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Ⅰ 翻訳に当たって(監訳者解説) 資料シリーズ No133 欧州におけるキャリアガイダンス政策とその実践③ ヨーロッパ諸国の公共雇用サービス機関(PES)における キャリアガイダンス―傾向と課題― 〔欧州委員会レポートの翻訳及び解説〕|労働政策研究・研修機構(JILPT)

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Ⅰ 翻訳に当たって(監訳者解説)

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1 本編レポートを資料シリーズとして訳出した趣旨

・ 人と職業・雇用をどのように結びつけるかは、経済社会の差異・変化に伴って種々 の様相を示す複雑困難な課題であるが、その根本には人間の持つ特性の普遍性・不変 性を反映した通底する要素がある。したがって、洋の東西を問わず古くて新しい課題 であると言ってもよい。その課題に対して各国が試行錯誤している(してきた)状況 は、わが国にとっても参考になると考えられる。

・ 本編は、公共雇用サービス機関(Public Employment Services、PES。わが国の場 合「公共職業安定所(ハローワーク)」に当たる。)におけるキャリアガイダンスを中 心とした広範な取組について、欧州委員会(European Commission)が EU 加盟各国 の状況をとりまとめ、公表したものであり、作成時期が 2005 年と若干時間が経過して いるものの、次のような理由で全訳しておく価値があると考えた。

① 加盟各国の公共雇用サービス機関の状況について、本編のような広範な視点で網 羅的に調査・整理・公表した取組は、EU レベルでもその後行われていないこと

② 「古くて新しい課題」に対し各国が試行錯誤している状況について、研究者とし ての事実探求の視点で作成されており、かつ、公平な観点で各国比較や事例紹介を 行っていると考えられること

③ 本編以降、欧州委員会は公共雇用サービス機関をめぐるより絞り込んだテーマで のレポートを作成しているが、本編はこれらの基点となっていると見ることができ、 これらの後続のレポート群(※)とあわせて読んでいただくことで、最近の欧州 PES の包括的な状況が提示されることになること

※ プロファイリング、実績管理のようなサービス手法上・管理上のものから、「フレキシキュリテ ィ」や「ユース・ギャランティー」のような政策パッケージにおけるPES の役割に関するものま である。そのうち主要なものの要旨を、【巻末参考】において紹介している。

2 本編レポートの概略と作成された背景・経緯等

・ 本編の「ヨーロッパ諸国の公共雇用サービス機関(PES)におけるキャリアガイダ ンス―傾向と課題―」は、欧州連合(EU、European Union)の機関である欧州委員 会(European Commission)の雇用・社会問題・機会均等総局(Directorate-General for Employment, Social Affairs and Equal Opportunities)が 2005 年に公表した

“ Career Guidance in Europe’s Public Employment Services - trends and challenges”の全訳である。

・ 本編レポートは、先行の調査研究で得られた知見を土台としつつ、ヨーロッパ 28 カ 国へのアンケート調査及び 7 カ国への実地調査を行うことにより、ヨーロッパ諸国の 公共雇用サービス機関が従前からの職業紹介、失業保険給付等の機能の中に、又はこ れらに加え、個別的サービスアプローチ(Personal Service Approach)やキャリアガ

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イダンスの要素を導入しようとした試みを中心に、PES サービスの状況・変化・課題 等についての広範な調査結果をとりまとめたものである。試行錯誤の状況も含めた実 践レベルのレポートであり、組織体制やスタッフに関することにも踏み込んでいる。 ※ この資料シリーズでは、“Public Employment Servece”(PES) を「公共雇用サービス機関」と 訳 し た ( 煩 雑 を 避 け る た め 、 そ の 略 語 で あ る 「PES」 の ま ま で 使 用 し て い る 箇 所 も 多 い 。)。 こ の

“employment”は「雇用」とも「職業」とも訳され、特にわが国の雇用関連行政においては「職 業」と訳されることも多かった。しかしながら、PES の機能は雇用主(求人者)と労働者(求職者) をつなぐことをベースにしており、「職業」では対雇用主(雇用主サービス、雇用主との協力など) の視点が反映されにくい恐れもある。また、EU では“European Employment Strategy” (欧州 雇用戦略。雇用創出、労働市場の弾力化等の戦略)のような文脈の中で PES の機能が位置づけら れ る こ と も 増 え て い る 。 こ の た め 、 こ こ で は “Employment” は 一 貫 し て 「 雇 用 」 と 訳 し て い る 。

ま た 、“PES”を「公共 雇 用サービス 機 関」と「機 関 」を付けて 訳 している( 文 脈的に「機関」 がな い 方が 適 切と 思 われ る 場合 を 除く 。)の は 、も と もと “service” には(官庁等の)部門・部局 という意味を含んでいること、本編においても、PES という言葉が単なる機能としての「公共雇用 サービス」よりも、担い手(機関、組織)を含んだ意味で使用されている場合がほとんどであるこ とによる。

※※ 原文では“PES office” や” local office”という言葉がしばしば使われており、これらは、 日 本 に お け る 個 々 の 公 共 職 業 安 定 所 ( ハ ロ ー ワ ー ク ) に 該 当 す る が 、 そ れ ぞ れ 「PES オフィ ス」、

「 地 方 オ フ ィ ス 」 と 訳 し た 。 な お 、 本 資 料 シ リ ー ズ で は “regional”を「地 域( の)」、“local”を

「地方(の)」と訳している。原文での意味は、“regional”の方が“local”よりも広い範囲・管轄 単位を示していることは明白である(national level(central)-regional level-local level)。日本 語的には、逆にした方が適当なケースもあるが、一長一短であるため、上記のとおり統一した。

〔EU における“Open Method of Coordination”〕

・ EU の 雇 用 政 策 に お い て は 、 欧 州 委 員 会 が 中 心 と な っ て “Open Method of Coordination”(OMC、「開か れ た政策協調 手法」と訳 されること がある。) が推進さ れ て い る 。 EU の 公 式 ウ ェ ブ サ イ ト で あ る “EUROPA” か ら 、 “Open Method of Coordination”についての解説を引用すると、

「雇用政策とルクセンブルク・プロセス(1997 年に EU 内のルクセンブルク雇用サミ ットで合意されたプロセス)の一部として生まれ、リスボン戦略(2000 年)の手法と して定義されたもの。この OMC は、加盟各国の政策が何らかの共通の目的に向けた 方向性を持つことができる場合に、加盟国間の協調の新たな枠組みを提供するもので ある。この政府間の手法の下では、加盟各国が相互に評価(『仲間からのプレッシャー』 を伴う)され、欧州委員会の役割は“surveillance”(監視・動向調査)に限定される。 欧州議会と欧州司法裁判所は、OMC のプロセスにおいて実質的にほとんど役割を持た ない。OMC は、雇用、社会的保護、教育、若年者及び訓練のような、加盟各国の権限

(competence)に属する領域において用いられ、主として、次の点を基盤とする。

◇ 共同で特定され定義された達成目標(欧州理事会で採択される。※訳注・・・下

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記 3 で触れる「欧州 2020 戦略」などがこれに当たる。) ◇ 共同で確立された評価方法(統計、指標、ガイドライン)

◇ 加盟各国の実績比較と優秀事例の交換のようなベンチマーキング(欧州委員会に より絶えず監視(monitor)される)

対象領域によっては、OMC はいわゆる“soft law”(異なる程度にある加盟各国を包 括して対象とするが、「指令」、「規則」や「決定」の形はとらない。)を含む。たとえ ば、リスボン戦略の関連事項においては、OMC は加盟各国に国としての改革プラン の策定と欧州委員会への回付を求めている。」

また、欧州委員会のホームページの中には、次のような、より端的な記述も見られる。 「多くの政策分野では、EU 加盟国は EU レベルの法律によるのでなく自国で政策を

策定している。しかし、“Open Method of Coordination(OMC)”の下では、各国政 府は情報交流や取組の比較によって相互に学びあう。これが、各国政府にとって、よ り良い実践を取り入れながら国内の政策調整を行うことを可能にする。」

・ 本 編 の よ う な 欧 州 委 員 会 に よ る 加 盟 各 国 の 調 査 報 告 の 取 組 は 、 “Open Method of Coordination”中に あ る「加 盟各 国の実 績比 較と優 秀事 例の交 換の ような ベン チマ ー キング」活動、「情報交流や取組の比較によって学びあう」活動の一環、又は、少な くともこれらの趣旨に沿った活動の一環とみることができる。また、ここ数年、公共 雇用サービス機関に関する加盟各国の取組に関するレポート(ただし、本編ほど広範 ではなく、より個別的なテーマについてのもの)が、「公共雇用サービス機関間の対 話(PES to PES dialogue)」シリーズとして、本編と同じく欧州委員会の雇用・社会 問題・機会均等総局(※)によって次々に作成・公表されている。このシリーズの表 紙 に は 「 欧 州 委 員 会 に よ る 公 共 雇 用 サ ー ビ ス 機 関 の 相 互 学 習 プ ロ グ ラ ム 」 “The European Commission Mutual Learning Programme for Public Emploument Services” との注記もなされており、これが OMC の趣旨に沿った活動の一環である ことを鮮明にしている(※※)

※ 最近では、「雇用・社会問題・社会的包摂総局」(Directorate-General for Employment, Social Affairs and Inclusion)という名称になっている。

※※ 欧州委員会のホームページにおいては、“PES to PES dialogue”の取組について「欧州委員 会のEU 内公共雇用サービス機関(PES)のための相互学習サポートプログラム。その目的は、 PES の能力と効果を高めることで、欧州 2020 戦略と雇用ガイドラインの優先事項の実施に貢献 すること」となっている。

・ もともと雇用・失業対策は、各国における他の政策分野や財政面への波及も広く大 きいうえ、各国内で伝統的に培われた社会政策・労働政策に関する国民意識や労働セ ク タ ー ・ 経 営 セ ク タ ー の 微 妙 な バ ラ ン ス を 基 盤 に し て 展 開 さ れ る 面 が あ り 、 こ れ ら 種々の要因があいまって、EU 諸国でも各国の権限(competance)に属する傾向が強 い分野とされていたと考えられる(※)。

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そのような中で、経済協力開発機構(OECD)も加盟国の経済発展のための情報交 換・事例交流的な取組を行っており、本編レポートに先行し、その土台の1つとなっ た欧州11 カ国を含む 14 カ国における調査とそれに基づく報告「キャリアガイダンス と 公 共 政 策― ギ ャ ッ プ の 解 消 に 向 け て ― 」 “Career Guidance and Public Policy –Bridging the Gap” (2004) (キャリアガイダンスを公共政策として推進するための ポイントを OECD 加盟国のうち 14 カ国の経験から提示している。)という一定の成 果もある。

・ しかしながら、“Open Method of Coordination”という EU レベルの体系的取組によ って、各国の雇用関係当局の「お互いに学びあう(mutual learning)」 風潮がより 強化され、本編や後続レポートのような政策・行政のオペレーションレベルの実情に

「 よ り 立 ち 入 っ た 」 レ ビ ュ ー の 取 組 が 成 立 す る よ う に な り 、 さ ら に“PES to PES dialogue”という形で交流・比較レポートがシリーズ化されるまでに至った経過は、今 後の動向も含め、やはり注目に値する。

そして、このような取組の成果が、インターネットを通じて日本のような EU 以外 の国においても知ることができ、かつ、有益と思えば、自国の取組をより良いものと するための参考としたり、海外での実情を知ることで国内議論が重心を失って浮遊し ないためのアンカー(碇)とすることもできるという、グローバルな意義も重視したい。 EU の権限領域の区分については、「EU の排他的権限領域」、「EU 及び加盟国の権限共有領域(加

盟国の権限行使はEU が権限行使していない範囲で行われる)」及び「EU が加盟国を支援・調整・ 補完する領域(加盟国の権限行使はEU の権限行使によって何ら妨げられない)」の 3 種の領域に 大別・整理されているが、具体的にはJILPT 海外労働情報 13-09「EU の雇用・社会政策」(2013 9 月)第 1 章を参照されたい。

〔「キャリアガイダンス」という用語をめぐって(欧州における「キャリアガイダンス」 の広義性)〕

・ 本編を解説するにあたり、主要なテーマとなっている「キャリアガイダンス」とい う用語についても触れておく必要があろう。この言葉は、わが国では学校における進 路指導・職業指導とその延長上での狭い意味合いで使われることが多いが、ヨーロッ パにおいては成人に対するものを含めてキャリア関係の支援・指導を広く指す言葉と して使われている。ただし、ヨーロッパにおいても文脈によって使われ方が異なるな ど、その境界を定義することは難しい。本編レポートでは一応、「これは広義の定義で あるが」と断りを入れた上で、職業紹介も含めた最も広い定義(※)を採用しつつ、 各種の定義やそれをめぐる議論を紹介している。また、PES 内での「キャリアガイダ ンス」的要素の表れ方として、[a]サービスの個人別化(personalisation)、[b]個人の 特性や選好の評価に注意を払うこと、[c]すぐに就職することだけでなく将来のエンプ ロイアビリティ(雇用されうる能力)の確保も目指す長期的キャリア戦略に注意を払

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うこと、[d]各人による個別行動計画作成への支援に注意を向けること、の 4 点を挙げ ている(本編 1.3.3.1)。

※ 「(相互に置換 え可能な)職業ガイダ ンス(vocational guidance)とキャリアガイダンス(career guidance)という表現は、年齢や人生のどの段階であるかを問わず、個人の職業、訓練、教育の選 択とキャリア 管理を支援するためのサービスのことです。このサービスは、個 別で提供される場合 も、グループで提供される場合もあり、また、対 面の場合も、リモ ートサービス(ヘルプラインや インターネットによるサービスを含 む)の場合もあります。サービスには、職業紹介(job placement

※※)、キャリア情報の 提供(career information)(印刷物、ICT(情報通信技術)の利用、その他 の形 態 )、評 価(assessment)と自己評価のツール、カウンセリング面談、キャリア教育とキャリ ア管 理 の プ ロ グ ラ ム 、 求 職 活 動 プ ロ グ ラ ム 、 就 労 移 行 (transition)サービス が 含まれます 。」(本 1.3.1)

※※ 本編では、“(job)placement” は「職業紹介」と“(job)broking” は「職業仲介」と訳してい る。前者 はよ り求人・ 求職 申込みを 前提 とした狭 い意 味で使わ れ、 後者は単 なる 求人情報 の提 供も 含めたより広い意味で使用されているようである。

・ ちなみに、先に触れた OECD の「キャリアガイダンスと公共政策―ギャップの解消 に向けて―」(2004)の中では、「キャリアガイダンスが目指すのは、生涯を通じてす べての年齢、すべての局面で、人々が教育・訓練や職業を選択し、キャリア形成に取 り組むことを援助することである。そのため、キャリアガイダンスは、人々がその希 望、興味、資格、能力について再考することを手助けする。また、労働市場・教育シ ステムを理解し、これらと自分についての理解とを関連付けることの手助けをする。 キャリアガイダンスを包括的に行うことは、人々に仕事と学習に関し計画し決定する ことについて指南する試みである。さらにキャリアガイダンスは、労働市場と教育を 受ける機会に関する情報を体系的で構造的なものとし、いつでもどこでも入手可能な ものとすることで、これらを利用しやすくする。」と述べられている。

・ また、当機構の下村は、「成人キャリア発達とキャリアガイダンス―成人キャリア・ コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤―」(当機構 研究双書 2013 年)に おいて、ヨーロッパでの用法に習い、「(本書では)キャリアガイダンスという言葉を、 いわゆる就職支援・就労支援、それに向けた職業相談・キャリアカウンセリング、セ ミナー・講習会、キャリア関連の情報提供も、およそ職業やキャリアの支援に関わる ことがらを含めた最も広い意味で用いる。OECD を中心としたヨーロッパのキャリア 関連の公式文書では、・・・この用語を使う際、その背景にはたんに個人を支援する個々 のキャリアガイダンスだけに関心を向けるのではなく、より広く、人々にキャリアガ イダンスを提供する仕組み、制度、枠組みを問題にしようという意図がある。」と述べ ている。

OECD やヨーロッパのキャリア関連の文書に見られる「キャリアガイダンス」の意味と政策展

開については、当機構 の下村英雄が上掲書及び「最近のキャリア ガイダンス論の論点整理と成人

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キ ャ リ ア ガ イ ダ ン ス の あ り 方 に 関 す る 論 考 」( 当 機 構 デ ィ ス カ ッ シ ョ ン ペ ー パ ー 10-06 2010 年 )な ど で 詳 細 に 論 じ て い る 。ま た、JILPT 資料シリーズ No.131 及び 132 も欧州の関連文献の 日 本 語 訳 と な っ て い る の で 、 参 照 さ れ た い 。

3 本編レポートの内容をめぐって

〔調査・記述の基本的姿勢〕

・ 本編レポートは、先述のとおり、2000 年代前半におけるヨーロッパ諸国の公共雇用 サービス機関が従前からの職業紹介、失業保険給付等の基本的機能の中に、又はこれ らに加えて、個別的サービスアプローチ(Personal Service Approach)やキャリアガ イダンスの要素を導入しようとした試みを中心として、PES サービスの状況・変化・ 課題等についての広範な調査結果をとりまとめたものである。また、このような調査 報告を実施・公表すること自体、EU 内での“Open Method of Coordination”という 政策協調の趣旨に沿ったものであったと見ることができる。

しかしながら、本解説の筆者から見て、本編レポートの価値や意味はそれにとどま らない。本編レポートでは、その調査・分析・記述のいずれにおいても、単に理想論 を展開したり、公式発表的な状況を並べ立てたりするのではなく、各国の公共雇用サ ービス機関に共通の本質的ジレンマ(組織資源が制約されている中で、場合によって は相矛盾する目標・ミッション間の最適なバランスを追求することの必要性・重要性) を直視しつつ、数多くの事例収集を通じて、実践レベルの現状や課題・論点を偏りな く把握しようとしており、この点にこそ、本編レポートの大きな価値や意味があると 思われる。

・ ヨーロッパ各国の公共雇用サービス機関の現場では、また、日本のハローワークに お い て も 、 財 政 的 制 約 の 中 で 多 様 な 目 標 ・ ミ ッ シ ョ ン を 課 さ れ 、 役 割 葛 藤 ( Role Tensions)の中で、これらの両立・調和のために様々な工夫を凝らしながらチャレン ジを続けているが、本編レポートは、そのような状況を、できるかぎり公平・公正に 把握・記述しようとしている。

レポートのテーマが「キャリアガイダンス」であり、PES サービスにおける「行政 的・事務的(administrative)」な要素と「キャリアガイダンス」的要素を区分して論 じているが、職業紹介や失業保険等における行政的・事務的業務を軽視しているもの ではない。また、セルフサービスの活用によるサービスの層化(tiering)、「個別的雇 用サービス」や「専門的キャリアガイダンスサービス」の提供との関連でのアウトソ ーシング・外部委託(contracting-out)、分権化(decentralisation、実際の事例の多 くは国の公共雇用サービス機関内における組織管理上の分権化である。)、スタッフの 質の確保の取組等についても、可能な限り、その背景や課題・問題点を含めて公平に

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記述しようとしている。なお、本編レポートの段階で十分な材料が集まらなかった部 分やその後導入・進展があった部分については、【巻末参考】に掲げるような後続レポ ートが作成されてきたが、基本的な記述のスタンスはほぼ同様と言ってよい。

一国内のみではかえって議論が抽象化したり、火急に対処が必要な分野や極端な事 例に目が行きやすくなる面があることを考えると、汎ヨーロッパの俯瞰的な視点から 事実に即して前進しようとする取組だからこそ、このような現場のニーズ・キャパシ ティに即した対応策等に対する客観的・現実的アプローチが可能になったと見ること もできるのではないか。

〔現場レベル・実践レベルの比較・交流の意義〕

・ また、公共雇用サービス機関の業務・組織の運営に関し、国どうしで情報交換・事 例交流するメリットが生まれる要因として、本解説冒頭にも触れたように、人と職業・ 雇用を結びつけるという行為の底にある普遍性・不変性をあげておく必要もあるだろ う。もとより、PES が実施している制度・サービスやこれらが置かれている経済的・ 社会的環境、労働市場の状況等についての諸外国と日本との差異、諸外国間での差異 を軽視することはできない。また、制度の変化に着目して旧制度の問題点や新制度の 改善点をフォローしていくことも重要である。

しかしながら、いったん公共雇用サービス機関の現場に焦点を合わせ、そこに課さ れている多様な目標・役割間の緊張・葛藤の状況やそれに対する対処の方向を見てい くと、その本質的な部分においては、洋の東西、国・地域や新旧制度による差異は以外 なほど少ない。少なくとも、関係者間では相互に状況を理解し、悩みを共有し、(好事例 のみでなく試行錯誤の状況からも)学びあうことが可能な程度であると考えられる。 たとえば、PES の職業紹介サービスの役割と失業保険給付等のゲートキーピング(門 番)の役割については、これらを同一組織で実施することが、日本や EU 主要国でほ ぼ共通の方針になっているところである(これらを分離して実施していたフランスで も、2009 年から関連組織が統合されている。)が、本編レポートでも触れられている これら役割間の現場レベルでの葛藤は、日本のハローワークにおいても過去から強く 意識され、これらをより調和的に実施するための様々な取組がなされてきた。また、 本 編 レ ポ ー ト の 重 要 な テ ー マ の 一 つ で あ る 「 個 別 的 サ ー ビ ス ア プ ロ ー チ ( personal service approach)」の導入や、セルフサービスの導入を伴うサービスの層化は、労働 力の需給双方が広範かつ新鮮な情報を得つつ、現実的条件や選択肢を検討しコンタク トするに至る場としての機能(市場機能)を高めながら、これと相談サービスの質向 上とを両立させるため、日本のハローワークにおいても連綿として取り組まれてきた ポイントである。

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〔「アクティベーション」について〕

・ 本編や【巻末参考】に掲げた欧州委員会の後続レポートにおいて、「アクティベーシ ョン(activation)」や「アクティベート(activate)」という言葉がしばしば登場する が、この用語についても若干触れておく必要があると思われる。

・ 「アクティベーション」という言葉は、1990 年代の北欧で、経済構造の変化によっ て手厚い所得保障システムが維持できなくなる中で導入された就労促進策において用 いられて以降、様々な背景・文脈の中で使われてきた。このため、若干意味の混乱が あるように思われが、就労支援機関である PES における「アクティベーション」の動 向について把握・考察する際には、まず「(就労にむけて)活動的にすること」という 文字通りの意味に解すことから出発することが重要と考える。

また、その場合に、

① 「(就労に向けて)活動的でない者(the inactive)」の存在が前提になっているこ と。ただし、その程度は様々であり、比較的アクティベーションが容易な場合もあ れば、相当困難な要因を抱えている場合もある。

② 「アクティベーション」は、就労に資する自信・意欲・興味のような「意識レベ ル」から、具体的な求職活動や職場での訓練を含む職業訓練の受講、試行雇用等の

「(目に見える)活動レベル」、実際に就労・定着に至ったかどうかの「成果レベル」 まで、3層の内容を含んでいると考えられること。

の両面を、踏まえておく必要があるだろう。

・ このうちの①は、対象者に関することである。たとえば英・独・仏などのヨーロッ パの主要国では、失業保険給付に加え、その支給終了者や受給権のない者に対する一 般財源からの「失業扶助」というべき給付制度が存在し、資力調査の上で比較的低額 だが受給期間制限のない給付を、公共雇用サービス機関が担い手(の一つ)となって 実施し てい る(※ )。 そして 、こ れらの 制度 内に滞 留し て求職 活動 を活発 に行 わない

(inactive)者の存在がしばしばクローズアップされ、制度依存に陥らないような制度 設計や PES における就職促進の取組が重要な課題とされてきた。先ほど北欧の例にも 触れたが、公共政策分野でのアクティベーションという用語は、まず、このような給 付制度と労働の接続にかかわる部分で使われるようになった模様である。この文脈で のアクティベーションは、これら給付制度の影響による雇用労働へのディスインセン ティブや給付制度への依存傾向に対抗する措置という意味を含んでおり、制度上、受 給資格と就労に向けた積極的な活動(アクティベーションの活動)への参加義務とが セットになっているケースも多い(【巻末参考】のレポート④中では、これを「相互義 務的」と表現している。)。

※ 当機構発行のJILPT 資料シリーズ No.70「ドイツ・フランス・イギリスの失業扶助制度に関する

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調査」(2010 年 5 月)に詳しい。この中では、この制度の対象者に移民層が多く含まれていること も 指 摘 さ れ て い る 。 ま た 、 最 近 の 状 況 に つ い て は 、 当 機 構 ホ ー ム ペ ー ジ の 海 外 労 働 情 報

(http://www.jil.go.jp/foreign/index.htm)も参照されたい。

・ ただし、ヨーロッパにおいて「アクティベーション」は、このような視点のみで用 いられてきたわけではなく、社会や労働市場の縁辺的又は疎外的な位置にいる者の社 会的包摂(inclusion)や、社会又は労働市場への統合(integration)の文脈の中で取 り上げられることもある(これらの者と、「失業扶助」等の給付制度の対象者が一定重 なっていることも事実であるが、これらが一致しているわけではない。)。

その際、社会や労働市場の縁辺的又は疎外的な位置にいる者として、長期失業者、 若年失業者、シングルマザー、移民などがあげられることが多いが、たとえば PES の ようなサービス機関の現場の視点から「長期失業者のアクティベーション」と言った 場合、「包摂」・「統合」のような理念的な意味合いは後退し、長期の求職活動による疲 弊・挫折感や、長期の不就労状態による労働習慣・労働能力の低下などから就労に向 け「活動的でなくなった」クライアントに対し、どのような支援を行うことが最も望 ましいか、という実践的課題への対応手段を意味することになる。

・ また、【巻末参考】の④・⑤・⑪のレポートでも触れられているように、失業扶助等 を受給しているか否かにかかわらず低スキルの「若年者のアクティベーション」は単 独の政策課題として大きく取り上げられるようになっている。さらに、今後、高齢化 社会の進展に伴い、【巻末参考】の⑦のレポートが取り上げているような高齢者のモチ ベーションやエンプロイアビリティの問題がさらにクローズアップされると思われ、 高齢者の「アクティベーション」が真剣に議論されるようになることも想定できよう。

・ わが国においても、増加する生活保護受給者の就職支援や若年者、長期失業者・不 就業者等の就職促進が課題となっている中で、諸外国の「アクティベーション」の取 組には、システム設計においても具体的な実施技術においても(その試行錯誤的な状 況も含めて)、参考になる面があると考えられる。

・ また、上記②の点は、「アクティベーション」という取組自体が持つ多様性・多面性 を表している。すなわち、「アクティベーション」は、「意識レベル」、「活動レベル」、

「成果レベル」のすべての側面から捉えることができ、就労に向けて動機付けし意欲 を引き出す活動であるとともに、具体的な求職活動やスキル獲得・向上活動であり、 かつ、就職に結びつくことを成果とする活動であるという 3 つの側面を兼ね備える。 アクティベーションの具体的取組の多くは「積極 的労働市場政策・手段(Active Labor Market Policies/Measures)」の取組とも重なっており、求人情報の提供、カウンセリ ング・メンタリング、個別行動計画の作成、面接・履歴書作成等の指導、求職活動支 援、具体的求人の提案、ボランタリーワーク、職場実習や見習訓練を含む職業訓練、

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就業体験、補助金付き(試行)雇用などが幅広く含まれるようであるが、特に「活動 的(active)」な手段であることを強調する場合には、求人への応募、ボランタリーワ ーク、職場実習や見習訓練を含む職業訓練、補助金付き(試行)雇用など、手段自体 がより活動的性格の強いものに絞った意味になることもある。

また、「アクティべーション」において、まず「働く」ことを志向すべきか「訓練」 を経由すべきかという論点については【巻末参考】⑪のレポートで、対象者に応じた 使い分けや両者の融合的取組の必要性が示唆されている。

・ 「アクティベーション」は背景的にも内容的にも、このような多面性を持つ。短く 端的に訳そうとする場合、「就労化」とするようなケースもあるが、これは「アクティ ベーション」の意識面・活動面を軽視し、成果面を強調しすぎた訳語であるというこ とになるだろう。

適切な支援を受けながら、実際に求職「活動」や職業準備・スキル獲得のための「活 動」をする中で、自信や態度、興味などの「意識」面も回復・向上し、これらの結果 として「就職」や就職先への「定着」が実現するというプロセスを重視しなければ、 安定的な実効性は期待できないのではないか。アクティベーション・プログラムへの 参加ルートは自発的なもの、相互義務的なものなど種々あり得るが、結局はその活動 内容自体が対象者にとって有益でポジティブなものであるかどうかが重要であり、プロ グラムの実効性を把握・評価しつつ、これを高めるためのたゆまぬ努力が必要であろう。

なお、この点と関連して、アクティベーションの効果を測定する方法に関する論点 も考えられる。アクティベーションの「活動」に参加した者の数も一つの指標ではあ るが、これのみでは効果を測定したことにはならない。まずは、参加者が実際に就労 したかどうか、又は就労状態が定着して受給生活から脱却したかどうかという成果ベ ースの測定が重要と思われるが、このような成果測定には、労働市場の状況が地域に よって多様であり、かつ変動する中で、比較可能な対象群を設定することが可能かど うかなどの難しい課題がある。したがって、このような成果ベースのものとあわせ、「活 動」に参加した者についての事前事後の「意識」面の変化を測定することについても 十分に配慮される必要があるだろう(※)。

EU の文書の中にも、たとえば「このようなアクティベーション手段の利点は、即効的な雇用とい う 効 果 で の み 測 ら れ る べ き で は な い 。 こ れ ら は ま た 、 人 々 が 社 会 的 孤 立 と 闘 い 、 自 尊 心 を 高 め 、 労 働 と 社 会 に 対 す る よ り 積 極 的 な 態 度 を と る こ と へ の 支 援 に な る 。」2006 年 2 月の欧州理事会等から の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン “concerning a consultation on action at EU level to promote the active inclusion of the people furthest the labor market” )との指摘がある。

〔リスボン戦略、欧州 2020 戦略とフレキシキュリティ〕

・ 2000 年台以降のヨーロッパにおける「キャリアガイダンス」や「職業教育・訓練」 は、「知識社会」“Knowledge Society” や「知識経済」“Knowledge-based economy ”

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への移行・変化に対応できる人材の育成と継続的なスキル更新の推進を強く意識した 文脈の中で論じられることが多かった。この関連で重要な契機となったのは、2010 年 までに EU を「より良い職業をより多く創出し、社会的連帯を強化した上で、持続的 な経済成長を達成しうる、世界で最もダイナミック、かつ、競争力のある知識経済」 地域に発展させるという目標を定めた『リスボン戦略(Lisbon Strategy, 2000 年 3 月)』 である。本編中でも、この文脈における「生涯にわたるキャリアガイダンス」を意識 した記述が盛り込まれている。

この「リスボン戦略」には雇用目標として、2010 年の 14 歳~64 歳人口に占める就 業者数の割合を 70%にすることなども盛り込まれていたが、開始から 5 年が経過した 時点で期待された成果を上げていないと総括され、その原因として、この戦略が 28 も の主要目標、120 もの補助目標、117 もの異なる指標からなり、評価の手続きがあまり に複雑すぎる点などが指摘された。このため、欧州委員会は 2005 年 2 月に、「リスボ ン戦略」を再活性化し、成長と雇用創出を実現するための、より焦点を絞った新戦略 を発表した。

その後 2010 年 3 月に、欧州委員会は、「リスボン戦略」の次の 10 年の戦略として

「欧州 2020」(Europe2020)の案を発表し、6 月の欧州理事会で採択された。この中 では、①知的な(Smart)経済成長、②持続可能な(Sustainable)経済成長、③社会 全体を包摂する(Inclusive)経済成長の 3 点が優先事項として挙げられている。また、 数値目標の 1 つとして、「若者、高齢者及び低技能者の就業参加促進及び合法移民の社 会的統合によることを含め、20 歳~64 歳までの男女の就業率を 75%にまで引き上げ る」という目標を定めている。

な お 、「 欧 州 2020 」 戦 略 の ガ イ ド ラ イ ン に お い て は 「 フ レ キ シ キ ュ リ テ ィ 」

(Flexicurity, security と flexibility を組み合わせた造語)がキーワードの 1 つとなっ ている。「フレキシキュリティ」は、既に 1990 年代にデンマークで提唱され、2005 年 ごろから EU としても取り上げるようになったと言われているが、その全体像につい ては、JILPT 海外労働情報 13-09「EU の雇用・社会政策」(2013 年 9 月)の第 2 章に 詳しい。同章では「(フレキシキュリティの)基本コンセプトは、労働市場の柔軟性と 安定性( 一の職に係る安定性や雇用保護を指すのではなく、能力開発、再就職支援、 求職期間中の所得保障をはじめ、労働市場の機能を通じた安定をいう)を同時に高め ることを目的とするものであり、①柔軟性と安定性のバランスのとれた労働契約法制、

②生涯学習、③積極的労働市場政策(1.1.4.2.の訳注参照)、④セーフティネットを構 成要素とするものである。」と述べている。

この「フレキシキュリティ」の推進においても公共雇用サービス機関は貢献を期待 されており、2009 年 3 月に、欧州委員会の雇用・社会問題・機会均等総局が「ヨーロ ッパ労働市場におけるフレキシキュリティに関する公共雇用サービス機関の役割」最

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終報告“The role of the Public Employment Services related to “Flexicurity” in the European Labor Markets” Final report(その要旨は【巻末参考】の①で紹介する。) を作成している。

4 著者及び先行調査について

・ 本編のような、国際的かつ事実探求的な調査・報告活動が成立するためには、各国 の互恵的な意識に基づく積極的な参加とあわせて、大局的・政策的な観点と現場的・ サービス的な観点の両面から公平かつ洞察力をもって各国の取組や状況をレビュー・ レポートする能力・素養のある研究者の存在が不可欠である。ヨーロッパには、本編 の著者である R.G.Sultana 氏と A.G.Watts 氏をはじめとして、このような能力・素養 のある研究者のストックがあるようである。【巻末参考】で紹介する「公共雇用サービ ス機関間の対話(PES to PES dialogue )」シリーズは、欧州委員会が他の何人もの研 究者にレビュー・レポートを委託して作成しているものである。

※ 本編の著 者であるR.G.Sultana 氏と A.G.Watts 氏は、欧州委員会のレポート・パンフレット以外 に 、次 の よ う なCEDEFOP(欧州職業訓練開発センター)や OECD、世界銀行発行のレポート・パ ン フ レ ッ ト類 の 著 者 と な っ て い る 。

“Guidance Policies in the knowledge society-Trends, challenges and responses across Europe”

(2004 年、CEDEFOP、R.G.Sultana)

“Public Policies for Career Development. Case Studies and Emerging Issues for Designing Career Systems in Developing and Transition Economies”(2004 年、世界銀行、A.G.Watts& D.H.Fretwell)

“From policy to practice –A systematic change to lifelong guidance in Europe”(2008 年、 CEDEFOP、R.G.Sultana)

“The Relationship of Career Guidance to VET”(2009 年 9 月、OECD、A.G.Watts)

・ このうち、A.G.Watts 氏は、長年にわたりイギリス国内やヨーロッパの国際機関、 OECD 等において、キャリアガイダンスに関する分野で広く活躍してきた研究者で あり、この分野の重鎮と言うべき存在であるが、同氏が行った 2002 年 9 月の経済協 力開発機構(OECD)キャリアガイダンス年次会議(イギリス、ケント州、アッシュ フォード)における基調報告を、OECD のホームページにおいて見ることができる。 これは、既に触れた 2004 年の「キャリアガイダンスと公共政策―ギャップの解消

に向けて―」 に結実した OECD のレビューについての経過報告と知見の概要になっ ているが、政策・取組に関する国際比較研究に対する同氏の考え方をよく示すスピ ーチとなっているので、以下にその一部を紹介しておく。

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「キャリアガイダンスにおける政策と実践 ―国家間比較の視点―」

“Policy and Practice in Career Guidance –an International Perspective- A.G.Watts による 2002 年 9 月の経済協力開発機構(OECD)キャリアガイダンス

年次会議(イギリス、ケント州、アシュフォード)における基調報告

〔OECD ホームページより(仮訳)〕

○ はじめに

公共政策は、ほとんどのキャリアガイダンスの実践家にとって、本来的に大きな 関心事項ではない。彼らを鼓舞し動機付けるものは、政策目標ではなく、人々を助 けることへの関心である。彼らは政治的な理想よりも、個々人に対して関心を持つ。 このことは、おそらく正しいことであり、そうあるべきことである。

しかしながら、もちろん、公共政策はキャリアガイダンスの仕事にとってきわめ て重要である。ほとんどの国のほとんどのキャリアガイダンスサービスは、国レベ ル・地域レベル・地方レベルの違いはあるものの、政府支出によって賄われている。 イギリスを含む少数の国では、個々人が支出(特に成人の場合)する、より市場ベ ースのモデルへの移行の可能性についての試みがなされているが、このことすら政 治的な決定によるものである。最近のイギリスにおけるキャリアガイダンスをめぐ る経緯が示しているように、政策を特定の方向に傾斜させる動き(2つだけ例を挙 げれば、市場の力への方向と社会的排除と闘う方向)は、キャリアガイダンスが実 行される組織的環境に、また、その対象者や実施形態に大きな影響を及ぼす可能性 がある。

私自身、これまで幾度か、これらの事項に関心を持ち、携わってきた。今年は、 フルタイムで、また国際的な環境で、政策的な事項について仕事をしている。私は パリの OECD を拠点に、14 カ国のキャリアガイダンス政策の調査報告の仕事(レビ ュー)をしており、オーストラリア人で OECD 事務局の常勤メンバーである Richard Sweet 氏とともに働いている。私がこの場でお話しようと思っているのは、最初に、 このレビューの理論的根拠と形式についてであり、次に、初期的で試験的な知見の いくつか(一般的なものと個別的なものの双方があるが)の紹介、3つめに、この レビューの視点から見たイギリスの状況についての若干のコメント、最後に、最近 におけるキャリアガイダンスと公共政策の接合部分における国際的な発展の文脈の 中への、このレビューの位置づけである。

○ OECD のレビュー

OECD はパリに拠点を置く政府間組織である。最近では、全世界にわたる 30 カ国 が加盟している。しばしば豊かな国のクラブのように見られるが、最近の新規加盟 国にはメキシコやいくつかの中欧・東欧の国が含まれている。その仕事の多くは、

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経済学に基づいている。たぶん皆さんは、世界経済の環境の中で英国経済がどのよ うにしてやっていくかについてのニュースの見出しによく出てくる「一般声明」を 通じてこの組織になじみがあるだろう。しかし、その仕事は、公共政策のすべての 分野をカバーしており、その中には教育、訓練や雇用の分野も含まれている。 ほとんどの OECD の活動は、各国が他国との比較においてどれほどうまくやって

いるかがわかるようにし、好事例を共有するための、また、各国が成功を拡大し他 国の実例から学ぶことを可能にするための、水準指標の設定に関するものである。 昨年の教育の分野における輝かしい例は、文章読解と計算、科学のリテラシーに関 する学生・生徒の成績を評価する PISA の研究だった。この研究は、ほとんどの同 様の研究よりも、知識・スキルの「応用」に重点を置いている。そして、たぶん幾 分かはそのせいで、イギリスの成績はほとんどの教育実績に関する先行調査に較べ て良好だった。しかし、ほんの一例ながら、ドイツは予想されていたよりも成績が 悪かった。このため、PISA の研究はドイツにおいて広く関心を呼び、ドイツ的教育 システムの伝統的特徴の多くを改革する必要について、大議論を引き起こす刺激に なった。このようにして、OECD は影響力を持つことができる。各国は、自分たち がどのように行っているか、何を改善する必要があるかを知るために、OECD を注 視している。

OECD の議題は、加盟国によって設定されるので、キャリアガイダンス政策のレ ビューが行われているという事実はそれ自体で重要な意味を持つ。OECD は過去に もいくらかキャリアガイダンスの論点に注意を向けたことがあるが、主に学校から 仕事への初期的な移行に関する政策論点を検討する一環として行われたものだった。 今回は OECD が「ガイダンス」の論点に特化して公式的な政策レビューに乗り出し た最初の機会であり、「生涯」の視点からこれらの論点が注目されることになった最 初の機会でもある。このレビューの実施提案は、OECD の教育委員会と雇用・労働・ 社会問題委員会の両方で支持された。このことは、現在、これら両方の観点からキ ャリアガイダンスへの政策関心があることを反映している。

他の OECD の活動と同様に、加盟国はこのレビューに参加することを希望するか どうかを意思表示するよう求められた。14 カ国が参加を選択した。そのうち 11 カ 国がヨーロッパの国(オーストリア、チェコ共和国、デンマーク、フィンランド、 ドイツ、アイルランド、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェイ、スペイン、イギ リス)、他はオーストラリア、カナダ、韓国だった。

レビューの方法論は、いくつかの段階に分かれている。まず最初に、参加国はそ れぞれの関心のある論点をカバーするようデザインされた質問表の開発に積極的に 参加した。このため参加国は、自らが準備した質問表に責任をもって回答すること になる。次に、参加国への訪問調査であり、これまで 11 カ国について完了している。

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ほとんどの OECD レビューにおいて、このような訪問は 4~5 名のチームで 2 週間 程度行われる。しかし、キャリアガイダンスのレビューの専門的な性質の視点から、 また、参加国から素早く安価な方法を求める要望が出されたことから、今回は縮小 バージョンが用いられ、2 人チーム(OECD からは Richard Sweet か私、それに加 えてもう 1 人の他国の専門家)とし、ほとんどの訪問が 1 週間にとどめられた。大 変面白く、強烈なプロセスだった。私たちは訪問に先立って多くの資料を読み、集 中的な一連のミーティングを持ち、それらによる私たちの印象をテストするために、 また、重要な論点と思われる点について厳密に調べるために、訪問調査を行った。 国別ノートの形で私たちのレポートが書かれた。それらは、質問表と、他の証拠書 類(訪問から得られたものばかりでない)から作成し、私たちの分析に加え、関連 する国にとって今後採用可能な方針についての示唆もあわせて盛り込んだ。 (このレビューについて)ほとんどの仕事は終わっている。分析のためのミーテ

ィングが来週ボンで行われ、そこでは参加国が、私たちがこれまでの作業から特定 した重要事項についてじっくり考えるために招待されている。それらの重要な点に は、参加各国のシステムや実践の間の類似性や相違点から学べることも含まれてお り、これが比較レポートのベースになる。比較レポートは 2003 年春に関連する OECD の 2 つの委員会に案として提出され、同年夏に出版される。最終的には同年 初秋に、成果普及のための会議が開催され、そこでこのレビューの重要な所見につ いて、関連する政策立案担当者(参加国からばかりでなく、他の OECD 加盟国から の)による討議がなされる予定である。

質問表への回答、国別ノート及び比較レポートに加え、私たちは欧州委員会と共 同で、計 8 本の論文の作成を委託した。このうち 4 本は数ヶ月前に完成した。質的 論点に関するもの、ガイダンス担当者のスキル・訓練と資格付与に関するもの、地 方レベルでのサービス統合に関するもの、及び統合されたガイダンスシステムにお ける ICT(information and communication technology)の役割に関するものであ る。他の 4 本は、ガイダンスの提供における市場と政府の役割、成果の評価、キャ リア情報の改善、及びどのような情報が効果的な意思決定の十分な基礎をなるか、 をカバーする。これらのすべての文書は完成次第、OECD のレビュー・ウェブサイ トで見ることができるようになる。

最後に、私たちはまた、理論的記述の仕事もしている。これは、生涯(lifelong) 学習と、積極的な労働市場及び「福祉から仕事へ」に関する戦略との関連で、キャ リアガイダンスの役割の輪郭を描くものになるだろう。私たちは、これと、現在 OECD が行っている人的資源開発に関するある仕事とをリンクすることを希望して いる。これによれば、OECD 加盟国における個々人の収入の違いのおよそ 40%が、 教育を受けた年数や読み書き能力、職業経験といった伝統的な指標と性、言語的バ

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ックグラウンド、両親の教育に関する背景的要因とで説明できることが認められる が、残りの 60%の少なくとも幾分かは、モチベーションや『より広範な人的資源』

(すなわち、自らの人的資源の開発や活用を進める能力)という概念を含む個々人 の特徴で説明できるかもしれない。これらは重要な議論であり、そこでキャリアガ イダンスが重要な位置を占める可能性がある。

○ 初期的な一般的知見

既に示したように、私たちはこのレビューのための調査を完了していない。また、 とりまとめ作業において、まだ早い段階にある。したがって、私は、私たちの結論 を断定的にお話できる立場にはない。したがって、この場で私がお話するのはいず れも、仮のものであり、今後の分析や議論による再吟味が可能なものである。しか しながら、かなりの論点が出てきている。私はまず、4 項目の一般的結論を提示し、 その後で、12 項目のより個別具体的な結論について簡単に議論したい。

最初の一般的結論は、このレビューに参加したすべての国が、それぞれのキャリ アガイダンスシステムに対し、万人にとっての生涯学習と持続的なエンプロイアビ リティ(雇用されうる能力)を促進するという文脈での見直しを模索していること である。学習の目的、労働市場の目的、社会的公平の目的の間のバランス、及びこ れらの目的の細かい性質は、国ごとに異なっている。しかし、すべての国が、エン プロイアビリティとリンクされ、かなりの程度個々人によって推進されるべき生涯 学習戦略の必要性を認識している。また、生涯にわたるこのようなプロセスを支援 することにおいて、キャリアガイダンスサービスの役割が、潜在的に重要な影響を 持っていることについても認識している。

2 点目は、すべての国でキャリアガイダンスサービスが、主として若年者と失業 者という 2 つの対象者層に関して実施されていることである。各国が主に重視して いるのは、若年者が初期教育の中での選択や労働市場への参入を進めるための支援 を行うこと、及び失業した成人ができるだけ早く仕事に戻るための支援を行うこと である。まったく労働市場の外にいる成人や、雇用されているもののキャリアアッ プのために転職しようとしている成人のニーズは、比較的軽視されている。

3 点目は、(すべての人々にとって活用可能な良い情報を作成することの必要性で はなく)これらの軽視されているグループとの関連で特に、キャリア情報の提供の 範囲を超えるキャリアガイダンスサービスへのニーズが重要な政策課題になってい るということである。インターネットが、その手段をますます提供しているが、重 要なのはその内容が十分かどうかである。キャリア情報が価値あるものになるため には、個々人がそれに基づいて行動できる必要がある。このことは、その情報が、 見つけだすことができ、理解することができ、自らのニーズに関連付けることがで

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き、個人の行動に転換することができるものであることを前提とする。私たちはこ のプロセスの動態(ダイナミクス)についてもっと知る必要があるが、私たちが現 在知っていることからは、人間が介在することが極めて重要であるように思われる。 したがって、この介在を提供する戦略は、熟練したキャリアガイダンスの実践家に よるものにせよ、又はこのような専門家に支援された人によるものにせよ、必須で ある。

4 点目の一般的結論は、生涯学習戦略を支援することができる普遍的な生涯ガイ ダンスシステムを開発できていないということである。参加各国を通じ、このよう なシステムの主要な要素ははっきりと認められた。それぞれの国の長所を取り出し て合体させることができれば、力強いモデルが生まれるだろう。私たちは、このよ うなモデルについて、異なる国の良い実践事例から主要な要素を一つ一つ描写しな がら、記述したいと思う。しかし、現在のところ、適切な諸要素を十分に兼ね備え ている国も、この難問を打ち破ったと主張できるほどに、それらを十分に開発して いる国もない。

(以下略)

参照

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