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Title
「顎骨疾患プロジェクトからの情報発信」5. 咀嚼嚥下
研究部門の経過と展望
Author(s)
山本, 将仁; 大久保, 真衣; 大平, 真理子; 佐々木, 穂
高; 佐藤, 正樹; 菅野, 亜紀; 長坂, 新; 四ツ谷, 護;
阿部, 伸一
Journal
歯科学報, 119(1): 1-9
URL
http://hdl.handle.net/10130/4801
Right
Description
はじめに 咀嚼・嚥下・発音などを担う口腔・咽頭は,ヒト の生活に欠かせない生きる意欲・楽しみを維持する ために重要な場である。そして,これら口腔機能を 担う軟組織の土台となるのが顎骨である。咀嚼嚥下 研究部門では,周囲軟組織と顎骨を一つのユニット (機能的単位)と捉え,その機能的単位が担う構造, 機能を解析していく。特に「咀嚼嚥下機能解析グ ループ」「咀嚼機能に関する生理学的研究グループ」 「咀嚼機能を担う口腔組織の形態形成研究グルー プ」「インプラントと顎関節症に関する研究グルー プ」に分かれ研究を推進している。咀嚼嚥下研究部 門の例会(月に1度開催)では研究分担者が研究の途 中経過の報告を行い,ワーキンググループのメン バー(小野寺晶子,神田雄平,木村麻記,別所央城) も加わり異分野の様々な視点からの意見を取り入 れ,さらに研究を進める体制を整えている。 本稿では2018年4月に東京歯科大学研究ブラン ディング事業に新たに加わった咀嚼嚥下機能研究部 門の研究内容に関し,今後の展望も含め報告する。 1.咀嚼嚥下機能解析グループ 1)画像診断装置を用いた摂食嚥下機能の解析 これまで我々は,画像診断装置を用いた摂食嚥下 機能の研究を行っており,中でも超音波診断装置を 用いた研究で,構音,嚥下時の健康成人について検 討を行っている。超音波診断装置を用いた舌運動の 解析は今までも行われていたものの,一部分のみや 大まかな動きを検討したものが主であった。今回,
歯学の進歩・現状
「顎骨疾患プロジェクトからの情報発信」
5.咀嚼嚥下研究部門の経過と展望
山本将仁
1)2)3)大久保真衣
1)2)4)大平真理子
1)2)5)佐々木穂高
1)2)6)佐藤正樹
1)2)7)菅野亜紀
1)2)8)長坂 新
1)2)9)四ツ谷 護
1)2)10)阿部伸一
1)2)3) キーワード:私立大学研究ブランディング事業,顎骨疾患 プロジェクト,咀嚼・嚥下,機能障害 1)東京歯科大学口腔科学研究センター 2)東京歯科大学研究ブランディング事業 3)東京歯科大学解剖学講座 4)東京歯科大学摂食嚥下リハビリテーション研究室 5)東京歯科大学パーシャルデンチャー補綴学講座 6)東京歯科大学口腔インプラント学講座 7)東京歯科大学生物学 8)東京歯科大学短期大学 9)東京歯科大学組織・発生学講座 10)東京歯科大学クラウンブリッジ補綴学 (2018年12月6日受付,2019年1月17日受理) http : //doi.org/10.15041/tdcgakuho.119.1 連絡先:〒101‐0061 東京都千代田区神田三崎町2−9−18 東京歯科大学解剖学講座 山本将仁Masahito YAMAMOTO1)2)3),Mai OKUBO1)2)4),
Mariko OHIRA1)2)5),Hodaka SASAKI1)2)6),
Masaki SATO1)2)7),Aki SUGANO1)2)8),
Shin NAGASAKA1)2)9),Mamoru YOTSUYA1)2)10),
Shinichi ABE1)2)3): Report by the Jaw Bone Disease
Project 5 : Progress and perspectives of swallowing research(1)Oral Health Science Center, Tokyo Dental
College,2)Tokyo Dental College Research Branding
Project,3)Department of Anatomy, Tokyo Dental College, 4)Department of Dysphagia Rehabilitation and
Community Dental Care, Tokyo Dental College,
5)Department of Removable Partial Prosthodontics,
Tokyo Dental College,6)Department of Oral Implants
Research, Tokyo Dental College,7)Department of Biology,
Tokyo Dental College,8)Tokyo Dental College School of
Dental Hygiene,9)Department of Histology and
Developmental Biology, Tokyo Dental College,
10)Department of Crown and Bridge Prosthodontics,
Tokyo Dental College)
1
言語の分野で使用されている詳細な舌運動に対応す るは Articulate Assistant Advanced(以下 AAA)の 解析システムを,嚥下用に改良し,舌全体のスムー ズな動きを詳細に描出することを目的とした。 ⑴ 方法の概略 対象者は,手術の既往や舌の形態に異常がなく構 音障害や摂食嚥下機能障害が認められない健康若年 者11名(男性2名,女性9名:19歳∼35歳)とした。 また対象者にはあらかじめ研究の目的と方法につい て口頭と書面にて説明を行い,研究参加への承諾を 得た者を調査対象とした。対象者には,超音波プ ローブを安定させるためのヘッドセットを取り付 け,「とろみなし」と「とろみあり」の液体を10ml と25ml と量を変化させ,カップを用いて摂取させ た。超音波画像データは,コンピュータ上で AAA (version 2.16)を起動させ舌表面の運動の軌跡を描 出させ取得した。超音波プローブはコンベックスト ランスデューサ4MHz,超音波診断装置の設定は 54フレーム/秒,FOV 104度とし,深度90mm とし た。嚥下開始に従って舌尖が口蓋に向かって挙上し た後に,舌全体が口蓋に接触し,その後舌表面が離 れて安静時に戻るまでを描出させた。さらに舌の食 塊形成時の最大陥凹時の測定をするために,舌表面 と硬口蓋の距離(mm)を測定した。統計分析には R (version 3.1.2)を用い,検定には反復測定分散分 析を行った。各分析における有意水準は5%未満と した。 ⑵ これまでの経過と今後の展望 本方法により嚥下時の舌表面の動きを経時的に描 出することが可能となった(図1)。さらに検討した ところ,最大陥凹が測定可能な「測定可能タイプ」 と「測定不可タイプ」の2タイプを定量的に定義し た。最も一般的なタイプは「測定可能タイプ」であ り,舌の表面にはっきりとした食塊形成時の陥凹が 認められた。平均最大陥凹距離は,とろみなしの25 ml で 中 央 値24.6mm(IQR:3.3mm),10ml で20.9 mm(IQR:4.3mm)であり,有意差が認められた(p <0.001)。我々は,嚥下時の経時的な舌表面運動を 描出するのに超音波診断装置が有効であると考えた。 摂食嚥下機能において舌機能は準備期,口腔期で 重要な役目を担っている。本研究からも超音波診断 装置は軟組織である舌機能解析に有効であると考え ている。現在,携帯性の優れた超音波診断装置を移 動困難な要介護高齢者に適応し,軟組織の硬さの計 測技法である超音波エラストグラフィで舌の硬さを 検討している。今後更なる研究を重ね,咀嚼や嚥下 機能における舌の役割を検討したい。 ⑶ 関連する論文
1.Ohkubo M, Higaki T, Nishikawa K, Otonari-Yamamoto M, Sugiyama T, Ishida R, Wakoh M : Optimal Contrast Enhancement Liquid for Dy-namic MRI of Swallowing. J. Oral Rehabil, 43: 678−682,2016.
2.Ohkubo M, Scobbie JM : Tongue Shape Dy-namics in Swallowing Using Sagittal Ultrasound.
図1 嚥下時舌表面の経時的な動きの描出 a 食塊移送,舌表面が口蓋に接触する b 口腔内で舌表面が食塊を後方に移送する 山本,他:咀嚼嚥下研究の経過と展望 2 ― 2 ―
Dysphagia, 28,2018.doi:10.1007/s00455018 99218. 2)要介護高齢者における MMASA の診断精度の 検討 現在,日本の介護保険では,高齢者の「口から食 べる楽しみの支援の充実」に重点がおかれ,歯科医 師が行う嚥下機能評価の重要性が増している。かか りつけ歯科医師が摂食嚥下機能障害のスクリーニン グテストを実施し,嚥下機能の障害が疑われた患者 を,早い段階で摂食嚥下リハビリテーションの専門 家に相談することが求められている。しかし,認知 症や身体機能の低下などの問題を有する要介護高齢 者に有用な摂食嚥下機能障害のスクリーニングテス トは確立していない。 スクリーニングテストのひとつに Modified Mann Assessment of Swallowing Ability(MMASA)があ る。これは12の評価項目からなり,合計100点満点 で評価する。点数が低いほど摂食嚥下障害が重度で あることを示し,急性期脳卒中患者におけるリスク 判定のカットオフ値は94点であり,良好な診断精度 や評価者間一致率が報告されている。しかし,要介 護高齢者における診断精度の報告はまだない。そこ で本研究は,要介護高齢者おける MMASA の誤嚥 の予測に最適なカットオフ値と診断精度を算定する こと,および評価に有用な評価項目の検討をするこ とを目的とした。 ⑴ 方法の概略 対象者は,摂食嚥下障害が疑われ嚥下内視鏡検査 (VE)を受けた脳卒中の既往がある要介護高齢者48 名(平均年齢81.6±7.7歳,要介護度2∼5)であっ た。MMASA による評価と VE による誤嚥の有無 の評価を実施し,結果の比較を行った。カットオフ 値は,ROC 曲線を用いて算定し,診断精度を算出 した。MMASA の合計点および評価項目の有用性 についての検討は誤嚥の有無間で Mann-Whitney test を行った。なお本研究は東京歯科大学倫理委員 会の承認を得て実施した。 ⑵ これまでの経過と今後の展望 MMASA の合計点の平均は74.6±13.9点であっ た。VE の結果より,誤嚥を認めた者は20名で,誤 嚥を有する者の方が MMASA の合計点が優位に低 くなった(p<0.05)。ROC 曲線より誤嚥のカットオ フ値は71点となり,感度 は0.75,特 異 度 は0.81で あった。また,誤嚥の有無間で MMASA の各評価 項目のスコアが統計学的に有意な差を認めたのは, 「意識レベル」「協力」「聴覚理 解」「失 語」「構 音 障害」「舌の筋力」「随意的な咳」の7つの項目で あった。以上より,要介護高齢者の誤嚥の評価に MMASA を用いる場合は,カットオフ値を71点に すると良好な診断精度が得られることが示唆され た。MMASA の合計点から,誤嚥を疑う場合は, 早期に対応を行うことが重要である。今後はさらに 評価項目の検討を行い,より診断精度の高い要介護 高齢者に適した摂食嚥下障害のスクリーニングテス トの開発を行いたい。 ⑶ 関連する論文
1.Ohira M, Ishida R, Maki Y, Ohkubo M, Sugi-yama T, Sakayori T, Sato T : Evaluation of a dysphagia screening system based on the Mann Assessment of Swallowing Ability for use in de-pendent older adults. Geriatr Gerontol Int, 17: 561−567,2017. 2.咀嚼機能に関する生理学的研究グループ 1)オーラルフレイル早期発見のための複合センサ による口唇機能の検証 オーラルフレイルの早期発見を目指すため口腔閉 鎖力に関する新たな知見を得て,評価方法を検証す ることを目的とした本研究を立案した。日本老年歯 科医学会より口腔機能低下症の基準として7項目が あげられたが,オーラルフレイルの評価はまだ十分 ではなく,口腔機能低下症では口唇閉鎖力は評価対 象とされていない。また,これまでサルコペニアと 咀嚼機能の関連性を示す報告はあるが,口唇閉鎖力 との関連性の報告はない。 本研究では,2017年7月付けで特許が認められた 「口腔または咽頭の気圧をモニタリングする装置」 (特許第6174965)を応用した,口腔内圧,口輪筋筋 電図,口唇閉鎖圧を同時に測定できる複合センサ (図2)を用いる。これにより,大型の機器や複雑な 手順を用いなくとも,小型な複合センサを口唇にく わえるだけで,口唇閉鎖圧,口腔内圧,口輪筋活動 を同時記録可能となる。 歯科学報 Vol.119,No.1(2019) 3 ― 3 ―
⑴ 方法の概略 2018年度は口唇機能評価のために,測定機器を整 備しその手法を確立することを目的として,口唇閉 鎖および鼻呼吸可能な若年者を対象に実験を行っ た。複合センサによって口唇閉鎖圧,口輪筋筋電 図,口腔内圧を記録しながら,口輪筋の表面筋電図 も測定し,口輪筋筋電図の両者の整合性を確認し て,再現性を担保する手法を検証した。 ⑵ これまでの経過と今後の展望 複合センサでの口輪筋筋電図記録は,従来の表面 電極で記録されたものと高い相関があった。複合セ ンサによる口輪筋の筋電図記録は正確性があり,同 時に口唇閉鎖圧および口腔内圧を測定も可能であっ た。従って複合センサは,口唇機能の評価のための 有効なツールとなり得ることが示唆された。 口唇の動きに関わる口輪筋は加齢の影響を受けや すい筋線維によって構成される骨格筋であり,加齢 に伴う骨格筋の質的・量的変化は遅くとも40歳代な いし50歳代から始まることから,その年代から予防 対策を講じる必要がある。今後は40歳代,50歳代と ともに,比較群として若年者および高齢者群を対象 に調査を行う。調査には口腔内圧,口輪筋筋電図, 口唇閉鎖圧を同時に測定できる複合センサを使用し て口唇機能を測定し,サルコペニアとの関連が確認 されている既知の因子との関連性を検討する。今後 これらのデータの意義を生理学的に検証し,医学的 エビデンスに基づいたオーラルフレイルの評価シス テムの構築,さらには複合センサの実用化を目指し たいと考える。(共同研究:山田好秋) ⑶ 関連する論文
1.Yamada A, Kajii Y, Sakai S, Tsujimura T, Nakamura Y, Ariyasinghe S, Magara J, Inoue M : Effects of chewing and swallowing behavior on jaw opening reflex responses in freely feed-ing rabbits. Neurosci Lett, 2013.doi:10.1016/j. neulet.2012.12.047.
2.Hiraki K, Yamada Y, Kurose M, Ofusa W, Sugiyama T, Ishida R : Application of a barome-ter for assessment of oral functions. Donders space. J Oral Rehabil, 44:65−72,2016. 2)ラット単離細胞を用いた象牙質痛に関する生理 学的研究 象牙芽細胞は歯髄最外層に局在し,象牙細管に細 胞突起を持つ象牙質形成細胞である。一方,細胞膜 上に発現する膜タンパク質である transient recep-tor potential(TRP)チャネルにより温度,機械,浸 透圧,pH など様々な侵害刺激を受容する感覚受容 細胞であることが最近の研究で明らかになってき た。しかし,受容した刺激を中枢に伝達するための 神経との連絡機構については未だ明らかにされてい ない。私達は象牙芽細胞と歯髄支配神経である三叉 神経節細胞との連絡機構を明らかにすることを目的 とした。 ⑴ 方法の概略 生後5−9日齢のラット切歯から歯髄を,脳底か ら三叉神経節細胞を摘出して酵素処理の後にそれぞ れを培養した。実験直前に成長した象牙芽細胞の培 養皿に,三叉神経節細胞を再播種して象牙芽細胞− 三叉神経節細胞共培養系を作成した。象牙芽細胞は 電動マニュピレーターに取り付けたガラス微小管を 用いて,常に一定の力で細胞膜を伸展する機械刺激 を行った。象牙芽細胞の応答と三叉神経節神経の応 答は細胞内カルシウム濃度変化を可視化するカルシ ウムイメージング法を用いて多点同時に記録した。 三叉神経節細胞に生じる象牙芽細胞誘発性膜電流・ 電位変化は patch clamp 法を用いて記録した。 ⑵ これまでの経過と今後の展望 象牙芽細胞への機械刺激は,刺激象牙芽細胞だけ でなく非接触の周辺の象牙芽細胞と三叉神経節細胞 図2 複合センサ 口唇にくわえることで口輪筋筋電図・口唇閉 鎖力・口腔内圧が同時記録できる 山本,他:咀嚼嚥下研究の経過と展望 4 ― 4 ―
の細胞内カルシウムイオン濃度も増加させた。また 周辺細胞の細胞内カルシウムイオン濃度の増加は, 象牙芽細胞に発現する TRP チャネルのアンタゴニ スト,三叉神経節細胞に発現する ATP 受容体のア ンタゴニストによって有意に抑制された。この結果 から,象牙芽細胞は TRP チャネルを介して侵害刺 激を受容し,増加した細胞内カルシウムによって ATP を細胞外に放出して三叉神経節細胞と連絡す る機構を持つことが明らかとなった。また ATP を 受容した三叉神経節細胞には局所応答が生じ,電依 存性ナトリウムイオンチャネルの開口が誘導されて 活動電位が生じることが明らかとなった(図3)。 これまでに実施した継代培養細胞の技術や,初代 培養とそれらの組合せによる共培養系の技術を用い て,骨や筋にみられる発生のメカニズムや疾患の原 因を検討し,治療のターゲットとなる分子機構の解 明を目指す。 ⑶ 関連する論文
1.Shibukawa Y, Sato M, Kimura M, Sobhan U, Shimada M, Nishiyama A : Odontoblasts a ssen-sory receptors : transient receptor potential channels, pannexin-1, and ionotropic ATP re-ceptors mediate intercellular odontoblast-neuron signal transduction. Pflugers Arch. 467:843− 863,2015.
2.Sato M, Ogura K, Kimura M, Nishi K, Ando M, Tazaki M, Shibukawa Y : Activation of Mecha-nosensitive Transient Receptor Potential/Piezo Channels in Odontoblasts Generates Action Po-tentials in Cocultured Isolectin B4-negative Medium-sized Trigeminal Ganglion Neurons. J. Endod, 44:984−991,2018. 3.咀嚼機能を担う口腔組織の形態形成研究グ ループ 1)口蓋発生過程における anterior-posterior 軸に 沿った外側口蓋突起の形状変化 二次口蓋は,舌をはさむように位置する左右の外 側口蓋突起が舌の沈下に伴って水平方向に挙上し, やがて正中部で接着・癒合することによってその形 が出来上がる。この段階のどこかで異常が生じると 口蓋裂が発症することになり,咀嚼・嚥下機能にも 障害がでる。近年,マウスを用いた解析によって口 蓋裂の発症に対する生化学的な研究が進んでいる が,一方で組織を構成する細胞が胎仔の発生ととも にどのように形をとり,どのような挙動を示すのか は明らかになっていない。組織の形成・変形におい て細胞の個々のおよび集団のダイナミクスが重要で あることが知られつつあるが,二次口蓋形成,特に その段階のひとつである外側口蓋突起の挙上に対す る研究は遅れている。そこで本研究では,外側口蓋 突起の挙上が起きる際に,その組織形状の変化が部 位特異的にどのように生じるのかについて解析を 行った。 ⑴ 方法の概略 外側口蓋突起の挙上は anterior 側から posterior 側にかけて時差をもって順に生じることが分かって いることから,パラフィン切片に対して H-E 染色を 行い,組織形状に違いがあるのかを調べた。胎生13 日のマウスを4%PFA で24h 浸漬固定後,5μm 厚 のパラフィン切片を作製し,H-E 染色を施したの ち,外側口蓋突起の anterior 部分,middle 部分, posterior 部 分 の 顕 微 鏡 観 察 を 行 っ た。ま た,im-ageJ を用いて,外側口蓋突起の面積を計測した。 計測した領域は,外側口蓋突起先端の接線に対する 垂線とその線に直交する第一陥凹部からの垂線(先 端の接線に平行)に囲まれる領域の面積を計測した (図4E)。 ⑵ これまでの経過と今後の展望 胎 生13日 で は 外 側 口 蓋 突 起 の anterior 部 分, middle 部分,posterior 部分で形状が異なっている ことが明らかとなった(図4B−D)。外側口蓋突起 の 領 域 面 積 は anterior 部 分,middle 部
分,poste-rior 部分の順に大きくなっていた(面積は順に1.66 ×104μm2 ,4.64×104μm2 ,8.82×104μm2 )。これは 図3 象牙芽細胞機械刺激誘発性の三叉神経節細胞膜電位変 化 象牙芽細胞に対する機械刺激は,近傍にある三叉神経 節細胞に活動電位を誘発した。 歯科学報 Vol.119,No.1(2019) 5 ― 5 ―
挙上という現象の発生順と同じ傾向であることか ら,挙上には組織を構成する細胞の数や密度が深く 関係している可能性があることが示唆された。 外側口蓋突起の挙上に細胞数や密度が影響する可 能性があることから,今後は組織を構成する細胞に 対する定量的な解析を行う予定である。具体的に は,anterior-posterior 軸に沿って細胞の数や密度 を明らかにする。外側口蓋突起には将来口腔になる 部分と鼻腔になる部分があることから,それぞれで の細胞数の違いなどを解析する。また,組織の変形 には原動力としてアクチンによる収縮力が知られて いるので,免疫組織化学法を用いて,アクチンの局 在や発現量なども解析する予定である。正常な咀 嚼・嚥下機能を獲得するために重要な組織変化の過 程を明らかにしていく。 ⑶ 関連する論文
1.Nagasaka A, Shinoda T, Kawaue T, Suzuki M, Nagayama K, Matsumoto T, Ueno N, Kawaguchi A, Miyata T : Differences in the mechanical properties of the developing cerebral cortical proliferative zone between mice and ferrets at both the tissue and single-cell levels. Front Cell Dev Biol, 2016.doi.10.3389/fcell.2016.00139
2.Shinoda T, Nagasaka A, Inoue Y, Higuchi R,
Minami Y, Kato K, Suzuki M, Kondo T, Kawaue T, Saito K, Ueno N, Fukazawa Y, Nagayama M, Miura T, Adachi T, Miyata T : Elasticity-based boosting of neuroepithelial nucleokinesis via in-direct energy transfer from mother to daughter. PLoS Biol, 2018.doi.org/10.1371/journal.pbio. 2004426 2)膜性骨が関与する「筋・腱・骨複合体」の組織 構築機序の解明 運動器とは,筋,骨・軟骨といった主要組織が 腱・靭帯で強固に結びつくことによって動力機能を 得るもので,運動器の連結部である「筋−腱接合 部」ならびに「腱−骨接合部」の組織構築発生・分 化メカニズムは近年盛んに研究されている。しかし これらの研究は,軟骨内骨化にて発生する骨組織を 1つのコンポーネントとする運動器に対して行われ ており,膜性骨というコンポーネントがいかにして 腱,筋と連結して運動器を組織構築するのかという 命題に対して,十分な仮説すら提示されてこなかっ た。そこで我々は,膜性骨特有の腱,筋との組織構 築機序を明らかにする目的で研究をおこなってい る。 ⑴ 方法の概略 試料として胎生13.5∼16.5日齢の ICR マウスを 用いた。観察対象部位は主に下顎骨(膜性骨化)へ付 着する咀嚼筋,尺骨(軟骨内骨化)へ付着する上腕三 頭筋とした。胎生期の骨,腱,筋をそれぞれ in situ ハイブリダイゼーションならびに免疫組織化学的染 色により可視化し,骨,腱,筋が連結する過程を観 察した。また,輝度解析により免疫組織化学的染色 により可視化したタンパクの発現強度を定量化し た。 ⑵ これまでの経過と今後の展望 胎生13.5日の膜性骨への付着部と軟骨への付着 部において,筋 原 基 に は desmin が,腱 原 基 に は scleraxis が,腱原基と骨・軟骨の原基には Sox9が 発現しており,発生初期においては膜性骨化と軟骨 内骨化における運動器の発生に差は認められなかっ た(図5)。しかしながらその後,膜性骨における将 来の腱−骨接合部における Sox9は消失し,一方で 軟骨においては腱−骨接合部における Sox9は継続 図4 胎生13日マウス胎仔口腔の H-E 染色像 A:胎生13日マウス胎仔口腔の冠状断面像 B−D:外側口蓋突起の冠状断面像 B:anterior 部分 C:middle 部分 D:posterior 部分 E:面積計測領域の例(黒塗り部分が計測領域) スケールバーは100μm 山本,他:咀嚼嚥下研究の経過と展望 6 ― 6 ―
して発現していた。
今後は Sox9遺伝子の発現を制御した遺伝子改変 マウスを用いることで,膜性骨と軟骨における腱, 筋との組織構築機序の違いを追及していく。 ⑶ 関連する論文
1.Abe S, Rhee SK, Osonoi M, Nakamura T, Cho BH, Murakami G, Ide Y : Expression of interme-diate filaments at muscle insertions in human fe-tuses. J Anat, 217:167−173,2010.
2.Yamamoto M, Shinomiya T, Kishi A, Yamane S, Umezawa T, Ide Y, Abe S : Desmin and nerve terminal expression during embryonic develop-ment of the lateral pterygoid muscle in mice. Arch Oral Biol, 59:871−879,2014.
3.Nara M, Kitamura K, Yamamoto M, Nagakura R, Matsunaga S, Hinata N, Abe S : The develop-mental mechanism of muscle-tendon-bone com-plex in fetal soft palate. Arch Oral Biol, 82:71− 78,2017.
4.Yamamoto M, Abe S : Developmental mecha-nism of the muscle-tendon-bone complex(Invited Review). Anatomical Science International,94, 2019(in press) 4.インプラントと顎関節症に関する研究グループ 1)インプラント周囲軟組織の特異的発現遺伝子の 解明 インプラント体の口腔粘膜の貫通によって形成さ れるインプラント周囲組織は,天然歯と比較して生 体防御機構が劣ることから,炎症の起点となること が知られている。インプラント治療が広く認知され 普及されたとともに,患者の高齢化に伴う在宅患者 が増加してきていることから十分なメインテンスが 行えないことから,インプラント周囲炎の発症が問 題となっている。そこで我々は,インプラント周囲 軟組織に特異的に発現増加・減少している遺伝子を 同定し,これを調整することが「インプラント周囲 炎」の予防に繋がることに着目した。本研究では, 網羅的遺伝子発現解析によりインプラント周囲軟組 織において特異的に発現変化する遺伝子を同定する こととした。 ⑴ 方法の概略 インプラント実験動物(ラット)モデルを作成し, レーザーマイクロダイゼクション法にて顕微鏡レベ ルでインプラント周囲上皮の組織採取を行なった (図6)。天然歯の歯周組織と比較したインプラント 周囲組織における特異的に発現変化する遺伝子群を 図5 発生初期における筋−腱−骨複合体の組織構築 発生初期においては desmin+ の筋原基(パネル A)と Sox9+ 腱−骨原基(パネ ル D)が接しており,この発現傾向は軟骨内骨化と膜整骨化ともに共通してい た。 歯科学報 Vol.119,No.1(2019) 7 ― 7 ―
マイクロアレイ法にて同定した。同定された遺伝子 は,定量的 RTPCR 法,免疫組織化学染色法を用 いて発現量と局在を確認した。 ⑵ これまでの経過と今後の展望 インプラント周囲組 織 で 発 現 変 化 し た 遺 伝 子 (fold 値≧2)が1000個以上認められた。発現増加し た遺伝子が712個,減少した遺伝子が567個であっ た。これらの遺伝子群から,抗菌タンパク(Lpo), 好中球の機能調整するPla2g2a などが,インプラン ト周囲上皮に特異的に発現していることが明らかと なった。今後は,これらの遺伝子の発現調整を可能 とする薬物を同定し,インプラント周囲軟組織の防 御機構を向上させる方法を確立することで,インプ ラント周囲炎を予防し咀嚼嚥下機能を維持していき たいと考えている。 ⑶ 関連する論文
1.Makabe Y, Sasaki H, Mori G, Sekine H, Yoshi-nari M, Yajima Y : Comparison of gene expres-sion in peri-implant soft tissue and oral mucosal tissue by microarray analysis. Int J Oral Maxillo-fac Implants, 30:946−952,2015.
2.Mori G, Sasaki H, Makabe Y, Yoshinari M, Yajima Y : The genes Scgb1a1, Lpo and Gbp 2 characteristically expressed in peri-implant epithelium of rats. Clin Oral Implants Res, 27: 190−198,2016. 2)変形性顎関節症モデルマウスの作出と解析 顎関節症を発症した症例は,患部の疼痛,関節雑 音,関連痛などの症状を惹起し,咀嚼・嚥下機能へ も大きな影響を与える。日本顎関節学会のデータに よると,顎関節痛を自覚する患者の数は20代前半を ピークに年代とともに減少するものの,85歳からま た大きく増加する(日本顎関節学会 HP 掲載)。また 機能に対する影響だけでなく,器質的な変化を生じ ることもあり,その際は下顎の左右対称性が失わ れ,機能時にきわめて不安定な運動様相を呈する。 これまで顎関節症の治療法を見い出すために,脳科 学や咬合学,さらには顎関節症罹患時における下顎 頭・関節円板などの形態学的観察から顎関節症の発 症メカニズムの解明が試みられてきたが,未だその 詳細は明らかにされていない。その理由を我々は顎 関節における骨の器質的変化を起点とし,連動して 生じる外側翼突筋付着部の病態に伴う形態変化につ いて未解決な点が多く残されているからであると考 えている。 ⑴ 方法の概略 顎関節症の一つの型である変形性顎関節症(TMJ-OA)の病態解明のため,マウス関節円板を部分的 に除去し変形性顎関節症モデルマウス(OA マウス) を作出し(図7),研究に用いる事を計画している。 図6 レーザーマイクロダイセクション法による組織採取 図7 変形性顎関節症モデルマウスの作出により⑴腱・筋膜 の断裂・肥厚,⑵筋細胞膜の変性,⑶下顎頭前半部の平 坦化と軟骨層の肥厚,⑷滑膜組織の変性が観察可能とな る。 LPM:外側翼突筋 CH:下顎頭 山本,他:咀嚼嚥下研究の経過と展望 8 ― 8 ―
⑵ これまでの経過と今後の展望 これまでの予備実験で関節円板切除後,その力学 的負荷の増大から下顎頭軟骨層直下に経時的にプロ テオグリカンの発現を増加させ,一定期間は下顎頭 の外形に変化はないものの,関節円板切除後数週間 経過後から持続的な軟骨層の破壊が開始され,次の 段階として外側翼突筋停止部筋束付近において,筋 線維の壊死・筋膜や腱の断裂・肥厚がみられること を確認してきた。また軟骨層の破壊が始まる時期 に,軟骨創傷の治癒過程に関与することが報告され ている NG2プロテオグリカン(NG2)が,細胞周 囲から細胞内へ位置を変化させていることを見い出 している(Yotsuya Met al. Scientific Reports, 2019. in press)。さらに NG2が病態の進行とともに細胞 質内で発現部位を変えている可能性もある事から, 膜結合型 NG2が切断され細胞内に取り込まれるタ イミングが軟骨層破壊の起点であると考えられた。 よって TMJ-OA 進展において起こる NG2の内在 化は,下顎頭関節軟骨の初期退行性変化におけるシ グナル制御に関与する可能性を示唆している。我々 は骨破壊から周囲軟組織の器質的変化へ連動して波 及する現象において,NG2を細胞内に取り込むエ ンドサイトーシスの現象が TMJ-OA の初期破壊の 起点であり,OA マウスにみられる器質的障害の波 及が開始される指標となると考え,その起点から続 く周囲軟組織破壊のメカニズムを明らかにする事を 計画している。 ⑶ 関連する論文
1.Yotsuya M, Bertagna AE, Hasan N, Bicknell S, Sato T, Reed DA : Neuron/Glial Antigen 2-type Ⅵ collagen interaction during murine tem-poromandibular joint osteoarthritis. Scientific Reports, 2019.DOI:10.1038/s4159801837028 1 本研究は「文部科学省私立大学ブランディング事業」の助 成を受けたものです。 著者の利益相反:開示すべき利益相反はない。 歯科学報 Vol.119,No.1(2019) 9 ― 9 ―