これは従来の世界史授業の報告ではない。本校 独自の「探究科」における世界史を題材に使った 総合的な能力開発をめざした授業の実践報告であ る。以下、少々この「探究」をめざした授業につ いて説明をしておきたい。
本校では1999年4月より、校舎改築に伴って、 普通科に併せて、人間、自然の両探究科が設立さ れた。従来の通学圏にとらわれず府内全域から募 集した生徒が通学するようになった両探究科が2 クラズずつおかれており80名ずつ160名が在籍し ている。
従来の高校における学習というと、知識理解に 偏る傾向があったが、これからの教育においては 「生徒の自ら学び、自ら考える力を育成」してい くことが求められている。そこで、本校では従来 型の学習に加えて、探究的な学習を通じて見方や 考え方を育成するため、探究科生徒に「個人研究」 を課した。これは、テーマ設定→調査・資料収集 →考察→レポート作成→研究発表、を通じてこれ までの座学中心の授業では育成し切れなかった 「生徒の自ら学び、自ら考える力」を引き出すと ともにそれを論理的に表現する力を育てていこう とするものである。これは各教科の枠を越えた科 目を設定し、全体のスキルを向上させることを目 的とする過程では全教科の教師が協力して取り組 んでいる。
授業は1年生から2年生の前期にかけて設定さ れており、1年前期ではコンピュータや文献資料 によって必要な資料の探索を行う能力など基礎能 力の開発を、1年後期から2年の初めまでは開発 された能力を使ったグループ研究とプレゼンテー ションによる情報発信の能力をつけることをめざ
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した授業を行っている。そして2年前期から個人 研究の能力を磨く過程に入っていく。この授業は その段階をなすものである。
個人研究の段階になると生徒は各教師が開く講 座(ショップと呼ぶ)に分かれて所属し、それぞ れの興味関心にそって研究を始める。それに先だ って教師はテーマに沿った研究方法を示すために テーマ授業を行うことになっている。その際のテ ーマは各教師が任意に設定するが、生徒に資料や 文献の読解能力をつけさせるためにすべての生徒 が必ず読む課題図書を使用することだけを申し合 わせている。
「歴史・文化」のショップを担当している筆者 は、生徒の主体的な学習を支援し、問題発見的、 問題解決的な学習をすすめるために、従来から具 体的な生活文化の中からテーマを選び出し、その 背後に存在する歴史的、社会的な意味に気づかせ ることに主眼をおいて授業を行ってきた。たとえ ば2000年には『中華料理の文化史』(張競 ちく ま新書)を使って中国の各時代の料理事情を調べ、 現在の中華料理が長い時代変遷の中で様々な民族 の文化の混合によって成立してきたことを知るこ とができたし、01年には『バナナと日本人』(鶴 見良行 岩波新書)を使って現在の我々の食料が 広く世界を覆うシステムによって支えられている ことを知ることができた。
『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)は世界 史を教えるものにとってはよく知られた本であろ う。大阪大学の文学部長もつとめられ、近世イギ リス史研究の第一人者として知られる川北 稔氏
『砂糖の世界史』を教材とした「探究基礎」授業
京都市立堀川高等学校 印 牧 定 彦
探究科の指導方針
授業テーマの設定
− 15 − が「砂糖」という身近なありふれた食材がいかに 近代の世界の貿易構造を支配し、その結果、近代 を規定した「世界システム」の形成にいかに影響 を与えたかを高校生などを対象に、極力、平易に 伝えようと努力された好著である。そしてこの本 の優れた点は、平易な記述のうちに現在の世界史 研究の中で広く注目されている「世界システム論」 へのアプローチを可能にしてくれていることであ る。「世界システム論」は現在、「環大西洋革命」 と呼ばれる18世紀以後の世界史的変化の理解のた めにはどうしても押さえておくべきアプローチ方 法と考えられる。
本校では本年、近現代史から授業を開始した経 緯もあり、「近世・近代」とは何か、というテー マをいかに生徒に説明するかということに努力す る必要に迫られた。この立場からも今年の「探究 基礎」のテーマとしてこの本を扱うことにした。 まず基本的な知識を共有する目的と、発表方法 を例示するために筆者がこの本のプロローグと第 一章を題材に講義発表を行った。以下はその要旨 である。
砂糖は一時はその消費量がその国の生活や文化 の水準を表すと考えられた。その理由は、砂糖と いう嗜好品は抗しがたいその魅力的な味から世界 中の誰からも好まれるからである。他の嗜好品は 必ずしもそうではない。この点で、世界中で求め られる商品(世界商品)になりやすいことを意味 する。
さて、世界商品とは何であろうか。毛織物は古 くからのヨーロッパの輸出品であり、ルネサンス 期などにヨーロッパの主要な輸出品としてその貿 易を支えたのは事実である。しかしこの商品は暑 い地方にはむかない。ゆえにヨーロッパ勢力がイ ンドなど東方との貿易に乗りだした際には主要な 輸出品にはなり得なかった。しかしインド原産の 綿織物は薄くて染色しやすく暖地にも寒地にも適 応できることで各地で好まれる。すなわち綿織物 の方が「世界商品」として好適であることをこの
ことは意味する。
つまり世界商品とは、世界のどの土地でも使わ れ、入手したいと思わせられる商品のことである。 この意味からは現代の石油や自動車も「世界商品 (ステイプル)」である。
このことは「世界商品」の生産や流通を独占で きれば大きな利益を上げることができることを意 味する。個々で注目されるのは従来、「世界商品」 であったもの、例示するならば、銀、タバコ、茶、 香料、コーヒー、ゴムなどの多くはアジアやアフ リカ、アメリカの鉱山や農場で生産され、ヨーロ ッパでは容易に入手できないものであった。
そのためヨーロッパ諸国はこれらの土地を囲い 込み、他の勢力を排除する競争を繰り広げたので あって、16世紀以後の大規模なヨーロッパ人植民 地の形成の動機はまさにここにある。
そして「世界商品」の最も初期の例が砂糖であ る。このことから16∼19世紀の世界中の様々な勢 力がその生産と流通の独占をめぐって努力を重ね、 ブラジルやカリブ海地域をはじめとする全世界に どのような生産の様式を生んだか、ということに 注目してほしい。ここに生じた大農園(プランテ ーション)は砂糖など商品作物の生産に特化して、 食料すら輸入するような工場的な経営に基づく農 場経営であって、この経営にはヨーロッパ資本と りわけイギリス資本が大量に流入して大きな利潤 をあげる結果を生んだ。
そしてこの経営を成り立たせる労働力として大 量の黒人が強制的に奴隷として使用されることが 絶対的な条件となり、このことが奴隷貿易の成立 の理由である。だから、「近代世界」が形成され ていくために必然的に「奴隷」という犠牲者が必 要であったことに注目してほしい。
我々は近代の奴隷制というとすぐに南北戦争の 原因となったアメリカのそれを思い浮かべるが、 綿織物のために砂糖の生産形態に倣うかたちで、 アメリカ南部に時間的には少し遅れて同様の綿花 プランテーションが成立したのである。この関係 からは「アメリカの綿花奴隷制は巨大な砂糖奴隷 制の残照にすぎない。」と言っても過言ではない
ルトガルの勢力範囲となることもこのとき確定し たのである。このことはブラジルの砂糖生産がア フリカの奴隷を労働力として行われる道が開かれ ることを意味した。
一方、砂糖生産は産地が移動していく宿命を持 つ。それは土地が肥料分を失って荒廃するので土 地を替える必要があることと、大量で命令が行き 届きやすい労働力が必要であることが主要な理由 である。この事実は砂糖のプランテーションと奴 隷制が砂糖の需要を満たすまで無限に拡大してい くことを意味したのである。
教師による発表後、生徒の発表の足がかりを作 るためにアプローチの方向を提示して生徒の発表 を割り振った。このときの留意点として、生徒の 希望する章が重複しても基本的には希望通りに選 択させた。これはこの過程が探究の方法を理解さ せることが目的であって、同じテーマ、文献を使 用しても発表者の関心によって異なった発表がな される可能性があることを生徒に理解させるため である。
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関係が両者の間には存在する。
そもそもヨーロッパ人が砂糖と初めて出会った のは前4世紀にインドに侵入したアレクサンドロ スの軍隊であるらしい。しかし砂糖の伝播を担っ たのは7世紀から各地に拡大したイスラーム教徒 である。イスラーム教徒の拡大により地中海の島 島や北アフリカ、スペインにも砂糖生産が拡大し た。砂糖きび栽培が土壌を荒らして土地を次々に 替える必要があること、集団的で規則的な労働が 必要であることはこの時も大きな影響を与え、イ スラーム世界でも奴隷的な農民の出現を見る結果 となる
さて西ヨーロッパ人の砂糖との本格的な出会い は十字軍によるイスラム世界との交流による。し かし、15世紀に海上に進出したポルトガル人は大 陸沖合の大西洋に浮かぶ島々(マディラ島など) にプランテーションを建設し始めた。つまり、大 航海時代の訪れが西ヨーロッパに砂糖生産をもた らすこととなったのであり、同時にその勢力下に あった地方のアフリカ人奴隷の使用も始まる結果 を生んだ。
この当時生産された砂糖は国内で消費されるだ けではなくベルギーのアントウェルペンに集めら れ、全ヨーロッパに売りさばかれていた。これは 砂糖がそれまでの贅沢品から「世界商品」に変化 し始めたことを意味することに注意してほしい。 砂糖生産が増大するとその需要も拡大し消費が消 費を生んで無限の「市場」があることが予想され るようになった。そこで各国は競ってその生産を 組織しようとするが大西洋の島々は手狭になって しまった。このようにして「広い土地と豊富な労 働力が存在すれば大いに儲かる。」という条件が 存在したことが、大航海時代を推進していった原 動力の一つであることを理解する必要がある。
さてこのような見方から奴隷制に目をむけると、 大航海時代のいろいろな事件も別の意味づけを持 っていることが解る。1493年、ポルトガルはスペ インと世界を勝手に分割(94年に改変:トルデシ リャス条約)し、ブラジルがポルトガル領となっ たことは有名である。しかし同時にアフリカがポ
生徒への疑問の提示
私の発表で得られた知識をもとにして、以後の内容を 読み、知識をまとめていこう。
各章のまとめるべきポイントを紹介する。 第2章 カリブ海と砂糖
カリブ海に形成された砂糖プランテーションは大西 洋岸の各地を結ぶ巨大な貿易システムを生み出す。そ の実態を解明しよう。
第3章 砂糖と茶の遭遇
イギリスにおける砂糖の消費はこれもイギリス人に とって新奇な産物であった茶と出会うことによって飛 躍的に拡大する。それはなぜ可能だったのだろうか。 第4章 コーヒーハウスが育んだ近代文化
近代のヨーロッパ世界では、コーヒー、茶などの飲 料はある意味では現代においてよりも社会的に重要な 意味合いをもっていた。その実態を調べてみよう。 第5章 茶・コーヒー・チョコレート
商業の発展にともなってヨーロッパで一般化した新 奇な飲料はヨーロッパの各国で受け入れられ、それぞ れの国の状況の下で独自に発展した。その影響につい てまとめよう。
第6章 「砂糖のあるところに奴隷あり」
以下に生徒の発表のレジュメの一部を提示する。 生徒たちはだいたいこちら側が意図したとおりの 成果をあげてくれたと思う。
例示した2枚のレジュメはともに第6章に関す るものであるが、<例1>の発表者が三角貿易を はじめとするイギリスの経済活動がいかにイギリ ス上流階級の暮らしを支えていたかに関心を持っ
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て、スペイン継承戦争後の大西洋奴隷貿易のアシ ェント権の重要性を説く発表を行ったのに対し て、<例2>の発表者はホガーズの風俗画を題材 としてイギリス社会における黒人奴隷のあり方を 発表の切り口とした対比は印象的であった。
紙数も尽きたので、ここに生徒の感想文を掲載 して一つの評価としたい。
「この講座では同じテーマで様々な結論が導き 出された。ある生徒の発表の言葉を借りれば『世 界システムとはある国の営みが世界貿易なしには 成り立たなくなるような世界のあり方』だそうで ある。一冊の本から一つの歴史観を学ぶことがで きる。この発見は僕には大きな発見であった。」 生徒の発表
生徒の感想 第7章 イギリス人の朝食と「お茶の休み」
イギリスの朝食に現在でも当たり前のように出てく
る「砂糖入りのお茶」。しかしこれは近代が始まろうと
するイギリスの社会が必要とした変化に対応するもの であった。それはどのような変化であったのだろうか。 第8章 奴隷と砂糖をめぐる政治
これほどに利益をもたらした砂糖と奴隷の貿易は政 治にも大きな影響をもたらした。その問題をめぐる対 立はついに奴隷労働に依存した砂糖生産に大変化を引 きおこす。19世紀の政治や経済に与えたこの大変化に ついて探ろう。
第9章 砂糖きびの旅の終わり
独占的な「世界商品」であった砂糖について様々な 国がその独占を破ろうと努力する。そのような試みは どのように行われたのか。また砂糖が「世界商品」と しての地位から後退した原因は何か。
<例1> <例1>