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経済のグローバル化が90年代の労働市場に与えた影響

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(1)

11

経済のグローバル化が 90 年代の

労働市場に与えた影響

神田玲子

要 旨

90 年代,日本の製造業は中国をはじめとするアジア新興国との価格競争 に晒された.こうしたグローバル化の動きは,製造業内にとどまらず,日本 の労働市場全体に多大な影響を与えたと考えられる.そこで,90 年代の日 本経済のグローバル化が日本の労働市場,とくにサービス産業の雇用に及ぼ した影響について検討を行った.

その結果,製造業における雇用変化と他の産業,とくにサービス業等にお ける雇用変化との相関関係から,製造業からサービス産業への雇用の流れが 90 年代に強まったことが明らかとなった.また,その影響は,低学歴の就 業者をはじめ,定年退職前後の 55 64 歳の労働者に強く表れている.また, グローバル化によって大卒の需要が強まったとの見方もあるが,産業間の異 動を加味すると,製造業大卒就業者に対してもマイナスの影響を与えたと考 えられる.

(2)

るものの,労働市場では,新しい産業構造の展開に向けた大きな変動の時期 であったといえる.

(3)

1

はじめに

プラザ合意移行の円高や中国の WTO 加盟による貿易の拡大を契機に, 90 年代に日本の製造業は中国をはじめとするアジア新興国との価格競争に さらされることとなった.海外からの低廉な製品との競争激化は,日本の製 品輸入の拡大や企業の海外進出を通じて製造業に急速な構造改革を迫るもの であった.しかし,その影響は製造業にとどまらず,製造業を通じてサービ ス産業に及んだ点も無視できないものである.

日本の名目 GDP に占める産業別シェアを見ると,90 年代は,製造業の シェアが急速に低下するのとは対照的にサービス産業,なかんずくサービス 業の生産シェアが大幅に拡大した 10 年であったといえる.図表 11 1 は,名 目 GDP に占める産業別シェアの変化を 10 年刻みで示したものである.製 造業のシェアは 70 年の 37.5%から 2006 年の 23.2%にまで大きく低下する 一方,サービス産業のシェアは 70 年の 47.2%から 2006 年の 68.2%の水準 まで大幅に上昇した.この変化のスピードを 70 年代,80 年代,90 年代, 2000 年以降の 4 つの期間に分けて比較してみると,90 年代に大きな産業構 造の変化が生じていることがわかる.

このような 90 年代の産業構造の急速な変化に見られるように,グローバ ル化の動きは,製造業内にとどまらず,日本の労働市場全体に多大な影響を 与えたと考えられる.そこで,本稿では,90 年代の日本経済のグローバル 化が日本の労働市場,とくにサービス産業の雇用に及ぼした影響について検 討を行う.

(4)

バル化が就業者の産業別シェアに与えた影響について実証的な分析を試みる.

2

これまでの主な先行研究

海外との貿易や直接投資の増加が労働市場に及ぼす影響については,これ までも米国を中心に多くの実証分析がなされている.ここでは,日本に関す る実証分析の成果を 3 つの類型に分けて整理してみたい.

第 1 の類型は,労働市場の資源配分に及ぼした影響に関する分析である. 労働市場の需給の変化を通じて賃金や雇用者数へ与える影響分析のほか,貿 易の増加によって生じた輸出産業での雇用創出効果や輸入産業での雇用喪失 効果を実証的に検証しようとしたものである.Tomiura[2004]は,1988 93 年のバブル期およびバブル後の時期に輸入品との競争が日本の雇用のフロー に与えた影響を,通商産業省『工業統計調査』の個票データをもとに作成さ れた製造業の 334 産業(4 桁分類)のプラント・レベルのパネルデータを

10.0 8.0 6.0 4.0 2.0 0.0 −2.0 −4.0 −6.0 −8.0

70年代 80年代 90年代 2000年

ト︵

製造業 サービス産業 うちサービス業 その他

2006年 製造業 23.2% サービス産業 68.2% その他 8.6% 70年

製造業 37.5% サービス産業 47.2% その他 15.2% (GDPシェア)

図表 11-1 10 年間ごとの名目 GDP シェアの変化

注) 1.「サービス産業」には,電気・ガス・水道,卸売・小売業,金融・保険業,不動 産業,運輸・通信業,サービス業が,また,「その他」には,農業,鉱業,建設業 が含まれる.

(5)

使って分析している.推計では,純(粗)労働移動率を非説明変数とし,輸 入価格,輸入シェア,GDP,平均所得,一次品価格,生産性(輸入シェア 以外は対数の階差)で推計している.その結果,輸入品との競争は,雇用に 対してわずかではあるが有意なマイナス影響を与えているという結論が導か れている.

第 2 の類型は,労働者のスキルの違いに着目したもので,貿易の増加がス キルの違う労働者の需要へどのような影響を与えているのか,という視点か らの分析である.佐々木仁・桜健一[2004]は,スキル偏向の技術と経済のグ ローバル化が大卒労働者への需要に与えた影響を実証的に分析している.そ のなかで,彼らは,ミンサー型賃金関数を使って製造業(17 業種)におけ る学歴間の時間当たりの賃金が 1985 2003 年に緩やかに拡大していることを 検証したほか,トランスログ型生産関数から導出された賃金シェア関数の定 式化をもとに,グローバル変数であるアジアからの輸入比率が大卒の賃金 シェアに有意にプラスに働いていることを,製造業の 14 業種のパネルデー タを使用して実証的に明らかにした.その際に採用した説明変数は,アジア からの輸入比率,海外生産比率,研究開発比率,大卒比率,大卒とそれ以外 の相対賃金である.分析に使用したデータは,いずれも厚生労働省『賃金構 造基本統計調査』である.分析の結果,経済のグローバル化によって,高学 歴労働者への需要シフトが生じていることを示唆していると結論づけている.

第 3 の類型は,クロスボーダーの直接投資,あるいは中間財の企業内取引 が労働市場に与える影響を分析したものである.伊藤恵子・深尾京司[2005]

は,アジア地域との垂直的産業内貿易の進展が国内の熟練労働者(=「国勢

(6)

従業者数比率を採用している.分析の結果,国内の熟練労働シフトに対して とくにアジアとの垂直的な産業内貿易が正の影響を与えていることが示され

た.また,Molnar [2007]は,OECD の STAN データベースを活用し

て 1998 2003 年の製造業およびサービス業(合計 14 セクター)に関して, 海外の子会社の雇用が日本国内の雇用に与えた影響についての分析を行って いる.国内雇用者数を被説明変数とし,産出額,実質賃金および海外の雇用 者数(いずれも対数の階差)を説明変数とした分析では,海外の雇用者数の 増加のパラメータがマイナスとなり,海外の雇用者と国内の雇用者とは代替 関係にあることが確認されている.ちなみに,米国企業に関しても同様の方 法で分析がされているが,米国の場合にはパラメータがプラスとなり,日本 とは違って内外の雇用者数は補完関係にあると結論づけている.

以上をまとめると,①経済のグローバル化は,国内の雇用に対して全体と しては(わずかであるかもしれないが)マイナスの影響を与える,②労働者 の属性別にみると学歴の高い,あるいは熟練度の高い労働者に対する需要は 増加する,他方,③学歴の低い,あるいは熟練度の低い労働者に対する需要 は減少するという結果が導かれる.

しかしこれらの研究は,主に製造業のデータを使った分析にとどまってお り,ほかの産業の雇用に与えた影響については分析がなされていないこと, また,社会全体が高学歴化しているなかで,大卒などの高学歴や専門性を有 する労働者の供給は増えており,労働供給の変化による影響を十分に排除で きていないことから,さらに研究する余地は残されているのではないかと考 えられる.

3

製造業とサービス産業の動向について

――80 年代と 90 年代の相違

(7)

3.1 製造業とサービス産業1)

SNA 統計を使い,製造業とサービス産業の実質 GDP,就業者数,1 人当 たりの労働生産性,デフレーターの推移を見ることとする.製造業とサービ ス産業の相対的な変化がわかるように,各項目について,製造業のデータを サービス産業で除し(=製造業/サービス産業),1980 年基準(1980=100) として指数化したものが図表 11 2 である.それによると,いくつかの特徴 が見てとれる.第 1 に,80 年以降,製造業と比してサービス産業の就業者 数が増加しているが(図表ではマイナス方向),とくに,92 年以降サービス 産業での雇用増加の傾向が顕著に現れているという点である.第 2 に,こう した製造業における雇用調整は,製造業における 1 人当たりの生産性を押し 上げつつ,製造業における(財の)デフレーターの低下と同時に進行したこ とである.第 3 に,その結果,名目シェアでは大きな変化が見られるが,実 質 GDP での製造業とサービス産業の比率は 80 年代,90 年代ともに比較的 安定的に推移しているということである.92 年以降,実質 GDP に占める製 造業のシェアはやや弱含みではあるものの,実質 GDP レベルでのサービス

1) ここでのサービス産業には,建設業,電気・ガス・水道業,卸売・小売業,金融・保険業,不 動産業,サービス業が含まれる.

1.80 1.60 1.40 1.20 1.00 0.80 0.60 0.40 0.20 0.00

1980 83 86 89 92 95 98

(製造業/サービス産業,1980=1)

(年) 2001 実質GDP

就業者数

デフレーター 人当たりの 実質生産性

図表 11-2 製造業とサービス産業の相対的変化

注) サービス産業には,建設業,電気・ガス・水道業,卸売・小売業,金融・保険 業,不動産業,サービス業が含まれる.

(8)

経済化はそれほど進んでいないともいえる.

このように,日本では,とくにバブル崩壊期において製造業における生産 性上昇を通じて雇用面でのサービス経済化が進展したと考えられる.

3.2 90 年代の製造業のマイナス成長

次に,日本産業生産性データベース(Japan Industrial Productivity

Data-base)を用いて製造業とサービス産業の実質産出額2)と就業者数の動向に

ついて見ることとしたい.図表 11 3 は,実質産出額および就業者数をそれ ぞれ 99 年の数値を 90 年の数値で除すことにより 9 年間の変化を求め,108 の産業をすべてプロットしたものである.これを見ると,製造業については, 90 年代にはほとんどの産業で実質産出額および雇用の減少が見られたこと がわかる.他方,サービス産業では,製造業とはやや様相が異なり,90 年 代も実質産出額,就業者数ともに増加している産業が多くなっている.図表 11 3 は,108 の産業分類を 1 つのドットにして描いたものであり,生産規模 を捨象していることから必ずしも全体像を正確に表すものではないが,小分 類で見ると製造業とサービス産業の状況の違いが見てとれる.

4

雇用動向の変化

前節では,90 年代には製造業での雇用が減少する一方,サービス産業で の雇用が増加しており,社会全体として雇用面でサービス産業へのシフトが 大きく進展したことを述べた.本節ではもう少し詳細に,ミクロデータをも とに製造業を取り巻く雇用の動きについて分析を深めることとする.

雇用動向を把握するためには,フローとストックの両面からとらえる必要 がある.フローとは一定期間内の入職者と離職者の動きであり,ストックと はある一時点での雇用者の状況である.そこで,ここでは製造業に焦点を当 てながら,まず,ストックの観点から製造業の雇用者数の動きを特徴として 把握し,次に,新卒者の入職行動,また,既就業者の離職行動について整理 してみたい.

(9)

4.1 ストック統計から見た雇用シェアの推移 学歴別にみた雇用シェア

就業者に占める製造業の就業割合を見ると,男女計では,80 年代はおお むね 28 29%程度で安定的に推移していたが,92 年以降に徐々に低下し始め, 2003 年には 20%と 10 年間で 10%近く下落している.このような 90 年代に

⑴ 90年代の製造業

従業員数 0

0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4

図表 11 3 製造業とサービス産業の実質産出額および雇用者数の伸びの比較

⑵ 90年代のサービス産業

従業員数

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3

(10)

見られた製造業における雇用シェアの減少は,どのような労働者層で顕著に 生じているのか,学歴別,年齢別に見てみることとする.ここでは,学歴別

×年齢別のクロス分析が可能である厚生労働省の『賃金構造基本統計調査』

を活用する3)

まずは,学歴別に見てみよう.図表 11 4 は,中・高卒4)の男性就業者に

ついて,製造業およびサービス業で働く人のシェアを示したものである.製 造業に従事する人のシェアは,80 年代後半にシェアが上昇するなど 80 年 代 90 年初頭にかけておおむね横ばいで推移していたが,その後は 91 年の 40.4%をピークに 2003 年には 37.8%にまで減少していることがわかる.次 に,大卒の就業者における製造業で働く人のシェアの動きを見ることとする. 図表 11 5 に示されているように,80 年代後半から下落傾向にあったものの, 92 年から 94 年にかけて上昇し,その後 95 年の 29.5%をピークに再び下落 しはじめ,2003 年には 26.0%となっている.

中・高卒と大卒の動きを比較してみると,第 1 に,中・高卒の下落傾向が, 大卒と比較して早い段階から現れていること,第 2 に,ピーク時からの下落 幅をみると,中・高卒は 3.9%減,また,大卒は 3.5%減と中・高卒の方が 若干大きな下落幅となっているものの,大卒にもかなりの影響が現れている と考えられること,とくに,95 年以降の下落幅は大卒の方が大きいことが わかる.

ここでは製造業における雇用シェアしか示していないが,他の産業におけ る雇用シェアの動向を簡単に記述すると,中・高卒については,製造業以外 にも卸小売業で従事する人のシェアも 16.5%から 13.8%にまで減少してい る一方で,シェアを増加させたのは,サービス業,運輸・通信業および建設 業である.92 2003 年にかけて,これらの 3 業種をあわせて 5.1%ものシェ アを拡大しており,製造業および小売業での中・高卒の就業者の減少分の受 け皿になった可能性がある.また,大卒については,サービス業での雇用

3) 厚生労働省『賃金構造基本統計調査』の旧産業分類である「鉱業」,「建設業」,「製造業」,「電 気・ガス・熱供給・水道業」,「運輸・通信業」,「卸売・小売業,飲食店」,「金融・保険業」,「不 動産業」,「サービス業」の区分けを採用する.また,ここでは常用雇用者(新卒を含む)が対象 となっているほか,学歴区分についてはパートタイム労働者には聞いていないことから,本稿で 扱う統計には含まれない.

(11)

シェアが,95 年の 24.0%から 2003 年の 27.1%にまで増加したほか,卸・ 小売業や運輸・通信業でも増加傾向にある.

製造業と他産業との相関関係の変化

さらに,雇用変化の産業間の関係について,製造業の雇用シェア変化と他 の産業の雇用シェア変化との相関係数によって検証してみた.製造業(男 性)の雇用シェアの動きとその他の産業の雇用シェアの動きの相関係数を, 82 91 年と 92 2003 年までの 2 つの期間に分けて比較すると,後半の期間の

0.42

0.41 0.40

0.39 0.38 0.37

0.36 0.35

1982 84 86 86年41.0%

91年40.4%

99年37.1%

88 90 92 94 96 98 2000 02(年) 03年 37.8%

図表 11 4 中・高卒者の製造業における雇用シェア

出所) 厚生労働省『賃金構造基本統計調査』(各年)より作成.

0.30

0.29

0.28

0.27

0.26

0.25

0.24

1982 84 86

92年27.7%

03年26.0% 95年29.5%

88 1900 92 94 96 98 2000 02(年) 図表 11 5 大卒者の製造業における雇用シェア

注) 男性就業者のみのデータである.

(12)

ほうが,相関係数の値がおおむね大きいという結果となった.図表 11 6 は, 製造業の雇用シェアとそれ以外の産業の雇用シェアの相関係数を中・高卒お よび大卒別に示したものだが,中高卒の就業者における製造業とサービス業

の雇用シェアの相関関係は,82 91 年は−0.15 であったのに対して,92

2003 年は−0.84 と負の相関が強くなっている.また,大卒の就業者に関し

ては,82 91 年の−0.48 から 92 2003 年は−0.73 と,中・高卒の就業者と 同様に負の相関が強くなっていることがわかる.その他にも,中・高卒およ び大卒ともに,製造業と運輸・通信業との相関係数の値が絶対値で見て増加 しており,相関関係が強まっていることがわかる.

これらの数値は,製造業における雇用調整の動きがほかの産業に与えるイ ンパクトが強くなっていることをうかがわせる.90 年代の製造業における 雇用シェアが減少傾向にあるなかで,サービス業や運輸・通信業の雇用シェ アが増加していることは,産業間の就業者の移動が強まっている可能性があ ることを示唆していると考えられる.

学歴別×年齢別の雇用者の動き

次に,学歴別×年齢別に見ることによって,雇用シェアの変化はどの層で

生じたのか把握することとしたい.しかしながら,その際に留意すべき点が ある.日本の場合,産業内の年齢構成ピラミッドが社会全体の人口減少・高 齢化を反映してかなり歪な形となっている.つまり,第 1 次ベビーブーマー と第 2 次ベビーブーマーの層の人口が大きな山を構成し,若年になるにつれ

図表 11 6 製造業の雇用シェアとの相関係数の変化

産業 中高卒 大卒

82 91 92 2003 82 91 92 2003 鉱業 0.14 0.83 −0.22 0.69 建設業 −0.47 −0.73 0.05 0.09 電気・ガス・熱供給・水道業 0.31 −0.51 0.34 −0.37 運輸・通信業 0.13 −0.53 0.23 −0.67 卸売・小売業,飲食店 −0.67 0.53 0.08 −0.07 金融・保険業 0.05 0.70 −0.17 0.78 不動産業 −0.79 0.27 0.27 0.17 サービス業 −0.15 −0.84 −0.48 −0.73 注) 男性就業者のみのデータである.

(13)

て人口が減少するという人口ピラミッドの影響が産業内にも現れてしまうの ではないだろうか.そのため,ある特定の年齢層について,2 時点間の単純 な比較を行っても人口構成の歪みを含んだものとなってしまう可能性がある.

そこで,ここでは 10 年前の就業者の年齢ピラミッドが 10 年後にそのまま シフトしたと仮定した場合(モデル値)と現実の統計との差を比較すること によって,どのような年齢層で雇用の変化が生じているのか検討する.この 手法によって,人口構成の歪みがある程度捨象されるものと考える.

図表 11 7 は,製造業に従事する 30 59 歳の年齢層に関する 1990 年の男性 就業者数のデータをもとに,それが 10 年後にそのまま 10 歳年齢を重ねたも のと仮定した場合の 2000 年のデータをモデル値として算出し,モデル値と 現実の 2000 年のデータとの差を示したものである.

これによると,まず,すべての年齢層で雇用減が生じていることがわかる. なかでも,50 歳代の中卒・高卒の就業者の離職がもっとも多い.また,数 の上では中・高卒の就業者ほど多くはないが,大卒就業者についてもすべて

の年齢層にわたって雇用が減少している5)

5) サービス業について,同様な方法で試算を行うと,高卒,高専・短大卒を中心に就業者数の増 加が見られ,製造業とは対照的な動きになった.

50

0 −50

−100

−150

−200

−250

−300

−350

30 34 35 39 40 44 45 49 50 54 55 59 (1000人)

(年齢) 中卒

高卒 高専・短大卒 大卒

図表 11 7 製造業における 90 2000 年の雇用の変化(学歴別×年齢階層別)

注) 男性就業者のみのデータである.

(14)

4.2 フロー統計から見た入職,転職の動向

次に,新規学卒者など過去に就業経験のない未就業者からの入職者と,既 就業者の転職者の動向の変化を見ることによって,フローでどのような動き が生じているのか,見てみることとする.

未就業者の入職行動

厚生労働省『雇用動向調査』をもとに,未就業者男女計の人々の入職先の

産業を見てみよう.まず,製造業に占める入職率(=入職者が就業者全体に

占める割合)は 11.7%(2006 年)となっており,入職者にしめる未就業者

の割合が 32%程度6)であることから,未就業者の入職者の割合は全製造業

従業員のうちの 5.6%程度となる.

新卒の学生を含めた未就業者の入職先を見ると,図表 11 8 に示されてい

6) 残りの 68%は転職入職者である既就業者となる. 1,200

1,000

800

600

400

200

0

1981 83 (1,000人)

85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03(年) 製造業

サービス業

運輸・通信業 金融・保険業 卸売・小売業,飲食店

図表 11 8 未就学者の就職先の産業

注) 1.鉱業,建設業,電気・ガス・熱供給・水道業,不動産業は人数も少ないことから 省略した.

2.91 年と 2003 年の計数は,全新卒入職者に占める産業別シェアである.ただし, 統計の継続性の観点から建設業を除くベースとした.

出所) 厚生労働省『雇用動向調査』(各年)より作成. 91 年 製造業 26.5%

サービス業 26.4% 卸小売等 33.4%

(15)

るように,80 年代前半までは製造業への入職がもっとも多かったが,87 年 以降は「卸売・小売,飲食店」への未就業者の参入がもっとも多くなってお り,バブル景気による内需拡大の影響が表れているものと考えられる.また, 91 年にサービス業の入職者が製造業に追いついた後,その後は,入職者数 が減少傾向にある製造業をサービス業が大きく上回って推移しており,製造 業のシェアが徐々に小さくなっていることがわかる.これは,「卸売・小売, 飲食店」およびサービス産業では,新卒以外の未就業者の参入,つまり女性 の参入が増加していることによる影響が大きいことが背景にあると考えられ る.

こうした動きを反映して,未就業者の産業別シェアを見ると,製造業への 就職割合が 91 年には全未就業者のうちの 26.5%であったのに対して,2003 年には 14.2%まで減少する一方,サービス業および「卸・小売業,飲食店」 の就業割合が大幅に増加したといえる.

既就業者の転職行動

次に,これまで製造業に勤務していた就業者の転職の際に,どのような産 業に移動しているのかを,厚生労働省『雇用動向調査』から見てみることと する.製造業の離職率は,91 年から 2001 年の 10 年間で見ても 12%となっ ており,すなわち,就業者の約 1 割が定年などによる退職・解雇,あるいは 他企業への出向(ただし,同一企業内での他の事業所への異動は含めない) で転職していることになる.

そのうち,非労働力化あるいは失業した人を除いた転職者の異動先産業を

見ると7),図表 11 9 が示すように,以前働いていた製造業に転職する人の

割合は,50%を超えており,内訳のなかではもっとも大きなシェアを占める が,その比率は,男女ともに低下傾向にあり,とくに,男性については,90 年代には下落傾向が顕著に見られることがわかる.そのうち男性について見 ると,84 年の 73.2%から 2001 年の 53.2%へ,また,女性については,83 年の 75.3%から 2002 年の 43.0%へと,男女ともに 20%程度の人が,以前 働いていた製造業以外の産業で転職するようになっていることがわかる.

(16)

製造業内での転職が男女ともに減少する一方で増加しているのは,製造業 からサービス業への転職であり,男女ともに 7%台から 24%程度にまで製造 業を辞めた人のうちサービス業に転職する人の割合は大きく増加している. とくに,製造業からサービス業への転職率は,男性については 1991 年から 2001 年までの 10 年間で 11%ポイント上昇したが,押し上げ要因を年齢別に 区分してみると,55 64 歳の転職がもっとも大きく,当該年齢でほぼ半分に あたる 4.8%ポイント分を説明することができる.次いで,25 34 歳(2.8% ポイント),35 44 歳(2.2%ポイント)の順となっている.このことから, 製造業からサービス業への転職率を高めているのは,若年層が多いわけでは なく,定年退職前後の比較的高齢者の層がサービス業への転職を活発化させ ていることとなる.

以上,ストック統計である『賃金構造基本統計調査』とフロー統計である 『雇用動向調査』から 80 年代と 90 年代の雇用動向を見てきた.これまでの

結果を踏まえて整理する.

第 1 に,90 年代には,中・高卒,大卒ともに製造業の雇用シェアが低下 しており,こうした製造業の雇用シェア(男性)の減少は,サービス業,運 輸・通信業における雇用シェアの増加との負の相関を強めており,製造業か

80

70

60

50

40

30

20

10

0

1981 84 87 1990 93 96 99 2002(年)

製造業からサービス業への異動

製造業から製造業への異動

男性

女性

男性

女性 (%)

図表 11 9 前職が製造業の人の転職先

(17)

らサービス業等への雇用の流れが生じていることを示唆している.

第 2 に,製造業における男性の雇用減少を学歴別かつ年齢階層別に見ると, 50 代の中・高卒雇用者の減少幅が大きいものの,他の年齢階層や大卒雇用 者でも減少が見られる.

第 3 に,新卒の男女入職者の動向を見るとサービス業の割合が高まってお り,また,既就業の転職者についても,これまで製造業に勤めていた人が サービス業へ転職する確率は 90 年代に高まった.とくに,比較的高齢層で の製造業からサービス業への転職の動きが活発化していると考えられる.

ただし,第 3 の点については,阿部[2005]にあるように,90 年代は,転 職しようとしても職が見つからずに失業してしまう確率が高まっていること から,製造業から他産業への転職に失敗し,失業する例も増えていると思わ れる点にも留意が必要である.

次節では,こうした雇用変化の背景に経済のグローバル化の要因があるの ではないかという観点からの議論を行う.

5

グローバル要因が雇用に与えた影響

ここでは,製品輸入の増加や海外の生産拠点の増強といったグローバル化 の進展が労働市場に与えた影響について,男性就業者の産業シェアに着目し て実証的な分析を試みることとする.前述したとおり,既存の分析では労働 市場におけるグローバル化の影響を各産業における生産関数から導出された コストシェア関数を推計することによって検証する手法を用いている例が多 い.その場合,被説明変数としては,ある投入要素のコストに占める割合を 推計することとなるが,学歴別就業者のコストシェアは,高卒の労働供給の 減少,大卒の労働供給の増加といった社会全体の高学歴化の影響を受けやす い.そのため,ここでは,ある学歴の全産業における男性就業者を分母にし て,産業別の就業者数を分子とする産業別の就業者シェアを被説明変数とす ることで,高学歴化という供給要因による影響を捨象することとした.

(18)

推計のためのモデル式 就業者の産業別のシェアを被説明変数とするが,

学歴区分として,中・高卒および大卒の 2 つの区分8)を採用し,中高卒就

業者の産業別シェアと大卒就業者の産業別シェアを推計する.また,産業別

シェアについては9),就業者シェアが比較的高い「建設業」,「製造業」,「運

輸・通信業」,「卸売・小売業,飲食店」,「サービス業」の 5 つとした. 被説明変数を説明するために用いた変数は,賃金要因としては,中・高卒 および大卒の当該産業の所定内賃金,生産要因としては,当該産業の実質生 産額,また,グローバル要因としては,製品輸入比率とアジアにおける生産 比率である.これらの 3 要因に加えて,生産性に関する変数も採用すべきで あるが,賃金との相関が強くなることから,採用しなかった.

また,実際に推計する際には,賃金要因については,所定内賃金の対前年 比と,当該産業の所定内賃金の全産業に対する相対比率の 2 つのパターンを 試みた.同様に,生産要因としても,当該産業の生産額の対前年比と,全産 業に占めるシェアの 2 つのパターンを検討した.賃金要因と生産要因の 2 つ のパターンの組み合わせにより,4 つのケースについて推計することとした.

推計に用いたデータ 被説明変数である中・高卒および大卒の就業者の 産業別シェアは,厚生労働省『賃金構造基本統計調査』の 1982 年から 2003 年までのデータを利用した.2004 年以降のデータを使用していないのは, 日本標準産業分類の第 11 回改訂により産業分類が変更になったために, データの接続が困難となったためである.

賃金要因である所定内賃金については,厚生労働省『賃金構造基本統計調 査』における学歴別の所定内賃金を利用した.中高卒労働者の賃金について は,当該調査における中卒と高卒のそれぞれの所定内賃金を就業者数で加重 平均して算出した.生産要因である実質生産額については,内閣府『国民経 済計算』の製造業およびサービス業の実質 GDP を使用した.1995 年基準の 93SNA の暦年計数を使用している.

グローバル要因の 1 つである製品輸入比率については,財務省『貿易統

8) 厚生労働省『賃金構造基本統計調査』における学歴区分は,中卒,高卒,高専・短大卒,大卒 の 4 つであるが,ここではシェアの小さい高専・短大卒については捨象している.

(19)

計』の SITC の第 4 9 分類の合計の全体の輸入額に占める割合を算出した. もう 1 つのアジアにおける生産比率については,通商産業省『海外事業活動 基本調査』におけるアジア地域での従業者数を,内閣府『国民経済計算』に おける製造業の就業者数で除したものを代理変数として採用した.また,ア ジア地域での従業者数には,サービス産業での従業者も含まれるが,サービ ス産業に従事するシェアは相対的に小さいこと,また,製造業と同様のトレ ンドをもって推移していると考えられることから,その影響は無視できる.

推計方法 実際の推計期間は 1984 2003 年とサンプル数が少ないため,

5 つの産業のデータ,および中・高卒,大卒のデータをプールして推計する こととした.賃金要因,生産要因として採用する変数は,前述したように伸 び率と比率の 2 パターンがある.それらの説明変数について,産業間でそれ ぞれ異なるパラメータを仮定すべきかどうかについて,WALD テストに よって検証した.産業間で同じパラメータを取るという帰無仮説のテスト結 果は図表 11 10 のとおりとなった.

また,切片の均一性についての F 検定を行ったところ,いずれも均一性 があるという帰無仮説は棄却されたため,固定効果(Fixed Effect)推定を 行うこととする10)

産業間での分散不均一の問題が想定されるため,標準誤差を White diago-nal method で修正を行う.また,系列相関の問題に関しては,一期前の変 数を追加することによる修正を行った.さらに,内生性の問題に対処するた めに操作変数法を使った推計も試した.

変数の記述統計量 図表 11 11 は推計で使用される変数の記述統計量を

10) 本来であれば,変量効果についても試すべきであるが,計量ソフトの技術的問題から今回は 固定効果を採用することにした.

図表 11 10 パラメータの産業間の均一性の検定結果

(20)

図表 11 11 推計で使用 被説明 中・高卒就業者の産業別シェア 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 平均値 0.111 0.393 0.148 0.129 中央値 0.111 0.395 0.149 0.132 最大値 0.126 0.410 0.165 0.148 最小値 0.097 0.371 0.130 0.106 標準誤差 0.010 0.012 0.009 0.014

説明 中・高卒就業者の相対賃金(全産業平均賃金=1.00) 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 平均値 1.066 1.028 1.081 0.984 中央値 1.079 1.028 1.080 0.986 最大値 1.119 1.065 1.122 1.024 最小値 1.007 0.999 1.034 0.942 標準誤差 0.037 0.022 0.026 0.027

中・高卒就業者の賃金の前年比(前年=1.00) 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 平均値 1.019 1.019 1.019 1.020 中央値 1.015 1.022 1.020 1.024 最大値 1.074 1.049 1.053 1.055 最小値 0.954 0.985 0.970 0.970 標準誤差 0.028 0.017 0.021 0.021

産業別生産のシェア

建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 平均値 0.095 0.257 0.146 0.203 中央値 0.101 0.257 0.148 0.203 最大値 0.115 0.271 0.167 0.216 最小値 0.068 0.242 0.125 0.188 標準誤差 0.015 0.009 0.014 0.010

アジア生産比率 製品輸入比率 平均値 8.832 51.448 中央値 6.620 51.951 最大値 21.918 62.467 最小値 2.617 27.200 標準誤差 5.861 11.117

(21)

される変数の記述統計量 変数

大卒就業者の産業別シェア

運輸・通信業 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 運輸・通信業 0.178 0.082 0.283 0.242 0.225 0.050 0.177 0.081 0.285 0.237 0.227 0.049 0.187 0.091 0.296 0.267 0.275 0.060 0.171 0.076 0.260 0.212 0.179 0.043 0.004 0.005 0.011 0.019 0.029 0.004 変数

大卒就業者の相対賃金(全産業平均賃金=1.00)

運輸・通信業 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 運輸・通信業 0.751 0.988 0.980 0.942 1.048 0.941 0.714 0.988 0.977 0.940 1.048 0.948 0.914 1.056 0.996 0.961 1.077 0.984 0.647 0.934 0.971 0.931 1.030 0.897 0.095 0.030 0.007 0.009 0.013 0.026

大卒就業者の賃金の前年比(前年=1.00)

運輸・通信業 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 運輸・通信業 0.998 1.022 1.019 1.021 1.019 1.018 1.001 1.022 1.017 1.020 1.021 1.021 1.016 1.071 1.050 1.066 1.053 1.061 0.971 0.964 0.989 0.968 0.987 0.986 0.013 0.031 0.017 0.024 0.019 0.021

産業別生産の伸び率

(22)

示したものである.被説明変数である産業別シェアをみると,中・高卒,大 卒ともに製造業のシェアがもっとも高い.また,サービス業の標準誤差が大 きいことから,ほかの産業と比較して大きく変化していることがわかる.相 対賃金を見ると,中・高卒では,サービス業および運輸・通信業で平均より も低い水準であり,さらに相対賃金は低下している.大卒については,サー ビス業が平均よりも高い水準であるが,徐々に平均に近づいている.賃金の 上昇率については,伸び率の減少がどの産業についても見られるが,なかで も中・高卒の運輸・通信業でほかの産業よりも低い伸びとなっている.産業 別の生産額の伸び率を見ると,建設業で減少傾向にある.また,産業別の建 設業のシェアはそれを反映して減少している.グローバル要因であるアジア 生産比率は,92 年までは安定しておおむね横ばいで推移し,その後大きく 上昇している.また,製品輸入比率は,80 年代後半に大きく上昇したあと も 90 年代に入って緩やかに上昇したが,98 年以降はおおむね横ばいで推移 している.

推計結果 想定される符号は,当該産業の相対賃金については労働需要

側の影響が反映されているとすればマイナス,他方,労働供給側の影響が反 映されているとすればプラスとなり,一概に確定することはできない.他方, GDP シェアについては,プラスである.これは,産業全体に占める当該産 業の GDP シェアが高まれば,産業全体して占める就業者のシェアも増加す るためである.他方,グローバル化要因である,製品輸入比率,および海外 生産比率については,製造業については,マイナスとなるが,また,サービ ス業については,プラスになることが期待されている.

パターン 1 4 について推計を行ったが,ここでは紙面が限られていること からそのうちの一部の結果を図表 11 12 で示すこととする.

グローバル要因

(23)

11

経済のグローバル化が

90

年代の労働市場に与えた影響

389

ケース A ケース B ケース C ケース D

アジアでの 生産比率の パラメータ

中・高卒就業者 建設業 0.00094** 0.000876** −0.000222 −0.000213 0.000387 0.000349 0.000723 0.001083 製造業 −0.001767*** −0.000565 −0.000605 0.000018 0.000355 0.000835 0.000778 0.000962 卸・小売業 −0.001035** −0.000324 −0.000541 −0.000925 0.000423 0.000468 0.000461 0.000625 サービス業 0.001499*** 0.000916* 0.000853 0.001349*

0.00033 0.000482 0.000722 0.000694 運輸・通信業 0.000616** 0.000959*** 0.001047*** 0.001007**

0.000257 0.000269 0.000292 0.000443 大卒就業者 建設業 −0.000037 0.000218 −0.000932* −0.000889 0.000405 0.000289 0.000559 0.000824 製造業 −0.001551*** −0.001493*** −0.001777*** −0.001953***

0.000378 0.000342 0.000246 0.000411 卸・小売業 −0.002091** −0.002129*** −0.001676*** −0.001919***

0.000719 0.000627 0.000356 0.000528 サービス業 0.003581*** 0.003439*** 0.003509*** 0.003864***

0.000664 0.000421 0.000379 0.000402 運輸・通信業 0.000609** 0.000843*** 0.000617 0.000325

0.000185 0.000163 0.000262 0.000281

その他の説明変数 賃金伸び率・産出伸び

率(ともに産業間の均 一性を仮定),自己ラグ, 定数項

相対賃金(産業間の不 均一性仮定),産出伸び 率(産業間の均一性仮 定),自己ラグ,定数項

相対賃金・産出シェア (ともに産業間の不均一 性仮定),自己ラグ,定 数項

同左

推計方法 OLS OLS OLS 操作変数法

S. E. 0.005755 0.00539 0.004948 0.004995

F 値 2691.779 2178.509 2109.045 2004.992

サンプル数 200 200 210 200

推計期間 1984 2003 1984 2002 1983 2003 1983 2002

注) 1.操作変数として,賃金要因および産出要因の一期前の変数を用いた.

(24)

造業および「卸・小売,飲食店」のシェアには有意にマイナス,また,サー ビス業には有意にプラスの影響を及ぼしていることが明らかとなった.他方, 中・高卒については,大卒でみられたような明らかな関係は見られず,製造 業へのマイナスの効果,サービス業へのプラスの効果が見られたのは,ケー ス A の場合のみであった.すなわち,大卒と比較すると中・高卒ではそれ ほど強い相関関係は見出されないこととなる.他方,中・高卒では運輸・通 信業で有意にプラスとなった.

アジアにおける生産比率の代わりに,製品輸入比率のパラメータを採用し た場合でも,アジアでの生産比率とほぼ同じ結果となった.すなわち,大卒 については,製造業および「卸・小売,飲食店」のシェアには有意にマイナ ス,また,サービス業については,有意にプラスとなった.他方,中・高卒 については,製造業に対してはあまり明確な傾向は現れなかったものの,生 産比率の場合とは異なりサービス業への影響は有意にプラスになった.

賃金要因

産業間で同じ賃金パラメータを仮定したケース A では,賃金上昇率のパ ラメータは有意な結果にはならなかった.他方,産業ごとに相対賃金にパラ メータの違いを認めたケース B,C および D では,当該産業の相対価格が 就業者シェアに与える影響は,大卒のサービス業で有意にマイナスとなった. 製造業に関しては,符号はマイナスであったものの,有意な結果にはならな かった.他方,中・高卒では,ケースによってばらつきが見られ,安定的な 関係は見出せなかった.このように大卒のサービス業で有意に安定してマイ ナスの関係が検出されたのは,相対賃金が低下と大卒におけるサービス業の シェアの拡大との相関の強さを意味するものであり,その背景にサービス業 における労働供給が増加したことを示唆しているともいえる.

産出要因

(25)

の他の製造業,「卸・小売業,飲食店」などでは,有意にマイナスの結果と なっている.通常であれば,産業別の産出シェアと就業者シェアの間には, プラスの相関があることが期待されるが,このように必ずしも安定的な関係 が得られていないのは,各産業における生産性上昇を加味していないことに よる影響が出ているものと考えられる.

今回の推計は,グローバル要因が学歴別に見た就業者の産業シェアにどの ような影響を与えたかを検討することを目的としたものである.推計上の問 題点を改善する余地は残されているものの,総じて,グローバル要因として の直接投資の増加,貿易の増加はともに国内の就業者の産業シェアに影響を 及ぼしており,その影響は,中・高卒よりも大卒の産業別シェアにとくに有 意であるという結果になった.すなわち,大卒就業者における製造業, 「卸・小売,飲食店」のシェアの低下,他方でサービス業のシェアの増加は,

クローバル化の影響を受けているということである.

既存の分析では,グローバル要因は,製造業における大卒への労働需要を 増加させたという結果が得られているが,産業間の資源配分を加味して考え ると,今回の分析で見てきたようにグローバル要因は,製造業の大卒雇用に 対してマイナスの影響を与えていると考えられる.さらに,グローバル要因 がサービス業における大卒雇用に対して,プラスに働いていることを考慮す ると,グローバル要因が製造業における大卒就業者のみならず,経済全体に 与えた影響は無視できないと考えられる.グローバル化の影響を把握するに は,製造業だけではなく,サービス業なども含めた全産業を見渡した分析が 不可欠であるといえる.

6

おわりに

本稿で明らかとなったことは,

① 90 年代は,製造業の従事する就業者が減少する一方,サービス産業 の従事者が増加するなど,これまでにないスピードでサービス産業への 雇用シフトが生じた.

(26)

運輸・通信業における雇用シェアの増加との相関関係は,90 年代は 80 年代と比較して強くなっており,製造業からサービス業や運輸・通信業 への雇用の流れが 90 年代に加速したと考えられる.

③ 90 年代の製造業の就業者の変化を学歴別,年齢別に見ると,すべて の年齢層で雇用減が生じており,とくに,50 歳代の中・高卒の就業者 の離職がもっとも多い.また,大卒就業者についても,すべての年齢層 にわたって雇用減が見られる.

④こうした雇用の流れを形成しているのは,定年退職前後の 55 64 歳の労 働者がもっとも多く,それまで製造業で働いていた人々がサービス業へ 転職する傾向が強まっているといえる.

⑤未就業者の入職行動や既就業者の離職行動を見ると,製造業からサービ ス産業へのシフトが見られ,フロー統計でも②,③と同様の結果が読み 取れる11)

⑥このような就業構造の変化とグローバル化との関係を実証的に把握した ところ,グローバル化により就業者シェアへの影響が有意に把握できた のが大卒就業者であり,製造業および「卸・小売業,飲食店」の就業者 シェアを引下げ,逆にサービス業における就業者シェアを引上げたと考 えることができる.グローバル化は製造業の大卒の需要を増加させたと いう見方もあるが,本分析のように産業間の移動行動から考えると,製 造業大卒就業者に対してもマイナスの影響を与え,他方,サービス業で の雇用にはプラスに影響したと考えられる.

このように,90 年代のバブル崩壊期は,経済のグローバル化が急速に進 展したことにより,雇用面でのサービス経済化が進み,そのことが日本の産 業構造変化に果たした役割は大きい.その意味で,90 年代は,雇用面での これまでにない構造変化が生じている時期であり,一般的に「失われた 10 年」といわれているものの,労働市場では,新しい産業構造の展開に向けた 大きな変動の時期であるといえる.

(27)

参考文献

阿部正浩[2005],『日本経済の環境変化と労働市場』東洋経済新報社.

伊藤恵子・深尾京司[2005],「日本の産業間・産業内国際分業と対外直接投資――国内の 物的・人的資本深化への影響」Hi-Stat Discussion Paper Series, No. 115.

佐々木仁・桜健一[2004],「製造業における熟練労働への需要シフト――スキル偏向的技 術進歩とグローバル化の影響」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ,No. 04 J 17. Molnar, Marget, Nigel Pain, and Daria Taglioni [2007], The internationalisation of

produc-tion, international outsourcing and employment in the OECD, OECD Economics Depart-ment Working Paper, No. 561.

図表 11 11 推計で使用 被説明 中・高卒就業者の産業別シェア 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 平均値 0.111 0.393 0.148 0.129 中央値 0.111 0.395 0.149 0.132 最大値 0.126 0.410 0.165 0.148 最小値 0.097 0.371 0.130 0.106 標準誤差 0.010 0.012 0.009 0.014 説明 中・高卒就業者の相対賃金(全産業平均賃金=1.00) 建設業 製造業 卸・小売業 サービス業 平均値 1.066 1

参照

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