担当:鹿野(大阪府立大学)
2013 年度後期
はじめに
前回の復習
操作変数法(IV):OLSに代わる推定法。
二段階最小2乗法(2SLS):複数の操作変数を統合。
今回学ぶこと
識別条件:複数の内生変数がある場合のIV推定。
需要曲線・供給曲線のIV推定。
テキスト該当箇所:11章。浅野・中村(2010)の8章も参照。
1 識別条件:複数の内生変数と操作変数
1.1
丁度識別・過小識別
重回帰モデル
Yi = α + β1X1i+ β2X2i+ β3X3i+ ui (1) に関し、一つ目の変数だけ外生、それ以外は内生変数であるとする。
E(ui) = 0, E(uiX1i) = 0
= 外生
, E(uiX2i) 0, E(uiX3i) 0.
= 内生
(2)
⊲ IV推定を行うための条件は?
⊲ 適当な推定量を当てはめたときの残差を、一般的に
ˆui = Yi−Yˆi= Yi−α − ˆˆ β1X1i− ˆβ2X2i− ˆβ3X3i (3) と表す。
丁度識別:いま、二つの操作変数Z1i、Z2iが観測されるとする。 E(uiZ1i) = 0, E(uiZ2i) = 0
= 内生
. (4)
1
⊲ ∴推定に利用可能なモーメント条件は、次の4つ。 E(ui) = 0 ⇒ 1
n
ˆui= 0, (5)
E(uiX1i) = 0 ⇒ 1 n
ˆuiX1i = 0, (6)
E(uiZ1i) = 0 ⇒ 1 n
ˆuiZ1i= 0, (7)
E(uiZ2i) = 0 ⇒ 1 n
ˆuiZ2i= 0. (8)
⊲ 未知数(係数)の数= 4、方程式の数= 4。∴推定量は、(5) ∼ (8)式の解で一意に定 まる!⇒αˆ、ˆβ1、βˆ2、ˆβ3を解けば、 を得る。
⊲ 推定したい回帰係数の数と同じ数のモーメント条件が作れ、結果として推定が実行 可能となることを、 と呼ぶ。
⊲ もしXi jがすべて外生的だったら?⇒モーメント条件が4つ作れるので、これも丁 度識別。この場合、解としてOLS推定量を得る。
過小識別:もし操作変数がZ1iだけならば?⇒4つ目のモーメント条件(8)式が成立せず、
「未知数の数= 4 >方程式の数= 3」。
⊲ ∴αˆ、ˆβ1、ˆβ2、ˆβ3を解けない。この状況を、 と呼ぶ。 推定 以前の、いわば「問題外」の状況。
⊲ 操作変数が一つも存在しないときは?⇒「未知数の数= 4 >方程式の数= 2」で、や はり過小識別。
⊲ (講義ノート#11、説明変数同士の線形関係)も、過小識別の一種。 1.2
過剰識別
過剰識別:操作変数がZ1i、Z2i、Z3iの三つあれば?⇒(5) ∼ (8)式に加え、さらにモーメ ント条件
E(uiZ3i) = 0 ⇒ 1 n
ˆuiZ3i= 0 (9)
が使える!贅沢な状況。
⊲ 「未知数の数= 4 <方程式の数= 5」。これを と呼ぶ。
⊲ (講義ノート#23)により、すべての操作変数を利用。
⎧
⎪⎪
⎪⎪
⎨
⎪⎪
⎪⎪
⎩ X2i
−−−−−−−−−−OLS →
X1i,Z1i,Z2i,Z3i
Xˆ2i
X3i
−−−−−−−−−−OLS →
X1i,Z1i,Z2i,Z3i
Xˆ3i
⇒ YiをX1i, ˆX2i, ˆX3iにOLS. (10)
⊲ 注意:X1iは外生変数なので、操作変数の一部として扱う。
Remark:識別条件・まとめ。
状況 推定法 過小識別 係数の数 モーメントの数 推定不可能 丁度識別 係数の数 モーメントの数 IV 過剰識別 係数の数 モーメントの数 2SLS
⊲ OLS・IVは基本的に、モーメント条件(直行条件)から成る「 」。
⊲ 操作変数は、内生性によって失われたモーメントを補完する働き。
⊲ OLSの内生性バイアス(講義ノート#22)を、「間違ったモーメントを使ったことに よるバイアス」と解釈できる。
2 需要曲線・供給曲線の IV 推定
2.1
市場均衡モデルの構造型と誘導型
市場均衡モデルの構造型表現:ある財の、市場iにおける均衡条件下の需要曲線・供給曲 線を次式で表す。
需要曲線: Yi = α0+ α1Xi+ ui, (11) 供給曲線: Yi = β0+ β1Xi+ vi. (12) ... 同時方程式モデル(講義ノート#22)の代表的な例。
⊲ Xiは均衡価格、Yiは均衡数量。∴上式は、 の需給曲線。
⊲ 上式を (こうぞうけい)と呼ぶ。両辺に(比較静学の意味で)内生変数 Xi、Yi。内生変数同士のフィードバック構造を示した、経済学上の意味を持つ表現。
⊲ (ui,vi)は、次の仮定を満たす確率的な誤差。
E(ui) = E(vi) = 0, E(u2i) = σ2u, E(v2i) = σ2v, E(uivi) = 0. (13)
誘導型:XiとYiを解き、係数と項を整理すると
均衡価格: Xi= −
(α0−β0) (α1−β1)
=γ1
− (ui
−vi) (α1−β1)
=ǫi
= γ1+ ǫi, (14)
均衡数量: Yi= β0+ β1γ1
=γ2
+ vi+ β1ǫi
=ξi
= γ2+ ξi. (15)
⊲ 構造型両辺の内生変数を、すべて解き切った表現。これを (ゆうどうけ い)と呼ぶ。経済理論上無意味だが、データの発生メカニズムを簡潔に示した表現。
⊲ ∴分析者が観測する取引データ(Xi,Yi)は、需要サイド・供給サイドで発生した無意 味なノイズ(ui,vi)の塊に過ぎない!
2.2 OLS の同時性バイアス
Remark:観測された取引データ(Xi,Yi)を散布図に描くと?⇒図1。
⊲ 各点(Xi,Yi)は、二つの誤差(ui,vi)で絶えず変化する の実現値。
A
Y
X
S1
S2 S3
S3
D1 D2
D3 D4
B
Y
X
図1:均衡価格Xiと均衡数量Yiの散布図
⊲ 右下がりの需要曲線or右上がりの供給曲線を推定する「つもり」で、散布図に回帰 直線をフィットさせれば
b = SXY SXX =
1 n−1SXY
1 n−1SXX
= sXY
s2X . (16)
... このOLSで、需要曲線の傾きα1と供給曲線の傾きβ1、どちらが推定されるのか?
ここで、需要と供給のブレの、相対的な大きさを定義。 c = σ
2v
σ2u+ σ2v =
供給側の分散 分散の総和
, 0 < c < 1. (17)
⊲ 供給曲線が、より大きくブレる⇒c = 1に近づく。
⊲ この表記を使えば、均衡価格Xiと数量Yiの共分散Cov(Xi,Yi)と、Xiの分散Var(Xi) に、次式の関係。(証明⇒今回の補足資料参照)
Cov(Xi,Yi) =c(α1−β1) + β1 Var(Xi) ⇔ Cov(Xi,Yi)
Var(Xi) = cα1+ (1 − c)β1. (18)
同時性バイアス:均衡の取引データでYiをXiに回帰したOLSの確率極限は、
plim b = , (0 < c < 1). (19)
⊲ ∴このOLSは、需要曲線の傾きα1と、供給曲線の傾きβ1の を推定し てしまう!∴双方に関し、一致推定量とならない。
⊲ cの定義(17) ⇒供給の分散が大きいとα1寄り、需要の分散が大きいとβ1寄りの値
が推定される。
⊲ 証明:(16)式の確率極限をとれば、(18)式より plim b = plim sXY
plim s2X =
Cov(Xi,Yi)
Var(Xi) = cα1+ (1 − c)β1. (20)
A
Y
X
S(Z1)
S(Z2) S(Z3)
S(Z4)
B
Y
X
図2:均衡価格Xiと均衡価格Yiの散布図
2.3
需要・供給曲線のシフトによる
IV 推定モデルの拡張:もし生産者の技術要因Ziで すると、
需要曲線: Yi= α0+ α1Xi+ ui, (21) 供給曲線: Yi= β0+ β1Xi+ + vi. (22)
⊲ Ziは生産側に影響するが、需要側に一切影響しない変数。需要曲線の誤差とも無相関。 Cov(ui,Zi) = E(uiZi) = 0. (23)
∴需要曲線に関し、Ziは 。
⊲ 例:生産要素価格や気候、法的規制、技術水準の違いなど。
Remark:Ziが変動すると供給曲線はシフト、需要曲線は一定。⇒均衡点の散布図(Xi,Yi) において、右下がりの が浮かび上がる(図2)。
⊲ 注意:需要曲線もZiでシフトしたら、需要曲線を識別できない。
⊲ ∴需要曲線だけに作用するシフト要因(家計所得や代替財・補完財価格など)が観 測できれば、供給曲線側も識別可能。
⊲ このアイディアを、推定に生かすには?
需要曲線のIV推定:新たなモデル(21)式・(22)式の均衡価格、および需要曲線は 均衡価格: Xi= γ1+ + ǫi, η =
β2
(α1−β1). (24) 需要曲線(再掲): Yi= α0+ α1Xi+ ui, Cov(ui,Zi) = 0. (25)
⊲ ∴Ziを需要曲線右辺のXiの操作変数に当て、α0、α1を すればよい。(供 給のシフト要因が複数あれば、2SLSで。)
⊲ 計量経済学の「外生変数」、「内生変数」という言葉の由来は、ここにある。
Remark:需要曲線・供給曲線のIV推定。計量経済学の「奥義」。
⊲ 需要曲線の推定: させる操作変数で、IV(2SLS)推定。
⊲ 供給曲線の推定: させる操作変数で、IV(2SLS)推定。
⊲ 需給の双方をシフトさせる変数は、操作変数として使えない。
例:東京都中央卸売市場の取引データ(9つの市場×12か月)から、みかんの需要曲線を 推定。価格Xi、数量Yiは対数変換済み。∴需要の価格の弾力性を推定。
OLS 2SLS
係数 t値 係数 t値
定数項 8.14 35.92 9.43 21.14
価格 -2.15 -27.15 -2.64 -15.95
大田ダミー 0.71 4.49 0.71 4.14 ...
多摩NTダミー -1.75 -8.41 -1.77 -8.33 修正済みR2 0.82 0.81
サンプル数n 108 108
⊲ コントロール変数:市場ダミー(築地をレファレンスとする)。
⊲ 操作変数:「季節・気象条件は農産物の限界費用に影響するが、消費者の選好には影 響しない」と仮定。⇒「月(1月=1、2月=2、...、12月=12)」と「月の2乗」を操 作変数とする2SLS推定。
⊲ 推定結果:OLSは、需要曲線の傾き(弾力性)をやや過小評価している可能性。
⊲ 注意:「冬になるとみかんを食べたくなる」消費者が多数ならば、「月」を操作変数 とするのは誤り。(需要曲線もシフトしてしまうため。)
まとめと復習問題
今回のまとめ
操作変数法(IV)。内生性が疑われるとき、OLSに代わる推定法。
二段階最小2乗法(2SLS)。操作変数が一つだけなら、IVと2SLSは同値。
復習問題
出席確認用紙に解答し(用紙裏面を用いても良い)、退出時に提出せよ。 1. 次の需要曲線・供給曲線の構造型を考える。
需要曲線: Yi= α0+ α1Xi+ α1Zi+ ui, (26) 供給曲線: Yi= β0+ β1Xi+ vi. (27) Ziは需要曲線のシフト要因である。誘導型を求めよ。また、ここでIV推定できるのは、 需要曲線と供給曲線のどちらか?
2. どのような「実験」を行えば、需要曲線(需要量の価格に対する反応)をOLS推定でき るか?