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地方紙(岩手日報、河北新報、福島民報)記事にみる推移 資料シリーズNo184「東日本大震災からの復旧・復興過程と雇用・労働の記録(一般資料整理)─平成25年度~28年度半ばを中心に─」|労働政策研究・研修機構(JILPT)

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-78-

2 . 地 方 紙 ( 岩 手 日 報 、 河 北 新 報 、 福 島 民 報 ) 記 事 に み る 推 移

( 1 ) 被 災 3 県 沿 岸 部市 町 村 の 位 置 関 係 を 中心 と し た 予 備 的 情 報

この 章で は、 上述 の 復旧・ 復興 のフ レー ム ワーク を視 点軸 とし な がら、 地元 地方 紙3 紙 の

記事を 概観 する が、 本 題に入 る前 に、 周知 の ことか も知 れな いが 、 被災3 県の 沿岸 部各 市 町

村の位 置関 係等 を確 認 してお きた い。

ア . 岩 手 県 沿 岸 部 市 町村

図表 2- 1- 1は 、 岩手県 の市 町村 の略 図 に沿岸 市町 村に 係る 地 域名を 吹き 出し で書 き 入

れたも ので ある 。厳 密 には正 確で ない 面も あ るが、 おお よそ の位 置 関係を 把握 する こと は で

きると 思わ れる 。沿岸 市町村 には 、北か ら洋 野町(平成 22 年国 勢調 査での 人口(100 人未 満

四捨五 入し て表 示) :17,900 人) 、 久慈 市 (36,900 人) 、 野 田村 (4,600 人) 、 普代村 ( 3,100 人) 、

田野畑 村( 3,800 人) 、 岩泉町 (10,800 人) 、 宮 古市( 59,400 人 )と 続 く。久 慈市 は久 慈湾 を

抱え 、震 災後 に放 映さ れた NHK の朝 ドラ 「 あま ちゃ ん」 の舞 台と して も知 られ る。 岩泉町

 ( 注) ベース とした地図は、財団法人 地方自治情報センターホーム ページからダウンロード した。(次の2つの図も同じ。)

図 表 2 - 1 - 1   岩 手 県 沿 岸 市 町 村 の 位 置 関 係

久慈湾

台風10号豪雨

田老/防潮堤「万里の長城」 /道の駅

浄土ヶ浜

宮古湾/閉伊川 津軽石

山田湾

大槌湾

鵜住居 大槌市街地/大槌・ 小槌両川

釜石湾

唐丹湾

吉浜・ 越喜来・ 綾里の各湾

大船渡湾/大船渡/盛/陸前赤崎

広田湾/陸前高田市街/気仙川 高田松原

船越湾/吉里吉里

こいしはま

図 表 2-1-1 岩 手県 沿岸 市 町 村の位置 関 係

-79-

は、最近では、平成 28 年の台風 10 号でも甚大な水害を被ったことが記憶に新しい。宮 古市 に

は、北 部に 田老 (た ろ う)地 区が あり 、そ こ の巨大 な防 潮堤 は「 万 里の長 城」 とも 呼ば れ て

いたが 、今 回の 津波 を 防ぎき るこ とは でき な かった 。ま た、 利用 者 が多か った 「道 の駅 」 も

甚大な 被害 を受 けた 。 宮古市 街地 は宮 古湾 入 り口に あり 、そ の北 東 には風 光明 媚な 浄土 ヶ 浜

がある 。市 街地 付近 を 河口と して ほぼ 東西 に 閉伊川 が流 れて いる が 、津波 が川 を遡 上し て 河

岸地域 も浸 水被 害が あ った。 宮古 湾の 奥に は 、津軽 石地 区が ある 。 なお、 岩泉 町と 宮古 市 は

西で盛 岡市 と接 して い る。宮古 市の 南に は 、山 田町(18,600 人 ) 、次い で大槌 町(15,300 人 )

があり 、さ らに 南の 釜 石市( 39,600 人)に連 なる。山田 町に は山 田 湾、大 槌町 には 大槌 湾 を

抱え、 それ ぞ れ 687 人 、854 人 の死 者が 出る甚 大な津 波被 害を 受け た

64

。大槌 町の 市街 地は 、

大槌湾 の釜 石市 寄り の 大槌川 、小 槌川 沿い に あるが 、そ のほ か東 部 の船越 湾に 吉里 吉里 地 区

がある 。な お、 山田 、 大槌両 町の 西に は、 遠 野町を 経て 花巻 市が あ る。釜 石市 には 、市 街 地

を控え た釜 石湾 のほ か 北に鵜 住居 (う のす ま い)地 区が あり 、南 に は唐丹 湾沿 いに 唐丹 ( と

うに) 地区 があ る。 い ずれも 相当 の津 波被 害 を受け 、釜 石市 では 1,000 人近 い方 が亡 くな っ

た。釜 石市 の南 には 、 大船渡 市( 40,700 人) 、 次いで 陸前 高田 市( 23,300 人) があ り、 その

南は宮 城県 の気 仙沼 市 と接し てい る。 大船 渡 市の市 街地 は南 部の 大 船渡湾 の奥 に展 開し て い

るが 、 湾 を囲 んで 大船 渡 、 盛 、 陸前 赤坂 とい った 各地区 があ る 。 市 沿岸 北 部には 北か ら吉 浜、

越喜来 (お きら い) 、 綾 里 (あ やり ) の各 湾が 続 いてい る。 越喜 来湾 には 「小石 が浜 」 が ある。

陸前高 田市 は、 広田 湾 を抱え 、市 役所 を含 め て広範 な市 街地 が津 波 被害を 受け 、県 内最 多 の

1,600 人 の死 者( 他に 約 200 人の 行方 不明 ) を出し た。 沿岸 の高 田 松原の 「軌 跡の 一本 松 」

は有名 とな った 。

イ . 宮 城 県 沿 岸 部 市 町村

図表 2- 1- 2は 、 宮城県 につ いて 同様 に みたも ので ある 。沿 岸 市町は 、北 から 気仙 沼 市

(73,500 人 ) 、 南三陸 町 (17,400 人 ) 、 石巻市 ( 160,800 人 )が あり、 石 巻市に 囲ま れて 女川

町(10,100 人)が ある 。気仙 沼市 の市 街地 は 気仙沼 湾に 沿っ て展 開 してお り、鹿折 唐桑( し

しおり ・か らく わ) 地 区、気 仙沼 地区 、南 気 仙沼地 区、 松岩 地区 、 陸前階 上( はし がみ ) 地

区があ る 。 こ れら 地域 を 中心と して 1,200 人強 の 死者 (他 に 200 人 強の 行 方不明 者 ) が 出た 。

南三陸 町に は、 伊里 前 湾、志 津川 湾が ある 。 女川町 は、 東北 電力 の 原子力 発電 所が あっ た が

原発事 故に は至 らな か ったこ とで 知ら れる が 、600 人 以上の 死者 を 出す津 波被 害を 受け た 。

石巻市 は、 市町 村レ ベル では最 多の 3,500 人を 超 える死 者 ( 他に 400 人を 超える 行方 不明 者)

を出し てお り、 石巻 湾 と呼ば れる 旧北 上川 河 口付近 を中 心と して 甚 大な津 波被 害に 見舞 わ れ

た。 石 巻市 の西 南隣 には 東松島 市 (42,900 人) が あり、 次い で仙 台湾 に沿 って松 島町 (15,100

人) 、 塩竃 市(56,500 人 ) 、七 ヶ浜 町(20,400 人 ) 、多 賀城 市(63,100 人 )を経 て仙 台市 沿岸

64

震 災 被 害 に つ い て は 、 総 務 省 消 防 庁 発 表 デ ー タ ( 平 成28年9月1日 現 在 ) に よ る 。「 巻 末 付 属 資 料 / 1 . 総 括 統 計 デ ー タ 」 の 「 総 括 デ ー タ 2 」 に 掲 載 し て い る 。

資料シリーズNo. 1 8 4

独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )

(2)

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2 . 地 方 紙 ( 岩 手 日 報 、 河 北 新 報 、 福 島 民 報 ) 記 事 に み る 推 移

( 1 ) 被 災 3 県 沿 岸 部市 町 村 の 位 置 関 係 を 中心 と し た 予 備 的 情 報

この 章で は、 上述 の 復旧・ 復興 のフ レー ム ワーク を視 点軸 とし な がら、 地元 地方 紙3 紙 の

記事を 概観 する が、 本 題に入 る前 に、 周知 の ことか も知 れな いが 、 被災3 県の 沿岸 部各 市 町

村の位 置関 係等 を確 認 してお きた い。

ア . 岩 手 県 沿 岸 部 市 町村

図表 2- 1- 1は 、 岩手県 の市 町村 の略 図 に沿岸 市町 村に 係る 地 域名を 吹き 出し で書 き 入

れたも ので ある 。厳 密 には正 確で ない 面も あ るが、 おお よそ の位 置 関係を 把握 する こと は で

きると 思わ れる 。沿岸 市町村 には 、北か ら洋 野町(平成 22 年国 勢調 査での 人口(100 人未 満

四捨五 入し て表 示) :17,900 人) 、 久慈 市 (36,900 人) 、 野 田村 (4,600 人) 、 普代村 ( 3,100 人) 、

田野畑 村( 3,800 人) 、 岩泉町 (10,800 人) 、 宮 古市( 59,400 人 )と 続 く。久 慈市 は久 慈湾 を

抱え 、震 災後 に放 映さ れた NHK の朝 ドラ 「 あま ちゃ ん」 の舞 台と して も知 られ る。 岩泉町

 ( 注) ベース とした地図は、財団法人 地方自治情報センターホーム ページからダウンロード した。(次の2つの図も同じ。)

図 表 2 - 1 - 1   岩 手 県 沿 岸 市 町 村 の 位 置 関 係

久慈湾

台風10号豪雨

田老/防潮堤「万里の長城」 /道の駅

浄土ヶ浜

宮古湾/閉伊川 津軽石

山田湾

大槌湾

鵜住居 大槌市街地/大槌・ 小槌両川

釜石湾

唐丹湾

吉浜・ 越喜来・ 綾里の各湾

大船渡湾/大船渡/盛/陸前赤崎

広田湾/陸前高田市街/気仙川 高田松原

船越湾/吉里吉里

こいしはま

図 表 2-1-1 岩 手県 沿岸 市 町 村の位置 関 係

-79-

は、最近では、平成 28 年の台風 10 号でも甚大な水害を被ったことが記憶に新しい。宮 古市 に

は、北 部に 田老 (た ろ う)地 区が あり 、そ こ の巨大 な防 潮堤 は「 万 里の長 城」 とも 呼ば れ て

いたが 、今 回の 津波 を 防ぎき るこ とは でき な かった 。ま た、 利用 者 が多か った 「道 の駅 」 も

甚大な 被害 を受 けた 。 宮古市 街地 は宮 古湾 入 り口に あり 、そ の北 東 には風 光明 媚な 浄土 ヶ 浜

がある 。市 街地 付近 を 河口と して ほぼ 東西 に 閉伊川 が流 れて いる が 、津波 が川 を遡 上し て 河

岸地域 も浸 水被 害が あ った。 宮古 湾の 奥に は 、津軽 石地 区が ある 。 なお、 岩泉 町と 宮古 市 は

西で盛 岡市 と接 して い る。宮古 市の 南に は 、山 田町(18,600 人 ) 、次い で大槌 町(15,300 人 )

があり 、さ らに 南の 釜 石市( 39,600 人)に連 なる。山田 町に は山 田 湾、大 槌町 には 大槌 湾 を

抱え、 それ ぞ れ 687 人 、854 人 の死 者が 出る甚 大な津 波被 害を 受け た

64

。大槌 町の 市街 地は 、

大槌湾 の釜 石市 寄り の 大槌川 、小 槌川 沿い に あるが 、そ のほ か東 部 の船越 湾に 吉里 吉里 地 区

がある 。な お、 山田 、 大槌両 町の 西に は、 遠 野町を 経て 花巻 市が あ る。釜 石市 には 、市 街 地

を控え た釜 石湾 のほ か 北に鵜 住居 (う のす ま い)地 区が あり 、南 に は唐丹 湾沿 いに 唐丹 ( と

うに) 地区 があ る。 い ずれも 相当 の津 波被 害 を受け 、釜 石市 では 1,000 人近 い方 が亡 くな っ

た。釜 石市 の南 には 、 大船渡 市( 40,700 人) 、 次いで 陸前 高田 市( 23,300 人) があ り、 その

南は宮 城県 の気 仙沼 市 と接し てい る。 大船 渡 市の市 街地 は南 部の 大 船渡湾 の奥 に展 開し て い

るが 、 湾 を囲 んで 大船 渡 、 盛 、 陸前 赤坂 とい った 各地区 があ る 。 市 沿岸 北 部には 北か ら吉 浜、

越喜来 (お きら い) 、 綾 里 (あ やり ) の各 湾が 続 いてい る。 越喜 来湾 には 「小石 が浜 」 が ある。

陸前高 田市 は、 広田 湾 を抱え 、市 役所 を含 め て広範 な市 街地 が津 波 被害を 受け 、県 内最 多 の

1,600 人 の死 者( 他に 約 200 人の 行方 不明 ) を出し た。 沿岸 の高 田 松原の 「軌 跡の 一本 松 」

は有名 とな った 。

イ . 宮 城 県 沿 岸 部 市 町村

図表 2- 1- 2は 、 宮城県 につ いて 同様 に みたも ので ある 。沿 岸 市町は 、北 から 気仙 沼 市

(73,500 人 ) 、 南三陸 町 (17,400 人 ) 、 石巻市 ( 160,800 人 )が あり、 石 巻市に 囲ま れて 女川

町(10,100 人)が ある 。気仙 沼市 の市 街地 は 気仙沼 湾に 沿っ て展 開 してお り、鹿折 唐桑( し

しおり ・か らく わ) 地 区、気 仙沼 地区 、南 気 仙沼地 区、 松岩 地区 、 陸前階 上( はし がみ ) 地

区があ る 。 こ れら 地域 を 中心と して 1,200 人強 の 死者 (他 に 200 人 強の 行 方不明 者 ) が 出た 。

南三陸 町に は、 伊里 前 湾、志 津川 湾が ある 。 女川町 は、 東北 電力 の 原子力 発電 所が あっ た が

原発事 故に は至 らな か ったこ とで 知ら れる が 、600 人 以上の 死者 を 出す津 波被 害を 受け た 。

石巻市 は、 市町 村レ ベル では最 多の 3,500 人を 超 える死 者 ( 他に 400 人を 超える 行方 不明 者)

を出し てお り、 石巻 湾 と呼ば れる 旧北 上川 河 口付近 を中 心と して 甚 大な津 波被 害に 見舞 わ れ

た。 石 巻市 の西 南隣 には 東松島 市 (42,900 人) が あり、 次い で仙 台湾 に沿 って松 島町 (15,100

人) 、 塩竃 市(56,500 人 ) 、七 ヶ浜 町(20,400 人 ) 、多 賀城 市(63,100 人 )を経 て仙 台市 沿岸

64

震 災 被 害 に つ い て は 、 総 務 省 消 防 庁 発 表 デ ー タ ( 平 成28年9月1日 現 在 ) に よ る 。「 巻 末 付 属 資 料 / 1 . 総 括 統 計 デ ー タ 」 の 「 総 括 デ ー タ 2 」 に 掲 載 し て い る 。

資料シリーズNo. 1 8 4

独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )

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部の宮 城野 区( 190,500 人) ・若林 区(132,300 人)に 至る 。東 松島 市で は 1,100 人を 超え る死

者が出 てい る。 仙台 よ り南に は、 名取 市( 73,100 人) 、岩 沼市 (44,200 人) 、 亘理 町( 34,800

人 ) 、 山 元 町 (16,700 人 ) が 続 い て い る 。 名 取 市 で は 、 仙 台 市 と の 境 に 隣 接 し た 閖 上 ( ゆ り

あげ) 地区 を中 心に 津 波被害 を受 け、 1,000 人 近くの 死者 が出 た。

ウ . 福 島 県 沿 岸 部 市 町村

図表2 -1 -3 は、 福 島県に つい て同 様に み たもの であ る。 沿岸 市 町(原 発事 故に 伴う 避

難指示 区域 のあ る( あ った) 市町 村を 含む ) は、北 から 新地 町(8,200 人) 、 相馬 市( 37,800

人 ) 、 南 相 馬 市 (70,900 人 ) と 続 く 。 南 相 馬 市 で は 、 沿 岸 部 に 比 較 的 広 い 平 地 部 が あ っ た こ

と か ら 甚 大 な 津 波 被 害 を 受 け 、1,000 人 を 超 え る 死 者 が 出 た 。 ま た 、 南 相 馬 市 に は 、 北 か ら

鹿島区 、原 町区 及び 小 高区の 3つ の行 政区 が あり、 小高 区の ほぼ 全 域が避 難区 域と なっ た 。

南相馬 市の 西に は飯 舘 村(6,200 人 )が あり 、 さらに 西に は川 俣町 (15,600 人 )が ある 。飯

舘村は 、 福島 第一 原発 か ら 30 ㎞圏 の外 にあ った ことか ら当 初避 難区 域 とはな らず 、 1カ 月後

図 表 2 - 1 - 2   宮 城 県 沿 岸 市 町 村 の 位 置 関 係

仙台湾 石巻湾

気仙沼湾 鹿折地区

伊里前湾 志津川湾

女川湾 鹿折唐桑

気仙沼 南気仙沼 松岩 陸前階上

宮城野・ 若林 閖上地区

阿武隈川河口

図 表 2-1-2 宮 城県 沿岸 市 町 村の位置 関 係

-81-

に計画 的避 難区 域に 指 定され 、そ れか ら村 民 の避難 や村 役場 機能 の 福島市 への 移転 が開 始 さ

れたと いう 経緯 があ っ た。ま た、 避難 区域 と なった 以後 も、 特定 の 条件に 該当 する 事業 所 に

ついて 事業 継続 が特 例 的に認 めら れる 措置 も 講じら れた 。ま た、 川 俣町で は、 東南 の山 木 屋

地区が 計画 的避 難区 域 に指定 され た。南相 馬 市の南 には 浪江 町(20,900 人)が ある。浪江 町

の沿岸 には 請戸 港の あ る請戸 (う けと )地 区 があり 、大 きな 津波 被 害を受 け、 福島 県内 市 町

村では 2番 目に 多い 500 人超の 死者 を出 した 。 原発避 難に 伴い 当初 、 町役場 機能 をは じめ と

して町 内北 西部 の津 島 地区に 避難 した が、 そ こも避 難区 域と なっ て 二本松 市へ 避難 した 。 浪

江 町 の 西 隣 り に は 葛 尾 村 (1,500 人 ) が あ り 、 こ こ は 三 春 町 に 役 場 機 能 を 移 転 し た 。 葛 尾 村

の南西 の田 村市 (40,400 人/都 路地 区は 2,800 人)で は、 東部 の都 路 地区が 避難 区域 とな っ

た。ま た、 浪江 町の 南 には、 双葉 町( 6,900 人 ) 、大 熊町 (11,500 人 ) 、富岡 町( 16,000 人) 、

楢葉町 (7,700 人 ) 、 広 野町( 5,400 人) が沿 岸 に順に 続い てい る。 双 葉町と 大熊 町と をま た

いで福 島第 一原 発が 、 富岡町 と楢 葉町 とを ま たいで 福島 第二 原発 が 立地し てい る。 役場 機 能

の移転 状況 につ いて は 、双葉 町が もっ とも 広 域的な 移転 をし てお り 、当初 、川 俣町 へ移 転 し

た後 、 埼 玉県 さい たま 市 のスー パー・アリ ーナ を 経て同 県加 須市 ( 旧騎 西 高校 ) へ 移転 した 。

また 、 大 熊町 は会 津若松 市へ 、 富 岡町 は郡 山市へ 、 楢 葉町 は会 津美 里へそ れぞれ 移転 した

65

65

そ の 後 双 葉 町 と 楢 葉 町 は 、 い わ き 市 へ 移 転 し 、 浜 通 り に 回 帰 し て い る 。 図 表 2 - 1 - 3   福 島 県 沿 岸 市 町 村 等 の 位 置 関 係

久之浜 第一原発

第二原発

Jヴィレッ ジ 請戸地区

四倉

塩屋崎

小名浜 勿来 津島地区

鹿島区

原町区

小高区

萩・ 貝ノ坂地区 都路地区 山木屋地区

図 表 2-1-3 福 島県 沿岸 市 町 村等 の位 置 関係 資料シリーズNo. 1 8 4

独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )

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部の宮 城野 区( 190,500 人) ・若林 区(132,300 人)に 至る 。東 松島 市で は 1,100 人を 超え る死

者が出 てい る。 仙台 よ り南に は、 名取 市( 73,100 人) 、岩 沼市 (44,200 人) 、 亘理 町( 34,800

人 ) 、 山 元 町 (16,700 人 ) が 続 い て い る 。 名 取 市 で は 、 仙 台 市 と の 境 に 隣 接 し た 閖 上 ( ゆ り

あげ) 地区 を中 心に 津 波被害 を受 け、 1,000 人 近くの 死者 が出 た。

ウ . 福 島 県 沿 岸 部 市 町村

図表2 -1 -3 は、 福 島県に つい て同 様に み たもの であ る。 沿岸 市 町(原 発事 故に 伴う 避

難指示 区域 のあ る( あ った) 市町 村を 含む ) は、北 から 新地 町(8,200 人) 、 相馬 市( 37,800

人 ) 、 南 相 馬 市 (70,900 人 ) と 続 く 。 南 相 馬 市 で は 、 沿 岸 部 に 比 較 的 広 い 平 地 部 が あ っ た こ

と か ら 甚 大 な 津 波 被 害 を 受 け 、1,000 人 を 超 え る 死 者 が 出 た 。 ま た 、 南 相 馬 市 に は 、 北 か ら

鹿島区 、原 町区 及び 小 高区の 3つ の行 政区 が あり、 小高 区の ほぼ 全 域が避 難区 域と なっ た 。

南相馬 市の 西に は飯 舘 村(6,200 人 )が あり 、 さらに 西に は川 俣町 (15,600 人 )が ある 。飯

舘村は 、 福島 第一 原発 か ら 30 ㎞圏 の外 にあ った ことか ら当 初避 難区 域 とはな らず 、 1カ 月後

図 表 2 - 1 - 2   宮 城 県 沿 岸 市 町 村 の 位 置 関 係

仙台湾 石巻湾

気仙沼湾 鹿折地区

伊里前湾 志津川湾

女川湾 鹿折唐桑

気仙沼 南気仙沼 松岩 陸前階上

宮城野・ 若林 閖上地区

阿武隈川河口

図 表 2-1-2 宮 城県 沿岸 市 町 村の位置 関 係

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に計画 的避 難区 域に 指 定され 、そ れか ら村 民 の避難 や村 役場 機能 の 福島市 への 移転 が開 始 さ

れたと いう 経緯 があ っ た。ま た、 避難 区域 と なった 以後 も、 特定 の 条件に 該当 する 事業 所 に

ついて 事業 継続 が特 例 的に認 めら れる 措置 も 講じら れた 。ま た、 川 俣町で は、 東南 の山 木 屋

地区が 計画 的避 難区 域 に指定 され た。南相 馬 市の南 には 浪江 町(20,900 人)が ある。浪江 町

の沿岸 には 請戸 港の あ る請戸 (う けと )地 区 があり 、大 きな 津波 被 害を受 け、 福島 県内 市 町

村では 2番 目に 多い 500 人超の 死者 を出 した 。 原発避 難に 伴い 当初 、 町役場 機能 をは じめ と

して町 内北 西部 の津 島 地区に 避難 した が、 そ こも避 難区 域と なっ て 二本松 市へ 避難 した 。 浪

江 町 の 西 隣 り に は 葛 尾 村 (1,500 人 ) が あ り 、 こ こ は 三 春 町 に 役 場 機 能 を 移 転 し た 。 葛 尾 村

の南西 の田 村市 (40,400 人/都 路地 区は 2,800 人)で は、 東部 の都 路 地区が 避難 区域 とな っ

た。ま た、 浪江 町の 南 には、 双葉 町( 6,900 人 ) 、大 熊町 (11,500 人 ) 、富岡 町( 16,000 人) 、

楢葉町 (7,700 人 ) 、 広 野町( 5,400 人) が沿 岸 に順に 続い てい る。 双 葉町と 大熊 町と をま た

いで福 島第 一原 発が 、 富岡町 と楢 葉町 とを ま たいで 福島 第二 原発 が 立地し てい る。 役場 機 能

の移転 状況 につ いて は 、双葉 町が もっ とも 広 域的な 移転 をし てお り 、当初 、川 俣町 へ移 転 し

た後 、 埼 玉県 さい たま 市 のスー パー・アリ ーナ を 経て同 県加 須市 ( 旧騎 西 高校 ) へ 移転 した 。

また 、 大 熊町 は会 津若松 市へ 、 富 岡町 は郡 山市へ 、 楢 葉町 は会 津美 里へそ れぞれ 移転 した

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そ の 後 双 葉 町 と 楢 葉 町 は 、 い わ き 市 へ 移 転 し 、 浜 通 り に 回 帰 し て い る 。 図 表 2 - 1 - 3   福 島 県 沿 岸 市 町 村 等 の 位 置 関 係

久之浜 第一原発

第二原発

Jヴィレッ ジ 請戸地区

四倉

塩屋崎

小名浜 勿来 津島地区

鹿島区

原町区

小高区

萩・ 貝ノ坂地区 都路地区 山木屋地区

図 表 2-1-3 福 島県 沿岸 市 町 村等 の位 置 関係

資料シリーズNo. 1 8 4

独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )

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広野町 は、 震災 直後 に 町長に よる 避難 指示 が 出され 国の 指示 に先 行 して全 町避 難が 行わ れ 、

町役場 機能 も南 隣の い わき市 に移 転し た 。国 は、平成 23 年 4 月「 緊 急時避 難準 備区 域 」に 指

定した が 、 同年 9 月に は解除 され 、 次い で 、 平 成 24 年 3 月に は町 長に よる避 難指 示も 解除 さ

れ、役 場機 能も 町内 に 帰還し た。 広野 町と 楢 葉町と にま たが って 今 回の原 発対 応の 一つ の 重

要な前 線基 地と なっ た「J ヴィ レッ ジ 」が ある

66

。大 熊町 、富岡 町 。楢 葉町の 3町 に隣 接し て

山 側 に 川 内 村 (2,800 人 ) が あ る 。 川 内 村 は 、 そ の 東 部 ( 萩 ・ 貝 ノ 坂 地 区 ) が 避 難 区 域 と さ

れ、平成 23 年 4 月 に「 警戒区 域」 (20 ㎞ 圏内 ) 、 「計 画的 避難 区域 」及 び「 緊急 時避 難準 備区

域」の 3種 が設 定さ れ た。 「 緊急 時避 難準 備区 域」は 同年 9 月に 解除 され、 次い で平 成 24 年

3 月には 避難 区域 の再 編 により 「 避難 指示 解除 準 備区域 」 と 「 居住 制限 区 域」 が設 定さ れた

67

そ し て 、 広 野 町 や 川 内 村 の 南 に 福 島 県 浜 通 り 南 端 の い わ き 市 (342,200 人 ) が あ る 。 い わ き

市は福 島県 で最 多の 人 口を有 し、 海岸 沿い に 北から 久之 浜、 四倉 、 そして 塩屋 崎を 経て 小 名

浜、勿 来と いっ た地 区 が断続 して あり 、大 き な津波 被害 を受 け 400 人を上 回る 死者 が出 て い

る。い わき 市の 南は 茨 城県へ と続 いて いる 。

( 2 ) 地 元 地 方 紙 3 紙記 事 の 整 理 に 関 す る 予備 的 情 報

地元 地方 紙3 紙記 事 を整理 した 結果 は、 表 にして 「巻 末付 属資 料 /2. 地元 地方 紙3 紙 震

災関連 記事 要約 抜粋 」 に掲載 して いる 。つ い ては、 その 表の 見方 を 紹介し てお こう 。

記事 は、 震災 に関 連 した個 別事 業者 の事 例 に関す る記 事( 「個 別事 業者事 例記 事」 )と それ

以外の 「一 般記 事」 と に分類 し、 一般 記事 か ら【岩 手日 報/ 一般 記 事】 、 【 河北 新報 /一 般 記

事】 、 【福 島民 報/ 一般 記事】 と配 置し た。 な お、多 くは ない が、 そ れぞれ の県 に関 する 記 事

で他紙 に掲 載さ れた も のを当 該県 の地 方紙 の 表の中 に含 ませ てい る 場合も ある 。

次の 表は 、一 般記 事 の表の 冒頭 の一 つの 段 である が、 これ を例 と して表 の見 方を 紹介 し て

みたい 。一 番左 の欄 は 「原則 とし て事 象の あ った日 」で ある が、 記 事が取 り上 げて いる 事 象

が起こ った 日を 原則 と して記 載し てい る。 こ の例で は、 人口 問題 研 究所が 記事 の推 計を 公 表

した日 であ る。 事象 が 起こっ た日 が記 事か ら 不明の 場合 は、 記事 の 掲載日 を記 載し てい る 。

2番目 の欄 はテ ーマ で あり、 原則 とし て記 事 の見出 しの 主要 部分 を 記載し た。 3番 目の 欄 が

66

元 々 は 、Jリ ー グ に よ り サ ッ カ ー 振 興 と 育 成 の た め の 総 合 施 設 と し て 建 設 さ れ 、地 元 に 寄 贈 さ れ た も の で あ る 。 原 発 対 応 が 一 段 落 後 は 、 元 の 機 能 へ の 復 帰 が 期 さ れ て い る 。

67

そ の 後 、 平 成26年10月 に 「 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 」 の 指 定 が 解 除 さ れ る と と も に 、「 居 住 制 限 区 域 」 が 「 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 」 に 変 更 さ れ た 。 次 い で 、 平 成2 8年6月 に そ の 「 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 」 が 解 除 さ れ 、 全 域 が 解 除 と な っ た 。

原 則 と し て 事 象 の あ っ た 日

テ ー マ ( 見 出 し な ど) 記 事 抜 粋 ( 一 部 要 約 ・ 省 略 あ り ) H2 5 .3 .2 7 3町人 口 減 少 率5 0%超/10 年

比4 0年県内推計

< 岩 手 H 2 5 . 4 . 8 > 「 国立社会保障・人口問題研究所の推計で、20 10 年から40 年までの間に県内全3 3市町村で人口が減 少する見通しとなった。減少率は西和賀、岩泉、葛巻の3町で5 0%を上回り、東日本大震災で被災した大槌など14 市町村も 4 0%を越える見込み。中山間地や沿岸部の減少率が高い状況にあり 、地域事情に即した対応策が欠かせない。」/「 県地 域振興部の中村一郎部長は「 今後も地域ごとにさま ざま な課題が顕在化していく。人口減少を食い止めるためにも、さま ざま な分野の施策を組み合わせた対策を進めたい」と語る。」

-83-

記事の 抜粋 であ り、 先頭 の< >内 に掲 載紙 と 掲載日 を示 し、 「 」 内に 記事を 引用 して いる 。

多くは ない が一 部に 要 約又は 省略 した もの も ある 。 ま た、 「/ 」 は原 則とし て改 行又 は別 の 段

落から の引 用で ある こ とを示 して いる

68

。巻 末 付属資 料で は、 記事 は 時系列 に並 べて いる 。

一般記 事に 次い で、 個 別事業 者事 例記 事を 【 岩手日 報/ 個別 事業 者 事例記 事】 、 【岩 手日 報

/個別 事業 者事 例記 事 /シリ ーズ 記事 「挑 む。 産業再 生」 】 、 【河 北新 報 /個別 事業 者事 例記 事】 、

【福島 民報 /個 別事 業 者事例 記事 】の 順に 配 置した 。2 番目 の「 シ リーズ 記事 「挑 む。 産 業

再生」 」 は 、 岩 手日 報が 断続的 にシ リー ズ連 載 した個 別事 業者 に関 す る記事 にう ちか らピ ッ ク

アップ した もの であ る 。

次の 表は 、 【福 島民報 /個別 事業 者事 例記 事 】 の 冒頭 の段 で 、 避 難区 域の再 編を 機に いち 早

く浪江 町内 で業 務を 再 開させ た建 設事 業者 に 関する 記事 であ る。 そ れぞれ の欄 の意 義は 上 述

の一般 記事 の場 合と 同 じであ る。

また 、次 の表 は、 【岩 手日報 /個 別事 業者 事 例記事 /シ リー ズ記 事 「挑む 。産 業再 生」 】の

冒頭の 一つ の段 であ る 。シリ ーズ 記事 の内 容 に沿っ て欄 を設 定し て おり、 左端 の「 回次 」 は

当該シ リー ズに おけ る 番号、 右端 の「 復興 実 感」は 事業 者が 回答 し た実感 とし ての 復興 度 合

である 。

これ らの 記事 の抜 粋 は、必 ずし も個 々の 内 容を詳 細に 知る こと を めざし たも ので はな く 、

総体と して 復旧 ・復 興 の流れ を押 さえ るこ と を一義 的な 目的 とし て いるこ とに は留 意さ れ た

い。な お、 記事 の中 で 年につ いて は一 部の 例 外を除 き原 則と して 、 岩手日 報と 河北 新報 に お

いては 西暦 で、 福島 民 報では 平成 (年 号) で それぞ れ表 示さ れて い るので 、適 宜留 意さ れ た

い。

( 3 ) 地 元 地 方 紙 3 紙に み る 復 旧 ・ 復 興 の 過程 の 概 観

以上 で予 備的 な作 業 を終え たの で 、 平 成 25 年 4 月以降 の3 紙に お ける記 事を 通じ て 、 被 災

68

記 事 中 に 個 人 の 氏 名 等 が 記 載 さ れ て い る 場 合 に は 、 原 則 と し て 、 役 所 や 企 業 の 役 職 者 な ど 公 的 に 知 名 度 が 高 い と 思 わ れ る 場 合 は そ の ま ま と し た が 、 そ れ 以 外 は イ ニ シ ャ ル 表 記 と し た 。

【 福島民報/個別事業者に関する記事】 原 則 と し

て 事 象 の あ った 日

テ ーマ ( 見 出 しな ど) 記 事 抜 粋 ( 一 部 要 約 ・ 省 略 あ り ) H25.4 .1 「 東 北 工 業 建 設 」 /古里復興の先頭

に/避難区域再編の浪江町/

< 福 島 H 2 5 . 4 . 2 > 「社長のTさん( 41) は早くも町内で業務を再開させ、 資材の整理などに追われた。」 /「町は上下水道の 復旧を最重要課題に掲げている。 今年度後半にも工事の発注が始まると見ており、 一刻も早く仕事を再開する体制を整える 考えだ。」 /「 しかし、不安はつきない。 ・・・ 資材や人件費の高騰が続いている。町の復旧工事を受注できても、 作業員を集 め利益を確保できる保証はどこにもない。」 /「 気がめいると決まって思い出すのは、会津若松に避難している子どもの笑顔 だ。「あいつらに、 もう一度、美しい古里・浪江の風景を見せてあげたい。」

回 次 掲 載 日 企 業 名 創 業 所 在 地 業 種 被 災 状 況 復 興 状 況 復 興 実 感

4 H2 7 .4 .26 東陵操業 S56 釜石市大渡

ビルメン、 警備、 宿泊業( パンショ ン)

津波災害、従業員5名犠牲

内陸営業所からの応援等により、 需要の強い清 掃業務等の再開、 宿泊業を2カ月で再開。

70 ~8 0 %

【 岩手日報/個別事業者に関する記事/シリーズ記事「 挑む。産業再生」 】 資料シリーズNo. 1 8 4

独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )

(6)

- 83 -

-82-

広野町 は、 震災 直後 に 町長に よる 避難 指示 が 出され 国の 指示 に先 行 して全 町避 難が 行わ れ 、

町役場 機能 も南 隣の い わき市 に移 転し た 。国 は、平成 23 年 4 月「 緊 急時避 難準 備区 域 」に 指

定した が 、 同年 9 月に は解除 され 、 次い で 、 平 成 24 年 3 月に は町 長に よる避 難指 示も 解除 さ

れ、役 場機 能も 町内 に 帰還し た。 広野 町と 楢 葉町と にま たが って 今 回の原 発対 応の 一つ の 重

要な前 線基 地と なっ た「J ヴィ レッ ジ 」が ある

66

。大 熊町 、富岡 町 。楢 葉町の 3町 に隣 接し て

山 側 に 川 内 村 (2,800 人 ) が あ る 。 川 内 村 は 、 そ の 東 部 ( 萩 ・ 貝 ノ 坂 地 区 ) が 避 難 区 域 と さ

れ、平成 23 年 4 月 に「 警戒区 域」 (20 ㎞ 圏内 ) 、 「計 画的 避難 区域 」及 び「 緊急 時避 難準 備区

域」の 3種 が設 定さ れ た。 「 緊急 時避 難準 備区 域」は 同年 9 月に 解除 され、 次い で平 成 24 年

3 月には 避難 区域 の再 編 により 「 避難 指示 解除 準 備区域 」 と 「 居住 制限 区 域」 が設 定さ れた

67

そ し て 、 広 野 町 や 川 内 村 の 南 に 福 島 県 浜 通 り 南 端 の い わ き 市 (342,200 人 ) が あ る 。 い わ き

市は福 島県 で最 多の 人 口を有 し、 海岸 沿い に 北から 久之 浜、 四倉 、 そして 塩屋 崎を 経て 小 名

浜、勿 来と いっ た地 区 が断続 して あり 、大 き な津波 被害 を受 け 400 人を上 回る 死者 が出 て い

る。い わき 市の 南は 茨 城県へ と続 いて いる 。

( 2 ) 地 元 地 方 紙 3 紙記 事 の 整 理 に 関 す る 予備 的 情 報

地元 地方 紙3 紙記 事 を整理 した 結果 は、 表 にして 「巻 末付 属資 料 /2. 地元 地方 紙3 紙 震

災関連 記事 要約 抜粋 」 に掲載 して いる 。つ い ては、 その 表の 見方 を 紹介し てお こう 。

記事 は、 震災 に関 連 した個 別事 業者 の事 例 に関す る記 事( 「個 別事 業者事 例記 事」 )と それ

以外の 「一 般記 事」 と に分類 し、 一般 記事 か ら【岩 手日 報/ 一般 記 事】 、 【 河北 新報 /一 般 記

事】 、 【福 島民 報/ 一般 記事】 と配 置し た。 な お、多 くは ない が、 そ れぞれ の県 に関 する 記 事

で他紙 に掲 載さ れた も のを当 該県 の地 方紙 の 表の中 に含 ませ てい る 場合も ある 。

次の 表は 、一 般記 事 の表の 冒頭 の一 つの 段 である が、 これ を例 と して表 の見 方を 紹介 し て

みたい 。一 番左 の欄 は 「原則 とし て事 象の あ った日 」で ある が、 記 事が取 り上 げて いる 事 象

が起こ った 日を 原則 と して記 載し てい る。 こ の例で は、 人口 問題 研 究所が 記事 の推 計を 公 表

した日 であ る。 事象 が 起こっ た日 が記 事か ら 不明の 場合 は、 記事 の 掲載日 を記 載し てい る 。

2番目 の欄 はテ ーマ で あり、 原則 とし て記 事 の見出 しの 主要 部分 を 記載し た。 3番 目の 欄 が

66

元 々 は 、Jリ ー グ に よ り サ ッ カ ー 振 興 と 育 成 の た め の 総 合 施 設 と し て 建 設 さ れ 、地 元 に 寄 贈 さ れ た も の で あ る 。 原 発 対 応 が 一 段 落 後 は 、 元 の 機 能 へ の 復 帰 が 期 さ れ て い る 。

67

そ の 後 、 平 成26年10月 に 「 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 」 の 指 定 が 解 除 さ れ る と と も に 、「 居 住 制 限 区 域 」 が 「 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 」 に 変 更 さ れ た 。 次 い で 、 平 成2 8年6月 に そ の 「 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 」 が 解 除 さ れ 、 全 域 が 解 除 と な っ た 。

原 則 と し て 事 象 の あ っ た 日

テ ー マ ( 見 出 し な ど) 記 事 抜 粋 ( 一 部 要 約 ・ 省 略 あ り ) H2 5 .3 .2 7 3町人 口 減 少 率5 0%超/10 年

比4 0年県内推計

< 岩 手 H 2 5 . 4 . 8 > 「 国立社会保障・人口問題研究所の推計で、20 10 年から40 年までの間に県内全3 3市町村で人口が減 少する見通しとなった。減少率は西和賀、岩泉、葛巻の3町で5 0%を上回り、東日本大震災で被災した大槌など14 市町村も 4 0%を越える見込み。中山間地や沿岸部の減少率が高い状況にあり 、地域事情に即した対応策が欠かせない。」/「 県地 域振興部の中村一郎部長は「 今後も地域ごとにさま ざま な課題が顕在化していく。人口減少を食い止めるためにも、さま ざま な分野の施策を組み合わせた対策を進めたい」と語る。」

-83-

記事の 抜粋 であ り、 先頭 の< >内 に掲 載紙 と 掲載日 を示 し、 「 」 内に 記事を 引用 して いる 。

多くは ない が一 部に 要 約又は 省略 した もの も ある 。 ま た、 「/ 」 は原 則とし て改 行又 は別 の 段

落から の引 用で ある こ とを示 して いる

68

。巻 末 付属資 料で は、 記事 は 時系列 に並 べて いる 。

一般記 事に 次い で、 個 別事業 者事 例記 事を 【 岩手日 報/ 個別 事業 者 事例記 事】 、 【岩 手日 報

/個別 事業 者事 例記 事 /シリ ーズ 記事 「挑 む。 産業再 生」 】 、 【河 北新 報 /個別 事業 者事 例記 事】 、

【福島 民報 /個 別事 業 者事例 記事 】の 順に 配 置した 。2 番目 の「 シ リーズ 記事 「挑 む。 産 業

再生」 」 は 、 岩 手日 報が 断続的 にシ リー ズ連 載 した個 別事 業者 に関 す る記事 にう ちか らピ ッ ク

アップ した もの であ る 。

次の 表は 、 【福 島民報 /個別 事業 者事 例記 事 】 の 冒頭 の段 で 、 避 難区 域の再 編を 機に いち 早

く浪江 町内 で業 務を 再 開させ た建 設事 業者 に 関する 記事 であ る。 そ れぞれ の欄 の意 義は 上 述

の一般 記事 の場 合と 同 じであ る。

また 、次 の表 は、 【岩 手日報 /個 別事 業者 事 例記事 /シ リー ズ記 事 「挑む 。産 業再 生」 】の

冒頭の 一つ の段 であ る 。シリ ーズ 記事 の内 容 に沿っ て欄 を設 定し て おり、 左端 の「 回次 」 は

当該シ リー ズに おけ る 番号、 右端 の「 復興 実 感」は 事業 者が 回答 し た実感 とし ての 復興 度 合

である 。

これ らの 記事 の抜 粋 は、必 ずし も個 々の 内 容を詳 細に 知る こと を めざし たも ので はな く 、

総体と して 復旧 ・復 興 の流れ を押 さえ るこ と を一義 的な 目的 とし て いるこ とに は留 意さ れ た

い。な お、 記事 の中 で 年につ いて は一 部の 例 外を除 き原 則と して 、 岩手日 報と 河北 新報 に お

いては 西暦 で、 福島 民 報では 平成 (年 号) で それぞ れ表 示さ れて い るので 、適 宜留 意さ れ た

い。

( 3 ) 地 元 地 方 紙 3 紙に み る 復 旧 ・ 復 興 の 過程 の 概 観

以上 で予 備的 な作 業 を終え たの で 、 平 成 25 年 4 月以降 の3 紙に お ける記 事を 通じ て 、 被 災

68

記 事 中 に 個 人 の 氏 名 等 が 記 載 さ れ て い る 場 合 に は 、 原 則 と し て 、 役 所 や 企 業 の 役 職 者 な ど 公 的 に 知 名 度 が 高 い と 思 わ れ る 場 合 は そ の ま ま と し た が 、 そ れ 以 外 は イ ニ シ ャ ル 表 記 と し た 。

【 福島民報/個別事業者に関する記事】 原 則 と し

て 事 象 の あ った 日

テ ーマ ( 見 出 しな ど) 記 事 抜 粋 ( 一 部 要 約 ・ 省 略 あ り ) H25.4 .1 「 東 北 工 業 建 設 」 /古里復興の先頭

に/避難区域再編の浪江町/

< 福 島 H 2 5 . 4 . 2 > 「社長のTさん( 41) は早くも町内で業務を再開させ、 資材の整理などに追われた。」 /「町は上下水道の 復旧を最重要課題に掲げている。 今年度後半にも工事の発注が始まると見ており、 一刻も早く仕事を再開する体制を整える 考えだ。」 /「 しかし、不安はつきない。 ・・・ 資材や人件費の高騰が続いている。町の復旧工事を受注できても、 作業員を集 め利益を確保できる保証はどこにもない。」 /「 気がめいると決まって思い出すのは、会津若松に避難している子どもの笑顔 だ。「あいつらに、 もう一度、美しい古里・浪江の風景を見せてあげたい。」

回 次 掲 載 日 企 業 名 創 業 所 在 地 業 種 被 災 状 況 復 興 状 況 復 興 実 感

4 H2 7 .4 .26 東陵操業 S56 釜石市大渡

ビルメン、 警備、 宿泊業( パンショ ン)

津波災害、従業員5名犠牲

内陸営業所からの応援等により、 需要の強い清 掃業務等の再開、 宿泊業を2カ月で再開。

70 ~8 0 %

【 岩手日報/個別事業者に関する記事/シリーズ記事「 挑む。産業再生」 】

資料シリーズNo. 1 8 4

独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )

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3県に おけ る復 旧・ 復 興の過 程を 概観 して み よう。 ただ し、 以下 の 記述は 、多 くの 記事 の 中

から代 表的 であ ると 思 われる もの をい わば 例 示的に 示し たも ので あ り、一 つの 断面 をみ た も

のと考 える べき もの で ある。 巻末 付属 資料 の 2に収 録し た一 連の 記 事を素 材と して 、読 者 そ

れぞれ の立 場で 活用 い ただく こと こそ 、期 待 すると ころ であ る。

ア . 緊 急 時 対 応 期 の 終了 に つ い て

復旧 ・復 興過 程を み るフレ ーム ワー クに お ける時 期区 分か らい え ば、こ の3 紙記 事記 録 の

開始時 期で ある 平成 25 年 4 月は、 被災 者の 避難 所等か ら仮 設住 宅へ の 入居が 一部 を除 いて 済

んでお り、 「緊 急時 対応 」の時 期は 終了 して 「 復旧・ 復興 第Ⅰ 期」 (復 旧期) に移 行し てい た

と考え るこ とが でき る 。その 象徴 的な 事項 と して、 緊急 時対 応の 際 に軸と なる 「災 害対 策 本

部」が 岩手 県及 び県 内 のすべ ての 市町 村で 廃 止され たこ とを 挙げ る ことが でき る。 宮城 県 で

も、一 部を 残し て廃 止 されて きて いた 。

< 岩 手H 25 .4 .1> 「 釜 石 、 陸 前 高 田 、 一 関 の 3 市 は31日 、 東 日 本 大 震 災 の 災 害 対 策 本 部 を 廃 止 し た 。 岩 手 、 宮 城 、 福 島 3 県 で は 初 め て 、 県 内 全 て の 本 部 が 廃 止 さ れ た 。」

< 河 北H 25 .4 .1>「 岩 手 県 の 各 市 町 村 が 東 日 本 大 震 災 直 後 に 設 置 し た 災 害 対 策 本 部 が 、31日 で す べ て 廃 止 さ れ た 。」/「 宮 城 県 で は 、仙 台 、岩 沼 両 市 が3 1日 で 廃 止 。気 仙 沼 や 石 巻 な ど 5 市 は 4 月 以 降 も 継 続 す る 。 県 は 昨 年 3 月 に 廃 止 し た 。」

また 、次 の記 事も 緊 急時対 応期 の一 応の 終 わりを 示す もの とい え る。

< 河 北 H 25 .12 .2 4> 「 被災 者 の 支 援 活 動 を 行 っ て き た 石 巻 市 災 害 ボ ラ ン テ ィ ア セ ン タ ー ( V C ) が 、 来 年 3 月 で 閉 鎖 さ れ る 。」 / 「 震 災 直 後 か ら 泥 か き 、 が れ き 撤 去 な ど の 支 援 要 請 が 殺 到 し 、 11年 度 の ボ ラ ン テ ィ ア は11万941 7人 に 達 し た が 、 12年 度 は656人 に 激 減 。 こ と し1 1月 以 降 は 受 け 入 れ な し の 状 況 が 続 い て い る 。」

一方 、 原 発事 故に より 厳しく 被災 した 福島 県 ではこ れと は異 なる 状 況にあ った 。 と りわ け、

上述の よう に役 場機 能 も含め て全 町を 挙げ て 非常に 広域 的な 避難 を 行った 双葉 町の 埼玉 県 加

須市の 旧騎 西高 校に 設 置され た避 難所 は、 そ れまで も避 難者 の数 は かなり 減っ ては いた が 、

ほぼ1 年後 の平 成 26 年 3 月に閉 鎖さ れた 。 この 間の推 移を 記事 で追 っ てみる と 、 次 のよ うな

ものが あっ た。 この 間、 双葉町 では 平成 25 年 5 月 28 日に 避難 区域 の再 編があ り、 人口の 96%

が居住 して いた 地域 が 「 帰還困 難区 域」 とされ た 。 双葉 町は 福島 県いわ き 市に新 庁舎 を設 け、

同年 6 月 17 日 から 業務 を開始 し 、 役 場機 能の いわき 市へ の移 転が 図 られた 。 なお 、 埼玉 へ避

難した 人の うち 少な く ない数 の人 々が 、引 き 続き埼 玉県 内で 居住 し ている 。

< 福 島H 25 .5 .3>「 双 葉 町 の 区 域 再 編 で 、政 府 の 原 子 力 災 害 対 策 本 部 は28日 午 前 零 時 に 再 編 す る 方 針 を 固 め た 。 今 月 中 の 再 編 を 目 指 し て い た 町 の 要 望 に 対 応 す る 。 7 日 に 開 く 本 部 会 議 で 正 式 決 定 す る 。

-85-

町 の 人 口 の 4 % が 住 ん で い た 町 北 部 の 沿 岸 部 が 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 に 、他 の 地 域 は 全 て 帰 還 困 難 区 域 に 再 編 さ れ る 。」

< 福 島 H2 5. 5.3 > 「 い わき 市 内 の 住 宅 事 情 が 一 段 と 深 刻 さ を 増 し て い る 。 多 く の 避 難 者 や 復 旧 ・ 復 興 事 業 に 携 わ る 作 業 員 を 迎 え 、 市 街 地 の 賃 貸 物 件 は 満 杯 状 態 が 続 く 。」 / 「 埼 玉 県 加 須 市 に 役 場 機 能 を 置 く 双 葉 町 は い わ き 市 南 部 の 東 田 町 へ の 移 転 を 6 月 に 控 え る 。町 に は 市 内 へ の 引 っ 越 し を 望 む 複 数 の 住 民 か ら 相 談 が 寄 せ ら れ て い る が 、 市 内 に あ る 町 の 仮 設 住 宅 は ほ ぼ 満 員 だ 。・ ・ ・ 職 員 の 住 宅 の 確 保 さ え 見 通 し が 立 た な い 状 況 だ と い う 。」

< 福 島H2 5. 5.2 7> 「 全 域 が 警 戒 区 域 と な っ て い る 双 葉 町 は28日 午 前 零 時 に 帰 還 困 難 、 避 難 指 示 解 除 準 備 の 2 区 域 に 再 編 さ れ る 。」/「 帰 還 困 難 区 域 に 事 業 所 が あ り 、い わ き 市 に 避 難 し て い る40代 の 男 性 経 営 者 は「 区 域 再 編 後 も 経 営 再 建 の 見 通 し は 立 た な い 」と 嘆 く 。事 務 所 の 空 間 放 射 線 量 が 高 く 、書 類 や 伝 票 な ど が 置 い た ま ま で 整 理 で き な い 状 況 だ 。」/「「 自 宅 か ら は 福 島 第 一 原 発 が 見 え る ほ ど の 距 離 。 子 ど も を 連 れ て 古 里 に 帰 る こ と な ど 今 は 考 え ら れ な い 」。 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 内 の 自 宅 か ら 郡 山 市 に 避 難 し て い る30代 の 男 性 は 厳 し い 表 情 で 語 っ た 。」

< 福 島 H2 5. 6.8 > 「 埼 玉県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 に 設 置 さ れ て い る 双 葉 町 の 旧 騎 西 高 避 難 所 の 住 民 の 4 割 が 、避 難 所 閉 鎖 後 も 埼 玉 県 内 に 居 住 し た い と 考 え て い る 。原 発 事 故 後 、唯 一 残 っ て い る 一 次 避 難 所 で あ る 旧 騎 西 高 避 難 所 の 閉 鎖 に 向 け 、 町 が 5 月13日 か ら24日 に ア ン ケ ー ト を 行 い 、 結 果 を ま と め た 。 対 象 者 は121人 で 、 こ の う ち113人 か ら 回 答 を 得 た 。」

※ 居 住 先 の 予 定 あ り : 2 7人 、 な し : 86人 ( 希 望 居 住 地 ・ ・ ・ 埼 玉 県 : 50人 、 福 島 県 : 36人 )

< 福 島H 25 .6 .12 >「 双 葉町 は 埼 玉 県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 避 難 所 閉 鎖 に 向 け 、い わ き 市 内 に 町 民 向 け の 集 合 住 宅 を 新 た に 確 保 す る 。 伊 沢 史 朗 町 長 が 11 日 、 埼 玉 県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 で 開 か れ た 町 民 と の 意 見 交 換 会 終 了 後 に 明 ら か に し た 。」 / 「 意 見 交 換 会 は 2 回 目 の 開 催 。 約70人 が 出 席 し た 。」

< 福 島H2 5. 6.1 6> 「 埼 玉 県 加 須 市 に 役 場 機 能 を 構 え た 双 葉 町 は17日 、 い わ き 市 に 新 設 し た 仮 庁 舎 で 業 務 を 開 始 す る 。」/「 県 内 に 避 難 し て い る 双 葉 町 民 の う ち 、い わ き 市 に は 約 4 割 に 当 た る 最 多 の1 ,522 人 が 暮 ら す 。」 / 「 町 は 復 興 計 画 で 、 い わ き 市 を 仮 の 町 の メ ー ン 拠 点 に 位 置 づ け る 。」

< 福 島H 25 .7 .11 >「 加 須市 の 旧 県 立 騎 西 高 の 避 難 所 で 生 活 を 続 け る 双 葉 町 の 住 民 に つ い て 、埼 玉 県 知 事 は 10 日 の 記 者 会 見 で 、 加 須 市 内 の ア パ ー ト な ど で 受 け 入 れ が 可 能 だ と 双 葉 町 に 伝 え た こ と を 明 ら か に し た 。」 / 「 埼 玉 県 に よ る と 、 避 難 所 で 生 活 す る69世 帯107人 の う ち 、 55世 帯79人 が 当 面 は 同 県 内 で 生 活 し た い と の 意 向 を 持 っ て い る と い う 。」

< 福 島H2 6. 3.2 6> 「 国 内 で 最 後 の 避 難 所 と な っ た 埼 玉 県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 避 難 所 は27日 、 閉 鎖 さ れ る 。」 / 「 最 多 で23年 4 月 に 町 民1,423人 が 生 活 し て い た 。」

< 福 島H2 8. 9.1 7> 「 埼 玉 県 は16日 、 原 発 事 故 に よ る 自 主 避 難 者 へ の 住 宅 無 償 提 供 を 来 年 3 月 末 で 打 ち 切 る の を 受 け 、避 難 者 が 住 ま い を 確 保 で き る よ う 、無 収 入 や 1 人 暮 ら し で も 特 別 県 営 住 宅 へ の 入 居 を 可 能 に す る と 明 ら か に し た 。」 / 「 県 内 に は 7 月 1 日 現 在 で 182世 帯 498人 が 自 主 避 難 。 多 く は 民 間 賃 貸 住 宅 で 暮 ら し て い る と い う 。」

資料シリーズNo. 1 8 4

独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )

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3県に おけ る復 旧・ 復 興の過 程を 概観 して み よう。 ただ し、 以下 の 記述は 、多 くの 記事 の 中

から代 表的 であ ると 思 われる もの をい わば 例 示的に 示し たも ので あ り、一 つの 断面 をみ た も

のと考 える べき もの で ある。 巻末 付属 資料 の 2に収 録し た一 連の 記 事を素 材と して 、読 者 そ

れぞれ の立 場で 活用 い ただく こと こそ 、期 待 すると ころ であ る。

ア . 緊 急 時 対 応 期 の 終了 に つ い て

復旧 ・復 興過 程を み るフレ ーム ワー クに お ける時 期区 分か らい え ば、こ の3 紙記 事記 録 の

開始時 期で ある 平成 25 年 4 月は、 被災 者の 避難 所等か ら仮 設住 宅へ の 入居が 一部 を除 いて 済

んでお り、 「緊 急時 対応 」の時 期は 終了 して 「 復旧・ 復興 第Ⅰ 期」 (復 旧期) に移 行し てい た

と考え るこ とが でき る 。その 象徴 的な 事項 と して、 緊急 時対 応の 際 に軸と なる 「災 害対 策 本

部」が 岩手 県及 び県 内 のすべ ての 市町 村で 廃 止され たこ とを 挙げ る ことが でき る。 宮城 県 で

も、一 部を 残し て廃 止 されて きて いた 。

< 岩 手H 25 .4 .1> 「 釜 石 、 陸 前 高 田 、 一 関 の 3 市 は31日 、 東 日 本 大 震 災 の 災 害 対 策 本 部 を 廃 止 し た 。 岩 手 、 宮 城 、 福 島 3 県 で は 初 め て 、 県 内 全 て の 本 部 が 廃 止 さ れ た 。」

< 河 北H 25 .4 .1>「 岩 手 県 の 各 市 町 村 が 東 日 本 大 震 災 直 後 に 設 置 し た 災 害 対 策 本 部 が 、31日 で す べ て 廃 止 さ れ た 。」/「 宮 城 県 で は 、仙 台 、岩 沼 両 市 が3 1日 で 廃 止 。気 仙 沼 や 石 巻 な ど 5 市 は 4 月 以 降 も 継 続 す る 。 県 は 昨 年 3 月 に 廃 止 し た 。」

また 、次 の記 事も 緊 急時対 応期 の一 応の 終 わりを 示す もの とい え る。

< 河 北 H 25 .12 .2 4> 「 被災 者 の 支 援 活 動 を 行 っ て き た 石 巻 市 災 害 ボ ラ ン テ ィ ア セ ン タ ー ( V C ) が 、 来 年 3 月 で 閉 鎖 さ れ る 。」 / 「 震 災 直 後 か ら 泥 か き 、 が れ き 撤 去 な ど の 支 援 要 請 が 殺 到 し 、 11 年 度 の ボ ラ ン テ ィ ア は11万941 7人 に 達 し た が 、 12年 度 は656人 に 激 減 。 こ と し1 1月 以 降 は 受 け 入 れ な し の 状 況 が 続 い て い る 。」

一方 、 原 発事 故に より 厳しく 被災 した 福島 県 ではこ れと は異 なる 状 況にあ った 。 と りわ け、

上述の よう に役 場機 能 も含め て全 町を 挙げ て 非常に 広域 的な 避難 を 行った 双葉 町の 埼玉 県 加

須市の 旧騎 西高 校に 設 置され た避 難所 は、 そ れまで も避 難者 の数 は かなり 減っ ては いた が 、

ほぼ1 年後 の平 成 26 年 3 月に閉 鎖さ れた 。 この 間の推 移を 記事 で追 っ てみる と 、 次 のよ うな

ものが あっ た。 この 間、 双葉町 では 平成 25 年 5 月 28 日に 避難 区域 の再 編があ り、 人口の 96%

が居住 して いた 地域 が 「 帰還困 難区 域」 とされ た 。 双葉 町は 福島 県いわ き 市に新 庁舎 を設 け、

同年 6 月 17 日 から 業務 を開始 し 、 役 場機 能の いわき 市へ の移 転が 図 られた 。 なお 、 埼玉 へ避

難した 人の うち 少な く ない数 の人 々が 、引 き 続き埼 玉県 内で 居住 し ている 。

< 福 島H 25 .5 .3>「 双 葉 町 の 区 域 再 編 で 、政 府 の 原 子 力 災 害 対 策 本 部 は28日 午 前 零 時 に 再 編 す る 方 針 を 固 め た 。 今 月 中 の 再 編 を 目 指 し て い た 町 の 要 望 に 対 応 す る 。 7 日 に 開 く 本 部 会 議 で 正 式 決 定 す る 。

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町 の 人 口 の 4 % が 住 ん で い た 町 北 部 の 沿 岸 部 が 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 に 、他 の 地 域 は 全 て 帰 還 困 難 区 域 に 再 編 さ れ る 。」

< 福 島 H2 5. 5.3 > 「 い わき 市 内 の 住 宅 事 情 が 一 段 と 深 刻 さ を 増 し て い る 。 多 く の 避 難 者 や 復 旧 ・ 復 興 事 業 に 携 わ る 作 業 員 を 迎 え 、 市 街 地 の 賃 貸 物 件 は 満 杯 状 態 が 続 く 。」 / 「 埼 玉 県 加 須 市 に 役 場 機 能 を 置 く 双 葉 町 は い わ き 市 南 部 の 東 田 町 へ の 移 転 を 6 月 に 控 え る 。町 に は 市 内 へ の 引 っ 越 し を 望 む 複 数 の 住 民 か ら 相 談 が 寄 せ ら れ て い る が 、 市 内 に あ る 町 の 仮 設 住 宅 は ほ ぼ 満 員 だ 。・ ・ ・ 職 員 の 住 宅 の 確 保 さ え 見 通 し が 立 た な い 状 況 だ と い う 。」

< 福 島H2 5. 5.2 7> 「 全 域 が 警 戒 区 域 と な っ て い る 双 葉 町 は28日 午 前 零 時 に 帰 還 困 難 、 避 難 指 示 解 除 準 備 の 2 区 域 に 再 編 さ れ る 。」/「 帰 還 困 難 区 域 に 事 業 所 が あ り 、い わ き 市 に 避 難 し て い る40代 の 男 性 経 営 者 は「 区 域 再 編 後 も 経 営 再 建 の 見 通 し は 立 た な い 」と 嘆 く 。事 務 所 の 空 間 放 射 線 量 が 高 く 、書 類 や 伝 票 な ど が 置 い た ま ま で 整 理 で き な い 状 況 だ 。」/「「 自 宅 か ら は 福 島 第 一 原 発 が 見 え る ほ ど の 距 離 。 子 ど も を 連 れ て 古 里 に 帰 る こ と な ど 今 は 考 え ら れ な い 」。 避 難 指 示 解 除 準 備 区 域 内 の 自 宅 か ら 郡 山 市 に 避 難 し て い る30代 の 男 性 は 厳 し い 表 情 で 語 っ た 。」

< 福 島 H2 5. 6.8 > 「 埼 玉県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 に 設 置 さ れ て い る 双 葉 町 の 旧 騎 西 高 避 難 所 の 住 民 の 4 割 が 、避 難 所 閉 鎖 後 も 埼 玉 県 内 に 居 住 し た い と 考 え て い る 。原 発 事 故 後 、唯 一 残 っ て い る 一 次 避 難 所 で あ る 旧 騎 西 高 避 難 所 の 閉 鎖 に 向 け 、 町 が 5 月13日 か ら24日 に ア ン ケ ー ト を 行 い 、 結 果 を ま と め た 。 対 象 者 は121人 で 、 こ の う ち113人 か ら 回 答 を 得 た 。」

※ 居 住 先 の 予 定 あ り : 2 7人 、 な し : 86人 ( 希 望 居 住 地 ・ ・ ・ 埼 玉 県 : 50人 、 福 島 県 : 36人 )

< 福 島H 25 .6 .12 >「 双 葉町 は 埼 玉 県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 避 難 所 閉 鎖 に 向 け 、い わ き 市 内 に 町 民 向 け の 集 合 住 宅 を 新 た に 確 保 す る 。 伊 沢 史 朗 町 長 が 11 日 、 埼 玉 県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 で 開 か れ た 町 民 と の 意 見 交 換 会 終 了 後 に 明 ら か に し た 。」 / 「 意 見 交 換 会 は 2 回 目 の 開 催 。 約70人 が 出 席 し た 。」

< 福 島H2 5. 6.1 6> 「 埼 玉 県 加 須 市 に 役 場 機 能 を 構 え た 双 葉 町 は17日 、 い わ き 市 に 新 設 し た 仮 庁 舎 で 業 務 を 開 始 す る 。」/「 県 内 に 避 難 し て い る 双 葉 町 民 の う ち 、い わ き 市 に は 約 4 割 に 当 た る 最 多 の1 ,522 人 が 暮 ら す 。」 / 「 町 は 復 興 計 画 で 、 い わ き 市 を 仮 の 町 の メ ー ン 拠 点 に 位 置 づ け る 。」

< 福 島H 25 .7 .11 >「 加 須市 の 旧 県 立 騎 西 高 の 避 難 所 で 生 活 を 続 け る 双 葉 町 の 住 民 に つ い て 、埼 玉 県 知 事 は 10 日 の 記 者 会 見 で 、 加 須 市 内 の ア パ ー ト な ど で 受 け 入 れ が 可 能 だ と 双 葉 町 に 伝 え た こ と を 明 ら か に し た 。」 / 「 埼 玉 県 に よ る と 、 避 難 所 で 生 活 す る69世 帯107人 の う ち 、 55世 帯79人 が 当 面 は 同 県 内 で 生 活 し た い と の 意 向 を 持 っ て い る と い う 。」

< 福 島H2 6. 3.2 6> 「 国 内 で 最 後 の 避 難 所 と な っ た 埼 玉 県 加 須 市 の 旧 騎 西 高 避 難 所 は27日 、 閉 鎖 さ れ る 。」 / 「 最 多 で23年 4 月 に 町 民1,423人 が 生 活 し て い た 。」

< 福 島H2 8. 9.1 7> 「 埼 玉 県 は16日 、 原 発 事 故 に よ る 自 主 避 難 者 へ の 住 宅 無 償 提 供 を 来 年 3 月 末 で 打 ち 切 る の を 受 け 、避 難 者 が 住 ま い を 確 保 で き る よ う 、無 収 入 や 1 人 暮 ら し で も 特 別 県 営 住 宅 へ の 入 居 を 可 能 に す る と 明 ら か に し た 。」 / 「 県 内 に は 7 月 1 日 現 在 で 182世 帯 498人 が 自 主 避 難 。 多 く は 民 間 賃 貸 住 宅 で 暮 ら し て い る と い う 。」

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