理論ゼミ 第 8 章
藤井涼平
2016 年 5 月 17 日
1 核子のクォーク構造
深非弾性散乱とスペクトロスコピーから得られた 情報を用いて,核子中のクォークの性質を明らかに する.
1.1 クォーク
陽子と中性子の性質を説明するために2 つの クォークu, dが必要になる. 核子のスピンは1/2 だから,核子は奇数個,すなわち最低3つのクォーク から成ると考えられる.
クォーク 核子
u d p n
(uud) (udd) 電荷 z +2/3 -1/3 1 0 アイソスピン I 1/2 1/2
I3 +1/2 -1/2 +1/2 -1/2 スピン S 1/2 1/2 1/2 1/2
クォークの電荷の実験的検証は1.3節で説明す る. これまでに, +2eをもつ∆++(uuu), −eをもつ
∆−(ddd)が発見されている.
uクォークとdクォークがアイソスピン2重項 をなすことが原因で,陽子と中性子もアイソスピン 2重項をなす.
1.2 バレンスクォークと海クォーク
核子は,核子の量子数を決定するバレンスクォー クと,グルーオンから仮想的に対生成され消滅する 海クォークからなる. 海クォークにはu, d以外の クォーク(c, s, t, b)も含まれる. クォークの種類を フレーバー(香り)と呼ぶ.
クォークはファミリー(世代)に分類できる:
(
ud
)
,
(
cs
)
,
(
tb
)
上の行のクォークは zf +2/3,下の行のクォーク はzf−1/3をもつ.
多くの実験で実現可能なQ2 の範囲ではc, b, t クォークは主要な役割を果たさないため,今後はこ れを無視する.
1.3 クォークの電荷の決定
電子とニュートリノによる深非弾性散乱における 構造関数を比較することで,クォークの電荷を決定 する.
■電子による散乱 u, d, sクォークの電荷を+2/3, -1/3, +2/3と仮定する.
F2
(
x)
x∑
f
z2f
(
qf(
x)
+ ¯qf(
x))
(7.16)に,それぞれのクォーク・反クォークの運動量分布 と電荷を代入すると,陽子の構造関数は
F2e,px
[
19
(
dp
v +ds+ ¯ds
)
+4 9
(
up
v+us+ ¯us
)
+19
(
ss+¯ss)
]
(1) 中性子の構造関数は
Fe,p2 x
[
19
(
dnv+ds+ ¯ds
)
+ 4 9
(
uvn+us+ ¯us
)
+1
9
(
ss+¯ss)
]
(2) 添字vはvalence quark, sはsea quarkを表す.こ こで,陽子と中性子の海クォークの分布は同じだと 仮定した.
アイソスピン対称性から,
uvpdvn (3)
dvpunv (4)
同じことが海クォークでも成り立つ:
usds (5)
¯usd¯s (6)
核子の構造関数は,平均を取ることで
Fe, 核子 ≡ F
e,p 2 +F
e,n 2
2
x 9
[
1 2(
dp
v+dvn+2ds
)
+ ¯ds]
+4x9
[
12
(
up
v+unv+2us
)
+ ¯us]
+ x9
(
ss+¯ss)
x
9
(
qd+ ¯qd)
+ 4x9
(
qu+ ¯qu)
+ x9
(
ss+¯ss)
(7) (3)(4)(5)(6)よりqdqu, ¯qd ¯quだから,(7)
5 18x
∑
fd,u
(
qf+ ¯qf)
+x9
(
ss+¯ss)
≃ 185 x
∑
fd,u
(
qf+ ¯qf)
(8)■ニュートリノによる散乱 ニュートリノには弱い 相互作用ははたらくが,電磁相互作用ははたらかな い. ニュートリノとの深非弾性散乱から,弱い相互 作用における構造関数が得られる. 弱荷はすべての クォークに共通だから,構造関数に因子z2f が入ら ない.
Fν,核子
x
∑
fd,u,s
(
qf+ ¯qf)
≃ x
∑
fd,u
(
qf+ ¯qf)
(9)■実験結果 電子との深非弾性散乱から得られた 構造関数を18/5倍するとニュートリノとの深非弾 性散乱から得られた構造関数と一致する(図8.1). 従って,実験結果は因子 5/18が正しい, すなわち u,dの電荷が2/3, -1/3であることを示している.
1.4 クォークの運動量分布
■グルーオンの存在 核子が運動量Pをもつとき, その中のクォークは運動量xPを持つ(→p.91). 構造関数をxについて積分することで, xの平均値, すなわち核子の運動量のうちクォークが占める運動 量の割合がわかる.実験結果は
∫
10
F2ν,核子dx ≃ 0.5 (10) となった. つまり,核子中には電磁相互作用も弱い 相互作用も働かない粒子があると考えられる. これ をグルーオンとよぶ.
■陽子・中性子中のクォークの運動量 次に,陽子 の構造関数と中性子の構造関数の比をとってみる
(図8.2). x → 0のとき1になっていることから, この領域では海クォークが主な役割を果たしている ことがわかる. 一方, x → 1では海クォークがほと んど役割を果たしていないことがわかる. (1) (2)の 比を取り,
(
海クォークの運動量分布/dpv)
を0にし た極限を計算すると,Fn2 Fp2 →
1 9
upv dpv
+4
9 1 9 +49
upv dvp
(11)
となる. 陽子中のuクォーク, dクォークが1つ あたり同じ運動量を持つならば, upv/dpv → 2より
(
11)
→ 2/3となるはずだが,実験結果は約1/4と なっている. つまり, upv/dvp≫ 1であることがわか る. 同様にして, dnv/unv ≫ 1もわかる. これは,陽 子の中で大きな運動量をもつクォークの大部分はu クォーク,中性子の中で大きな運動量をもつクォー クの大部分はdクォークが占めていることを示し ている.1.5 構成子クォーク
深非弾性散乱では海クォークやグルーオンの存在 を確認することができるが,スペクトロスコピーで はできない.そこで,これらの質量をバレンスクォー クに取り込み, 3つのバレンスクォークのみが存在 し, これらの質量が増えたとみなすことができる. この実効的なバレンスクォークを構成子クォーク とよぶ. 逆に,裸のクォークはカレントクォークと
よぶ.
クォーク 質量[MeV/c2]
カレント u 1.5-5
d 3-9
構成子 u ≃ 300
d ≃ 300
陽子の方が中性子よりも大きなクーロンエネル ギーを持つにもかかわらず,陽子の質量は中性子の 質量よりも小さい. 従って, dクォークのほうがu クォークよりも重いと考えられる.
2 ハドロン中のクォーク
2.1 ハドロンの分類核子以外にも多数のハドロンが存在し,それらは 2つのグループに分類できる.
■バリオン バリオンはqqqで構成される.バリオ ンは半整数スピンをもつ.
バリオン数Bという新たな量子数を導入する. バ リオンはバリオン数B 1をもち,反バリオンは B −1をもつ. クォークは B 1/3をもち, 反 クォークはB −1/3をもつ. これら以外の物質は
B 0とする. バリオン数は今までに見つかってい
るすべての反応で保存する.
バリオンの共鳴(励起)状態のエネルギー差は核 子の質量そのものに匹敵するほど大きいため,それ を独立した粒子として扱う.
■メソン(中間子) メソンはq ¯qで構成され,整数 スピンをもつ. メソンはレプトンや光子に崩壊し得 るので“メソン数”は保存しない.これは,メソンの クォーク数が0であることから説明がつく.
最も軽いメソンはπ中間子である.
|π+⟩ |u ¯d⟩ ,
|π0⟩ √1
2[|u ¯u⟩ − |d ¯d⟩] , (12)
|π+⟩ | ¯ud⟩
3 クォークとグルーオンの相互作用
■色 “色"という新たな性質を導入しなければ,パ ウリ原理に矛盾が生じる.その例を以下に示す.
∆++はuuuから成り,角運動量は J 3/2,軌道 角運動量はl 0,スピン角運動量S 3/2である. l 0より空間波動関数は対称である. S 3/2よ り, 3つのuクォークのスピンは平行だから,スピン 波動関数も対称である. フェルミオンの波動関数は 反対称でなければならないため,これはパウリ原理 に矛盾する.新たな“色”という概念を導入し,色の 波動関数を反対称にすれば,パウリ原理に矛盾しな いようにできる.
色にはr, g, b,¯r, ¯g, ¯bの6種類がある. これらは, それぞれ
*.
,
1 0 0+/
-
,
*.
,
0 1 0+/
-
,
*.
,
0 0 1+/
-
,(
1 0 0)
,(
0 1 0)
,(
0 0 1)
(13)と表される.
■グルーオン8重項 強い相互作用は JP 1−で 質量が0のベクトルボソンであるグルーオンに媒介 される. グルーオンは色に結合する. グルーオンは 1つの色, 1つの反色をもつ(レジュメ図2参照). 3 ⊗ ¯3の組み合わせは8重項と1重項に分解できる. 8 重 項 へ の 分 解 に つ い て 考 え る. SU
(
3)
{U|UU† U†U 1 ∩ det U 1}を満たす行 列Uは, tr H 0を満たすエルミート行列Hを用 いてexp iHと表せる. H の基底はGell-Mann行 列と呼ばれ, 8つある.これはSU(2)におけるPauli行列に対応する.
λ1
*.
,
0 1 0 1 0 0 0 0 0
+/
-
, λ2
*.
,
0 −i 0
i 0 0
0 0 0
+/
-
,λ3
*.
,
1 0 0
0 −1 0
0 0 0
+/
-
, λ4
*.
,
0 0 1 0 0 0 1 0 0
+/
-
,λ5
*.
,
0 0 −i
0 0 0
i 0 0
+/
-
, λ6
*.
,
0 0 0 0 0 1 0 1 0
+/
-
, (14)
λ7
*.
,
0 0 0
0 0 −i
0 i 0
+/
-
,λ8 √1 3
*. ,
1 0 0
0 1 0
0 0 −2
+/
-
ところで, r¯rを行列表示すると以下のようになる.
r¯r
*.
,
1 0 0+/
-
(
1 0 0)
*.
,
1 0 0 0 0 0 0 0 0
+/
-
(15)
同様の計算から, Gell-Mann行列の要素とグルーオ ンの色は以下の対応を持つことがわかる.
*.
,
r¯r r ¯g r ¯b g¯r g ¯g g ¯b b¯r b ¯g b ¯b
+/
-
(16)
Gell-Mann行列を組み合わせることで,グルーオ
ンの8重項
r ¯g, r ¯b, g ¯b, g¯r, b¯r, b ¯g,
√1 2
(
r¯r − g¯g)
,√16
(
r¯r + g ¯g − 2b¯b)
(17) を作ることができる.一方, 1重項は√1
3
(
r¯r + g ¯g + b ¯b)
(18) で表される. これは特定の色に作用せず,色電荷の 間では交換されない.光子が電子・陽電子対を生成できるように, グ ルーオンはクォーク・反クォーク対を生成したり, グルーオンを放出・吸収したりできる.
■無色の物体としてのハドロン 色のみが違いそ れ以外の性質が同じハドロンが存在しそうだが,現 在のところ,無色のハドロンしか見つかっていない
(クォークの閉じ込め). よって,無色の物質のみ自 由粒子として存在するという条件を課す.無色とは, 色をベクトル表示した時にクォークの色のベクトル の和が零ベクトルになるもののことである.
例として, π中間子をあげれば,
|π+⟩
|ur¯d¯r⟩
|ub¯d¯b⟩
|ug¯d¯g⟩
(19)
の状態が絶え間なく移り変わっている(レジュメ図 3参照).
■強い相互作用の結合定数αs 強い相互作用の結
合定数はQ2に強く依存する(図8.4).色xをもつ クォークが出したグルーオンがクォークを対生成す るとき,色¯xを持つクォークの方が元のクォークの 近くに生成されやすい(レジュメ図1参照). その 結果遮蔽がおこり,結合定数が小さくなる.
一方,グルーオン同士が結合すると,理論計算から 色xをもつクォークの周りに色xをもつグルーオ ンが集まる. その結果反遮蔽が起こり,結合定数が 大きくなる. グルーオンの場合,反遮蔽の効果のほ うがはるかに大きい.
以上の理由から,非常に近距離(Q2 → ∞)では クォーク間の結合は弱くなり,自由なクォークとみ なせる(漸近的自由).逆に,距離が離れるとクォー ク間の結合が強くなるため,クォークはハドロンか ら抜け出せない.
QCDの摂動計算により,結合定数の第1項は
αs
(
Q2)
12π(
33 − 2nf)
ln(
Q2/Λ2)
(20) と求められる. nfは関与するクォークの種類の数 で,これはQ2に依存する. Λは自由なパラメータ で,実験結果との比較によって決定される.4 構造関数のスケーリングの破れ
■自己同一性 7.2節ではF2
(
x)
はQ2に陽に依存 しない(図7.4)=核子は点状粒子から成る(図5.6)と結論づけたが,実際にはF2
(
x)
はQ2に依存する(図8.5, 8.6). これは構造関数のスケーリングの破 れと呼ばれる.
図8.6を見れば, Q2 が大きくなると大きな運動 量を持つクォークが減少し, 小さな運動量を持つ クォークの数が増えることがわかる. これは,分解 能が
ℏ
/√
Q2 であることによる. Q2 が小さい時は クォークとグルーオンが一体のものとして観測され るため,大きな運動量を持つクォークの数が多く,小 さな運動量を持つクォークの数が少なく見える. Q2 が大きくなるとクォークとグルーオンを分離できる ため,大きな運動量を持つクォークは少なく,小さな 運動量を持つクォークの数が多く見える.Q2 を上げていくと,クォークとグルーオンが分 離され,さらにQ2 を上げていくとそのクォークと グルーオンがさらにクォークとグルーオンに分離さ れる……というように,強い相互作用をする粒子は 自己同一性をもっている.
クォーク分布のQ2依存性は強い相互作用の結合 定数αsに比例する.
図1 左:反遮蔽 右:遮蔽
参考文献
[1] クォークとレプトン ―現代素粒子物理学入門― F.ハルツェン, A.D.マーチン 培風館1999 [2] 量子色力学とは何か 原 康夫 丸善株式会社1991 [3] 連続群とその表現 島 和久 岩波書店1981 [4] University of California, Riverside
http://math.ucr.edu/home/baez/ physics/ParticleAndNuclear/gluons. html
[5] 近藤くんからのアドバイス
図2 グルーオンによる色の交換
図3 ハドロン中のクォークの色の交換