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複数源泉・複数方向の説得状況における態度変容プロセスの解明

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Academic year: 2021

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複数源泉・複数方向の説得状況における態度変容プ

ロセスの解明

著者

中村 早希

(2)

- 1 -

論 文 内 容 の 要 旨

 われわれは,選挙で複数の候補者から「是非私に一票を」と投票を促されるように,複数の発信源(源泉) から,それぞれ異なる方向の説得的メッセージを受け取ることがある。本論文は,この状況を「複数源泉・ 複数方向の説得状況」と呼び,そのプロセスを実験社会心理学的に解明することを試みた研究をまとめたも のである。  本論文は4部構成である。以下,順を追ってそれぞれの内容について説明する。  第 I 部では,本研究の理論的背景となる,社会心理学における説得的コミュニケーション研究の定義や方 法論が紹介され,複数源泉・複数方向の説得状況に関する動向と問題点がレビューされている。説得による 態度変容プロセスモデルの1つにヒューリスティック - システマティックモデル(HSM)がある。これは, 態度変容プロセスを,ヒューリスティクスを用いた迅速で簡便な処理(ヒューリスティック処理)と,包括 的で分析的な処理(システマティック処理)の2つのパターンに区別して説明するものである。しかし,説 得研究の標準的なパラダイムは,一つの源泉からある方向への説得,すなわち,単一源泉・単一方向の説得 状況が設定されており,複数源泉・複数方向の説得状況にはあまり関心が向けられなかった。それゆえ,こ の状況における基盤理論として HSM が適用可能かどうかは十分に確認されていない。こうした問題点をふ まえて,複数源泉・複数方向の説得状況の態度変容プロセスを,HSM を基盤理論として説明できるかどう かを検証する,という本研究の目的が設定されている。  第Ⅱ部では,複数源泉・複数方向の説得の唱導方向が対立しないパターン(例えば「A と B のどちらが より良いか」)に注目した2つの実験が報告されている。いずれも参加者の居住地における首長選挙を題材 とし,地元出身候補(内集団成員)と落下傘候補(外集団成員)の2名の政策を説得的メッセージとして提 示するものであった。実験の結果,このパターンの複数源泉・複数方向の説得状況の態度変容プロセスは, HSM を基盤理論として説明できることが示された。  第Ⅲ部では,複数源泉・複数方向の説得の唱導方向が対立するパターン(例えば「A について賛成ですか, 反対ですか」)に注目した2つの実験が報告されている。実験3は参加者の大学の制度変更を題材とし,同 じ大学の学生(内集団成員)と他大学の学生(外集団成員)の2名の意見文を説得的メッセージとして提示 するものであった。実験4は公営施設の跡地へのカジノを含む統合型リゾートの建設を題材と,カジノに詳 しい経済学者(専門家)と会社員(非専門家)の2名の意見文を説得的メッセージとして提示するものであっ 氏 名 学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目 論 文 審 査 委 員 (主査) (副査)

中 村 早 希

複数源泉・複数方向の説得状況における態度変容プロセスの解明

博 士(心理学)

甲文第197号(文部科学省への報告番号甲第710号)

学位規則第4条第1項該当

2020年2月28日

小 川 洋 和

成 田 健 一

教 授 教 授

伊 藤 君 男

(東海学園大学心理学部心理学科教授)

三 浦 麻 子

(大阪大学大学院人間科学研究科教授)

(3)

- 2 - た。実験の結果,このパターンの複数源泉・複数方向の説得状況の態度変容プロセスは,HSM を基盤理論 として説明することができないことが示された。  第Ⅳ部では,以上4つの実験結果を踏まえた,結果の解釈と今後の展望が述べられている。唱導方向が対 立するパターンで予測が支持されなかったことに対する解釈としては,HSM が仮定するような2つの異な るプロセスが基盤として存在するものの,説得的メッセージを提示するまでの事前態度の形成・意識しやす さが異なることや,中点(中立)の解釈が異なることの影響が実験操作による影響を上回り,態度変容を生 じにくくさせていた可能性が示されている。最後に,複数源泉・複数方向の説得状況における態度変容の解 明に向けて,HSM を発展させる形で,「複数の説得の同時考慮」と「説得の順序」といった,複数源泉・複 数方向の説得状況の特徴を組み込んでいくことの必要性を示して,論文は結ばれている。

論 文 審 査 結 果 の 要 旨

 本論文の審査にあたり,2020年1月27日に公開発表会が行われ,申請者の研究内容に関して活発な質疑応 答が交わされた。さらに,翌日の1月28日には,主査,副査(本学成田健一教授,大阪大学大学院人間科学 研究科 三浦麻子教授,東海学園大学心理学部 伊藤君男教授)による口頭試問が行われた。以下,それらの 経緯をふまえた上で,本研究の優れた点と今後のさらなる努力を期待したい点について述べる。  本論文の優れた点は,3つある。まず1つは,この研究が,申請者自身が地方首長選挙で選挙運動に関わっ た経験をふまえて着想されたものであることである。実際にその状況に身を置いたことによって,選挙運動 という状況が典型的な説得的コミュニケーション場面でありながら,従来の研究でほとんど注目されてこな かった「複数源泉・複数方向の説得状況」という文脈を有していることへの気づきにつながった。現場から 得たリサーチクエスチョンを実証的な研究パラダイムに載せることに成功した点で,まさに社会心理学の真 骨頂といえる研究である。  次に,先行研究のレビューが非常に丹念になされていることである。まるで盲点のように,これまでの説 得的コミュニケーション研究で扱われずにいた「複数源泉・複数方向の説得状況」を研究対象とするにあた り,申請者は先行研究で提唱された態度変容プロセスに関する理論に依拠して,それで説明できる点とでき ない点の峻別を図るという方針をとった。当該理論に関する先行研究をほぼ網羅的に読み込んだ上で構築さ れたレビューの主たる部分は,日本の心理学界における唯一のレビュー専門雑誌『心理学評論』に原著論文 として採択されている。  さらに,「複数源泉・複数方向の説得状況」を従来理論でどこまで説明できるかを検証するに際して,巧 みに実験系を構築して,地道かつ着実に実証実験を積み重ねたことも高く評価できる。第Ⅱ部の内容は,和 文誌ではあるが採択率が30%程度と難関の『社会心理学研究』に原著論文として掲載されるに至っており, その質の高さは関連領域の研究者からも高く評価されている。  一方で,いくつかの問題も残されている。もっとも大きな問題は,第Ⅲ部で報告された,唱導方向が対応 するパターンの説得状況について,従来の理論で説明できないことが示されたのみで,代替理論の提案が行 われるに至っていない点である。その意味において,本論文は「複数源泉・複数方向の説得状況」の研究と しては未だ発展途上の段階にある。また,単一源泉の場合と複数源泉の場合を直接比較検討することも必要 であろう。申請者の今後の一層の研鑽に期待したい。  実験における独立変数の操作については,手がかりの操作の際に与えられる情報量よりも論拠の強弱の操 作の際に与えられる情報量の方が多かったために,論拠の操作の効果が必然的に大きくなったのではないか との指摘がなされた。従属変数の測定指標に関しても,検討すべき余地が残されている。説得的コミュニケー ション研究における典型的な従属変数は被説得者の態度変容の程度であるが,本研究ではそれを意識的かつ

(4)

- 3 - 認知的成分の測定によって行っている。「態度」がどのような成分によって構成されているかは,社会心理 学において長年議論の的であり続けているが,それらを踏まえた上で,より的確な指標を検討する余地は大 いにあると考えられる。また,実験条件の設定によって説得メッセージがヒューリスティック処理とシステ マティック処理のいずれによって扱われるかを操作しているとするが,それが実際に成功しているかどうか について,現段階では実証的な裏付けがない点についても疑問が呈された。  さらに,前述のとおり,そもそも本研究は申請者の現場での体験に根ざしたものであるが,本論文で報告 された実験の方法論や実験系は,先行研究に従っているという意味で説得的コミュニケーション研究のデ ファクトスタンダードに則っている一方で,現実場面とは乖離している点は否めない。本研究で得られた結 果が一般的な説得場面にどの程度適用可能なのかを,より高い視点から考察し,議論を深めることの必要性 が指摘された。  このように,現時点ではいくつか未解決,あるいは詰めの甘い点が残されているものの,総じて誠実かつ 緻密な研究蓄積が的確に記述されている点と,今後の研究の発展およびその成果の社会貢献も大いに期待で きるという点から,審査者一同は一致して本論文は博士学位を授与するに値すると判断するものである。

参照

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