10 バランスシートの毀損と実物経済
――1990 年代以降の日本経済の実証分析
小川一夫
要 旨
1990 年代には地価の暴落を契機として金融機関が保有していた貸出資産 の多くが不良債権化した.同時に,債務者側である企業にとっても債務が資 産を超過する過剰債務の状況が発生した.このような金融機関や企業のバラ ンスシートの毀損が,企業行動に対してどのような影響を及ぼしたのか,企 業や金融機関のミクロデータに基づいて定量的な分析を行うことが本稿の目 的である.
1
はじめに
わが国では 1980 年代中ごろから後半にかけて地価,株価に代表される資 産価格の高騰が見られた.資産価格の決定要因であるファンダメンタルズか ら大きく乖離した資産価格の上昇を示す観測事実が多く報告され,この時期 は「バブル」期と呼ばれるようになった.
しかし,1989 年から 90 年にかけて公定歩合が立て続けに引き上げられ, 地価の高騰を抑えるため 90 年 3 月に大蔵省(現財務省)は不動産融資規制 の通達を出した.金融の緩和基調に終止符が打たれたことにより,株価(東 証株価指数)は 89 年末をピークに下落に転じた.地価(六大都市市街地価 格指数)も少し遅れて 90 年 9 月にピークを迎えた後,2005 年 3 月に底を打 つまで,実に 15 年近く下落が続いた.
バブルの崩壊とともに経済主体のバランスシートは,大きく毀損した.債 権者にとっては不動産関連の貸出が不良債権化し,債務者側では借入債務の 多くが返済不能となり,過剰債務の状況が発生した.各経済主体のバランス シートの悪化は,経済主体の行動にも多大な影響を及ぼした.とくに,巨額 の不良債権を抱えた銀行部門に対しては,マスコミにも「貸し渋り」,「貸し 剥がし」,「追い貸し」ということばが登場し,不良債権が金融仲介機能へ及 ぼす影響について大きな関心が寄せられた.
論文の構成は以下のとおりである.第 2 節は銀行や企業のバランスシート が毀損した場合に,それがどのようなチャネルを経て企業行動にどのような 影響を及ぼすのか,理論的整理を行う.第 3 節では,銀行や企業のバランス シートが毀損した場合,企業行動にどのような影響が及ぶのか,わが国を対 象としてこれまでに行われてきた実証研究をサーベイする.第 4 節以降は, 前節までの議論を受けた実証分析のパートである.われわれは企業の長期的 な成長力を規定する設備投資,雇用,研究開発投資を取り上げ,銀行の不良 債権や企業の過剰債務がそれぞれの需要行動にどのような影響を及ぼしたの か,企業のミクロデータに基づいた計量分析を展開する.第 4 節では設備投 資行動を,第 5 節では雇用行動を,そして第 6 節では研究開発投資行動を取 り上げる.第 7 節は本論文の結びである.
2
バランスシートの毀損と企業行動
――理論的整理本節では,まず企業や銀行のバランスシートが毀損した場合,どのような チャネルを経て企業行動に影響が及ぶのか,理論的整理を行う.ここで対象 となる企業活動は,設備投資,雇用,研究開発投資といった準固定的な生産 要素への需要である.これらの生産要素は,長期にわたり生産活動に寄与す ることから,その水準の決定は長期的な観点からなされることになる.また, 工場の建設や新たな機械設備の設置は,経常的な生産要素の再配分や経営組 織の変更をともなうことも多く,従来から稼働している生産ラインにも影響 が及ぶと考えられる.このような企業組織の調整にともなって発生するコス トは「調整費用」と呼ばれ,準固定的な生産要素に対して直接支払われる費 用に加えて追加的に発生するものである.
2.1 企業のバランスシート毀損が企業行動へ及ぼす影響とその経路
その行動を監視する際に生じるコストや,「レモン市場」やモラル・ハザー ドにより生じるコストを反映している.外部資金プレミアムは外部資金の調 達コストを通じて,債務者の経済活動に影響を及ぼすことになる.
外部資金プレミアムの存在は,資金の調達方法が投資の決定には影響を及 ぼさないという有名なモジリアーニ・ミラーの定理に疑問を投げかけるもの である.というのも,その定理の見解とは対照的に,内部資金コストは外部 資金のコストよりも低く,企業の投資が内部資金の利用可能性に左右される からである2).さらに外部資金プレミアムは借り手の借入残高に対する担保
可能な正味資産の割合の減少関数となることが示される.したがって,借り 手の正味資産に対する負のショックは外部資金プレミアムを上昇させ,投資 を減少させる.
ここで留意すべき点は,外部資金プレミアムはすべての借り手に同一とは かぎらないことである.中小・中堅企業に対しては高い外部資金プレミアム が課される可能性がある.第 1 の理由は,大企業が十分な担保可能な正味資 産を保有し,負のショックを分散させることができるのに対して,中小企業 は十分な正味資産をもたないからである3).
第 2 の理由は,後で述べるように日本における大企業の多くは「系列」と 呼ばれる産業グループに属し,そのグループの中核となるメインバンクが貸 し手と借り手との間の情報の非対称性を緩和させる役目を担っているからで ある.
企業債務が企業行動に影響を及ぼす第 2 の経路は,デット・オーバーハン グ(debt overhang)仮説と呼ばれている.デット・オーバーハングという のは過大な債務があるために新規の投資が抑制される現象である.債務残高 が投資プロジェクトの市場価値よりも大きくなったとき,デット・オーバー ハングが発生する.なぜなら,新規の投資から上がる収益が,既存の債権者 に優先的に配分されるからである.このような状況では新規の投資家はこの
1) エージェンシー・コストとも呼ばれる.
2) この分野には多くの研究があるが,資本市場の不完全性下における設備投資行動をサーベイし た研究として Hubbard[1998]がある.
企業に対して融資を実行する誘因をもたないために,投資を実行するための 資金が捻出できず,投資の実行は妨げられてしまう4).
企業債務が投資に影響を及ぼす第 3 の経路は,負債の規律効果といわれる ものである.過大な債務を抱えた企業の経営者は,企業が倒産した場合に自 らが経営の責任をとり解雇されることを熟知している.このような企業の経 営者は,自らの地位を維持するために過剰な負債の削減に向けてさまざまな 合理化を実行していくであろう.設備投資をできるだけ抑制して過剰な生産 能力の圧縮を図り,資本の効率性を高めることも一案である.また,過剰な 人員を整理して新規の採用を控えようとするだろう.これが負債の規律効果 といわれるものである.
このように企業の財務状況が悪化した場合,さまざまな経路を経て企業の 実物行動が抑制されることがわかる.
2.2 銀行のバランスシート毀損が企業行動へ及ぼす影響とその経路
銀行のバランスシートの状態も企業行動に影響を及ぼす重要な要因の 1 つ である.銀行は貸し手と借り手との情報の非対称性を緩和させる情報生産を 行い,金融仲介の機能を果たしている.銀行は借り手の情報を収集すること によって借り手の資金需要を精査し,融資契約が遂行されるように借り手を 監視する.しかし,預金者が零細であり多数存在するならば,個々の預金者 は借り手を監視する誘因をもたない.したがって,「委任された監視者」 (delegated monitor)としての銀行が監視コストを負担し,情報生産に当た
ることになる5).
わが国では,メインバンクが貸し手と借り手との情報の非対称性を緩和さ せるうえで枢要な役割を果たしてきた.借り手の情報は長期的,安定的な融 資関係を通じてメインバンク内に蓄積されていく.さらに,財務危機に陥っ た企業を救済するためにメインバンクが人員を送り込んで経営状態を直接監 視することも多い6).
4) デット・オーバーハングの詳細な議論については,Myers[1977]や Hart[1995]を参照のこと. 5) 「委任された監視者」として金融仲介をとらえた先駆的な研究としては Diamond[1984]や
Boyd and Prescott[1986]がある.
銀行のバランスシートへのショックが企業行動に影響を及ぼすチャネルは 2 つのものが考えられる.第 1 の経路は銀行のバランスシートの毀損が貸出 行動に影響を及ぼし,それが銀行依存度の高い企業の行動に波及するという ものである.銀行のバランスシートへの負のショックとして不良債権の増加 を考えよう.不良債権が銀行の貸出行動に及ぼす効果には,2 つの相反する 効果が考えられる.
第 1 の効果は,銀行の貸出行動への負の影響である.その理由としてはさ まざまなものが考えられる.まず,不良債権を抱えている場合,これ以上不 良債権を増やさないためにも貸出にともなう審査活動が厳格化し,貸付後も 企業行動の監視が強化される.これらは貸出にともなう限界費用を上昇させ, 貸出に対してマイナスの効果を与える.さらに,不良債権の処理に銀行内の 多くの資源が投じられることにともなって,新たな貸出を行うための審査活 動,モニタリング活動が滞ってしまい,貸出が減少することも考えられる. 第 2 の効果は,不良債権が多い銀行ほど高収益・高リスクな貸出を行った り,非効率な投資案件に貸出を増加させるというものである.このような行 動は「追い貸し」という言葉で形容されることが多い.このような貸出行動 も銀行の合理的な行動の帰結として理解することができる.たとえば,預金 保険制度が存在しており,そのコストの一部しか銀行が負担しない場合には, 不良債権を抱えた銀行にとって,リスキーな投資案件に貸出を行った方が高 い期待収益がもたらされる.したがって,不良債権比率が高い銀行ほど危険 な貸出行動をとるというモラル・ハザード的状況が現出するのである7).
また,「ソフトな予算制約」(soft budget constraint)といわれる現象も 「追い貸し」行動を説明することができる.「ソフトな予算制約」とは,企業 の経営の規律づけが甘く,有効に機能しないことから資金が非効率なプロ ジェクトに充当されてしまう現象をさすが,それが銀行の貸出行動に応用さ れると追い貸しが説明されるのである.すでに経営破綻した企業に対して銀 行が新たに融資を行うことは明らかに利益を生まない.しかしながら,長年 にわたって融資を行ってきた企業に対しては,すでに審査活動や監視活動に 対して資金を投入しているので,追加的融資によって少額であっても利益が
生み出されるならば,これまでのトータルな利益が負であっても,追い貸し を行うことが得策となるのである.換言すれば,たとえ経営が非効率な企業 であっても貸出を続行して延命させることが銀行にとって合理的な行動にな るケースが存在することになる8).とくに,1988 年 7 月に決定された銀行
の自己資本比率規制に関する国際統一基準(バーゼル合意)のもとでは国際 (国内)業務を営む銀行は最低限 8%(4%)の自己資本比率を維持しなけれ ばならず,経営破綻企業の不良債権が顕在化しないように追い貸しによって 自己資本比率を最低水準以上に維持する行動をとる誘因が存在する.このよ うに理論的には銀行のバランスシートへの負のショックが,貸出に及ぼす効 果を確定することはできず,優れて実証的な問題といえる9).
銀行のバランスシートへのショックが企業行動に影響を及ぼす第 2 のチャ ネルは,毀損したバランスシートの修復に銀行が資源を投入するために,企 業へ提供されるさまざまな金融サービスが低下し,これが顧客企業の活動の 低下をもたらすというものである.企業は取引銀行から融資以外にも,経営 資源の提供,役員派遣,受託業務,社債の引受,決済業務等多くのサービス を享受している.企業が長期的な経営戦略を練る場合に,企業を取り巻く経 済環境の分析や財務上のアドバイスを取引銀行から受けているとすれば,こ れらのサービスが低下すれば顧客企業の長期的視点に基づく設備投資や新規 雇用計画は滞ってしまうだろう.
銀行のバランスシートへの負のショックが,銀行貸出を減少させる方向に 働くならば,銀行信用への依存度の高い企業の活動水準は低下することにな る.逆に,経営破綻した企業に対する貸出が続行されるならば,非効率な企 業活動が維持されることになる.
8) ソフトな予算制約式の下での企業行動,銀行行動を分析した研究としては,Dewatripont and Maskin[1995],Berglöf and Roland[1995,1997]がある.
3
バランスシートの毀損と企業行動
――先行研究のサーベイ3.1 企業の財務状況と企業行動――先行研究のサーベイ
企業のバランスシートの毀損が,自らの行動にどのような影響を及ぼすの か,わが国を対象にした先行研究をサーベイしよう.
Ogawa [1996]は,資金の借り手と貸し手の間に情報の非対称性があ る場合に,土地資産が外部資金プレミアムを低下させるのに有効であるのか, 四半期の時系列データに基づき実証的に検討を加えている.計測結果によれ ば,80 年代後半の地価の高騰によって多くの中小・中堅企業を含む非製造 業の外部資金プレミアムが大きく低下し,設備投資が増加したことが報告さ れている.また,鈴木・小川[1997]や Ogawa and Suzuki[1998]は,上場企 業のパネル・データを用いて土地資産価値の上昇が設備投資を促進すること を報告している.Sekine[1999],鈴木[2001],Nagahata and Sekine[2005], 小川[2007a]は,負債が企業の設備投資に対して負の影響を及ぼしたという 実証結果を報告している.
企業のパネル・データを用いて財務状況と雇用調整の関係を実証的に分析 した研究としては,富山[2001],小川[2007b]がある.富山は部分調整型雇 用関数を計測することによって,概して負債比率が高い企業ほど雇用水準は 抑制されるが,メインバンクからの借入比率が高い企業ほど雇用水準は増加 することを見出している.
3.2 銀行の財務状況と企業行動――先行研究のサーベイ
中小企業の設備投資に対して有意な正の影響を及ぼしていることを見出して いる.
次に企業の個票データによる実証研究に目を転じよう.これまでの実証分 析を主たる取引金融機関であるメインバンクの財務状況の変化によってもた らされた企業行動の変化のうち,どの側面に焦点を当てるのかという視点か ら整理してみよう.
この分野の嚆矢となった Gibson[1995,1997]が企業の設備投資を取り上げ たことから,設備投資に焦点を当てた研究が圧倒的に多い.たとえば, Kang and Stulz[2000],Nagahata and Sekine[2005],Hosono and Masuda [2005],福田ほか[2007a],小川[2007a]があげられる.他の支出項目を対象 とした研究では,Klein [2002]が企業の海外直接投資への効果を, Ogawa[2007]が研究開発投資への効果を探っている.福田ほか[2007c]は, メインバンクの健全性が悪化した企業において長期貸出の伸びと TFP(全 要素生産性)の伸びとの間に有意な負の関係を見出している.また,メイン バンクの財務状況の悪化による銀行信用の変化が,顧客企業の企業間信用に どのような影響を及ぼすのか実証的に検討した研究として植杉[2005],福田 ほか[2006]がある.小川[2008]は中小・中堅企業のパネル・データを用いて, メインバンクの財務状況と企業活動の関係を設備投資,雇用,流動性,在庫 投資,企業間信用といった項目について多面的に分析している.さらにイベ ント・スタディの手法に基づいてメインバンクの破綻が顧客企業に及ぼす影 響を分析した研究として Yamori and Murakami[1999],Kang and Stulz [2000],Brew [2003],堀・高橋[2004],Hori[2005]がある.
4
バランスシートの毀損と設備投資行動
本節では,企業の設備投資に焦点を当てて,企業部門の過剰債務と銀行部 門の不良債権によって設備投資がどの程度の影響を受けたのか,定量的分析 を行い,バランスシートの毀損が実物経済へ与えた影響を検証したい10).
本稿には 2 つの特徴がある.第 1 の特徴は,負債残高と設備投資の関係を 財務省の『法人企業統計年報』に収録されている企業の個票データを用いて 分析している点である.年報には上場企業のみならず未上場の中小・中堅企 業も含まれている.中小・中堅企業は銀行借入への依存度が高いので,この ような企業の設備投資は過剰債務や銀行部門の不良債権の影響を受けやすい 可能性が高い.標本期間は 1993 年度から 1998 年度である.企業の設備投資 行動を中小・中堅企業も含んだ企業データを用いて検証した研究は数が少な く,この分野への貢献は大きいと考えられる11).
第 2 の特徴は,企業の過剰債務だけではなく銀行のバランスシートの毀損 をも扱っている点である.すでに前節で見たようにバランスシートの毀損は, 融資をはじめとしてさまざまな銀行行動の変化を通じて,顧客企業の行動に 影響を及ぼす.本節で用いる企業の個票データには企業が長期的な取引関係 を構築しているメインバンクを特定化できる情報が含まれていない.そこで 次善の策として銀行の財務状況を反映して変化すると考えられる日本銀行の 『短観』に所収されている金融機関の貸出態度 DI を使用することにした. このデータは産業別,企業規模別に利用可能であり,金融機関のバランス シートの状態が企業行動へ及ぼす影響を企業規模別に分析することができる という利点を有している.図表 10 1 には 3 つの企業規模別(中小,中堅, 大企業群)に 1987 年から 2008 年第 2 四半期までの金融機関の貸出態度 DI (全産業)が示されている.貸出態度は 1997 年の第 4 四半期以降,厳しさを 増している.周知のように山一證券,北海道拓殖銀行といった大手金融機関 が相次いで倒産したのは 1997 年 11 月である.金融機関の貸出態度 DI は, 企業規模を問わず,1998 年第 1 四半期以降マイナスの値を取っており,そ
10) 本節は小川[2007a]に依拠している.
の状態は大企業では 1 年半ほどで終結したが,中小企業では 2004 年第 1 四 半期まで続いた.
4.1 設備投資関数の特定化
計測する設備投資関数の基本形は,企業と銀行のバランスシート変数を含 むq型投資関数である.設備投資の主要な決定要因である限界q(Mq)は, 最大化された利潤率(π)の割引現在価値を企業にとって利用可能な情報の もとで条件付期待値を取り,その値を投資財価格(p)で除したものであ る.
内部資金の利用可能性を考慮するために,説明変数にキャッシュ・フロー (CFLOW)が加えられている.貸し手と借り手の間に情報の非対称性が存 在する場合,キャッシュ・フローは投資に正の効果を与えると予想され る12).
12) キャッシュ・フローの係数の解釈については注意が必要である.Kaplan and Zingales[1997] はキャッシュ・フローと投資の正の関係は流動性制約を表しているのではなく,限界qには含ま れていない将来の投資機会を反映したものであると主張している.
50 (%)
中小企業 40 30 20 10 0 −10 −20 −30 −40 −50 87 87
年
1
月
年
1
月
88 88
年
1
月
年
1
月
89 89
年
1
月
年
1
月
90 90
年
1
月
年
1
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91 91
年
1
月
年
1
月
92 92
年
1
月
年
1
月
93 93
年
1
月
年
1
月
94 94
年
1
月
年
1
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95 95
年
1
月
年
1
月
96 96
年
1
月
年
1
月
97 97
年
1
月
年
1
月
98 98
年
1
月
年
1
月
99 99
年
1
月
年
1
月
00 00
年
1
月
年
1
月
01 01
年
1
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年
1
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02 02
年
1
月
年
1
月
03 03
年
1
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年
1
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04 04
年
1
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年
1
月
05 05
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1
月
年
1
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06 06
年
1
月
年
1
月
07 07
年
1
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年
1
月
08 08
年
1
月
年
1
月
87
年
1
月
88
年
1
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89
年
1
月
90
年
1
月
91
年
1
月
92
年
1
月
93
年
1
月
94
年
1
月
95
年
1
月
96
年
1
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97
年
1
月
98
年
1
月
99
年
1
月
00
年
1
月
01
年
1
月
02
年
1
月
03
年
1
月
04
年
1
月
05
年
1
月
06
年
1
月
07
年
1
月
08
年
1
月
中堅企業 大企業
図表 10 1 金融機関の貸出態度 DI
企業のバランスシートの状態は,総資産に対する負債の割合(負債比率: DEBT)で表されている.金融機関の貸出態度 DI(LEND)が,銀行の バランスシートの状況の代理変数である.
前節で議論したように,情報の非対称性の問題は大企業よりも中小・中堅 企業において深刻であると考えられる.したがって,中小・中堅企業の設備 投資は企業や銀行のバランスシートの状態に敏感に反応するだろう.財務状 況の悪化が設備投資へ及ぼす影響が企業規模間で異なる可能性を考慮するた めに,企業規模に関する 2 つのダミー変数を説明変数に加える.1 つは企業 の資本金が 1 億円以上 10 億円未満ならば 1 を取り,それ以外ならばゼロを 取るダミー変数(中堅企業ダミー:DUMMY1)である.もう 1 つは 10 億 円以上ならば 1 を取り,それ以外ならばゼロを取るダミー変数(大企業ダ ミー;DUMMY2)である.この 2 つのダミー変数と説明変数との交差項に ついても推定式に加える.この特定化によって企業規模間で設備投資が各説 明変数に対して異なる反応を示す可能性を考慮することができる.投資関数 の基本計測式は次式で表される.
I K
=α+αMq+αMq× DUMMY1+αMq× DUMMY2
+αCFLOW
K +α
CFLOW K
× DUMMY1
+α
CFLOW K
× DUMMY2+αDEBT
+αDEBT× DUMMY1+αDEBT× DUMMY2
+αLEND+αLEND× DUMMY1
+αLEND× DUMMY2+u (10.1)
I:総投資 K:t期末の資本ストック u:誤差項
4.2 使用データと変数の作成方法
標本期間は 1993 年度から 1998 年度であり,1997 年から 1998 年にかけて の金融危機の時期を含んでいる.原統計の観測企業数は 1993 年度から 1998 年度まで,それぞれ 2 万 6,040,2 万 6,218,2 万 6,594,2 万 5,691,2 万 5,394,2 万 5,505 である.貸借対照表の項目の期首値と期末値が企業ごと に利用可能であることから,ストック変数からフロー変数を求めることがで きる.
以下,推定に用いる変数の作成方法について解説していこう.総投資は, 土地を除く有形固定資産残高の期末値と期首値の差額に減価償却費を加えた ものを投資財デフレータによって実質化したものである.資本ストックは, 土地を除く有形固定資産残高を資本設備の平均経過年数を考慮した投資財デ フレータによって実質化して求めた.資本ストックの平均経過年数の情報は 『1998 年度経済財政白書』から取られている.キャッシュ・フローは当期純 利益に減価償却費を加え,そこから役員賞与と配当(中間配当)を差し引い て求めた.キャッシュ・フローはその企業が属する産業の付加価値デフレー タによって実質化された.負債比率は,長短借入金に社債残高を加えたもの を期首の総資産で除して求めた.金融機関の貸出態度については,当期の金 融機関の貸出態度が「緩い」と答えた企業の割合から「厳しい」と答えた企 業の割合を引いた DI である.このデータは,産業別,従業員数により分類 された企業規模別に利用可能である13).
限界qを作成するには,その構成要素である割引率(r)と利潤率(π) の確率過程を特定化しなければならない.割引率は,利子支払いを割引手形 残高,長短借入金,社債残高の和で除して求めた.利潤率は,営業利益を期 首の資本ストックで除したものである.ここでは割引率と利潤率が独立した ランダム・ウォークにしたがうものと仮定する.以上の仮定の下で,限界q は以下のように表すことができる.
Mq= π
P
1 +r
r+δ (10.2)
資本減耗率(δ)は年率 7.72%と仮定されている14).
推定に用いる企業は次の 3 つの基準に基づいて選択されている.まず,農 業,林業,漁業,鉱業に属する企業は標本から除かれている.というのも, これらの産業に対応する金融機関の貸出態度 DI が利用できないからである. また規制産業の色彩の濃い電気業・ガス業の企業も除かれている.次に,中 小・中堅企業の多くではバランスシート項目のいくつかが欠落している.こ こでは,土地と建設仮勘定を除く有形固定資産,総資産,資本金,売上高, 減価償却費,従業員数のすべての項目を報告している企業のみを分析対象と した.第 3 に,次のすべての条件を満たさない企業は異常値として除外した. 1)期首の資本ストックに対する設備投資の割合の絶対値が 1 以下であるこ と,2)期首の資本ストックに対するキャッシュ・フローの割合の絶対値が 5 以下であること,3)期首の資本ストックに対する売上高の比率の絶対値 が 50 以下であること,4)限界qが 10 以下であること,5)総資産に対する 長短借入金と社債残高の和が 1 以下であること,6)利子支払いと割引料が 正であること,である.
最終的に選択された標本企業数は,中小企業群で 4,564(98 年度)から 5,814(93 年度),中堅企業群で 4,098(97 年度)から 4,891(94 年度),そ して大企業群で 3,015(93 年度)から 3,345(98 年度)である.
4.3 設備投資関数の計測とその含意
設備投資関数の計測結果
投資関数の説明変数は,年度ごとに大きく変化しており,それに応じて設 備投資の反応も変わると予想されるので,(10.1)式で表される限界q型投 資関数を各年度について計測した.産業効果を考慮するために産業ダミー変 数を説明変数に付加した.計測結果は図表 10 2 に示されている.表から設 備投資行動は企業規模によって大きく異なることがわかる.
標本期間のいずれの年においても限界qは中小企業の設備投資に有意な正 の効果を与えていない.他方,大企業における限界qの投資への効果は,標 本期間のすべての年において中小企業よりも有意に大きい.限界qの投資へ の総効果は,大企業,中堅企業については限界qの係数値に限界qと企業規
模ダミーとの交差項の係数値を加えることによって計算される.大企業にお ける限界qの設備投資への効果は標本期間のすべての年について正となって いる.これは中小企業において限界qが負の係数値をとっている点と対照的 である.中堅企業における限界qの投資への効果についても,1995 年度と 1998 年度を除くすべての年において中小企業よりも有意に大きい.限界q の設備投資への総効果もすべての年において正である.
中小企業における限界qの投資行動への影響とは対照的に,キャッシュ・ フローの係数値はすべての年において有意に正である.また,大企業におけ るキャッシュ・フローの効果の大きさは,すべての年について中小企業より
図表 10 2 限界q型設備投資関数の計測結果
変数 1993 1994 1995 1996 1997 1998
限界q −0.0063*** −0.0034* −0.0005 −0.0009 −0.0049*** −0.0003
(−3.95) (−1.82) (−0.26) (−0.44) (−2.60) (−0.13)
中堅企業ダミー×
限界q
0.0133*** 0.0065*** 0.0040 0.0051* 0.0057** 0.0036
(6.39) (2.73) (1.56) (1.78) (2.28) (1.30)
大企業ダミー×
限界q
0.0156*** 0.0125*** 0.0082*** 0.0054* 0.0133*** 0.0096***
(6.83) (5.02) (3.16) (1.91) (5.23) (3.50)
キャッシュフロー (10.99)0.2279*** (8.67)0.2030*** (7.67)0.1887*** (5.22)0.1590*** (5.88)0.1552*** (3.63)0.1354***
中堅企業ダミー×
キャッシュフロー −0.1708
*** −0.0516 −0.0446 −0.0123 −0.0632* −0.0741*
(−6.38) (−1.61) (−1.19) (−0.28) (−1.72) (−1.65)
大企業ダミー×
キャッシュフロー −0.2121
*** −0.1448*** −0.1435*** −0.0700* −0.1150*** −0.1281***
(−6.88) (−4.38) (−3.81) (−1.65) (−3.24) (−3.30)
負債比率 −0.0941(−10.34) (−9.09) (−10.28) (−7.81) (−10.59) (−6.30)*** −0.0862*** −0.1042*** −0.0805*** −0.1069*** −0.0668***
中堅企業ダミー×
負債比率 0.0303
*** 0.0091 0.0155 −0.0050 0.0203* −0.0136
(2.98) (0.88) (1.38) (−0.43) (1.77) (−1.04)
大企業ダミー×
負債比率 0.0701
*** 0.0317** 0.0433*** 0.0076 0.0264** −0.0210
(5.42) (2.39) (3.11) (0.57) (2.07) (−1.38)
金融機関の貸出態度 (2.28)0.1167** (2.43)0.0814** (4.75)0.1579*** (5.33)0.1743*** (2.27)0.0842** (5.81)0.2285***
中堅企業ダミー×
金融機関の貸出態度 −0.0066 −0.0370 −0.0604
** −0.0432 −0.0670* −0.1001***
(−0.16) (−1.17) (−2.02) (−1.46) (−1.82) (−3.07)
大企業ダミー×
金融機関の貸出態度 −0.0298 0.0142 −0.0385 0.0024 −0.0593 −0.1683
***
(−0.0298) (0.39) (−1.20) (0.07) (−1.44) (−4.80)
自由度修正済決定係数
標準誤差 0.06370.1909 0.09110.1823 0.08900.1877 0.09470.1889 0.08090.1885 0.07260.1774
注) カッコ内はt値.定数項および産業ダミーの係数値は省略されている.
も有意に低くなっている.
負債比率が設備投資へ及ぼす影響については,中小企業においてすべての 年で有意な負の効果が得られている.これはデット・オーバーハング仮説や, 負債比率の上昇が外部資金コストの上昇を通じて設備投資の減少につながる という資本市場の不完全性を前提とした議論と整合的である.大企業におけ る負債比率の設備投資への影響は 1993,1994,1995,1997 年度において中 小企業に比して有意に小さくなっている.以上の計測結果から,情報の非対 称性の問題が銀行信用以外に代替的な資金調達手段が乏しい中小企業におい て深刻であることがうかがわれる.
金融機関の貸出態度は,すべての年において中小企業の設備投資に有意な 正の効果を与えている.また,貸出態度と企業規模ダミーとの交差項は,ほ とんどの年について有意ではなく,1997 年,1998 年を除けば企業規模間で 貸出態度が設備投資に与える総効果に大差はない.これは金融機関の貸出態 度が企業規模にかかわらず企業の設備投資に影響を与えていることを示唆し ている.中小・中堅企業は銀行への依存度が高いので,金融機関の貸出態度 が設備投資に影響を及ぼすことは当然といえるかもしれないが,われわれの 結果は同様のことが大企業にも当てはまることを示している.ここでの結果 は,銀行の財務状態が上場企業の設備投資にも重要な役割を果たすという Gibson[1995,1997]と Kang and Stulz[2000]の結果と整合的である.
金融危機と設備投資――定量的評価
大手金融機関の経営破綻が引き金となった 90 年代後半の金融危機は,金 融仲介機能を麻痺させ,それが企業の設備投資の低迷をもたらしたと主張さ れることが多い.すでに計測された投資関数の計測結果に基づいて,この議 論を検討するために,次のようなシミュレーションを行った.
1998 年度において金融機関が 1996 年度と同様の貸出態度の姿勢で貸出を 行っていたならば,設備投資がどれだけ増えていたのか,計算した.図表 10 3 は設備投資の増分を産業別,企業規模別にパーセンテージ表示したも のである.表から中小企業の設備投資が 84.9%も増加していたことがわか る.設備投資の増加の割合が,産業間で大きく異なっていることにも注意し た い.設 備 投 資 の 増 加 率 が 高 い 産 業 は,不 動 産(270.1%),運 輸 通 信 (185.9%),卸売業(129.9%)であり,製造業は 59.8%ともっとも低い. 中堅企業の設備投資は 34.5%増加していたことになる.設備投資の増加率 は,不動産(84.7%),建設(65.1%),卸売業(63.7%)において高く,製 造業は 36.3%と 2 番目に低い.大企業では,設備投資の増加率は 3 つの企 業 規 模 の な か で も っ と も 低 く 18.8% で あ る.投 資 の 増 加 率 は 不 動 産 (50.7%),建設(47.0%)において高い.
不動産,建設業における設備投資の増加率が大きいことは,すべての企業 規模に共通している.各企業規模について得られた結果をさらに集計するこ とによって,1998 年度の金融機関の貸出態度が 1996 年度と同様の姿勢で あったならば,設備投資は 21.3%増えていたことが示される.この増加率 を用いると 1998 年度の経済全体の非金融法人企業の設備投資の増加額は,
図表 10 3 1998 年度の金融機関の貸出態度が 1996 年度と 同一であった場合の設備投資の増加率
中小企業 中堅企業 大企業
製造業 59.8% 36.3% 17.7%
建設 88.9% 65.1% 47.0%
卸売 129.9% 63.7% 29.3%
小売 74.4% 38.2% 21.4%
不動産 270.1% 84.7% 50.7%
サービス 97.0% 15.1% 7.2%
運輸通信 185.9% 51.3% 26.0%
16 兆 3,614 億円に達していたことになる.以上の結果から,90 年代後半に おける金融危機が企業部門へ及ぼした影響は大きなものであったと結論づけ ることができる.
4.4 バランスシートの毀損は「失われた 10 年」を説明できるのか?
これまでの設備投資関数の計測結果から,90 年代における設備投資の動 きを説明するうえで,債務者である企業や債権者である金融機関のバランス シートの毀損が重要な要因であることが明らかとなった.われわれの計測結 果は,企業レベルのミクロデータに立脚したものであるが,ここで得られた 計測結果から 90 年代における経済全体の設備投資の低迷を説明するうえで, バランスシート要因がどの程度貢献していたのか,定量的な評価を行いたい.
具体的には,財務省『法人企業統計年報』から業種別,規模別に 90 年代 における設備投資の変化を求め,その変動のうちどのくらいの割合がバラン スシート要因によって説明されるのか,寄与度分析を行う.図表 10 4 の最 下段には 90 年度から 98 年度までの設備投資の変化分が製造業,非製造業の 企業規模別に記されている.設備投資は名目ベースであり,土地を除く有形 固定資産残高の期末値から期首値を差し引き,減価償却費を加えたものであ る.90 年度から 98 年度までの設備投資の変化分のうち負債比率の変化によ る貢献部分は以下のように求められる.まず,負債比率に関する設備投資の 限界係数を規模別に求め,それに 90 年度から 98 年度までの負債比率の変化
図表 10 4 バランス・シートの毀損と 90 年代における 設備投資の変化:数量的評価
(単位:10 億円)
製造業 非製造業
中小企業 中堅企業 大企業 中小企業 中堅企業 大企業 負債比率の変化
による設備投資の変化 (1.3)−40.8 (2.3)−27.6 (0.2)−6.3 (10.2) (−767.5 −1.5) (18.8 −103.512.3)
金融機関の貸出態度の変化
による設備投資の変化 (28.1) (10.8)−872.5 −129.3 (1.0)−42.6 −(43.0)3,238.9 (36.6) (113.7)−465.1 −956.1 90 年度から 98 年度の
設備投資の変化 −3,108.9 −1,199.6 −4,195.9 −7,537.8 −1,271.0 −841.1
分を乗じることによって計算される15).
このように求められた値が,図表の「負債比率の変化による設備投資の変 化」の行に示されている.また,その値を 90 年度から 98 年度までの設備投 資の変化分によって除すことによって負債比率の変化の寄与度が求められる. 表中のカッコ内の数字がその寄与度を示している.金融機関の貸出態度の設 備投資への寄与度も同様にして求めることができる.表中の「金融機関の貸 出態度の変化による設備投資の変化」行に記されている値は,このようにし て求められた貸出態度の貢献分とその割合である.
表から負債比率の貢献はそれほど大きくないことがわかる.負債比率の貢 献度がもっとも大きいのは,非製造業の中小企業であり,設備投資の変動の うち 10%を説明している.非製造業中堅企業,大企業ではマイナスの寄与 度が記されているが,これは 90 年度から 98 年度にかけて現実の設備投資は 減少しているのに,負債比率がわずかながら下落しており,それが設備投資 を促進する方向に働いているためである.
これに対して金融機関の貸出態度の設備投資への寄与度はきわめて大きい. 113.7%を記録した非製造大企業を筆頭に,製造大企業を除けば最低でも製 造中堅企業の 10.8%である.寄与度は非製造業で大きく,どの企業規模に ついても寄与度は 3 分の 1 を超えている.また,製造中小企業においても寄 与度は 30%近い値を示している.
このように 90 年代における中小企業,非製造業の設備投資の変化のうち かなりの部分が金融機関のバランスシートの状況を反映した貸出態度の変化 によって説明できるのである.
5
バランスシートの毀損と雇用調整
日本企業の雇用が企業部門の過剰債務と銀行部門の不良債権によってどの 程度影響を受けたのか定量的に検証することが本節の目的である16).本節
でも,前節で使用した財務省『法人企業統計年報』の個票データを使用する が,各年のクロスセクション・データからパネル・データを構築して,企業
規模別に動学的な雇用調整プロセスを計測し,過剰債務や不良債権が企業の 雇用へ及ぼす影響について計量的に分析する.
5.1 動学的労働需要関数の導出
本節で用いる労働需要関数は Nickell[1986]の動学モデルから導かれる. このモデルの大きな特徴は頑健なミクロ的基礎づけが与えられていることで ある.企業の労働需要は,2 次の雇用調整費用関数のもとで将来利潤流列の 割引現在価値が最大となるように決定される.
対数近似と確実性等価の関係を用いるとt期の雇用水準は以下のように表 すことができる.
logN=µlogN+(1−µ)(1−αµ)∑
(αµ)
logN
(10.3)
N:t期における雇用水準 N:t期における短期均衡雇用水準
µ:雇用のオイラー方程式の安定根
α=
1
1+r ただし 0<α<1 r:賃金に関する実質利子率
ここで留意すべき点は,調整速度 1−µは調整費用の凸性が増すにつれて 遅くなり,割引因子αにも影響を受けるということである.
(10.3)式にいくつか修正を加えることによって推定可能な式を導き出す ことができる.まず,調整費用が異なる複数のタイプの労働者の存在を考慮 すると,全労働者を集計した労働需要方程式には少なくとも従属変数の 2 期 ラグが説明変数として必要になることが示される.そのうえ,分布ラグの係 数は幾何級数よりも複雑な形になる17).
次に,CES 型付加価値生産関数のもとで短期均衡雇用水準の特定化を行 う.
完全競争企業にとって短期利潤を最大化する均衡雇用水準を求め,短期均 衡雇用水準を決定する変数となる実質生産量,実質賃金率の確率過程をそれ ぞれ AR ⑴,AR ⑵であると仮定する.
最後に,過剰債務の程度を次の 2 つの変数によって近似する.1 つは企業
の過剰債務の状況を表すもので,もう 1 つは銀行のバランスシート状態の代 理変数となるものである.前者には負債比率(DEBT)を用い,後者には 金融機関の貸出態度 DI(LEND)を利用する.すでに見たように過剰債務 は,借り手と貸し手の間に情報の非対称性がある下では,外部資金プレミア アムを上昇させる.これは実効金利の上昇すなわち割引因子αの低下につ
ながる.また,負債の規律づけ効果によれば,企業の経営者は自らの企業が 過剰債務の状態に陥っている際,雇用削減を行い,企業のリストラクチャリ ングを進める.換言すれば,過剰負債に直面した経営者は,凸性の弱い雇用 の調整費用に直面しており,大きな費用を被らずに雇用調整が可能であるこ とを示唆している.
以上の議論をすべて総合すれば,次のような推定式が得られる.
logN=β+βlogN+βlogN+βlogN× DEBT
+βlogN× LEND+βlogN× DEBT
+βlogN× LEND+βlog
w p
+βlog
w p
+βlogY+βDEBT+βLEND+ε (10.4)
Y:t期の実質生産量 w:t期名目賃金率
p:t期生産物価格 ε:撹乱項
(10.4)式について注意すべき点は,財務状態を表す変数が雇用水準だけ ではなく雇用の調整過程にも影響を及ぼしていることである.
5.2 パネル・データの構築とその特徴
することができる.われわれは当期期首値と前期期末値の比較作業を貸借対 照表の 3 つの項目(資産総額,土地を除く有形固定資産,借入金合計)につ いて行った.
標本期間を通して得られる企業数は 3,044 である.製造業の企業数は 1,463(48.1%)で,残りは非製造業(51.9%)である.複数年にわたって 連続して追跡可能な企業の集合体であるパネル・データ作成する際に支払わ なければならない対価は,標本期間において連続して得られない企業を多数 除外しなければならないことである.しかもこれらのほとんどは中小・中堅 企業である.上でも述べたように,『法人企業統計年報』における標本法人 は,資本金によって調査対象法人をいくつかの階層に分け,それぞれの階層 から無作為抽出法によって選定されている.たとえば,93 年度には資本金 によって 8 階層に分かれているが,もっとも資本金の小さい 200 万円未満の 階層からの抽出率はわずか 0.4%である.資本金が大きくなるにつれて抽出 率は高まっていき,資本金 1 億円以上 10 億円未満では 29.8%まで上昇して いる.しかも資本金 10 億円以上の法人は全数調査である.このように設計 された調査から 6 年間連続して含まれる企業を取り出してバランスト・パネ ルを作成すれば,資本金が高い企業に偏った構成となることは避けられない のである.
推定に用いる変数の作成方法を解説していこう.雇用変数には役員を除く 従業員数を用いた.実質生産量には実質付加価値額を用いる.実質付加価値 額は経常利益,従業員給与,福利厚生費,支払利息・割引料,有形固定資産 や土地への賃貸料,税金,減価償却費を加えることによって作成した.実質 化には,産業付加価値デフレータを使った.賃金率は従業員給与と福利厚生 費の合計を従業員数で除すことによって求めた.賃金率の実質化にも産業付 加価値デフレータを用いた.負債比率,金融機関の貸出態度 DI は前節で使 用した変数と同一のものである.
5.3 過剰債務が雇用に与える影響――定量的評価
期ラグ,4 期ラグ,負債比率と金融機関の貸出態度の 1 期ラグから 4 期ラグ, 対数化した雇用変数と負債比率,金融機関の貸出態度それぞれの交差項の 3 期ラグ,4 期ラグである.計測は産業別(製造業・非製造業),企業規模別 (中小・中堅企業と大企業)の 4 つの場合について行われた.なお,1993 年
度の資本金が 10 億円以上の企業が大企業と定義されている.
基本ケースの計測結果
(10.4)式の計測結果が図表 10 5 に示されている.実質付加価値額は業種, 企業規模に関わらず雇用に有意な正の効果を与えている.実質賃金率も製造 業と非製造業のすべての企業規模について有意に負の影響を及ぼしている. 過剰債務の雇用への影響については,負債比率が製造業と非製造業の中小・ 中堅企業の雇用に有意に負の影響を及ぼしている.しかしながら,負債比率 の雇用への影響の及ぼし方は業種間で異なっている.製造業では,負債比率 は雇用の調整過程に負の影響を及ぼしている.つまり,負債比率の上昇は均 衡雇用水準への調整速度を高めることを意味している.他方,非製造業では 今期の雇用水準自体へ負の影響が及んでいる.
貸出態度は業種,企業規模を問わず雇用に正の影響を及ぼしている.雇用 の貸出態度への反応パターンは負債比率の場合と似ている.貸出態度の悪化 は製造業と非製造業の大企業において調整速度を上昇させるが,非製造業の 中小・中堅企業では今期の雇用水準自体の減少につながっている.なぜ非製 造業の中小・中堅企業では財務構造の悪化に対して雇用の調整が速いのか, この点は後に議論する.
バランスシートの毀損が雇用へ与えた影響――定量的評価
業の雇用が大きく減少していることがわかる.たとえば,不動産業の中小・ 中堅企業は雇用が 36.6%減少している.2 番目に大きい変化が観察されるの が製造業の中小・中堅企業である.ただ変化率は 1 2%前後であり,その大 きさは非製造業の中小・中堅企業よりもはるかに小さい.大企業における雇 用の変化は中小・中堅企業よりもさらに小さい.
第 2 の分析では,金融機関の貸出態度が厳しくなった場合,今期の雇用が どの程度変化するのかを見る.図表 10 7 には金融機関の貸出態度が比較的 緩い年であった 1996 年から貸出態度が厳しくなった 1998 年に変化した場合, 業種・企業規模ごとに今期の雇用がどの程度変化するのか,その変化率を示 している.中小・中堅企業において 1.3%から 2.6%の間で雇用の減少が見 られる.
以上の結果を要約すれば,負債比率の増加,金融機関の貸出行動の厳格化 図表 10 5 動学的労働需要関数の計測結果
ラグ付き従属変数
1 期ラグ 2 期ラグ 1 期ラグ負債比率× 2 期ラグ負債比率× 1 期ラグ機関の貸出態度×金融 2 期ラグ機関の貸出態度×金融 製造業
中小・中堅企業 0.1178 0.1252*** −0.015** −0.0135** 0.0182** −0.0116 (1.54) (4.57) (−2.48) (−2.49) (2.13) (−1.25)
大企業 0.4229*** 0.0579 −0.0087 −0.0057 −0.0027 0.0158***
(5.83) (1.48) (−1.49) (−0.97) (−0.64) (2.79)
非製造業
中小・中堅企業 −0.0313 0.1668** 0.0003 −0.0082 0.0009 0.0079
(−0.24) (2.36) (0.02) (−0.77) (0.23) (0.89)
大企業 0.399*** 0.0438 −0.0040 −0.0004 0.0033** −0.0009
(6.33) (1.05) (−0.51) (−0.06) (2.11) (−0.20)
負債比率 金融機関の貸出態度 実質賃金率 実質付加価値 J 統計量p 値 今期 1 期ラグ
製造業
中小・中堅企業 −0.0039 0.0690 −0.3829*** 0.0064 0.299*** 30.2561
(−0.10) (1.19) (−4.97) (0.19) (4.40) (0.78)
大企業 0.0366 −0.0098 −0.2052** 0.1271** 0.0934* 48.3142
(0.23) (−0.24) (−2.55) (2.09) (1.83) (0.10)
非製造業
中小・中堅企業 −0.6801*** 0.0518*** −0.0557* −0.0801 0.2604*** 32.9297
(−5.37) (3.66) (−1.90) (−1.35) (2.70) (0.66)
大企業 −0.0040 0.0058 −0.319*** 0.0049 0.1753*** 29.9524
(−0.08) (0.34) (−3.21) (0.11) (2.76) (0.79)
は中小・中堅企業において今期の雇用水準を削減するが,大企業については その傾向は観察されない18).
計測結果の解釈
過剰債務が雇用へ与える負の効果が中小・中堅企業ほど大きいという実証 結果は次のように解釈することができる.まず,負債比率が外部資金プレミ アムへ与える効果は中小・中堅企業ほど大きいと考えられる.というのも大 企業は担保可能な正味資産が大きく,それによって観測されない企業固有の リスクを分散させることができるが,中小・中堅企業は正味資産が小さくそ の効果が限定されているからである.
そのうえ,日本における大企業の多くは「系列」と呼ばれる産業グループ に属しており,そこではメインバンクが借り手と貸し手との間の情報の非対 称性を緩和する中心的役割を担っている19).Aoki[1994]によれば,メイン
バンク制度は長期雇用を前提とする日本の雇用制度を補完する役割を果たし ている.図表 10 8 には業種,企業規模ごとに従業員の平均勤続年数が示さ 18) 負債比率の上昇,金融機関の貸出行動の厳格化は,業種,企業規模を問わず雇用調整速度も
高めるが,その効果は定量的には大きくない.
19) 中小・中堅企業においてメインバンクが果たす役割について実証的に分析した研究は数少な いが,小川[2008]は中小・中堅企業を対象とした中小企業庁『金融環境実態調査』の個票に基づ きメインバンクの財務状況が傘下企業の行動に及ぼす影響を実証分析している.そこではメイン バンクのバランスシートの毀損が傘下企業の雇用を有意に減少させる結果が報告されており,本 節の結果と整合的である.
図表 10 6 負債比率(1998 年度)が第 1 四 分位から第 3 四分位に変化し た場合の当期雇用変化率
中小・中堅企業 大企業 製造業
化学 −1.28% 1.09%
一般機械 −1.65% 0.95%
電気機械 −1.89% 1.10%
輸送用機械 −1.12% 0.90%
非製造業
建設 −18.53% −0.13%
卸売 −19.70% −0.13%
小売 −24.85% −0.15%
不動産 −36.55% −0.22%
図表 10 7 金 融 機 関 の 貸 出 態 度 が 1996 年から 1998 年に変化 した場合の当期雇用変化率
中小・中堅企業 大企業 製造業
化学 −2.62% 0.48%
一般機械 −2.06% 0.49%
電気機械 −2.20% 0.35%
輸送用機械 −2.16% 0.58%
非製造業
建設 −1.76% −0.35%
卸売 −1.78% −0.39%
小売 −1.27% −0.31%
れている.勤続年数は労働者が企業固有の訓練を受けている度合いを表して いると考えられるから,大企業ほど企業固有の訓練を受けた労働者の割合が 高いことがわかる.したがって,両制度の補完性を考慮すると企業内訓練を 受けた大企業の労働資源が一時的なショックによって大きな変動を被らない のは,メインバンクが低迷企業を金融的に支援しているからであると解釈で きる20).図表 10 9 は売上高が一時的に 10%減少した場合,雇用調整がどの
ような過程をたどるのか,電気機械と不動産業の 2 業種について企業規模別 にそのパスを示したものである21).図から大企業の方が緩やかな調整が行
われていることがわかる.
もう 1 つの解釈として,中小・中堅企業は銀行への依存度が高いので,貸 出態度の変化によって雇用水準が大きく左右されることが考えられる.
5.4 バランスシートの毀損は,90 年代の雇用の変化を説明できるの
か?
これまでの動学的労働需要関数の計測結果から,90 年代における雇用の 動きを説明するうえで,企業や金融機関のバランスシートの状態が重要な要 因の 1 つであることが明らかとなった.われわれの計測結果は,企業のパネ ル・データに立脚したものであるが,得られた計測結果に基づいて 90 年代 における経済全体の雇用変動を説明するうえで,ここで強調されたバランス シート要因がどの程度貢献していたのか,定量的評価を行ってみたい.
20) 阿部[1999],富山[2001],浦坂・野田[2001]はメインバンクとの結びつきが強い企業ほど雇 用変動は緩和されることを報告している.また,メインバンクによる業績が低迷する傘下大企業 への金融支援は,追い貸しとも整合的である.
21) 売上高の変化に対する雇用の動的な反応を計算する際には,1997 年と 1998 年におけるラグ 付き貸出態度と負債比率の中央値が用いられている.
図表 10 8 平均勤続年数 従業員数
10 99 100 999 1000
製造業 10.9 年 12.9 年 17.0 年
建設 10.1 年 12.4 年 16.4 年
卸売・小売 9.8 年 10.9 年 13.2 年
不動産 7.4 年 8.9 年 10.1 年
具体的には,財務省『法人企業統計年報』から業種別,規模別に 90 年代 における従業員数の変化を求め,その変動のうちどのくらいの割合がバラン スシート要因によって説明されるのか,寄与度分析を行う.図表 10 10 の最 下段には 90 年度から 98 年度までの従業員数の変化分が製造業,非製造業の 企業規模別に記されている.企業規模は中小企業,中堅企業,大企業の 3 つ の企業群に分けられている.中小企業は資本金が 1 億円未満の企業,中堅企 業は資本金 1 億円以上 10 億円未満の企業,大企業は資本金 10 億円以上の企 業である.
0.5
0
0 1 2 3 4 5
−0.5
−1
−1.5
−2
−2.5 (%)
中小・中堅企業
−3
大企業
図表 10 9 ⑴ 売上高ショックに対する雇用調整・電気機械
0.5
0
−0.5
−1
−1.5
−2
−2.5 (%)
中小・中堅企業
−3
大企業
0 1 2 3 4 5
90 年度から 98 年度までの従業員数の変化分のうち負債比率の変化による 貢献部分は以下のように求められる.まず,負債比率に関する雇用の限界係 数を規模別に求め,それに 90 年度から 98 年度までの負債比率の変化分を乗 じることによって計算される.われわれが計測した動学的労働需要関数には, 企業や金融機関のバランスシートの状態とラグ付き雇用水準の対数値の交差 項が含まれているが,負債比率や金融機関の貸出態度が調整速度に与える効 果は大きなものではなかった.そこで負債比率に関する雇用の限界係数を計 算する際には,当期の雇用に与える効果のみに限定した.中小企業,中堅企 業の係数値については,同一のものが使用されているが,負債比率,金融機 関の貸出態度はすべての企業群に対して異なった値が用いられている.
このようにして求められた値が,図表 10 10 の「負債比率の変化による雇 用の変化」の行に示されている.また,その値を 90 年度から 98 年度までの 雇用の変化分によって除すことによって負債比率の変化の寄与度が求められ る.表中のカッコ内の数字がその寄与度を示している.金融機関の貸出態度 の雇用への寄与度も同様にして求めることができる.表中の「金融機関の貸 出態度の変化による雇用の変化」行に記されている値は,このようにして求 められた貸出態度の貢献分とその割合である.
表から負債比率の貢献は非製造業の中小企業においてもっとも大きく表れ ている.負債比率の上昇によって 124 万 9,200 人の雇用減少が生じている. 90 年度から 98 年度にかけて非製造中小企業の雇用は 284 万 7,000 人増加し ているから,寄与度は−43.9%となる.しかし,製造業や非製造業のより規 図表 10 10 バランス・シートの毀損と 90 年代における雇用の変化:数量的評価
(単位:百人)
製造業 非製造業
中小企業 中堅企業 大企業 中小企業 中堅企業 大企業 負債比率の変化
による雇用の変化 (0.1) (−5 −−0.7) (2 −0.7) (3 −−12,49243.9) (2.9)201 (0.0)2
金融機関の貸出態度の変化
による雇用の変化 (18.4) (−1,287 −−55.4) (155 −0.8) (4 −−2,5669.0) (−−5.1) (347 −−0.3)21
90 年度から 98 年度の
雇用の変化 −6,989 280 −423 28,470 6,870 6,258
模が大きい企業については負債比率の雇用への寄与はきわめて小さい. これに対して金融機関の貸出態度の雇用への寄与度は非製造業のみならず 製造業においても高く表れている.貸出態度の厳格化による雇用減少の大き さは,非製造中小企業,製造中小企業,製造中堅企業において,それぞれ 25 万 6,600 人,12 万 8,700 人,1 万 5,500 人であり,寄与度は−9.0%, 18.4%,−55.4%を記録している.
このように 90 年代における中小企業の雇用の変化に対して負債比率の高 まりや金融機関のバランスシート状況を反映した貸出態度の厳格化は大きな 影響を及ぼしたのである.
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バランスシートの毀損と研究開発投資
生産要素総体で見た生産性の尺度である総要素生産性(total factor pro-ductivity;以下 TFP と略称)の成長率の低下が,90 年代における長期低迷 を引き起こした主因であると議論されることがある22).企業の生産性を高
め,高い成長を維持していくうえで重要な戦略変数が研究開発投資である. 90 年代における不良債権の累増や企業の過剰債務が,企業の研究開発投資 を抑制し,それが技術革新を遅らせたという実証結果が得られるのであれば, 長期低迷の一因であると主張される生産性の鈍化も,究極的には,財務状況 の悪化という金融的な要因によってもたらされたことになる.以上の目的意 識の下に,この節では上場企業のパネル・データに基づいて 90 年代後半の 研究開発投資行動を分析する.具体的には,もっとも技術革新が著しい化学 産業と機械産業に属する企業を選び,90 年代後半以降の研究開発投資が金 融機関や企業の財務状況の悪化によって影響を受けたのか,実証的に検討を 加える23).
22) わが国の 90 年代における長期低迷が生産性の低下によってもたらされた可能性を最初に指摘 した研究は Hayashi and Prescott[2002]である.その後,90 年代におけるわが国の TFP 成長率 の低下をめぐって数多くの実証研究が発表されてきた.ここではすべての文献を網羅する紙幅は ないが,代表的な研究としては,Jorgenson and Motohashi[2005],Fukao and Kwon[2006], Kawamoto[2005]をあげておこう.わが国を対象に生産性に関する実証研究を手際よくサーベイ した研究として宮川[2006]がある.
6.1 90 年代後半における研究開発行動と技術進歩
われわれは,わが国でもっとも研究開発がさかんな化学産業と 4 つの機械 産業(一般機械,電気機械,輸送用機械,精密機械)に属する企業のパネ ル・データを使って 90 年代後半の企業の研究開発行動を分析する.これら の企業群を対象とする最大の理由は,もし活発な研究開発活動を展開してい る企業において財務状況の悪化が研究開発投資を抑制したという実証結果が 得られたならば,まして研究開発への取り組みがそれほど熱心ではない産業 では,その傾向はより顕著であると推測されるからである.
標本企業数は 555 社である.標本期間は 1999 年度から 2001 年度までの 3 年間である.本節では 90 年代における研究開発の特徴を明確にするために, 活発な研究開発行動が営まれていた 80 年代後半(1988 年度から 91 年度ま で)の期間と比較をしながら議論を進めていきたい.
企業の研究開発投資額は,東洋経済新報社発刊の『会社四季報』に「研究 開発総額」として収録されている.その値を使って研究開発費の売上高比を 計算し,80 年代後半と 90 年代後半を比較してみた.その結果が図表 10 11 に示されている.もっとも研究開発費の割合が高い電気機械では 80 年代後 半に比べて 90 年代後半において,その割合が大きく低下していることがわ かる.低下幅は,3.3%ポイントにも及ぶ.
次に研究開発活動の成果である TFP の上昇率を計算してみよう.企業ご とに TFP 成長率を計算し,産業ごとに平均して 80 年代後半と 90 年代後半 の大きさを比較する.まず,TFP 成長率の計算方法について簡単に説明し ておこう.生産関数を次式で表す.
図表 10 11 1980 年代後半(1988 91 年)と 90 年代後半(1999 2001 年) の研究開発行動の比較:売上高に占める研究開発費の割合
産業 1988 91 1999 2001
化学 0.0589(0.05) 0.0528(0.04) 一般機械 0.0253(0.02) 0.0275(0.02) 電気機械 0.0809(0.09) 0.0481(0.04) 輸送用機械 0.0326(0.03) 0.0274(0.03) 精密機械 0.0487(0.03) 0.0505(0.03)
注) 1.各産業に属する企業の平均値