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稲の増産にハチミツ ―明治前期の試験顛末―

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HoneybeeScience(1994)

稲 の増産 に- チ ミツ

明治前期 の試験顛末

明治 8年,今か ら 120年程前の日本で,稲を 増産するためにハチ ミツを使 うことが, ブーム になったという.あまり聞いたことがない内容 なので,その顛末をまとめてみることに した. この事を知 る発端 は,昨春,農水省内の図書 館で見た 「農務顛末」第5巻である. これには明治前期の農務関係事項が集録 され ているので,期待 して 「蜜蜂編」のページを繰 ってみた ら,白紙一枚に 『不明』の文字で片付 けられて資料 はなか った. しか し

,

「内藤新宿試験場」の活動内容が目に ついた. ここは現在,新宿御苑の場所だが,明 治 12年 までは内務省管轄 の試験場があった場 所である.その事例の中に,津田仙 なる人物が サンフラン/スコ 東京府知事 に宛てた文書 があり,桑 港 蜂蜜を 使 って稲の増産をめざ した試験内容の報告書で あった. どのように して稲の増産 に-チ ミツを使用 し たのか,明治初期にタイムス リップ してみるこ とに しよう.

津 田仙 と媒助 法 津田は東京 ・麻布 に農園を開 き, 1876年, 学農社を開校 し, 1万部を超える 『農業雑誌』 を発行.当時, 日本全国の新 しい農業に関心の ある者を魅了 させた人物で,千葉県佐倉の出身 である.一般的には津田塾大学の創設者,津田 梅子の父親である事の方がわか りがよい. さて,津田は明治6年,オース トラ リアの首 都 ウィーンで開催 された万国博で,農具庭園植 物主任兼審査官を務めるため渡航 し,有名な農 学者, ホーイブレー ンク氏の家に寄寓 し,氏の 故Bg,オランダの三大農法を身につけた.

原 道徳

三大農法 とは,次の如 き農法である. 1. 気筒法 側面 に小孔 をあけた素焼 の筒 を土 中 に埋 め て,外気 と通 じるロを開けてお く方法で, 日本 では焼物のかわ りに筒を使 ったりしている. エン 2. 億曲法 (樹枝偲曲法) 枝を曲げて, うつぶせにす る蔽 っまり,木 の枝 を 自然 のままにせず,適当 に下方 へ曲げ て,花や実を多 くつけさせる方法. ブ ドウ,秦 などに利用 し,麦踏み もこれにあたる. カカ 3. 媒助法 (禾花媒助法) (禾)は 「カ」 と読み,木の上 にノがあるので 「ノギ」とも言 う.辞典 によると,禾 は穀物の穂 の垂れている形で,イネ,穀物総称 とある. だか ら禾花媒助法 とは,稲花のメシベの交配 を人工的に助 けて結実を豊富にさせる方法. この三つの方法の中で,津田は特に禾花媒助 法に力を入れて普及につとめた.

津 田縄 ブー ム とその反 響 津田は, さまざまな新 しい技術,農機具等を 発明 したが,特に力を入れたのが 「津田縄」で ある.羊毛糸の縄で花粉媒助をすすめる方法を 稲 にあてはめた. まず, 筆の軸 ぐらいの太 さがある長 さ 10間 (約18m)の麻縄を用意す る. この縄に羊毛の フサ約5寸 (15cm) を一面 に垂 らしてスダレ を作 る. これに-チ ミツを手で軽 くぬりつけて ゆ く. ここがポイン トである.そ して縄の中央 部 と両端 を3人で保持 して稲 の茎の上部 を軽 くゆり動か しなが ら進んで行 くだけでよい. そ うす ると, メシベとオ ンベが結合 してよ く結実 するというのが媒助法の根本原理である.

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羊の毛で作 ったノレン状 のスダレに,-チ ミ ツを軽 くぬ りつけるだけ,そんな手軽 さなのに 効果莫大の うたい文句が評判 となり, 日本中に 多 くのファンが生れた. この縄 は明治 7年当時,津悶縄 (羊毛製) と 称 され, 18m の縄が定価 5円という高価な も のだ った. それ に塗 る- チ ミツは (米 国, サ ン フ ラ ンシスコ 桑 港産) と熊野蜜を使用 し,値段 は3銭. 1本 5円の津田縄 と他の物価を比較 してみる と, 明治10年, 東京での標準 白米 10kgの小 売価格が51銭の時代である. それで も差引残 の利益が多いとの評判で売れた らしい. 千葉県では争 って津田縄 を求めたため,売切 れるほどだったが,他県か らも,勧業寮へ津田 縄購入代金拝借申込みが相次いでいる. その中か ら内容 に特色 のあ る次の 4県を取 上 げてみる. 1. 新川県 (現 ・富山県) 「明治 8年 8月5日か ら 12日まで,富山県 新川郡清水村で早稲に媒助法を実施 しま した. 一筆の田を図1の如 く,甲 ・乙 ・丙 ・丁 に 4分 割 し,一筆内で も生殖の差が同 じでありません か ら, 甲 と丙 には媒助 を施 し,初蝶 は8月 5 日,再蝶 は 9日,3回目は 12日で した.乙 ・丁 は旧式です.各-坪の稲を刈 り,8月 30日,甲 と丙を合 し,乙 と丁 とを合 して乾燥 ・モ ミガラ

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を取除 き精密に量を計 り,各々之を折半 して-坪の収穫 として媒助 と旧式 を比較 したのが表 1 の如 く差を生 じま した

.

2.福島県 「当県下で耕転 しているのは旧習慣を固守 し て,他 に良法がありまして も,あえて考えるこ ともせず,いたず らに労力を費やす ものがす く な くあ りません。 --稲媒助法の実験 をみ る と,利益が多 く実 に必要な道具 と思います. 県下で も実施 したいのですが,旧式を固守す る民風があります, そこでまず創業 は官の力が ないとむづか しいので, 県下15区に 1区 2組 宛,渡 して試験 したいので,器機の代価をお下 げ渡 しください.

3.長野県 「県が提出 した媒助法収益見積 り計算表 は次 の通 りです. 1日に 3反歩実施すると して,(9人足3人, 賃金 37銭 5厘,(参ハチ ミツ3合, 17践 5厘, 合計55銭也. 1反歩実施す るのに, 17銭 3厘が必要 との 試算 になります.

4.島根県 媒助縄,3組拝借の申込みを しているが,他 県 とす こし違 う特異な実験内容が面白い. 出雲郡下直江村,農業,江角善助が,独 自の 平 均 器 舵 割 九 要 望 芸 一 坪 二 什 舛 H = 三 十 六 拙 剛 駄 目 智 舛 九

lt勺 六 才 田 首 入 れ・ t匁 五 分 管 外 六 < = 弐 勺 E ! 府 〇

匁 図1 富山県での試験 甲 ・乙試験場での-坪刈りの分割状況と試験結果比較表

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方法で実施 した比較表を添付 している (表2参 輿). 江角氏は,稲 ワラの切株で注連縄のようなも のを作 り, それに長 さ24-5cm間隔に, 小 さ な土塊を麻糸の先にぶ ら下 げて,稲穂の上をゆ りうごか しなが ら進む作業である. これは適切 な試験ではないが, 明治8年9月か ら13日ま で出雲郡下直江村で実施 し,10月30日に収穫 秤量を した数量である. 「第 1試験場では餅稲 に5日間, 第 2試験場 では同稲に3日間,第3試験場では晩稲花盛 り す ぎに2日間施行 して,媒助益をあげました.

そ して次の意見を述べている. 「ただの菜で作 った ものでさえ もこのよ うで すか ら,津田縄 と唱する器械を以てすれば,大 層な利益 と相成 りま しょうか

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」と,試験人,江 角善助,立会人3名 の名前 を記 した内容 であ る. Ⅲ 稲 の媒 助 法 実験依 頼 明治9年 7月 27日, 津田は東京府知事 に次 の書面を提出する. 「私 はかつて,博覧会に赴任 した時,蘭人, ホ ーイブレー ンク氏か ら習 った農業技術の中に, 禾花媒助法があ りま した.幸いにも多 くの有志 者が最 も広 く採用す るところとなり,ようや く 国民全般にひろがろうとしています. その折に或 る県では経験 を得た上で施行すべ きだと県内にすすめている所 もあります.又, 或 る所で は之 を阻止 す るところ もあるよ うで す. 国の産業を興 して一国を富強増産 させること は政府の職分であり,国民 の義務です.利益が あって,害がないならば,必ず実施すべ きであ ります.害があって,利がないものは断然,之 を禁止 しなければなりません. そ もそも,媒助法は利益が未だ判然 とした も のがないと言 うけれども,各府県下か ら私共の 方 まで送 られて くる諸結果 によります と,十中 九までは利益があります.然 し, この方法が果 して無益であるな らば,すすめるべき理由はあ りません. 願わ くば,政府において諸府県の中の然 るべ き所の5-6ヶ所を実験地 として設立 し, 速や かに今秋の稲花で精細に, この方法で試験 して いただきたい.そ して,その得失の有無を判決 し,その結果で もって,断然,公布 していただ き,我が国の農家を して, いたず らに信疑の間 に立たせないようお願 い致 します. 尤 も,試験の節 は,その試験場へ,私又は同 社の者を立会わせることをお願 い します. この ことを内務省へ もよろしくお取次 ぎ願います

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上記の書面を受けた9日後,知事が大久保利 通内務卿宛に提出 した文面 は次の通 り. 「当府士族,津田仙より別紙の通 り禾花媒助法 実験利害判決の義の申出がありま した. 右 は容易 に ご採用すべ き筋で はあ りません が,御省 (内務省)へ上申致すようにとの懇願 の内容 ですか ら,願書 を相添 えて上 申致 しま す. 至急, しかるべ きご指揮 のあることをお願い 致 します

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津田はそれか ら12日後, 再度, 東京府知事 に次の文書を送付す る. 「去 る7月 27日, 禾花媒助法の利害得失試験 について上申 しておりま した処,今般,勧業寮 より, フランス代理公使の報告がありました, それによると, フランスと我が国の風土に相違 がありますので,何 とぞ,実験をお願 いします. もはや,稲花の期 も迫 っています.至急に何分 の ご沙汰 くだ●さるよう,その筋へ ご上申 くださ れた く, この段奉願致 します

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津田は, この年,稲の花が喋 くのに,何 とか 実験を開始 して もらいたいと政府へ次々と上申 を している. その理由のひとつに,正確な実験がなされぬ ままに評判のみが先行 して,津田縄が品切れす る騒 ぎであったことも考え られる. Ⅲ 諸 外 国へ比較 試 験依 頼 の 申立書 津田は引きつづ き, 8月29日には, 海外諸 国,英 ・米 ・仏 ・独の 4か国へ,稲の媒助法に ついて比較試験を依頼実施 して もらうための申 立をする.それに対 して新宿試験場の責任者,

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管 外 六 合 四 勺 .< 育 三 流 せ 匁 三 首 弐 折 三 匁

八 厘 管 外 菅 令 九 勺 七 歩 弐 厘 五 屯 六 米 智 升 五 才 管 舛 七 合 弐 勺 五 首 四 れ 九 匁 1Ll有 れ 九 匁 壱 分 八 厘 管 外 菅 令 八 勺 六 歩 八 厘 六 毛 米 九 ( ; 弐 勺 班 助

式 第 lニ 試 振 切 字 小 蜘 九 盲 九 十 布 地 晩 梅 花 盛 些 言 問 施 行

四 合 せ 勺 円 首 弐 れ 六 匁 三 下 拡 匁 正 分 tg 棚 P 屯 九 八 日 田 勺 五 才 六 少 七 厘 等 弐 智 舛 弐 合 弐 勺 三 百 六 約 六 匁 三 首 九 八 合 六 歩 五 厘 五 毛 七 香 合 九 勺 六 れ 匁 拡 匁 虻 分 爪 厘 P 屯 を 合 田 勺 五 才 菅 厘 四 毛 玉 蒜 . J 付 t

助 F 懲 琴 一式 綾 切 端 川 地 こ テ 同 拓 三 l盲 問 施 行 表1 勧業寮へ提 出された島根県の試験結果 岡毅が東京府へ申出た書面 は次の通 り. 「右は東京府士族,津田仙が申立てている禾花 媒助法です.去 る明治7年 にその端緒を開 き, 昨8年 になっては,国民 はその結果がどうであ るのかわか らず,その利害得失の明解な論述 も しないで, いたず らにこれが競争販売を実施す る影響をな しています. その勢 は炎の如 く全国に波及 しています.然 るに当寮 (勧業寮)に務めている雇, ドイツ人, ジー ワッネル氏 によると, この媒助法 は誤 り で,彼 らに労力多 くして,それに対す る効果の あ らわれはないと,欧州での実験の旨を記 した 申出がありま した. これの信疑 ははってお くわ けには参 りません. そ こで欧米 の農学教 師へ質問 と して,英 ・ 米 ・仏 ・独 ・四ヶ国の在留公使 に依頼を申 し出 ま した.その回答の中で, 1. 米国では, 媒助法 は未だ当Egでは実施 し ていませんので,その得失 はわか らないと の事. 2.英国では,当時その地 (英国)へ出張中の 富田禎次郎が帰国の節,報告 します. その他 は未だ報告 はありません.それで各国 の状況をあさらかにすることがで きませんが, 丁度, ジーワッネル氏か らフランス政府で実験 一 坤 IJ 什 粗 舛 日 並 日 回 外 .l 什 米 韓 日 収 和 立 少 S = 班 助 管 外 三 ( = 三 勺 四 古 式 冷 六 匁 三 ¶ 弐 L ; 匁 三 分 八 八日 八 勺 六 少 六 痩 せ 屯 六 菅 井 菅 ( ; 八 勺 三 甘 五 十 八

三 百 三 九 四 分 七 八 = 八 勺 六 少 大 屋 菅 屯 批先 升 丑 ElEJ 一 百 四 匁○ 媒 六 四 助 分 匁 合 五 九 三 天 五 拾 合 然 匁 二 三 一 匁 勺 分 差 七 夕 十 二 匁 三 匁 四 分 五 利 益 二 割 琶 分 〓 余 一 割 三 分 一 表2 勧業寮関係者立 ち会 い での試験結果 した所の表が進呈 されたのを第三課が報告書の 中で 『禾花媒助法廃棄の件』 と題 して広告を し ま した.それ以来, しきりに議論がなされ,信 疑をどう決定す るかがわか りません. ここにお いて,全国の国民 は益 々疑問を強 くいだ さ, そ の利害得失を考え,一層,頭を痛めている次第 です.故に,その疑問を了解 させるには実験を 採用す るか,やめるかの区別を明確 に した報告 を しなければなりません. しかるに,今,仏Egの試験を見て,之を廃棄 す るか, しないか,未だ,之を廃棄すべき試験 結果を経てお らず,それのみな らず,仏国を我 が国の風土,気候の異なる等か らして, 自ら, その結果にも差異があって当然です.且,又 こ れまで僅か2ヶ年問,仏国 と我が国の土地で施 行 しただけです.その2ケ年間 も土地,肥料, 栽植なども均一の試験であるというのではあり ません そこで,同地,同栽培,同種の田圃へ 10ケ年間,この方法を試みた後に,本当にその 増量があるか無 いかを検査す る.尚,津田仙申 立の趣 旨にもありましたが,諸県の内,5-6ヶ 所 に試験場を開 く事をお願 いします. 未だ,その実績を見ていないのに衆犬虚に吠 えています.政府の方向に心をむけず,試験の 功績 を見 ない中に, むな しく国民 の心 を撹拝

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し,国民の費用を無駄 にす るのはもっての外で す. 右の試験 は当寮 (新宿試験場の事)に於て, 設置 し,媒助法を施行 し,並 びに収穫の節には 共同人を立会人 とな して,10ケ年間,これを試 したな らば判然 と利害得失が明瞭 となりましょ

う.

又,婿に媒助法は果 して至善なるけれど,そ の人工 による費用を計算するとき,その純益が どの くらいか.仕事 はもとより,純益を計算す る事であります.遊戯の浪費 は勿論,問題外で す. 右,計算取調べの上,尚,申立 に対 して申渡 すべ き事がありま したら, ご指令 ください.

新宿試験場が媒助法試験実施 に踏み切 った内 容である. 引 き続 き,津田は10月 19日,東京府知事に 当時の有識者を立会人 として媒助法を実施 した 比較表を提出 している. 「本年 9月 5日,東京府下麻布本村 4,橋際の 稲 田に於 て,勧業寮 の島村泰殿,鳴門義 臣殿 (註,氏は ドイツ農事図解第七,蜜蜂養法を翻訳 した人物),東京府飯塚年整殿,その他勧業博覧 会御用にて出京せ られたる諸県勧業課30余名 の立会にて媒助法を施行. 本月 16日, 収穫 し た稲を各百本宛刈口にて撰み,之を籾 に して秤 量を比較,その差 は別表の通 りです. (別表 3) 先般,蝶助法の儀 に付,御下問の筋 もありま したため,右試験 しま したので,内務省-御上 達 ください

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」 と. 再三にわたる津田の熱心な申立 により,媒助 法の試験が, 向 う10年間,勧業寮 (新宿試験 場)で実施 されることが きまった. 収穫の折 に共同で立会 い, 10年間継続試験 をすることによって判然 と利益得失がわかると の予測を立てたのである.

媒助 法試験 廃止 の通 達 媒助法の試験が明治9年か ら 10年間, 実施 されるかに見えていたのだが,3年後の明治 12 年

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5

日に 「禾花媒助法試験廃止 の義 に付 伺」の文書が東京府知事宛に勧農局長,岡毅の 名前で下記の書類が提出されてきた. 「右 は禾花媒助法試験について,去 る 9年 に津 田仙か ら,その利害得失の実験をする事の上申 があった.そこで全国内に4ヶ所の試験所で取 扱われるべきだ ったが,他の試験所では取上げ られなか った. それで10ヶ年問, 当試験場に て実験をす るようにとの指令に基 き,年々,本 人の立会いの もとで試みていた. 然 し,今般, この試験場が禁苑 (現在の新宿 御苑の事)に属す ることになり,今後 はその試 験 を廃止せねばならな くなった. よって東京府 へ 「御照会案」を添えて報告す る. 照会案 禾花媒助法の試験 は津田仙より去 る明治9 年上申の事 もあって,当局の四 ッ谷試験場内 にて,10年間実験する旨の指令であった.然 し,昨 11年 まで施行 したけれど,未だ,さし たる結果 も無か った. 折柄,該場所が御苑 に所属す ることになっ たので,今後, この試験 は廃止す る旨を本人 へ達示 くだされた し.」 この一枚の文書を最後 に,媒助法の実験 は, わずか3年で終了することになった. 後半,津田は, この事を大変 くやんでいる. この方法が一時,全国に普及 されかけた時,学 術に不経験 なる俗吏の為 に之の進歩が妨げ られ たのは最 も遺憾なりと記 している. 明治7年, 津田が動 き出 して以来, 明治 12 年で媒助法の試験 はス トップ して しまったので ある. Ⅵ 稲 の媒助 法 は効 果が あ るのか はた して,稲の増産に-チ ミツは効果がある のか.稲の受精に対する科学的な知識を得 るた めに,星川清親著

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「米 ・イネか らご飯まで」か ら引用 させて もらった. ド --イネは出穂す ると,す ぐその日の穂の上 部の花か ら次々に開花を始める.不忠識なこと に,イネの開花 は必ず,午前9時 ごろか ら始 ま り,正午を過 ぎると,もう開花するものはない. 一つの花の開花 している時間 は,わずか 1-2 エイ 時間であり,頴 (ホサキ) は再 び ピックリ閉 じ

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て しま う.花 のいのちは短 か くて といわれ る が,イネの花 は特 にはかない短かさである.-・--イネは風媒花で花粉 を飛散 させるが,開花 寸前に花粉 は自分の花の雌 しべに着 くので,い わゆる自家受粉であり,数十分の後 には,むな しく命を失 って しまうのはあわれである

.

」 と 述べている. はかないイネの一生 と冷害による不作の苦 し みを深 く感 じる. 結論 として,明治前期,津田仙が縄 にハチ ミ ツをぬ った媒助法の効果 は,それほどで もなか ったと言える, しかるに,平成4年,-チ ミツを使 って,今 度 は増産ではな く 「うまいお米」を作 る研究を している人を新聞が報道 していた.

究極 の米 , ハ チ ミツ ライ ス 平成4年8月30日の毎 日新 聞 に 「究極 の 米 ・-チ ミツライス」の見出 しがあった. 甘みとコクのあるハチ ミツライスが,福島県 いわ き市で栽培 されていた.仕掛人 は同市常盤 水野谷町,米穀商を経営 される佐藤守利 さん, 35才。地域 お こしに一役 と市 内の農家 とタイ ア ップ して, 13aの水 田で生産 を始 めた と言 う.栽培方法は明治の羊毛縄 とは違 って近代的 で, ハチ ミツ 12を 1002でうすめ, 少量 の有 機肥料 と共 に稲の穂が形成 される直前 に水田に 散布す るのである. 8月8日と24日の2回散布 し, 全部で3回 の散布, 10月上旬に, このライス約600kgの 収穫が見込 まれている.佐藤 さんはコシヒカ リ にまぜて,一般 に販売することに していると言

う.

日本人の主食,米がハチ ミツとかかわ ってい る事が うれ しい.明治前期,津田が取 り上 げた のは稲の増産であったが,今 また, うまいハチ ミツライスとして研究がなされている. 佐藤氏に実情を問合わせてみた ら,返事がと どいた.結果 は,約90人の人に 「-チ ミツライ ス」を試食 して もらった ら,約1割の人が 「う っす らと甘みを感 じる」 との反応だ った.他 は あまり普通の米 と変わ らないとの答で,佐藤 さ ん自身 も後者ですとのこと.来年 は土中に-チ ミツを注入 して挑戦 します とあった. 明治7年か ら出発 した稲 とハチ ミツが平成 の年 にハチ ミツライスとして,量 より質へ と変 身 してはいるが,米 と-チ ミツの取合せに声援 を送 りたい. ハチ ミツが食用,薬用か ら,別途利用法に挑 戦がなされている.夢ふ くらむ方法が もっと現 われて くるのではなかろうか.そんな事を考え なが ら,明治前期 に津 田が苦心 した稲増産 の 「試験顛末」 に幕をおろす. (〒803 北九州市小倉北区金鶏町 ト34) 主 な 参 考 文 献 星川清親.1979.米 ・イネからご飯まで.柴田書店. 農林省農業総合研究所鼠 1920.農務顛末第 5巻 HARA,MICHINORl. Honey for increasing rice

production-Atrialin MeljiEral. Honeybee Science(1994)15(3):125-130.1134,Kinkei-cho,

Kokuraklta-ku, Kitakyushu, Fukuoka, 803 Japan.

Overacenturyago,in MeijiEra,honeywas used to increase polination efficiency ofl・ice plantsinaunlquemethod.

Mr.Sen Tsuda,a researcher working in a nationalagrlCulturalexperimentalstation,I n-vented the method using a rope with 15 cm wooltuftscalledTsuda-nawa("llaWa"meansa rope). Honeysyrupwassmearedthetuftsand 3farmersheldthe18m longropeanddragged itatthelevelofriceFlowersinapaddy.

When theefficiency wasknown themethod had becameaboom. Many peoplerushed to buyit,despiteitsabnormallyexpensiveprice. Mr Tsuda wasafraid ofsuch circumstance andenforced thegovernmenttoconductmore

scientificresearch to confirm theefficiency of thehoneyrope. The10yearsresearchproject ・hadbeenceasedatthe3rdyearbyreorganiz a-tionofthestationswithoutremarkableresults,

whiletheboom ofthelOpeSubsided

From the view pointOfmodern pollination biology ofrice.the efficiency ofthe rope is almostdoLlbtful. Evellthough,theideaitself wasorlglnalforhoneyusageotherthanmateri -alsfoodsormedicines.

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