<挨拶>わたしたちに射像する近未来そして現未来
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(2) た。毎日新聞は、アメリカの企業を例に取り、ネット上のビッグ・データに対して、文章構 成上の癖を与えれば、新聞記事から文学作品まで作成可能だとの視点を提供していました。 取り上げられていた企業は、シェイクスピアは可能だとの自負はあるようですが、ジョイス はどうでしょうか。 3)については、きっと日進月歩だろうな、と思います。旅行で通常用いる言葉ぐらいな ら、専用のソフト(とはいえ、Apple のアプリで 1,000 円にも満たないでしょうが)を使わ なくても、Google 翻訳で不自由しないぐらいのレベルにはあるのではないかと思います。 さて、大学に関わることとして、もう少し別の観点からコメントを重ねておきましょう。 1)については、人文科学・社会科学の研究者、教育者、専門家の養成は別として、別の キャリアを歩む学生たちにとって、果たして大学における専門学部・学科が不可欠の場なの かという問いになると思います。書籍では、専門書はいまだ高価ですが、現在でも参照文献 として使用されている信頼に足る書籍の文庫化が進んでいます。洋書では、全集・選集を含 め、入手の容易さは和書の比ではありません。 コスト・パフォーマンスに将来性を見出せない書籍出版はいずれ消滅するかもしれませ ん。その代わりフリーウェア・ソフトの精神に共感した学術系サイトも充実してきました。 また、私が知っている範囲内でも、著作権の切れた著述家に関しては、欧米でのグーテンベ ルク・プロジェクト、日本での青空文庫、さらにはグーグル・スカラー等、組織的な文献提 供があり、大学等研究機関からは紀要や学位論文の公開があります。大学教育でのリソース に近いものが、とりわけ人文および人文社会においては提供されている状態です。 言語教育に関しても、ネイティヴのヴォランティアによる朗読ファイルのみならず、質に は目をつぶるとしても、読み上げソフトがそれなりの学修環境を提供してくれます。(高額 のカセット・テープやビデオ・テープを入手していた時代とはまったく違います。) 1)での論点は、知的生産の条件が変わってきているのを感じるということです。 2)については、SF 的なものがいまだあるかもしれません。しかし、少なくとも、私が ここで何を書くか、考え直させるだけの力をもっていました。20 世紀、芸術と称されるほ とんどの表現ジャンルが限界に行き着きました。自分の発する言葉がいつもすでに他者の 言葉であったならば、責任も新規性もいかに問えばいいのだろうか。私の言葉を他人が理解 するなら、私の言葉とはいったい何か、それはすでに私から盗まれた言葉である。アントナ ン・アルトーはそう思ったのではないでしょうか。フリー・フォーム・ジャズもその歩みを 辿りました。しかし、他人が理解しない個人言語はそもそも言語でありえません。21 世紀 は 20 世紀の問いを忘れて進行していると思います。ここには、知的生産とはそもそも何か という問いがあるのだろうと思います。 3)ですが、現在、いちばんの問題はこれでしょう。文明や文化の間にあって微妙な差異 をもつ欲望を、戯画的な言い方かもしれません、私たちは、グーグルやアマゾンにアクセス する度、お前の望みはこれだ、したがって、お前は、これこれの存在だ、という感じで、消 費者の立場を強いられているのではないでしょうか。これは、わたしたちが消費者であるの 6.
(3) は確かだとしても、知の生産者になることはできないのだろうかという問いと関わります。 1)でデジタル・コンテンツの充実に触れました。しかし、これは、21 世紀型の教育産業 のターゲットでもあります。私が挙げたのは、高等教育に使えるリソースですが、教育産業 のターゲットは初等・中等教育に向かっています。それは、その初等・中等教育を受けた子 どもたちを受け入れる高等教育の問題につながってきます。 さて、若干、恣意的に 2015/06 の記事に触れました。大学のみならず、現代の社会そのも のが、知の消費ではなく、生産に向かっているのか、疑問に思います。わたしは、20 世紀 最後の 1990 年代は、文明論や多元文化論に関する問いかけの時代だったと思っています。 それはただ単に、外国語をいかに修得するのかだけではなく、他なるものとの付き合い方の 問題を提起しています。 最後に、総論的かつ抽象的に、ポスト・モダンの思想家として知られるジャン=フランソ ディフェラン. リティジュ. ワ・リオタールの言葉を引用しておきましょう。 「 抗 争 というのは〔法廷での〕係 争 とは 異なり、(少なくとも)二人の当事者双方の議論にひとしく適用されうる判断規則が存在し ないために、公平な決着をつけることができないような争いが両者間に起こる場合のこと である。一方が正当だからといって、他方が正当でないということにはならない。1」まだ まだ含蓄のある言葉が続きますが、文明衝突≒多元文化の問いが生じている現在、「正当」 の意味自体、西洋近代のローカルな価値観として疑義に付されるわけですから、リオタール が思っていた以上に事態は深刻化しています。. 1. ジャン=フランソワ・リオタール、 『文の抗争』 (陸井四郎・小野康男他訳)、法政大学出 版局、1989 年、1 頁。 7.
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