第 11 回
略奪価格
本日の内容
• 略奪価格と評判形成
– 略奪価格とは
– 略奪価格の理論
– 評判による略奪価格
• 略奪価格に対する競争政策
– アメリカにおける略奪価格の扱い
– 独占化に対するアメリカの司法判断の変遷
– 日本における略奪価格の扱い
略奪価格
• 参入に直面した既存企業が、価格を下げて競争する のは普通の行為であり、費用を上回る範囲の価格の 引き下げであれば、正当な経済行為である
• 既存の独占企業が、新規参入企業に対して、その企 業を市場から排除した後に価格を引き上げることを目 的として、費用を下回るような低価格を設定することを
「略奪価格」と呼ぶ
• 既存企業にとって、費用を下回る低価格攻勢をかける ことは短期的には損失となるので、略奪価格を行うこ とが合理的であるためには、短期的に犠牲にした利 潤を長期的に取り返せること、つまり新規参入企業が 退出した後に、高価格を設定できることが必要である
略奪価格の理論
• Selten (1978)
– あるチェーン店が、 n の地域に1つずつ店を構えてお り、各店舗が順番に新規参入の脅威を受けるとする – 参入の脅威にさらされた店舗は、費用を下回る非常
に低い価格で新規参入者を駆逐し、その後の新規参 入者に、参入しても利潤を得られないと印象付けると する
• この戦略はサブゲーム完全均衡ではない
• 現実には観察されることが理論的に否定された
ため、「チェーンストア・パラドクス」と呼ばれる
略奪価格の理論
• チェーンストア・パラドクスは、すべてのプレイ
ヤーがすべての情報(市場の構造、各プレイ
ヤーの費用関数等)を知っている場合に成立
する
• 情報のすべてが周知されていない「不完備情
報」のもとでは、略奪価格が成立する可能性
がある
評判による略奪価格
• Milgrom and Roberts (1980) や Kreps and Wilson
(1980) は、チェーンストアの例で、既存企業と参入企 業との間で持っている情報に差がある「情報の非対称 性」があるときに、略奪価格が成立しうることを示した
• 既存企業の生産コストの高低のタイプについて、既存 企業は知っているが、参入企業が知らない場合を考 える
– 参入企業は、既存企業が高生産コストタイプの企業であ る確率のみ知っている
– 参入企業は、低価格では利潤が負になるとする
– 既存企業は、高生産コストタイプであれば低価格で利潤 が負になるが、低生産コストタイプであれば低価格でも利 潤は正であるとする
評判による略奪価格
• 既存企業は、高コストであったとしても、一時的に利潤 が負となる低価格をつけることで、低コスト企業である と信じさせることが出来る
• 既存企業が低コスト企業であるならば、参入企業は参 入しても必ず利潤が負になるため、参入しない
• ただし、真の低コスト企業でないと付けられないような 低価格が存在するとき、真の低コスト企業はその低価 格をつけることで自らが低コスト企業である「シグナ ル」を送ることができるが、高コスト企業はそこまでの 価格が付けられないため、低コスト企業であることを 信じこませることが難しいかもしれない
評判による略奪価格
• 企業の行動目標のタイプに関する情報の非対称性も考え られる
– 利潤最大化を目的とする企業と売上(マーケット・シェア)最大 化を目的とする企業が存在するとする
– 利潤最大化を目的とする企業であれば、参入を受け入れたほ うが利潤が高ければ参入を受け入れる
– 売上最大化を目的とする企業は、参入に対してより攻撃的に なる
• 参入が起きた際に、攻撃的な低価格をとることで、企業の
目標が売上最大化であると信じさせることができる
• 攻撃的企業であるという評判が形成されると、独占企業は 参入を阻止できる可能性が高まる
評判による略奪価格
• 航空市場では略奪価格と思われる価格設定
がよく見られる
– アメリカン航空によるブラニフ航空の排除
– 日本航空や全日空による、スカイマークやエア・
ドゥ参入に対する値下げ攻勢
アメリカにおける略奪価格の扱い
• 独占化が安易に認定されないよう、 Areeda and
Turner (1975) は、短期限界費用を下回る価格を
略奪価格とする考え方を提唱した
– ただし、限界費用の計算は困難なため、実務上は平 均可変費用を用いることを提案した
• 平均可変費用基準(「アリーダ=ターナー基準」)
は裁判所でも用いられるようになった
• 現在では、平均可変費用基準に加えて、略奪価
格を実施している期間の損失を後に埋め合わせ
することが出来るかどうかの基準(埋め合わせ
基準)も加えられている
アメリカにおける略奪価格の扱い
• 略奪価格への政策的な対応は、認定基準を厳し
くする(略奪価格と認定されにくくする)と略奪価
格や不当廉売を違法としない可能性があり、認
定基準を緩くする(略奪価格と認定しやすくする)
と正当な競争を違法としてしまう可能性がある
• 平均可変費用基準は、どちらかと言うと厳しい認
定基準である(固定費が高い産業では、価格を
低くつけても略奪価格とみなされない可能性が
あるため)
独占化に対するアメリカでの司法判断の変遷
• Viscusi et al. (2005) による3つの時代区分
1. 1890年のシャーマン法成立から1940年まで
– 1911年に最高裁は、相次ぐ企業結合により石油の 精製・製品の90%のシェアを獲得したスタンダード・ オイルを、略奪価格、パイプラインの独占、鉄道会 社に貨物運賃の優遇を強制したことにより有罪と し、33のローカルな企業に分割した
– 独占化を認定するには、大きなマーケット・シェアを 獲得したことと、独占的地位を獲得する意図を示す 証拠が必要であるとした
– 65%のシェアを得ていたUSスチールは、略奪行為を 行なっていないとして有罪とはならなかった
独占化に対するアメリカでの司法判断の変遷
2. 1945年から1970年まで
– 1945年に控訴裁は、略奪行為を行なっていなかったアメ リカで唯一のアルミニウム粗鋼の生産者であるアルコア を有罪とした
• 需要の増加を見越して行なっていた生産能力の増強を、他の企 業の参入阻止にも利用できるとした
– 独占化の意図を示す略奪的ないし濫用行為の証拠を求 めなかいという独占化の判断基準の変更
– 1953年のユナイテッド・シュー・マシナリー判決では、靴 製造機で75∼85%のシェアを持っていた当該企業が、 販売を行わずにリースだけを行うとともに、無料で修理 サービスを提供していた点について、修理サービス業者 の新規参入を困難にするとして、違法とされた
独占化に対するアメリカでの司法判断の変遷
3. 1970年以降
– 支配的な企業による攻撃的な行為を従来よりも認める 傾向にある
– 1980年には生産能力を拡大したデュポンが適法である と判断された
– ただし、
• 写真の現像・焼付け会社のバーキーフォトによる、シェア60∼ 90%のコダックによる互換性のない新フィルムの販売によって 市場から締め出されるおそれがあるため、事前にイノベーション を講評すべきであったという訴えは退けられた
• 連邦取引委員会による、ケロッグら大手食品会社が様々な種類 のシリアルを販売する「ブランド拡散」によって新規参入の余地 をなくしている、という申し立ても取り下げられている
日本における略奪価格の扱い
• 日本では支配的事業者が市場の競争を実質的
に制限する独占化は、独占禁止法第 2 条で「私
的独占」と呼ばれ、第 3 条で禁止されている
• 「競争の実質的制限」とは、特定の事業者が市
場における価格やその他の取引条件を支配す
る力を持つ状態が現れ(ようとす)ることである
• コストを下回る価格をつけて他の事業者の事業
を困難にすることは「不当廉売」と呼ばれ、公正
な競争を阻害するおそれがある「不公正な取引
方法」の 1 つとして公正取引委員会に指定され、
独占禁止法第 19 条で禁止されている
日本における略奪価格の扱い
• 「公正競争阻害性」とは、私的独占の禁止を補
完し、予防するものであり、市場への参入や良
質廉価な商品の提供による競争が行われなくな
る可能性がある場合を指す
1. 競争の実質的制限よりも低い程度の反競争性(競 争の減殺)
2. 欺瞞的取引(不当表示など)のような非難に値する 取引方法を違法とする競争手段の公正さ
3. 取引主体の自由で主体的な判断により取引を行う という競争基盤の侵害を違法とする優越的地位の 濫用 等
日本における略奪価格の扱い
• 不当廉売は
1. 正当な理由がないのに商品または役務をその供給に要 する費用を著しく下回る対価で継続して供給
2. 不当に商品または役務を低い対価で供給…他の事業者 の事業活動を困難にさせるおそれがあること
• 費用とは、小売業では商品の通常の仕入原価に販売 経費等を加えた総販売原価とされ、仕入原価を下回 るような価格は原価を著しく下回る対価とみなされる
• 「費用を著しく下回る対価」は正当な理由がなければ 原則として違法となり、「低い対価」は不当であれば
(競争の減殺などがあれば)違法となる
日本における略奪価格の扱い
• 日本では、アリーダ=ターナー基準に近い不
当廉売の基準が採用されており、埋め合わ
せ基準は採用されていない
参考文献
• Areeda, P.E., and D.E. Turner (1975) “Predatory Pricing and Related PracQces under SecQon 2 of Sherman Act”, Harvard Law Review, 88, 697‐733
• Kreps, D., and R. Wilson (1980) “ReputaQon and Imperfect InformaQon”, Journal of Economic Theory, 27, 253‐279
• Milgrom, P., and J. Roberts (1980) “PredaQon, ReputaQon and Entry Deterrence”, Journal of Economic Theory, 27, 280‐312
• Selten, R., (1978) “The Chain‐Store Paradox”, Theory and Decision, 9, 127‐159
• Viscusi, W.K., J.E. Harrington Jr., and J.M. Vernon (2005) Economics of Regula;on and An;trust, MIT Press