対称性でみる量子多体系 1
—Nambu-Goldstone 定理と Lieb-Schultz-Mattis 定理に関する最近の進展 —
東京大学 物理工学専攻 渡辺 悠樹 (Haruki Watanabe)
2Contents
1 Overview 3
1.1 ラグランジアン、ハミルトニアンとその対称性 . . . 3
1.2 量子多体系の分類 . . . 4
1.3 励起ギャップを持つ量子相の分類 . . . 4
1.4 Lieb-Schultz-Mattis定理 . . . 5
1.5 基底状態の縮退の機構 . . . 5
1.6 Nambu-Goldstone定理 . . . 6
2 自発的対称性の破れの定義 7 2.1 秩序演算子 . . . 7
2.2 対称性を破る外場 . . . 8
2.3 長距離秩序 . . . 8
2.4 Horsh-von der Linden . . . 9
2.5 Anderson’s Tower of States . . . 9
2.6 Coset空間. . . 10
2.7 Time Crystalの非存在性(書きかけ) . . . 10
3 Nambu-Goldstone定理 11 3.1 自由場の量子化 . . . 11
3.1.1 相対論的実1成分場 . . . 11
3.1.2 相対論的複素1成分場 . . . 12
3.1.3 非相対論的複素1成分場 . . . 12
3.1.4 調和振動子 . . . 12
3.1.5 中間的な場合 . . . 13
1このノートは、立教大学での集中講義の講義ノートである。
2email: haruki.watanabe@ap.t.u-tokyo.ac.jp
3.2 重要な例 . . . 13
3.2.1 Lorentz不変なO(n) → O(n − 1)模型. . . 13
3.2.2 Gross-Pitaevskii模型. . . 14
3.2.3 Heisenberg強磁性 . . . 14
3.2.4 Heisenberg反強磁性(書きかけ) . . . 15
3.2.5 化学ポテンシャルが入ったU (2) → U(1)模型 . . . 15
3.2.6 その他の例 . . . 16
3.3 先行研究 . . . 17
3.3.1 Nielsen-Chadhaの不等式 . . . 17
3.3.2 Sch¨aferらによる議論 . . . 17
3.3.3 南部の議論 . . . 18
4 有効場の理論 19 4.1 Lautwylerの有効ラグランジアン . . . 19
4.2 時間微分を1つ含む項 . . . 20
4.3 時間微分を2つ含む項とKilling方程式 . . . 20
4.4 線形近似 . . . 21
4.5 非線形表現とMaurer-Cartan形式 . . . 21
5 SO(3) → SO(2)の例 22 5.1 時空間の対称性の場合(書きかけ) . . . 23
6 LSM定理(書きかけ) 24 6.1 トポロジカル秩序の例 . . . 24
相互作用する量子多体系に対し、その基底状態や低エネルギー励起状態の性質を調べることは 一般に容易ではない。そこで、相互作用の形や強さなどの系の詳細によらずに成り立つ一般的な
「定理・法則」を確立し、系の持つ対称性のみに基づいて、系の重要な性質を部分的にでも予言で きることが望ましい。本講義では、このような一般的法則についての筆者のこれまでの研究を振 り返る。
1 Overview
具体的な定理やその拡張の話しに入る前に、まず簡単に全体像を俯瞰しよう。
1.1 ラグランジアン、ハミルトニアンとその対称性
系のラグランジアンLが、連続系ではL = ∫ ddxL⃗x、格子系の場合はL = ∑⃗xL⃗xのように積分 または和の形で与えられているものとする。局所的な理論を扱いたいので、このL⃗xは空間座標⃗x 近傍の場ϕi⃗x(t)の積や和で書かれてているとする。
物性物理学ではラグランジアンより、むしろこれをルジャンドル変換し正準量子化したハミル トニアンHˆ を出発点にとり議論をすることが多い。ラグランジアンに対応してハミルトニアンは H =ˆ ∫ d⃗x ˆH⃗xやH =ˆ ∑⃗xHˆ⃗xのように和で書かれており、hˆ⃗xは空間座標⃗xやそこから有限の距離 だけ離れているヒルベルト空間にのみ作用するとする。ハミルトニアン形式ではHˆ だけでなく交 換関係[ ˆϕi⃗x, ˆϕj⃗y]も与えられている必要がある。つまり「ハミルトニアンと交換関係の組み」がラグ ランジアンと同じ情報を持っている。ϕˆi⃗xは例えばスピン模型の場合には各サイト上のスピン演算 子sˆi⃗x(i = x, y, z)、Hubbard模型の場合にはフェルミオンの消滅演算子ci⃗xなどである。
ある操作gの下で、ϕˆi⃗xは
ϕˆ⃗ix → ˆgˆϕi⃗xgˆ†= ˆϕjg(⃗x)[U (g)]ji (1) と変換されると仮定する3。ここにU (g)はユニタリー行列である。一般には点g(⃗x)は⃗xと異なっ ても良い(例えば空間反転ならg(⃗x) = −⃗x)が、特にg(⃗x) = ⃗xの場合gˆを内部対称性、そうでな い場合には時空の対称性と呼ぶ。変換ϕi⃗x → ϕjg(⃗x)[U (g)]jiの下でラグランジアンが高々時間の全微 分だけしか変化しない場合、gは系の対称性であるという。ハミルトニアン形式では、ˆgとHˆ が交 換し、かつ交換関係が不変に保たれる場合、gは系の対称性であるという。このようなgの集合は 群をなし、それをGと書く。Gが離散的な場合には離散対称性、Gが連続パラメータを含むLie 群のときには連続対称性という。系が連続対称性を持つと、対応する保存量Qが次のように定義 される(Noetherの定理)。例えば無限小変換ϕ⃗ix→ ϕi⃗x+ δϕi⃗xの元で連続系のラグランジアン密度 がL → L + ∂µXµと変化する場合は、保存カレント
j⃗xµ= ∂L
∂(∂µϕi⃗x)δϕ
i⃗
x− Xµ. (2)
3ここでは簡単のために場は線形に変換するとしたが、この仮定は必要がないので後で一般化する。
が存在し、Q =∫ dd⃗x j⃗x0を導く。この保存量は逆に対称性の生成子と理解することができ、ϕi⃗x → ϕi⃗x+ δϕi⃗xを与える無限小変換はˆg = eiϵ ˆQと書くことができる。
一般に、Gが系の対称性であるからと言って、Gが系の(物理的な)基底状態の対称性である とは限らない。(物理的な)基底状態がGの操作の下で不変でないとき、その対称性が自発的に破 れたという。
1.2 量子多体系の分類
与えられたハミルトニアンを適当な境界条件(例えば周期境界条件)の下で数値的に厳密対角化 したとしてみよう。特に周期Li (i = 1, 2, 3)の境界条件を仮定することが多い。得られた(多体 の)エネルギー固有値を、小さいものから順にE0 ≤ E1 ≤ E2 ≤ . . .と並べたとする。仮に有限系
でEn < En+1となっていたとしても、最終的に興味がある熱力学極限(各Liを大きくしていっ
た極限)ではEn+1− En → 0となる可能性がある。特に、系の大きさによらない正の整数Dが あって、熱力学極限においてE0からED−1まではその差が無視できるのに対し、ED− ED−1は 有限に残る場合を考えよう。もしこのようなDが存在すれば、系は励起ギャップを持つという。さ らに、ED− ED−1を励起ギャップ、Dを基底状態の縮退度という。逆にこのようなDが存在しな い場合、系はギャップレスであるまたはギャップレス励起を持つという。
この定義に基づき、ハミルトニアンを以下の3通りに分類することができる。 1 励起ギャップを持ち、かつ基底状態が唯一(D = 1)。
例:トポロジカル絶縁体を含むバンド絶縁体一般、Haldane相などの各種SPT相、整数量子 ホール系など
2 励起にギャップを持ち、かつ基底状態が縮退している(D > 1)。
例:離散対称性が自発的に破れた相、トポロジカル秩序相(分数量子ホール系、ギャップを 持つスピン液体相など)
3 励起にギャップがない(有限のDが存在しない)。
例:連続対称性が自発的に破れた相、フェルミ液体、ギャップレススピン液体相
ここに挙げた例からも明らかなように、それぞれの分類にもまだ多様な相が混在しており、これ は非常に荒い分類ではあるが、後に見るようにLieb-Schultz-Mattis定理やNambu-Goldstone定理 の観点からは意味がある分類になっている。
1.3 励起ギャップを持つ量子相の分類
上記の分類で1と2の「励起ギャップを持つ系」と分類された系をさらに詳細に分類していく方法 として「ハミルトニアンを断熱的につなげることができるか」を調べる方法がある。つまり、同 じ対称性Gを持つ二つのハミルトニアンHˆ1とHˆ2が与えられた時に、それらを繋ぐ連続的なハ ミルトニアンH(t)ˆ で以下の性質を満たすものがあるかどうかを問う。
• ˆH(0) = ˆH1かつH(1) = ˆˆ H2。
• ˆH(t)は励起ギャップを持つ。
• ˆH(t)はHˆ1, ˆH2に仮定されている対称性Gを持つ。
このようなハミルトニアンH(t)ˆ が存在するとき、一般にHˆ1とHˆ2は同じ相に属するということ になる。逆にこのようなハミルトニアンH(t)ˆ が存在しない場合、Hˆ1とHˆ2は異なる相に属し、こ れらのハミルトニアンをつなげるためには必ずギャップレスの相転移点(量子臨界点)を経るか、 もしくは系の対称性をあらわに破らなければならない。Hˆ1とHˆ2が同じ相に属するためには、少 なくとも基底状態の縮退度Dや、さらに「破れていない対称性H」が等しいことが必要である。
元々のLandauによる相の分類は、この対称性の破れのパターンG → H に基づいて行われたが、
近年その他のトポロジカルな理由によってさらに詳細に相が分類され得ることが分かってきた。 このように、仮定された対称性の下で互いに結びつくハミルトニアン同士を同一視すること で、可能な「相」の定義・分類をすることができる。対称性を全く仮定しない場合には互いに結び ついていたHˆ1とHˆ2が、ある対称性を仮定するとH(t)ˆ の可能な経路が制限されて結びつかなく なり、異なる相に属するようになるということがある。そのような相のうち特に非自明なものを symmetry-protected topological (SPT)相と呼ぶ。特に自由フェルミオン系におけるSPT相がいわ ゆるトポロジカル絶縁体である。
仮定する対称性Gが高ければ高いほど、H(t)ˆ で考えられる可能な経路が厳しく制限されるの で、より多くの「相」が定義できるように思われる。しかし逆に対称性が高いほど、基底状態の 性質に制限がかかり可能な相の種類が減ることもある。例えばギャップを持つ2次元自由粒子系を 分類する指標としてChern数Zがあるが、もし時間反転対称性を仮定するのであれば(時間反転 対称性を自発的に破らない限り)Chern数が0の相のみが許されることになる。
1.4 Lieb-Schultz-Mattis 定理
本講義の後半のテーマであるLieb-Schultz-Mattis (LSM)定理は、分類1(励起にギャップがあり、 かつ基底状態が唯一)の系を実現するための粒子数密度に関する定理である。系が粒子数N を保 存し、かつ離散的な並進対称性T を持つと仮定する。なおTの元は全て互いに交換するとする。 するとTで規定される単位胞あたりの平均粒子数(またはフィリング)νが定義できる。最も基 本的なLSM定理の主張は、
系の基底状態が唯一で、かつ励起にギャップがあるためには、νは整数でなければなら ない
というものである。この定理の詳細や拡張については、本講義の後半で詳しく議論する。
1.5 基底状態の縮退の機構
分類2の系(励起にギャップがあり、かつ基底状態が縮退)が実現するのはどのような場合だろう か。基底状態が縮退するということは、二つのエネルギー固有状態のエネルギー固有値が(少な
くとも熱力学極限で)一致するということであり、このような一致が生じるためには何らかの理 由が必要となる。言い換えれば、全くの偶然による縮退には興味がない。
基底状態に縮退を生じる機構としては、自発的対称性の破れに起因する場合と、それだけでは 説明がつかない場合の2通りがある。一般に系の離散対称性が自発的に破れると、基底状態は破 れた対称性の数だけ縮退する。一方、基底状態が有限に縮退する場合のうち、離散対称性の破れ を伴わない、もしくは離散対称性だけでは説明しきれない縮退を持つとき4、系はトポロジカル秩
序(topological order)を持つといい、この自発的対称性の破れに起因しない縮退をトポロジカル縮
退(topological degeneracy)と呼ぶ。少々紛らわしいが、ここでいうトポロジカル秩序とはトポロジ
カル絶縁体などとは何ら関係がないので注意が必要である5。トポロジカル秩序相は本質的に粒子 間相互作用によって現れる相であり、分数化などの興味深い性質を持つことが知られているので、 後日改めて議論したい。
1.6 Nambu-Goldstone 定理
一方、系の連続対称性が自発的に破れる場合には無限に多くの状態が縮退し、分類3の場合にな る。本講義前半のテーマであるNambu-Goldstone (NG)定理によれば、系の連続対称性の自発的 破れが起こると、無限に多くの基底状態が縮退するだけでなく、一つの基底状態の上に粒子的な ギャップレス励起(Nambu-Goldstone mode (NGM)と呼ばれる)が存在しする。次の節では、こ の自発的対称性の破れとその帰結ついて詳しく議論する。
4つまり、離散対称性Gが部分群Hに破れた相の縮退度Dが
D > |G/H|のとき
5しかし実際「トポロジカル絶縁体」を指して「トポロジカル秩序」という言葉を用いている文献もある。
2 自発的対称性の破れの定義
本節ではまず自発的対称性の破れの定義を復習する。この点は後にtime crystalを議論する際にも 重要となる。その後いくつかの具体例を通してNGMの数と破れた対称性の数の関係を見た後、低 エネルギー有効場の理論を用いて一般的な関係を証明する。
2.1 秩序演算子
再び与えられたハミルトニアンHˆを適当な周期境界条件の下で数値的に対角化することを考える。 ここでHˆ は対称性gˆを持つとする。得られたエネルギー固有状態のうち、最も低いエネルギーを 持つ状態の一つを|Φ0⟩と書くことにする。gˆはHˆ と交換するので、|Φ0⟩はgˆの固有状態に選べ る。|Φ0⟩がgˆの固有状態となっているならば、定義により状態|Φ0⟩はˆgの下で高々eiθの位相でし か変換されない。言い換えれば状態|Φ0⟩はgˆの下で不変であり、対称性ˆgを持っているというこ とになる。このような状態に対しては、変換前後の演算子の差
δ ˆϕ⃗ix≡ ˆgˆϕx⃗igˆ†− ˆϕi⃗x (3) の期待値は必ずゼロになることに注意したい。したがって、逆にδ ˆϕi⃗xがゼロでないの期待値を持 つような状態はgˆの固有状態になっておらず、対称性の変換の下で不変ではない。つまり対称性 を破っていることになる。特にGが連続対称性で、生成子Qˆを用いてgˆがeiθ ˆQと書ける場合に は、式(3)は
δ ˆϕi⃗x= iθ[ ˆQ, ˆϕi⃗x] + O(θ2) (4) となる。ここに現れるˆg ˆϕi⃗xˆg†− ˆϕx⃗i やi[ ˆQ, ˆϕi⃗x]を、対称性gˆの破れを特徴付ける秩序演算子といい ˆ
o⃗xと書く。
例1:横磁場Ising模型H = −Jˆ ∑isˆzisˆzi+1− B∑isˆxi は、スピンをx軸の周りにπ回転する対 称性ˆg = eiπ∑isˆxi を持つ。特にϕˆi⃗x = ˆs⃗zxに対して、δ ˆϕ⃗ix= −2ˆsz⃗x。したがって秩序演算子は、実数 係数を無視してˆo⃗x = ˆsz⃗xとなる。6
例2: Heisenberg模型H = Jˆ ∑⟨⃗x,⃗y⟩⃗ˆs⃗x· ⃗ˆs⃗yは、連続的スピン回転対称性O(3)を持つ。特にx軸 周りのθ回転ˆg = eiθ∑⃗xˆsx⃗xに着目しϕˆx⃗i = ˆsy⃗xと選べば、i[ ˆQ, ˆϕi⃗x] = −ˆsz⃗x。したがって秩序演算子は ˆ
o⃗x= ˆsz⃗xとなる。J < 0で反強磁性体となるときには、ei ⃗Q·⃗xˆsz⃗xを見れば良い。
例3: Gross-Pitaevskii模型L = ψ†(i∂t+ µ)ψ − 2m1 ∇⃗⃗xψ†· ⃗∇⃗xψ − g4(ψ†ψ)2で、特にU(1)対称 性g = eˆ iθ ˆN を問題にする場合には、i[ ˆN , ψ] = −iψなので、ψ(⃗x, t)を秩序演算子とすればよい。 さて、この有限系での基底状態|Φ0⟩に対しては秩序演算子の期待値は常にゼロとなってしま い、対称性を破ることができない。この問題を回避して対称性の破れを議論する方法として、次 の二つのアプローチが知られている。
6横磁場Ising模型は離散的な内部対称性を自発的に破る例だが、離散的な並進対称性を自発的に破る例としては
Majumdar–Ghosh模型がある。
2.2 対称性を破る外場
秩序演算子O ≡ˆ ∑⃗xoˆ⃗xを用いてハミルトニアンをH(h) = ˆˆ H − h ˆOと変更すれば、一般にˆgとOˆ は交換しないので、H(h)ˆ は対称性ˆgをあらわに破っている。したがってH(h)ˆ の固有状態は一般 にˆgの固有状態とはならない。ここではH(h)ˆ の有限系での基底状態を一つ選びそれを|Φ0(h)⟩と 書く。これを用いて
m(h) = lim
V →∞
⟨Φ0(h)| ˆO|Φ0(h)⟩
V (5)
を求める。ここにV =∑⃗x1は系の体積である。対称性を破る外場hをかけてしまっているので m(h)がゼロでなくてもなんら不思議はないが、これでは系が「自発的に」対称性を破ったことに ならない。そこでhを小さくしていく極限を考え、h → +0でもm(h)がゼロでない有限の値を持 つとき、対称性ˆgが自発的に破れたという。この
m ≡ lim
h→+0m(h) = limh→+0V →∞lim
⟨Φ0(h)| ˆO|Φ0(h)⟩
V (6)
は秩序変数と呼ばれる。
例えば、横磁場Ising模型でB/J が摂動的に扱える範囲では、有限系での基底状態は|Φ0⟩ ≃
√1
2(|↑⟩ + |↓⟩)のような非物理的な「猫状態」になっており、秩序演算子の期待値が打ち消し合っ
ている。次にエネルギーが低い状態は|Φ1⟩ ≃ √12(|↑⟩ − |↓⟩)でエネルギー差は(B/J)V に比例して いる。ここに外場hをかけるとこれらの線形結合である|Φ0(h)⟩ ≃ |↑⟩という物理的状態が基底状 態として選ばれ、秩序変数がゼロでない有限の値を持つ。
2.3 長距離秩序
対称性を破る外場をかける方法では、ハミルトニアンHˆ や対応する基底状態|Φ0⟩を変更してし まっている。元のハミルトニアンや基底状態のままで対称性の破れを議論する方法として、長距 離秩序を見る方法が知られている。系の長距離秩序とは
σ2≃ lim
|⃗x−⃗y|→∞V →∞lim ⟨Φ0|ˆo⃗xoˆ⃗y|Φ0⟩ (7)
という秩序演算子の相関関数であり、まさに遠く離れた2点間の秩序にどれだけ相関があるかを 示している。積分形では
σ2= lim
V →∞
⟨Φ0| ˆO2|Φ0⟩
V2 (8)
とコンパクトに書けるので、ここではこれをσ ≥ 0の定義とする。σがゼロでないならば、系は 長距離秩序を持つという。
さて、Koma-Tasaki [1]によると、一般にあるO(1)の正の実数C ≥ 1が存在して7
σ ≤ Cm (9)
7Cの意味を見るために、例えばU(1)対称性の破れを考えよう。非物理的基底状態Φ0が⟨Ψ0(θ)|ψ⃗x|Ψ(θ)0 ⟩ =√neiθ という秩序を持つ物理的状態|Ψ(θ)0 ⟩を重ね合わせた猫状態|Φ0⟩ =∫02πdθ|Ψ(θ)0 ⟩になっていると仮定してみる。(ここ で⟨Ψ(θ0′)|Ψ(θ)0 ⟩ = 2π1 δ(θ − θ′)とした。)すると、oˆ⃗x= Re[ψ⃗x]とした場合、物理的状態|Ψ(θ)0 ⟩に対するcluster性を仮 定すればσ2 = m2
∫2π 0 dθcos2θ
2π =
m2
2 となることが簡単にわかる。つまりこの場合C =√2である。同様に、例えば SO(3)対称性をSO(2)まで破る反強磁性の場合にはC =√3となる[1]。
とmをσを用いて下から抑えることができる8。したがって、(外場をかけないで)長距離秩序が あることが分かれば、外場をかけてゼロにする極限操作を経て得られる秩序変数がゼロでない有 限の値を持つことが従い、自発的に対称性が破れることが分かるのである。外場をかけなくても 長距離秩序を見ることができるのは、直感的には、演算子Oˆ自身ではなくOˆ2の期待値を見てお り、猫状態|Φ0⟩に含まれている物理的な状態からの寄与が打ち消し合わないからである。
2.4 Horsh-von der Linden
有限系での(非物理的な)基底状態|Φ0⟩に対して、
|Φ′1⟩ = √1 N
O|Φˆ 0⟩, N = ⟨Φ0| ˆO2|Φ0⟩ (10)
という変分状態を考えてみよう。いまは外場をかけておらず⟨Φ0| ˆO|Φ0⟩ = 0なので、この変分状 態は基底状態|Φ0⟩と直交している。また、この変分状態と基底状態のエネルギーの差は系の高々 O(1/V )で抑えられることが次のように分かるので、|Ψ0⟩は低エネルギー状態である。実際、|Φ′1⟩ のエネルギー期待値は
⟨Φ′1| ˆH|Φ′1⟩ = E0+⟨Φ0|[ ˆ
O, [ ˆH, ˆO]]|Φ0⟩
2⟨Φ0| ˆO2|Φ0⟩ (11)
のように二重交換子を使って書くことができる。E0は基底状態のエネルギー固有値である。右辺 第二項の分母はV2σ2に比例し、分子は交換関係が2つあるので高々O(V )である。つまり、|Ψ0⟩ が長距離秩序σ > 0を持つならば右辺第二項は高々O(1/V )ということが分かる。
ではこの|Φ′1⟩の正体はなんなのだろうか。横磁場Ising模型の例では、O =ˆ ∑⃗xsˆz⃗x, |Φ0⟩ ≃
√1
2(|↑⟩ + |↓⟩)なので、 |Φ′1⟩ ≃ √12(|↑⟩ − |↓⟩)となる。つまり、もう一つの猫状態を表しており、
|Φ0⟩ + |Φ′1⟩ ≃ |↑⟩が物理的状態|Ψ0⟩に近くなっている。Koma-Tasaki [1]によればこの状況は一般 的で、|Φ0⟩にOˆn|Φ0⟩という状態を足しこんでいくことで、物理的状態|Ψ0⟩を構成することがで きる。物理的状態|Ψ0⟩は一般に、非物理的な基底状態|Φ0⟩とわずかにエネルギーが異なる状態を 線型結合したものであり、エネルギー固有状態ではないことに注意する。
2.5 Anderson’s Tower of States
有限系における非物理的基底状態|Φ0⟩と物理的状態|Ψ0⟩の関係をより具体的に見るために、An-
dersonのtower of statesと呼ばれる低エネルギー状態について解説したい。いま、自由空間の中
に多数の粒子からなる結晶があるとする。連続並進対称性を仮定すると全系の運動量P⃗ˆが保存す る。重心の自由度を記述するハミルトニアンは、全系の質量Mtot∝ V を用いて
Hˆ0= P⃗ˆ
2
2Mtot
(12) と書くことができる。明らかに非物理的基底状態|Φ0⟩はP |Φ⃗ˆ 0⟩ = 0なる状態であるが、これは空 間に一様に広がった状態であり、いわゆる「結晶」ではあり得ない。物理的状態|Ψ0⟩を構成する
8これまで知られている「物理的に自然な設定」では常に等号が成立しているが、数学的には示されてはいない。
ためには、2MP2tot という有限のエネルギーを持った状態を足し込み、重心位置をある程度確定させ なければならない。
この事情はこの例に限らず非常に一般的である。スピン回転対称性を持つ強磁性体に対して は、保存量であるスピンS⃗ˆとスピンの慣性モーメントItot∝ V を用いて
Hˆ0 = S⃗ˆ
2
2Itot
(13) というハミルトニアンが考えられる。また超流動に対しても、相互作用項の係数をg、系の粒子数 をN として、
Hˆ0 = g
2V( ˆN − N)
2 (14)
というハミルトニアンを考えればよい。
このように連続対称性が破れる場合には、1/V でスケールする多数の状態が出現し、物理的な 基底状態はその線型結合で構成される。一方でNGMも低エネルギー状態ではあるが、これとは 異なるスケールをもち、例えば線形分散のモードであれば1/Lとなる。
2.6 Coset 空間
ハミルトニアンHˆ の持つ対称操作gˆからなる群をGと書く。ここまで議論してきたように、Gに は物理的状態|Ψ0⟩において自発的に破れているものが含まれる。そのような元をgと書くとˆg|Ψ0⟩ は|Ψ0⟩とは異なる状態を表すが、gˆがハミルトニアンと交換するために同じエネルギーを持つ。 つまり、ˆg|Ψ0⟩は、秩序変数の値が異なる別の物理的状態を表している。
また全ての対称性が同時に破れる必要はなく、当然破れていない(つまり、対応する秩序変数 が0になる)元も存在してよい。Gの中で破れていない元の集合も群をなすのでそれをHと書く。 定義によりHはGの部分群である。Hの元をhと書くと、|Ψ0⟩はhˆの固有状態となっており、 ˆh|Ψ0⟩は|Ψ0⟩と同じ状態を表す。
そこで、群Gをその部分群Hで右剰余類分解し、Coset空間
G/H (15)
を考えよう。つまりGの任意の元はG/Hの元¯gとHの元hを用いて¯ghと表わされる。hは|Ψ0⟩ を不変に保つことを思い出すと、対称性の破れによって縮退した一つ一つの物理的状態とG/Hの 元は1対1に対応することが分かる。つまり、G/Hの点はそれぞれ巨視的に異なった秩序を表し ている。特にGが離散対称性の場合、G/Hの元の数が縮退した基底状態の数を与える。Gが連 続対称性の場合には、G/Hは一般に多様体を表し、元の数を数えることはできないが、それでも G/Hは縮退した基底状態をパラメトライズするのに使うことができる。
2.7 Time Crystal の非存在性(書きかけ)
3 Nambu-Goldstone 定理
NG定理は、連続対称性が自発的に破れた場合にギャップレスの励起が生じることを主張している。 系の連続対称性が自発的に破れると、NGMと呼ばれるbosonicなギャップレス励起が 現れる。
NGMと呼ばれるためには単にギャップレスなだけでは駄目で、破れた対称性のカレントと結合し ていなければならない。つまり物理的基底状態にj⃗x0を作用させて励起される必要がある。
2008, 2009年当時、筆者は南部先生がノーベル賞を受賞されたこともあって興味を持ち、自主ゼ
ミで九後先生の教科書「ゲージ場の量子論」を勉強していた。そのII巻6章「対称性の自発的破れ」 の節には、「独立な破れた生成子に対しては、各々1個ずつ独立な零質量NG粒子が対応する。それゆ え、対称性が自発的にGからHに破れるときに現れるNGMの個数はdimG/H = dim G − dim H で与えられる9。」と書かれている。しかし、よく考えてみると以下にみる強磁性体の例ように、 NGMの数は破れた対称性の生成子の数dimG/Hとは必ずしも一致しない。
修士一年の春、この問題についてBraunerによるレビュー[2]を読み、著者にメールで共同研 究をお願いし、さらに東大の学生向けの海外渡航費を申請して訪問し、実際に共同研究を開始し たのだった。
3.1 自由場の量子化
いきなり抽象的な一般論から始めてもイメージが付きづらいので、まずはいくつかの簡単で重要 な具体例を集めることから始めることにしたい。しかしその準備として、まずは自由場の量子化 を復習から始める。後に明らかになる事情により、以下ではハミルトニアンではなくラグランジ アンを使って議論を進める。
3.1.1 相対論的実1成分場
実数の場ϕに対するラグランジアン L = 1
2(∂µϕ∂
µϕ − m2ϕ2) (16)
はKlein-Gordon模型と呼ばれ、質量mの自由ボソンを表す。実際、Euler-Lagrangeの運動方程式 の解はei⃗k·⃗x−iω⃗ktでω⃗k =√m2+ ⃗k2である。この場は、
ϕ(⃗x, t) =ˆ 1
√2ω⃗kV (ˆb⃗ke
i⃗k·⃗x−iω⃗kt+ ˆb†
⃗ke−i⃗k·⃗x+iω⃗k
t), [ˆb
⃗k, ˆb⃗k′] = δ⃗k,⃗k′ (17)
と展開され、ハミルトニアンはH =ˆ ∑⃗kω⃗kˆb†⃗kˆb⃗kと書ける。つまり、このラグランジアンは1種類 の質量mの自由ボソンを表している。
9一部記法を合わせるために表現を改変
3.1.2 相対論的複素1成分場 次に
L = ∂µψ†∂µψ − m2ψ†ψ (18)
を考えよう。Euler-Lagrangeの運動方程式の解は先ほどと同様にei⃗k·⃗x−iω⃗ktでω⃗k =√m2+ ⃗k2で ある。この場は、
ψ(⃗x, t) =ˆ 1
√2ω⃗kV (ˆb⃗k,+e
i⃗k·⃗x−iω⃗kt+ ˆb†
⃗k,−e−i⃗k·⃗x+iω⃗kt
), [ˆb⃗k,α, ˆb⃗k′,β] = δ⃗k,⃗k′δα,β (19)
と展開され、ハミルトニアンはH =ˆ ∑⃗k∑α=±ω⃗kˆb†⃗k,αˆb⃗k,αと書ける。また系にはU(1)対称性があ り粒子数Nˆ が保存するが、このNˆ はN =ˆ ∑⃗k(ˆb⃗k,+† ˆb⃗k,+− ˆb⃗k,−† ˆb⃗k,−)で与えられる。つまり、この ラグランジアンは2種類の質量mの自由ボソンを表しており、その2種類は電荷の違いで区別さ れる。複素場を扱っており、実場で数えると2つ分であるため、粒子と反粒子という2つの粒子が 現れることは自然である。
3.1.3 非相対論的複素1成分場
次に時間微分の項を次の形の1回微分に変更したラグランジアンを考えよう。
L = 2µψ†i∂tψ − ∇⃗xψ†· ∇⃗xψ − m2ψ†ψ (20) を考えよう。この場合、Euler-Lagrangeの運動方程式の解はei⃗k·⃗x−iω⃗ktでω⃗k = m22µ+⃗k2 である。こ の場は、
ψ(⃗x, t) =ˆ √1
2µVˆb⃗k,+e
i⃗k·⃗x−iω⃗kt, [ˆb
⃗k, ˆb⃗k′] = δ⃗k,⃗k′ (21)
と展開され、ハミルトニアンはH =ˆ ∑⃗kω⃗kˆb⃗k†ˆb⃗kと書ける。上記と同じ複素場を扱っているのにも 関わらず、粒子しかなく、反粒子の自由度が現れていないことに注意しよう。実際、U(1)対称性 に対応する粒子数Nˆ はN =ˆ ∑⃗kˆb⃗k†ˆb⃗kと与えられる。
3.1.4 調和振動子
さて、非相対論的複素1成分場で、実場としては2成分あるにも関わらず1種類の粒子しか現れ なかったことを簡単に理解するために、調和振動子のラグランジアンを思い出そう。
L = 1 2m ˙x
2−12mω2x2 (22)
この場合、x(t)という1自由度しかないことは明らかである。しかし同じラグランジアンを L′ = ˙xp − p
2
2m− 1 2mω
2x2 (23)
というx(t)とp(t)で書き直してしまうと、途端に1自由度しかないことが非自明にみえるのでは ないだろうか。しかし、Euler-Lagrangeの運動方程式から明らかなように両者は同じ「調和振動子 1つ」の状況を表している。同じことだが、xとpは互いに正準共役であり、独立な自由度ではな い。結果として対応するハミルトニアンはH = ω(ˆ 12+ b†b)と一つの生成消滅演算子で与えられる。
3.1.5 中間的な場合
最後に相対論的と非相対論的の中間の場合を扱ってみよう。議論の都合上、時間微分1つの項を 対称化し、
L = c12∂tψ†∂tψ + iµ(ψ†∂tψ − ∂tψ†ψ) − ∇⃗xψ†· ∇⃗xψ − m2ψ†ψ (24) とする。Euler-Lagrangeの運動方程式の解はei⃗k·⃗x−iω⃗k,+tとe−i⃗k·⃗x+iω⃗k,−tである。ここに
ω⃗k,± = c2
√
µ2+m2+ ⃗k2 c2 ∓ µ
(25)
とした。c → ∞の時、ω⃗k,−は正の無限大に発散するが、ω⃗k,+はω⃗k,+ = m22µ+⃗k2 に収束することに 注意する。逆にµ → 1の時はω⃗k,±ともに√c2(m2+ ⃗k2)に戻る。
このラグランジアンに対しては、場は ψ(⃗x, t) =ˆ √ 1
2
√
µ2+m2c+⃗k2 2V
(ˆb⃗k,+ei⃗k·⃗x−iω⃗k,+t+ ˆb⃗k,−e−i⃗k·⃗x+iω⃗k,−t), [ˆb⃗k,α, ˆb⃗k′,β] = δ⃗k,⃗k′δα,β
(26) と展開され、ハミルトニアンはH =ˆ ∑⃗k∑α=±ω⃗k,αˆb⃗k,α† ˆb⃗k,αと書ける。また系にはU(1)対称性が あり粒子数Nˆ が保存するが、このNˆはN =ˆ ∑⃗k(ˆb⃗k,+† ˆb⃗k,+− ˆb†⃗k,−ˆb⃗k,−)で与えられる。
3.2 重要な例
やっと準備ができたので、早速具体例をみていこう。
3.2.1 Lorentz不変なO(n) → O(n − 1)模型
Klein-Gordon模型を以下のワインボトル型のポテンシャルに変更してみる。
L = 1 2∂µϕ∂
µϕ − V (ϕ), V (ϕ) = −1
2m
2ϕ2+1
4g(ϕ
2)2. (27)
ϕ(x)は実N 成分で、ϕ2は∑Ni=1ϕ2i という意味である。このラグランジアンはϕの成分を入れ替
えるO(N )対称性を持つ。相互作用項14g(ϕ2)2が入っているので、これはもはや自由な模型では
ない。ポテンシャルV (ϕ)の最小値を与えるのはϕ = 0ではなく、V′(ϕ) = ϕ(gϕ2− m2) = 0のも う一つの解である|ϕ| = m/√g = vとなる。ここでは特にϕN = vと選んでみる。(例えば−hϕN
という外場を加えておいて、h → 0の極限を考えればいい)。すると、元のG = O(N )対称性が
H = O(N − 1)まで落ちる。破れている対称性の生成子の数は
nBS= dim G − dim H = N (N −1)2 − (N −1)(N−2)
2 = N − 1 (28)
この対称性を破る真空の上の励起を調べるために、ϕi= πi(i = 1, 2, . . . , N − 1)とϕN = v + h
と場ϕを真空期待値の部分と揺らぎの部分に分けて書くと、ϕ2 =∑N −1i=1 π2i + (h + v)2。したがっ
て、ゆらぎの2次までで L = 12
N −1∑
i=1
∂µπi∂µπi+1 2(∂µh∂
µh − 2m2h2) + O(πmh3−m). (29) これを元のKlein-Gordon模型と比べてみると、質量0の粒子πがnNGM= N − 1 = nBS種類現れ ている。一方、hは質量√2m > 0のヒッグス場である。
3.2.2 Gross-Pitaevskii模型
今度は1成分複素場ψに対するGross-Pitaevskii模型
L = ψ†(i∂t+ µ)ψ −2m1 ∇⃗⃗xψ†· ⃗∇⃗xψ −g2(ψ†ψ)2 (30) について同様の考察を行ってみる。この模型はU (1)対称性を持っており、粒子数を保存している。 しかしψ = v + h + iπ(ただしv =√µ/g)とするとG = U (1)対称性がH = {e}まで破れてい る。揺らぎの2次までを残す近似では
L = (π∂th − h∂tπ) − 2µh2− (⃗∇⃗xπ)
2
2m −
(⃗∇⃗xh)2
2m (31)
となる。第1項は、位相のモードπと振幅のモードhが独立ではなく、互いに正準共役の関係に あることを表している。そこでhに関して平方完成してみる(これを「integrate-outする」と表現 する)と10、
L ≃ −2µ(h + 2µ1 ∂tπ)2+
((∂tπ)2 2µ −
(⃗∇⃗xπ)2 2m
)
(32) となる。この第2項がU(1)対称性の破れに起因するNGM(超流動フォノン)を表す。第1項は h′ = h +2µ1 ∂tπと定義し直すとダイナミクスを持たず重要でない11。
この例でも、破れている対称性の生成子の数nBS = dim G − dim H = 1と現れるNGMの数 nNGM= 1が一致していることに注意する。また、元々のラグランジアンには時間の2階微分の項 は含まれていなかったにも関わらず、低エネルギー理論に移る際に自動的に生成されていること も重要である。
3.2.3 Heisenberg強磁性
次は連続場の模型ではなく、スピンSのスピンからなるHeisenbergスピン模型を扱ってみよう。 H = −Jˆ ∑
⟨⃗x,⃗y⟩
⃗ˆs⃗x· ⃗ˆs⃗y (33)
このハミルトニアンを導くラグランジアンは、次のように書くことができる。 L = S∑
⃗ x
B⃗x(±)+ J ∑
⟨⃗x,⃗y⟩
⃗s⃗x· ⃗s⃗y, (34)
10第
1項を部分積分し−2h∂tπとし、さらに第4項を落とした。
11調和振動子のラグランジアンでも、(32)のL′においてpを平方完成すれば(31)のLに戻るのと同じことをやって いる。
ここで第一項はベリー位相項で、各々のスピン
⃗s = (sx, sy, sz) = S(nx, ny, nz) = S(sin θ cos ϕ, sin θ sin ϕ, cos θ) (35) に対して
B(±)= ∂tϕ(cos θ ∓ 1) = n
y∂
tnx− nx∂tny
nz± 1 (36)
と定義される。いま強磁性秩序を仮定し、基底状態において⃗s = S(0, 0, 1)となっているとしよう。 揺らぎを含めた場を⃗s = S(−π2, π1,√1 − (π1)2− (π2)2)と書き、揺らぎの2次、空間微分の2次 まで残すと
L = 2aSd(π2∂tπ1− π1∂tπ2) − JS
2
2ad−2 [
(⃗∇⃗xπ1)2+ (⃗∇⃗xπ2)2] (37) となる。このラグランジアンが表す粒子の分散関係を調べるためにψ = π1+ iπ2という複素場を 導入すると、
L = 2aSd(iψ†∂tψ − JSa2∇⃗⃗xψ†· ⃗∇⃗xψ
)
(38) となり、ω(k) = JSa2k2という二乗分散のモードが一つ現れる。
3.2.4 Heisenberg反強磁性(書きかけ) 一方、反強磁性体に対しては、ラグランジアン
L = S∑
⃗ x
B⃗x(±)− J ∑
⟨⃗x,⃗y⟩
⃗s⃗x· ⃗s⃗y. (39)
を⃗s⃗xei ⃗Q·⃗x= (−π2, π1, 1 + ei ⃗Q·⃗xm) L = S∑
⃗ x
ei ⃗Q·⃗xB˜⃗x(±)+ JS2 ∑
⟨⃗x,⃗y⟩
⃗s˜⃗x· ˜⃗s⃗y. (40)
∑
⃗ x
ei ⃗Q·⃗xB⃗(±)x =∑
⃗x∈A
(B⃗x(±)− B⃗x+ˆ(±)µ) (41)
∂s(cos θ∂tϕ) − ∂t(cos θ∂sϕ) = ∂s⃗n · ⃗n × ∂t⃗n (42) 3.2.5 化学ポテンシャルが入ったU (2) → U(1)模型
さて、強磁性の以外のnBSとnNGMが一致しない非自明な例として、文献[3, 5]で導入された模 型12を議論しよう。
L = (∂t+ iµ)ψ†(∂t− iµ)ψ − ⃗∇⃗xψ†· ⃗∇⃗xψ + m2ψ†ψ −g2(ψ†ψ)2 (43) ここにψ = (ψ1, ψ2)は複素2成分場である。µ = 0の時、ψ1, ψ2の実部と虚部が全て等価になるの で、この模型は3.2.1節で議論した模型と実は同じものであり、G = O(4)対称性を持つ。それが
12高密度
QCDのカラーフレーバー結合相におけるKaon凝縮を記述する模型として導入された
真空期待値ψ = (0, v)によってH = O(3)へと破れ、それに対応してnNGM= nBS= 3つのNGM が現れる。一方µ ̸= 0の時はG = U (2)対称性を持ち、真空期待値ψ = (0, v)によってU (1)対称 性へと破れる。この場合の低エネルギー励起状態の数や分散関係に興味がある。
ψ =(π1√+iπ2 2 , v +
h+iπ√ 3
2
)
(44) とし、再び揺らぎの2次まで残すと
L = L1+ L2, (45)
L1 = 12∂µπ1∂µπ1+12∂µπ2∂µπ2+ µ(π2∂tπ1− π1∂tπ2), (46) L2 =
1 2∂µπ3∂
µπ 3+
1 2(∂µh∂
µh − 2(m2+ µ2)h2) + µ(π
3∂th − h∂tπ3) (47)
となる。µ > 0によって場のmixingが起こることに注意する。L1とL2は分離されているので、 個別に扱うことにする。まず、後者については先ほどと同様にhをintegrate outして
L2≃ −(m2+ µ2)(h +m2µ+µ2∂tπ3)2+
1 2
(m2+3µ2 m2+µ2 (∂tπ)
2− (⃗∇
⃗ xπ)2
)
(48) を得る。この第2項は線形分散ω0(k) =
√m2+µ2
m2+3µ2kを持つNGMを表す。非自明なのはL1であ
る。最も簡単に扱うには、ψ1 = π1√+iπ2
2 に戻し、
L1= (∂t+ iµ)ψ1†(∂t− iµ)ψ1− µ2ψ1†ψ1− ⃗∇⃗xψ1†· ⃗∇⃗xψ1 (49)
と書き直せばよい。すると、解くべき運動方程式は(ω − µ)2− (µ2+ k2) = 0となり、
ω±(k) =√k2+ µ2± µ (50)
が得られる。このうち、ω+(k)はk = 0でギャップ2µを持つ。一方ω−(k)は、ω−(k) = k2µ2 + · · · という(長波長極限で)二乗分散のモードになっている。
以上をまとめると、µ > 0の場合、対称性がG = U (2)からH = U (1)へと
nBS= dim G − dim H = 4 − 1 = 3 (51)
個破れているのにも関わらず、NGMは線形分散ω0(k)を持つものが一つと、二乗分散ω−(k)を持 つものが一つの計2つしか現れていない。
3.2.6 その他の例
上記で触れなかった、NGMの数が破れた対称性の生成子の数よりも少なくなる有名な例としは以 下のものがある。
• 3次元の結晶は、連続並進対称性R3を離散並進対称性T ≃ R3へと破り、その結果3個の NGM(phonon)を持つ。
• 結晶が、正の電荷を持つイオンからなっているとする。物質全体で電気的に中性であるべき なので負の電荷も同数存在するはずだが、(多少人工的な設定だが)負の電荷は並進を破って おらず一葉に空間に広がっているとする。この場合、phononのラグランジアンはB · ⃗u × ∂⃗ t⃗u
という項が現れ、uzで表される線形分散を持つNGM一つと、ux,uyからなる二乗分散を持 つNGM一つに減る。
• skyrmionと呼ばれるスピンのトポロジカル配位が結晶を組んだ「skyrmion結晶」には有効
磁場が入っていると理解することができ、2次元の結晶であるにも関わらず二乗分散を持つ NGMが一つ現れるだけである。
• 近年実験技術が急速に発展したspinor BECにおいても、主に強磁性相において二乗分散の モードと線形分散のモードが現れ、NGMの数は破れた対称性の数よりも少なくなる。
3.3 先行研究
これまで個々の例を通してLorentz対称性がない場合には必ずしも破れた対称性の数とNGMの数 とは一致しないことをみてきた。個々の具体的なモデルに頼らないで一般論を論じた先行研究に は以下のものがあった。
3.3.1 Nielsen-Chadhaの不等式
NielsenとChadhaは、NGMをその分散関係で2種類に分類した[4]。すなわち、type IのNGMは 長波長極限での分散が波数の奇数べきに比例するもので、type IIのNGMは長波長極限での分散 が波数の偶数べきに比例するものである。さらに彼らは、type I, IIのNGMの数をそれぞれnI,nII
と定義し、それらの間に
nI+ 2nII ≥ nBS (52)
という不等式が成立することを示した。この導出は少し込み入っているのでここではこれ以上詳 しくは解説できないが、偶数冪と奇数冪とで⃗k = 0における解析性が異なることに着目した議論 であった[4]。
3.3.2 Sch¨aferらによる議論
交換関係[ ˆQa, ˆQb]の真空期待値の重要性に初めて着目したのは恐らくSch¨aferら[5]が最初である。 破れた対称性の生成子Qˆa(a = 1, 2, . . . , nBS)は対応するNGMの⃗k = 0の生成消滅演算子だとみ ることができる。もし、破れた対称性の数とNGMの数が違うのであれば、Qˆa|Ψ0⟩の中に線形従 属なものが存在することになる。つまり、
nBS
∑
a=1
caQˆa|Ψ0⟩ = 0. (53)