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対日直接投資の変化と経済的影響
――経済政策・企業行動・経済的成果の検証
天野倫文
要 旨
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はじめに
グローバル化が進み,新興諸国の経済成長が顕著ななか,OECD 諸国は 経済の成熟化と停滞という問題を抱えてきた.そして多くの国が対内投資を 経済活性化の主力政策として打ち出し,誘致競争を展開した.OECD 諸国 と比較して,わが国の対内直接投資額は,累積ベースで伸びているとはいえ, 依然として低い水準である.対外直接投資と対内直接投資のアンバランスも 指摘されてきた.1998 年ころまで対内直接投資残高は 3 兆円程度,GDP 比 で 1%以下である.
対日直接投資残高が本格的に伸び始めたのは 1999 年ころからである.金 融・デフレ不況を背景に株価が低迷し,日本企業を買収しやすい環境が生ま れた.2001 年に政府は「我が国の対日直接投資促進策」をまとめた,2003 年に小泉前内閣総理大臣が対日投資残高の対 GDP 比を 5 年で倍増する方針 演説を行った.このころから対日直接投資は主たる経済政策の柱となった. 2000 年代を通じて,対日直接投資の残高は一貫して増加基調をたどった. 2006 年末の残高は 12 兆 8,000 億円となり,政府が打ち出した目標残高をほ ぼ達成した.しかし,投資残高での伸びとは裏腹に,外資系企業によるわが 国への進出とその政策的支援,ならびに学術的研究については課題も多く残 されている.投資残高の伸びの背景にはフローの資金流出入があるが,外国 企業によるわが国への投資の場合,資本流入面で増加が見られる反面,撤退 や売却による資本流出額も相当程度に上り,それが増加基調にある.たとえ ば 2006 年にわが国は 457 億ドルという過去最大の流入を記録しているが, この年は同時に 525 億ドルという過去最大の流出も記録し,ネットでは対内 投資収支がマイナスとなっている.投資の定着性という観点から課題が残さ れていることの証左である.
第 1 に,わが国の対日直接投資政策のレビューを行う.わが国の場合,対 外直接投資と比較すると,対日直接投資は政策主導性が強い.1990 年代以 降,政府の掲げた目標やさまざまな改革・規制緩和の流れのなかで,投資受 け入れが進められてきた.そこでまず対日直接投資政策の全体の変遷をふり 返り,それぞれの時代で対日直接投資政策がどのような位置づけにあったの かを確認したい.
第 2 に,外資系企業による対日直接投資と日本のなかにおける事業活動の 状況を,⑴対日直接投資統計,⑵ M&A 統計,⑶外資系企業活動調査の 3 つの統計から把握する.対日直接投資統計からは投資のマクロ的動向を, M&A 統計からは外資系企業の日本参入に際する投資形態や日本の M&A ブームのなかの位置づけを,外資系企業活動調査からは,実際に参入を行い, 日本で事業活動を営む企業の経営状況を分析する.
第 3 に,この分野の既存研究の整理と考察を行う.1990 年代後半以降, 対日直接投資については経済学を中心としていくつか実証研究が行われ,背 景や経済的誘因,投資を行った企業等の経営・経済的効果について多面的な 検証が進められてきた.ここではそれらをレビューすることで,対日直接投 資の経済的誘因やわが国の経済への影響を整理したい.さらに既存研究で看 過された課題についても末尾で論じる.
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わが国の対日投資政策の変遷
2.1 1980 年代まで
第 2 節ではわが国の対内投資政策の歩みをまとめる.第 2 次世界大戦後の 日本は,脆弱な国内産業を国際競争にさらすことなく保護育成することに重 点が置かれ,外資導入は厳しく制限されてきた.1960 年代に入り,日本経 済が活況を呈すると,貿易自由化とともに,資本自由化を求める外圧が強く なった.政府は 1967 年の外為法(外国為替及び外国貿易管理法)の第 1 次 自由化の後,対象となる業種を順次拡大し,1973 年の第 5 次自由化により, ほぼ 100%の自由化に至った.1975 年には小売業についても自由化された.
を原則として廃止し,外国為替公認銀行制度,両替商制度を廃止する等,自 由で迅速な内外取引が行えるよう,欧米先進諸国並みの対外取引環境の整備 が進められた.
1980 年代までの対日投資自由化は,外国からの対外不均衡是正の要求に 応じるものであった.1980 年代後半には,円高により日本から海外への直 接投資が増加し,内外投資ギャップも問題となった.この時期に行われた日 米構造協議や日本 EU 委員会閣僚会議では,投資摩擦の回避の必要が論じら れ,投資の相互交流の促進が世界経済の調和的発展のために重要との考えが 提示されている(萩原[2003]).当時の不均衡是正のための外資誘致は諸外国 から要請を受けたものであり,自国側の能動的な施策とはいえなかった.
2.2 1990 年代の規制緩和
日米構造協議と対日投資政策の展開
わが国の対日投資政策のなかで 1 つの契機となったのが 1990 年 6 月の日 米構造協議,ならびに構造協議の最終報告を受けて出された「直接投資政策 の開放性に関する声明」である.ただし日米構造協議の最終報告書自体は対 日投資の促進化については触れていない.同報告書の力点は経常収支黒字の 縮小を目指した輸入促進のための諸施策にあり,①流通面の基盤整備と市場 開放性の確保,競争の促進,商慣行の改善,②製品輸入を促進するための税 制と情報ネットワーク整備などの円滑化,③独禁法の運用強化と透明性の確 保,④民間企業の調達慣行に関する競争原理の導入などにある.
日米構造協議そのものは,対日投資促進というよりも,わが国の市場開放 と輸入促進を狙いとしていた.そのため最終報告書を受けて出された「直接 投資政策の開放性に関する声明」も,①外為法の手続きの見直し,②日本市 場に関する情報提供への支援,③海外企業の事業展開の円滑化を図るための 金融上の支援,④取引慣行の透明性の確保が述べられたにとどまる.
1967 外為法(外国為替及び外国貿易管理法)第 1 次自由化. 1969 外為法第 2 次自由化.
1970 外為法第 3 次自由化.
1971 自動車産業および関連 5 業種の規制緩和. 外為法第 4 次自由化.
1973 外為法第 5 次自由化(原則 100%の自由化). 1975 小売業の自由化.
1980 改正外為法の実施(外資や技術導入を原則として許可制から届出制へ). 1984 日本開発銀行が対日投資促進優遇制度を開始.
日本貿易振興会(ジェトロ)が対日投資促進を図るための投資関連情報の提供を開始. 1990 日米構造問題協議の最終報告を踏まえ「直接投資の開放性に関する声明」を発表.
ジェトロに輸入促進部を設置,輸入促進事業を展開(輸入促進事業の本格実施). 1991 外為法を改正し,対日直接投資に関する手続きを簡素化(1992 年 1 月施行).
1992 外資系企業を対象に優遇税制,債務保証及びその他支援を行うため輸入の促進及び対内投 資事業の円滑化に関する臨時措置法(輸入・対内投資法)を公布(1992 年 7 月施行). 1993 外資系企業が円滑に事業を進められるよう,総合的なサービス支援を行う㈱対日投資サ
ポートサービス(FIND=Foreign Investment in Japan Development Corporation)を官民 出資で設立.
1994 対日投資促進の観点から投資環境の改善に係る意見の集約と投資促進施策の周知のため内 閣総理大臣を議長とし,関係大臣を構成員とする対日投資会議を設置する.
経済企画庁委託調査「対日投資促進施策に関する調査」.
通産省産業政策局研究会「地域における対内投資円滑化推進委員会」で東京以外の地域へ の外資企業の進出を促進するための国と地域の連携の必要性を報告.
ジェトロにおいて対日アクセス調査開始(日本と各国の規制比較).
1995 対日投資会議において,対日投資会議声明「対日投資の促進のために」を公表. 輸入・対内投資法を 2006 年まで延長することを決定.
経済企画庁委託調査「対内直接投資促進のための我が国 M&A 環境整備に関する調査」. 1996 対日投資会議において M&A に関する対日投資会議声明および「我が国 M&A の環境整
備」を公表.
経済企画庁委託調査「M&A 支援開発事業」,「諸外国における地方レベルの対内直接投資 促進策の実態調査」.
1997 日本開発銀行で行う対日投資促進のための融資制度について,外資比率 50%超を外資比 率 3 分の 1 超企業に融資対象を拡大.
「経済構造の変革と創造のための行動計画」が閣議決定され,新規産業創出 15 分野のうち の国際化関連分野において,対日投資促進支援と対日 M&A の促進を図るための環境整 備の検討を盛り込む.
経済企画庁委託調査「地方レベルでの対日投資促進支援策に関する調査」. (参考)純粋持株会社解禁,合併手続の簡素化.
1998 外為法改正(事前の許可・届出を原則廃止).
㈱対日投資サポートサービス(FIND)が,M&A の促進を図るための環境整備に関する 報告書をまとめる.
経済企画庁委託調査「対日直接投資が地方経済に与えるインパクトに関する調査」. 「規制緩和推進 3 カ年計画」を閣議決定し,規制の撤廃や国際的整合化,手続きの迅速化
等を示した.
1999 対日投資会議において,「対日投資を通じて多様な知恵の時代へ」,「対日投資促進のため の 7 つの提言」を公表.
日本開発銀行と北海道東北開発公庫が統合し,日本政策投資銀行が発足.
経済企画庁委託調査「対日直接投資増加の理由と日本経済に与える影響に関する調査」. (参考)株式交換・株式移転制度導入,産業再生法施行,法人課税の実効税率を 49.98%
から 40.87%に引き下げ.
2000 輸入・対内投資法に基づく特定対内投資事業者への優遇税制措置である欠損金の繰越期間 について,10 年を 7 年に変更.
経済企画庁委託調査「対日直接投資の現状と障害に関する状況の調査」.
ジェトロの事業方針が「経済活性化への貢献」に.対日投資・輸出振興と地域経済の国際 化が掲げられる.
(参考)民事再生法施行,新連結会計基準導入,税効果会計適用.
2001 内閣府委託調査「市場開放問題における対日直接投資に関する調査研究」,「我が国におけ る外国企業の成否要因とその実態に関する調査」.
(参考)会社分割制度導入,持合株式を除く金融商品の時価会計導入.
2002 閣議決定「経済財政運営と構造改革の基本方針 2002」により,内閣府は経済産業省等関 係各省と協力して対内直接投資と頭脳流入の拡大の計画的実施を図ることが盛り込まれる. 内閣府委託調査「直近の対日投資企業の動向に関する調査」,「我が国における対日進出外 国企業のイメージに関する調査研究」,「海外企業の日本進出阻害要因に関する調査研究」. (参考)金融庁による「金融再生プログラム」の公表,連結納税制度の導入.
2003 小泉首相が施政方針演説で「対日投資残高倍増構想(5 年後)」を提唱. 対日投資会議専門部会が「対日投資促進プログラム」をとりまとめる.
会社設立,合併・買収,工場・店舗設立等に関わる各種の投資手続き等の情報の英語化を 進め,それらの情報を一元的に得られる窓口をジェトロに整備する.
ジェトロの独立行政法人化,対日投資・ビジネスサポートセンターの設置.
関係各省庁が総合窓口案内(インベストメント・ジャパン)の業務を開始し,投資化の情 報入手を容易化.
経済企画庁委託調査「新規対日投資企業の動向に関する調査研究」. (参考)産業再生法改正,会社更生法改正,持合株式の時価会計導入. 2004 対日投資会議「対日直接投資促進策の推進について」を決定.
内閣府委託調査「直近の対日投資企業の動向に関する調査研究」.
2006 地方自治体首長らにより対日直接投資促進自治体フォーラムを設置,ジェトロとの連携を 強化.
新・会社法の施行. 2007 三角合併解禁.
対日投資会議の廃止.本件は必要に応じて閣議又は関係閣僚会議を開催して行う方式に移 行.
え方が台頭してきた.
1992 年には外資系企業を対象に優遇税制や債務保証およびその他支援を 行うための臨時措置法(輸入・対内投資法)が公布され,93 年には外資系 企業への総合的なサービス支援を行う㈱対日投資サポートサービスが官民共 同出資で設立された.外資系企業へのワンストップ・サービス的な支援制度 としてはわが国最初の試みである.
対日投資会議の設置と本格的な政策展開
バブル崩壊後の 1990 年代を通じて,わが国のなかで,対日直接投資を自 国経済の活性化策として位置づける考え方は強くなった.政府において対日 投資促進が基幹的な政策課題として取り上げられたのは 1994 年である.同 年,政府は対日投資促進のために,内閣総理大臣を議長,経済財政政策担当 大臣を副議長とし,関係大臣を構成員とする対日投資会議を設置した.会議 の設置は,政府として対日投資に取り組む姿勢を鮮明にした.同会議は 2007 年に発展的に解消されるが,それまでの 13 年間,わが国の対日投資政 策の中心となり,情報や意見の集約化と投資促進施策の発信・周知を行った.
対日投資会議設置の趣旨は次のとおりである.
「対日投資は,国内経済の活性化,消費者の選択幅の拡大,世界に開かれ たわが国経済社会の形成等に資する.しかしながら,日本への対日直接投資 はいまだに著しく少ない水準にとどまっており,最近は貿易から投資の開放 性へ関心が向かいつつある.対日投資の実行については外国投資家の自主的 な判断によるものであるが,このように対日投資が少ない要因としては,経 済的な要因,非経済的な要因,規制の存在等によって外国企業にとってのわ が国市場の魅力が減じていることを指摘する声がある.このため,外国企業 を対象とした税制・金融その他の対日投資促進のための施策が講じられてき たところであるが,今後とも,対日投資を阻害する諸規制について所要の検 討やいっそうの対日投資促進施策の体系的な充実を図っていく必要がある」 (対日投資会議設置の背景に関する文書).
⑴ 規制緩和の推進により,事業活動コストの低減を図るとともに新たな ビジネスチャンスの創出を促進する.とくに直接投資に係る規制を最小 限に抑える.
⑵ 事業展開の円滑化を図るため,課税上の特別な取扱い及び金融上のイ ンセンティブの提供.
⑶ OTO (Office of Trade and Investment Ombudsman:市場開放問題 苦情処理体制)の積極的な活用を図り,投資家の事業活動に係る迅速か つ的確な苦情処理を推進する.
⑷ 雇用情報の提供,職業相談・職業紹介の実施等により,人材確保を支 援する.
⑸ わが国投資環境に関する日本貿易振興会(JETRO)等の情報提供を 推進する.
⑹ ㈱対日投資サポートサービス(FIND)の機能を活用し,サービスを 提供する.
⑺ 国際ビジネス交流基盤施設等の整備に関する支援措置を講ずる. ⑻ 取引慣行のいっそうの透明性が確保されるようなビジネス環境づくり
のため,民間経済界へ働きかけを行う.
⑼ 外国企業の立地に密接に関与しうる地方公共団体の外国投資誘致に向 けた取り組みの強化を期待する.
⑽ 対日投資及び外国企業等の事業活動のより的確な把握のために,統計 等を整備する.
⑾ 適正な地価水準を実現するため,「総合土地政策推進要綱」に基づき, 現在の総合土地施策を引き続き着実に推進することを通じ,外国企業等 のわが国への立地に資する.
⑿ OECD,APEC,WTO 等の多国間ベースの協議への主要国としての 参画を通じて,自由な国際的投資環境の醸成を図っていく.
ムの導入等を通じ,経済の活性化,雇用機会の創出,経済社会の国際化に資 するものである……対日投資会議は,対日 M&A を歓迎し,その活性化の ための努力を惜しまないことを宣言する」とある.
本声明は,対日 M&A 活性化の意義について,⑴対日 M&A 投資の促進 により,わが国産業の国際競争力を低下させない構造改革を行う,⑵ M&A は合併,営業譲渡,株式取得等の形態で行われる経済活動の一環であり, 「更地(グリーンフィールド)」から企業を立ち上げることに比較して,既存 の経営資源を有効に活用できること等から有利な点が多く,世界では広く行 われているが,わが国では先進諸国に比べて M&A が少なく,今後さらに 伸ばす必要がある,⑶ M&A は企業経営における「戦略的リストラクチャ リング」を進めるための手段として積極的に位置づけられ,技術力のある中 小企業やベンチャー企業等にとっては,事業承継,事業展開を進めるに当た り,資金調達や経営資源の導入等のための重要な手法の 1 つと位置づけられ る,⑷さらに M&A の活性化は外部からの新たなチェック機能をもたらす 契機にもなり,経営の効率化を促進する,の 4 点を指摘している.
他方,⑴ M&A で適切な買収対象企業を見つける際に,わが国では的確 な情報が入手しにくい,⑵一般的に,わが国ではまだ M&A に対する抵抗 感があり,とくに外国企業に買収されることに対してはより強い抵抗感があ る,⑶そもそも M&A の対象として魅力ある企業が少ない.わが国では企 業買収価格や事業活動コストが高いうえ,安定株主の存在が収益重視の経営 へのインセンティブを弱めており,海外から見ると投資対象としての魅力を 減じている,との指摘もある.
それらを念頭に,政府は翌年,以下の対日 M&A 投資政策を提案した.
⑴ 情報提供等の充実を図り,M&A の様々なマイナスイメージの払拭を 図る.M&A 成功事例の普及を図り,救済型 M&A の円滑化のため,会 社更生手続きに関する情報提供等を行う.さらに民間における M&A 仲介機能の充実化を図る.
⑶ 合併等に係る行政・法手続きの改善を行う.合併の際の報告総会の廃 止や債権者保護手続きの簡素化等合併手続きの見直しを進める.更に以 下の施策に関して,対日 M&A 投資の環境改善への貢献を期待する. ・商法・証券取引法等の法制度等について株主の権利強化,監査機能の
強化,企業財務情報開示の充実,店頭特則市場の開設などの整備. ・持株会社規制について独占禁止政策に反しない範囲で持ち株会社を解
禁する.
政府の対日 M&A 投資政策は,情報的基盤の充実化,民間企業の収益改 善に向けた意識改革,M&A の法的整備と対日投資の関連性強化の 3 点にあ る.1995 年 6 月の「対日投資会議声明――対日投資の促進のために」なら びに 1996 年 4 月の「M&A に関する対日投資会議声明」は,それまで輸入 促進と並置されていた対日投資により政策の焦点を当て,省庁を超えて施策 を体系化するという意味で,意義が大きかった.1990 年代後半以降の施策 はこれらの基本方針に何らかのかたちで影響を受けている.
1990 年代末までの状況
1999 年 4 月決定の「対日投資会議声明――対日投資を通じて多様な知恵 の時代へ」において,対日投資会議は 1990 年代後半の対日投資の状況を総 括している.1990 年代前半は横ばいで推移してきた対日投資は 1996 年度以 降増加傾向を見せ,98 年度に入ってからは前年同期の 2.3 倍の水準に達し た.この間,政府は規制緩和や企業経営にかかわる諸制度の整備として主に 次の施策に取り組んだ.
⑴ M&A を円滑化するための諸制度の整備.合併手続きの簡素化,店頭 市場取引の円滑化,国際的な会計基準等に沿った企業情報開示の拡充, 純粋持株会社制度,株式交換・移転制度,会社分割制度の導入,倒産法 制の整備,法曹資格者の増加,外国法事務弁護士に係る諸規制の緩和等. ⑵ 土地利用に関わる負担の適正化を進めるとともに,土地利用規制の緩
⑶ 労働移動を円滑化するように制度を見直す.有料職業紹介事業,労働 者派遣事業,労働者募集等における規制改革,確定拠出型年金の導入に よる年金のポータビリティの確保等.
⑷ 個人所得課税の最高税率を 65%から 50%に引き下げ,法人課税の実 効税率も 2 年間で 49.98%から 40.87%と国際水準並みに引き下げた. また連結納税制度の導入も検討.
政府はこれらの取り組みが直接・間接に対日投資の拡大に寄与しているこ とを評価し,今後取り組むべき課題として,⑴地方公共団体による生活面, 情報面での基盤整備,⑵外国人の居住環境の整備,⑶対日投資に関する総合 的な情報提供体制の確立,などを掲げており,「更なる対日投資促進のため の 7 つの提言」として,⑴企業経営に関わる諸制度の整備の一層の推進,⑵ 規制緩和等の一層の推進,⑶インターナショナルスクールの設立・運営の円 滑化,⑷医療に関する外国人向けの情報提供の充実,⑸地域別対日投資協議 会による国と地方団体との連携の促進,⑹対日投資に関する総合的な情報提 供体制の確立,⑺苦情・要望等に対する迅速な対応を挙げている.
1999 年の対日投資会議声明を見ると,M&A に関する諸制度の改変や土 地資源や人的資源の流動化,ならびに税制面の改革などの基礎的な取り組み が軌道に乗ったことが評価される一方で,現実に外国企業がわが国に進出し, 事業活動を行うためのインフラ整備がより本格的に進められるべきとの指摘 もある.とくに対日投資を都市部のみに集中させるのではなく,その効果を 日本全体が共有できるように,地方公共団体における基盤整備や国と地方の 連携の確保などがうたわれ始めたことは注目される.
まず手がつけられたのは,M&A 諸制度や企業情報開示に関する制度,税 制,土地資源や人的資源の流動性確保などの経済制度面での改革である. M&A や企業情報開示に関する制度改革などは,必ずしも対日投資促進のみ を目的としたものではないが,対日投資政策にとっても重要な意味をもった. 一方で,外国企業の進出に関する情報インフラの確保や国と地方が一体と なって展開する事業支援サービスの展開などの面は,当初よりその重要性が 指摘されていたものの,2000 年以降に整備すべき課題として残された.
対日直接投資増加とその背景
1997 年ころから対日投資は次第に増加基調に転ずる(報告・届出ベース). 増加の背景,促進要因や阻害要因などはどのようにとらえられていたのだろ うか.このころから対日直接投資の特徴として現れるようになったのは製造 業と非製造業のトレンドの乖離である.投資統計は後述するが,この時期に, 非製造業の対日投資が製造業のそれを大幅に上回るようになった.その多く が金融・保険業と通信業への投資であった.規制緩和の進捗,地価などのビ ジネスコストの低下,株価低迷等の環境変化があり,金融分野においては 1998 年 4 月の外為法改正や金融システム改革関連法によりさまざまな活性 化策が打たれたことが外資系金融機関の日本市場への参入や業務拡大をうな がした.製造業では輸送機械産業向けの投資が目立っており,大手自動車 メーカーや系列自動車部品メーカーへの資本参加や追加出資が増えた.
経済企画庁(現内閣府)ではこれまで対日直接投資をテーマとした民間委 託を毎年実施してきた.平成 12 年度の「対日直接投資増加の理由と日本経 済にもたらす影響に関する調査」によれば,「近年の対日投資額を膨らませ ているのは,外資企業による日本企業の大型クロスボーダー M&A であり, その例を自動車,金融・保険,通信業に見ることができる」とあり,自動車 産業は当時の国境を超えた業界再編成,金融・保険業分野は規制緩和による 参入機会の増加と株価低迷等による買収コストの低下,通信業分野では通信 ビジネスの技術革新と規制緩和などが指摘されている(同報告書,pp. 12 15).
規制緩和があり,わが国もその影響を受けたこと,⑵経済の長期的低迷が業 績不振企業を生み出し再建に絡んだ M&A が増加したこと,⑶ M&A 関連 法制の整備が進んだことなどの要因が述べられている.
2.3 2000 年代の政策転換
小泉首相の対日投資残高倍増構想と投資促進プログラム
これらの報告書からも,このころまでには対日投資促進の阻害要因の排 除・低減については一定の制度改革によって改められてきたことがわかる. しかし経済活性化のために外国企業を「積極的に誘致」するという考え方は いまだ希薄であった.国内では外資の M&A への反発の声も少なくなく, 国民の理解が高まるには時間を要した.
こうした状況下,政府は,一度軌道に乗りかけた対日投資をさらに促進す るために加速プログラムを設定した.2001 年の中央省庁再編により内閣府 が新たに設置され,対日投資の調査や企画など経済企画庁が行っていた業務 が引き継がれ,強化された.2002 年には「経済財政運営と構造改革の基本 方針 2002」が閣議決定され,「内閣府は,経済産業省や他の省と協力して, 対内直接投資,頭脳流入の拡大を目指した具体策をまとめ,計画的な実施を 図る」ことが盛り込まれた.いわば「第 3 の開国」を通じた経済活性化策へ の提言が行われた.
2003 年 1 月,小泉純一郎首相は施政方針演説で「5 年後には日本への投資 残高(01 年末で 6 兆 6,000 億円)の倍増を目指す」とし対日投資会議専門 部会で「対日投資促進プログラム」をまとめ,以下の具体的施策を提示した.
⑴ 会社法制の現代化の作業において,クロスボーダーの株式交換の解禁 等を可能とする「合併等対価の柔軟化」の恒久的な措置化を検討し,外 国企業による合併・買収を迅速化する.
⑵ 産業再生機構,整理回収機構が株式や債権を売却する際に,透明・公 正・経済合理的な手続きで売却先を決定し,企業再生プロセスへの外国 企業の参加を促す.
⑷ 国際会計基準への対応等,企業情報の透明性・信頼性を高め,企業統 治の強化を目指す.
⑸ 外国為替及び外国貿易法に基づく報告・届出を電子化.
⑹ 法令等の解釈を明確化するノーアクションレター制度の活用等,行政 手続きプロセスを明確化・簡素化・迅速化.
⑺ 日本人の英語の基礎的能力を向上させるとともに,異文化の理解を踏 まえたコミュニケーションができる能力を育成.
⑻ 国際競争力のある投資誘致を行う体制を敷くため,諸外国の外資誘致 体制・政策を研究し,日本で実施が必要なものについて検討.
⑼ 外国報道機関や在外公館への情報提供を強化するほか,対日投資の成 功事例を紹介.
⑽ 対日投資が日本経済の活性化に果たす役割と重要性について,メディ ア等を通じて広く日本国民の理解を求める.
このプログラムの基幹方針として,関係各府省が総合窓口案内(インベス ト・ジャパン)の業務を開始し,投資家の情報入手を容易化するとともに, 外国企業の日本国内における会社設立,合併・買収,工場・店舗設立等の各 種情報を一元的に得られる窓口を日本貿易振興機構(ジェトロ)に整備した (ワンストップ・サービス).
財政分権化と地方自治体への外資誘致イニシアティブの移行
またこのころから地方自治体が対日投資政策に徐々にかかわりを見せ始め る.小泉政権下に行われた財政の三位一体(国庫補助負担金の改革,国から 地方への税源移譲,地方交付税の見直し)改革のなかで,地方自治体は新た な税源を模索する必要性に迫られ,その 1 つとして外国企業の投資誘致を掲 げたのである.たとえば 2006 年 3 月には地方自治体から政府に「対日直接 投資促進のための国への要望・提言」が行われた.地方自治体の首長は同年 2 月に「対日直接投資促進自治体フォーラム」(太田房江大阪府知事・山崎 広太郎福岡市長代表)を立ち上げ,政策提言をまとめた.
⑴ 地方自治体が取り組む外国・外資系企業誘致活動に対する国の支援の 強化
・アジアからの対日投資促進施策の拡充・強化 ・ジェトロと地方自治体の連携強化
・地方自治体の外国企業誘致施策の立案に対する支援 ・地域の特性に応じた支援策の展開
⑵ 外国人,外国・外資系企業が活動しやすい仕組みづくり ・外国人の入国・滞在の支援
・外国・外資系企業の日本での活動支援 ⑶ 対日直接投資促進に向けた国の取組の強化
・外国・外資系企業への支援施策の創設 ・外国への PR 活動の強化
・国内向け啓発の強化
対日投資会議の廃止と会社法制の現代化
ジェトロ等の諸機関や地方自治体の動きにより,中央政府主導の対日投資 政策の重要性は次第に薄れてきた.対日投資会議自体は 2007 年 12 月 28 日 で廃止され,対日投資政策の決定は必要に応じて閣議または関係閣僚会議を 開催して行うこととなった.
この間,わが国では 2006 年 5 月から新会社法が制定され,クロスボー ダーの株式交換の解禁について,外国側と日本側の攻防があった(新会社法 は会社法制の現代化を基本コンセプトとし,株式会社と有限会社の統合化, 最低資本金制度の見直し,組織再編行為にかかわる規制の見直し,内部統制 システム構築の義務化などを法制化した).
株式交換制度の施行は 1999 年だが,米国商工会議所等から同制度が外国 企業に十分利用可能でないとの指摘がなされていた.たとえば,同制度で吸 収合併を行う際に,消滅会社(吸収される側の会社)の株主への対価は存続 会社(吸収する側の会社)の株式に限られていた.通常,外国企業は最初に 日本国内に現地法人を設立して,その会社と対象となる日本企業を吸収合併 させようとするが,この場合,消滅会社の株主に対価として用意できるのは, 外国企業の日本法人の株式に限られ,外国企業本社の株式は該当しなかった. 外国企業の日本法人の株式の流動性は低く,外国企業が株式交換制度を利用 しようと思っても,実質的に意味のあるディールは困難だった.
会社法制の現代化においては,この消滅会社の株主への合併等対価を存続 会社の株式以外に金銭交付(キャッシュアウトマージャー)や親会社の流動 性のある株式の交付(三角合併)を認めるものであり,外国企業による株式 交換制度の実質的な利用可能性を高めるものであった.しかし株式交換制度 については日本の産業界から慎重な意見があり,2006 年 5 月から 1 年延期 されることが決まり,2007 年 5 月に解禁された.
2.4 小括
本節ではわが国の対日直接投資政策の推移を述べた.1990 年代以降,対 日直接投資への政策的関心は徐々に高まり,制度基盤も充実してきた.
わが国の対日直接投資政策の特徴の 1 つは,初期の段階で日米構造協議の 影響があり,対日投資政策が市場開放政策のなかに組み込まれたことである. この段階では対日投資は輸入促進政策と並置または輸入促進政策に従属する 関係にあった.輸入促進とは独立して,対日直接投資そのものの拡大を目指 した体系的な政策がとられたのは 1994 年の対日投資会議の設置以降であり, 対日直接投資が可視的に増え始めるのも 97 年頃からである.
1990 年代後半の対日直接投資政策は M&A 法制やコーポレートガバナン スの整備,あるいは規制緩和との関係で議論されることが多かった.株価低 迷,グローバル競争の進展や金融・保険・通信業をはじめとする大型産業の 規制緩和を背景にこうした分野で対日 M&A 投資が進んだ.国際会計基準 の導入やコーポレートガバナンスの強化,ならびに M&A や会社の組織再 編に関する制度改革などはわが国企業が国際的標準にビジネスの方式を適合 させていく取り組みとして行われたが,そうした取り組みも対日直接投資に はプラスに影響したと考えられる.この時代,大きな制度改革の必要性から, 対日直接投資政策はある程度中央集権的に展開された.また「積極的な外資 誘致」というよりは,「阻害要因の排除と規制緩和」という視点から政策が 打たれていた.
この流れからの転機になったのが 2003 年の小泉首相の対日投資残高倍増 構想と投資促進プログラムである.財政再建と地方への財政移譲という政策 課題を抱えながら,対日投資政策においても大都市圏と地方の投資格差を是 正し,地方財政の 1 つの柱とするために,対日投資政策のイニシアティブを 中央政府からジェトロ等の諸機関と地方政府に委譲する体制がとられた.地 方自治体による外資誘致という視点がより鮮明化された.今後,地方自治体 は外資誘致の主体的役割が期待されている.
3
外国企業の対日直接投資と事業活動
余曲折を経ながらも,日本の対内投資政策は諸規制の緩和や国際的標準に依 拠した制度改革を進め,地方自治体が中心となる誘致政策を行うべく改善を 重ねた.これらの制度改革は課題も多いが,対日投資政策に関しては,諸外 国と比較して日本が遅れをとっていることが政府側にも強く意識されており, 一定の方向性をもった改革が進められた.
この間,対日直接投資と外資系企業の日本での経営実態はどうだったのか. 第 3 節では対日直接投資に関係する 3 種類の統計を用いて対日直接投資およ び外資系企業の事業活動の実態を分析する.用いる統計は,対日直接投資統 計,M&A 統計,外資系企業動向調査等の統計データである.
第 3.1 項の対日直接投資統計からは,外国企業の参入・投資拡大・撤退と いった変数から対日直接投資の動向を把握する.第 3.2 項の M&A 統計は, わが国の対日直接投資の約 8 割が M&A で行われているという理由からも 重要である1).第 3.3 項の外資系企業活動調査は,参入や撤退のみならず, 外資系企業の経営実態を直接的に把握しており,事業活動そのものに焦点を 当てている点で有意義である.
3.1 対日直接投資統計の分析 報告・届出ベースの対日直接投資額
最初に対日直接投資の統計的把握から始めるが,この部分について主とし て 2 つの統計がある.第 1 は財務省への報告・届出ベースで作成される対内 直接投資の統計である.この統計は日本への投資流入ベースで業種別の投資 状況などを正確に把握できるメリットがある反面,投資引き上げ(投資流 出)を計上しておらず,完全性に欠ける.第 2 が,財務省が国際収支統計上 把握している対日直接投資統計である.財務省は対外直接投資と対内直接投 資についてそれぞれ流入と流出の観点からデータを収集しており,これらか らネットの直接投資額を計算できる.直接投資は毎年の投資引き上げ額も大 きいので,現在はネットの直接投資額を用いることが一般的である.
まず財務省への報告・届出ベースで計上された対日直接投資額の推移を見
る(図表 2 2).なお本統計は 2004 年度で廃止となったため,同年度までと なる.対日直接投資額は 1997 年頃から大幅な増加基調に転ずる.とりわけ 非製造業の伸びが顕著であり,金融・保険業における外資受入れが背景に あったことは前述のとおりである.製造業も輸送機械産業など機械系産業を 中心に 1998 年度から 2002 年度までは外資系企業による M&A が一定の水 準を記録してきたが,2002 年度以降は,対日直接投資額は減少に転じる. 製造業分野における日本企業の業績は 2002 年度以降大幅に回復し,株価も 上昇したことから,外国企業による直接投資はむしろ減退した.この間,対 日直接投資額の伸長に引き続き貢献してきたのは非製造業である.2002 年 以降は製造業とは対照的に非製造業の対日直接投資が増え,それが全体の大 半を占めるようになった.2002 年以降の対日直接投資額の拡大は非製造業 分野の外国投資の伸びそのものである.
報告・届出ベースの投資統計を見ると,年ごとの変動や産業構成の変化は あるものの,全体的には,1990 年代後半以降,対日直接投資は増加基調に あったと結論づけられる.しかし報告・届出ベースの統計は投資引上げを含 まないため,ある意味で不完全といえる.そこで投資引上げを考慮したネッ トの投資額の推移を見る必要がある.
全産業 非製造業 製造業
40,000
35,000
30,000
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
1984 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 (年)04
対
内
直
接
投
資
フ
ロ
ー
︵
100
万
ド
ル
︶
図表 2 2 対日直接投資(製造業・非製造業)
国際収支ベースの対日直接投資――対外直接投資との比較
図表 2 3 は対外直接投資との比較において,対日直接投資の国際収支上 のネットのフローを計算したものである.さらに図表 2 3 は収支の結果と して各年度の投資残高の時系列をとった.対日直接投資の場合には資本の流 出(対内直接投資の引き上げ),対外直接投資の場合には資本の流入(対外 直接投資の引き上げ)が存在するため,図表 2 2 の届出・報告ベースと比較 すると純額は小さくなる.2 つの図から次の点が指摘できる.
まず,日本の場合には対内直接投資の純額は対外直接投資のそれと比べて かなり小さい(図表 2 3 ).いわゆる「資本収支の不均衡」と呼ばれる問題 である.しかも対外直接投資の純額は 1980 年代後半のバブル期の隆盛を経 て,90 年代以降も増加基調をとっているのに対して,対内直接投資の純額 の動きはきわめて不安定である.1997 年度以降,純額は 100 億ドル弱の水 準を 2003 年頃まで維持したが,その後 2004 年と 05 年は大幅に減少し,05 年は純額がマイナスに転じた.
対内直接投資フロー 対外直接投資フロー
対内直接投資残高 対外直接投資残高
800 700 600 500 400 300 200 100 0 −100
1983 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 (年)07 5,000 4,500 4,000 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 1996 年 末
97 年 末
98 年 末
99 年 末
2000 年 末
01 年 末
02 年 末
03 年 末
04 年 末
05 年 末
06 年 末
(億ドル) (億ドル)
図表 2 3 日本の対外・対内 直接投資フロー
出所) 日本貿易振興機構投資統計. (http://www.jetro.go.jp/jpn/stats/)
図表 2 3 日本の対外・対内直 接投資残高
投資残高ベースで見ると,両者ともにこの 10 年は増加基調にはある.た だし対外直接投資の残高の伸びと比較すると,対日直接投資の残高の伸びは きわめて緩やかである.
さらに詳細を見るため 2 つ統計を用意する.1 つは対外直接投資と対内直 接投資の流入と流出の別である.国際収支統計上,対外直接投資の実行は 「流出」であり,引き上げが「流入」である(図表 2 4 ).海外現地法人の 運営が円滑に行われており,成長を続けていれば,「流出」が「流入」を上 回ると想定されるため,「流入」から「流出」を差し引いたネット(純額) はマイナスに計上されることが多い.図 2 4 を見ても,日本の対外直接投 資は常に「流出(投資の実行)」が「流入(投資の引き上げ)」を上回ってお り,1996 年から 2007 年までの統計で平均すると対外直接投資に対して 42.3%の資本が現地に留保(retain)されている.
一方,対内直接投資の場合には,「流入」が投資の実行,「流出」が投資の 引き上げとなるが,図 2 4 からもわかるように,対内直接投資の純額ベー スでの低迷が見られるのは,投資の実行とほぼ同額の投資の引き上げが毎年 行われているためである.先ほどと同じ方法で 1996 年から 2007 年までの対
ネット流出 流入
ネット流出 流入
200
150
100
50
0
−50
−100
198587 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 (年)07 198587 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 07(年) 200
150
100
50
0
−50
−100 (1,000億円) (1,000億円)
図表 2 4 日本の対外直接投資
出所) 財務省国際収支統計.
図表 2 4 日本の対内直接投資
内直接投資に対する外国資本の日本国内の留保率を計算すると 26.7%とな る.日本企業の対外直接投資に対する留保率と比較するとかなり低く,外国 企業が日本市場で事業を定着させることがより難しいことが読み取れる.事 業の遂行そのものの難しさもあろうし,親会社が要求する収益率の高さ・収 益達成目標期間の短さなどの問題で,日本国内で事業を続行することが困難 という事情も考えられる.
もう 1 つの分析が対外直接投資と対内直接投資を構成する主要項目(株式 資本の流入と流出,再投資収益)の動向である.対外直接投資の場合には, 株式資本(流出)が投資の実行,株式資本(流入)が投資の引き上げ,再投 資収益(流出)が,現地法人の事業活動によって得られた収益の現地側への 再投資である.図表 2 5 から示唆されるように,日本企業の対外直接投資 は,投資引き上げの水準をはるかに上回る直接投資の実行を行いながら,海 外で事業収益が蓄積される体制を築きあげた.その証拠に 2000 年ころから は海外現地法人の再投資収益が増加基調にあり,海外で得られた収益を現地 の事業活動への投資に還元する資金循環が形成されている.
一方,対内直接投資の場合には,株式資本(流入)が投資の実行,株式資
再投資収益(流出) 株式資本(流出) 株式資本(流入)
再投資収益(流入) 株式資本(流出) 株式資本(流入)
80 100
60
40
20
0
−20
80 100
60
40
20
0
−20
1996 97989920000102 03040506 (年)07 1996 9798992000010203040506 07(年) (1,000億円) (1,000億円)
図表 2 5 対外直接投資の 主要項目推移
出所) 財務省国際収支統計.
図表 2 5 対内直接投資の 主要項目推移
本(流出)が投資の引き上げ,再投資収益(流入)が日本国内における外国 企業の現地法人の事業収益から再投資配分に回る金額となるが,株式資本 (流出)が株式資本(流入)とほぼ同額で推移しており,年によっては相当 額に上る.さらにより大きな課題としては再投資収益(流入)があまり増え ていない.
これについて 3 つの理由が考えられる.第 1 には外国企業による日本市場 での事業収益性がそもそも乏しく,現地法人レベルでの内部留保を行うほど の余裕がない.これらの現地法人は投資の引き上げの対象になりうる事業会 社である.第 2 には外国企業本社の日本現地法人に求める出資・配当政策で ある.もし日本現地法人が外国企業本社から高い配当率を要求されていれば, 現地法人の収益率が高くとも,日本に再投資される金額は少なくなる.第 3 は投資ファンドによる株式売却の影響である.この点の詳細は次項で述べる が,2002 年以降,対日 M&A 投資件数に占める投資ファンドの比率は上昇 の傾向にあり,一方で事業会社の投資比率が減少している.このような投資 主体の変化は外資系企業の日本での再投資の必要性を減じ,株式資本(流 出)の増加を招く可能性がある.
これら 3 つの要因はいずれも日本企業による対外直接投資と比較して,外 資系企業による対日投資の留保率や定着率がなぜ低いかを説明する重要な仮 説となる.第 2 節でまとめたように,わが国は 1990 年代以降一貫して対日 投資の増加を促す施策を打ってきたが,その多くはまず海外から本国に投資 を呼び込むことに力点が置かれてきた.しかし上記 3 点に起因する問題に関 しては必ずしも有効な手立てが打たれていなかったように思える.大局的に 見れば,「流入」のインセンティブを形成すると同時に「流出」の加速を防 ぐための支援や制度設計の検討が必要である.
3.2 M&A 投資統計 対日 M&A 投資の位置づけ
段として認識され,幅広く活用されつつある.図表 2 6 はわが国のマーケッ ト別 M&A 件数の推移を見たものであるが,2006 年に発表された M&A は 日本全体で 2,775 件である.非公表のものを含めると相当程度の件数に上る と推察され,日本においても M&A が一般的な企業戦略として用いられて いることを示している.
内訳を見ると,大半を占めるのは「IN-IN」(日本企業による日本企業の M&A)で,「OUT-IN」(外国企業による日本企業の M&A)は M&A 件数 全体に占める OUT-IN の比率(OUT-IN 比率)を計算しても 1985 年から 2006 年までの平均で 6.5%と決して高くはない.ただし,1998 年から 2000 年にかけてはこの比率が 10%を超え,対日 M&A 投資は日本の M&A のな かで一定のポジションを占めていた(図表 2 7).
図表 2 7 はマーケット別 M&A 件数のうち「OUT-IN」だけを抽出してい る.「OUT-IN」の件数は M&A に関する規制緩和が進んだ 1997 年頃から増 えはじめ,2000 年には 175 件に達した.その後は毎年 150 200 件の間を推 移している.M&A 件数全体に占める OUT-IN 比率については 1998 年から 2000 年までを 1 つの山とすると,近年は低下傾向を示しているが,比率低 下は主として「IN-IN」の M&A が増加したことによる.
以上より,M&A 件数の増加基調のなかで,対日 M&A 投資については, 一定の水準を保ちつつも,全体の増加傾向に追随するほどの勢いを見せてい
OUT-OUT OUT-IN IN-OUT IN-IN
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
1985 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 (年)06
図表 2 6 マーケット別 M&A 件数の推移
ない(ただし件数が減少しているわけではない)との結論に至る.
対日 M&A 投資の形態別変化
図表 2 8 は対日 M&A 投資の投資形態を区別し,時系列をとった.図表 2 8 では,M&A のうちもっとも多用されているのが買収や資本参加であ り,合併はあまり使われていない.また近年は事業譲渡(営業譲渡)も減少 している.反面,すでに出資をした企業への出資拡大は増えている.株式会
250
200
150
100
500
0
1985 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 (年)06
図表 2 7 OUT-IN 件数
12
10
8
6
4
2
0
1985 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 (年)06
図表 2 7 OUT-IN 比率(%)
社レコフの定義では,「買収」は 50%を超える相手企業の株式取得,「資本 参加」は 50%を超えない株式取得,「出資拡大」は 50%を超えない範囲での 追加出資のことを指している.「買収」・「資本参加」・「出資拡大」の区別は 程度の差であり,いずれも対象企業の株式取得を通じた出資・経営支配の手 段である.これら 3 つの方法による M&A はいずれも増加傾向にあり, M&A の手段は主として株式取得による方法に収斂されつつある.
図表 2 8 は 1998 年以降の対日 M&A 投資について事業会社と投資会社
出資拡大 資本参加 事業譲渡 買収 合併
90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
1985 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 (年)06
図表 2 8 OUT-IN 形態別件数
(年) 180
160 140 120 100 80 60 40 20 0
1998 99 2000 01 02 03 04 05 06 事業会社 投資会社
図表 2 8 OUT-IN 事業会社と投資会社
の別を見たものであり,興味深い事実がわかる.1990 年代までは対日 M&A 投資の主役はあくまで事業会社であった.しかし 2000 年代に入ると, 事業会社の投資比率が少なくなり,代わって投資会社の投資比率が大幅に増 加している.直近のデータでは投資会社の投資件数は事業会社のそれに匹敵 している.2004 年から 06 年の 3 年間に両者の合計は 308 件であるが,そのう ち投資ファンドなどによる日本企業への投資が 225 件と 7 割超を示している.
事業会社による株式所有と投資ファンドのそれとは株式所有のインセン ティブが異なる.前者は株式の長期保有による日本での経営支配の進展,後 者は短期保有によるリターンの取得が目的である.現在の対日 M&A 投資 にはそれらの投資が半分ずつ含まれており,傾向的には後者が高まりつつあ ることには注目すべきである.
本節の国際収支統計の箇所で,日本企業による対外直接投資は「流出(投 資の実行)」が「流入(投資の引上げ)」を大幅に上回っており,ネットで海 外に資産構築をしているのに対して,外国企業による対日直接投資は「流入 (投資の実行)」と「流出(投資の引上げ)」がほぼ同程度であり,投資の定 着を目指した政策が必要と論じたが,そもそも対日投資において「流出(投 資の引上げ)」が多いのは,短期の投資リターンの取得を目指した投資ファ ンドによる対日投資の割合が増えてきたためともいえる.
3.3 外資系企業の事業活動 外資系企業の進出目的と阻害要因
ここまで国際収支統計と M&A 投資統計から外国企業の対日直接投資を, 日本市場への参入・出資拡大・退出などの側面から見てきた.しかし日本市 場に参入した外資系企業が国内で行う事業活動についてはさらなる情報が必 要である.この点について,内閣府の各委託調査や経済産業省の「外資系企 業動向調査」が貴重な情報源となる(ここでは 2005 年度統計を取り上げ る)2).
まず内閣府が平成 16 年度に実施した委託調査「海外企業の日本進出阻害 要因に関する調査研究」から,外資系企業が日本進出の理由と阻害要因をど のようにとらえているかを見ておきたい.同調査の特徴は,日本ですでに活 動を行っている企業(既活動企業)とこれから進出を考えている企業(未活 動企業)を分けて対日直接投資の動機を聞いている点である.図表 2 9 はそ れらを併記し,前者の回答比率から後者の回答比率を引くことで(図中
図表 2 9 外資系企業の日本進出のメリットと阻害要因 1.日本のメリットや魅力 既活動(n=84) 未活動(n=42) −
インフラが整っている 66.7 42.9 23.8 市場の可能性が高い 60.7 31 29.7 技術力は非常に高い 56 40.5 15.5 従業員が有能で勤勉である 51.2 16.7 34.5 アジアの拠点として重要 42.9 16.7 26.2 ハイテク産業での成長が期待できる 34.5 21.4 13.1 生活環境が整っている 28.6 14.3 14.3 製品を開発する上で試金石となる 20.2 16.7 3.5 法制度が整っている 17.9 9.5 8.4 事業コストが急速に下がっている 10.7 4.8 5.9
その他 0 0 0
2.日本での活動に際しての不満点や障害 既活動(n=84) 未活動(n=42) − 事業活動コストが高い 60.7 38.1 22.6 手続きが煩雑 48.8 38.1 10.7 優良企業が多く,競争が激しい 34.5 21.4 13.1 インセンティブが不足 26.2 28.6 −2.4 独自の取引慣行になじめない 25 9.5 15.5 地域・市場に関する情報不足 21.4 28.6 −7.2 規制が過大 21.4 21.4 0 コミュニケーションの不安 19 14.3 4.7 法制度に関する情報不足 17.9 21.4 −3.5 魅力的なパートナーや買収先が乏しい 15.5 19 −3.5
参入後のケア不足 13.1 ― ―
今後の成長性が低い 13.1 9.5 3.6 外国人・外国企業に対して閉鎖的 10.7 9.5 1.2 消費者が求めるクオリティが高い 9.5 2.4 7.1 経営手法等を受け入れる姿勢が不足 9.5 2.4 7.1 技術力がとくに高いわけではない 4.8 11.9 −7.1 有能な人材の獲得が困難 3.6 0 3.6 インフラが不足 2.4 7.1 −4.7
その他 4.8 2.4 2.4
),進出後に事業活動を行うことで改めてもった動機も分析した. まず日本のメリットや魅力としては,「インフラが整っている」,「市場の 可能性が高い」,「技術力は非常に高い」,「従業員が有能で勤勉である」,「ア ジアの拠点として重要」,「ハイテク産業での成長が期待できる」などの項目 である.
とくに「インフラが整っている」,「市場の可能性が高い」,「従業員が有能 で勤勉である」,「アジアの拠点として重要」の 4 項目については既活動企業 の評価が未活動企業のそれを大幅に上回っており,進出後に日本で事業活動 を行うなかで育ってきた動機と考えられる.
他方,不満点や障害については,「事業活動コストが高い」,「手続きが煩 雑」,「優良企業が多く,競争が激しい」,「独自の取引慣行になじめない」, 「地域・市場に関する情報不足」,「規制が過大」などの点が指摘されている.
とくに「事業活動コストが高い」,「手続きが煩雑」,「優良企業が多く,競争 が激しい」,「独自の取引慣行になじめない」の 4 項目は進出後,事業活動を 行っている企業が切実に感じている課題と受け止められる.
外資系企業の設立年度の収益性
次に現在日本で事業活動を営んでいる外資系企業の設立年度の事業活動の 収益分布を見る.まず図表 2 10 は 2005 年度「第 40 回外資系企業動向調査」 の集計企業の設立年度別分布である.1980 年度以前の対日投資は製造業と 非製造業がほぼ同じ件数であった.1996 年以降に設立数が増えているが, この時期は非製造業分野での設立が多い.
600
500
400
300
200
100
0
1980年度
以前 1980-85年度 1986-90年度 1991-95年度 1996-00年度 2001-05年度
非製造業 製造業
図表 2 10 2005 年度集計企業の設立年度別分布
出所) 経済産業省「第 40 回外資系企業動向調査(2005 年度実績)」
図表 2 11 外資系企業の日本現地法人の収益状況
(単位:百万円,%) 企業数 営業利益 付加価値額 営業利益率* 合計 2,124 2,041,646 5,485,777 37.2 母国籍アメリカ系 749 797,638 2,051,161 38.9 母国籍アジア系 334 19,381 93,289 20.8 母国籍ヨーロッパ系 924 1,146,477 3,057,027 37.5 外資比率 1/3 超 50%未満 154 230,522 744,953 30.9 外資比率 50% 187 210,141 531,438 39.5 外資比率 50%超 100%未満 408 775,730 1,822,382 42.6 外資比率 100% 1,375 830,316 2,299,292 36.1 参入時期 1980 年度以前 386 834,266 1,967,396 42.4 参入時期 1981 年度 85 年度 171 226,865 438,273 51.8 参入時期 1986 年度 90 年度 250 70,813 334,281 21.2 参入時期 1991 年度 95 年度 252 212,383 433,238 49.0 参入時期 1996 年度 2000 年度 487 564,921 1,513,855 37.3 参入時期 2001 年度以降 578 143,092 779,990 18.3
高い収益をあげていると予想される.
図表 2 11 は外国企業の出資比率や母国籍と収益状況との対応関係も見て いる.出資比率については,外資比率 50%超 100%未満の現地法人がもっと も収益性が高く,外資比率 3 分の 1 超 50%未満の現地法人がもっとも低い. 出資比率において外資側がマジョリティを取ることが,現地法人の経営責任 を明確にし,外資側のコントロールの度合いを強めるということで収益性が 高くなる傾向があるが,逆に 100%所有することで,日本側のパートナー シップを失えば,そのことは収益面ではマイナスに作用するようである.外 資側の出資比率が 50%未満の場合には,経営責任が依然として日本側に 残っており,外資側のコントロールが十分に効いていない.そのような状態 では収益性は低くなる.
なお出資比率と収益性の対応関係は,収益性が出資比率に与える影響もあ りうる.すなわち,現地法人の収益性が高ければ,外資側がマジョリティを とるインセンティブは増加するが,収益性が低ければ,外資側は出資比率を 抑え,いつでも資本を引き上げることができる余地を残すだろう.可能性と しては,双方向の因果関係がありうるが,統計からはその詳細については議 論できない.
業種別の売上高・利益率・参入撤退の状況
より詳細に,業種別の営業統計を見てみよう.図表 2 12 は外資系企 業の業種別の売上高と経常利益率である.外資系企業の売上高が大きい業種 は,卸売業,情報通信業,小売業,サービス業などの非製造業,輸送機械, 情報通信機械,医薬品,石油,化学などの製造業である.とくにわが国では 卸売業と輸送機械での外資系企業の売上高が突出して大きいことが特徴的で ある(図表 2 12 ).
一方,経常利益率では,鉄鋼,窯業・土石などのサンプル数の少ない業種 を別にすれば,医薬品,化学,食料品,一般機械,精密機械,電気機械,輸 送機械など,製造業の経常利益率は軒並み 5%を超えている.しかし非製造 業で 5%を超える経常利益率を出している業種は情報通信業だけである(図 表 2 12 ).
売上高の大きい業種が経常利益率も高いとは言えない.卸売業などは売上 高が大きいが薄利多売である.小売業やサービス業もその傾向がある.売上 高がある程度まとまっており,かつ一定の経常利益率を確保している業種は, 輸送機械をはじめとする機械系産業と医薬品・化学等の素材産業の分野であ る.これらの業種には操業年数の長い現地法人も多数含まれており,事業活 動の定着に成功しているところが多い.他方,非製造業の収益性が低いこと は,全般的に現地法人の設立年数が新しく,より多くの参入と撤退が起きて いることと無関係ではない.
図表 2 13 では業種別の新規参入と撤退の状況を見てみた.予想どおり, 非製造業は製造業に比べて,新規参入数,撤退企業数,新規参入比率,撤退 比率のいずれもが高くなっている.業種細目別に見ても,これらの値の高い 業種は非製造業に多く見てとれる.これらの業界における流動性の高さは事 業定着や収益基盤確立の難しさとも関係がありそうである.
すなわち,流動性の高い非製造業においては,外国企業による対日直接投 資が実行されても,事業定着や収益基盤の強化が困難であり,撤退の確率も 高い.他方,流動性の低い製造業においては,外国企業による対日直接投資 が実行されれば,その後事業を定着させ,収益を伸ばす可能性が高く,撤退 確率は低いであろう.
その他の非製造業 サービス業 小売業 卸売業 運輸業 情報通信業 その他の製造業 精密機械 輸送機械 情報通信機械 電気機械 一般機械 金属製品 非鉄金属 鉄鋼 窯業・土石 石油 医薬品 化学 木材紙パルプ 繊維 食料品
0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000 70,000 80,000 90,000 100,000 (億円) 図表 2 12 外資系企業の業種別売上高(2005 年度)
0 5 10 15 20 25 30 35
(%) その他の非製造業
サービス業 小売業 卸売業 運輸業 情報通信業 その他の製造業 精密機械 輸送機械 情報通信機械 電気機械 一般機械 金属製品 非鉄金属 鉄鋼 窯業・土石 石油 医薬品 化学
繊維 食料品
木材紙パルプ −4%
来とはやや異なった論点を提示しうる.政府の対日投資政策にも見られたよ うに,従来は規制緩和によって事業や資源の流動性を高め,市場化を進める ことが対日直接投資の促進につながると暗黙のうちに想定されてきた.この 議論はたしかに外国企業の日本への参入という局面だけとらえると正しい. しかしその後の事業定着と収益基盤の確保という問題を考えたときに,高 すぎる流動性はむしろ現地法人の事業定着と収益確保を困難にさせる可能性 がある.事業定着と収益向上のためには日本国内における事業経験の長さが もっとも重要であり,そのためには企業は競争力のコアとなる経営資源やそ の担い手となる人的資源やさまざまな無形資産を現地法人のなかに蓄積して
図表 2 13 外資系企業の参入・撤退の状況(2004・05 年集計)
新規参入数 撤退企業数 05 集計企業数 新規参入比率(%) 撤退比率(%) 全産業 261 212 2,405 10.9 8.8 製造業 52 55 659 7.9 8.3 食料品 5 ― 24 20.8 ―
繊維 ― ― 15 ― ―
木材紙パ ― 2 6 ― 33.3 化学 4 8 106 3.8 7.5 医薬品 4 3 41 9.8 7.3
石油 ― ― 7 ― ―
窯業・土石 ― ― 16 ― ―
鉄鋼 ― ― 3 ― ―
非鉄金属 ― ― 13 ― ―
金属製品 2 2 16 12.5 12.5 一般機械 6 6 91 6.6 6.6 電気機械 2 4 48 4.2 8.3 情報通信機械 ― 9 86 ― 10.5 輸送機械 ― 8 62 ― 12.9 精密機械 4 5 60 6.7 8.3 その他の製造業 8 5 65 12.3 7.7 非製造業 209 157 1,746 12.0 9.0 情報通信業 51 32 281 18.1 11.4 運輸業 7 3 58 12.1 5.2 卸売業 76 59 944 8.1 6.3 小売業 13 17 100 13.0 17.0 サービス業 57 40 318 17.9 12.6 その他の非製造業 5 6 45 11.1 13.3
注) 新規参入数と撤退企業数は 2004 年と 2005 年の件数を合算したものである.新規参入比率と撤退比 率はそれらをおのおの 05 年の集計企業数で割った比率である.
いく必要がある.これらの資源は本質的に固定的であり,事業定着のプロセ スとはこれらの経営資源を現地法人に担保することである.
市場メカニズムと流動性の論理の最大の問題は,いかに撤退を防ぎ,事業 を軌道に乗せるかという視点が欠如していることであろう.参入機会を広げ るという意味で流動性を高めることに意義があるが,撤退率を低めるために 必要なことは,現地法人内に固着性のある経営資源を保有・蓄積させ,その ことを通じて収益基盤を強化することである.それが成功した業種では,結 果的に撤退面における流動性が下がる.上記の製造業と非製造業の経常利益 率や撤退比率の差はそのことを示唆しているように思える.
現地法人の機能と地方における雇用――企業統計と事業所統計
最後に,日本に進出した外国企業は,日本の現地法人にどのような機能を もたせているのだろうか.そのことと,日本における拠点分布が関係してい るかという点を見ておこう.図表 2 14 は外国企業の機能別国内事業所数で ある.大方の予想どおり,営業・販売機能をもつ外国企業は多く,集計企業 2,378 社に対して,その 5.8 倍の 1 万 3,883 カ所の営業・販売機能をもつ. 1 社当たり約 6 拠点である.さらに集計企業数の約 87%にあたる 2,065 社が 日本に本社機能をもっている.これに対して製造・加工機能は 806 事業所 (33.9%),研究開発機能は 441 事業所(18.5%)である.
業種別に見ると,製造業の場合には,営業・販売機能(1 社当たり 3.5 事 業所)に加え,過半が製造・加工機能(86.3%)と研究開発機能(47.7%), 本社機能(87.7%)を保有している.日本が市場としてのみならず,高付加 価値な製品の企画や開発,製造を担う拠点としても利用されていることを示 している.製造業の内訳を見ると,化学産業と輸送機械や一般機械などの機 械系産業で,日本で製造・加工や研究開発活動を行う傾向が強い.これらは 日本国内の世界的に見た産業基盤の厚さや比較優位を反映しているとも言え る.