労働経済学 2 (第 6 回)
広島大学国際協力研究科
川田恵介
労働経済学2 1
「隠された行動の問題」の復習
労働経済学2 2
• エージェントの行動(貢献水準)が完全に観察できるな らば、行動に応じた報酬スケジュール(報酬契約)を提 示することで、効率性を達成できる。
• 直接行動が観察できないならば、観察可能なシグナル に応じた報酬契約を提示することで、次善の均衡を達 成できる。
暗黙の前提:
不完備契約の問題
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• 明示的な報酬契約が存在しない組織も多く存在する。
• プリンシパルには、約束を破る誘因が常に存在する。 プリンシパル:高い報酬を約束
エージェント:高い貢献水準を提供
ブラック企業
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• 非常に劣悪な労働条件のもとで、労働者を雇用してい る企業が社会問題になっている。
• 多くの場合、将来正規労働者として雇用することを「約 束」することで、非正規労働者に貢献を促している。
• しかしこの「約束」はしばしば破られている。
• もし「約束」やぶりが、多くの求職者に観察されるなら ば、このような企業は、市場により“罰”を与えられる。
←市場における情報の不完全性の問題
指標:退職率
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• ブラック企業対策として、3年以内退職率が一定水準 以上の企業名の公表が検討されている。
• 経済学の視点:退職率は、 か?
• 産業や業務内容の違いによって、退職率は異なりうる。
⇒線引きが難しい。
不完備契約の問題(続き)
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• 頑張れば高い報酬を支払う、という約束をしようとして も、信頼されない。
プリンシパル:高い報酬を約束
エージェント:高い貢献水準を提供
プリンシパル:最初の約束を反故にして、 低い報酬しか支払わない。
関係的報酬契約(暗黙の契約)
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• 問題は、最初の約束を破っても、プリンシパルが罰せ られないことにある⇒長期的な関係を前提にすると、 約束を破ったプリンシパルに罰を与えられる。
• エージェントはプリンシパルが約束を破らない限りは、 報酬契約を信用し、高い貢献水準を提供する。
• 一度でもプリンシパルが約束を破れば、それ以降報酬 契約を信用せず、低い貢献水準を提供する。
採用活動
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組織に適した人材
• 組織が必要とする人的資本を保有している。
• 組織の制度に適合している。(例)
• 組織にとって、人事採用は極めて重要である。
• 組織に“適した”人材を獲得したい。
採用活動
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• 組織に適した人材を多く採用するためには、労働条件 を良くして、より多くの応募者を呼び込めばよい。(組織 に適した人材の応募数も増える)。
• 応募者の情報を観察できれば、組織に適さない人材を 排除することも、比較的容易
• 現実には、応募者の情報は完全には で あり、費用をかけて「選抜」する必要がある。
岩波書店の募集要項
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なぜ「コネ」を条件に?
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• 「当社志望度が高く熱意のある学生をじっくり選考する ため」(総務部長)
• 採用は古くから著者らの紹介によるものが中心だった が、03年ごろから は公募。
• 結果、数人の枠に千人以上が殺到し、「岩波書店の本 を一度も読んだことがない」などの応募者も目立った。
• 11年からは紹介による採用に戻した。
“隠された知識”の問題
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• プリンシパル(採用者)が知らない情報を、エージェント
(応募者)は知っている状況において、 の問題が発生する。
• 組織は非効率性を抱え込む可能性がある。
• プリンシパルはさまざまな手段を通じて、エージェントか ら情報を引き出そうとする。
基本モデル
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• 賃金水準�は、外生的に決定されるとする。
• 2タイプのエージェント(タイプ h,l)が、50人ずつ存在する。
• それぞれの組織に対する貢献水準を�ℎ,��を記し、
�ℎ > ��を仮定する。
(注意)タイプはエージェント間の絶対的な差ではなく、
• プリンシパルは、エージェントの貢献水準について、予 測を行う。
隠された情報の問題
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• を仮定する。
プリンシパルは、エージェントのタイプを完全に観察できる。 (隠された情報の問題がない)⇒タイプhのみ雇用される。
隠された情報の問題が深刻なケース プリンシパルは、タイプをまったく観察できない。
⇒期待貢献水準は ⇒だれも雇用されない。
能力指標
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能力指標=エージェントのタイプと相関しているもの 直接的な指標:直接的に貢献水準を押し上げる指標
(例)弁護士事務所における弁護士資格
間接的な指標:直接貢献水準は押し上げないが、タイプℎ エージェントのほうが、相対的に多く保有している指標
(例)事務職における体育会経験
能力指標
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• エージェントのタイプと相関を持ち、プリンシパルが観察 可能な指標は、能力指標として機能する。
内生的な能力指標
• 学歴、資格取得等の現実によく用いられる能力指標は、 相応のコストを払えば、だれでも取得できる。
能力指標として機能するか
例:言葉は能力指標になりうるか?
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• エージェントには、プリンシパルが抱く自身に対する予 測を上昇させる誘因を持つ。
• タイプh労働者は、自身がタイプhであることを、プリンシ パルに伝えたい。
• 問題は、タイプlの労働者も自身のタイプhである、という が存在する。
面接での発言:「頑張って働きます」←能力指標?
内生的な能力指標モデル
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能力指標がエージェントのタイプを表す能力指標として機 能するためには、タイプhエージェントのみが能力指標を獲 得することが必要条件となる。
• ある能力指標が存在し、その能力指標を獲得するため には、�� (i = h, l)だけ費用が発生する。
• エージェントの効用関数は、賃金-費用
内生的な業績指標
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• 自己選択メカニズムが機能するための条件は、 タイプhのIC条件(能力指標を獲得する条件)
タイプlのIC条件(能力指標を獲得しない条件)
• 両条件を合わせると、以下の条件式が導出できる。
自己選択メカニズムの選択条件
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• ��が低すぎる、�ℎが低すぎる能力指標は、機能しない。
⇒ ��が低い場合、
⇒�ℎが高い場合、
• 賃金が高すぎると、この能力指標は機能しない。
⇒
⇒
能力指標の選択
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• 潜在的に能力指標となりうるものは、無数に存在すると 考えられる。(例、高卒、大卒、大学院卒 etc)
• 社会環境の変化によって、能力指標として機能するも のは変化しうる。
• アメリカにおいて、学歴間賃金格差は、拡大している。 同時に大学院進学率も増大している。
一般化
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• ここでは2種類の応募者と1種類の能力指標を仮定し た議論を行った。
• より一般的な状況に議論は適用できる。
• 完全に応募者の能力が判明しない能力指標であったと しても、ある程度相関があるのであれば、採用者側は 採用において活用するインセンティブが存在する。
(例)
まとめ
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• 契約の履行を担保できない場合、不完備契約の問題 が生じ、インセンティブが機能しない。⇐長期的な関係 のもとでは、関係的契約によって、補える場合がある。
• 採用に際し、プリンシパルには労働者の能力と相関す る指標を用いるインセンティブがある。
⇐労働者の能力と相関を持つ適切な指標が存在するか否 かが重要。