北海道の歴史空間から考える世界の“いま”

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北海道の歴史空間から考える世界の“いま”

大学院文学研究科 准教授

谷本

た に も と

あ き

ひ さ

(文学部人文科学科)

専門分野 : 日本近世史

研究のキーワード : 江戸時代,北海道,アイヌ,和人,エスニシティ

HP アドレス : http://www.let.hokudai.ac.jp/history-area/japanese/staff-list-030.php

現在の研究を始めたきっかけは何ですか?

わたしは、小学校6年生から高校1年生までを長崎市で過ごしました。札幌生まれのわ

たしは、転校当初、方言をはじめ数々のカルチャーショックを受けたものです。

高校1年生で旭川に戻ったわたしは、不思議な経験をします。長崎からの転校生、とい

うことで、級友から「出島」という渾名を頂戴したのです。そういえば、長崎への転校直

後、わたしのことを「屯田兵」という渾名で呼んだ友達もいたような気もします。「出島」

と「屯田兵」。日本のスタンダードからズレた点を取り出して面白がられてしまったわけで

すが、何かヘンだと思いませんか。わたしをからかおうとした長崎の小学生も、北海道の

高校生も、自らの拠って立つスタンダードを、等しく京都や東京を中心とした“日本”に

置いていますよね。放った矢は、“日本”から自らに向けられることにもなるのです。

旭川は、アイヌ文化が色濃く伝わる地域のひとつで、わたしの通った高校の近所には、

アイヌ記念館もありました。いきおい、アイヌの歴史や文化にも関心を持つようになりま

した。その際、わたしを介して交わされた“矢”

の持つ意味を、北海道の置かれた歴史的・社会的

環境を通して考えてみたいと思うようにもなりま

した。この“矢”は、アイヌとしてのエスニシティ

を帯びた人びとに、“日本”の社会からより厳しく

向けられてきています。はじめはジャーナリスト

として取り組みたいと考えましたが、本質的なと

ころは歴史を学ばなければわからない、と思い文

学部へ進学、そのまま研究者の道を歩むことにな

りました。

北海道の歴史を、どういう方法で学ぶのですか?

シンプルな“日本史学”の方法論を用います。一次史料の読解・分析・歴史叙述です。

江戸時代の史料は和紙に墨で書かれた崩し字の古文書ですから、読みこなすには訓練が必

要ですが、異文化が併存することを前提として成り立っていた近世北海道(蝦夷地)の社

会が示す、抑圧や相互依存の構造と折り合いのつけかた等を、個別具体的に知ることの叶

う情報の宝庫です。

フィールド調査も重要です。ここ何年かでいえば、わたしは院生・学生を引率し、北海

写真1 長崎の出島(川原慶賀「唐蘭館絵巻」長崎 歴史文化博物館所蔵)

出身高校:長崎県立長崎南高校(入) 北海道旭川西高校(卒) 最終学歴:学習院大学大学院

人文科学研究科 歴史

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道宗谷管内利尻富士町(幕末~明治の経営史料)と札幌市西区(江戸中期~明治の藩政史

料)の個人所蔵文書や、後志管内余市町(江戸後期~明治の漁業史料)と十勝管内豊頃町

(個人コレクション)の自治体所蔵文書の調査に出かけました。豊頃の調査は、北大・札

幌大・藤女子大のインカレ方式で調査団を組んでの実施です。調査で得られた史料を活用

し、立派な修士論文を作成した学生もおり、なかには調査地の博物館に職を得た学生もで

ています。

調査で得られるのは史料だけではなく、土地勘・人脈・皮膚感覚といった点も重要です。

最近わたしは、ロシア・サンクトペテルブルクでの史料調査(18世紀初頭のサハリン・ア

イヌの交易帳簿研究)に参加していますが、現地に赴いてこそ得られる情報がなんと多い

ことか、と改めて実感しているところです。

いまを生きるわたしたちの基礎体力として

冒頭に述べた“矢”のはなしは、日本社会における北海道という図式にのみ当てはまる

ローカルなものではありません。報道で日々伝えられる、世界各地の民族や宗教、あるい

は言語や文化に起因した、国家・多数者による紛争や弾圧は、いずれもこの“矢”と同種

のものが根底にあるといえます。私たちひとりひとりの心の中にも、公教育や社会常識に

より“矢”は形づくられ、知らず知らずのうちに放ってしまっているのかもしれません。

ずいぶん前からわが国でも、異文化理解や国際理解の必要性が叫ばれています。しかし、

ただ外国語が話せたり短期間の留学を果たしたりするだけでは、そのちからが身につくと

は思えません。

まずは最も身近な異文化であるべきアイヌの文化・社会を理解し、その問題点と可能性

を自らの暮らす地である北海道の歴史や現状に照らして個別具体的に考えてみる。一次史

料を読みこなし、こうしたテーマと格闘する仕事は、グローバル化と情報化が急速に進展

するいまを生きるわたしたちにとって、押し寄せる様々なスタンダードにとらわれず自ら

の頭で社会を把握することの叶う基礎体力を養うことに通ずると考えます。それは同時に、

自らがいつその立場に置かれてもおかしくない社会的少数者への抑圧の構造へ目を向け、

延いては和解や共生のヒントを考えることにもつながっていくものと信じています。

写真2 サンクトペテルブルクでの古文書調査 写真3 利尻島調査で見出された古文書

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