労働経済学2(第 14 回)
広島大学国際協力研究科
川田恵介
内発的動機と報酬設計
• 人々が努力しようと考える動機は、報酬増加等の外発 的動機以外にも、向学心や利他性等の内発的動機も存 在する。
• マルチタスクが存在するケースでは、外発的動機の強 化が、内発的動機に基づく最適な努力の各タスク間の 配分を阻害するケースがあった。
• マルチタスクの問題がなければ、内発的動機が存在し てもここまでの議論は、あまり変わらない?
モデル:隠された行動
• エージェントはリスク中立的
• エージェントが貢献水準(0か1)を決める。
• 貢献水準が1の場合は貢献費用cが発生する。
• 確率��でプロジェクトは成功する。
• 成功した場合�ℎ、失敗した場合��をもらえる。
• 成功した場合、 が追加的に生じる。
報酬によるインセンティブの効果
• エージェントのIC条件は
• 内発的動機の強化、報酬によるインセンティブの強化は、 IC条件を満たしやすくする。
• 報酬によるインセンティブの強化は、内発的動機に加え て、 インセンティブを提供できる。
⇒
実証研究
• Gneezy, Rustichini (00 Quarterly Journal of Economics)
• 保育園で子供の迎えに遅刻してくる親から、罰金 をとるようにした⇒遅刻が増えた。
• Falk&Kosfeld (06 American Economic Review)
• 実験室実験の手法を用いて、金銭的インセンティ ブの強化が、被験者の貢献水準を低下させること を明らかにした。
報酬と貢献水準の非単調な関係
貢 献 水 準
金銭的インセンティブ
• 少量の金銭的インセンティブは、貢献水準を低下さ せる⇒なぜ?
クラウディングアウト効果
• 理論的には、金銭的インセンティブの強化が、内発的 動機を 可能性( )。
• エージェントのIC条件
�1 − �0 (�1−�0 + �) ≥ �
クラウディングアウト効果
• クラウディングアウト効果の存在は、広く主張される。
(例)学習において、「進学や就職等に役立つ」、というイン センティブを学生に強調しすぎると、学生が持つ本来の向 学心を損なってしまう。
• このCrowing out効果の発生要因(どのような場面で発 生し、その強さはどういう要因で決まるのか)を明らか にすることは、応用上きわめて重要
⇒現在も盛んに研究されている。
報酬設計のシグナリング効果
• インセンティブ報酬の存在が、 と して機能しているのではないか?という視点に基づいた いくつかの主要な仮説が存在する。
(復習)隠された情報の問題
• エージェントが、自分だけが知っている情報(私的情報) をもっている。
シグナリング:
“社会的選好のシグナリング”仮説
仮説:“ ” といことのシグナルとして、社会的行動は機能しているので はないか?
モデル
• エージェントは社会的行動を行うか、行わないか決める。
• 社会的行動を行った場合、費用Cが発生する。
“社会的選好のシグナリング”仮説
仮説:“社会を良くしたいという選好を持っている”といこと のシグナルとして、社会的行動は機能しているのではない か?
自身へのイメージ
• 人間は、自身が他者からどのように見られているのか、 を気にする
• とは見られたくない。
モデル
• 2種類のエージェント(社会的選好を持つ/持たない)が 存在する。
• 各エージェントは、社会的行動を行うか否かを決定する。
• 社会的行動を行った場合、費用Cが発生する。
• 社会的行動を行った場合の、金銭的報酬はW
• 各エージェントは、
個人であると思われたくない。
• 自身がどちらのタイプであるかは、
モデル:効用関数
社会的選好を持たないエージェントの効用: 社会的選好を持つエージェントの効用:
報酬+社会的選好(社会的行動を行った場合A、さもなくば 0)ー貢献費用+自身のイメージからの効用(自身が社会 的選好を持たない個人と思われた場合-D、さもなくば0)
C>Aを仮定⇒
社会的シグナリングの条件
• 社会的行動が、自身が社会的な選好を持つことのシグ ナルとして機能するためには、
1.
2. 社会的選好を持たないエージェントは、社会的行動を 行わない。
社会的選好を持つエージェントは、社会的行動を行う。
社会的シグナリングの条件
• C-D>W>C-D-Aならば、社会的行動は、社会的シグナリン グとして機能する。
• C-D-A>Wだと⇒
• W>C-Dだと⇒ 社会的 選好を持たない人も社会的行動を行う誘因を持つ⇒シ グナルとしては、
社会的行動の供給量
• C-D-A>W:だれも行わない。
• C-D>W>C-D-A:社会的選好を持つ個人のみ、行う。
• W>C-D:供給量は?
• 社会的シグナルとしての価値は、存在しなくなる。
⇒社会的行動を行う誘因が、低下する
⇒社会的選好を持つ個人も、
• 報酬が極めて大きい(W>C)ならば ⇒
一般化
• 2種類ではなく、もっと多様な個人を想定した議論も可能。
• 社会的選好が極めて強い個人⇒常に社会的行動を行 う。
• 極めて低い個人⇒金銭的インセンティブが十分に強くな いと、社会的行動を行わない。
• そこそこな個人⇒金銭的インセンティブがそこまで強くな くても、社会的シグナルとして十分に機能するならば社
仮説:関係認識へのシグナル
個人は互いの関係について、2種類の認識がある。
認識A:互いに対する利他心が基礎にある、非金銭的な関 係(例:親子、恋人、友人関係等)
認識B:利他心ではなく、金銭的な関係が根底にある。
効用関数の例 認識A:
認識B:
情報を持つプリンシパルモデルへの応用
情報を持つプリンシパルモデル プリンシパルが私的情報を持つ
⇒
• プリンシパルの関係認識が私的情報を持つ。
• 初期、エージェントはプリンシパルとの関係をAであると 認識している。⇒プリンシパルが関係を認識Aと考えて いることが判明すれば、関係認識をBに変化させる。
認識へのシグナリング
プリンシパルが関係をBであると強く認識していれば、金銭 的インセンティブを導入しないと、努力を引き出せない、と 考える。
インセンティブ報酬の提示⇒プリンシパルは関係をBであ ると認識しているという ⇒認識Bに切り替わり、内 発的動機により提供されるインセンティブが
Irlenbusch and Sliwka (05 IZA)
• 小さな金銭的インセンティブを導入不可能⇒可能⇒不 可能、と3段階の実験を行った。
• 不可能な場合(一度目)と可能な場合を比較すると、 努力量が低下した。
• 不可能(二度目)も低下した。⇐
まとめ
• 十分に大きくない金銭的インセンティブが、貢献へのイ ンセンティブを低下させてしまうケースが、いくつか報告 されている⇒内発的動機を低下させていると考えられて いる。
• 報酬体系が、社会的シグナルの価値や関係認識に与え る影響が、内発的動機の低下に影響を与えている可能 性が近年の研究によって、指摘されている。