− 2 − − 3 −
は じ め に
現代史はわかりにくいという生徒の声をよく耳
にする。それは断片化した知識が地域ごとに散ら ばっているだけでなく、それらが相互に結びつい ているからである。つまり、どのような切り口を
とっても、蜘蛛の糸のようにつながってくる。生 徒に理解しやすくする方法の一つは、地域で分け、
時系列で流し、ときには他と連結する端子を出し ながらまとめるオーソドックスな方法である。20
世紀前半を単元にして、タペストリー*を用いた授
業を考えてみよう。
単元として「20 世紀前半」を考える
20世紀前半の全体像といえば、二度の世界大戦 と急速に大きくなっていくアメリカの存在感、植
民地の自治や独立への動きが描かれる。この流れ を示すと、いかにもオーソドックスではあるが、 第一次世界大戦とソ連の成立→ヴェルサイユ体制、
日本の中国進出・国際連盟・大衆社会→恐慌→世 界ブロック経済→ファシズムの台頭→第二次世界
大戦となる。
この流れに各地域の動きを組み込みながら授業 展開をはかってみる。
第一次世界大戦後の欧米の動き
タペストリー p.214 の第一次世界大戦前のヨ
ーロッパ情勢で、 (1)フランスの孤立から(2)
三国協商と三国同盟との対立状況に変化したこと、
バルカン戦争とバルカン諸国の対立の理解を踏ま えて、ヒストリーシアターのサライェヴォ事件を 扱う。皇太子夫妻がなぜ、危険なこの地を訪問し
たかなどのエピソードを交えながら、戦争が連鎖 的に拡大したことを把握させる。タペストリー
p.215で、短期戦ではなく、長期戦になってしま
ったことをヒストリーシアターで理解させ、塹壕 戦、新兵器の登場にもふれておきたい。
タペストリー p.216∼217にある総力戦が、男性 にかわって女性を職場に進出させたことを、タペ ストリー p.196の時代の女性の立場と比較しなが
ら授業を展開する。さらに、この総力戦が、従来 の戦争とは違う規模の被害をもたらし、環境にも
大きなダメージを与えたことにもふれる。 次に、総力戦であることが、ロシア国民を悲惨 な状況に追い込み、ロシア革命に発展したことを
理解させる。タペストリー p.218∼219で、ロシア 革命の動きだけでなく、犠牲者となった皇帝一家 のことにふれるとともに、国内の抵抗勢力の存在、
日本・欧米など外国からの干渉について学習する。 そのうえで、反対勢力に対してソ連は体制を強化
することで乗り切ったものの、権力闘争や粛正な ど闇の部分があったことなどを理解させる。
第一次世界大戦後のヨーロッパについてタペス
トリー p.220 の地図を使う。
【発問 独立した国家にはどのような国があり、
地理的な位置づけから欧米から何を求められてい ただろうか】
さらにオーストリア=ハンガリー帝国の崩壊が、
タペストリー p.227にみられるように、あらたに 「国民国家」を人為的につくりだし、後の民族紛
争の種を蒔いてしまったことを学習させる。また、
タペストリー p.220ヒストリーシアターの絵とタ
ペストリー p.189⑬ドイツ帝国の誕生の絵とを比
較して、ヴェルサイユ宮殿鏡の間という同じ場所 を舞台に使っていることを読み取らせる。これほ どフランスがドイツに対して憎悪を抱いているこ
とを生徒に感じ取らせ、ドイツの犠牲のもとにヴ ェルサイユ条約・ヴェルサイユ体制ができたこと
20 世紀前半の世界
神奈川世界史教材研究会
タペストリーを使った授業案− 4 − − 5 −
と、タペストリー p.221のテーマにあるフランス のルール占領とドイツのインフレとつなげていき
たい。
あらためて、全図p.40∼41で列強とその海外領
土・勢力圏がどのようになっているのかを把握す るとともに、ヨーロッパの経済建て直しにアメリ カの経済力が大きな力になったこと、裏返せばア
メリカの覇権が名実ともに確立したことを理解さ せる。
【発問 全図p.40の賠償金や戦債の流れからどの
国からお金が流れ出し、どこに集まっているか、 考えてみよう。】
世界では、軍縮が進み、ドイツの国際社会にお
ける地位も復活し始めた。1920年代の欧米の社会 には、タペストリー p.226 にみられるように、 普通選挙が実現し、シャネルスーツに身を固めた
女性が登場するなど女性の社会進出と自由な雰囲 気が漂った。豊かなアメリカではタペストリー
p.228のヒストリーシアターにみるような大衆消 費社会が生み出された。
【発問 この時代の新しいメディアにはどのよう
なものがあるだろうか? p.228∼229をみて考え させ、p.230をみせる。】
しかし、その裏では、
禁酒法の成立とともに 犯罪組織が勢力を広げ、 産業構造の変化によっ
て農村が貧困にあえぎ 始めた。ヨーロッパに おいても、労働者は弱
い革新政府に飽きたら ず、ストライキや暴動
を起こし、社会主義政 策を強力に実行できる政権を求めるようになる。 逆に、資本家や地主、一般の中間層も、ストライ
キや暴動を抑えられない無力な政治を嫌い、強い 政権を臨むようになる。この動きが、ファシズム
を生み出す土壌となったのである。
第一次世界大戦後のアジアの動き
東アジアでは、第一次世界大戦で欧米の目がア ジアに向いていないとき、日本は中国への進出を すすめていく。まず、タペストリー p.224を使って、
魯迅の著した『藤野先生』を手がかりに、文学革 命など日本と中国とのさまざまなかかわり合いを
展開する。そして、袁世凱にのませた二十一カ条 要求がヴェルサイユで問題にされなかったとき、
ヒストリーシアター図④のスローガンを読み解か
せ、中国民衆の気持ちを理解させるとともに、現 在も続く中国の反日運動の原点がこの運動である
ことに気づかせる。それがきっかけとなって、宋 財閥と結び北伐を行う中国国民党の蒋介石や、中 国共産党による中国変革の動きがおこる。両者は
互いにいがみ合うが、日本のさらなる進出に対抗 して国共合作を行う。これらの進出については、 タペストリー p.225のヒストリーシアターを使い
たい。その際、ハルピンから朝鮮の釜山まで鉄道 で結ばれていることにもふれ、日本がどこを支配
したかについてはタペストリー全図p.41の日本と 東アジア海域で確認する。
また、南アジアの動きは、第一次世界大戦にお
ける戦争協力を前提に戦後の自治権付与を約束し たにもかかわらず、イギリスは約束を破ってロー イギリス委任統治(1920)
南アフリカ連邦 委任統治(1919) 1918 14か条の平和原則
↓ 1920 国際連盟成立 (アメリカは不参加)
イギリス委任統治 日本の委任統治
オーストラリア 委任統治 英・仏委任統治(1922)
1914 開通 パナマ運河
1929.10.24 世界恐慌始まる
1917 ロシア革命 1928 五カ年計画開始
1921 中国共産党結成
1930.2 ヴェトナム共産党結成 .11 インドシナ共産党結成 120゜
150゜
150゜
60゜ 30゜
30゜
30゜
30゜ 90゜
90゜
0゜ 60゜ 90゜
90゜ 60゜
0゜ 30゜ 60゜
30゜ 30゜
60゜ 60゜
30゜
0゜
120゜ 150゜
150゜ 180゜
120゜
60゜ 0゜ 120゜
180゜ 60゜ A A B B C C D D E E F F G G H H I I J J K K L L 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5
太
平
洋
西
洋
イ ン ド 洋
大
英連邦自治国 1931 外交自主権確立
( )
(英連邦自治領)
(英連邦自治領) (1924 人民共和国) (1932∼)
(1931 事実上独立) (米)
(米)
(1902)
(1919) (1922)
(1910) (1932) (1912∼伊)
(1899∼ 英・エジプト 共同統治) (1936∼41
イタリアが支配) (1917)
(1919) (1932) (1923) (1922)
(1918 デンマ−クと同君連合)
( 1703∼1914サンクトペテルブルク ) 1914∼24ペトログラ−ド (アラスカ)
運河地帯
チベット
ハワイ諸島
ツ ア モ ツ
諸 島 ラ
イ ン 諸 島
グアム島 マリアナ諸島
カロリン諸島 ビスマルク諸島
諸 島 マ −
シ ャ ル
タスマニア島 プエルトリコ
モントリオ−ル オタワ
ニュ−ヨ−ク ボストン
ワシントン サンフランシスコ
ロサンゼルス
ニュ−オ−リンズ
メキシコシティ
モンテビデオ サルヴァドル ベレン パナマ
サンパウロ
サンティアゴ
リオデジャネイロ リマ
カラカス
リスボン
ダカール
ポートハーコート
ケープタウン カイロ
ボンベイ ラホール
カルカッタ ロンドン
パリ レニングラ−ド
イスタンブル エカテリンブルク
チェリャビンスク オムスク ノヴォシビルスク
パ−ス ダーウィン
シドニ− キャンベラ
ウェリントン ウラジオストク ノモンハン
マニラ
シンガポ−ル 北京
延安
瑞金 上海
京城 (ソウル) 東京 モスクワ
ノ ル ウ ェ
−
ソ マ リ ド ン ラ
カナダ
アメリカ合衆国
ブラジル
ソヴィエト社会主義共和国連邦
メキシコ
イギリス ドイツ
英領インド フランス
ア ル ゼ ン チ ン
アイスランド
オランダ ベルギ−
ポーランド
ポルトガル スペイン
ノ ル ウ ェ
−
−
−
ス フ ィ ン ラ ン ド ウ ェ デ
イ タ リ ア
ン
アフガニスタン パフレヴィー朝
イラク
イエメン 王国
サウジアラ ビア王国
南アフリカ連邦
アルジェリア ア ビ エジプト リ
ス−ダン
ベルギ−領 コンゴ
トルコ共和国
パレスチナ
モロッコ
サ ハ ラ フランス領西アフリカ
リベリア
ト
ゴ エチオピア ギアナ
ベネズエラ
コロンビア エクアドル
ペル−
ハイチ キュ−バ
パラグアイ
チ
リ ウルグアイ アメリカ合衆国
ジャマイカ
ボリビア
モンゴル
中華民国
日本
オ−ストラリア
ニュ−ジ−ランド ビルマ
タイ
英領マレー 満州国
フィリピン 仏 領 イ
ン ド シ ナ
オランダ領東インド ナウル
アイルランド自由国
アメリカ イギリス フランス スペイン ポルトガル 列強とその領土
オランダ イタリア アジアに広がる 共産党の動き 共産勢力の支配地域 時代の概観
世界をおおう2度の総力戦
この時代は,帝国主義的な 世界分割競争が高じて,2度 の世界大戦が勃発した。 大戦は,国民の総力を動員 する総力戦となった。ロシア では,総力戦の負荷により社 会問題への不満が爆発し,社 会主義革命が起こった。これ に刺激されて,帝国主義の支 配する世界のあり方への抗議 が強まり,植民地では民族独 立運動が盛んとなった。 第一次世界大戦後,ヴェル サイユ = ワシントン体制によ って,世界は相対的な安定期 を迎えるが,それは敗戦国の 負担の上にあった。敗戦国ド イツでは新たな国民統合のか たちファシズムが台頭し,侵 略による解決を準備し始めた。 1929年の世界恐慌後,世界 は再び対立に向かい,再度の 世界大戦が勃発した。
きょうこう
20世紀前半の世界
20世紀前半の世界
イギリス
フランス
イタリア ドイツ アメリカ
合衆国
1122
221
賠償金 戦債 数字は金額
(100万ドル) データは 1924.7.1∼31.6.30
33 197 107 565 203 1426
− 4 − − 5 −
ラット法や新インド統一法をつくり、反対する勢
力を弾圧した。そのような動きに対しガンディー はサティヤーグラハによる非暴力・不服従運動を すすめる。タペストリー p.223で糸を紡いだり、
自ら製塩するガンディーの象徴的な試みについて 理解させたい。
西アジアでは、第一次世界大戦後、ムスタファ
=ケマルによって苦難のすえトルコ共和国が成立 する。彼の改革について、タペストリー p.222を
通してイスラーム色がそぎ落とされていくことを 学習させる。ただし、タペストリー p.203・p.212 (エジプトの旗も同じデザインであることに注目
させる)のヒストリーシアターに掲載されている 赤地に白の星と新月の旗に注目させ、トルコの伝
統を守っていることにも理解を促したい。また、 イギリスがパレスチナになした二枚舌外交(実際 の状況からみれば、国語的表現にはないが、三枚
舌 外 交 と も い え る )に つ い て、 タ ペ ス ト リ ー p.222 でチェックさせ、現在のパレスチナ問題 を引きおこすきっかけになったこと、現在の石油
資源を語る際には必ず出てくるサウジアラビアや イラクの成立について理解を深める。
世界恐慌とその後の世界
タペストリー p.230のヒストリーシアターでア
メリカのウォール街に端を発した恐慌が、アメリ カをどのようにかえたのかタペストリー p.228ヒ
ストリーシアターと比較してみたい。そしてその 動きが世界に広まるのを各国の工業生産と失業率 でみせて理解させたい。
このようななかで、ドイツでは、都合の悪い原 因をユダヤ人の存在に押しつけ、ナチ党が勢力を 拡大していった。スペイン内戦においては、効果
的な対策を講じられない英仏に対して、独伊は強 力にフランコを押し、ファシズム勢力は勢いづく。
人びとは、大衆化のなかで、大衆のなかに埋没する ことに安心感を持つ一方、不安にもさいなまれる。 【発問 タペストリー p.233ヒストリーシアター
のよみときをやってみよう】
このような揺れ動きのなかで、全体主義的な傾
向は人びとの心をとらえていく。それは反ファシ
ズム陣営でも全体主義的な対応がとられるという 意味では同じことであった。資源や市場となる植 民地をもつ英米や広大な国土をもつアメリカは、
ブロック化や移民を排するなど市場を閉ざす動き を強める。このことを単にファシズム対反ファシ ズムという形だけで理解させることは避けたい。
日独伊のように資源のある植民地や市場を持た
ざる国は、自ら勢力範囲や市場を拡大するために 侵略・進出をはじめ、そこに新たなる対立が生ま
れ、第二次世界大戦へと破滅の道をあゆんでいっ たのである。
お わ り に
タペストリーでは、各時代・地域をヒストリー シアターや該当する箇所を学習することで頭のな
かにイメージが描けるように工夫されている。さ らにそのパートがどの位置・時代にあるか、全図
を使って捉えることができる。いい過ぎかもしれ ないが、歴史を大きくつかむには、この一冊があ れば十分なのである。生徒は高校時代だけでなく、
卒業後も何かにつけて活用できるのではないかと 思う。
アメリカ 合衆国 カ ナ ダ
イギリス
パナマ キューバ
イギリス
パナマ
(アメリカの裏庭) 中国の門戸開放
日本の孤立化と軍事制限
ワシントン会議(1921∼22)
日本
ハワイ諸島
グアム島 フィリピン
(アメリカの裏庭) 中国の門戸開放
日本の孤立化と軍備制限
ワシントン会議(1921∼22)
フランス イタリア イタリア
ソヴィエト連邦
イラン モスクワ
インド ドイツ
キューバ 日本
ハワイ諸島
グアム島
投資 投資
投資と介入 シベリア出兵
中国への足場固め
投資 貸付
フィリピン モンゴル
世界計 488万台 世界計
9100万トン
(1925年) (1925年)
工業大国となったアメリカ(1920年代の繁栄)
工業大国となったアメリカ(1920年代の繁栄)
アメリカ合衆国 アメリカ 合衆国
フランス 3.6 イギリス 3.4 カナダ 1.0
フランス 3.6
フランス イギリス 3.4
イギリス
カナダ 1.0 他 の そ
87.4% 50.7%
4.6 その他
10.8
ドイツ 13.5 8.2 8.2 5.1 日本 1.4 ロシア 2.1 ベルギ−・ ルクセンブルク
鉄鋼
の生産 自動車 の生産
鉄鋼
の生産 自動車 の生産
スターリング=ブロック参加国 アメリカとの通商協定国かつスターリング=ブロック参加国 アメリカとの通商協定国
アメリカとの通商協定国かつ金ブロック参加国 金ブロック参加国 第二次世界大戦前の世界経済ブロック
〈 〉 グラフ類は『近代国 際経済要覧』より
p.230
東南アジア・インドへ ア ウ
イ 広州 綿花
米
米
米 砂糖
石炭・ 鉄鉱石
石油・鉄くず アメリカから 大豆 ・ 石炭 ゴム
石油
重慶 西安 延安 万県
瑞金 香港 マカオ ハノイ カルカッタ マドラス
サイゴン
スラバヤ バンコク
マニラ
ノモンハン
京城 釜山 南京 井崗山
北京
青島 大連 奉天
上海
東京 魚津 中華民国
日本 タイ
チベット
モンゴル
アメリカ領 フィリピン オランダ領
東インド イギリス領 マレー
イギリス領 インド
フランス領 インドシナ
バタヴィア
1930年代,不況の日本が東南ア ジア各植民地にダンピング輸出。 貿易摩擦があいつぎ,日本孤立。
ウラジオストク ハバロフスク イルクーツク
ラングーン
シンガポール
ロシア
ソヴィエト連邦
中国へ
アメリカへ 綿織物
綿織物 ・雑貨
生 糸
日本のシベリア出兵 1937年の日本軍進出地域 日本の輸入 日本の輸出 おもな油田 介石支援ルート [漢冶萍公司] 漢陽製鉄所 大冶鉄山 萍郷炭鉱
ア
ウ イ
かん かん や ひょう コン ス
よう ハン ヤン だい や ター イエ ひょう きょう ピン シャン
日本と 東アジア海域
日本のブロック政策 アジアとの貿易のなかで工業化を発展させた日本は,しかし,中国人の商業網や
各地の近代国家建設運動の実力を正しく評価せず,アジアと対等に協力しようとは考えなかった。そ して,第一次世界大戦後に不況が続くと,日本中心のブロック経済圏(日本はのちに,「大東亜共栄
圏」と称した)に,中国・東南アジアを巻き込もうと,軍事的に暴走を続けた。 だいとう あ きょうえい けん
日本と東アジア海域年表
ろ こうきょう じ けん ふ ぎ
しょうかいせき ほくばつ
シーアン 1914 1915 1917 1919
1921 1923 1926 1927 1929 1930 1931 1932 1933 1936 1937
1939 1940 1941
第一次世界大戦はじまる
日本,中国に二十一カ条要求出す 日本,シベリア出兵
三・一独立運動(朝鮮) 五・四運動(中国) 中国国民党結成 中国共産党結成 関東大震災 中国の 介石,北伐開始 インドネシア国民党結成 世界恐慌 インドシナ共産党成立