- 147 -
-146- 職 支 援 な ど の 雇 用 対 策 に 取 り 組 む 。」
< 岩 手H 26 .8 .6>「 コ ー ル セ ン タ ー 業 のDIOジ ャ パ ン( 東 京 、本 門 の り 子 社 長 )が 、東 京 本 社 の 社 員 全 員 を 解 雇 し 事 実 上 業 務 を 休 止 し た と 、 厚 生 労 働 省 に 説 明 し て い た こ と が 4 日 分 か っ た 。」 / 同 省 は
「 で き る 限 り 問 題 を 洗 い 出 し て 、必 要 で あ れ ば( 緊 急 雇 用 創 出 事 業 に 伴 う 助 成 金 の )返 還 を 求 め て い く 」 と 調 査 を 継 続 す る 方 針 だ 。」
< 岩 手H26 .8 .27 > 「 盛 岡市 は26日 、 DIOジ ャ パ ン 子 会 社 と し て 設 立 さ れ 、 民 間 事 業 者 に 譲 渡 手 続 き 中 だ っ た 盛 岡 コ ー ル セ ン タ ー( 同 市 羽 場 )が20日 付 で 閉 鎖 し た こ と を 明 ら か に し た 。」/「 盛 岡 コ ー ル セ ン タ ー は201 2年 4 月 に 創 業 し た 。 12年 度 の 1 年 間 、 市 か ら 緊 急 雇 用 創 出 事 業 を 受 託 し 、 ピ ー ク 時 で 約80人 を 雇 用 。約 3 億6700万 円 の 事 業 費 が 支 払 わ れ た が 、事 業 終 了 後 は 雇 い 止 め も 含 め て 雇 用 が 大 幅 に 縮 小 し て い た 。」
< 岩 手 H 26 .11 .1 3> 「 国の 緊 急 雇 用 創 出 事 業 を 活 用 し 、 震 災 の 被 災 地 な ど に 進 出 し た コ ー ル セ ン タ ー 業 のDIOジ ャ パ ン は12日 、 民 事 再 生 法 の 適 用 を10月30日 に 東 京 地 裁 に 申 請 し 、 受 理 さ れ た と 発 表 し た 。」/「 事 業 譲 渡 の 済 ん だ 気 仙 沼 コ ー ル セ ン タ ー( 気 仙 沼 市 )な ど を 除 く 系 列15社 は 自 己 破 産 を 申 請 し 、 今 月11日 付 で 破 産 手 続 き 開 始 決 定 を 受 け た 。
< 岩 手H 28 .9 .1. >「 県 は31日 の 県 議 会・・で 、会 計 検 査 院 か ら2014年 度 決 算 検 査 報 告 で「 不 当 」と 指 摘 さ れ た 、 NPO 法 人 「 大 雪 り ば ぁ ね っ と 。」 と コ ー ル セ ン タ ー 業 DIOジ ャ パ ン へ の 支 出 額 約5,6 92 万 円 を 国 庫 に 返 還 し た こ と を 明 ら か に し た 。 / 「 県 は 指 摘 を 受 け た 後 、・ ・ ・ 関 係 市 町 か ら 補 助 金 の 返 還 を 受 け 、 県 緊 急 雇 用 創 出 臨 時 特 例 基 金 に 積 み 戻 し た 。」
-147-
3 . 被 災 中 小 企 業 の 軌 跡 ( 関 満 博 著 か ら を 中 心 と し て )
被災 3県 の地 元地 方 紙3紙 記事 に基 づき 、震 災から の復 旧・復興 過程 を概観 した 前章(2.)
に続き 、この 章( 3.)では 、こ の資 料シ リー ズの冒 頭で も述 べた よ うに 、関 満博 著「 東日 本
大震災 と地 域産 業復 興 Ⅰ~Ⅴ 」(以 下「関 著「 震災と 復興 」」と いう 。)に大き く依 拠さ せて い ただき なが ら、 個々 の 被災中 小企 業( 事業 者 )の復 興過 程を 概観 し たいと 思う 。中 小企 業 の 復興は 、地 域に おけ る 雇用の 復興 の基 盤で も あるか らで ある 。
( 1 ) 関 著 「 震 災 と 復興 」 掲 載 事 例 の 整 理 に関 す る 予 備 的 情 報
( 巻 末 付 属 資 料 に お ける 整 理 表 の 見 方 )
上述 の地 方紙 3紙 の 記事の 場合 と同 様に 、 関著「 震災 と復 興」 で 報告さ れて いる 被災 中 小 企業等 の事 例に つい て も、そ のほ とん どを 表 に整理 して 「巻 末付 属 資料/ 3. 関満 博「 東 日 本大震 災と 地域 産業 復 興」か ら被 災企 業等 の 状況」 に掲 載し てい る 。つい ては 、そ の表 の 見 方を紹 介し てお こう 。
表は 、ほ ぼ北 から 南 へ順次 、県 ・市 町村 別 に整理 して いる 。市 町 村は、 原則 とし て震 災 時 の所在 地に より 整理 し たが、 例外 的に 現在 の 所在地 によ り整 理し た ものも ある 。次 の表 は 、 当該巻 末付 属資 料の 冒 頭の段 であ るが 、こ れ を例と して 見方 を紹 介 する。
まず 、一番 左の 欄は「 整理番 号 」で ある 。市 町 村名の 最初 の読 みの 文 字、例で は「久 慈市」 の 「 く 」 に 番 号 を 付 し た も の で あ る
71
。 同 一 県 内 に 最 初 の 読 み が 同 じ と な る 市 町 村 が あ る と き は 、 ど ち ら か を 2 文 字 と す る
72
。 次 の 欄 の 「 掲 載 巻 頁 」 は 、 報 告 さ れ て い る 巻 と ペ ー ジ を
示して いる 。この 例の「Ⅱ276」は 、関 著「 震 災と復 興Ⅱ 」の276ペ ージ以 下に 掲載 され て い
ること を示 して いる
73
。 以下の 項目 につ いて は 、順次 解説 を加 える 。
〇「 企業 名( 社長 等の 年齢)」は 、掲載 企業名 と関著「 震災 と復 興」のベー スと なっ た聴 き 取
り調査 に対 応さ れた 社 長等の 年齢 を原 則と し て生年 によ り示 して い る。例 では 昭 和 17 年
71
同 じ 企 業 等 が 関 著 「 震 災 と 復 興 」 の 異 な る 巻 で そ れ ぞ れ 報 告 さ れ て い る と き は 、「 お3の2」 の よ う に 枝 番 を 後 出 の 方 に 付 し て い る 。
72
例 え ば 大 槌 町 を 「 お お 」 と し 、 大 船 渡 市 を 「 お 」 と し た 、 な ど で あ る 。
73
関 著 「 震 災 と 復 興 」 の そ れ ぞ れ の 巻 に は 時 期 区 分 が 付 さ れ て お り 、 Ⅰ は2011.3.11~ 10.1、 Ⅱ は2011.10.1~ 2012.8.31、Ⅲ は2012.8.31~ 2013.9.11、Ⅳは2013.9.11~ 20 14.9.11、Ⅴ は2014.9.11~ 20.16.3.11と さ れ て い る 。 そ れ ぞ れ の 巻 に 掲 載 さ れ た 各 事 例 は 、 そ れ ぞ れ の 期 間 に 訪 問 調 査 さ れ た 結 果 で あ り 、 そ の 期 間 ま で の 状 況 に つ い て 描 か れ て い る と 考 え ら れ る こ と に は 留 意 す る 必 要 が あ る 。
整 理 番 号
掲 載 巻 頁
被 災 時
( 本 社 ) 所 在 地
企 業 名
( 社 長 等 の 年 齢 )
業 種 ( 震 災 前 の 状 況 )
※ 仮 設 施 設 は 開 設 後
地 域 展 開 ( 〃 ) 被 災 時 の 状 況 復 旧 ・ 復 興 の 経 過 備 考 ( そ の 後 の 情 報 を含 む)
< 久 慈 市 >
く1 Ⅱ2 76 久慈市(湊 町)
久慈ソーイング
( S1 7生まれ)
水着縫製(エープリル向け9 0%) 従業員:38 人(年配女性)
S58 創業( 水着縫製) H元 夏井川河口から1 .5 キ ロの地点に工場。
津波被災。設備(ミシン)浸水土。 従業員は雇用保険に。
工場補修・整備とともに、 使用可能なミシン洗浄。廃 業する業者から無償・ 有償で 譲り受け。 シャツ縫製の指導(指導員: 緊急雇用利用)シ ャツで 再開。
※再雇用24 人、新規採用3人、計27人体制でス タート。
中小機構の仮設施設を活用し、 倉庫として利用。
< 岩 手 H2 7 . 5 . 3 1 > H23.8:カジュア ルシャツ部門新設し 創業再開。H24 .1 :主力水着部門も復活。 従業員:3 0人
( 震災前からの再雇用20人) 売り上げ: 震災前の7割程度
【 岩手県 関係】
関 満 博 「 東 日 本 大 震 災 と 地 域 産 業 復 興 」 か ら 被 災 企 業 等 の 状 況 / 岩 手 県 関 係
資料シリーズNo. 1 8 4
独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )
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生まれ の方 であ り、 こ の掲載 巻で ある Ⅱ巻 の 訪問調 査は 平成23年後 半から24年前 半に か
けて行 われ たこ とか ら 、当時69ないし70歳 であっ たと 推測 され る 。
〇「業 種(震 災前 の状 況 )」は、震 災前 の業 種や 事業内 容の ほか 、分 か れば売 上高 など の事 業
規模を 示す 指標 、従 業 員数な どを 示し てい る 。例で は、 水着 縫製 を 主力と し、 エー ブリ ル
という 企業 向け の仕 事 が9割 程度 を占 めて い たこと 、従 業員 は年 配 女性を 中心 に 38 人 い
たこと が示 され てい る 。
〇「地 域展 開」 は、 支 店や工 場な ど複 数の 事 業所が ある (あ った ) 場合に 、震 災前 にお け る その地 域展 開の 状況 を 示して いる 。当 該市 町 村に他 から 進出 して き た企業 であ るば あい は、
本社所 在地 もこ こで 示 してい る。 例で は、 昭 和 58 年に 創業 し、 平 成元年 に久 慈市 の夏 井
川河口 から1.5㎞の 地 点に工 場を 設置 され た ことが 示さ れて いる 。
〇「被 災時 の状 況」 は 、主に 震災 によ る被 害 状況と 当面 の対 応と し てとら れた 措置 、事 業 主 の避難 の状 況な どを 示 してい る 。経 過的 な事 象 などは 矢印 で簡 潔に 記 述して いる 。例で は、
(夏井 川を 遡上 して き た)津 波に より 被災 し 、ミシ ンを 中心 とす る 設備が 浸水 し泥 にま み れたこ とが 示さ れて い る。当 座、 従業 員は 雇 用保険 を受 給し たと さ れる。 おそ らく 、激 甚 災害時 の特 例支 給を 活 用され たも のと 推測 さ れる。
〇「復 旧・ 復興 の経 過 」は、 その 後の 経過 を 復旧・ 復興 に向 けた 動 きを中 心と して 、可 能 な 限り時 間的 経過 がわ か るよう にし て示 して い る。例 にあ るよ うな 事 業再開 に向 けた 努力 が 行われ 、比 較的 早期 に 操業再 開が 果た され た こと、 その 際、 従前 の 水着縫 製で なく シャ ツ 縫製で まず 再開 する こ ととし 、そ のた めに 必 要とな る技 術指 導の 人 材は緊 急雇 用創 出事 業 の枠組 みを 活用 して 得 たこと 、中 小機 構の 仮 設施設 を倉 庫と して 利 用した こと など が示 さ れてい る。 再開 に際 し て、元 の従 業員 の再 雇 用が24人 、新 規採用3人の計27人の 体制 で あった こと も示 され て いる。
なお 、仮設 施設 での 再開の 事例 など 、「 被災 時の状 況 」と「復 旧・復 興の経 過 」と を合 わせ
て一つ の欄 にし て示 し た場合 もあ る。
〇「備 考(そ の後 の情 報 を含む )」は、震災 以前 の創業・事 業史 など 参 考とな る事 項を 掲げ る
ととも に、 地元 地方 紙 3紙で 当該 事業 者が 取 り上げ られ てい た場 合 や当該 事業 者の イン タ ーネッ ト・ ホー ムペ ー ジ等か ら得 られ たそ の 後の情 報を 掲出 して い る。例 では 、岩 手日 報 H27.5.31に掲 載さ れた この企 業に 関す る記 事 から得 られ た情 報を 添 えてい る
74
。
以上 の項 目に つい て は、関 著「 震災 と復 興 」から 読み 取る こと が できた 範囲 で整 理し た も のであ り、 同書 の主 意 を汲み 尽く して いな い 面も多 いと 思わ れる 。 以下の 記述 を通 して 関 心 を抱か れた 場合 には 、 是非同 書の 本文 に当 た ってい ただ くこ とを お 勧めし てお きた い。
( こ こ で の 掲 載 方 針 )
巻末 付属 資料 に整 理 した表 には 、整 理番 号 ベース でみ て224の事 例が掲 載さ れて いる 。 こ
74
こ の 記 事 は 、「 巻 末 付 属 資 料 / 2 . 地 元 地 方 紙 3 紙 震 災 関 連 記 事 要 約 抜 粋 」 の 中 の 「【 岩 手 日 報 / 個 別 事 業 者 事 例 記 事 / シ リ ー ズ 記 事 「 挑 む 。 産 業 再 生 】」 の 「 回 次11」 に 整 理 さ れ て い る 。
-149-
れを網 羅的 にこ こで 示 すこと は困 難で あり 、 また、 合目 的的 でも な い。そ こで 、以 下で は 、
第1章( 1.)で 整理 し た視点 フレ ーム ワー ク(図 表1 -5 参照 )に み られる 復興 過程 の流 れ
の違い に着 目し て、 次 のよう な区 分を 抽出 し 、それ ぞれ の区 分ご と に事例 を紹 介す るこ と と したい 。(( ) 内は 、 以下で 取り 上げ る事 例 の市町 村と 整理 番号 。)
・従前 地で 再建 (宮 古 / み9・ み10 釜 石 / か4・ か1 ( 漁 協 ) 大 槌 / 【 岩 手H25 .8.3 1】)
・従前 地近 くで 再建 ( 宮古/ み16)
・県を 越え て再 開( 陸 前高田 /り5)
・地域 貢献 をし なが ら 発祥の 地に 店舗 展開 ( 大船渡 /お7)
・社内 他事 業所 への 配 転をし なが ら再 建( 進 出大企 業)(気 仙沼 /け14)
・(原 発避 難) 仮設 を経 由して 従前 地へ 戻る ( 南相馬 /み お2)
・(原 発避 難) 避難 区域 で操業 を続 ける (飯 舘 /いい1)
・(原 発避 難) 避難 指示 解除前 に帰 還( 南相 馬 /みお11・ みお13)
・(原 発避 難) 県外 避難 先で再 開( 浪江 /な9)
・(原 発避 難) 避難 先で 避難民 とと もに 定着 ( 大熊/ お8)
・(原 発避 難) 従業 員が 配転先 に定 着( 双葉 / ふ2)
・(原 発事 故) 結局 の事 業撤退 (い わき /い8)
・ 仮設施 設1 甚 大な 津波 災害の 被災 地で の仮 設 商店街 の例(大 槌/ おお4 陸 前高 田/り6)
・仮設 施設 2( 原発 避 難)い ち早 く地 元で 仮 設展開 (楢 葉/ なら18)
・仮設 施設 3( 原発 避 難)仮 設で ホテ ル( 南 相馬/ みお8)
( 2 ) 被 災 中 小 事 業 者等 の 復 旧 ・ 復 興 過 程 事例 ア . 従 前 地 で 再 建
被災 前か らの 所在 地 又は隣 接地 で事 業を 再 開した 事例 をみ てみ よ う(次 ペー ジの 表参 照)。
「み 9」は、宮古 市 のイカ ソー メン を主 軸 とする 水産 加工 会社 で ある。3.11には 工場( 建
物)に 津波 被害 はな か ったが 、大 槌町 の業 者 の冷蔵 庫内 に預 託し て いた1 年分 の原 材料 が 流 失する 等の 被害 を受 け た。従 業員 の人 的被 害 はなか った 模様 であ る が、自 宅を 津波 で失 っ た 人が3 人い た。震災 のあ った平 成23年3月 末に は、従 業員 全員 で稼 働再 開とな った 。さ らに 、 水産庁 の復 興補 助の ス キーム を活 用し て新 工 場を構 想し 、平成26年2月に完 成し 、稼働 を開 始した 。震 災被 害が 比 較的軽 微で あっ たこ と から、 早期 に事 業再 開 を果た すこ とが でき た も のと考 えら れる 。
「み10」は、同じ く 宮古市 の鋼 構造 物等 を 中心と した 鉄鋼 会社 で ある 。宮 古市 の鍬 ヶ崎 地
区とい う津 波被 害に 見 舞われ た地 域に 所在 し ており 、こ の事 業所 も 津波の 襲来 を受 けた が 工 場の屋 根・ 鉄骨 と仕 事 をする のに 不可 欠な 受 電設備 が残 った こと が 早期の 事業 再開 につ な が った。 震災 1カ 月後 に 通電が 再開 され 、事 業 も継続 しつ つ、 グル ー プ補助 金を 活用 して 平 成
24年秋 には 工場 の補 修 も行わ れた 。広い 意味 での建 設関 連の 事業 で あり 、復 旧・復興 需要 の
資料シリーズNo. 1 8 4
独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )
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生まれ の方 であ り、 こ の掲載 巻で ある Ⅱ巻 の 訪問調 査は 平成23年後 半から24年前 半に か
けて行 われ たこ とか ら 、当時69ないし70歳 であっ たと 推測 され る 。
〇「業 種(震 災前 の状 況 )」は、震 災前 の業 種や 事業内 容の ほか 、分 か れば売 上高 など の事 業
規模を 示す 指標 、従 業 員数な どを 示し てい る 。例で は、 水着 縫製 を 主力と し、 エー ブリ ル
という 企業 向け の仕 事 が9割 程度 を占 めて い たこと 、従 業員 は年 配 女性を 中心 に 38 人 い
たこと が示 され てい る 。
〇「地 域展 開」 は、 支 店や工 場な ど複 数の 事 業所が ある (あ った ) 場合に 、震 災前 にお け る その地 域展 開の 状況 を 示して いる 。当 該市 町 村に他 から 進出 して き た企業 であ るば あい は、
本社所 在地 もこ こで 示 してい る。 例で は、 昭 和 58 年に 創業 し、 平 成元年 に久 慈市 の夏 井
川河口 から1.5㎞の 地 点に工 場を 設置 され た ことが 示さ れて いる 。
〇「被 災時 の状 況」 は 、主に 震災 によ る被 害 状況と 当面 の対 応と し てとら れた 措置 、事 業 主 の避難 の状 況な どを 示 してい る 。経 過的 な事 象 などは 矢印 で簡 潔に 記 述して いる 。例で は、
(夏井 川を 遡上 して き た)津 波に より 被災 し 、ミシ ンを 中心 とす る 設備が 浸水 し泥 にま み れたこ とが 示さ れて い る。当 座、 従業 員は 雇 用保険 を受 給し たと さ れる。 おそ らく 、激 甚 災害時 の特 例支 給を 活 用され たも のと 推測 さ れる。
〇「復 旧・ 復興 の経 過 」は、 その 後の 経過 を 復旧・ 復興 に向 けた 動 きを中 心と して 、可 能 な 限り時 間的 経過 がわ か るよう にし て示 して い る。例 にあ るよ うな 事 業再開 に向 けた 努力 が 行われ 、比 較的 早期 に 操業再 開が 果た され た こと、 その 際、 従前 の 水着縫 製で なく シャ ツ 縫製で まず 再開 する こ ととし 、そ のた めに 必 要とな る技 術指 導の 人 材は緊 急雇 用創 出事 業 の枠組 みを 活用 して 得 たこと 、中 小機 構の 仮 設施設 を倉 庫と して 利 用した こと など が示 さ れてい る。 再開 に際 し て、元 の従 業員 の再 雇 用が24人 、新 規採用3人の計27人の 体制 で あった こと も示 され て いる。
なお 、仮設 施設 での 再開の 事例 など 、「 被災 時の状 況 」と「復 旧・復 興の経 過 」と を合 わせ
て一つ の欄 にし て示 し た場合 もあ る。
〇「備 考(そ の後 の情 報 を含む )」は、震災 以前 の創業・事 業史 など 参 考とな る事 項を 掲げ る
ととも に、 地元 地方 紙 3紙で 当該 事業 者が 取 り上げ られ てい た場 合 や当該 事業 者の イン タ ーネッ ト・ ホー ムペ ー ジ等か ら得 られ たそ の 後の情 報を 掲出 して い る。例 では 、岩 手日 報 H27.5.31に掲 載さ れた この企 業に 関す る記 事 から得 られ た情 報を 添 えてい る
74
。
以上 の項 目に つい て は、関 著「 震災 と復 興 」から 読み 取る こと が できた 範囲 で整 理し た も のであ り、 同書 の主 意 を汲み 尽く して いな い 面も多 いと 思わ れる 。 以下の 記述 を通 して 関 心 を抱か れた 場合 には 、 是非同 書の 本文 に当 た ってい ただ くこ とを お 勧めし てお きた い。
( こ こ で の 掲 載 方 針 )
巻末 付属 資料 に整 理 した表 には 、整 理番 号 ベース でみ て224の事 例が掲 載さ れて いる 。 こ
74
こ の 記 事 は 、「 巻 末 付 属 資 料 / 2 . 地 元 地 方 紙 3 紙 震 災 関 連 記 事 要 約 抜 粋 」 の 中 の 「【 岩 手 日 報 / 個 別 事 業 者 事 例 記 事 / シ リ ー ズ 記 事 「 挑 む 。 産 業 再 生 】」 の 「 回 次11」 に 整 理 さ れ て い る 。
-149-
れを網 羅的 にこ こで 示 すこと は困 難で あり 、 また、 合目 的的 でも な い。そ こで 、以 下で は 、
第1章( 1.)で 整理 し た視点 フレ ーム ワー ク(図 表1 -5 参照 )に み られる 復興 過程 の流 れ
の違い に着 目し て、 次 のよう な区 分を 抽出 し 、それ ぞれ の区 分ご と に事例 を紹 介す るこ と と したい 。(( ) 内は 、 以下で 取り 上げ る事 例 の市町 村と 整理 番号 。)
・従前 地で 再建 (宮 古 / み9・ み10 釜 石 / か4・ か1 ( 漁 協 ) 大 槌 / 【 岩 手H25 .8.3 1】)
・従前 地近 くで 再建 ( 宮古/ み16)
・県を 越え て再 開( 陸 前高田 /り5)
・地域 貢献 をし なが ら 発祥の 地に 店舗 展開 ( 大船渡 /お7)
・社内 他事 業所 への 配 転をし なが ら再 建( 進 出大企 業)(気 仙沼 /け14)
・(原 発避 難) 仮設 を経 由して 従前 地へ 戻る ( 南相馬 /み お2)
・(原 発避 難) 避難 区域 で操業 を続 ける (飯 舘 /いい1)
・(原 発避 難) 避難 指示 解除前 に帰 還( 南相 馬 /みお11・ みお13)
・(原 発避 難) 県外 避難 先で再 開( 浪江 /な9)
・(原 発避 難) 避難 先で 避難民 とと もに 定着 ( 大熊/ お8)
・(原 発避 難) 従業 員が 配転先 に定 着( 双葉 / ふ2)
・(原 発事 故) 結局 の事 業撤退 (い わき /い8)
・ 仮設施 設1 甚 大な 津波 災害の 被災 地で の仮 設 商店街 の例(大 槌/ おお4 陸 前高 田/り6)
・仮設 施設 2( 原発 避 難)い ち早 く地 元で 仮 設展開 (楢 葉/ なら18)
・仮設 施設 3( 原発 避 難)仮 設で ホテ ル( 南 相馬/ みお8)
( 2 ) 被 災 中 小 事 業 者等 の 復 旧 ・ 復 興 過 程 事例 ア . 従 前 地 で 再 建
被災 前か らの 所在 地 又は隣 接地 で事 業を 再 開した 事例 をみ てみ よ う(次 ペー ジの 表参 照)。
「み 9」は、宮古 市 のイカ ソー メン を主 軸 とする 水産 加工 会社 で ある。3.11には 工場( 建
物)に 津波 被害 はな か ったが 、大 槌町 の業 者 の冷蔵 庫内 に預 託し て いた1 年分 の原 材料 が 流 失する 等の 被害 を受 け た。従 業員 の人 的被 害 はなか った 模様 であ る が、自 宅を 津波 で失 っ た 人が3 人い た。震災 のあ った平 成23年3月 末に は、従 業員 全員 で稼 働再 開とな った 。さ らに 、 水産庁 の復 興補 助の ス キーム を活 用し て新 工 場を構 想し 、平成26年2月に完 成し 、稼働 を開 始した 。震 災被 害が 比 較的軽 微で あっ たこ と から、 早期 に事 業再 開 を果た すこ とが でき た も のと考 えら れる 。
「み10」は、同じ く 宮古市 の鋼 構造 物等 を 中心と した 鉄鋼 会社 で ある 。宮 古市 の鍬 ヶ崎 地
区とい う津 波被 害に 見 舞われ た地 域に 所在 し ており 、こ の事 業所 も 津波の 襲来 を受 けた が 工 場の屋 根・ 鉄骨 と仕 事 をする のに 不可 欠な 受 電設備 が残 った こと が 早期の 事業 再開 につ な が った。 震災 1カ 月後 に 通電が 再開 され 、事 業 も継続 しつ つ、 グル ー プ補助 金を 活用 して 平 成
24年秋 には 工場 の補 修 も行わ れた 。広い 意味 での建 設関 連の 事業 で あり 、復 旧・復興 需要 の
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-150- 整理 番号
掲載 巻頁 被災時 (本社) 所在地 企業名 (社長等 の年齢) 業種(震災前の状況) ※仮設施設は開設後
地域展開( 〃 )被災時の状況復旧・復興の経過備考(その後の情報を含む) み9Ⅲ129
宮古市(長町 地区) 山田線千 徳駅近く 共和水産 (S21生まれ/S56 生まれ) 水産加工(イカソーメン主軸) 生協と宅配。 売上:4.5~4.8億円規模 従業員:43人。 工場津波被害なし。大槌町の冷蔵庫に預 託中の材料(1年分)流出被害。 従業員3名の自宅流出。(うち1人退職) H23.3末には、全員で稼働再開。 水産庁の水産業共同利用施設復興整備事業の補 助(8分の7)を活用して新工場を構想。
(HPから/H28.5.31) H26.2新工場(藤原工場)完成、稼働。 み10Ⅲ133
宮古市(鍬ヶ 崎地区) 佐々木鉄工所 (S24生まれ) 鋼構造物、海洋構造物製造(ケーソ ンなど) 従業員:14人 津波被災も、屋根と鉄骨に受電設備が残 る。 H23.4.11通電。 H24秋 グループ補助金も活用し、工場補修され、復 旧・復興需要でフル稼働。
明治30年創業(船の焼玉エンジンの修理) か4Ⅰ121
釜石市(両石 町) 小野食品 (S31生まれ) 水産加工企業 消費者直売、通販業者経由、業務用 売上げ15億円規模。 従業員:102人 釜石:事務所、工場 大槌:新工場(H23.2) 大槌工場流出、釜石工場全壊など。 中国人研修生12人は帰国。日本人従業員 90人は6人を残し、84人は一時解雇。 3/18から工場復旧に着手、6/20再開。 再開時、40人台半ば(4月新卒含む)。 釜石工場の本格再建をめざす。グループ補助金を活 用。 (大槌の再建は困難)
(HPから/H28.5.17) H28.4大槌工場の稼働開始 か1Ⅰ102釜石市
釜石漁協漁業協同組合(H15・3漁協合併) 組合員数:670(正580/準90) ワカメ、ホタテ、カキ、コンブ 計約4億 円 組合事務所全壊、養殖場流出、 漁船約500隻中90%流出 (定置網船5隻中3隻残存) 組合員の人的被害:15人ほど ※漁港沈下、満水時水没 漁協所有で漁船新造(8/9補助)、養殖施設再建 湾内ガレキ撤去(作業単価7,500円→12,000円)、8 月段階でほぼ完了 ワカメ種付け(従来比2/3規模)、カキも種付け開始。
釜石第二魚市場:8/4再開(6月から試験水揚げ) 原則として 事象のあっ た日
テーマ(見出しなど)記事抜粋(一部要約・省略あり) H25.8.30 大槌・三陸花ホテルはまぎく/ 笑顔咲かせる宿に/2年半ぶり再 出発/「地域の復興に貢献」
<岩手H25.8.31>「震災で被災し、再建工事を終えた大槌町波板海岸の波板観光ホテルが30日、「三陸花ホテルはまぎく」と名称を新たに約2年半ぶりに再オープンした。」/「震災の津波でホテル は3階まで浸水し、勤務外を含む役員・従業員5人が死亡・行方不明に。・・・前社長=当時(64)=は避難誘導の陣頭指揮を執り、最後までホテルに残り犠牲となった。」/「震災前の15人を含む43人を 雇用。本年度入社し接客などを担当するNさん(18)=同町小槌の仮設住宅=は「花に負けない笑顔で大槌の元気を発信したい」と意気込む。」
-151-
高まり によ り、 平成25年前半 頃の 状況 と思 わ れるが フル 稼働 状態 と なって いた 。
「 か4」は 、釜石 市に 所在す る消 費者 直売 や 業務用 の水 産加 工品 の 製造販 売の 会社 であ る 。 3.11 の震 災に より 釜石 工場が 全壊 する とと も に、震 災直 前の 平成 23 年 2 月 に新 設し たば か
りの大 槌工 場も 津波 で 流され るな どの 甚大 な 被害を 受け た。 震災 時 に従業 員は102人 であ っ
たが、 うち12人の 中国 人研修 生は 帰国 し、 日 本人従 業員 (90人)は6人を残 し、 84人 は雇
用保険 (特 例的 支給 ) を受け るた めに 一時 解 雇の措 置を とっ た。 震 災から 1週 間後 から 釜 石 工場の 復旧 に着 手し 、 6 月20日 に40人 台半 ば の陣容 で事 業を 再開 し た。次 いで 、グ ルー プ 補助金 の活 用を 図り 、 同工場 の本 格再 建を め ざした 。関 著「 震災 と 復興Ⅰ 」( =平成23年 の 後半と 推測 され る。)の 段階で は 、大 槌工 場の 再建は 困難 とさ れて い たが 、同 社ホ ーム ペー ジ によれ ば 、大 槌工 場も 再 建され 平成28年4月に 稼働が 開始 され たと の ことで ある 。この よう に、甚 大な 被害 を受 け た場合 でも 、関 係者 の 努力と 公的 支援 とに よ って、 時間 をか けな が ら 従前の 地で 再建 が遂 行 される こと も少 なく な い。
「 か 1」 は、 今回 の 津波で 甚大 な被 害を 受 けた業 種の 一つ であ る 漁業の 事例 とし て取 り 上 げたも ので あり 、釜 石 漁協の 例で ある 。津 波 により 漁協 事務 所は 全 壊し、 養殖 場は 流出 、 漁
船の90%が 流出 した 。組合員 にも 人的 被害 が あった 。また 、漁 港は 地盤沈 下に より 満潮 時 に
は水没 する 状況 とな っ た。水 産庁 の補 助を 受 けて漁 協が 所有 する 方 式によ る漁 船の 新造 を 図 るとと もに 、養 殖施 設 の再建 に着 手し 、ワ カ メやカ キの 種付 けを 開 始した 。そ の間 、組 合 員 は、割高 の日 当を 受け な がら湾 内が れき の撤 去 作業に 従事 した が 、作 業 は平成23年8月段 階 でほぼ 終了 した 。な お 、漁港 につ いて は、 釜 石第二 魚市 場が8月4日に再 開さ れた 。
前 ペ ー ジ の下 半 に は 、 関 著 「 震災 と 復 興 」 に よ る も ので は な い が 、 岩 手 日 報( H25.8.31) に掲載 され た事 業者 の 例を特 に採 録し た。 こ れは、 大槌 町の 波板 海 岸に所 在す るホ テル の 再 建に関 する 記事 であ る 。震災 当時 の社 長を 含 め大き な被 害と 犠牲 を 出した こと から 、再 建 を 断念し た時 期も あっ た が、各 方面 から 励ま し の声に も押 され 、約 2 年半ぶ りの 再開 に至 っ た もので ある 。こ れも 、 甚大な 被害 を受 けな が ら、時 間を かけ て再 開 を果た した 例で ある 。
イ . 従 前 地 近 く で 再 建
従前の 地あ るい は隣 接 する場 所で はな いが 、 比較的 近い 地で 再建 を 果たす 場合 もあ る。 次
ページ 表中 の「み16」は、宮古 市鍬 ヶ崎 地区 にあっ た小 規模 の旅 館 が市内 市街 地に 再建 し た
例であ る。上述 のよう に 鍬ヶ崎 地区 は大 きな 津 波被害 を受 けた 地域 で あるが 、こ こも 施設( 旅 館)に はが れき が堆 積 し、使 用不 可能 の状 態 となっ た。 その 後、 復 旧・復 興工 事に 従事 す る 建設業 者か ら作 業員 の ための 賄い (食 事提 供 )を依 頼さ れ、 1年 ほ どその 仕事 に従 事し た 。
その一 方で 、旅 館再 建 に向け 準備 を進 め、 平 成23年秋 にグ ルー プ補 助金の 対象 に採 択さ れ、
宮古市 役所 近く の築 地 地区に 用地 を確 保し 平 成25年6月に 再建 を果 たした 。なお 、その 後順 調な営 業状 況を 続け て いたと ころ 、備 考に あ るとお り、 平成28年9月の台 風10号 によ る浸 水被害 を受 けた との 記 事(河 北H28.9.11)が みられ た。
資料シリーズNo. 1 8 4
独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )
- 151 -
-150- 整理 番号
掲載 巻頁 被災時 (本社) 所在地 企業名 (社長等 の年齢) 業種(震災前の状況) ※仮設施設は開設後
地域展開( 〃 )被災時の状況復旧・復興の経過備考(その後の情報を含む) み9Ⅲ129
宮古市(長町 地区) 山田線千 徳駅近く 共和水産 (S21生まれ/S56 生まれ) 水産加工(イカソーメン主軸) 生協と宅配。 売上:4.5~4.8億円規模 従業員:43人。 工場津波被害なし。大槌町の冷蔵庫に預 託中の材料(1年分)流出被害。 従業員3名の自宅流出。(うち1人退職) H23.3末には、全員で稼働再開。 水産庁の水産業共同利用施設復興整備事業の補 助(8分の7)を活用して新工場を構想。
(HPから/H28.5.31) H26.2新工場(藤原工場)完成、稼働。 み10Ⅲ133
宮古市(鍬ヶ 崎地区) 佐々木鉄工所 (S24生まれ) 鋼構造物、海洋構造物製造(ケーソ ンなど) 従業員:14人 津波被災も、屋根と鉄骨に受電設備が残 る。 H23.4.11通電。 H24秋 グループ補助金も活用し、工場補修され、復 旧・復興需要でフル稼働。
明治30年創業(船の焼玉エンジンの修理) か4Ⅰ121
釜石市(両石 町) 小野食品 (S31生まれ) 水産加工企業 消費者直売、通販業者経由、業務用 売上げ15億円規模。 従業員:102人 釜石:事務所、工場 大槌:新工場(H23.2) 大槌工場流出、釜石工場全壊など。 中国人研修生12人は帰国。日本人従業員 90人は6人を残し、84人は一時解雇。 3/18から工場復旧に着手、6/20再開。 再開時、40人台半ば(4月新卒含む)。 釜石工場の本格再建をめざす。グループ補助金を活 用。 (大槌の再建は困難)
(HPから/H28.5.17) H28.4大槌工場の稼働開始 か1Ⅰ102釜石市
釜石漁協漁業協同組合(H15・3漁協合併) 組合員数:670(正580/準90) ワカメ、ホタテ、カキ、コンブ 計約4億 円 組合事務所全壊、養殖場流出、 漁船約500隻中90%流出 (定置網船5隻中3隻残存) 組合員の人的被害:15人ほど ※漁港沈下、満水時水没 漁協所有で漁船新造(8/9補助)、養殖施設再建 湾内ガレキ撤去(作業単価7,500円→12,000円)、8 月段階でほぼ完了 ワカメ種付け(従来比2/3規模)、カキも種付け開始。
釜石第二魚市場:8/4再開(6月から試験水揚げ) 原則として 事象のあっ た日
テーマ(見出しなど)記事抜粋(一部要約・省略あり) H25.8.30 大槌・三陸花ホテルはまぎく/ 笑顔咲かせる宿に/2年半ぶり再 出発/「地域の復興に貢献」
<岩手H25.8.31>「震災で被災し、再建工事を終えた大槌町波板海岸の波板観光ホテルが30日、「三陸花ホテルはまぎく」と名称を新たに約2年半ぶりに再オープンした。」/「震災の津波でホテル は3階まで浸水し、勤務外を含む役員・従業員5人が死亡・行方不明に。・・・前社長=当時(64)=は避難誘導の陣頭指揮を執り、最後までホテルに残り犠牲となった。」/「震災前の15人を含む43人を 雇用。本年度入社し接客などを担当するNさん(18)=同町小槌の仮設住宅=は「花に負けない笑顔で大槌の元気を発信したい」と意気込む。」
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高まり によ り、 平成25年前半 頃の 状況 と思 わ れるが フル 稼働 状態 と なって いた 。
「 か4」は 、釜石 市に 所在す る消 費者 直売 や 業務用 の水 産加 工品 の 製造販 売の 会社 であ る 。 3.11 の震 災に より 釜石 工場が 全壊 する とと も に、震 災直 前の 平成 23年 2 月 に新 設し たば か
りの大 槌工 場も 津波 で 流され るな どの 甚大 な 被害を 受け た。 震災 時 に従業 員は102人 であ っ
たが、 うち12人の 中国 人研修 生は 帰国 し、 日 本人従 業員 (90人)は6人を残 し、 84人 は雇
用保険 (特 例的 支給 ) を受け るた めに 一時 解 雇の措 置を とっ た。 震 災から 1週 間後 から 釜 石 工場の 復旧 に着 手し 、 6 月20日 に40人 台半 ば の陣容 で事 業を 再開 し た。次 いで 、グ ルー プ 補助金 の活 用を 図り 、 同工場 の本 格再 建を め ざした 。関 著「 震災 と 復興Ⅰ 」( =平成23年 の 後半と 推測 され る。)の 段階で は 、大 槌工 場の 再建は 困難 とさ れて い たが 、同 社ホ ーム ペー ジ によれ ば 、大 槌工 場も 再 建され 平成28年4月に 稼働が 開始 され たと の ことで ある 。この よう に、甚 大な 被害 を受 け た場合 でも 、関 係者 の 努力と 公的 支援 とに よ って、 時間 をか けな が ら 従前の 地で 再建 が遂 行 される こと も少 なく な い。
「 か 1」 は、 今回 の 津波で 甚大 な被 害を 受 けた業 種の 一つ であ る 漁業の 事例 とし て取 り 上 げたも ので あり 、釜 石 漁協の 例で ある 。津 波 により 漁協 事務 所は 全 壊し、 養殖 場は 流出 、 漁
船の90%が 流出 した 。組合員 にも 人的 被害 が あった 。また 、漁 港は 地盤沈 下に より 満潮 時 に
は水没 する 状況 とな っ た。水 産庁 の補 助を 受 けて漁 協が 所有 する 方 式によ る漁 船の 新造 を 図 るとと もに 、養 殖施 設 の再建 に着 手し 、ワ カ メやカ キの 種付 けを 開 始した 。そ の間 、組 合 員 は、割高 の日 当を 受け な がら湾 内が れき の撤 去 作業に 従事 した が 、作 業 は平成23年8月段 階 でほぼ 終了 した 。な お 、漁港 につ いて は、 釜 石第二 魚市 場が8月4日に再 開さ れた 。
前 ペ ー ジ の下 半 に は 、 関 著 「 震災 と 復 興 」 に よ る も ので は な い が 、 岩 手 日 報( H25.8.31) に掲載 され た事 業者 の 例を特 に採 録し た。 こ れは、 大槌 町の 波板 海 岸に所 在す るホ テル の 再 建に関 する 記事 であ る 。震災 当時 の社 長を 含 め大き な被 害と 犠牲 を 出した こと から 、再 建 を 断念し た時 期も あっ た が、各 方面 から 励ま し の声に も押 され 、約 2 年半ぶ りの 再開 に至 っ た もので ある 。こ れも 、 甚大な 被害 を受 けな が ら、時 間を かけ て再 開 を果た した 例で ある 。
イ . 従 前 地 近 く で 再 建
従前の 地あ るい は隣 接 する場 所で はな いが 、 比較的 近い 地で 再建 を 果たす 場合 もあ る。 次
ページ 表中 の「み16」は、宮古 市鍬 ヶ崎 地区 にあっ た小 規模 の旅 館 が市内 市街 地に 再建 し た
例であ る。上述 のよう に 鍬ヶ崎 地区 は大 きな 津 波被害 を受 けた 地域 で あるが 、こ こも 施設( 旅 館)に はが れき が堆 積 し、使 用不 可能 の状 態 となっ た。 その 後、 復 旧・復 興工 事に 従事 す る 建設業 者か ら作 業員 の ための 賄い (食 事提 供 )を依 頼さ れ、 1年 ほ どその 仕事 に従 事し た 。
その一 方で 、旅 館再 建 に向け 準備 を進 め、 平 成23年秋 にグ ルー プ補 助金の 対象 に採 択さ れ、
宮古市 役所 近く の築 地 地区に 用地 を確 保し 平 成25年6月に 再建 を果 たした 。なお 、その 後順 調な営 業状 況を 続け て いたと ころ 、備 考に あ るとお り、 平成28年9月の台 風10号 によ る浸 水被害 を受 けた との 記 事(河 北H28.9.11)が みられ た。
資料シリーズNo. 1 8 4
独立行政法人労働政策研究・研修機構(J I L PT )
-152- -152-
整 理 番 号
掲 載 巻 頁
被 災 時
( 本 社 ) 所 在 地
企 業 名
( 社 長 等 の 年 齢 )
業 種 ( 震 災 前 の 状 況 )
※ 仮 設 施 設 は 開 設 後
地 域 展 開 ( 〃 ) 被 災 時 の 状 況 復 旧 ・ 復 興 の 経 過 備 考 ( そ の 後 の 情 報 を含 む)
み16 Ⅲ157
(旅館を復活) 宮古市(鍬ヶ 崎地区)
浄土ヶ浜旅館
(S5 7生まれ) 旅館
和室5室、食事処( 4席) の小旅館。
(S45 創業)
旅館:ガレキ堆積。 建設業者からのまかない( 30人分)の要請を受け、 開始。(1年ほど続く)
( 1カ月後、取手の病院に復職したが、旅館復活に 向け寿司屋に修行に入る。)
H2 3秋 大槌の「 旅館・ 民宿再興グループ」 に加わ り、グループ補助金が採択される。
H2 5.6 .15 市役所近く(築地)に用地を確保し、再建 オープン。
若女将・・ ・・「 この仕事はしたくな い」社会福祉士をめざ し、東京福祉大学で学び、取手医師会病院に就職。 旅館の後継者問題が浮上し、周囲の説得に負けH20 若 女将に。
< 河 北 H 2 8 . 9 . 1 1 > 台風豪雨追い打ち/台風10号豪雨 で浸水被害に遭い営業休止に追い込まれた。おかみ
(68) は「町の復興が進み、営業も順調だっただけに台風 被害は悔しい」と語る。/台風の翌日から( 従業員)総出 で泥をかき出し・・・ 。宮古市は岩手国体で ・・・旅館には 選手やコーチが27 日から宿泊する予定。それまでに宿泊 業務も再開する計画だ。」
り5 Ⅲ269
宮城県気仙 沼市( 唐桑)
→陸前高田 市
かわむら
(S2 4生まれ(5代 目))
水産加工業
サケ、サンマ、イクラ、ワカメ、コンブ 13加工場、6冷蔵庫、 従業員:約2 50人、売上:92 億円
(H21 )
明治38 年創業 S4 4 ワカメ、コンブの加工 販売に(S49会社組織化) 気仙沼の唐桑、鹿折地区 H5 陸前高田市気仙町に岩 手加工場
2 3施設中1 9施設被災
唐桑地区の本社と冷蔵庫等が残る。
H2 3.5 末 唐桑で海藻の加工事業再開(55 人規模) ※自前で解体、ガレキ処理
H2 3.1 0 岩手第一加工場再開(従業員107 人) ※屋根と鉄骨が残る。
H2 3.1 1 岩手第二加工場再開 H2 4.1 岩手第三冷蔵庫再建 ※グループ補助金活用
※「 建築制限」をかけた宮城県とかけなかった岩手県
お7 Ⅱ104 大船渡市 マイヤ
(S2 2生まれ)
地方スーパー
計1 6店、売上1 85億円(連2 10億円) 従業員:1 100 人(連125 0人)
S3 6 創業
S4 2綾里店、S47高田店、 H1 「ショッ ピングプラザ・ マイ ヤ」 、H5 大槌「マスト」 店、 H1 0気仙沼バイパス店、 H1 3盛岡・青山店、
陸前高田2店舗、大船渡3店舗全壊。 大槌マスト店は半壊。
無事だった「大船渡インター店」で 当日も営 業(停電中)。被災を免れた店舗で12 日か ら店頭販売開始。
従業員 社員5 0人:半年休業、パート3 00 人:一時解雇
H2 3.8 陸前高田市竹駒町滝の里に出店 H2 3.1 1 大槌マスト店スタート H2 3.1 2 赤崎店ス タート H2 4.3 アップルロード店スタート H2 4.7 大船渡店スタート
※震災を機に衣料品部門から撤退。 従業員:H2 3.7 全員復帰を呼びかけ。( 内陸避難者 数十人除き呼応)
※岩手県のスーパー第1位はJOIS。
※地方スーパーのネッ トワーク「CGC JAPAN」が効果的 に機能した。
< 岩 手 H 2 8 . 5 . 2 5 > 「 スーパーマーケッ ト・マイヤが東日 本大震災から再起し、6月2日、復興を目指す中心市街 地の集客の要となる同市大船渡町のショッ ピングセン ターに新大船渡店を開店する。」 /「 新大船渡店は、JR大 船渡駅周辺の被災跡地をかさ上げし、中心市街地を再生 する市の津波復興拠点整備事業区域(1 0.4 ㌶) 内に建 設。鉄骨平屋で店舗面積は19 01平方㍍。(従前の)大船 渡店は閉店し、解体する。
け14 Ⅰ214
(進出企業) 気仙沼市(鹿 折地区)
ヤヨイ食品
現:ヤヨイサンフー ズ
食品加工 冷凍食品のパイオニア H22年度:3 43億円、全社1 400 人規 模。
(気仙沼工場)
建物1 7,73 3㎡、年間3億2千万食、 428人
(協力工場約10 0人)
創業地・清水工場 S2 9気仙沼工場( 缶詰→や がて冷食に)
H6 大牟田に九州工場
避難場所・第三製造棟屋上等に避難。(1 晩過ごす。近隣住民も)
第一製造棟、オムライス棟破壊など約 4 0%の能力喪失。
1 40人を他工場に移管。(大牟田に新工場も) 建築制限、嵩上げ等。
静岡県清水で創業。全国規模の企業へ。( 伊藤忠傘下)
(HPから/H2 8.5 .19)
H23. 11 気仙沼松川工場新設(5 7人) ※郊外
H24. 6 マルハニチロの子会社に。
-153- ウ.県を越えて再開
再建に当たって、市町村はもとより県境を越えた地で行われる場合もある。「り5」は、そ
の一つの例である。宮城県気仙沼市に本社を構える水産加工会社で、震災前には市内唐桑地
区、鹿折地区のほか県境を越えた岩手県陸前高田市気仙地区にも工場(岩手工場)を展開し、
計13の加工場を擁する地元では大手の老舗である。3.11の震災によりほとんどの施設が被
災した。残った構築物の解体とがれき処理を自前で行い、平成23年5月末には大きな被災を
逃れた本社のある唐桑地区で海藻の加工事業を再開するとともに、グループ補助金も活用し
ながら、屋根と鉄骨が残っていた陸前高田市気仙地区の岩手第一加工場を再建し、同年10
月に従業員107人で再開したのをはじめ、11月に岩手第二加工場、翌平成24年1月には岩
手第三冷蔵庫を再建し、まずは岩手県側の陸前高田・気仙地区で本格的な再建が行われた。
関著「震災と復興」によれば、浸水域について、宮城県では当面の建築制限が行われたのに
対して岩手県側では行われなかったことによると指摘されている。なお、同社ホームページ
によれば、平成28年3月に、すべての施設・設備が再建されたとのことである。
エ.地域貢献をしながら発祥の地に店舗展開
「お7」は、大船渡市に本拠を置く地方スーパーの事例であり、大船渡市(市街地や綾理
地区)をはじめ陸前高田市(高田店)、大槌町(マスト店)、さらには気仙沼市(バイパス店)
や盛岡市内(青山店)にも店舗を構え、従業員規模は1,000人を超え大企業に属する。3.11
の震災では、陸前高田市の2店舗、大船渡市の3店舗が全壊し、大槌の店舗が半壊の被害を
受けた。震災直後から、大きな被災を免れた店舗で可能な形で営業を継続し、物資を届ける
使命の一端を担った。被災店舗関係の(正規)社員は半年間の休業、パートは一時解雇の措
置がとられた。その後、平成23年8月には陸前高田市の高台、竹駒地区に出店(滝の里店)
したのをはじめ、表にあるとおりの店舗の再建・展開が行われ、平成24年7月には大船渡店
が再開された。この間、平成23年7月には、元の従業員に全員復帰を呼び掛け、内陸へ避難
した数十人を除き、復帰がなされた。さらに、岩手日報の記事によれば、平成28年6月には
新大船渡店が、大船渡市の津波復興拠点整備事業区域内に開店したとのことである。発祥の
地大船渡の復興に向け、事業を通じて貢献する姿が窺われる。
オ.社内他事業所への配転をしながら再建(進出大企業)
「け14」は、静岡県清水市で創業され、その後冷凍食品のパイオニアといわれる全国規模
となった企業であり、古くから気仙沼に工場進出していた。震災前の気仙沼工場の従業員は
428人(他に協力工場の従業員100人)であった。3.11の震災時、津波浸水を受け従業員は、
工場施設屋上に近隣住民も含めて避難し、一晩を過ごした。事業能力面では40%が失われた。
震災後、気仙沼工場の従業員のうち140人を大牟田工場等に企業内配転するなどの措置を講
じた。平成28年5月段階で同社のホームページを確認したところ、平成23年11月に気仙沼 資料シリーズNo.184
独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)