第97回全国算数・数学教育研究(北海道)大会 高等学校部会第1分科会 数学I
2015. 8. 7
数学 I 「データの分析」の教材の拡がりについて
―教科書の課題学習の活用から―
北海道札幌東陵高等学校 川嶋 哲典
要 約
新課程の高等学校数学には「データの分析」が新たな単元として加わった.この学習を通じて,生徒には
「統計的な見方・考え方」を身につけさせたい.しかしながら,現状の教科書「データの分析」の章の記述だ けでは不十分であると感じられる.そのため,「数学I」の教科書全16点の「課題学習」に掲げられたデータの 分析に関する課題を整理し,生徒が「統計的な見方・考え方」を養えるような課題とはどういうものであるべ きか考える.
キーワード: 課題学習,データの分析,統計学習,教科書
1 研究のねらい
1.1 背景
2012(平成 24) 年度から高校数学においては,新 学習指導要領の内容が学年進行で実施されている. 特に必履修科目である数学 I では,これまで選択 科目 (数学 B,数学 C) に配されていた統計分野か ら,記述統計に関する内容を整理し,「データの分 析」が新設された.ここでは,「中学校との接続に 配慮しつつ,分散や標準偏差,散布図や相関係数 などを扱い,データを整理分析し,傾向を把握す るための基礎的な知識や技能を身に付けさせるこ ととされている (文部科学省 2009).
景山 (2012) は,新課程用教科書の記述内容につ き,統計学の専門家の立場から分析し,総合評価 によって教科書間の優劣を述べている.また,松 元ら (2012) は,各教科書の構成,データの場面と データ数,問題における活動の質などに焦点を当 て,実際に授業を構成する上で検討・留意すべき 課題を示している.しかし,松元らの研究におい
ては,数学 I の教科書における「データの分析」の 章の記述のみを分析対象としていたため,同じく 新学習指導要領で新設された「課題学習」の内容 や,教師用指導書の内容に関しては分析対象外で あった.そこで筆者はこの方法に倣い,各教科書 の「課題学習」のページに掲載されている,デー タの分析に関する設問・課題の分析を行った (川 嶋 2013).
具体的には,松元ら (2012) と同様に,設問・課 題における活動の質を文末表現 (動詞) に着目し て,評価の観点「数学的な見方や考え方 (思考・判 断がはたらく問いかけ)」「数学的な技能 (代表値 などの算出や図表を書く問いかけ)」「数学的な知 識・理解 (用語の意味を確認する問いかけ)」に分 けて分類した.問の中に複数の活動 (動詞) がある 場合にはその活動ごとに,小問があるときは小問 ごとに数えた.
その結果,50 の設問 (課題提示) のうち,20 が
「数学的な見方や考え方」に関するもの,30 が「数 学的な技能」に関するものであった.「数学的な知
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識・理解」に関する設問はなかった.この点は,
「データの分析」の本文についてと同様の結果で ある (松元ら 2012).
1.2 目的と方法
前述の,筆者の調査結果 (川嶋 2013) をもとに して,新たな点から教材としての構成を試みたい. 具体的には,数学 I の教科書の「課題学習」のペー ジのうち,「データの分析」に対応する課題の内容・ 設問を,
• 教科書本文の内容を発展させる課題
• 教科書本文にはない内容を補充する意味を有 する課題
• 研究方法
と分類してみた.「課題学習」に掲載すべき内容は, 厳密に学習指導要領で定められているわけではな いため,ある程度扱っている内容に幅がある.こ れを,16 冊の教科書すべてから集めると,それだ けで十分な教材が確保できる.この点を本研究で はまとめ,課題と展望を述べてみたい.
表 1: 調査に用いた教科書一覧 東京書籍 数 I 301 「数学 I」 東京書籍 数 I 302 「新編数学 I」 東京書籍 数 I 303 「新数学 I」 実教出版 数 I 304 「数学 I」 実教出版 数 I 305 「新版数学 I」 実教出版 数 I 306 「高校数学 I」 啓林館 数 I 307 「詳説数学 I」 啓林館 数 I 308 「数学 I」 啓林館 数 I 309 「新編数学 I」 数研出版 数 I 310 「数学 I」
数研出版 数 I 311 「高等学校数学 I」 数研出版 数 I 312 「新編数学 I」 数研出版 数 I 313 「最新数学 I」 数研出版 数 I 314 「新高校の数学 I」 第一学習社 数 I 315 「高等学校数学 I」 第一学習社 数 I 316 「高等学校新編数学 I」
2 各教科書記述の内容
課題 1
函館市における 2000–2009 年の 3 月の平均気温 とさくら開花日の表から散布図を作成し,どんな 関係があるか考える.
課題 2
長野市の前年の夏の日照時間とスギ花粉飛散量 の記録から,2 つの数量間の関係を調べる.(「デー タの分析」の章の導入として課題提示.)
課題 3
1)最近 12 日間の気温と,売れたホットコーヒー, アイスコーヒーのそれぞれの数の記録から,散布 図を作成し,相関関係を調べる.
2)身のまわりの 2 つの量の関係について,相関が あるかどうか予想し,調べてみる.
課題 4
1)棒グラフから 2006 年と 2007 年の神奈川県藤沢 市の 7 月の海水浴客数を比較し,A 君は.「2006 年 に比べて 2007 年は海水浴客数が激減した」とし た.A 君の分析結果は正しいか正しくないか,話 しあう.
2) さらに 2000–2009 年の藤沢市の 7 月の海水浴 客数と平均気温のデータから,棒グラフの作成と 相関係数の算出.他に相関関係があると思われる データを調べる.
課題 5
1)パレート図の紹介
2)パレート図で表すと特徴が把握できる例をイン ターネットで調べてみる.
3) 3種の表 (会社の一般経費,売上伝票のミス件 数,小売店のおにぎりの販売比) についてパレー ト図で表し,わかったことをまとめる.
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課題 6
紙テープを繰り返し切り取り,切り取った長さ を測ってみる.50 回繰り返し,テープの長さの データを分析する.
1) 度数分布表に整理する.
2) 1)の度数分布表をヒストグラムで表す. 3) 平均値,標準偏差を求める.
4) 同様の作業を 100 回行い,得られたデータを 度数分布表に整理し.ヒストグラムで表す.また, 平均値と標準偏差を求める.実験結果からわかっ たことをまとめ,クラスで話し合ってみよう.
課題 7
1) スポーツ大会で行う競技の投票
• 度数分布表などで整理する.
• 選び出すルールを定め,それに従ってどの競 技を行うか決めてみる.
• 先の結果とは異なる競技に決まるルールを考 えてみよう.
2)日常生活においては,どのような場面でどのよ うな決定の方法が用いられているのかを調べてみ よう.
課題 8
「仮平均とデータの分析」
1) 仮平均の原理 (仮平均を求めてみる)
2) 仮平均を用いてデータの分散,標準偏差を求 める.
課題 9
「テストの得点を分析しよう」
1)度数分布表をつくる.そこからヒストグラムを 作り,気付いたことを発表する.
2)中間試験と期末試験の散布図をかき,相関係数 を求める.
3)期末試験の成績は,中間試験の成績から上がっ たと言えるか.「成績は上がった/上がっていない」 という立場で,理由を説明してみよう.
課題 10
「代表を選べ」
外国から来た友だちに「日本の都道府県の広さ はどれくらい?」と聞かれました.あなたならど う答えますか?
1)平均値,中央値,最頻値を求めて比較し,具体 的な都道府県名を挙げる.
2)平均値を答えるとすると少し大きく感じること がわかる.その理由を考える.
3)最終的にあなたはどの都道府県を選んで答えま すか.
課題 11
1 年間の 1 日ごとの最低気温のデータを,コン ピュータ (表計算ソフト) を利用して分析する. 1) 表計算ソフトで,各月の最小値,第 1 四分位 数,第 2 四分位数,第 3 四分位数,最大値を求め る.(関数を利用)
2)コンピュータで箱ひげ図をかき,気付いたこと を述べよ.
3)気象月報を利用して,気温のデータの箱ひげ図 を作り,データの分布のようすを調べる. 4)表計算ソフトを利用して,いろいろなデータを 分析してみよう.
3 「課題」の整理
各教科書の「課題学習」のページに掲げられて いるデータの分析に関する「課題」を,次の 3 つ に分類してみた.
3.1 教科書本文の内容を応用・発展させ
る課題
1)グラフ・図表の読み取り 2)度数分布表,散布図の作成
3)平均値,中央値,最頻値,標準偏差等の算出 4)散布図の作成,相関係数の算出
これらはいずれも,教科書本文で学習した内容 を深めることをねらいとして,さらに具体的な事 3
例において統計処理し,分析しようという内容の ものである.
3.2 教科書本文を補充する意味の課題
1) パレート図の作成 (課題 5) 2) 仮平均の考え方 (課題 8)
3) 表計算ソフトによる統計処理 (課題 11)
3.3 研究方法
研究の手引きを丁寧に解説しているもの.すな わち,「課題学習」そのものの取り組み方 (姿勢), レポートのまとめ方など,細かく指示されている.
4 結びにかえて
記述統計の内容が扱われる「データの分析」は, 実生活や実社会に密接に結びついている内容であ る.それ故,いかに具体的な事例・素材をもとに 授業できるかが重要であり,そのためには教科書 の記述以外に教員が有用と思う教材を準備する必 要がある.そしてそのことが生徒に必要性を実感 させられることに直結するであろうと筆者は考え ている.
一方,情報技術の進展により,近年はインター ネット等で統計学習のための教材の作成や確保も 容易になってきてはいるものの,多忙 (私だけ?) な高校教員にとってはその時間が惜しいこともな いわけではない.そんなときには,各教科書に掲 載されている「課題学習」の内容がその一助とな る可能性があることを紹介して,結びとしたい.
参考文献
[1] 景山三平(2012),「新学習指導要領に基づく高校
教科書『数学I』の統計記述内容及びその評価」, 広島工業大学紀要教育編,11,pp.61–66.
[2] 川嶋哲典(2012)「新課程数学I『データの分析』
の実験授業の試み」『北海学園大学教職課程年報』 4,pp.38–42.
[3] 川嶋哲典(2013)「高校数学I『課題学習』におけ
るデータの分析の取扱い」,第68回北海道算数 数学教育研究大会高等学校分科会発表
https://sites.google.com/site/tecchan0420/ に掲載.
[4] 熊原啓作・渡辺美智子(2012)『身近な統計(改訂 版)』,放送大学教育振興会.
[5] 国立教育政策研究所(2012)『評価規準の作成,評 価方法等の工夫改善のための参考資料 高等学校 数学編』,教育出版,p.32.
[6] 松元新一郎ほか(2012)「高等学校・数学I教科書 における『データの分析』の現状と今後のあり方」
『日本数学教育学会第45回数学教育論文発表会論 文集』,pp.719–724.
[7] 松元新一郎編著(2013)『中学校数学科 統計指導 を極める』,明治図書.
[8] 文部科学省(2009)『高等学校学習指導要領解説 数 学編 理数編』,実教出版,p.7, pp.25–27, pp.67– 68.
[9] 渡辺美智子(2012)「新課程における問題解決力育 成に向けた統計教育のあり方―共通教科『情報』 と数学Iの連携―」『じっきょう情報教育資料』34, pp.1–5.
[10] 渡辺美智子ほか編著(2012)『問題解決学としての 統計学』,日科技連.
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