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<挨拶>わたしたちに射像する近未来そして現未来

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Academic year: 2021

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(1)わたしたちに射像する近未来そして現未来 小野康男(国際戦略推進機構副機構長・国際教育センター長) この原稿を書いているのは、2015 年の6月末です。 なぜ、日付を記したのかというと、日々状況が変わるなかでも、新聞を中心にいくつか、 大学にとって、そして国際戦略推進機構にとって、興味深い観点がこの6月に提示されてい たからです。 当初、この文章を記すに当たり、 「ここ数年来、緑なすキャンパスを歩いていて、外国人 留学生同士の外国語の会話だけでなく、日本人と外国人留学生の間で交わされる会話が聞 こえてくることが多くなってきているように感じます。少しずつですが、横浜国立大学がグ ローバル・キャンパスに向かって一歩足を踏み出しているのではないかと思います」といっ た、情緒的な書き出しを考えていました。 論集『ときわの杜』は、大学教育総合センターの英語教育部門が国際戦略推進機構の基盤 教育部門に移行し、初修外国語教育、日本語教育とともに、横浜国立大学のグローバル戦略 における語学戦略を担うものとして再出発し、それを契機に生まれたものだと記憶してい ます。この移行は、大学の国際戦略と語学教育を有機的に連動させるという目論見のなかで 生まれてきました。お寒い話で申し訳ありませんが、限られたリソースを、大学の国際戦略 のなかでいかに活用するのかということです。 さて、新聞で気になった記事を列挙し、若干のコメントを加えていくことにします。気に なった記事は、1)6月以前から頻出していますが、文部科学省による人文科学・社会科学 軽視論が挙げられます。続いて、2)朝日新聞のロボットに関する記事(朝日新聞デジタル 2015/06/21 配信)、毎日新聞の人工知能(AI)に関する記事(毎日新聞 Web 版 2015/06/20 配信)です。3)更に、Google 翻訳が毎日 1000 億文字というニュースもありました。挨拶 等が中心の翻訳のようで、1000 億文字という数字もピンときませんが、半端な翻訳ソフト の多いなか、Google 翻訳が日常のコミュニケーション・ツールとして存在感を増している と思いました。 1)に戻りましょう。編集によるメディアの言論誘導もあるのかもしれませんが、大学関 係者に対するインタビューを多用した議論が露呈したのは、人文科学・社会科学の必要性・ 有為性に関する訴えだけで、それを、国立大学法人における学部や定員といった制度的措置 と結び付けた議論がないことでした。文部科学省も、人文科学・社会科学の重要性は、昨年 から、方向転換もあったのか彼ら自身機会あるごとに指摘しています。 2)に関しては、朝日新聞はドローンや自動車の自動走行による事故を取り上げ、プログ ラムによって任務を遂行するロボットと法律制度における責任との関係で議論していまし 5.

(2) た。毎日新聞は、アメリカの企業を例に取り、ネット上のビッグ・データに対して、文章構 成上の癖を与えれば、新聞記事から文学作品まで作成可能だとの視点を提供していました。 取り上げられていた企業は、シェイクスピアは可能だとの自負はあるようですが、ジョイス はどうでしょうか。 3)については、きっと日進月歩だろうな、と思います。旅行で通常用いる言葉ぐらいな ら、専用のソフト(とはいえ、Apple のアプリで 1,000 円にも満たないでしょうが)を使わ なくても、Google 翻訳で不自由しないぐらいのレベルにはあるのではないかと思います。 さて、大学に関わることとして、もう少し別の観点からコメントを重ねておきましょう。 1)については、人文科学・社会科学の研究者、教育者、専門家の養成は別として、別の キャリアを歩む学生たちにとって、果たして大学における専門学部・学科が不可欠の場なの かという問いになると思います。書籍では、専門書はいまだ高価ですが、現在でも参照文献 として使用されている信頼に足る書籍の文庫化が進んでいます。洋書では、全集・選集を含 め、入手の容易さは和書の比ではありません。 コスト・パフォーマンスに将来性を見出せない書籍出版はいずれ消滅するかもしれませ ん。その代わりフリーウェア・ソフトの精神に共感した学術系サイトも充実してきました。 また、私が知っている範囲内でも、著作権の切れた著述家に関しては、欧米でのグーテンベ ルク・プロジェクト、日本での青空文庫、さらにはグーグル・スカラー等、組織的な文献提 供があり、大学等研究機関からは紀要や学位論文の公開があります。大学教育でのリソース に近いものが、とりわけ人文および人文社会においては提供されている状態です。 言語教育に関しても、ネイティヴのヴォランティアによる朗読ファイルのみならず、質に は目をつぶるとしても、読み上げソフトがそれなりの学修環境を提供してくれます。(高額 のカセット・テープやビデオ・テープを入手していた時代とはまったく違います。) 1)での論点は、知的生産の条件が変わってきているのを感じるということです。 2)については、SF 的なものがいまだあるかもしれません。しかし、少なくとも、私が ここで何を書くか、考え直させるだけの力をもっていました。20 世紀、芸術と称されるほ とんどの表現ジャンルが限界に行き着きました。自分の発する言葉がいつもすでに他者の 言葉であったならば、責任も新規性もいかに問えばいいのだろうか。私の言葉を他人が理解 するなら、私の言葉とはいったい何か、それはすでに私から盗まれた言葉である。アントナ ン・アルトーはそう思ったのではないでしょうか。フリー・フォーム・ジャズもその歩みを 辿りました。しかし、他人が理解しない個人言語はそもそも言語でありえません。21 世紀 は 20 世紀の問いを忘れて進行していると思います。ここには、知的生産とはそもそも何か という問いがあるのだろうと思います。 3)ですが、現在、いちばんの問題はこれでしょう。文明や文化の間にあって微妙な差異 をもつ欲望を、戯画的な言い方かもしれません、私たちは、グーグルやアマゾンにアクセス する度、お前の望みはこれだ、したがって、お前は、これこれの存在だ、という感じで、消 費者の立場を強いられているのではないでしょうか。これは、わたしたちが消費者であるの 6.

(3) は確かだとしても、知の生産者になることはできないのだろうかという問いと関わります。 1)でデジタル・コンテンツの充実に触れました。しかし、これは、21 世紀型の教育産業 のターゲットでもあります。私が挙げたのは、高等教育に使えるリソースですが、教育産業 のターゲットは初等・中等教育に向かっています。それは、その初等・中等教育を受けた子 どもたちを受け入れる高等教育の問題につながってきます。 さて、若干、恣意的に 2015/06 の記事に触れました。大学のみならず、現代の社会そのも のが、知の消費ではなく、生産に向かっているのか、疑問に思います。わたしは、20 世紀 最後の 1990 年代は、文明論や多元文化論に関する問いかけの時代だったと思っています。 それはただ単に、外国語をいかに修得するのかだけではなく、他なるものとの付き合い方の 問題を提起しています。 最後に、総論的かつ抽象的に、ポスト・モダンの思想家として知られるジャン=フランソ ディフェラン. リティジュ. ワ・リオタールの言葉を引用しておきましょう。 「 抗 争 というのは〔法廷での〕係 争 とは 異なり、(少なくとも)二人の当事者双方の議論にひとしく適用されうる判断規則が存在し ないために、公平な決着をつけることができないような争いが両者間に起こる場合のこと である。一方が正当だからといって、他方が正当でないということにはならない。1」まだ まだ含蓄のある言葉が続きますが、文明衝突≒多元文化の問いが生じている現在、「正当」 の意味自体、西洋近代のローカルな価値観として疑義に付されるわけですから、リオタール が思っていた以上に事態は深刻化しています。. 1. ジャン=フランソワ・リオタール、 『文の抗争』 (陸井四郎・小野康男他訳)、法政大学出 版局、1989 年、1 頁。 7.

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