− 20 − 識的に起点とされてきたのは、15世紀末に始まる大航 海時代であろう。立場に大きな違いはあれども、E.L. ジョーンズ『ヨーロッパの奇跡』(本誌No.22、2004年 1月号で安元稔氏が書評されている)とI.ウォーラー ステイン『近代世界システム』といったグローバル・ ヒストリーの先駆けをなす代表的な作品では、16世紀 前後に分水嶺が置かれている。ポメランツは、こうし た通説的な見方に、革新的(innovative)な見地から 痛撃を加えたのである。
同一の軌道から「逸脱」へ ポメランツが提起する主要 論点の第一は、市場の発展という基準で比較して、近 世(16∼18世紀)のヨーロッパとアジアでは、遅くと も18世紀末までその程度にまったく差はなかったとい う主張である。ここで比較されるのは、どちらも先進 地帯のイングランドと中国・江南(長江下流域)とい う地域である。工業化以前の世界では、アダム=スミ スが『諸国民の富』で描いたように、市場の発展によ る分業の程度が経済発展(生活水準の向上)を可能にす る。かかるスミス的な意味での経済発展という点で、両 地域に違いはなかったという。第二の論点は、数世紀 にわたるこのような市場主導の経済発展と人口増加の 末に、18世紀後半にどちらの地域も、資源(環境)危機 に直面したとするものである。すなわち、食糧・繊維 原料・燃料・建築資材などの土地から得られる資源に限 界が訪れていた。こうした事態は、市場の発展が主導す る経済発展をほとんど閉ざそうとしていたのである。 しかし、かかる隘路に直面して、イングランドと江 南ではその後の軌道が大きく異なることになる。ポメ ランツの第三の論点は、この点に関わっている。ヨー
ロッパはアジアと同じ軌道から、いったいいつ4 4、どの4 4
ような理由で4 4 4 4 4 4「逸脱」したのであろうか。ポメランツ
の答えは実にユニークなものである。ヨーロッパは、 18世紀後半以降、次の二つの要因によって資源危機か ら脱出し、「逸脱」したという。第一は、石炭の存在 とその利用である。プロト工業化地帯の近隣に石炭が 存在しなかった中国とは対照的に、イングランドのプ ロト工業化地帯には石炭が豊富に存在した。これが、 「エネルギー革命」としての産業革命を可能にした。 第二は、「新大陸」(アメリカ大陸)の存在である。ヨ ーロッパ(イングランド)は、15世紀末以降に獲得し た新世界の資源を自由に利用することによって、資源 危機を突破しえたということになる。他方、新世界を 持ちえなかったアジア(中国・江南)は、資源制約の 淵に沈んでいったのである。
新しい論争に向けて ポメランツ説の新しさはどこに あるのだろうか。第一は、18世紀後半までは、アジア における経済発展は、ヨーロッパと同等もしくは凌駕 していたと強く主張した点である。この主張は、近年 のアジア経済史研究、とくに近世アジア(中国および インド)の経済史研究が明らかにしてきた成果を前提 にしている。第二は、ヨーロッパに「大いなる逸脱」を
可能にさせたのは、内在的4 4 4に形成された優位性ではな
く、「石炭」と「新大陸」という、ヨーロッパにとっては
半ば「外在的4 4 4」で「偶然的」な事情、すなわち比喩的にい
えば「タナボタ」的な要因であったと主張した点である。 かくして、近世以来、ヨーロッパが優位に立ってい たという正統的な説に痛撃を加ええたのである。これ らの二点は既存の正統的諸説から大いに反論を受け、 新たな論争が起こるであろう。しかしながら、正統的 な世界史解釈に大きな動揺を与えたという意味で、既 に本書は古典的位置を獲得しているとさえ思われる。 (大阪市立大学大学院経済学研究科教授 脇村孝平)
K. ポメランツ
大いなる逸脱
ヨーロッパ・中国と近代世界経済の形成
The Great Divergence: Europe, China, and the Marking of the Modern World Economy, Princeton University Press, 2000,
10+382p, US$ 22.95.
翻訳は2005年夏に名古屋大学出版会より刊行予定
書評 わたしの一冊
グローバル・ヒストリーの登場 西洋中心史観の克服ということが 言われて久しいが、夜郎自大にアジアの優位を唱えても説得力を欠 くほかはない。近年の国際的な歴史学界における新たな潮流として、 「グローバル・ヒストリー」(Global History)と呼ばれる動きが存在する。グローバル・ヒストリーの中で最も先鋭的な諸作品は、既 存の世界史(World History)の「西洋中心性」(Eurocentricity) を何とか乗り越えようと試みている点で注目される。しかも、各地 域についての最新の歴史研究を吸収しつつ、新たなパラダイムを構 築しようとする旺盛な知的意欲に満ちている。ケネス=ポメランツ の『大いなる逸脱:ヨーロッパ・中国と近代世界経済の形成』は、 そうした作品の代表であり、新たなパラダイム構築への可能性を秘 めた衝撃的な作品である。