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「金属」Vol.88 No.1p.75 88

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(1)

論 説

不正疑惑論文発見の真相

早稲田 嘉夫 

20071225日付で東北大学が「井上明久氏(当時:東北大学総長)の論文不正疑惑に関する報 告書」を公表して以降,驚くほど多数の不正疑惑論文が見つかっている.これらの疑惑論文の発見は, 「あまりにも強引で科学的裏付けなしの疑惑否定」が生んだ産物である.また驚くほどの「偶然の産物」

でもある.筆者の知る範囲という制約はあるが,疑惑論文発見の真相を中心に,疑惑あるいは研究機 関の不適切な対応の実態等とともに概括する.

はじめに

201710月 上 旬に,日本 金 属 学 会の元 会長 ら(及川洪,小岩昌宏,鈴木謙爾,本間基文,増 本健および筆者)6人が連名で,『私たちは,約10 年もの長期間放置されている日本金属学会欧文 誌Materials Transaction JIM, Vol.40, No.12 (1999),

pp.1382-1389.の「研究不正疑惑」について,学会と

して真に公正な調査を速やかに行い,それに基づ く適切な対応(例:撤回措置)をとることで,欧文 誌および学会の信頼回復の実現を,強く要請しま す』との申し入れが,欧文誌編集委員長宛に行わ れた.これに対して,125日付で委員長名によ る「当該論文の精査開始」との通知があった.この 対象論文は,井上明久氏〚東北大学前総長(以下,

井上氏)〛を筆頭著者とする論文であるが,井上氏

の疑惑論文はこれだけではない.

 井上氏の不正疑惑論文の表面化は,東北大学が

2007年1225日付で公表した「一連の匿名投書

に対する対応・調査報告書」1)(以下,「報告書1」) によれば,20075月頃からの匿名投書であった.

自他ともに認める井上氏の共同研究者の一人であ る筆者は,金属材料研究所の複数の現職教授から

「研究所内では以前からよく知られていることです

よ」と明言され,正直驚いた.また,「報告書1」 はもちろん,その後東北大学が2008131

付でHP上に公表した「一連の匿名投書に対する 対応・調査委員会による報告書の公表後における 関連研究と再現性について」2)(以下,「報告書2」) によっても,疑惑が払拭されるどころか疑惑が深 まり,かつ匿名投書が指摘した論文以外にも次々 と新たな疑惑論文が発見され,今度は顕名の告発 を受けた.その総数は20件近くに至っている.筆 者の知る限りであるが,顕名の告発に東北大学は 一度も真摯に向き合っていない.例えば「当該論 文には,ミスや記述の不適切・不十分な点は認め られるが,不正とは認められない」等を理由に,本 調査を回避,約10年もの間,この繰り返しである.

(2)

 このような種々の経緯・事情等を踏まえ,本稿 では井上氏の不正疑惑論文問題の推移と,つぎつ ぎと明らかになった疑惑論文発見の真相等を,筆 者の知る範囲で紹介する.

JIM93

論文,

JIM95

論文および

JIM96

論文の疑惑の裏側

 匿名投書により指摘された4編の論文4)∼7)の疑 惑ポイントは,大きな直径(サイズ)のバルクアモ ルファス合金の実験結果について,「再現性に問題 あり」というものである.JIM93論文4)は,水焼 入れ法によりジルコニウム(Zr)を主成分とする,

Zr65Al7.5 Ni10Cu17.5(元素記号に続く下付数値は原

子パーセント)合金で,直径16 mm,長さ150 mm

の円柱棒状アモルファス合金が作製できたことを

報告している.さらに,組成が少し異なるZr55Al10

Ni5Cu30合金について,アーク溶解・銅製鋳型吸

引鋳造法により,直径16 mm,長さ70 mmの円

柱棒のアモルファス合金が作製できたという報告

JIM95論文5),直径30 mm,長さ50 mmの円柱

棒のアモルファス合金が作製できたという報告が

JIM96論文6)である.匿名告発によるJIM98論文7)

も,直径数mmのバルクアモルファス合金に関す る内容であるが,この論文の課題等については調 査報告書1)を参照されたい.

 参考までに補足すると,1970年∼1990年に行

われたアモルファス合金研究の中心は,溶融合金

を超高速(1秒間に百万度;106 deg/sec)で冷却す

ることにより作製した厚さ30マイクロメーター

(以下,µmと記述)程度のリボン(薄帯)試料,あ るいは直径100µm程度の細線試料が対象であっ た.一方,直径数ミリメートル(以下,mmと記述)

程度の円柱棒等の,いわゆるバルクアモルファス

合金は,白金(Pt)やパラジウム(Pd)を主成分とす

Pt-Ni-PPd-Cu-Si合金等で確認されていた

が,実用合金系では見出されていなかった.この 研究隘路に一石を投じた内容が,井上氏らのジル

コニウム(Zr)を主成分とするJIM93論文,JIM95

論文あるいはJIM96論文である.

JIM93

論文の不可解な点

 匿名投書の指摘の主題は,「バルクアモルファス 合金の再現性に問題がある」であった.この『でき る・できない』の論点は,できないことを他人が

証明することは極めて難しいのが現実である.実 際にドイツ8)あるいはフランス9)10)の研究グルー

プが,「JIM93論文の直径16 mmの大きなバルク

アモルファス合金の作製は,自分の試みでは再現 できなかった」と報告している論文を確認できる

が,「JIM93論文に研究不正が認められる」との断

定は難しい状態であった.しかし,JIM93論文の

共著者(Zhang Tao:張濤)が「報告書1」の責任理

事とともに行った記者会見(河北新報:20091228日),加えてそれらを補完したと思われる「報 告書2」の内容が,疑惑解消どころか,かえって疑 惑を深めたと筆者は感じている.これが井上氏の 研究不正疑惑の特徴の一つである.

 記者会見でJIM93論文の共著者が,当時の実験 装置はすでに廃棄されていたため,「原理が同じ別 の装置で金属ガラスを作製し,再現性を確認した」 と主張した.さらに,大学が公表した「報告書2

24ページに,『JIM93論文についての他者の

再現性に係る相違点を示し,詳細において手法が 異なっている.改良した手法で直径16 mmサイズ のバルク金属ガラスの再現が可能である』とあり,

1のとおり,作製したとするバルク金属ガラス 試料の外観写真と光学顕微鏡写真が添えられてい

1

(3)

る.これは「改良した水焼入れ法」で再現できると のアピールだと理解できるが,「報告書2」の24 ページの情報には,作製した試料がアモルファス である根拠データ,例えば「X線回折パターン」が 付されていない.すなわち,ここでいう「再現が 可能」は,科学的根拠に裏付けされていない.さ らに「報告書2」の57ページの情報は,別の実 験手法(傾角鋳造法)のデータで,JIM93論文の疑 惑解消には全く役立たない.

吸引鋳造法とキャップ鋳造法が同じ原理と

の不可解な説明

JIM95およびJIM96論文の再現性の確認には,

アーク溶解・吸引鋳造法を実施できる特殊な装置 が必要なことから,筆者の知る範囲であるが,他 者が実験を試みた結果に関する論文は見当たら

ない.しかし,JIM95論文およびJIM96論文につ

いても,調査報告書が疑惑を深めたと言う点では

JIM93論文の場合と同様である.

 「報告書2」の8ページは,「金属ガラスZr55Al10

Ni5Cu30合金 直径30 mmサイズの再現性につい

て」との題目が付され,当時の装置(JIM95および

JIM96論文)の吸引鋳造法(Suction Casting 法)は,

キャップ鋳造法(Modified Cap-Casting 法)11)と同

じ原理の装置であることを,強調している.しかし,

手法名が異なるだけでなく,以下に示す概要説明 からも明らかなとおり,「吸引鋳造法」と「キャッ プ鋳造法」が同じ原理の装置と考えることは,科 学的には無理がある.

吸引鋳造法 銅製ハースの中央下部のピストンを 急速に引き下げることで生ずる負圧を利用し,溶 融合金を素早く銅製鋳型内に吸引誘導して冷却;

これによって,大型サイズのバルクアモルファス

合金を作製する手法(注:注射器に薬液を吸い込 む手順に類似)

キャップ鋳造法 銅製ハースを機械的に傾斜させ ることで溶融合金を銅製鋳型内に自重で流し込ん だ後,溶融合金の上面に別の銅製ブロックを押し 付けることで冷却を補助;これによって,大型サ

イズのバルクアモルファス合金を作製する手法

 また,「報告書28ページの右側に与えられて いるキャップ鋳造法の原理図は,吸引鋳造法に似 せるためだと思われるが,MT07:論文11)のFig.1 が改ざんして使われている12).さらに,9ペー

ジの「直径30 mmサイズ金属ガラスの作製が再

現された」と題する内容は,図2のとおり右下に

MT07:論文の表題部分の写真を与え,いかにも

キャップ鋳造法によって作製した試料の外観写真 だと思わせている.しかし,実はキャップ鋳造法

により作製した試料ではなく,全くの虚偽内容で あることが名誉毀損裁判の過程で明らかになって

2

図2 東北大学の「報告書2」(2008.1.31.)のp.9[注:右 下はキャップ鋳造法のMT07論文[11]の題目部分].

3

(4)

いる13).それに,この9ページの試料形状がキャッ プ鋳造法で作製した試料形状とは異なる点は,図

3のとおり,「報告書211ページの写真との比較

からも容易に確認できる.「報告書2」が不正疑惑 解明を目的とする東北大学の公式文書であること を勘案すると,信じ難い非科学的な内容である.

 ま た「報 告 書2」の813ペ ー ジ の内 容は, 「報告書1」のメインの主張である『金属ガラス

Zr55Al10Ni5Cu30合金について,直径30 mmサイズ

の再現性が確認できたので,JIM95およびJIM96 論文に関する告発は事実無根である』を裏付ける 根拠に相当する.しかし,この根拠部分が前述の ように科学的に欠陥だらけなので,疑惑解明を印 象付ける結果にはならなかった.むしろ別の疑惑 発見の機会を提供するおまけまであった.

質量保存則に反する記述の発見と不可解な

訂正

 「JIM96論文の結果が再現できた」根拠に使われ

たキャップ鋳造法に関するMT07論文11)には,い くつかの疑問があるとしてComments and Reply形 式による誌上討論が2009年に展開された.梶谷 剛氏(東北大学工学研究科教授:当時)は,自らの 経験に基づいて,例えば,「2本のアーク電極を備 えた実験室規模のアーク溶解装置では,Zr55Al10

Ni5Cu30のマスター合金144グラム(g)を溶解す

ることそのものが難しい」等と質問コメントを日 本金属学会欧文誌に投稿した14).これに対して

MT07論文の著者らは「使用した市販装置の溶解容

量(Melting Capacity)は200 gである」と,装置の

外観写真付きで回答した15).しかし装置のカタロ

グ値(200 g)を示しても疑惑払拭にはならない.し

かも,この梶谷氏の質問は,JIM95およびJIM96

論文に含まれる「新たな疑惑」をあぶりだした.

 梶谷氏の質問にある144 gという数値は,直径

30 mm,長さ30 mmサイズのバルクアモルファ

ス合金の体積(21.2 cm3)と,対象合金の密度の値

6.82 g/cm3)16)から算出できるマスター合金重量

に相当する.JIM95論文には「マスター合金70 g

を再溶解して直径16 mm,長さ70 mmサイズのア

モルファス試料を作製した」,JIM96論文には,「マ スター合金200 gを再溶解して直径30 mm,長さ

50 mmサイズのアモルファズ試料を作製した」と

書かれている.この作製したとするサイズの試料

体積から算出できるマスター合金重量は,JIM95

論文は約96 gJIM96論文は約241 gとなる.2

つの論文に記載されている成果物重量は,なんと 原料重量より大きい;「質量保存則に反する」結果 が書かれていたのである.

 この疑惑は,高橋禮二郎氏らが理由を付して日 本金属学会に告発したが,極めて異例な措置で 終わっている.告発を受けた日本金属学会[加藤 雅治会長(当時)]は,「指摘事項はそのとおりで あるが,それは記載ミスの可能性があるので,不 正と断定する理由には当たらない」とし,調査は 行わない旨を告発者らに通知したことが告発者ら により公表されている.調査してこそ不正か,否

かの判定ができるのであって,告発側に最初か

ら不正と断定できる理由を求めた日本金属学会 の対応姿勢は理解し難い.さらに不思議なこと

に,JIM95およびJIM96論 文の著 者らは,『2

の論文に与えられているすべてのバルクガラス合

金ロッドの長さ(length)および重量(weight)の値

は概算値(nominal values)であり,実際の値から

は,20%ほどの誤差がある』との訂正(Erratum

を日本金属学会欧文誌に投稿,この投稿が受理・

掲載17)されたのである.200 g20%増は240 g

になるからだろうか?いずれにしても「20%ほど

の誤差」を立証する科学的根拠は,この訂正原稿 に与えられていない.訂正の次ページにEditors

Announcement18)という形で,誤差の根拠らしき内

容,例えば「1617 gZr純金属に,他の純金属

AlNiCu)を所定量計量して混合し溶解すること で,23 g26 gのボタン状マスター合金を作製し た」および「そのボタン状マスター合金を,JIM95

論文では3個∼4個,JIM96論文では8個∼9個使

用した」とある.しかし,この内容は,以下に示 す理由のとおり,実験の手順から理解するには無 理がある.

(5)

相当する23 g26 gのボタン状マスター合金を9 個使ったとすれば,23 g×9=207 g26 g×9=234 g

となる.これではJIM96論文の成果物重量(241 g

には不足しているし,認められる重量の幅も,

27 g(20%ではなく,13%相当)である.またボタ

ン状マスター合金の重量を計量せずに,適当な個 数だけアーク溶解炉に放り込んで再溶解するよう な実験が行われるとは考え難い.研究者は,使用 予定のボタン状マスター合金一個,一個の重量を あらかじめ計量し,「アーク溶解炉に入れるマス ター合金の総重量は,ボタン△個で○グラムであ る」と確認した後,再溶解を実施するはずである. このような手順を踏まえれば,論文に記載されて いる重量の値に20%の誤差を生じることなど,到 底理解できない.極めて不可解で,非科学的な訂

正(Erratum)である.また,このような内容の訂

正が受理・掲載されることも理解困難で,むしろ 疑惑を深めてしまったと筆者は感じている.

 なお,JIM96論文6),およびキャップ鋳造法に関

するMT07論文11)に認められる疑惑の詳細は,青 木清氏の論説19)等を参照されたい.

数多くの二重投稿論文発見と

思いがけない産物

 同じ内容を別論文として投稿・公表することは, 「二重投稿」という研究倫理違反行為である.ただ

し,我が国では「日本語」で公表した論文を,英文 等の「外国語」で公表することが認められている ケースが多い.例えば日本金属学会も,和文誌に

公表した論文を1年以内に英訳してMater. Trans.

JIM)に投稿できる.もちろん,その場合,後で 出す論文には元論文の巻号等を明記することに なっている.また,参加者が限られる国際会議では,

会議終了後に出版される国際会議報告論文集の流 通も限定的なことが多い.したがって,国際会議 報告論文の内容を充実させ,別途通常の投稿論文 として公表することも容認されている.その場合,

例えば「本論文の一部は○○の国際会議で公表済 みである」旨を付記すべきであるが,この研究者

が遵守すべき事項の徹底は,研究者の良識に任せ

られていたのが現実であろう.ただし,どのよう

な理由・事情があったにせよ「二重投稿」が正当化

されることはない.

 井上氏の二重投稿論文について,例えば齋藤・

矢野氏らは25件の例を指摘している20).これは,

井上氏自らが登録し東北大HP上で公表している 研究業績情報(更新日:2013425日)の主要 論文数2855編全てを調べた結果ではなく,一部の 調査結果だと聞いている.

重複度をチェックする解析ソフトの威力

 二重投稿論文の発見は,市販の解析ソフトを使 えば,そう難しくないとのことである.井上氏の 二重投稿論文の発見は,2010年当時,学生のレ

ポートにおける重複度をチェックし,剽窃防止用

に複数の大学で導入済みであった「turn-it-in」とい う検索ソフトと,集めてあった井上氏を著者とす る論文のpdfファイル群を組み合わせた結果との ことである.筆者自らが検索ソフトを使用したこ とはないが,「turn-it-in」ソフトを適用した結果の 一部を見せられ,学術的視点からの確認を依頼さ れたことがある.2010年当時のソフト事情の範囲 ではあるが,設定した一つの論文に対する他の論 文との比較を絨毯爆撃的に行い,類似率(similarity

Index)が88%,64%などの定量値とともにアウト

プットされてくる.また,このturn-it-in解析ソフ トでは,2つの論文に同一の単語がいくつ確認さ れたか等の数値情報も提供されてくるので,参考 になる.このような検索結果に基づいて,あとは 論文本体,原稿提出日等を確認さえすれば,二重 投稿論文か,否かが比較的容易に判別できる.

 齋藤・矢野氏らの論説20)にあるように,このよ うなプロセスを経て発見された25編の二重投稿論 文のうちすでに11編が学協会によって二重投稿論 文と認定され,当該論文の撤回措置が行われてい る.業績の水増しにつながる二重投稿という行為 は,間違いなく研究倫理違反であるが,捏造,改 ざん,盗用の3つの不正行為に比べると,やや軽

(6)

氏の場合,この解析ソフトによる二重投稿論文の 抽出作業が,新たな研究不正疑惑論文をあぶりだ

したことも特筆すべきことである.

改ざんを含む究極の二重投稿論文発見と

不正の常態化の可能性

 解析ソフトturn-it-inを利用した結果の一例

を図4に示す.JIM00B論文21)(検索例ではMT

JIM41(2000)1511と表示)から見たJMR00論文22)

(検索例では,JMR1520002195と表示)の類似率は

88%,同一の単語確認は4672個との結果が表示 されている.この2つの論文本体を比較すると,

題目および著者は異なっているが,後から投稿の

JIM00B論文(原稿提出日:June 5, 2000)に掲載さ

れている21枚の図,5枚の表,36編の参考文献数

等が,JIMR00論文(原稿提出日:February 7,2000

の内容とほぼ同じと確認できた.一言で言えば「,後

から投稿されたJIM00B論文は,先行のJIMR00

文のFig.9のみが省略され,Abstractの文章の変

更,本文の表現がところどころ変更されている程

度で,基本的に同一と判断できるという驚きの重 複論文である23).しかし,それだけではなかった.

詳細に比較すると,実は完全に同一ではない図も

見つかったのである.例えば,アモルファス合金 に熱処理を加えると第二相が現われ,その第二相

が準結晶であることを示すデータセットに関する

JIM00B論文のFig.4JMR00論文のFig.4とを比

較すると,図5①のとおり一部が異なっている.

4 重複度の解析ソフトturn-it-inによる結果の一例 [注:JIM00B論文を基準とするJMR00論文の類似率].

図5 異なる元論文からデータ を組み合わせていると考えられ る結果の例[注:文献23)等か

らの抜粋].

4

(7)

さらに出典元と考えられる別論文24)に記載されて いる熱処理条件との食い違い[図5②]も認めら れる.ここで「準結晶」とは,1984年にダニエル・ シェヒトマン氏らが発見した新しい構造を持つ物 質のことで,シェヒトマンは2011年にノーベル化 学賞を受賞している.

JIM00B論文のFig.4JMR00論文のFig.4とに

認められる内容と類似の疑問点は,図5中に併記 されている他のケース,③MSE00論文25)の図,

Scripta01論文26)の図との間にも容易に認めら

れる23).これらは,複数の論文を元データとして, それらを適宜組み合わせ,かつ合金組成,熱処理 条件(温度,時間)等も組み合わせることで,あた かも新しいae5枚のデータセットを装った結 果のようにみえる.なぜなら,この5枚の情報は,

対象の合金試料について,所定の熱処理条件(温度,

時間)を行った結果に関するワンセットのはずだか らである.言い換えると,この5枚のデータにつ いて,以下のポイントが指摘できる.

[1] aの透過型電子顕微鏡像(TEM像),[およびb の電子回折図]が同一にも拘わらず,ce3 枚のナノビーム電子回折図が異なることは考え 難い「例:図5①」.

[2] 逆にaTEM像(およびbの電子回折図)が異 なるにも拘わらず,ce3枚のナノビーム電 子回折図が同一ということは考え難い「例:図5 ③」.

[3] aTEM像,[およびbの電子回折図],ce3枚のナノビーム電子回折図が同一にも拘わ らず,合金組成や熱処理条件が異なることは考 え難い「例:図5④」.

 このような視点で改めてデータを眺めると,例 えば図5の事実関係は驚くべき実態を示している. このような実験データの改ざん,捏造と思われる

疑惑例は,このような二重投稿論文探しのプロセ

スで,次々と発見されたというのが真相である.

筆者は,アモルファス合金分野の専門家の一人と して,科学的視点での確認等を依頼された立場で

あるが,示された事実と,その数の多さに正直驚 くとともに,このような作為的な疑惑行為が常態 化していた可能性が高いとの印象をもった.

偶然あぶりだされた不正疑惑論文

明らかな不正疑惑を含む

JIM99

論文の発見

 井上氏の研究不正疑惑の代表的な論文の一つ

が,JIM99論文27)である.このJIM99論文の内容

は,JIM97論文28)の内容が流用されたもので,文

章にも類似点がある.しかし,このJIM99論文の

疑惑発見は,「turn-it-in」ソフトを適用した二重投

稿論文の解析結果の産物ではない.むしろ偶然 発見されたものである.その興味深いストーリー を以下に紹介する.[注:JIM97論文を横に並べ てJIM99論文を読まない限り,例えば査読者が

JIM99論文の問題点に気づくことは不可能である

ことを付記しておきたい.]

JIM95論文およびJIM96論文の「成果物重量が

原料重量より増大する」という非科学的な結果に ついて告発書を提出した方々は,『井上氏の論文 には,他にも不正疑惑があるに違いない』と確信 し,その具体的行動として,公開されている井上 氏の研究業績リストにある主要論文の中から,誰 でも無償でpdfファイルを取得できる日本金属学

会の欧文誌(Mater. Trans. JIM)論文,約50篇を

集めていた.それらの論文に掲載されている図面 を,画像ソフトを使って切りだして独自に比較検 討を行った.筆者も,20枚以上のX線回折パター ンが収録されたファイル提供とともに,「構造解析 の専門家として,この中におかしな結果が含まれ ていないか確認し,疑問点があれば教えてほしい」 と依頼された.専門家として,提供されたデータ を通常より注意深く眺めてみた.ちなみにX線回 折パターンは各測定の「指紋」に相当するので,例

えば2つの図でメインの構造情報のシグナルのみ

でなく,ノイズ部分まで重なるX線回折パターン だった場合は,同一データの使用が断定できると いう特徴がある.おかしな組み合わせとして,2

(8)

図の方が,実はJIM99論文関連の疑惑のX線回折

パターンであった.

 筆者自身も論文本体の確認を試み,例えば(1

JIM99論文のFig.2およびFig.6のX線回折パター

ンは,それぞれJIM97論文のFig.3およびFig.6

X線回折パターンと同一であること,(2)どちらの

図面の当該部分にもJIM97論文のデータとの相互

関係を示す記述はなく,しかも(3)一部が変更さ

れてJIM99論文に流用されている事実を確認した.

この確認プロセス後における筆者の率直な感想は, 『このJIM99論文の不正疑惑は,将棋で言えば詰

んでいる(言い逃れできない)』である.それは,

以下の理由に基づく.

JIM99論文で報告されている5%のAgを含むZr

基合金試料に関する5つの引張破断強度の値は,

JIM97論文で報告されている同じ合金試料の3

の引張破断強度の値と一致するものはゼロである. したがって,以下の2点がポイントとなる.

 ①JIM99論文では,新たに5%のAgを含むZr

基合金試料を作製して引張試験を実施したのでな

ければ,JIM99論文の引張破断強度の値は捏造に

なる.⇒ JIM99論文の著者は,『JIM99論文で新

たに5%のAgを含むZr基合金試料を作製し,引 張試験を行った』と答えるしか選択肢がないと考 えられる.

 ②一方,JIM99論文の著者は,新たに作製した

試料についてFig.2およびFig.6に相当するX線 回折実験をしていない.JIM99論文で新たに作製 した5%のAgを含むZr基合金試料が,確かに

アモルファス相であることを示す根拠データが

Fig.2,アモルファス相の試料を熱処理すると第二

相として準結晶が現われることを示す根拠データ

Fig.6のX線回折パターンである.その重要な

2つのデータに,JIM97論文のFig.3Fig.6を一

部変更して使っており,しかもJIM99論文のFig.2

Fig.6の当該部分に,JIM97論文との関係が言及

されていない.⇒この事実は,JIM99論文の著者 は「JIM99論文で新たに作製した5%のAgを含

Zr基合金試料について,(Fig.2およびFig.6

相当する実験をせず),JIM97論文のFig.3 および

Fig.6を流用した」ことを認めざるを得ないと考え

られる.別の見方をすれば,『Fig.2およびFig.6

X線回折パターンは,新たに作製した5%のAgを 含むZr基合金試料のデータを示すべきであるし,

示すことができたはずである.何故そうしていな

いのか?』という質問に,JIM99論文の著者は,明

確な回答が求められるはずである.

Zr 基合金の写真は Nd 基合金写真の流用とい

う新疑惑の発見

JIM99論文Fig.1の試料外観写真も,実はJIM97

論文のFig.2の試料外観写真の流用である.この

試料外観写真については,さらに奇跡では(?)

と思われる偶然から,新たな疑惑発見があった.

JIM99論文Fig.1に示されている5%のAgを含む

3本のZr基合金試料(直径3 mm45 mmと表示)

の写真は,JM97論文Fig.2 3本の試料外観写真

の流用であり,それは両論文の著者も,東北大学 も認めている.しかし,その3本の試料外観写真

は,実はジルコニウム(Zr)基合金のものではなく, JIM96Nd論文29)で公表済みのネオジウム(Nd)基 合金の試料外観写真の流用であったことが判明し たのである.その発見のストーリーは以下のとお

りである.

 井上氏の論文疑惑に関心を持っていた研究者 の一人が,仕事机の横に置いてあった段ボール箱 の上に,井上氏を著者とする論文のコピーを山積 みにしていた.部屋の掃除の際に,誤ってそのコ

ピーの山を崩してしまったので片付けようとした

ところ,ちょうど崩れて開いていたページに試料 概観写真があった.「おや?どこかで見たことの ある画像に似ているな」と直感したので,念のた め比較・確認を試みたところ,崩れて開いていた ページにあった試料概観写真は,Nd基合金に関

するJIM96Nd論文Fig.2であり,そこに写ってい

3本の試料概観写真は,なんとJIM99論文Fig.1

or JIM97論文Fig.2)のZr基合金の3本のものと

ぴったり重なることが判明したという.予想外の

(9)

る.筆者が幼いころ明治生まれの両親に言われた 「神様が見ているから,悪いことはできないよ」を 地でいく出来事だと感じた.もちろん,この内容 は告発書が提出され,新聞報道もなされた(河北 新報2013322日).

 この試料概観写真に関する告発への東北大学の 公式対応が,20161216日付の「報告書3」で

ある.東北大学は,「JIM97論文Fig.2JIM99論文

Fig.1)のZr基合金に関する3本の試料外観写真が,

Nd基合金に関する3本の試料外観写真と同一であ る事実を認定したが,それは故意とは考えられず, うっかりミスである」としている.金属試料の光学 顕微鏡写真等を扱った経験をもつ筆者には,「例え ば,ネガであっても,印画紙であっても,同じ保 管ファイル中に,Nd基合金の写真データとZr基 合金の写真データが,合金名・熱処理条件等が識別 できず,取り違えるような状態で管理されていた」

等ということは信じ難い.それが,研究者として の素直な感想である.

『2 つの論文を関連づける目的で意図的に転

用』等の不可解な説明

 一方,東北大学は,JIM99論文Fig.1に示してい

3本の試料外観写真にJIM97論文Fig.2を(加工 して)流用していることについて,「報告書3」の

7ページ最後の部分から8ページの最初の部分に,

JIM99論文へのJIM97論文の試料外観写真の転 用は2つの論文を関連づける目的で意図的に行わ れたものである』としている.これは,「報告書3」 につけた『研究の流れと告発の経緯;調査・検証(相 関・フロー図)』と題する別紙2の内容との整合性 を保つための説明のようであるが,明らかな間違

いである.その理由は簡単で,JIM99論文の試料

外観写真の当該箇所に,JIM97論文と関連づけの

ために試料外観写真を転用した旨の記述が全くな いからである.そのような記述がないのに『2つの

論文を関連づける目的で意図的に行われたもので ある』とは,全くおかしな論理であるし,また,そ のような記述がないことを「記述の不備・ミス」で 片付けることも理解不能だからである.むしろ「,少

数意見2」が言う『JIM99論文のFig.1で写真の切

り貼りがみられたが,説明もなくこのような切り

貼りを行うことは研究分野によっては研究不正と 判断されることがある』が,的を射る内容である. この少数意見の発信者は極めて遠慮がちに「研究 分野によっては」と付しているが,このJIM99

Fig.1に認められる疑惑の事実は,研究分野を

問わず研究不正と判断される行為であると筆者は 理解している.

 加えて,この「報告書3」には引張試験に関する 記述も含まれているので,この調査委員会は,間

違いなくJIM99論文で新たに5%のAgを含むZr

基合金試料を作製して引張試験を実施したか,否

かを把握しているはずである.また「報告書3

に別紙2が添付されていることは,この調査委員

会がJIM99論文Fig.6(およびFig.2)とJIM97論文

Fig.6(およびFig.3)のX線回折パターンとの関

係についても議論している証である.この別紙2

は,「JIM99論文は,JIM97論文公表後の新たな結

果を踏まえて,JIM97論文のX線回折パターンの

再解析・再解釈を行ったものである」と説明しては いるが,この説明は明らかに虚偽である[補足も 参照].虚偽だと判断する理由は極めて簡単で,試 料外観写真の場合と同様に,JIM99論文Fig.6

当該部分に,JIM97論文Fig6のX線回折パターン

の再解析・再解釈である旨の記述が全く確認でき ないからである.JIM99論文Fig.6の熱処理条件が

JIM97論文Fig.6の条件から変更されていることへ

の言及もないからである.すなわち,このような

強引で非論理的な説明が疑惑を深めている.

 なお,JIM99論文に関する諸問題やJIM96Nd

文等との関連性の詳細については,青木および高 橋らの論説30)31)を参照されたい.

おわりに

(10)

示している中では,少なくとも『JIM00B論文21)

およびJIM99論文27)に確認されている不正疑惑は,

言い逃れできないレベルだ』と筆者は考えている.

詳細な事実関係に触れていないが,Scripta01

文26)も同様である.しかし,例えばJIM99論文を

出版している日本金属学会は,複数の告発を受けて いるにも拘わらず,「不正疑惑の調査等は当該論文 の著者が所属する研究機関(この場合,東北大学) が行うべきものだ」との立場をとり,かつ「当該論 文に関する公式の報告書を東北大学から受け取っ ていない」として放置状態にある.このような学術 の信頼性を損なったままの状況継続を憂慮する行 動の一つが,冒頭で紹介した『日本金属学会元会 長ら6人の連名による,欧文誌編集委員長宛の申 し入れ』である.もちろん適切な措置が速やかに進 むことを期待したい.

 東北大学の「報告書1」および「報告書2」は,井 上氏が総長在職中に出されており,トップダウン 型研究不正32)にも該当する可能性が強いと思われ る.すなわち,組織のトップおよびその周辺の関 係者による意向を強く受ける,あるいは忖度する 形で,科学的論理性を無視して「研究不正ではな い」との結論が,強引に導かれた可能性が十分あ る.これに関連し,あえて筆者が付け加えたいこと は,この不正疑惑に絡んで,正確な目的を告げられ ずに性急な実験実施等を迫られた人達,あるいは 『学術の視点から,真摯で公正な解決をしてほしい』

と要望した人達に対して,数々のハラスメントが行

われたと言う裏側である.一部は新聞報道(河北新 報:2009422日)あるいは関連書籍33)の中で 紹介されてはいるが,それはごく一部に過ぎない.

JIM96論 文の再 現 性の説 明 根 拠に使わ れ た

MT07論文の第一著者は,MT07論文の不備・疑

惑等を指摘され,東北大学を去った.去らざるを 得ない状況に追い込まれたが,正しいのだろうと 筆者は感じている.また,例えば「論文に関する 疑問には,総長としてではなく一人の研究者とし て責任ある対応をしてほしい」との筆者の発言は,

不正疑惑を一刻も早く終結・抑え込みたい人達に

とって,大いに目障りだったのだろう.筆者は, 東北大本部関係者,金属材料分野の関係者等から ハラスメントを何度となく受けた.一部は弁護士

を依頼して対応せざるを得ない事案であった.逆

に,ハラスメントになることさえ顧みずに不正疑

惑の抑え込みに必死になったのは,井上氏の不正 疑惑の中味が,それだけ深刻だったことの裏返し だったのだと,現在は感じている.

 大学における研究は,真理の探究であり,実験 研究では再現性が担保されていることが研究者の 共通理解である.また,研究者としてわきまえる べき基本的な注意義務を明らかに怠ったと考えら れる内容にまで,ミスがあった,記述が不適切・

不十分であったなどの理由を強引に当てはめるこ とで「不正は認められない」と言い続ける東北大学

現執行部は,もしかすると「前執行部時代の措置

を忖度し,異なる対応をした場合に起こる可能性

に気遣い,怯えている」のかもしれない.それが 顕著に現れた例が「報告書3」だとも言える.報告 書の作成に携わった関係者は気の毒でさえあるが,

最高学府の教育研究機関である大学の研究不正疑 惑への対応としては,決して容認されるものとは 言えない.「東北大学よ,研究者の良心はどうした」 と筆者は問いたいと感じている.

 研究不正疑惑が指摘されている井上氏の論文 は,19972002年の5年間,科学技術振興機構(以 下,JSTという)の資金的援助の下に展開された

ERATOプロジェクトの成果に集中している.また,

匿名投書により疑惑を指摘された水焼き入れ法に

関するJIM93論文,アーク溶解・吸引鋳造法に関

するJIM95論文とJIM96論文は,いずれも大きな

サイズのバルクアモルファス合金が作製できると

いう内容で,これらの成果がERATOプロジェク

トの採択に繋がっている可能性を,筆者は強く感 じている.JSTは,資金配分機関なので不正疑惑 論文の調査を自らは行わないとしており,その姿

勢そのものが間違っているわけではない.しかし,

本稿で理由を明示しているような不適切・不公正 な措置とみなせる東北大学の報告書をもって,JST

(11)

置し続けていることは,いかがなものかと感じて いる.なぜなら配分資金の原資が税金であること

から,タックスペイヤーへの責任を果たしていな

いことになるからである.疑惑論文の発行機関であ

る日本金属学会とともに,JSTも責任放棄は許され ない.一日も早い疑惑解明と適切な措置が望まれる.

補足

科学的論理性に欠ける非公開の調査報告書

 「報告書3」は,研究者の共通理解に合致する3 件の少数意見を含んでいることで,良識を示す委 員の参加が認められる.しかし,明らかな虚偽説 明の別紙2を添付したことで,「報告書3」の信頼 性を大きく損ねている.この別紙2の内容が虚偽 説明に陥っていることは,JIM99論文に関する箕 西靖秀氏(金属材料研究所元教員)の告発に対して 東北大学が回答に流用(?)した『JSTへの告発内 容の確認・調査報告(抜粋),以下,「JSTへの報告」』 により,偶然明らかにされている33).この「JST

への報告」は,東北大学あるいはJSTHP上で の公表が確認できないものなので,主要ポイント を以下に補足しておく.

 箕西氏は,例えばマスター合金の準備手法が

JIM97論文では高周波誘導溶解,JIM99論文では

アーク溶解と異なっているのに,2つの論文で同 じ結果[試料概観写真,X線回折パターン(元ガラ スおよび熱処理試料)]を得ることは理解できない

等として,JIM99論文を告発された.この告発案

件に対し東北大学は,「JSTへの報告」を流用する 形で箕西氏に回答したことで,自らの論理性に欠

ける対応を明かしてしまったと言える.

 マスター合金の準備手法がJIM99論文とJIM97

論文とで異なることは,紛れもない事実である. また,最終研究試料のバルク金属ガラスの作製は,

①マスター合金を一定量秤量し再溶解装置にセッ ト,②再溶融した合金を銅製の鋳型に鋳造する, という2段階プロセスを経る.この工程の具体的 手順を考えてみよう.①の段階で,直径の異なる

3本の試料作製に必要なマスター合金量を算出・秤 量する.その秤量した合金を用いて行う②の再溶 解・鋳造工程は,3×2=6回実施することになる. この6回の再溶解・鋳造という②の工程を経て得 た試料形状は,たとえ合金の化学組成および重量

が,JIM97論文の3本とJIM99論文の3本の実験

で同じだったとしても,鋳型から少しはみ出した 「バリ」と呼ぶ部分の形状を含め,概観写真が重な るほど同じになることは,実際にはほとんど起こ り得ない.合金の溶解実験の経験者なら誰でも理

解していることである.また異なるマスター合金

から作られた試料のX線回折図が重なることは起 こり得ないことも,材料・物質に関わる研究者の

常識である.箕西氏はこのような実験研究者とし

ての常識に基づいて,問題点を指摘しているにも 拘わらず,東北大学は以下のように,回答している.

 両論文の最終研究試料となるバルク金属ガラ

スは,母合金を再溶解し鋳型に鋳込んで作製す

ることから,再溶解条件が同様である限り,原

料合金の化学組成は同じであるので,原料合

金の作成方法によらず同様のバルク金属ガラス

が得られると考えられる.Zhang Tao 氏は,母

合金の再溶解は,両研究で同様で,induction

melting で行ったと述べている.(井上氏も同様

回答).読者の理解を容易にするために,原料

合金の再溶解法についても明確に記述すべきで

あった.

[注: Induction melting: 高周波誘導溶解]

 東北大学は,報告書の読み手に,同様の試料形 状=同一試料形状と錯覚させるような表現を使っ て巧みに論点を少しだけずらし,他分野の研究者 を煙に巻いている.しかし,原料(マスター)合金 の作製法が異なれば,得られるバルク金属ガラス 試料形状はもちろんX線回折図も当然異なる.そ れが実験事実である.繰り返すが,この回答文は,

合金の溶解実験の未経験者らが準備したものだと 推測される.

(12)

X線回折図(JIM99論文Fig.2)に,JIM97論文Fig.3 を言及なしで転用している疑惑について,東北大 学の回答の主要部分は以下のとおりで,科学的論 理性に基づく説明になっていない.[注:この回

答文はFig.2のみでなく,一部Fig.6に関係する

内容にもなっている].

明らかに同一図であり,試料組成の表記も

同じである.井上氏も同一図であると認めてい

る.従って,告発者らの指摘はこの部分のみを

見ると正当である.

しかし,前述したJIM97論文とJIM99論文の

公表経緯ならびにJIM99論文の位置付けを理

解すると,JIM99論文の主題はJIM97論文の

結果の再解析が主な目的であり,ガラスのX線

回折図が同一だからと言ってJIM99論文が捏

造であるとは言えない.なお,JIM99論文では

JIM97論文を引用しており,読者はJIM97

文がオリジナルであることは推定できる.しか

し,JIM99論文において図の説明箇所に明確に

JIM97論文からの転用であることの記述がない

のは,共に本人の論文であるとはいえ,説明不

足のそしりは免れない.

筆者の理解を先に言えば,前述の「明らかな不

正疑惑を含むJIM99の発見」の項に示すとおり,

JIM99論文では,新たに5%のAgを含むZr基合

金試料を作製しているのだから,その新たに作

製した試料がガラスであることを示すX線回折図

を,JIM99論文Fig.2に示せばよかっただけのこ

とである.JIM97論文のX線回折図の流用,しか

も言及なしで一部の表記を変更して流用すること の方が不自然である.さらに上記の回答の問題点 を例示すれば、以下のとおりである.

1.「JIM99論文の主題はJIM97論文の結果の再

解析が主な目的であり」は,そのような記述が

JIM99論文にないので,明らかな虚偽説明であ

る.また,「JIM97論文とJIM99論文の公表経緯

ならびにJIM99論文の位置付けを理解すると,」

の部分も,この回答文を準備した人の一方的な

想像(or忖度)を示しているに過ぎない.東北

大学の説明はJIM99論文のガラスのX線回折図

(Fig.2)を示す部分に,「JIM99論文はJIM97論文

の結果の再解析である」ことが把握できる記述 があってこそ,はじめて説得力をもつ.

2.「JIM99論文ではJIM97論文を引用しており,

読者はJIM97論文がオリジナルであることは推

定できる」も,呆れた説明である.『JIM97論文

を参考論文として引用しているが,(この図に関 して直接的な引用の記述がないのは)説明不足 である.』に至っては,絶句以外ない.

 こ の ポ イ ン ト2に つ い て補 足す る.確か に

JIM99論文の参考文献の中にJIM97論文が7番と

して含まれている.しかし,この7番が引用され

ている箇所は,JIM99論文の緒言部分に「Zr基ア

モルファス合金の高い引張強度が,アモルファス

相とナノスケール化合物結晶との共存によって,

靭性を減少することなく増大するとの報告がある」 の例として,4つの論文(710)をあげている1カ 所のみである.4つの論文(710)の形でしか示さ れていないのに,読者が『JIM99論文のオリジナル

は,(710)の中の7番のJIM97論文にある』こと

など把握できるとは思えない.それに学術論文を

オリジナルは別論文にあることを推定して読むこ

となどない.

一方,「JSTへの報告」にはX線回折図(JIM99

論文Fig.6)についても,以下のとおり虚偽説明が

なされている.

 確かに同じX線回折図が用いられているが,

問題はないと判断される.JIM97論文Fig.6は析

出結晶をZr3(Al,Ag)2に帰属できるものとして解

析した面指数などが記入されているが,JIM99

論文のFig.6にはX線回折図は同一でも,準結

晶に帰属できるという新たな知見を元に110000

面などの新たな帰属を記入しており,単なる

同一図の再掲ではない.強いて難点を言えば,

JIM99論文の図を再掲して帰属を改めている事

を文中やキャプションに明示すべきと言える.

(13)

この図に関して直接的な引用の記述がないのは

説明不足である.

 告発では,『JIM97論文Fig.6のX線回折図との

関係を言及せず,熱処理条件を変更して同一図を

JIM99論文Fig.6に流用し,かつ析出結晶の帰属を

Zr3(Al,Ag)2から準結晶に変えていること』を問題

視している.それを頭越し的に「問題はない」とし

て,『強いて難点を言えば,JIM99論文の図を再掲

して帰属を改めている事を文中やキャプションに 明示すべきと言える.』とは,あきれた回答である.

さらに『JIM97論文を参考論文として引用している

が,この図に関して直接的な引用の記述がないの は説明不足である.』も,前述のとおり,引用は不 適切で,記述不備(説明不足)にも相当しないので,

全く説得力はない.

 もし回答文の「JIM99論文の主題はJIM97論文

の結果の再解析が主目的だから,同じX線回折図

JIM97論文のFig.6)をJIM99論文でも使用した」

との説明が妥当ならば,JIM99論文のFig.6の部分

に,JIM97論文Fig.6を流用した事実に加え,熱処

理条件を変更した事実・理由等も付記されていて 当然である.そのような重要ポイントが書いてな いのに,突然『JIM99論文のX線回折図(Fig.6)は, JIM97論文のX線回折図(Fig.6)を再掲し,析出 結晶の帰属をZr3 Al,Ag2から準結晶に変えてい る』と言われても,不正疑惑の解明には役に立たず, むしろ「虚偽説明」に思えるのは筆者だけなのだろ うか.

 念のためあえて繰り返すが,JIM99論文の著者

は,『JIM99論文Fig.2およびFig.6に,新たに作製

したAg5%含むZr基合金試料に関するデータ を示せばよかっただけのことである』.また『,JIM97

論文公表の時点では,熱処理に伴って現われる第

二相をZr3(Al,Ag)2と考えていたが,その後の研究

結果等から,準結晶と考える方が合理的であると

の結論に至った』ことを,JIM99論文に書けばよ

かっただけのことである.

 この「JSTへの報告」には,以下の8名の学内 委員名が付されている.飯島敏夫(理事),野家啓

一(理事),兵頭英治(副学長),新家光雄(金属材 料研究所長),河村純一(多元物質科学研究所長),

内山勝(工学研究科長),山本雅之(医学研究科長). [注:名前の後の( )内は当時の役職名].一方,

学外委員名は,(推測は容易であるが),3名分が 空欄となっている.中立的立場で調査に参加した はずの学外委員名を公開できない調査報告である ことが,その内容に問題があることを示唆してい る.名前が非公表の学外委員を含め,科学的論理 性のない報告書の作成に関わった委員の方々が, いまや責任問題の波及に怯えていることは想像に 難くない.この精神的苦痛・不安感は,委員の方々 が本来あるべき学術研究の基準や研究者の共通理 解等から逸脱してしまった結果,招いてしまった ことであろう.しかし,別の一面では,拒否でき ない状況下におけるトップダウン型ハラスメント に遭遇した被害者に該当するのかもしれない.そ のように考えると,たいへんお気の毒でもある.

参考文献

1) 「報告書1」:東北大調査報告書(2007年12月25日付): http://www.tohoku.ac.jp/japanese/press_release/pdf2007/ 20071228_2.pdf

2) 「報告書2」:東北大調査報告書(2008131日付) https://www.tohoku.ac.jp/japanese/press_release/pdf2007/ 20071228_4.pdf

3) 「報 告 書3」:東 北 大 調 査 報 告 書(2016年12月

16日付)https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2016/12/ news20161216.htm

4) JIM93論文: A.Inoue, T. Zhang, N. Nishiyama, K. Ohba and T. Masumoto: Mater. Trans. JIM, 34 (1993), 1234-1237.(論文提出日: August 20,1993

5) JIM95論文: A. Inoue and T. Zhang: Mater. Trans. JIM, 36 (1995),1184-1187.(論文提出日: June 6, 1995) 6) JIM96論文: A. Inoue and T. Zhang: Mater. Trans. JIM,

37 (1996), 185-187.(論文提出日: November 14, 1995) 7) JIM98論文 A. Inoue and T. Zhang: Mater. Trans. JIM, 39 (1998), 1001-1006.(論文提出日: March 10, 1998) 8) P. S. Frankwicz, S. Ram and H.-J. Fecht: J. Non-Cryst.

Solids, 205/207 (1996), 522-526.

(14)

3765-3774.

11) MT07論文 Y. Yokoyama, E. Mund, A. Inoue and L. Schulz: Mater. Trans., 48 (2007), 3190-3192. (論文提出 日: July 12, 2007

12) 青木清:金属,86 (2016), 951-960.

13) 東北フォーラムHP,新着情報,20 (2016.10.27.)(名 誉毀損裁判記録)

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=site&srcid  =ZGVmYXVsdGRvbWFpbnx3d3dmb3J1bXRvaG9rdTNy

ZHxneDo2YWFhZmJmODY5YWMyMjQy

14) Comments: T. Kajitani: Mater. Trans., 50 (2009), 2502-2503.

15) Reply: Y. Yokoyama and A. Inoue: Mater. Trans., 50 (2009), 2504-2506.

16) A. Inoue, T. Negishi, H. M. Kimura, T. Zhang and A. R. Yavari: Mater. Trans. JIM, 39 (1998), 318-321.

17) Erratum: Mater. Trans., 51 (2010), 196a.

18) Editors Announcement: Mater. Trans., 51 (2010), 196b.

19) 青木清:金属,86 (2016), 744-751および847-853. 20) 齋藤文良,矢野雅文:金属,86 (2016), 445-450. (二

重投稿)

21) JIM00B論文 A. Inoue, T. Zhang, J. Saida and M. Matsushita: Materials Transactions JIM, 41 No.11 (2000), pp.1511-1520.(原稿提出日June 5, 2000)

22) JMR00論文:A. Inoue, T. Zhang, M. W. Chen, T. Sakurai, J. Saida and M. Matsushita: J. Mater. Res., 15 (2000), 2195-2208.(原稿提出日February 7, 2000) 23) 齋藤文良,矢野雅文:金属,86 (2016), 267-274およ

355-362.

24) JIM99Pd論文 A. Inoue, T. Zhang, J. Saida, M.

Matsushita, M. W. Chen and T. Sakurai: Mater. Trans. JIM, 40 (1999), 1137-1143(原稿提出日: July 7, 1999) 25) MSE00論文 A. Inoue, H. M. Kimura and T. Zhang:

Mater. Sci. and Eng., 294/296 (2000), 727-735.(原稿提 出日: September 20, 1999)

26) Scripta01論文 A. Inoue, T. Zhang, J. Saida and M. Matsushita: Scripta Metall., 44 (2001), 1615-1619.(原稿 提出日:August 25,2000

27) JIM99論文 A. Inoue, T. Zhang, M. W. Chen and T. Sakurai: Mater. Trans.JIM, 40 No.12 (1999), 1382-1389. (論文提出日: June 17.1999)

28) JIM97論文 A. Inoue, T. Zhang and Y. H. Kim: Mater. Trans. JIM, 38 No.9 (1997), 749-755. (論文提出日: May 16,1997)

29) JIM96Nd論文 A. Inoue, T. Zhang, W. Zhang and A. Takeuchi: Mater. Trans. JIM, 36 No.2 (1996), 99-108. (論 文提出日:July 24,1995)

30) 青木清:金属,83 (2013), 274-284.

31) 高橋禮二郎,日野秀逸,大村泉,松井恵:金属,86 (2016), 153-164.

32) 原田英美子:金属,86 (2016), 1150-1169.

33) 日野秀逸,大村泉,高橋禮二郎,松井恵:東北大総 長おやめください,研究不正と大学の私物化,社会評 論者(2011), p.94-95; p.199-206.

わせだ・よしお WASEDA Yoshio

1973 東北大学大学院博士課程修了,東北大学選鉱製錬研究所 助手,助教授等を経て1986 教授,同研究所,素材工学研究所,

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