京都大坂間郵便馬車会社について
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(2) と こ ろ で 本 稿 で は 、 明 治 初 期 に お け る 馬 車 輸 送 の 問 題に つ い て 、 い さ さ か 史 的 考 察 を こ こ ろ み た い と お も う が 、 わ. I l l. .. が 国 の 陸 上輸 送 に は じめ て 馬 車 が 登 場 す る の は 明治 二年 の こ と で あっ た 。 も っ と も こ の 頃 の 馬 車 輸送 の 営 業 内 容 を 伝. ,,. え る 資 料 は 必 すし も 多 く な く 、し た が っ て そ の 内 容 も は っ きり し な い 。 一応 資 料 的 に そ の 内 容を 解 明 で きる の は 、『駅. ’. 逓 明 鑑』 そ の 他 の 資 料 か ら み て 、 五年 以 後の こ と で あ る 。 そ こ で 以 下 、 明 治 五年 ご ろ出 願 さ れ た 京 都 大 坂 間郵 便 馬 車 2 会 社 を と り あ げ 、 当 時 の 馬 車 輸 送 の 内 容の 一 端 に ふ れ て み る こ と に し た い 。. ( l. ま っ た 研 究 が み ら れ な い か ら で あ り 、 他 方 、 地 理 的 に み て 同 社 は わ れ わ れ の 研 究 フ ィー ル ド 内 に 存 在 し て お り 、 維 新. こ こ で と く に 京 都 大 坂 間郵 便 馬 車 会 社 を と り あ げ る 理 由 を 示 し て お く と 、 ―つ に は 、 こ れ ま で 同 社 に つ い て の ま と. •. 後の 陸 運 政 策 を 地 方 レ ベ ル で み て い こ う と す る 場 合 の 馬 車 輸 送 の 事 例 と し て も 適 当 と 考 え ら れ る か ら で あ る 。 以 下 、 同 社 の 展 開 過程 を 資 料 を 中 心 に あ と づ け る こ と に し よ う 。. 註m 石井研堂『明治事物起源』三 二六頁。 ② 馬車会社については、小川常人 「郵便発達史上における東海道郵便馬車開設の意義」 ( r郵政研究』第 六六号) 、山本弘文. ヽ. ま ず 明 治 五年 ご ろの 馬 車 会 社 の 概 要 を み て お く と 、 第 1表 の よ う な 状 況 で あ る 。 同表 に よ れ ば 、 東京 ー 高崎 間の 中. 二、 京 都 大 坂 間 郵 便 馬 車 会 社 の 設 立. 号)な どが注目される。な お山本論文 は、その後同 氏の『維新期の街道と輸送』におさめられた。. ― 「明治前期の馬車輸送」( 「地方史研究』第 一三巻ニ・三 号) 、同 「陸羽街道馬車会社につい て」 ( 『経済志林』第 三八巻一. `. ヽ. 山 道 郵 便 馬 車 会 社 が も っ と も 早 く 出 願 手 続 を し て い る よ う で あ る が 、 実 際 に 営 業 を は じめ た の は 他 の 馬 車 会 社 と あ ま. . .. ,. - 38 -. ヽ. ..
(3) 名. 称. I. 道 馬山 会 社 車. 願. ). 人 人. 出. 願. 年月日. 第1表. .I. 可. 明治 5年 10 2 月 5日. 東京~八王子. 福島~境(印膳 県). 橋本. 一. 中. 覧. 継. 所. 馬. の. 車 種 類お よ び運行 馬 車 数. 輸送物品. 郵便物 および 貨 般客. 一. 郵便物 お よび 一般貨客. 郵便物 お よび 般貨客. 一. 当初郵便物 の み6年2月 よ’り1 両につ 乗 き客4 人 を 加う。. .. 1頭立4輪車, 両地より毎日各 2両. 2頭立.両地よ 郵便物 お よび 一般貨客 り毎日各2両. 蕨 ,桶川,熊谷 1 頭立,2頭立, 毎日各2両 本庄. 1カ所 (場所不明). 千住,瓦曽根, 粕 壁,栗橋, 中 田, 千駄 塚, 山 田,石 橋. 二本松,矢吹, 白河,白坂,鍋 掛,佐久山, 氏 ま 家 ,久保田た は白沢,宇都 宮, 結城 伏見. 枚方. 68. ~. ヽ. 羹喜大坂. I. 明 治 5 年馬車会社. 営 業 開始. 三 、. 明治5年 東京~高崎 5頃 月. 認 日 年 月 日 営業路線 年月 l 1. I ,. 明治 河津川 稜守 身威3年 9月 市 小 林 伊 麻理. 出(営業. 一. .. ー. 中. 郵便. 州 街 道 東京府 士 馬甲 車 社 会 ヽ 宮 井 族宗 玄 同宝 田 窟 一. I. . .`. (開拓史). . ... 明治5年 京 都 都 会社 京 ~橘本 11月. 明治5年 明治5年 東京~宇都 宮 東 浅草今戸町19番 明治 都 印社 蜀 馬京 宇会 5年3月4月5 日10月8日 地借 車 I 郎 監 頃 小吉川川 二平 樹 ほか1 人. 陸馬. . . . , I I. 馬 道 道ヽ 長便 車 明治 羽 街 会 社 会中 山 々 郵 5年10月 車 社 " 河津稜威 同社旦 国 府義諭. 札. .. - - - ・. 道. 函館. 、 祝 間 馬•車. 大 阪府 高肱橋通 明治 京 都大坂 車 間 馬 会 社 5年10月 5丁 目 頃 四郎 嶋紀 京 都府卿北 小四 町 米 化 条兵衛. 新. ~. (註) 1. 山本弘文『維新期 の街道 と輸送』146頁。 2. 原貧料は, 『釈迎明鑑』巻10, 第9篇,53"-'81頁。.
(4) り変らない。なお輸 送物品は、おおむ ね 郵便 物およ び一般 貨客であって、 一頭 立ないし二頭 立の馬車によ る運 行がお. こなわれていたよ うである。. さて京都 大坂 間郵便 馬車会 社につ いてみると、同 社に関する資料は、 『駅逓明鑑』 、 『郵政百 年史資料』図 ( 京都. 府所蔵創 業史料)な ど にかなりまとまって収録されている。以下多 少煩雑をきわめるかもしれないが、できる限り多. 明治五 年壬申. くの 資料を紹 介していくことにしよ う。. 1 1. □□日 省議決判達 日 並湖 西京大坂 之間馬車取建 之儀二付伺. 大坂 神戸 之間ハ 既二汽船 之迅速 ナルモ有之人皆 時間ヲ刻シテ往来致シ侯様可相 成処西京大坂 之間ハ 依然 旧 来之小艇. ノミ川蒸 汽船 之設モ有之候共減水 之節者阻 シテ通セス通スル時モ潮流 者殆 一日 ヲ袈シ下流 モ半日以上ヲ取リ甚遅 緩. 之 道二候今 此大都 之間ニ シテ唯 条 之渉水 二依ルノミ他二迅速 ヲ取ル好道無 之現今進歩 之模様 二比例 シ少シク所憾. ・ 有 之候追テ鉄道ノ御設モ可有之候得共多 少之年数モ可有之依テ差向 両地之間工馬車御取開‘ 相 成候ハ A幾 般 之利益 ヲ. 可生甚著 シキ―ニ ヲ挙シニ 両地之間道路狭陰 両大都 ヲ結フノ具ニア ラサ リシヲ寛濶 之好路二転シ国ヲ飾 ルノ大具卜. .. 相 成リ0 人皆 時ヲ数テ往来スルノ風 ヲ成シ自ヲ緩慢遊情 之俗ヲ脱シ候様可相 成0近 時往々外国 人共乗馬 或 ハ 人力車. ヲ以テ西京二遊フ 者有之皆此路次之階悪ヲ驚ク 是等之講義•ヲ 一 免 ルモ国化完 備 之一兆 二 有 之殊二 郵便御 開 以来追々信. 書之数ヲ増加 シ即今日 々三度宛 両地ョリ行李 ヲ発 スレハ 脚夫之賃銭 不少是ヲ馬車ニ テ運輸 セハ 他之所得 ヲ以以弁 シ. - 40 -. 二月. ..
(5) 得ヘク其利モ果 シテ大ナリトス唯其 費ヲ省 クノミナラス時ヲ縮メ テ信書ヲ達 シ両地之人民是力為 二不可言之大利ヲ. . .. 鉄道開通 には相 当な日 数を要するであろうから、 差しあたり手 軽の馬車輸送を採用してはどうか。. 岡. あって、 迅速 な輸 送手 段に欠 けている こと。. 大坂神戸 間はすでに汽船 が開設されているにもかかわらず、京都 大阪 間は依然 として旧来 の 小艇が支配的 で. 開業の 根拠はほぼつ ぎの 諸点に求められる。. 右の 資料は、京都 大坂 間郵便 馬車会 社設立の 先駆 となった明治五 年二月 の 伺いである。 同資料によれば 、 馬車会 社. 足愚 見 相認 ヽ尊駆奉伺 候. ”. 無 之テハ私会之カ 二難 及依 テ高崎迄 之馬車二傲ヒ郵便 馬車之名目 二相成 シ且相 当之御貸下金モ有之候方卜被 存 候 夫. 諭致 シ候ハ A必 馬車之会 社ヲ開キ其 費用ヲモ弁 シ得ヘ クト被 存候尤道路 之設方橋 梁其 之 他建 築等所詮政府之御 世話. 受 クヘクト被 存 候尤 新二馬車ヲ製 シ馬ヲ買 入場所 ヲ設道路 橋梁 建 築之費甚多 キニ似 タレ 共両 地人民ノ内有志者 エ説. •L. ただし 馬車輸送ということになれば 、 道路 ・橋 梁•その 他の 建 築費はかなりの 額を要するから、これらは政府にお. でも従 来の 方法 よりも得 策となろう。. 二、 郵便開業以来 郵便 物は増加 の 一途をたどっているが、この 輸 ヽ送を馬車でおこなえば、 時間的にも、 費用の点. 二、. ~. 府 の 援助 と監 督をうけたの であり、たとえば中山 道郵便 馬車会 社は、設立にあたり東京 神 田昌 平橋 ぎわの 福山 藩邸跡. 願いするよりはかないということがつ け加 えられている。 一般 に各地に生まれた郵便 馬車会 社は、かなり積 極的な政. ヽ. ". の 敷地 (約 一、 六00 坪、 契約期間中無 税) および無利息 一〇 カ年 賦返済 で 資金五 、000円 の 貸与をうけているの 固 で ある。京 都大 坂 間郵便 馬車会社 は、 当初 一、 000円の貸 与を政府 に申 しで ているが、 その後 の経緯 は必 ずしも 明. ~. 量. 藝. . . . .. - 41 -. `. ヽ. ヽ. ..
(6) (元 伐 ). 一、 六人 乗馬車四輌 代金 一、. 一、二00両 七00両. 一輌 二付. 1 00両. 三五両. 1 00両. 一匹 二付. 六00両. ニ四0両. ヵ所二付五0両 ―. 元価ノ一割. 一人 二付六0両. 元価ノニ割. 一匹 二付九0両. 一、 口附一0人 給金. 一、 馬車修紹料. ―二0両. 一人 二付六0両. 二00両. 一、. 一、. 五五0両 三、 七五0両. ニ四0両. ステーション修繕料. 一、八00両. 一 三、一00両. 一〇、000両. ステーション四ケ所造営 代金 一、二00両. 一、 馬二0匹 代金. 合計. 一、 道路並橋梁建築料 (年 毀 ). 一カ所二付. 4 ら か で な い 。 な お 同 社 の 場 合 、 かり に 官 営 と す れ ば 、 会 社 設 立 に 必 要 な 資 金 は つ ぎ の と お り で あ る と い う 。. (). 七 六 七 、 二五0 円 で あ っ た。 内 訳 は 、 線 路 測 羹費 七 、 六一 五円 、 鉄 路 其 外 用 地 購 入費 一 0 七 、 一六 0 円 、 同土 木 費. 多 い の が 注 目 さ れ る 。 す な わ ち 京 都 大 阪 間鉄 道 は 、 里程 ― 七英 里 、 一 英 里 に つき 平均 一0 二 、 四 九 0 円 余 、 総 計 二 、. か ら 四 年 の 歳 月 を か け て 完 成し た京 都 大 阪 間鉄 道 敷設 費 と 比 較 し て み る と 、 い う ま でも な く 後者 の 興 業 費 が は る か に. 右 の 資 料 に よ れ ば 、 京 都 大 坂 間郵 便 馬 車 会 社 の 興 業 費 は 一 応 一 三 、 10 0 両 と な っ て い る が 、 そ れ を 明 治 四 年 六 月. 合計. 一、 道路、橋梁修紬料の栢金. ステーション雇人 給金. 一、 ステーショ ン諸 ヽ雑費. 一、 馬飼料、鉄沓 代. 一. _ :. 0 二 、 二五一 円 、 大 小 橋 梁 架設 費 三 0 五、 三 三 四 円 、 停 車 場 及 附 属 舎 建 築 費 八 六 、 四 七 四 円 、 電信 線 架設 費 八 、 0 1. - 42 -. ,,.
(7) 三円 、木石材 及 物品貯蓄 費― 一四 0、七 七 八円 、 外国 機械及 物品購 入費 一、 ―四 二、一八三 円 、官史 並仰 員月 給旅 費 固 八三 、四 六七 円 、傭外国 人給料旅 費其外二七 五、四 四 0円 である。. ところで馬車は明治初年に輸入され、その後短距離輸 送手 段 としてか なりの重要性をもったが、た とえば大阪府は. .. `. 四 年―一月 一 五日 「元来 路幅狭 ク、馬車等難 用災場 二候得共、今日 開化進歩 ノ折柄 二付、別紙図面 ノ路程 (高廊橋ョ. ている。また京都 府では、 五年六月 一七 日 米 花 小兵衛 等が 一頭 立、二頭 立の二種 類の馬車を設備し、車舗を下京区 祇. リ居留地迄 、高麗橋 ョ リ字片町迄 、天 満 源八町 ョ リ天 王寺 合 邦 ノ辻迄 、 堺筋 、居留地ョ リ安 堂 寺 橋筋 迄、本 町通 、高 固 、 試験 ノ為馬車差許候」と馬車往来 の 試験 的許可を与え 麗橋ョ リ本町橋迄 東側浜通 、 筋 違橋 西詰浜通南 へ長 堀川迄 ). •. さて五年二月 の伺いは、 九月 下旬には具体 化の 迎びとなった。詰負 人は大阪府下馬 車渡世 東大組第 一三区 高廊橋 通. 社へ 継承されていったのである。. 園仲 源寺 内 に開くことを申請、府はこれを許可している。米花 等の試み は、 後述するように、京都 大坂 間郵便馬車会. ( 7). 五丁目 鶴嶋紀四郎 、京都 府 下下京第 一五区 新町四条 下ル北 四条 町米 花 小兵衛 の 両名であった。その後駅逓寮大阪出張. .. 所は、京都 大坂 間郵便馬車の開業に関し、京都 大阪の両府に照会 しているが、もちろん両府 とも承知の回答 をした。. ~. 米花小兵衛⑲. 郵便馬車入役壱ヶ月分凡見積柑. このうち五年九月 二0日 付の京都 府馬場権参事の駅逓寮宛届書をみると、 「沿道の間道路狭際凸凹 殊二 甚敷修 費も不 ⑧ 拗依 而当分 格別壊頬之場 所而 已為取繕壱匹曳四人 乗手 軽 之馬車ヲ以て実地経 験 之ため至急 開業云 々」ということが強 ⑨ 調されている。なお郵便馬車入費一 カ月 分の見積は、つ ぎのとおりである。. .. - 43 -. ..
(8) 御者別当ゲ拾四人、給料壱ヶ月分壱人金五両ッ A. 馬拾疋壱ケ月分飼料、壱疋 二付一日金壱歩ツ. 諸雑貨壱ヶ月分見込. 車 四輪壱ヶ月分修裂料見 込. 乗合壱人二付金壱両ッ >‘ 日 四人之 積壱ヶ月分. A. 固七拾両. 金七拾五両. 同三拾両. 固拾八両三分. 御用便賃金 一度七拾五銭御下渡相願候見梢 、 一日二四度壱ヶ月分. 壱ヶ月分惣入用 見込高. 同九拾両. 壱ヶ月分貨金凡 見込 高. 郵便馬車 入費壱ヶ月分凡見梢書. ゲ金弐百拾両. 金百弐拾両. 鴫'. 回七拾両. 金六拾両. 御者別当 ゲ拾四人、壱人壱ヶ月給料金五両ッ A. 馬八疋壱ヶ月分飼料、壱疋二付一日金壱歩ツ A. 恥 嶋 紀 四 郎. 大坂. .. 拾両 IPJ. 壱ヶ月分諸雑費. 車弐輪、壱ヶ月修覆 料. 金百五拾両. 御用 郵便賃金壱度之 往復七拾銭ツ A御下渡両度、百四十銭壱ヶ月分. 乗合壱人二付金弐歩弐朱、此 往復 八人之 見込 ―ヶ月分. こうして京都 大坂 間郵便馬 車会社の設立準備は着 々とすすめられた。すなわち五年 一0月 一五日 付の京都 府から駅. ゲ金百九拾弐両. 同四拾弐両. /金百六拾両. 同弐拾両. .. .. ゲ金百九拾三両三分. 、 、. .. 、. 逓寮大阪出張所宛の願書をみると、 「京阪御 発之分御地御 語負 人同 様郵便馬 車之名目を以 互 地合併被成度 差支も無 之. . .. 候ハ A宿 所姓名申進候様御懸合 之趣 致承知候則馬車渡世 之者取調候処幸御 地よりも請負 人鶴島紀十郎 上京雙 方示 談 相. •. - 44 -. 、. •. 、 、 .. 、. 、.
(9) 賂候趣にて下京十 五区 新町四条 下ル北 四条 町米 花 小兵衛 同人与合併請 負 度段願出候二 付聞届 候間至急道筋管 内村方へ 餅 相 達候間 右鶴島紀十郎申合 道路修 繕至急取 懸可申 旨 巾渡候管轄 ハ御寮より可然御 通 達有 之候様致し度」と なっている 皿 の である。またこれと相前後して米 花小兵衛 は、つ ぎのよう な顧書を京都 府知事宛 に提出している 。. 乍 恐御願奉申 上候. ヽ. u. 馬車開業罷在側 二付当地よ り 大 坂表迄郵便御用馬車 二而相勤可申哉之段去月 二五日御達相成奉 畏精 々見積 方. .. 便馬車御用 之 儀 仰 付被 成下度奉 願候. 附候 趣二 御座候 二付私共見込与 者聯相違茂 御座候得共何分 凡見込 二茂御 座候二 付鶴嶋紀十郎 方見 込書之通 ヲ以郵. 仕 候二付則別紙 ヲ以申 上候然ル処大坂高廊橋 五丁目餡嶋紀十郎 江申談 候処同地郵便御 役所江別紙 写之通 最前申上. .. 噸. 儀奉 願度自 費ヲ以取繕可仕 ケ所者早 々修繕 方取掛申度二 付不取敢其村 々戸 儀 二而不日 積 リ書可 差越呉約定二 付夫 々取揃次第 奉 入御高覧候 右 之趣御聞届被 成下度ハ A難有仕合 奉存候以 上. 十月十四日. 江修 紹方請負入既租 之 儀示 談仕 置 候 長. 清水. 利助 @. 米花 小兵衛 ®. 下京第拾壱区新町通四条下ル. 願主. 戸長. 囀. 壬申. ,. ヽ. 道筋取調書井手 直シ箇所見積 書共奉 差上候何卒右之内村方 二而取繕 方 可仕 ケ所茂御 座候ハ A其村 々江御 達之. .. •. .. .. - 45 -. .. ヽ ヽ.
(10) 京都 府知 事 e 長 谷 信篤殿 右の 願書の内容 は、ほ ぼつ ぎの とおりである。. さき に私の 提出した郵便 馬車入費 ―ヶ月分 の 見積 は、鶴嶋紀十郎 の 見込書 と ほとんど変らな いものであるか ら 、郵便 馬車 御用の 儀は彼の 見込書の とお り許可願 いたい。. 二、 車輌の 通行 に耐える道路の 整備 費など は、村 方負担の分 と自己負 担の 分 にわかれるが 、前 者 につ いて は 「 其. •. 癸酉一 月十 七 日. 京 都府知参事 御中. 大坂出張 駅逓権助. . .. 山内 頼富⑲. 京 坂 両地之間郵便 馬車取 開之儀兼而 御掛合 およ ひ置 候処来 ル ニ月 一日より 開業為致 候 間此段及御知達 候也. 他方、 この 間郵便馬 車会 社の規則 ・約定なども 整備 され 、開業は 六年 二月 一日 と決まっ た。つ ぎに、その布達 類を 砂 h 示して お こう。. 示談 仕附候」と いう ことが 強調 されて いるの である。. . .. 村 々江御達 之儀奉 願度」 、後者 につ いて は 「早々修 繕方取掛申度 二付不 取敢其 村々戸長 江修繕方請負入賀積 之 儀. . .. ,. 癸酉 一月 十九日. . 、. 京都 府 知参事. 京坂両地之間郵便馬 車 取開之 儀兼而 御掛合有之候処愈来ル ニ月一 日 より開業云 々御知達 之趣致承知候 也. .. - 46 -. ..
(11) 註い. 駅逓権助. 山内. 頼富殿. 『駅逓明鑑』巻 十 、第九篇、七 五ー 七六頁。. 0年 には京都ー 大阪ー 神戸間が脚通し ている。. ② 当地 域 におけ る鉄 道 は、明治 六年― 二月 二六 日に京都ー大阪間 が起エされ、九年 七月 二八日大阪ー向 日町間が完成 し、翌 ―. ゜. 『 社 史 日本 通述株 式会社』―― 五頁 。. 維新期 の街道と輸 送』一 六 二頁 以下参照。 より詳 細な記述は、山本弘文 『. ①. 『大阪府布令集』日 、四―一ー 四― 二頁。. 京都府百年 の年表』 7建設 ・交 通 ・通信緬 、六五頁。 『. 田 山本 弘文 、前掲書 、 一七三 頁。原資料 は、前掲駅逓明鑑 、七六頁。 ⑥. 京都府所蔵創業史料)、 一―0ー 一― ―頁。 『郵政百年史貧料』四 (. 前掲京都府百年 の年表、五六頁 。. ⑥. m. 分 の入費 見積書 以外 、す ぺて鶴嶋紀十郎と記載 され ているのであるが 、判断 の材料 に欠 け るから 、本稿 では 一応両人名を併用. した ことを断 っておく。 仰 同書 、 一―三 頁。. により 六年 二月をと った。. ⑬ 同書 、 一―五頁。 なお京都大坂間郵便馬車会社 の開業 は、第 1表 では明治 五年―一月とあるが 、 ここでは京都府所蔵 の記録. 参考 ま でに京都側 の郵便馬車道筋を示すと 、 つぎ のとおり である。 「 京都郵便所 ヲ 姉小路通 同通 ヲ 東洞院通 同通 ヲ 三条 通 同通 ヲ 糾手通 同通 ヲ 建仁寺町 同 町 ヲ 五条 通 同通 ヲ 伏水街道. 同街道 ヲ 飯食 町 同 町 ヲ 京 町通 同. ,c. 通 ヲ 大坂町 同町 ヲ 油掛町 同 町 ヲ 塩町東町 同町 ヲ 京 橋通 同 通ヲ 表町 東浜南町 同町 ヲ 三栖向 町 同町 ヲ 下 三栖村 同村 ヲ 三 栖村. 同村 ヲ 横大路村持. 同村 ヲ 富 ノ森村持. •. 同村 ヲ 淀納所町 同町 ヲ 小橋 池上町 同町 ヲ. ヽ. - 47 -. •. 皿 同古 、 一―二頁 。と ころ で馬車会社出願人 の名前は、 「駅逓明鑑』では餡餡紀 四郎 とあり 、 『郵政百年史資料』 では一ヶ 月. 側 同密 ‘ ――一ー 一― 二頁。. ③. .. #.
(12) 下津町 同町 ヲ 新 町 同町 ヲ 北 川顔村持 同村 ヲ 美 豆村. 三 、 京 都 大 坂 間 郵 便 馬 車 会 社 の営 業. 八幡. ノ庄村 々. 岩恥 橋本村 夫 ョリ順 路」 。. 京都 大坂間郵便馬車 会社 は、 六年二月一日 開業 と決まったが、 開業にあたって、沿道の 各町村へつ 苔のような布達 が出された。. .. 行届 候様厚 く可致世話事. 但道 筋之義 ハ 先達 而相 布令候通可 相心得 事 右之通 道筋 町村江無洩相達 るもの也. 明治 六年 一月. 信篤. 京ー橋 本 間 五六銭 一 _ 厘 五毛、別仕立 一車は西京ー大阪 間 三円 五0銭 であった 。 出 車 時 刻 は 午前 九時、午後一時の 一 ―. 郵便馬車の賃銭 、出車時刻は、つ ぎの とおりである 。すなわち乗客一 人当りの賃銭 は 西京ー大阪間 六二銭 五厘、西. 忠都 府知 事 長 谷. 村 二於てハ聯 不都 合無之様可致馬車通 行之 節別而老 人小児等ハ所之者よりも粘 々気を 付可申ハ勿論尚此上道路修繕. 京都 大坂 之間 郵便馬車御取開之儀 二付昨十一月道路可 致修紹及布達候 処愈来ル ニ月一日 より 開業相成候条 沿道町. .. て付言してお くと、 「巨細井荷物壱貫 目 二付 賃銭 何程 卜申儀兼而東京よ り上州高崎迄 馬車賃銭 書 二照準仕」 とい う こ. 馬 車を開き 、其 神速至 便なる 事は 五時間を不出して着 す。尤 も 乗価六十二銭 五厘にして阪 地にては天 神橋南詰、京 地 ③ にては姉小路車屋町の 両 地へ会社を 結び毎日 午 前 九時、午後一 時の発途なる 由」 と伝えている 。このほか賃銭 に関し. ママ. 回、京都 ー大阪間を 五時間 でむ す ぶものであった。当時の 新聞は、 同社の 開業当初 の 様子を 「 頃日 京阪の間 に往復の. .. - 48 -. ( 1).
(13) とであった。な お 同社は 、開業直前になって米 花小兵衛 らよ り南 三郎 に権利が 譲渡さ れ開業に至ったこ とに注意し な. . .. 奉 願 口上書. ヽ. 私 共儀馬車渡世罷在候処先般 京坂之闇郵便御用馬車ヲ以逓 送之 儀被. 明治六 年. 一月. 源助. 願 人 橋本. 理助 印. 源助 印. 下 京第拾一区新町四条下ル 願 人 米花小兵衛 印. 茂 右 三郎 助江為相 勤度候間 此段 双方連印ヲ以御 願奉 申上候何卒御 許容之程奉 願上候 以上. 共病気 二付引退今般 南三郎 助与申もの江職業 悉皆 譲渡則 別紙之通 京都 江御願申上御用済相成候 二付 郵便御用之儀. 仰 付置候 処右米花小兵衛橋 本 源助 両人. 橋本. 下京第拾壱区新町通四条下ル 米 花小兵衛. その 理由 は 、米花 、橋本両名 とも 病気引退のため南三郎へ 権利一切が引継がれ たこ とになってい る。 け れば ならない 。 3 も っともその間 の詳しい経 緯は 明らかではなく 、つ ぎの ような譲渡に関 す る 一連の 記録が残され てい るにすぎない。. .’. .. ( ). 清水. 戸長. 下京第拾五区祇園町南側中源寺寄留 奈良県管下 大和国第四大区山辺郡成願寺村. ゜. - 49 -. ヽ.
(14) 右之 辿申出候 二付奥印仕奉 願上候以上. 請 書. 御出張所. 駅 逓寮. 御. 一、兼而 御条 約相 済御 座候京坂 之間郵便御用 取扱馬車開業日 限可奉申 上旨被. 仕候 二付 此段 御請書奉差上候以 上. 明治 六年癸酉 一月十 五日. 南. 二郎 助印. 戸 長 青木太兵衛印. 下京第拾 一区. 富 永太左衛 門印. 下京第拾 五区. 区長 杉浦治郎 右衛門印. 仰聞奉 畏候則来 ル ニ月 一 日ョ リ開業. 大坂馬車会社. 鶴嶋紀十郎 印. 南 三郎助 印. 西京馬車 会社. e ・. - 50 -.
(15) 駅逓 寮 御出張 所. 馬車譲請奉願 口上書. 弐 疋曳. 壱輌. 一 、馬 車 壱 疋曳 壱輌 一、同. 同. 橋本. 二郎助. 源助 印. 願 人 米 花 小兵衛 印. 下 京 十 一区 新 町 四条 下 ル北 四条 町. 勝 二而難 渋仕候 二付引退右南三郎助 与申もの 江相譲申度依 之叉方連 印ヲ以此段奉 願候何卒格別 之御憐慾 ヲ以御許 容被 成下置候様奉 願上候以上. 明治 六年 一月十八日. 同. 理助 印. 橋本. 戸長 清 水. 5. ー. 源助. 譲主 米 花 小兵衛. 下 京 十 一区 新 町 通 四条 下 ル北 四条 町. 奈 良県 管 下. 下京 十 五区 祇 園 町南 側 仲 源 寺 寄 留. 大 和 国 第 四大 区 山 辺郡成 願 寺 村. 譲請 人 南. 殷. 一、右米花 小兵衛橋 本 源助 両人馬車職 業之儀壬申 五月 御願済之 上是迄 渡世 仕難 有仕合奉存 候然 ル処 両人共近来 病気. .~.
(16) 右之通申 出候 二付奥印仕奉 願上候 以上. 京都 府 知事 長 谷 信 殿. .. 一、 私儀馬 車開業罷在候 処郵便御 用逓送之儀被. 一通 一通. 写左 之 通奉 備 御 高腐 候以上. 一、条約書写 一、 巾合規則 主―. 戸長. 南. 二郎 助印. 青木太兵衛 印. 下京十 一区. 富永 太右衛門印. 二郎 助. 杉浦治郎 右衛 門印. 下京十五区. 南. 下京拾五区祇園町南側仲源寺寄留 奈良県管下 大和国第四大区山辺郡成願寺村. 区長. 区長. 下京十五区祇園町南側仲源寺寄留. .. 仰付難有仕合奉 存候然 ル処以来大坂 駅逓寮御出張 所江差出候書面. - 52 -. ••. 御 届奉申上候 口上吉. 聞届候事御 印. ,.
(17) 一 、御 伺書 米花 小兵衛 一‘ 願 書写 橋本 源助. 一通. 一 、御 請書. 一通. 一通. .. 一、摺物之下書. 通. 右之 通奉 差上候宜御聞置 之程奉 願上候以上. 明治 六 年. 月二八日. 信篤殿. 右之通 申出 候二 付奥印仕奉 願上候以 上. 京都 府知事 長 谷. 三郎 助 ®. 下京拾 五区祇園町南側仲梱寺寄留. 南. 青木太兵衛 ®. 杉捕治郎 右衛門⑲. 戸長. 大和国第 四大区山 辺郡成願寺村. 奈良県管下. 区長. - 53 -. が. 明 治 六年 一月 三 十 日. 聞 届 候車. ..
(18) それ ぞれの 口上 書の 内容を簡単に ふりかえっておくと 、第 一文書の 「 奉 願 口上害」は 、馬車渡世の米 花 小兵衛 、橋. `. 本 源助の 両名とも病気のた め引退 し 、今般南三郎 へ「 職業 悉皆譲渡」し、ま た 「郵便御用 之 儀茂 右 三郎助江為 相 勤度」. : -. 囀9. . .. 皇. •. , .. 名前がみえる。第 二文書の 「馬車譲渡奉 願 口上 書」は 、説 明を要するまでも なく 、営 業に絶対必 要 な馬車 ( 壱 疋曳 、. という願害である 。これ は聞届 けられ 、「御 請書」では大坂 馬車会 社鶴嶋紀十郎 と なら んで西京 馬車会 社南三郎助 の. .. 曳弐輌新 製造仕候 二付御検印奉願候 」と阻業に先立って郵便逓 送馬車御 検印願を 提出している。こう して 譲渡に関す. 今般 西京 大坂 之間郵便 御用逓 送之 馬車 壱疋 疋曳各 輌) の 譲渡に関す る 記録である。これとは別に 、南 三郎 助 は 「. .. ヽ. 第 一条. .. 但臨 時別仕立 等之節 ニテ郵便嚢ヲ 運送 セル 時ハ 此旗章ヲ不可 用事. 一 、此約定期限中ハ京 坂両地 之会 社郵便馬車会 社卜名称シ 郵便袋迎送ノ節ハ 郵便御用 卜記 セル旗 章 相用 ヒ可申 書. :. 下 二記名 スル当出張 所主任之者駅逓頭 二代リ社中 両人卜本月 本株 左ノ条 件ヲ約定 ス. 仮 約定書. 西京大坂 間郵便 馬車会社仮約 定書. 馬車取扱申合 規則 、会 計申合規則 などが 、本 稿でしばしば引用す る 『駅逓 明鑑』、『郵政百年史 資料』 などに収録され 田 ているにす ぎない。以下長 文をいとわ ず、これ らを引用 し、同 社の 企業形 態や機構を把握する 手がかりとしよう。. の ようなもの であっただろうか。残 念ながら 、それを解明するた めの 個別資料は全く見当ら ず、た だ会社仮約 定書、. 以上の 考察で、京都 大坂 間郵便 馬車会 社の設立過 程は 一応明ら か と なっ たが 、同 社の 企業形 態や機構はいったいど. る 手続は進み 、第 三文書の 「 御届奉 申上候 口上書」でもって一件落着と な ったのである。. , I I. .. •. - 54 -. 弐.
(19) 第 二条. 京 坂 両地共天 気ノ善悪ヲ論セス乗客ノ有無 二不拘朝第九字井午後第一字卜 毎日 両度宛必 ス字分 ヲ違 ェス出車. 致シ両地ョ リ発 スル郵便 嚢ヲ迎送シ 且沿道 各地 之郵便役所 及郵便 取扱所卜 郵便嚢ノ受 取渡可 致事. 第三 条. 第 五条. 之 賃銭相 渡シ又品目 四貰 以上 二相成候節ハ 目方百目毎二三銭 五厘宛之 増賃銭 ヲ可渡事. ’. 郵便嚢之箇数二 不拘重羅四貫目迄 ヲ一度ノ定 屈卜 為シ 此運賃ヲ三 拾 五銭卜 定 メ仮令重醤四 貫 以下二候共定額. 第四条. 度二付金壱円宛 可差出 事. 両地往復途上ノ 時間ハ 五字卜定 メ謂 レナ ク此時 間ョ リ遅滞 二及 ヒ或 ハ発車ノ字分 ヲ 遅延致シ候節ハ 為閻金壱. , .. ••. 第 六条. .. 馬 車 廻転休 日之儀ハ毎年一月 一 日 二可 限事. 第七 条 ヽ. . .. 第八 条. ,. 自然途中二 於 テ馬車 之諸器械 及破損廻転難相 成 節ハ ロ付ノ者 郵便 涵ヲ相 担 ヒ最 寄郵便役所或ハ取扱所迄 可相. : ヽ. - 55 -. . .. 馬車 諸 器械馬厩井道路橋 梁之修 繕其 他一切之費用ハ 会 社ョリ之ヲ弁 シ当寮 二於 テハ関 知不致事. ’. ヽ. 暴雨洪水 等之為 メ道路橋 梁及壊頭候歎或ハ器械及破損事実 廻転難相成節ハ其 顛末届 出検査 ヲ可請事. .. ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ.
(20) 届 尤其処ョ リ脚夫差立 之都 合ハ 兼 テ相 達置候間 其 脚夫 賃銭 ハ会社ョ リ 可相払事. 第 九条. 運送中 郵便 嚢取 扱之餞ハ御者 口付之者江相任 セ候 儀 二付素生正 シク且実 直 ノ者相撰 ヒ極メ テ疎淵無之 様大切. ニ 為取扱可申若シ途中ニ テ紛失或 ハ 活レ損 シ等有之節ハ其 者ノ越度 二付其次第 ニヨリ壱円 ョ リ 五円迄ノ罰金 為差. 出 可申 且会 社於テモ 如斯粗洞ノ者ヲ使用 シタル科料五円 ョ リ 拾円 迄 ヲ其次第 二依リ 差出シ其不都 合ョ リ 生 セシ損. 失 ヲモ 弁償可致市. 第 十条. 第 十 一条. ︱ ”. 此約定ハ当壬申 十一月 二 十 二日ョ リ ニケ年ヲ以期限 ト ス尤 満期二 至リ 猶約定ヲ 続ル節ハ更二条約取結 ヒ可申. 此約定ヲ廃 セ ント欲 スル時 ハ三 ヶ月以前条理有之報告可有之事. 第十二条. 此本約定書ハ是ョ リ六 ヶ月 ノ内駅逓頭ノ手 書実印ヲ 以テ取極可申 事 第十四条. ~. 第 十 三条. 此条約書文言 ヲ以本書四通 ヲ作リ 当出張所之官印井出 張所之主任 社中 両人手 書実 印ヲ以テ之 ヲ証シ壱通 ハ駅. 候事. 郵便御 用之旗竜 二托シ威権 ケ間 敷挙動 有之候節ハ 相当之 罰金 可有之 市. .. .. ヽ. - 56 -. ヽ ヽ ヽ ヽ. 疇. ヽ.
(21) 逓本 寮壱通 ハ当出張 所 二納メ ニ通ハ京坂会社二蔵シ候条相違無 之候事. 明治五年十一月. 大坂. 西京. 車 二輌. 同二 疋. 馬 二疋. 同二 疋. 同 二輌. 伏水. 同二 疋. 大坂. 壱番村 橋本 新川渡船 場. 駅逓 寮七 等出仕. 山 内 頼富印. 三郎助 印. 西京馬車会社. 南. 大坂馬車会社. 鶴嶋紀十郎 印. - 57 -. 出張 駅逓寮御中 馬車取扱申合 規則. 第一 条. •. 馬 車盛業二 随 ひ追々変換可致 候 得共差向キ四 輪車壱 疋曳之馬車五輌升馬 拾 疋キ備 へ左 之通分 配可致候事 ヽ.
(22) 牧方. 車壱輌. 第 二条. 同一 疋. 同 一疋. .. 両地共日 々同時二出車可 致 二付両府間之中央nJ 内団交野坂村与楠葉村之間ヲ継替場与可 致 処山城国橋 本 村之. 内新川 渡般場打 二前後道 路凸 凹之場所 有之 二付山城 国界橋 本村之西 小金橋 迄双方弐時 三十分 間 二して着 車可致筈. 依之 此所ニ―区之継 替場 ヲ設 ケ置 郵便函升乗客ヲ 継替尚 弐時 三十分 間 二して 互地江滞車可 致都 合 二可 相定事. 第 三条. 継 替之 節郵便 嚢之錠前封印等 者勿論 途中駅 々 二而請取たる郵便 数 二至る迄 入念相改申 自然 錠前封印等如何敷. 第 四条. 見受候歎或 者 郵便 数時間 記二 照し合 セ不足等有之節者其 顛末巨細相認 メ郵便 役所江御届可申事. 鼻. 双方共継替之場 所江着車 之 遅速 晒も無 之様注意可 致者勿論 二候得共菩者大坂 之車自然 途中二 於 テ故障出来 定. ~. 認メ 郵便役 所江御届可 申事. 第 五条. ~. ~. 第六条. 後れ候節者 五拾銭 三拾 五丁ヲ後れ候節者 七拾 五銭 夫ョ リ以上後れ候 節者壱円宛後たる御者ョ リ為 差出可申 事. ,. . ヽ 継替場 所前 後 二棟杭ヲ 建テ四御 者之怠惰 二して仮令者西京之 車拾 五丁ヲ後れ 候節者罰金弐 拾 五銭 弐拾 五丁ヲ. ゜. 則通 リ培車無之節者西京 之車晒も不待合行 会 候処迄 馳付其場所 二お ゐて継替之 手 数を致し其 延着 之次第 巨細二 相. .. - 58 -. •. .. . .. ~. .. ヽ. ’. ヽ ヽ. . ..
(23) .. 両地共出車 定刻前三十分迄 二諸器械ヲ整頓し て 謳も 渋滞不致様可相 心得 事. 第七 条. .. 第 九条. ﹃ ﹃. 鼻. 京坂 両府間小金橋 継替 所ヲ経界とし て 西京ョリ 小金橋迄 者西京 之持場 二定 め小金橋 ョ リ大坂 迄者大坂之持場. 第 一条. 会計申合 規則. 乗客 之内何様之人何様之頼有 之候共郵便請取 渡馬 車継替或 者事実不得止 之外者憂も休車致間敷事. 第十条. 可致事. 乗客 江対シ奄も 不敬 之挙動無 之様厚可相 心得別而細道橋梁渡船 等之場 所 二而 者格別心ヲ 用 ひ総而親切 二世話. . .. 他之損害ヲ 招き 候 節者其 次第 二依 リ罰金或 者放遂申 付候儀も可有之事. 回転中 時 々発声或 者剛 帆ヲ以途人ヲ警 シ候儀 者勿論嘔も 粗漏之挙動無 之様 厚9注意I 可 致万一御 者 口付等閉よ り I. 第八 条. 可 致自然 検査之等 閉ョリ 不都 合 ヲ生し候節者御者 口付 之越度 二付其 次第 二依リ相当 之罰金為差出可申事. 一切諸器械極メ テ清潔 二掃除可致者勿論嘔も破損之 ケ所有 之候 ハ A直 二修 理ヲ加 へ途 中 之損害無 之様厚注意. .. 第弐条. 二定 め馬車 一切之 費用井両地 之会社者勿論 此持場中諸入用 向 二至迄 総而互 地限リ 逝宜 二所分 可 致事. .`. - 59 -. し ・. ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ.
(24) `. 第四条. ↑ " 第五条. 第 六条. .. 互地ョリ小金橋 迄之乗客 賃銭 其 仕立 元 可為所有 事. 第 七条. 此切手 引替請 取渡 可 致事. 互地乗客之 賃銭 支払方之 儀者月末 二至 リ双方 二而 日々預り た る乗 車之切手 両地之元帳 二照 シ過 不 足精算之 上. . .. "時賀 用之ため積立 可四事 て互 地 二預リ置可 申尤此切手 紛失為 致候人あ ら バ更 二貨銭巾閣c 臨. 双方共左之雛形之乗車之切手ヲ製 シ乗客壱 人毎 賃銭 二引替渡置 両地着車前御 者是ヲ請取月 末精算之 証券与し. .. 継 而之費用 者一社手限 二可取賄候雖も 両社所得ノ馬車賃金ハ互地之多少ヲ計算し其合高折半之 上可 致 配分事. ,. 八 幡新 川 二可備置車 井 二両地間道路橋 梁渡船 等 二関し候費用 者双方立会 此総計ヲ 折半し 両地ョ リ可取賄事. 第 三条. 双方立 会 百事≪熟切ヲ尽し協 談 可致事. 互地持場之内 二而 何様之 故障何様之難儀出来候共会計筋 之倣 者 一社手限リニ而 取賄可申候得 共何 事 二よ らず 塁 '. 配当 之事. 双方其乗合多 人数之 節別仕立之馬車途中継 替之都 合難相成候 二付 双方共継 通シ可 致尤賃銭 者総而 両社 折半 二. 第八 条. .. - 60 -. •. 尋. ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ.
(25) 第 九条. 別仕 立馬車継 通節其御者 口付之 者帰路之 為賀用別段五拾銭 賃金 之内ョ リ可附 与事. 客. 壱 人. 西. 京. 郵 便. 会 社. 馬 車. --r -. 西京馬車会社. 南 三郎 助印. 鶴嶋紀十郎 印. 大坂馬車会社. 各駅陸運会 社や中牛馬 会 社など )は 、名前は会 社であっ ても実際は 一般 に、当時各地 に出現した陸 運企業 (. 望を せざる を得 ない のである が、一応 の総括を すれば 、ほぼつ苔 のよう に なろう 。. 右 の資料か ら、同 社 の企業 形態や機構を十分 にいい尽すことは到底 でき ない。 以下推測をまじえ ながら、簡 単 な展. 一御乗車之節者此番号之順次 ヲ以御着座可被下 候事 一此切手者大坂荘車前御者江 御渡 可被下 候事 一此切手御取落被成候節 ハ更 ニ賃銭申請候間途中継替等 之 節紛失不致様御 用心可被 成候事. 右者十月 二 十五日 両人協諮之上相決候上者御者 口付 之者二至 ル迄 此旨確守可致事. 乗車切手雛形. ー. 第何番. 采. 何月何 日. 壬申. : j 、..____.... \. i. - 61 -. ヽ ヽ.
(26) 同職 者の組合 にす ぎないものが多 かった。しかし 郵便馬車会社 につ いては、何 らかの合 本 組織であったとみ られ 固 ている 。た だ京都 大坂 間郵便 馬車会社の場合 は 、それ を実 証する 資料が欠けているの である。とはいえそれ を否. 定する根拠も乏しいから、お そらく他の郵便馬車会社 同様 、同社の 企業形態は何らかの合 本 組織であったといっ. てよ かろう。つ ぎに西京 郵便馬車会社 、大坂 郵便 馬車会社はそれ ぞれ 個別会 社であったの か否かという問題であ. ミ 、,ヽ この 点は右の 三資料からみ て、お そらく一種 の パートナ ーシ ップで なかったかとおもわれるのである。 るカ. 一、 会社 機構の 詳細は 明らか で ないが 、開業以 来 、西京ー大坂 間にお ける 官営郵便 の 逓送・配達業務を委託され ―. 郵便馬車会社の 称号が 与 えられたことは事実である。と くに同社の輸 送物品は、当初郵便 物が大宗をしめていた. •. - 62 -. の である。もちろん一般 貨客も扱ったが、郵便御用の請負 という一面 を 担ったことは注目に値しよ う。 なお郵便. 御用につ いては、 「馬車取扱申合 規則」の第 三条 、第四条 にみ られるように 、信書逓 送に携わる もの の 心得 とも いう べき 、か なり厳 重な規程があった。. 営業内容につ いては 、前述したからここではくり返さ ない 。ただ 車輌数につい てい えば 、四 輪車壱 疋曳の 馬. 車五輌およ び馬 一〇 疋が西京 、大坂 の 両端と途中の 馬継 所に配懺されていた。 なお馬車輸 送にと も なう 費用 、す. なわ ち 「馬車諸器械馬 厩井道路橋 梁之修 繕其 他 一切之費用」はす べて会 社負担とされ た。. 前掲郵政百年史資料‘ ―ニ ―頁。 表、 五八頁。 前掲京都府百年の年 前掲郵政百年史資料‘ ―二八I ―二九頁。 一三0| ―三 一頁。 ―ニニー ーニ三頁。 同書、 ーニ三I ―二七頁。前掲駅逓明鑑、七八ー八 一頁。 山本弘文、前掲困、 二O八ー ニ0九頁。 註 (4) (3) (2) ( 1 ) (5).
(27) 年. I I. 乗. 次. 全国. 1875 ( 明 8) 1880 ( 13) 1885 ( 18) 1890 ( 23) 1895 ( 28) 1900 ( 33) 1905 ( 38) 1 910 ( 43). I. 馬. 第2表 用. I 京都. 諸車台数伸長率. 車 積 用. 荷. 牛. l 京都. II 全. 国. 全国. 車. I 京都. I荷. 車. 人 力 車. .. 叶 京都 竺 い巴 竺 I0 . 71 0 . 55I 0 . 13 0 . 37I 0 . 22l 1 1 1 1 l l 1 1 1 1 I 1 . 35 0. 92 25 . 42 1 . 03 1 . 14 1 . 91 6 . 15 1 . 5 () 3 . 55 0 . 25 2 . 41 2 . 10 l . l l 1 . 15 1. 98 2 86 . 3 1 2 1 . 53 2 . 54 153 . 09 1 5 . 96 0 . 05 3 . 29 3 . 27 1 . 29 1 . 47 4 . 20 7 12 . 50 9 . 81 28 .90 4 . 18 4 . 02 1 . 28 1 . 71 勾3 292 . 09 29 . 50 8 . 71 40 . 78 4. 28 4 . 04, 1 . 02 1 . 25 4 . 24 1 5 . 89 2 . 62ヽ470 . 59 195 . 00 1 1 . 40 80 . 80 5 . 27 4 . 80 0 .93' 1 . 31. ' '1I. I. (註) 1 . 京都府統計史料集ー百年の統計 金融 ・ 運輸 ・ 通信) 131頁。 2 . 明治13 年度 = 1 . 00. I. 3 ( 建設 ・ 電気 ・ ガ ス • 水道 ・. ー. 匹. ー 、. お わ り. 以上、京都 大坂 間郵便馬車会 社設立前 後の 状況を資料紹介的. な形で叙 述してきたが、解明す べき点が多 々残されていること. .. はいうまでもない。たとえば、 同社はその後どのような 変造を. とげたかという素朴な疑問もその ― つである。しかし残念なが. ら、これらはあげて今 後の 調査 にまたねば ならないのである。. 最 後 に、 同 社を含めた郵便馬車会 社の日 本輸 送史上 にしめる. 意 義 について若干言 及しておくと、まず明治 五年前後各地で生. まれた馬車会 社は、その 後郵便馬車会 社と名称を変えたことが. 何よ りも注目されるのである。こうした動きは、官営郵便との. 関連で出てきたものと い え る。す な わ ち 四 年 三月の 郵便開業. は、 IEI 飛 脚問屋の家業をおび やかすものであったから、彼らの. 多 くは激しく抵抗し ているのである。他方郵便物はしだい に増. 加 の一途をたどりはじ めていたが、維新後の こうした新局面 に. 対 処するため、 明治新政府は、各駅陸 逓会社・陸 運元会社を相. つ いで 新設し、 郵便業務の請負 を これらの 機関 に委 託さ せたの. - 63 -. に.
(28) であった。 と くに陸 運元会 社の 新設 はそうした性 格が 強 い の で あ る が、 馬車会 社が 郵便馬車会 社と名称を変 えた の. も、 郵便 御用請負 とい う面が強調され たからにほかな ら な かった で あ ろ う。た とえば 京都 大坂間 郵便 馬車会 社の場. i. 合、 「京坂 両地之 会 社郵便馬車会社卜 名 称シ郵便 器運送ノ 節ハ 郵便御用 卜記セ ル旗章相用ヒ」 といった具合であ る。 引 ところ で郵便逓送につ いてい えば 、増大す る郵便物 をさ ば く手段 として 、五年 三月 郵便人力車の採 用がみられ た が、. これ はき わ めて短期間 で廃止され 、つ ぎに登場 したのが、本 稿で扱った郵便 馬車とい えそうであ る。輸 送能 力からい. っても馬車の 方が人力車 を上回っていたか ら、馬車輸 送はその後か なりの活 況を呈す るこ とになった。 一般 に、これ. く、 以後 は小連送手 段 として命 運を保つ こ とに なるの であった。鉄 道を中 心とす る新 しい陸 運体系の 成立によって、. 車鉄道によって やがて 駆 遂され る運命にあった。 馬車輸 送につ いてい えば 、基本 的に は人力車と同じ 道を歩むほか な. 諸車 台数の伸長 は著しいもの があったの であ る。も っ とも 永くその 座を保つこ とはでき ず、これ らの 諸車 は鉄道 や馬. らの 諸車は短 距離輸 送手段 として、 それ なりの意義 をもっていたか ら、第 2表に示 す よ うに、明治中 ・後期にか けて. ,. その 任務は大 き く減少 した といわね ばならないであろう。. - 64 -. ( 1). こうした問題については、拙稿 「 明治初期の陸迎業について」(『ヒストリア』第六0号、八三ー九五頁)を参照されたい。 拙稿 「 郵便人力車の命迎」 (『 近代史研究』第 一四号、四0頁) 。. 註 (2) ( 1 ).
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