労働経済学2(第 9 回)
広島大学国際協力研究科
川田恵介
労働経済学2 1
事例:隠された情報の問題
人材育成
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• エージェントの「能力」は、外生的な変数として扱ってき た。⇒いかに能力の高い人材を獲得するか、あるいは 選抜するか、という問題に注力してきた。
• さまざまな訓練を行うことによって、エージェントの技能 を高める(人材育成)活動を、多くの組織が行っている。
• 同時に多くの組織が、なんらかの形で人材育成に問題 を抱えている。
技能訓練に関する統計
• 政府統計:「能力開発基本調査」
• 従業員30人以上を雇用する企業が対象
• 企業調査(企業に対するアンケート)、事業所調査(事 業所に対するアンケート)、個人調査(労働者に対する アンケート)、で形成されている。
• 本レジュメの図表は、平成23年度調査からの引用であ る。
人材育成に関する問題
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企業内技能訓練
• 訓練方法によって、大きく二つに大別される。
:日常業務のなかで、働きながら技 能形成を行う(医者は患者に育てられる、教師は生徒に育 てられる)。
:日常業務を離れて行う技能形 成(例:研修所、大学、大学院等での技能形成)
労働所による自発的なOff-JT:
技能訓練の内訳(正社員)
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技能訓練への支出
Off-JTへの社員一人当たりの平均支出額
自己啓発への社員一人当たりの平均支出額
労働経済学1における議論
労働経済学2 9
• (1)労働者の「広い意味での」生産性を向上させ、(2) 労働者本人に帰着する非物質的な資本
• 技能や知識等さまざまなものを含む
• 人的資本の蓄積費用をだれが負担するのか?
• 蓄積する人的資本が、広くさまざまな企業で通用する のか?それとも特定の企業でのみ有効なのか?
基本モデル
• 訓練前の労働者の組織に対する貢献はy。
• 訓練を受けることで、貢献はA増加する。
• 訓練には費用Cが発生する。
• を仮定する⇒企業の利得+労働者の利得は、訓 練を行うことで増加する。
• Aのうち、��はすべての組織で通用する技能(一般技 能)、 ��は技能訓練を行った組織でのみ通用する技能
� + � = �
企業による訓練
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• 貢献-報酬(w)-訓練費用を最大化するように、意思 決定を行う。
• 企業のIC条件は存在しない。
• IR条件は、� ≥転職した場合の報酬
• 転職市場は完全競争的な労働市場であるとする。この 場合、転職した場合の報酬は
• 訓練前の労働者:
• 訓練後の労働者:
企業による訓練
• 技能訓練を行う条件は、技能訓練を行った場合の利得
>行わなかった場合の利得
• が大きければ大きいほど、企業は技 能訓練に積極的になる。
• の場合、技能訓練の水準は効率的になる。
労働者による訓練
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• 賃金はIR条件によって、決まることを予想して意思決定 を行う。
• 技能訓練を行う条件は、
• 一般技能が大きければ大きいほど、労働者は技能訓 練に積極的になる。
• の場合のみ、訓練水準は効率的になる。
ここまでのまとめ
• 一般技能を多く蓄積する場合、訓練によって報酬が大 きく増大する。
• 訓練によってより大きく利得が増大するものが、技能訓 練に積極的になるので、一般技能が主な場合は企業 が、特殊技能が主な場合労働者による負担で、技能訓 練は行われることが望ましい。
• 企業が負担する訓練は、特殊技能に関するものがメイ
非効率性の存在
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• � = ��, ��でない限りは、一般に技能訓練の水準は非 効率である。
• 労働者による技能訓練が困難な場合もある。
(例)借入制約の問題:訓練にかかる費用を支払うことがで きない。
• 企業による技能訓練が困難な場合もある。
(例)技能訓練に労働者による「努力」が必要でかつ、努力 が観察できない場合、 インセンティブの問題が生じる。
非効率性の存在
(解決策1)コミットメント
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• 企業による訓練を考え、� = ��を仮定する。
• 労働者は、この企業に訓練後も留まることを約束できる。
• 企業は、訓練後の報酬体系(��)を事前に提示できる。
• 企業が訓練を行うIC条件は、
• よって�′ − �を十分に小さくすれば、 �� > �である限 り、企業は訓練を行う。
問題点
• 先の例より、w=yなので、 であれば、労働者側も このような雇用契約に合意することで、自身の効用を高 められる。(パレート改善)
• このような契約は現実的か?⇒
• 将来もこの企業に留まることを約束する=「奴隷契約」 であり、仮にこのような契約を結んだとしても、多くの国 において契約に拘束力は存在しない。
長期雇用
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• 問題は訓練後に別の企業に移籍されることで、訓練の 成果を訓練企業が享受できないことにある。
• 現実にみられる解決策として、プロスポーツにおいて導 入されている移籍金や球団間移動の制限がある。
• 労働市場に不完全性があり、別の企業への移籍が困 難な状況においても、企業は訓練を行う誘因を持つ。
• 、と企業が予測する労働者に対しても、 訓練を行う誘因は存在する。
だれが技能訓練を行うべきか(正社員)
だれが技能訓練を行うべきか(正社員以外)
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まとめ
• 訓練によって一般的な技能が身につく場合は労働者が、 特殊的な技能が身につく場合は企業が、より技能訓練 に積極的になる。
• 労働者の退職のしやすさが、一般的な技能の訓練につ いて、企業がどの程度積極的になるかに大きな影響を 与える。