 語 と 述 語 の 関 係 を は っ き り さ せ る ・ 敬 語 は 一 般 的 な い い か た を さ せ る ・ 助 詞 の 用 法 を 学 ん で い く … 」 な ど の 項 目 で 、 い わ ゆ る 文 法 以 外 の 、 文 章 や 発 話 の ル ー ル な ど も 含 ん だ も の で あ る。 ま た 、 範 囲 に 述 べ ら れ た 文 語 文 法 は 、 中 学 校 段 階 の 事 項 と し て 位 置 づ け ら れ て い る 。 こ う し て 、 国 語 科 編 の 文 部 省 試 案 が 作 成 さ れ た 。 こ の 段 階 で は 、( 章 は 別 だ が )小 学 校 と 中 学 校 が 一 緒 に な っ て い た り 小 学 校 を 二 つ に 区 分 し た り と 、 後 に は 見 ら れ な い 構 成 に な っ て い る 。 ま た 、 経 験 主 義 と は 言 う が 、 例 え ば 学 習 指 導 内 容 に 関 し 「 話 し か た 」「 話 す こ と 」 と 記 す な ど 、「 か た 」 と 「 こ と 」 が 併 記 さ れ た 形 と な っ て い る 。 こ れ ら の 点 か ら 、 体裁 と し て は 、 い ま だ 不 十 分 な 面 が 見 ら れ る と 考 え ら れ る。 次 の1951 (昭 和26 )年 の 文 部 省 試 案 で は 、 小 学 校 と 中 学 校 ・ 高 等 学 校 とい う 区 分 へ と 変 更 さ れ 、 国 語 科 の 内 容 も 「 話 す こ と 、 読 む こ と 」 な ど 「∼ こ と 」 表 記 と な る 。 そ の 他 、 1947 年 版 試 案 で は 「 聞 く こ と(聞 き か た )」 は 独 立 し て 設 け ら れ て い な い 。 小 学 校 高 学 年 の 「 話 し か た 」 の 指 導 の 中 に 「 人 の 話 を 注 意 し て 聞 く よ う に す る 。(p.58) 」 と 書 か れ て い て 、 話 す こ と と 聞 く こ と が 混 然 と し て い た 。 現 在 に 至 る 「 話 す ・ 聞 く ・ 書 く ・ 読 む 」 の 言 語 活 動 の 四 領 域 の 区 別 は1951 年 版 か ら で あ る 。 こ うし て 、試 案 の 段 階 で も 試 行 錯 誤 を 経 て か ら 、 学 習 指 導 要 領 の 体裁 が 整 え ら れ て い く こ と に な る の で あ る 。 こ こ ま で 述 べ た 、1947 年 版 文 部 省 試 案 の 特 徴 に 関 し 、 以 下 の よ う に ま と めて み たい 。 表 1: 文 部 省 試 案 の 主 な 特 徴 ① 経 験 を 與 え る こ と と い う 文 言 な ど 、 < 経 験 主 義 的 > な 教 育 を 唱 え た ② 「 ∼ か た 」 と 記 す な ど 、 い ま だ 経 験 主 義 で 文 言 を 統 一 し た と は 言 え な い 側 面 か お る ③ そ れ 以 後 の 学 習 指 導 要 領 へ と 続 < < 過 渡 的 な 段 階 > と 位 置 づ け ら れ る <過渡的な段階>とい うのはその後の変遷を見据えてのことだが、文語文法を含 んだ 文法の学習指導が一つ の章として示 されるなどそれまでの国語科の指導事項の影響は、 当然だが存在し、完全に過去(戦前)と断絶した指導内容になったわけではない。 しかし、 目標として経験の重視を主張し、「話しかた」にしても、「朝の話しかたの時 5

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間、遊びの時間、電話の話」など様々な具体例を挙げた細かい説明が行われている。読 み書きだけではなく 各種の言語活動を活かした内容を示し、主体的な意見を持つために 単元を挙げるなど国語科に対する新たな試みが盛り込まれた、それまでの国語教育とは 違う大きな変化を文書として明示した試案だったと位置づけられるのである。 3。 時 枝 誠 記 「 国 語 科 学 習 指 導 要 領 試 案(総 説 ・ 講 読 編 )」(時 枝 試 案 )に つ い て 本 章 で は 時 枝 試 案 に つ い て 扱 う。 な お 、 時 枝 試 案 は 、 時 枝(1984) か ら の 引 用 に よ る 。 上 述 の よ うに 文 部 省 に よ る1947 年 版 の試 案 が 公 表 さ れ た。こ の 国 語 科 編 の 試 案 の 最 後 に は 、「 昭 和22 年12 月20 日 翻 亥り発 行 」 とあ り 、1947 年 の 年 末 に な っ て か ら 公 表 さ れ た こ と が 分 か る。 一 方 、 本 論 の 中 心 テ ー マ で あ る 時 枝 試 案 だ が 、1948 (昭 和23 )年 3 月 、 中 教 出 版 株 式 会 社 の 雑 誌 『 新 し い 教 室 』 第 三 巻 第 三 号 に 掲 載 さ れ た も の で あ る 。 そ の 後 、 文 法 編 や 作 文 編 な ど が 断 片 的 に 発 表 さ れ た た め、1948 年 3月 の 時 枝 試 案 に は 「総 説 ・ 講 読 編 」 と い う名 称 が 後 に 付 け ら れ る こ と に な る。 た だ し 、 時 枝 国 語 教 育 論 の 根 幹 は こ の 「 総 説 ・ 講 読 編 」 に 示 さ れ 、 考 察 対 象 も 「 総 説 ・ 講 読 編 」 な の で 、 本 論 で は 特 に 断 り が な い 限 り 、「 総 説 ・ 講 読 編 」 を 指 し て 時 枝 試 案 と 呼 称 し て い る。 全 体 で は 「 総 説 ・ 講 読 編 」、「 文 法 編 」、「 作 文 編 」、「 習 字 編 」、「 話 方 ・ 聞 方 編 」 の 計 5 種 類 か ら 成 り 立っ て い る の だ が 、「 こ れ ら の 論 稿 群 を も っ て 、 私 は 、 時 枝 博 士 の 国 語 教 育 論 の 原 型 が 成 立 し た と 考 え て い る。( 吉 田 裕 久1980:220 )」 と 指 摘 さ れ 、 時 枝 国 語 教 育 論 の 基 礎 的 な 部 分 は 、 こ れ ら の 論 稿 に よ っ て 大 方 が 示 さ れ た と 考 え る こ と が で き る 。 こ う し て1948 年 3 月 に 公 表 さ れ た 時 枝 試 案 だ が 、文 部 省 に よ る 試 案 発 表 か ら 時 を 待 た ず に 公 表 さ れ て い る 。 あ る 程 度 の 事 前 準 備 が あ っ た か も し れ な い が 、 極 め て 短 い 期 間 に 書 か れ た 試 案 で あ る こ と が 分 か る 。 な ぜ 短 期 間 で 試 案 を ま と め ら れ た の か と い う と 、 ま ず 、1章 で 述 べ た よ う に 時 枝 が 元 々 自 分 な り の 国 語 教 育 観 を 抱 い て い て 、文 部 省 試 案 の 発 表 後 に 自 分 の 考 え が 生 ま れ た わ け で は な い 、 と い う点 が 指 摘 で き る。 次 に 、 戦 後 す ぐ と 言 っ て も 、す で に 大 学 の 講 義 も 再 開 し 、そ れ な り の 研 究 環 境 は 生 じ て い た 。そ れ に 加 え 、 国 語 学 者 の 時 枝 だ が 、1946 年 に は 「 仮 名 交 り 文 に 就 い て 」、1947 年 に は 「国 語 問 題 に 対 す る 国 語 学 の 立 場 」「 国 語 審 議 会 答 申 の 「 現 代 か な づ か い 」に つ い て 」 な ど を 発 表 し て い て 、 国 語 教 育 へ の 学 術 的 立 場 か ら の 関 わ り は す で に 始 ま っ て い た の で あ る 。 そ の 土 壌 が あ っ た か ら 、 文 部 省 の 動 き を 受 け て す ぐ に 反 応 す る こ と が で き た の だ ろ う。 加 え て 、 そ も そ も 文 部 省 試 案 と 時 枝 試 案 と は 、 書 か れ た 目 的 や 意 図 、 内 容 な ど 、 か な り 異 な る 構 成 と なっ て い る こ と が 理 由 に 挙 げ ら れ る 。 文 部 省 試 案 は 、 国 語 科 と し て 経 験 す べ き 内 容 を 言 語 活 動 ご と に 列 挙 し 、 全 体 と し て 教 師 が 行 う べ き 指 導 内 容 を あ る 程 度 体 系 的 に 記 し た 教 育 指 針 で あ り 、 項 目 も 含 め組 織 化 ・ 体 系 化 が な さ れ て い る。 そ れ に 比 べ 、 時 枝 は こ の 段 階 で は あ く ま で 民 間 人 の 立 場 と し て 試 案 を 作 成 し て い る。 文 部 省 試 案 と 比 べ て 文 章 の 記 述 が 多 く 、時 枝 個 人 の 考 え を 総 論 的 に 述 べ た 文 章 で もあ る 。 で は 、 な ぜ こ の試 案 が 作 成 さ れ た の だ ろ う か。 そ れ に つ い て 、 以 下 の 記 述 か お る 。 ・ こ の 国 語 科 学 習 指 導 要 領 試 案 は 、 中 等 学 校 教 科 書 株 式 会 社 が 、 こ の 度 、 新 制 中 等 学 校 並 に 高 等 学 校 の 国 語 科 に 於 い て 使 用 さ れ る 教 科 書 を 編 纂 す る に 当っ て 、 そ の 編 纂 の 指 針 と し て 、 私 の 考 案 し た も の で あ る(p.123) ・ 本 稿 は 、 指 導 要 領 試 案 と は な つ て ゐ る が 、 む し ろ 指 導 要 領 作 製 に つ い て 予 め 考 へ て 置 か ね ば な ら な い 種 々 の 問 題 に つ い て 書 き 記 し た も の で あっ て 、 云 は ば 、 指 導 要 領 6

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の 覚 書 と も 云 ふ べ き も の で あ る(p.124) 直 接 に は 教 科 書 編 纂 の た め の 指 針 と し て 書 い た も の で 、 し か も 本 格 的 な 指 導 要 領 で は な く 、 そ の 前 段 階 の 覚 書 の よ う な 、 構 想 を 示 し た も の で あ る こ と を 斷 っ て い る。 上 記 の よ う な 短 期 間 で 記 し た 文 章 と も な れ ば 、 体 系 的 で は な い こ と は 当 然 の こ と で あ る が 、 時 枝(1984) で は 、33 ペ ー ジ に わ た る 分 量 か お り 、 決 し て 短 い 文 章 で は な い と い え る。 文 部 省 試 案 に 触 発 さ れ 、 時 枝 の 中 で 温 め ら れ て い た 国 語 教 育 の 考 え が 一 気 に 表 出 さ れ た の だ と い え よ う。「 学 習 指 導 要 領 試 案 」と い う タ イ ト ル を 付 け た こ と も 含 め 、 国 家 と し て の 教 育 の 基 本 方 針 で あ る 文 部 省 試 案 に 、 時 枝 が 真 正 面 か ら 対 峙 し て い た こ と が う か が え る 。 ま た 、 言 語 過 程 説 に 基 づ き な が ら 、 本 気 で 自 分 な り の 国 語 教 育 の 体 系 的 枠 組 み の 構 築 を 目 指 し 、 そ の 基 礎 と し て 試 案 を 発 表 し た 彼 の 意 気 込 み も 感 じ ら れ る 。 結 果 と し て 、 時 枝 の 国 語 教 育 に 対 す る 考 え を 直 接 的 に 記 し た 内 容 に な っ た と 考 え ら れ る の で あ る 。 時 枝 試 案 の 内 容 だ が 、 ま え が き ・ あ と が き の 他 、 以 下 の 6 項 目 か ら 構 成 さ れ て い る 。 一 : 国 語 教 育 は 如 何 な る 事 実 で あ る か 、 又 そ の 目 的 は 何 で あ る か 二 : 国 語 教 育 に 於 け る 教 師 の 立 場 三 : 国 語 教 育 に 於 け る 生 徒 の 立 場 四 : 国 語 教 育 に 於 け る 読 本 教 材 の 意 義 五 : 国 語 教 育 の 方 法 と 単 元 の 意 義 六 : 講 読 科 の 単 元 文 部 省 試 案 と 比 べ る と 、 か な り 異 な る 構 成 で あ る こ と が 分 か る。 1951 年 版 文 部 省 試 案 に 見 ら れ る 校 種 別( 小 ・ 中 )に 分 け た 構 成 な ど は 当 然 見 ら れ な い が 、 国 語 科 全 体 の試 案 で あ る た め 、 ど の 項 目 が 小 学 校 や 中 学 校 を 対 象 と す る か な ど は 述 べ ら れ て い な い 。 特 徴 的 な の は 、「 話 し か た 、 読 み か た 」 な ど の 内 容 を 示 す の で は な く 、 国 語 教 育 の 事 実 や 目 的 を 示 し 、 次 に 教 師 ・ 生 徒 の 立 場 の 記 述 が 中 心 と な っ て い る 点 で あ り 、 文 部 省 試 案 の よ う な 実 際 の 授 業 運 営 の た め の 資 料 と い う よ り 国 語 教 育 の 原 理 的 側 面 に 焦 点 を 当 て た 内 容 で あ る こ と が 分 か る 。 最 後 に は 単 元 に つ い て 述 べ ら れ て い て 、 こ の 点 け 文 部 省 試 案 の影 響 も う か が え る が 、 単 元 に 関 し て は 後 で 触 れ る 。 項 目 一 に あ る 国 語 教 育 の 目 的 に は 、 何 点 か の 重 要 な 指 摘 か お る 。 こ の 箇 所 は 、 後 に 至 る ま で の 時 枝 国 語 教 育 論 の 根 幹 を 成 す 重 要 な も の で あ る 。 ・ 方 法 的 に 確 立 さ れ た 学 校 に 於 け る 国 語 教 育 は 、 国 語 を 方 法 的 に 完 成 さ せ る 手 段 で あ り 、 方 法 で あ る に 過 ぎ な い と い ふ こ と が 出 来 る の で あ る 。 学 校 に 於 け る 国 語 教 育 に よ っ て 、 我 々 は 正 し い 国 語 の 表 現 法 を 学 ん だ り 、 正 し い 読 書 の 方 法 を 習 ひ 覚 え る の で あ る 。(p.126) ・ 国 語 教 育 に よ っ て 達 成 さ れ る こ と は 、 そ の や う な 国 語 に 関 す る 知 識 を 授 け る こ と で は な く し て 、 完 全 な 国 語 を 身 に つ け さ せ る こ と 、 即 ち 完 全 に 読 む こ と 、 書 く こ と 、 聞 く こ と 、 話 す こ と が 出 来 る や う な 訓 練 を 施 す こ と で あ る 。 国 語 の 認 識 を 確 立 す る こ と で は な く し て 、 国 語 の 実 践 の 確 立 を 目 指 す こ と で あ る 。 国 語 の 主 体 的 立 場 の 完 成 と も い ふ こ と が 出 来 る で あ ら う。(p. 126) 2 番 目 の 引 用 の 「 そ の や うな 」 は 、 文 脈 上 「 博 物 教 育 」 を 指 し て い る が 、 内 容 と し て は 理 科 な ど の 、 特 に 知 識 を 覚 え る こ と が 重 要 で あ る と( 時 枝 個 人 の 考 え と し て )位 置 づ け る 科 目 を 想 定 し つ つ 、 国 語 科 は そ うし た 科 目 で は な い と 考 え て い る。 「 読 む こ と 、 書 く こ と 」 な ど 、 各 言 語 活 動 か ら な る 国 語 を 「 完 成 さ せ る 」・「 完 全 に( 出 7

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来る)」ことを目的とするのが国語教育だと述べているのである。ここから、文部省試案 の目的の中にある「ことばのつかいかたに熟達させる」とい う文言と、時枝試案の国語 教育の目的とは、共通した内容が存在すると捉えることができる。つまり、文部省 七時 枝も、国語科におい ては生徒が「国語の実践」ができるようになる一確立するーことが 目標だと考えた点て、同じところを志向していたといえるのである。 その一方で、文部省試案の「経験を與えること」と時枝試案の「訓練を施すこと」と いう表現は、鋭い対立を感じさせるものである。 文部省試案が先に発表された のだから その経験主義的な点に時枝が反発を覚え、「訓練を施す」とい う表現が登場したともいえ るが、元来、言語を技術的行為と考えたからこそ<訓練>を国語教育のキーワード とし て打ち出したのであり、時枝にとって訓練を前面に出すのは必然的だと思われる。 次に、国語教育における教師と生徒の立場だが、時枝は次のように規定している。 ・国語教育とい ふ事実は、生徒の国語実践を完成さすことがその任務であるから、他 の知識教育の場合のやうに、教師の立場は、知識を授与する者の立場ではない。(中 略)国語教育に於ては、その教育内容が、生徒の実践に関することであるから、教師 は一義的に生徒の国語実践の仲介者、幇助等であるといふことは、極めて重要なこ とである。生徒の知識獲得の仲介者ではなくして、実践の仲介者である。(p. 129) ・国語教育に於いて、生徒は、読むこと、書くこと、聞くこと、話すこと即ち言語の 実践主体として訓練を受けるところの被教育者である。 言語の事実は、すべて言語 主体の問題に還元して考へ得られるやうに、国語教育も亦国語の実践主体である生 徒を枢軸として展開する。(p.131) ・中等高等教育に於ていは、国語科は、専ら国語の実践的立場の訓練を以て終始する のが適切であると考へる。(p.132) この他にも様々な記述かおるが生徒にとっ ては国語 の実践が重要で、その結果、時枝 の言葉だと<教師とは実践の仲介者 >と位置づけられた点け特徴的である。それと共に <生徒は実践主体として訓練を受 ける被教育者 >と規定したことも、この試案の性 格を 感じさせる。だが、この辺りの議論の展開は、少し見ただけだと理解しづらく感じる。 まず、文部省試案は「経験」を核としていたが、時枝試案では「(生徒の)実践」が中核 となっている。 経験は受動的なニュアンスもあるが、実践は主体的活動とい う意味合い を帯びていて、共通性はあっても、やはり異なる主張だと解釈できる。 なぜ時枝が「実践」を自己の主張の核に据えたかというと、すでに述べたように、自 分の言語理論であ る言語過程説の考え方に基づいているからである。 1941年に発刊され た『国語学原論』では、以下の主張が述べられている(引用は、岩波文庫版による)。 ・先ず最初に、言語の具体的実践が、主体的な表現行為であって、それ以外のもので はないとい うことは、極めて重要なことである。(中略)言語は主体を離れては、絶 対に存在することの出来ぬものである。(p. 40) ・この様に言語の本質と言語研究の真義とを見て来る時、観察的立場に於ける対象と しての言語は、即ち主体的立場に於いて実践され行為された言語に他ならない ので ある。(p.45) 2 番目の引用に出てくる主体的立場だが、 時枝は言語に対する主体的立場と観察的立場 を設定している。その上で、同書に「総ての言語はこの主体的立場の所産であり(p. 39)」 と述べている。1番目の引用でも、言語実践が主体的な表現行為であることを述べている 8

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が、これらの文言からも時枝 が主体性を重んじたことが分かる。そ うした主体性重視の 言語観を国語教育に応用した際に、生徒は実践主体という考えが出るのは理解できる。 だが、実践主体である生徒を、放っておけば勝手に言語能力 を身に付けると時枝は考 えていない。主体的に言語実践を行うよ うになるためには、訓練が必要だとい うのが、 時枝国語教育論のもう一つの中核的主張である。 そして、言語的訓練を実施するのが国 語教育の場であり、生徒は被教育者として訓練を受けるが、教師は実践に関する主体で はなく、生徒に対する仲介者 の位置に止まると規定されるのである。 時枝国語教育論は、生徒が実践の主体であることと生徒は訓練を受 ける立場にあるこ とが、矛盾せず共に中核的主張として唱えられてい ることを理解しなければならない。 また、この点が呑み込めない と、主体性を重んじるにも関わらず訓練を重視して、結局 生徒の主体性を軽視しているではないか、といった印象を与えかねないだろう。 時枝試案に戻るが、項目四は「読本教材の意義」という内容である。 この項 目の結論 は次の通りであり、教材に関しても、生徒に対する訓練とい う観点を重要視してい るこ とが分かるのであ る。 国語読本の教材の意義は、従来のやうに教材の内容 の上に求めるべきものではなく、 国語の実践主体である生徒の読書の態度方法の訓練に役立つか否かとい ふ点から批 判せられねばならないものである。(p. 136) 項目五・六は、単元について述べられている。文部省試案 の単元は、「(一)民主政治 では、各個人の意見が、なぜ大切であるか。(二)世論とは何か。また、民主政治におい てなぜ大切であるか。」など、いかにも戦後の時代状況を反映し、新たな社会を築くため に必要な事柄を抽出する内容だった。 一方の時枝試案では、文部省試案 のような様々な言語活動や場面の列挙ではなく、そ れほど具体的な事柄が述べられているわけではない。ただ、国語科の運用に関し、次の ように述べている。 ・単元とは、分析された教育内容の中で、生徒の学習すべき当面の単位を云ふのであ る。(p.141) ・国語科は、全教育課程内の一の大単元であり、講読科は、作文科、文法科と共に更 にその中の小単元であり、その中には、更に大小 の単元を含むのが常であるが、今 ここに単元といふのは、このや うに分析された極限に於いて見出せる単位であるが、 勿論それは便宜的のものであって、(p.141) 文部省試案で登場した「単元」という用語は使用されているのだが、時枝の言う単元 は、国語科を実際に科目として運用する際に、学習内容を区分して設定される、項目ご とのまとまり 一単位 −を意味している。つまり、国語科の構成要素を示すために、時枝 は単元という用語を使用していて、同じ用語でも文部省試案とは意味合いが異なる。 時枝が単元として示しだのに、講読科では次のようなものである。 単元一:文章の韻律を理解せよ    単元二:文と文との間の脈絡を辿れ 単元三:文の段落を明かにせよ    単元四:文の構成を明かにせよ 単元五:文章の冒頭を大切にせよ   単元六:聞手に対する話手の立場に注意せよ 単元七:作者の表現技巧を考へよ   単元八:一部の書籍を読む場合の注意 具体的な言語活動や場面ではなく文章を読む際の注意点を列挙した内容となっ ていて 読みにお ける必要な技術を示し、それに基づいて学習指導を行うことが想定されている 9

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のである。 この単元では、どのような訓練を行うことが゛読み’を確立させるのに有効 なのかが問題となっ ているが、逆に、指導する事柄が決まれば具体的な内容は問わない ともいえる。 こうして、<言語実践のための技術 >を学ぶのが国語科であるという時枝 の考えを反映した単元の構成になっていると考えられるのである。 最後に「国語科の目的と方法」とい う項目かおるが、次のような文言が見られる。 ・国語科は、国語による思想の表現と、理解の能力を錬訓し、国語生活の完成を期す ることを目的とする。(p.158) ・右の目的を達成するためには、絶えず自己の表現と、理解とを反省し、これを批判 する科学的態度を養ふことが肝要である。(p.158) 最後にも、訓練が目的であることを述べている。そこには「壮ヒ判する科学的態度」が 加わり、物事を批判的に見る態度も国語科が養う事柄であると述べている。 こ の批判的 に見るとい うのは、国語教材の内容を、ある意味軽視する態度にもつながる。それは、 同じ「国語科の目的と方法」の、以下の引用に示されている。 新読本は、(中略)どのや うな事実をも、どのやうな思想的内容のものをも、これら から感銘や影響を受けることの先きに、これらを正しく、忠実に、極めて冷静に理 解することが出来るやうな方法と能力を獲得することを主眼とするものであるから、 出来るならば、あらゆる事実を表はした教材を、あらゆる思想を理解することが出 来るやうな教材を選択し、これに触れさせることを第一に務めなければならない。 故に極端に云へば、悪徳を奨励するやうな文章をも冷静に読んで、これを正しく批 判することが出来るやうな精神を養ふことこそ国語教育の第一の使命でなければな らないのである。(p.155) あらゆる事実・あらゆる思想の教材に触れさせることが肝要とし、悪徳を奨励する文 章であっ ても、批判的に読み、冷静に理解することが第一だと、時枝は考えている。 こ れは、国語は思想や内容を教えるのではなく 、言語技術や方法を身に付けることが重要 であり、逆に言うと、技術を身に付けるためには内容は問題ではない 、とい う主張につ ながるのである。言語を技術的行為と考えることの帰結としては、当然そ うなるが、技 術を第一とし内容を軽んじる立場に対する批判が巻き起こることになるだろう。 ひとまず、これまで本章で述べたことを、以下のようにまとめてみたい。 表 2: 時 枝 試 案 の 主 な 特 徴 ① 国 語 教 育 で は 、 < 国 語 の 実 践 の 確 立( 主 体 的 立 場 の 完 成) > を 目 指 す ② 国 語 教 育 に お い て は 、 < 訓 練 > が そ の 柱 と な る ③ 生 徒 は 実 践 主 体 と し て 訓 練 を 受 け る 被 教 育 者 で 、 教 師 は 実 践 の 仲 介 者 で あ る ① 単 元 は 、 国 語 科 の 構 成 要 素 と し て の 項 目 を 示 す 、 単 位 を 意 味 す る 用 語 で あ る なお、①∼③が時枝試案の中核的理論だが、このうち、①と②は表裏一体の切り離せ ない考えである。また、③は①と②からの帰結で、①は時枝による単元規定である。 これらの特徴を見ると、その直前に公刊された文部省試案とは、①に示される根本的 な目標において共通点が見られるものの、それ以外の点はかなり異なってい るように感 じられる。国語の実践には、文部省試案に見られる「人の話をよく聞くよ うにする、す らすらと読んだり書いたりできるようにする」とい う内容も当然含まれるわけで、文部 省も時枝も、国語科の学習を通して、言語能力 の向上を図るとい う点では共通していた 10

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と捉えられるのだが、そのための方法に関し、両者は対立的である。 では、なぜ対立的になったのかだが、そもそも時枝は、本質的に言語は技術的行為で あるとい う考えを抱いていて、その理論に基づきながら国語教育論を展開していった。 それに比べ、文部省試案は、技術的な要素もあるが、「民主政治では∼」など、明らかに 技術とは関係ない、時代的価値観を入れ込んだ内容となっていて、時枝 のような言語本 質論は存在しなく、より実務的内容となっている。国の施策として発表した文部省試案 と国語学者 の立場からの時枝試案では目的に違いがあって当然だが、自分の理論の範囲 内で試案を構想した時枝には、理論的帰結として、訓練が必要不可欠だったのである。 また、技術的指導を踏まえた単元設定とい う点も、文部省試案 とは離れた内容である。 「学習指導要領」「単元」とい う文部省試案に見られる新たな用語を使用しながらも、 時枝は、文部省試案を換骨奪胎し、自分の理論に基づいた独自の試案を発表したといえ るだろ う。言語過程説の理解も要求され簡単には理解しづ らい点 もあるのだが、時枝国 語教育論の全体像かおる意味純粋な形で、しかも最初に出された公刊物であるところに、 本論で扱った時枝試案の歴史的意義が存在すると考えられるのである。 4。 お わ り に 本 論 で は 最 初 に1947 年 版 の 文 部 省 試 案 を 取 り 上 げ 、 そ れ か ら 時 枝 試 案 を 考 察 し た が 、 考 察 の 重 点 は 時 枝 試 案 に あ る 。 す で に 述 べ た よ う に 、 学 習 指 導 要 領 試 案 と 言 い な が ら も 時 枝 国 語 教 育 論 の骨 格 部 分 が 公 表 さ れ た 点 が 、 こ の 時 枝 試 案 の 意 義 だ と 思 わ れ る 。 特 に 戦 後 の 時 枝 の 動 向 を 考 え る 上 で の ポイ ン ト の 一 つ と い う べ き 公 刊 物 で あ ろ う。 本 論 で 扱 っ た テ ー マ と 深 く 関 係 す る も の と し て 、 田 近(2014) に は 以 下 の 言 及 か お る。 文 部 省 試 案 は 、 言 語 生 活 上 の 課 題 を 柱 と す る 価 値 あ る 言 語 経 験 を 学 習 活 動 と し て 組 織 し た も の で あ り 、 時 枝 試 案 は 、 国 語 の 基 礎 学 力 と し て 取 り 出 し た 言 語 能 力 を 柱 と し て 、 そ れ を 習 得 す る た め の 言 語 活 動 を 単 元 と し た も の だ っ た 。(p.32) 田 近 の 指 摘 の 通 り 文 部 省 は 言 語 経 験 、 時 枝 は 言 語 能 力 を 重 視 し た こ と は 間 違 い な い 。 ど ち ら も 「 国 語 の 実 践 の 確 立 」 と い う 共 通 目 標 を 有 し 、 そ れ ま で の 国 語 教 育 の 克 服 を 目 指 し て い た。 し か し 、 国 語 の 実 践 の た め に 何 を す れ ば よ い の か と い う点 で は 、 言 語 経 験 と 言 語 能 力 と い う、 双 方 の 主 張 の 根 幹 で も あ る 、 明 確 な 相 違 点 が 存 在 す る。 経 験 を 与 え る こ と を 重 視 し た 文 部 省 試 案 は 、 教 育 の 目 標 で あ る 実 践 の 部 分 を そ の ま ま 経 験 さ せ る こ と が 資 質 の 向 上 に な る と 考 え 、 目 標 と 教 育 内 容 か お る 意 味 一 致 し て い る。 そ れ に 対 し 時 枝 は 、 実 践 と い う 目 標 を 持 ち つ つ 、 目 標 の た め の 訓 練 が 国 語 教 育 で は 必 要 で あ る と 唱 え 、 目 標 と 教 育 内 容 を 理 念 的 に 切 り 離 し て い る 。 こ の 、 目 標 と 内 容 を 一 致 さ せ る か 切 り 離 す か と い う 相 違 に 関 し 、 そ こ を 一 致 さ せ て い た 文 部 省 試 案 を 受 け た 上 で 、 時 枝 は 意 図 的 に 切 り 離 し を 行 っ た と 捉 え ら れ る 。 な ぜ か と い う と 、 時 枝 は 根 本 的 に 、 人 間 の 言 語 能 力 に 対 し て 悲 観 的 な 見 方 を 持 ち 、 つ ま り 不 信 感 を 抱 い て い た か ら だ と 考 え ら れ る の で あ る。時 枝 試 案 よ り 後 の1955 年 に 刊 行 さ れ た も の だ が 、『 国 語 学 原 論 続 篇 』で は 次 の 記 述 か お る( 引 用 は 、岩 波 文 庫 版 に よ る )。 言 語 過 程 説 の 伝 達 論 は 、 こ れ を 結 論 的 に 云 え ば 、 伝 達 の 成 立 とい うこ と は 、 極 め て 悲 観 的 で あ る と い う こ と で あ る。 換 言 す れ ば 、 伝 達 の 成 立 に は 、 そ れ 柮 当 の 条 件 を 要 す る と い う こ と で あ り 、 伝 達 の 当 事 者 の 努 力 と 技 術 が 要 求 さ れ る と い うこ と で あ る 。 一 言 に し て 云 え ば 、 言 語 は 通 じ な い も の で あ る と い うこ と で あ る。(pp.44-45) 1 1

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時枝は、言語の伝達を、自然に身に付く非意識的活動とは考えてい ない。言語伝達を 成立させるためには、当事者 の努力と技術を必要とする。つまり言語主体の意識的活動 だと捉えていたのである。 時枝にとって文部省試案に象徴される経験主義は、伝達を先 天的・非意識的に行える、い わけ言語に関する楽観主義だと見なされた。 この楽観主義 が時枝の容認できない点ごったのではないだろ うか。その結果、悲観主義的言語観を背 景に、訓練を重んじる教育を主張したと考えられるのである。 言語における主体性 の強調 と、言語は通じないと言ってしまう、悲観的伝達論が、言 語過程説の中では矛盾なく共存し、しかも中核的概念だったのである。言語過程説的言 語論の立場から見て、文部省試案に相容れない部分かおることを時枝は発見した。その 発見自体が、時枝試案の形成に、逆説的に重要な役割を果たしたといえるのだろう。 この時枝試案の公表後、時枝は自分の国語教育論を発展させていっ た。 それは後に、 能力主義の国語教育と言われるようになる。 飛田(1973)では「 能力主義の国語指導法」 とい う小節かおり、そこでは時枝理論の解説が行われてい る。 また、経験主義と能力主 義の立場は、次のように説明されている。 前者( 経験主義:筆者注) の経験は国語とい う教科組織を認めたうえで、基礎能力を 含む精錬された経験の組織化とい うし、後者( 能力主義:筆者注)は、経験を否定し ているのではなく、表現・理解とい う国語の実践的活動、能動的な実践的行為とし て主張しており、( 中略)自主性も活動(経験)も重くみてい るのであるから、立場は ちがっても実践的にはそれほど遠いものではないように思われる。(p.285) ここで飛 田は、経験主義と能力 主義の近さを指摘してい るが、実践の確立という目的 では文部省 七時枝も共通し、また、方法論の違いも現実的にはそれほど遠くないと飛田 は理解し、このように指摘したと思われる。 だが、両者を折衷的に捉えるには、理論や 方法論の成熟が必要である。 終戦直後は経験主義も能力 主義も主張されて間もない時期 だった。 更に時枝にすれば、文部省との差異を強調することで自分の理論を際立たせる ことができたのだろ う。文部省試案の触発があったから時枝試案は世に出たのである。 ところで、時枝試案が発表された時期、時枝は国語教育に関し自身 の言語理論の観点 から議論を生じさせようとしてい た。 それを示すのが、文部省試案が出たのと同じ月で ある1947 年12 月に、時枝が当時の代表的国語教育者である西尾実の考えについて自分 の立場から論評した論文であ る。 この論文で時枝は、以下のように、西尾論への異議を 述べている(引用は、現代国語教育論集成編集委員会1989 による)。 私に於いては、国語教育の仟とするところのことは、異つだ表現様相に応ずる夫々 別個の訓練であると考へだのに対して、氏は、音声言語を地盤とするそれの発展段 階と考へるところから、国語教育の出発点は音声言語の教育になければならないと 考へられた。( 中略)問題はむしろ、人格的活動の種々相としての文字言語や芸術的 言語の特殊柮が明かにされねばならないことではなかつたかと思ふ。(p. 54) 西尾が音声言語を言語の基盤と考えるのに対し、時枝は文字言語も言語の地盤となり 得ること、「話す」「 読む」 などの各言語領域に対し、段階性などではなく特性に応じた 教育(訓練)が必要だと主張してい る。 やはり訓練が教育の中核であることを説いている が、加えて、様々な言語領域を人格的活動と捉えている点 が注目される。 ここでは言語 活動が人の人格を形成するとい う趣旨を見て耿ることができる。 再三、時枝の技術主義 を見てきたが、その技術には人格の形成とい う要素も含まれるのである。 そして、教材 1 2

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の内容ではなく言語技術を身に付けることそのものが人格形成に役立つとい う時枝 の発 想の、原型を感じることができる。無論、本格的な理論の体系化は後のことであるが、 終戦直後の時期にその骨格が存在したことは、押さえておきたい点てある。 時枝試案を形成した思想の大本は、<能力 を悲観的に見た技術主義>とい うべきもの だったのではないだろ うか。言語過程説の樹立を経て、言語主体を重んじながらも言語 能力 への不信感を抱くよ うになっ た時枝は、自己の理論の帰結として、言語技術を養う ことが国語の実践を成立させるには必要不可欠だと考えるようになっ た。 そのために、 実践主体である生徒に対する訓練を基盤とする、技術主義的な教育論を、試案において 提唱したといえるのである。 この試案が出九時期はま さに戦後教育の出発点だったのだ が、それと同時に時枝にとっても本格的に国語教育分野での活動を活発化させる、最初 の時期である。 そのきっかけが、時枝試案の発表だといえるのだろう。 時枝試案で発表された考えに関し、基本的な部分で の変更はなかっ たと捉えられるが 1950∼60 年代において、時枝は様々な論争を繰り広げつつ自己の研究を深 めていった。 吉田雅昭(2018)には、時枝試案も含 めた時枝理論全体の考察かおるが、個々の事例研究 は残 された点も多い。 これ以上は本論の範疇を超えた問題でもあり、別稿に譲りたい。 文 献 倉 沢 栄 吉 他 編 :『 近 代 国 語 教 育 の あ ゆ み I 一 遺 産 と 継 承− 』 新 光 閣 書 店, 1968 現 代 国 語 教 育 論 集 成 編 集 委 員 会 編 『 現 代 国 語 教 育 論 集 成  時 枝 誠 記 』 明 治 図 書,1989 田 近 洵 一:「 言 語 活 動 主 義 と 言 語 能 力 主 義 一 そ の歴 史 上 の 一 断 面 一 文 部 省 と 時 枝 誠 記 と の 二 つ の 「 学 習 指 導 要 領 試 案 」 を め ぐ っ て 」『 早 稲 田 大 学 国 語 教 育 研 究 』34, 2014 時 枝 誠 記 著 / 石 井 庄 司 編:『 時 枝 誠 記 国 語 教 育 論 集 I 』 明 治 図 書, 1984 時 枝 誠 記 :「 国 語 学 と 国 語 教 育 」『 文 教 の 朝 鮮 』197,1940( 引 用 は 上 記 , 時 枝 著 ・ 石 井 編 1984 に よ る ) 時 枝 誠 記: 「 西 尾 実 氏 の 『 こ と ば の 実 態 』 に つ い て 」『 国 語 と 国 文 学 』24-12, 1947 (引 用 は 上 記 , 現 代 国 語 教 育 論 集 成 編 集 委 員 会 編1989 に よ る ) 時 枝 誠 記 :「 国 語 科 学 習 指 導 要 領 試 案(総 説 ・ 講 読 編 )」『 新 し い 教 室 』3-3, 1948 (引 用 は 上 記 , 時 枝 著 ・ 石 井 編1984 に よ る ) 時 枝 誠 記:『 国 語 学 原 論( 上 )』 岩 波 文 庫, 2007 (初 出 は1941 年 ) 時 枝 誠 記:『 国 語 学 原 論 続 篇 』 岩 波 文 庫, 2008 (初 出 は1955 年 ) 飛 田 多 喜 雄: 『 国 語 教 育 方 法 論 史 』 明 治 図 書, 1973 飛 田 多 喜 雄: 『 続 ・ 国 語 教 育 方 法 論 史 』 明 治 図 書,1988 文 部 省: 『 昭 和 二 十 二 年 度(試 案 ) 学 習 指 導 要 領 国 語 科 編 』 東 京 書 籍, 1947 吉 田 裕 久: 「 時 枝 国 語 教 育 論 の 原 型 − 「 国 語 科 学 習 指 導 要 領 試 案 一 総 説 ・ 講 読 編 − 」を 中 心 に ー 」『 国 語 教 育 研 究 』26 下, 1980 吉 田 雅 昭 :「 時 枝 誠 記 に お け る 言 語 論 と 国 語 教 育 論 と の 関 わ り 」『 文 芸 研 究 』185,2018 付記 本論は、2018 年9月に行われた、社会人文学会第16 回(2018 年度) 大会発表(於中央大学 駿河台記念館)での、本論と同タイトル の発表を基にしたものです。 13

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