開放経済下の経済政策
開放経済体制の移行
神武景気、岩戸景気 世界でも屈指の規模の経済とな る
63年GATT11条国 64年IMF8条国に移行
それにより、先進国として、貿易・資本の自由化を進める義務負う。
自由化に対する産業界の不安が大きく、国際競争力の強化のため活発 な設備投資が行われる。
戦後最大の景気拡大局面となるいざなぎ景気をもたら す。
68年には日本はGDP自由世界第2位の経済大国と なる。
変動相場制下のマクロ経済政策
1971年ニクソンショックにより、ブレトンウッズ体制の崩壊
73年初には、主要通貨は変動相場制に移行。
「日本列島改造論」を掲げる田中首相は大規模プロジェクトや公共 事業を大幅に拡大し73年初から物価は急騰。
日米経済摩擦と規制緩和、市場開放
1960年代後半から、アメリカの経常収支赤字が拡大する一方で日本の黒字 が定着。
アメリカ国内の保護主義的勢力からの対日批判が強まり繊維・鋼鉄などの分野 で貿易摩擦が生じる。
市場志向型分野別協議で日本市場の閉鎖性が問題とされる。
86年の前川レポートは内需拡大と市場アクセス改善のため様々な提言を行う 。
第3節 経済政策の新しい潮流と構造改革
スタグフレーションと
ケ
インズ批判、新保
守
主義の
台頭
マネタリストや合理的期待形成学派など新しい古典派経済学からのケイ ンズ経済批判は高まった。
なにより、巨額の財政赤字累計がケインズ経済学への信頼を低下させた 。
福祉の追及は経済的弱者の強者への依存というモラルハザードを生み出
すという点で、社会的公正の実現が別の公正の問題を生み出す側面を持 つ。
高失業率の常態化により失業問題にも新たなる対応が必要になる
対応のため、公的部門縮小、福祉見直し、市場重視の「小さな政府」を
行
財
政改革と
地
方分
権
赤字国債の累積によって財政再建が重要課題となり、国鉄・食糧管理制度・医 療保険制度のいわゆる3Kは象徴となり改革が急務となった。
しかし、サブプライム・ローンの顕在化、リーマンショック以後の世界不況
のもとで財政再建は再度棚上げされ、基礎的財政収支均衡達成の目標は先送り となる。
行政の簡素化、効率化という観点からは、地方公共団体の自立性を高める地方 分権の必要性が強く認識されるようになった。
規制緩和と消費者保護行政の進展
バブル崩壊以降の長期の経済停滞のなかで、成長制約要因としての規制の弊 害が強く認識され、その緩和が切り札と目され、様々な分野で規制緩和が進 められた。
金融
市場の変化と制度改革
国債残高か急増すると、規制金利の維持は困難となる。
対外資本取引の自由化進展に伴い、海外市場との裁定による金利変 動をおさえることもこんなんになる。
これらにより、金利規制は順次解除されていった。
銀行は、従来の顧客を失ういっぽうで、規制のため新規分野への進
出が遅れたため、土地担保融資の拡大にのめりこみバブル経済をう
みだした。
日本版ビッグバンは一定の成果を上げたが、金融危機への対処と不