• 検索結果がありません。

pdf 公開中の記事 安田洋祐の研究室

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "pdf 公開中の記事 安田洋祐の研究室"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

お小遣いルールに学ぶ制度設計の経済学

逆選択とモラルハザードの違いがわかる!

安田洋祐

初出: 2012 年 10 月

子供時代を思い出してほしい

子供の頃,あなたはどのようなルールでお小遣いをもらっていただろうか?  どうしてそのルールになっていたのか,理由を説明することができるだろうか?

こう聞かれると,唐突に感じるかもしれない.だが,このシンプルな質問は,社 会や経済の仕組みのデザイン,つまり制度設計に通じる問いかけでもあ るのだ. 親が子供に与えるお小遣い,そんな身近なテーマを手掛かりに,今回は「制度を 設計するうえでの大事な注意点」について考えてみたい.

仮に今,ある家庭で「お小遣いは必要に応じて適当な金額をその都度親が子供 に渡す」というルール (「要求制」と呼ぼう) が定められていたとする.このとき, いったいどんな問題が生じるだろうか.

もちろん,実際に何が起こるかは場合によりけりで,ピンポイントな予測は難 しい.そもそも,子供が正直に自分の買いたいものを選び,その必要性をウソ偽 りなく親に伝え,親が子供からのリクエストをきちんと判断できるような家庭で あれば,まったく困難は生じないのだ.

しかしこの要求制の下では,多くの家庭で,子供が必要性の低いオモチャまで どんどんおねだりするようになったり,使い道をうまくごまかしておカネを貯め 込んだり,前もって決めておいた約束とは違うことに使ってしまったり,といった 問題が,きっと出てくる.逆に,子供にとって本当に必要なものが何なのかを親 が判断できずに,本当は渡すべきおカネを与えられない,そんな問題も起こるか

本稿は『週刊東洋経済』2012 年 10 月 20 日号 (「介護で選ぶ老後の住まい」) に掲載された「イ ンセンティブの作法」第一回を転載したものです.

やすだ・ようすけ — 1980 年生まれ.大阪大学大学院経済学研究科准教授.専攻はゲーム理論. 編著書に『学校選択制のデザイン—ゲーム理論アプローチ』(NTT 出版) など.感想は Twitter ア カウント@yagena まで.

1

(2)

もしれない.

このように見ていくと,お小遣いの要求制というのは,いかにもうまくいかな そうなルールだ.実際に,要求制のお小遣いルールを採用している家庭は少数派 で,「月々いくら」といった定額制のほうがはるかにポピュラーだろう.では,こ の要求制ルールの失敗をもたらす本質的な理由とはいったい何なのだろうか.

制度設計に立ちはだかる二つのギャップ

それは,親と子供の利害の不一致,そして両者の間に横たわる情報の非対称性 だ.具体的にいうと,利害の不一致は「子供はできるだけたくさんお小遣いが欲し い.一方で,親は適度な金額を渡したい」という目的のギャップに対応している.

情報の非対称性は,「親は子供が何をどれだけ欲しいか本当のところを知らな い」,あるいは「渡したおカネが実際に何に使われたのかわからない」という情報 のギャップに対応する (経済学の世界では,前者の状況をアドバースセレクション, 後者をモラルハザードと呼ぶのだが,それはまた後で説明しよう).

さて,このようなギャップは,お小遣いルールの設計のような家庭内の決め事だ けでなく,世の中のさまざまな制度設計において現れる,一般的な課題であるこ とが想像できるのではないだろうか.そこで今度は,親=銀行,子供=企業 (借り 手),お小遣い=融資,と置き換えて,銀行融資について考えてみよう.

安定した短期的な融資の返済を要求する銀行と,自社の存続や長期的な利益の 最大化を目指す企業との間では,しばしば目的が食い違う.つまりそこには,一 つ目のギャップである利害の不一致が存在しうる.これを前提とすると,二つ目の ギャップ,情報の非対称はどのような問題を引き起こすのだろうか.

銀行融資で情報の非対称性を考えると · · ·

まず,銀行は投資プロジェクトの収益性や採算性について,当事者である借り 手ほどには詳しく知らず,収益性に応じた金利の設定はできない.すると,高い 利率になればなるほど,(平均的には) 収益性が低く,債務不履行のリスクが高い 企業が融資を求めてくるようになる.ここで貸し倒れリスクに対処しようと下手 に金利を上げると,借り手の質はさらに悪化,融資の採算を取りにくくなってし まうかもしれない.

ちなみに,融資を決定する前から情報の非対称性が存在する状況を,アドバー スセレクション (逆淘汰) と呼ぶ.この名称は,良い借り手が市場から退出し,悪 い借り手が生き残る,という —いわゆる自然淘汰とは逆の— 現象が,事前の情報 の非対称性によって引き起こされることに由来する.

また,銀行には自分たちの貸し出した資金が実際にどのように使われたのかも 2

(3)

正確にはわからない.このように,融資を決定した後に情報の非対称性が発生する 状況はモラルハザードと呼ばれる.このモラルハザードに対処するためには,借 り手の行動を律する契約やルールなどの仕組み作りが欠かせない.リーマンショッ クの際に,運用成果に連動した報酬を受け取る投資会社やファンドマネジャーた ちの,過度にリスキーな投資行動が問題となったのは記憶に新しいが,これも典 型的なモラルハザード問題の一例だった.

ここまでの話をまとめると,制度を設計する際には,個々の参加者が設計者の 知らない私的な情報を持っていて (=情報の非対称性),その情報を生かしつつ参 加者自身にとって得になるように振る舞ってくる (= 利害の不一致),という点に 注意することが重要だとわかる.

これらの特性をくみ取らずに,要求制お小遣いのような浅はかな制度設計を行 うと,参加者たちに制度の裏をかかれて失敗してしまう.要は,「インセンティブ と情報の問題をきちんと考慮しない制度設計は絵に描いた餅にすぎない」のだ.

蓼食う虫も好き好きのインセンティブ

ところで,経済学では個々人が (好みや基準がどうであれ) 本人にとって望まし い選択を行う,と考える.この大前提を,「各人はインセンティブに従って行動す る」というふうに表現する.本連載のタイトル「インセンティブの作法」とは,経 済学の作法そのものなのである.

インセンティブは,金銭的な動機という狭い意味で使われることがあるが,実 は金銭換算できないリターンやコスト,心理的な影響なども含む.「蓼食う虫も好 き好き」で構わない,という点に注意してほしい.

話を制度設計に戻そう.実は,インセンティブや情報の非対称性は,経済学が 古くから得意とするテーマだ.特に制度設計に関する問題は,メカニズムデザイ ン理論という分野で 1970 年代以降,精力的に研究されてきて,2007 年には,この 分野のパイオニアたちにノーベル経済学賞が授与されている.

近年では,電波オークションの仕組みや研修医のマッチング制度,学校選択制 など,現実の制度設計にその学術成果が役立てられている.ともすれば机上の空 論と揶揄されがちな従来の経済学に対するイメージ (これは,エキサイティングで 実用性の高い中身をきちんと伝えられていない私たち学者の責任なので反省 · · · ) に反して,メカニズムデザイン理論の考え方は着々と実践され,徐々に世の中を 変えつつあるのだ.

この強力なツールをどう活用していくか.それは,社会や経済の仕組みをうま くデザインしていくうえでのカギを握っている.

3

参照

関連したドキュメント

シークエンシング技術の飛躍的な進歩により、全ゲノムシークエンスを決定す る研究が盛んに行われるようになったが、その研究から

の点を 明 らか にす るに は処 理 後の 細菌 内DNA合... に存 在す る

この問題に対処するため、第5版では Reporting Period HTML、Reporting Period PDF 、 Reporting Period Total の3つのメトリックのカウントを中止しました。.

線遷移をおこすだけでなく、中性子を一つ放出する場合がある。この中性子が遅発中性子で ある。励起状態の Kr-87

日林誌では、内閣府や学術会議の掲げるオープンサイエンスの推進に資するため、日林誌の論 文 PDF を公開している J-STAGE

題が検出されると、トラブルシューティングを開始するために必要なシステム状態の情報が Dell に送 信されます。SupportAssist は、 Windows

「系統情報の公開」に関する留意事項

生活のしづらさを抱えている方に対し、 それ らを解決するために活用する各種の 制度・施 設・機関・設備・資金・物質・