原発避難--分断とシステム強化の狭間で (特集 生
態危機とサステイナビリティ -- フィールドからの
アプローチ)
著者
山下 祐介
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
214
ページ
33-36
発行年
2013-07
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003675
一.原発避難問題の難しさ
東日本大震災・福島第一原発事 故の発生から三年目に入った。 世界に誇る経済大国・技術立国 であったはずの日本が、どうして このような事故を引き起こしたの か。それどころか、事故後の展開 をみていると、この国はますます 泥沼に入り、そのぬかるみから逃 れ出ることができないようだ。そ してこの混迷は、事故前から用意 さ れ て い た も の の よ う に も み え る 。 事故現場にいまも入ることがで きない以上、我々はあの場所で一 体何が起きたのかをいまだに知る ことはできない。原発避難者たち は全国各地に散り、多くは隠れた まま、避難の実態は十分に検証さ れずにいる。にもかかわらず、事 故処理としての避難者対策は、こ の一年、急速に展開してきた。 原発事故の問題を考える場合、 この問題が突然発生した非常事態 のなかできわめて複雑にできてい る こ と、 そ れ 故 に、 ち ょ っ と や そっとでは理解できないような、 奇怪なことがしばしば生じている ことに注意する必要がある。 原発事故問題の特徴として、ま ず は そ の 範 囲 が 非 常 に 広 域 で あ り、第一原発から二〇キロ圏内を 中心にコミュニティ丸ごと、自治 体丸ごとの避難が数多く現出した ことがあげられる。加えて、放射 線リスクの問題が、従来の公害と は全く異なる新たな様相をもたら している点にも注意したい。今回 撒き散らされた放射性物質が何か 明瞭に身体に影響を及ぼしている というわけではない。しかし、す でに生じた被曝がこの先どんな形 で健康被害に結びつくか分からな いし、今後も低線量被爆を続けて いれば、それが何をもたらすかは 未知数である。しかし、その影響 はきわめて低いともされており、 逆にいえば何らかの形で被害が出 た場合に、その因果関係が認めら れにくい環境ができあがっている ともいえる。 そ し て 何 よ り、 こ の 事 故 が 直 接、 ナ シ ョ ナ ル な レ ベ ル に つ な がっていることが重要だ。原子力 災害のゆくえは、国家財政を揺る がし、国際経済のなかの日本の地 位を危うくし、国際政治や軍事に も関わり、かつ地球環境問題でも ある。こうしたことから、重大な 人権侵害とも呼べる事態が進行中 であるにもかかわらず、避難者を めぐる問題は、日本社会のなかで 脱原発やエネルギー問題ほどには 大きな比重を占めずにきた。 筆者は、この東日本大震災・福 島 第 一 原 発 事 故 を、 「 広 域 シ ス テ ム災害」という形で表現するのが 適切ではないかと考えている(拙 著『 東 北 発 の 震 災 論 』 ち く ま 新 書、 二 〇 一 三 年 参 照 )。 日 本 社 会 は、いまやひとつの大きなシステ ムである。そのシステムがあの巨 大地震と津波で大きく壊れた。な かでも福島第一原子力発電所事故 は、このプラントが東北にありな がら、首都圏の電力を供給するた めのものであり、その影響が広範 囲に及んだ点で広域システム災害 としての特徴をよくあらわしてい る。 広域システム災害では、小さな 仕組みで構成される近代以前の社 会に生じていた災害とは違って、 事態が高度に複雑に展開する。多 様かつ多数のコミュニティが被害 を受け、広域で長期の避難を強い られ、そこに科学や支援や公共事 業 や メ デ ィ ア が 折 り 重 な り 合 っ て、事態は混迷していく。あまり に複雑な状況のなかで、福島第一 原発事故についてそのすべてを見 通 し て い る と こ ろ は ど こ に も な い。だが、重要なのは次の点にあ る。誰も事態を見通せていないの にもかかわらず、システムによる 事後対応はある方向へと流れてゆ き、非常に単純化された図式で対 策が構成されてもいく。しかもそ山
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生態危機とサステイナビリティ
― フィールドからのアプローチ ―
の対策は、事態を解決する方法と してはきわめて不十分であり、そ れ ど こ ろ か そ れ が 進 め ば 進 む ほ ど、人々の生活や社会がますます 持続不可能になる類のもののよう だ。次に、今展開している原発避 難政策の方向性について確認して おきたい。
二.
分断とシステム強化の中
の帰還政策
原発事故から三年。この時点で 避難者たちの間に起きていること をまとめるなら、大きく次の二点 が重要である。 第一に、人々はきわめて多様で 複雑な分断のなかにいる。原発避 難は県境を越えて、四七都道府県 す べ て に 広 が っ た。 こ の こ と に よって、大量の避難者はとりあえ ず の 落 ち 着 き 先 を 確 保 し て い る が、県内に残った避難者と県外に 出てしまった避難者の間には、大 き な 裂 け 目 が 生 じ て い る。 さ ら に、非常に強いストレス状況のな かで、避難者たちの不満のはけ口 は行政職員にむけられ、自治体と 住 民 の 間 に も 大 き な 亀 裂 が 生 じ た。福島県内で大量の避難者を抱 えた自治体では、長期化する避難 のなかで避難者に対するいやがら せ等も生じており、また避難自治 体間の利害も対立して、福島県内 にも多数の断層が生じている。そ して県外では、避難指示区域から の強制避難者に対し、生活補償の ない自主避難者が交錯し、かつそ うした避難の現場では、脱原発運 動までもが干渉して、人々の間に 多重の溝が生じてしまった。 第二に、こうした分断のなかに あるにもかかわらず(そしてこの 分断が、システムが壊れたことに 起 因 す る の に も か か わ ら ず )、 人々が向き合っているシステムは 事故後も変わらず存続し、むしろ 事故前よりも強化されつつある。 人々は、地震・津波によるシステ ムの崩壊により、無力なままバラ バラに投げ出されたが、引き裂か れた人々は以前にましてシステム に依存するしかなくなってしまっ た。これまでであれば、農林畜産 業や漁業をはじめ、多くの自営的 な活動で暮らしを成り立たせてい けたものが、すべてが崩壊して、 システムによる援助や支援なしに は生活が成り立たない事態に陥っ ている。 人 々 の 分 断 と シ ス テ ム の 再 強 化。人々は引き裂かれ、事故後に ますます巨大化するシステムへの 吸収を余儀なくされていく。その なかで、人々を救うために進めら れるはずの事故対応までもが、も はやシステムの文脈に持ち込まれ てしまったようだ。生活再建は賠 償に、地域再生は除染に置き換え られ、当事者に寄り添い、事態に 即した幅広い対応は実現できない 状況が生まれている。健康被害も 出ないか、受忍程度のものとされ ているので、避難者たちがもっと も 気 に し て い る 心 身 の 健 康 問 題 ( と く に 子 ど も た ち ) さ え ほ と ん ど手つかずのままにある。そして いよいよ三年目に入り、原発避難 者対策は、それまでの危険=避難 を前提にした対策から、安全=帰 還に向かうべきものへと転換をと げてしまった(とくに二〇一二年 度末に行われた、警戒区域の解除 と 避 難 指 示 区 域 の 再 編 成 )。 産 業・雇用対策も始まったが、原地 帰還のためだけのものとなってい る。こうして復興も生活再建もな ぜか「帰還」と同義に解され、そ れ以外の選択を行う場合はいった んすべてをカネで清算という形に なっていきそうだ(拙稿「原発避 難 問 題 の 忘 却 は 何 を も た ら す の か 」 『世界』二〇一三年四月号参照) 。 なぜこうした帰還政策のみしか ないような事態が生まれているの だろうか。むろん当初は多くの人 が「戻りたい」 「いつ戻れるんだ」 と叫び、また今でも目にみえると ころでそうした声が聞かれるのは 事実である。しかしまた多くの人 は、原地が「すぐには帰れない場 所だ」ということも知っている。 だが「帰れない」をことさら強調 すれば、いつか帰るべき場所を永 遠 に 失 う こ と に も つ な が り か ね ず、ふるさとの再生を願う人々に とっては、声高に「帰れない」を 叫べない事情もある。こうして一 方的に「帰りたい」だけが一人歩 きし、場合によっては都合よく利 用されて、帰還一辺倒の政策が構 築されてしまったようだ。複雑な 状況のなかで、いつの間にか何か が一方向へと集中して流れ込んで しまい、気がつけば、そこにのみ すべてが動員されるようになって しまった。 ところでこのように、うまくい くはずのない帰還政策が他を除外 しながら決定されていった背景に は、 日 本 社 会 に 暮 ら す 者 全 体 に と っ て の ポ ス ト 3・ 11後 の 心 性 を、十分に解明しておく必要があ り そ う だ。 こ の 二 年、 「 復 興 が 遅 い」とよくいわれてきたが、事故収 束 さ え 見 通 し の つ か な い な か で、事態が遅いのは当然でさえあ る。何が我々を追い立てているの か。次にこの点を考えてみよう。
三.
国民的集合ストレス状況と しての福島第一原発事故 社会学には、災害を集合ストレ ス状況としてとらえようという古 い 伝 統 が あ る。 「 集 合 ス ト レ ス 」 という言葉を利用するなら、福島 第一原発事故は、事故後、長期に わたって国民全体に強い集合スト レス状況を生み出している点が特 徴的だ。原発事故は、東日本を中 心に大量の放射性物質を撒き散ら したが、ただ放射性物質が広範囲 に広がったというにとどまらず、 この見えない毒性をもった物質が 全国民に強い心的社会的ストレス を与えつづけていることに注意し た い。 な か で も 福 島 県 内 の 状 態 は、これまでにみたことのない強 いストレス状況を示しており、こ のことを理解しなければ被害の実 像は見えてこないだろう。 今回の放射能被害は、政府対応 メ ニ ュ ー の ひ と つ で あ る「 リ ス ク・コミュニケーション」等とい う技術的操作で取り除けるような ものでは決してない。ここには自 然災害などと違って明白に人災の 要素が絡んでおり、加害主体と被 害者が存在する。しかも、にもか かわらず、それが不明確なままに 事態が進行するので、大量の憎し みや不安、虚偽や言い逃れがいつ までも解消されることなくうごめ いてきた。近代以前であれば関係 者の処分から潔く事故の処理は始 まるのだろうが、近代広域システ ム災害では誰が責任者なのか不明 確なまま、事態は曖昧に進んでい く。 そ れ ど こ ろ か 逆 に、 「 原 発 立 地 自 治 体 に も 責 任 は あ る 」「 今 ま で 利 益 を え て き た は ず だ 」「 賠 償 をもらって良い思いをしている」 などと、被害者自身に問題がある か の よ う な 言 説 が 浮 か び 上 が り ( こ こ に は 因 果 応 報 的 な ア ジ ア 的 文 化 パ タ ー ン も 見 え 隠 れ す る )、 加えてまた、みな平等に、みな公 平にという、近代性も奇妙な形で 入り込んで、複雑な社会文化的な 負の連鎖作用が折り重なってあら われている。むろん、人々の間に は 助 け 合 い や 絆 も 再 発 見 さ れ る が、他方で明確な形での差別や言 いがかりも生じており、人と人と の間に様々な裂け目が現出してい る。こうした強いストレス状況に 直面して、国民全体のうちに事態 を早く終わらせて欲しいという苛 立ちが次第に募ってゆき、本来時 間がかかって当然であるはずの復 興が、その「遅い」ことが(一方 的な被災者への同情と相まって) 問題視されるようになったと考え られる。 このように、原発事故と放射性 物質の大量拡散という事実がもた らすこの強い集合ストレスが、い かに深く広く我々の社会文化的状 況に影響しているかを、十分に理 解しておく必要がある。集合スト レスは人々の間に裂け目を生み、 強い圧力によってそれを次第に大 きな溝にしていく。その溝には上 から次々と、恨みや憎しみ、不安 や不満が大水のように流れ込んで き て 傷 口 を 大 き く 深 く 広 げ て い く。これらの負の作用を解消する には、このストレスを生み出した 原因に遡る必要があるが、事態の 全体像がみえないまま、個々のア クターの作用は低い方へ低い方へ と負のエネルギーを流しこみ、知 らず知らずのうちに事態を悪化さ せてきた。福島県内の避難者は県 外避難者に、住民は身近な役場職 員たちに、そして、避難者を受け 入れる地域の住民は目にみえる避 難者たちにといったように、それ ぞれストレスのはけ口が求められ ていく。 こうして、避難者たちと直面す る人々の(おそらく本心から発せ ら れ た も の で は な い )「 は や く 帰 れ 」 と い う 声 と、 「 こ ん な 状 況 で あれば、もはや避難を続けたくは な い 」「 は や く 帰 り た い 」 と い う 避難者たちの致し方のない訴えと が交錯したところに、帰還政策が 強く推進されてしまうメカニズム がありそうだ。また、ここには福 島県外の人々が作る国民世論も深 く関係し、事態に直接関係ないと 思っている我々自身が、この「帰 還のみ政策」を急がせてきた張本 人だともいえそうだ。 広域システム災害は、その強い 集合ストレスによって、システム を動かす社会の心性をあらぬ方向 へと集中化させ、システムを一定 の決定へと急速に導いていく、そ うした作用をともなうものでもあ るようだ。むろん、その決定がみ なの幸せにつながるものならばよ い。 だ が そ れ は 事 態 の 全 体 を み ず、熟慮もないままに、ただ強い 圧力に押し出されてなされたもの にすぎず、避難者たち自身にとっ ても、また避難者たちを受け止め る社会にとっても、さらにはこの原発避難
― 分断とシステム強化の狭間で ―政策を立案し実行する人々にとっ ても、望ましくはない決断へと駆 り立てていくもののようだ。