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戦前期における海南島の農業調査:―日本人の農業調査を中心に

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Academic year: 2021

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(1)戦前期における海南島の農業調査        一目本人の農業調査を中心に一. 寧 攻. 教科・領域教育学. コース. 社会系. 学籍番号. 1M09150e. 氏 名. 趙 従勝.  1939年2月目本軍は、海南島を占領し、同. 島へ移植したと述べている。しかし、どのよう. 島で軍政を行い、大規模な農業開発・調査を打. な具体的な台湾農業経験が移植されたのかにつ. つだ。. いては、検討していない。.  本論文は、日本人の海南島農業調査に焦点を.  本論文は、序章、本論会3章及び終章によっ. あて、日本軍占領前の海南島調査を含め、戦前. て構成され、その概要は、以下の通りである。. 期における海南島の農業調査の実態を明らかに. 第1章では、歴史上の海南島及ぴ1930年代半. するほか、調査員らの本島農業開発への提言を. ば海南島の地位を巡る目中の諸論調を分析し、. 分析し、その特徴を明らかにする。そして、海. 海南島の重要性がどうのように認識されていた. 南島農業調査の実態を分析する事によって、日. のかを論じている。第2章では、海南島の重要. 本人による海南島調査活動に対して、正確な評. な戦略的地位を認識した欧米人、中国人、日本. 価を与える。. 人が行った本島の動植物・風俗・産業等の一般.  日本人による海南島農業調査に関する先行研. 的調査の内容を明らかにし、それぞれの調査目. 究は、その多くが概略的なものに止まっている。. 的を論じている。第3章では、日本軍の海南島. 海南島調査に関する研究の申、最も全面的に日. 占領後における日本人の調査を中心に、海南島. 本人の海南島調査を紹介したのは、葉碧苓氏で. 現地軍の要請を受けた日本内地各機関・現地進. ある。葉氏は「台北帝国大学與目本南進政策之. 出会社・台湾総督府・満鉄が行った農業調査の. 研究」(全国博碩士論文資訊網 1996年)にお. 内容を明らかにし、分析している。終章では、. いて、台湾総督府の海外調査を視点に置き、日. 本論文の結論として、戦前期の海南島農業調査. 本人の海南島調査概要を中心に紹介している。. の全貌をまとめ、特に日本人の本島農業開発に. しかし、台湾総督府、台北帝国大学等の調査の. 対する建言の分析結果、r台湾経験」とr海南島. 具体的内容、特に農業調査の内容及び提言に対. 独自の開発方策」を総括し、今後の研究課題と. する分析は行われておらず、まだ研究の余地は. 展望を述べている。. 残っている。.  本論文は、海南島占領後、日本軍の依頼を受.  また、鍾淑敏氏はr植民與再殖民  目治時. けた日本内地各部門、現地進出事業会社、台湾. 期台湾與海南島関係之研究」(『台湾大学歴吏学. の公的機関が大規模な海南島農業調査を中心と. 報』312003年6月)において、台湾と海南. した。. 島の関係に着目し、特に海南島の各事業におけ.  東京帝国大学を主体とする日本内地の各機関. る台湾経験の運用に注目し、台湾総督府の海南. の調査は、海南島農業開発の将来性を巡って、. 島調査を簡単に紹介し、台湾農業経験の移植に. 本島農業の全般に対する調査であり、日本人の. 対して、「米、糖」を中心とする農業経験を海南. 海南島農業認識を一新したという特徴があった。. 一292一.

(2)  海南島進出事業会社の調査は、海南島最高指. 通は台湾で成功した農業事例を海南島に移すと. 導機関の三省連絡会議の命令を受けて、自己の. いうことであったが、台湾で実施しなかった或. 得意な分野の国策作物(ゴム、繊維作物)調査. いは失敗した事例を「前轍」として、海南島に. を中心に行われた。その目的は、本島における. 活用しようということであった。これは、海南. 国策作物の栽培が適するかどうかを確かめるた. 島農業の発展に対して、いわゆるr台湾農業経. めであった。. 験」を活用しようという日本人の真筆な態度の.  台湾の公的機関の海南島調査の中で、台湾総. 表れであり、本島農業に発展をもたらす方策で. 督府殖産局は、主に海南島開発方針の制定のた. あったと筆者は考える。また、「海南島の独特の. めに調査を行い、台北帝国大学は海南島農業開. 対策」を採る目的は、戦時下急速に本島の農業. 発問題の解決のために調査を行い、台拓は主に. 生産を高めようとすることであった。ただ、こ. 海南島事業を展開するために調査を行った。こ. の対策中の土地対策や糖廊買収策等の強制的な. れらの調査を基にした開発策が、日本人の海南. 方法は、日本軍の現地自給自足のため、また日. 島農業開発の重要な参考となった。. 本国内の緊要資源を補給するための対策であり、.  本論文は、海南島農業調査の実像を明確にし. 掠奪的な性質であったことは免れない。. ただけでなく、調査員の本島農業に対する提言.  総括的に言うと、本論文は、日本人による海. に注目した。これらの提言は、r台湾経験の活用」. 南島農業調査・政策の特徴が台湾経験の適用を. 及びr海南島独特の開発対策」が中心であった。. 基礎とし、戦時下という非常事態下応急的政策.  台湾関係調査員による海南島で活用すべきと. を提言したことを明らかにした。. 提言したr台湾農業経験」は、「乾燥地農業法」.  本論文の残された課題は、①日本人の諸般調. r在来優良品種の選出」r台湾及び日本内地の蕗. 査及び海南島農業に対する提言が、日本軍の海. 菜栽培経験」「地籍、地租を中心とした土地調査. 南島農業政策にどれだけ採用されたのかを明確. 法」r三年輪作法」r工場単位の事業許可制度及. にすること、②日本人による海南島農業開発の. び原料採取区域の設定」r三年輪作法の活用」r農. 実態を明白にすること、さらに③日本人による. 事試験機関の設置」及び「有用作物の功成」で. 農業調査・農業政策が海南島農業自体の発展を. ある。. どの程度もたらしたのかを検証することである。.  また、台湾農業経験を海南島で生かそうと建 言したのは、台湾の関係者だけではなく、日本 内地関係の調査員もいた。.  しかし、戦時下という特殊な時代的背景は、. 主任指導教員 松田吉郎. r台湾経験」と異なる海南島独特の開発方策を 誕生させた。海南島独特の方策、即ち応急的に 採られた農業開発策は、「糖業政策について」「適 地適作」「水利問題」「肥料問題」「土地問題」に. 現れている。これは、戦時下物資が不足してい た非常事態において、やむをえず採られた対策 であったと考えられる。.  r台湾農業経験」及び「海南島特独の対策」 の性質を見ると、「台湾農業経験」といえば、普. 一293一. 指導教員 松田吉郎.

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