ニューヨークタイムス
2009年10月21日の記事
―― 慢性的否認の事例 ――
by ヒラリー・ジョンソン
2006年に医療の研究者たちは、異種指向性マウス白血病ウィルス、またはXMRVと呼ばれる、前立腺の腫 瘍の中で見つかったよく知られていないウィルスのことを学んだのですが、それ以来ずっと彼らが尋ね てきた質問に、今月の初めに「サイエンス」というジャーナルに発表された研究は、答えてくれました。
「これは人に感染するのだろうか」という質問です。
XMRVはガンマレトロウィルスで、動物の間では長く研究されてきたウィルスの一種ですが、人間に感染 することは知られていませんでした。動物においては、これらのレトロウィルスは重い神経系の問題、 免疫不全、リンパ腫、白血病を引き起こしえます。この新しい研究は、XMRVはヒト・ガンマレトロウィ ルス ―― 三番目のヒト・レトロウィルス(H.I.V.と、白血病とリンパ腫の原因となるヒト・リンパ好 性・ウィルスに次ぐ三番目の)であるという、圧倒的な証拠を提供しました。感染は永久的で、人から 人へと広がりえます(ウィルスがどうやって伝染するのかは、まだわかっていませんが。)
これだけでも大きなニュースですが、さらにニュースがあります。XMRVが慢性疲労症候群にかかってい る人々から検出されたのです。この病気は、その存在そのものが25年間も議論のまととなってきました。 この病気の患者たちに、ニュースはとても大きな希望を与えました。何年も、何十年も重い病気にかか っているだけでも悪夢のようであるのに、患者たちは、すべては気持ちの持ちようだという認識から生 じる敵意やあざけりの種にもなっています。この研究では、CFSにかかっている101人の患者の内の67% の人の細胞から、XMRVが見つかりました。さらなる研究によって、XMRVが実際に病気を引き起こしてい るとわかれば、役に立つ治療法への門戸が開かれることになるかもしれません。少なくとも、慢性疲労 症候群という恥辱を与えるような名前を捨てる時が来るでしょう。
この病気は、1984年にネバダ州のタホ湖周辺で集団発生した後、有名になりました。数百人の患者に、 熱や咽頭痛、頭痛などのインフルエンザのような症状が現れ、激しい記憶の喪失や、会話を理解できな いなどの神経系の問題をもたらしました。ほとんどの患者は、サイトメガウィルス、エプスティン・バ ー・ウィルス、ヒト・ヘルペスウィルス6などのいくつかのウィルスに同時に感染していました。彼ら の医者たちは途方に暮れました。新しく発生する感染病に対して国家の防波堤であるはずの疫病対策セ ンター(CDC)は、この病気の流行を退け、タホ湖の医者たちは「自分たちで騒ぎ立てているだけだ」と 言いました。CDCの調査官はその当時、「病気で苦しんでいる人たちは、標準的なアメリカ人とは違う」 と、私に話しました。
1987年までに、ヒステリーだと思われていたものは消えてなくならず、実際アメリカの他のいくつかの 場所でも続々と発生しましたので、保健局は音頭を取って、これに名前をつけるために、一握りの学者 たちの間でメールによる冗談のような投票を行いました。このグループは、「慢性疲労症候群」に決め ました。「何々病」ではなく「症候群」という名前を使うことによって、生理学的な原因というよりは、 精神病的な原因によるものであることを暗示し、国民一般がパニックに陥らないようにし、保険会社が
「慢性的な支払い」をせざるをえなくなるのを妨ぐだろうと、学者の一人はおどけて言いました。
この病気をイギリスで使われている科学的な名前で呼ぶようにという、できて間もない患者組織による 土壇場の請願は、「多くの医療関係者でない人々にとって難しすぎて、混乱をまねきかねない」と、CDC によって拒否されました。
もし保健局がこの流行に反応して何もしなかったのなら、患者たちは今ごろまだましだったでしょう。 この名前はいわば社会的な罰として機能しました。患者たちは家族や友人、報道関係者、保険会社から 仮病を使っているという汚名を着せられ、医療を受けることを拒まれました。(病気で苦しんでいる人 たちの中で自殺が三つの主要な死因の一つであるのは、偶然の一致ではありません。)間もなくこの病 気は人格障害や、病気に苦しむ人が自分で自分にもたらしたものと、広く考えられるようになりました。 CDCから資金援助を受けた最近の研究は、子供のころのトラウマや性的虐待と、遺伝的にストレスを処 理できないことが結びついたことが、慢性疲労症候群の重要な危険因子であると示唆しました。
多くの人はこの病気がどれほど重症化しえるのかを理解していません。記憶と認識力の問題や、どんな 精神的・肉体的な努力のあとにも肉体的に衰弱することで、特徴づけられます。様々な感染が共存して 起きることが、事態を悪化させます。多くの患者は寝たきりで、回復はまれで、かなりの数の患者は20 年以上も病気です。
マイアミ大学医学部の免疫学者であり、エイズと慢性疲労症候群の治療にあたるナンシー・クリマス博
士は、先週のタイムズ紙に、もし選べるのであれば、エイズにかかることを選ぶと述べました。「私の H.I.V.の患者の大部分は元気が良いです。」と彼女は言い、何十億ドルもがエイズの研究に使われてき たことに言及しました。「これに反して、私のCFSの患者の多くは恐ろしく具合が悪く、働くことも、家 族の世話に寄与することもできません。」
議会は、ずっと少ない額とはいえ、慢性疲労症候群の研究のためにもお金を支出することを承認したの ですが、CDCはそれを生産的に使おうとしたがらないように見えます。10年ほど前、保健福祉省と当時 の会計検査院への監察官による調査で、何年にもわたって政府の科学者たちは、この病気の研究のため の何百万ドルというお金を、他の得意なプロジェクトのために使い込んでいたことを明らかにしました。
公衆衛生の関係者たちが、精神病的な説明に焦点を合わせているうちに、ウィルスは明らかに広範囲に 広まりました。新しい研究において、活動性XMRVに感染している人が、検査をした健康な対照者の3、7% に見つかりました。前立腺の研究においても、健康な人の中にざっと同じ程度の感染が見つかっていま す。もしこれが全体としてアメリカの典型であるならば、おそらく1000万人のアメリカ人はレトロウィ ルスにかかっているでしょう。
百万人以上のアメリカ人がこの病気で重症であると見積もられています。(XMRVに感染したからといっ て、必ずしも全員が慢性疲労症候群にかかるわけではありません ―― H.I.V.に感染している110万人 のアメリカ人全員がエイズにかかるわけではないのと同じように。)
レトロウィルスへの感染が、慢性疲労症候群に何らかの役割としを果たしているかもしれないというヒ ントは、初めから存在していました。フィラデルフィア市のウィスター研究所のウィルス学者のエレイ ン・デフレイタス博士は、1991年にレトロウィルスのDNAを、30人の慢性疲労症候群の患者の80%の人 たちから見つけました。CDCは彼女の努力の模範にならおうとまではしましたが、ウィルスを見つける ための彼女の厳格な方法に従おうとはしませんでした。さらに、センターの血液サンプルは汚染され、 その政府機関の何人かは、管理者が研究を早計に終了したと話しました。このような失敗を認めるどこ ろか、CDCはデフレイタス博士の調査結果を公に批判しました。
そのエピソードは、この分野の他の研究者たちに対して熱意をくじく影響を与えました。そして、原因 の探求が大きく20年も放棄されました。
最近の研究の先頭に立った、ネバダ州リノ市のウィットモア・ピーターソン研究所のレトロウィルスの 専門家であるジュディー・ミコヴィッツ氏は、この関心の失われた問題に立ち戻りました。この研究所 は私立の研究所で、慢性疲労症候群に苦しむ女性の両親によって創設されたことは、驚くことではあり ません。しかし、ミコヴィッツ博士は国立癌研究所とクリーブランド・クリニックの科学者たちと共同 研究を行いました。
2006年にこの病気の研究を始めた時、国立癌研究所に22年間勤めたベテランであるミコヴィッツ博士は、 慢性疲労症候群についてほとんど何も知りませんでした。けれども、ネバダ州の一人の医師から継続的 に診察を受けている患者の異常に多くが、珍しいリンパ腫や白血病に苦しんでいることに興味をそそら れました。少なくとも一人の方は亡くなっています。彼女はまた、その医師、ダン・ピーターソン氏が、 1984年までさかのぼった8000人以上の慢性疲労症候群の患者の体の組織のサンプルを集めて、驚くよう な貯蔵庫を建てたことに感銘を受けました。
「『これはレトロウィルスである』というのが私の仮説で、この貯蔵庫を使ってそれを見つけ出すつも りです」と、ミコヴィッツ博士は私に語りました。
彼女が見つけたのは、冷凍されているか生の血液、リンパ漿
しょう
、そして唾液の中の、生きているか複製さ れたXMRVでした。1984年までさかのぼったサンプルの中にも、癌を発症したほとんどすべての患者の中 にも、ウィルスを見つけました。この病気においてウィルスを発見する割合は100%に近いだろうと、 彼女は予想しています。
「誰だってこれらの患者を見て、これは彼らの人生をめちゃくちゃにした感染症であるとわからないな んて、私には驚きです」と、ミコヴィッツ博士は言いました。彼女はまたこの病気に、科学的に適当で ある新しい名前をつけました。それは「X関連の神経免疫病」です。
25年間もこの病気に対す るいんちきな 学説 と無情 なイデオロギー に捨てお かれた患者たちに とって 、
「慢性疲労症候群」を廃止する日が、いくら早く来ても早過ぎることはありません。