69 70
何
度
か
日
豊
本
線
で
近
く
を
通
っ
た
の
で
す
が
、
高
鍋
城
址
を
知
ら
ず
、
行
く
こ
と
が
で
き
ま
せ
ん
で
し
た
。
残
念
で
す
。
高
鍋
藩
第
七
代
藩
主
秋
月
種
茂
と
米
沢
藩
主
上
杉
鷹
山
と
は
兄
弟
で
あ
る
と
の
こ
と
。
鷹
山
は
藩
政
改
革
で
よ
く
知
ら
れ
て
い
る
人
物
。
東
北
の
山
形
県
と
九
州
の
宮
崎
県
、
遠
く
は
な
れ
た
二
つ
の
藩
の
交
流
を
さ
ま
ざ
ま
に
想
像
し
、
楽
し
ん
で
い
ま
す
。
高
鍋
城
址
た
か
な
べ
じ
ょ
う
し
高
鍋
の
河
口
を
汽
車
に
て
見
た
り
し
が
高
鍋
城
は
知
ら
ず
過
ぎ
た
り
大
島
史
洋
大
島
史
洋
(
お
お
し
ま
し
よ
う
)
昭
和
十
九
年
、
岐
阜
県
生
ま
れ
。「
未
来
」編
集
委
員
・
選
者
。
第
十
四
回
若
山
牧
水
賞
受
賞
。
歌
集
に
『
藍
を
走
る
べ
し
』『
時
の
雫
』
『
燠
火
』『
セ
ン
サ
ー
の
影
』
『
遠
く
離
れ
て
』、
評
論
集
に
『
定
型
の
視
野
』『
言
葉
の
遊
歩
道
』『
ア
ラ
ラ
ギ
の
人
々
』
な
ど
。
千
葉
県
習
志
野
市
在
住
。
高
鍋
城
は
高
鍋
町
に
あ
っ
た
平
山
城
で
、
別
名
、
舞
鶴
城
と
よ
ば
れ
、
江
戸
時
代
は
日
向
高
鍋
藩
(
秋
月
家
)
の
城
で
し
た
。
現
在
、
城
跡
は
舞
鶴
公
園
と
し
て
整
備
さ
れ
て
い
ま
す
。
毎
年
10
月
に
は
、
高
鍋
城
址
と
そ
の
周
辺
を
会
場
に
し
て
、
約
1
万
基
の
灯
籠
に
火
を
灯
す
、「
高
鍋
城
灯
籠
ま
つ
り
」
が
開
催
さ
れ
ま
す
。
こ
の
祭
に
は
、高
鍋
藩
の
藩
校
で
あ
っ
た
明
倫
堂
の
教
え
を
広
く
育
ん
で
い
こ
う
と
い
う
思
い
が
込
め
ら
れ
て
い
ま
す