経済学基礎
-第 12 回前半 経済政策-
菅 史彦
内閣府 経済社会総合研究所
マクロ経済モデル
マクロ経済学で使われるモデルは、基本的には一般均衡モデ ルだが、
集計された経済変数の時間的な変化な変化に関心がある。 市場の均衡を必ずしも前提としない。
理論的整合性より、政策的な意味を重視。 経済主体間の相違は重視しない。
この講義では、経済政策への理解を深めるという目的で、一番シ ンプルなケインズ経済学のマクロモデル(IS-LM モデル)のみを 扱う。
需要とケインズ経済学
ケインズ経済学では、前提として
1 財市場は超過供給の状態が支配的である。
2 生産能力に余裕が有り、需要さえあればその分だけ供給で きる。
3 価格調整スピードが遅く、超過供給なのに価格が下落しない。
4 そのため、総需要がどう決まるかのみが問題である。
乗数モデル:財市場の均衡
総需要は、消費+投資+政府支出で与えられる:
A =C+I+G (1)
=c0+c1Y +I+G (2) 三面等価により、総生産と総所得は等しい。
Yは総生産に等しく、これが総需要に等しい水準に決まる。 すなわち、以下の恒等式が成立する:
Y =A (3)
乗数モデル:財市場の均衡
財市場の均衡は下図Eで与えられる:
乗数モデル:財市場の均衡
財市場の均衡は下図Eで与えられる:
乗数モデル:財市場の均衡
財市場の均衡は下図Eで与えられる:
乗数モデル:乗数
1 ここで、投資もしくは政府支出が1兆円増えたとする。
2 財市場の均衡条件をYについて解くと、
Y = c0+I+G 1 −c1
(4) を得る。
3 すなわち、I+Gが1兆円増加すると総生産・国民所得は 1
1 −c1 > 1 (5) 増加する。
乗数モデル:乗数
図で見ると…
乗数モデル:乗数
図で見ると…
乗数モデル:乗数
図で見ると…
乗数モデルから IS-LM モデルへ
乗数モデルは単純だが、公共事業で景気が良くなるという発 想は、基本的に乗数モデルから来ている。
そのため、政治経済的には非常に重要な意味を持つ。
ただ、ここまでの議論では、投資は外生変数で、貨幣市場は 考慮しなかった。
乗数モデルに内生的な投資と、貨幣市場を導入したのが IS-LMモデル。
貨幣市場
貨幣には交換手段としての側面と、 富の蓄積手段としての側面がある。 貨幣需要関数をL(Y,r)と定義すると、
取引需要の側面から∂L/∂Y > 0、 資産需要の側面から∂L/∂r < 0。
貨幣市場の均衡条件 (LM 曲線) は以下で与えられる: M
P =L(Y,r)
貨幣市場の均衡
貨幣量とrはこのような関係を満たしているはず。
貨幣市場の均衡
貨幣量とrはこのような関係を満たしているはず。
IS-LM モデル
財市場のみを分析した乗数モデルに、貨幣市場も加えたのが IS-LMモデル。
財市場と貨幣市場をつなぐ要素として、利子率に依存する投 資を導入し、財市場の均衡式を、
Y =C(Y −T) +I(Y,r) +G (6) と定式化。ただし ∂C/∂Y > 0、∂I/∂Y > 0、∂I/∂r < 0。 貨幣市場の均衡式を以下のように定式化:
M
P =L(Y,r) (7) ただし、∂L/∂Y > 0、∂L/∂r < 0
IS-LM モデル
IS-LM曲線から(2つの曲線の交点が均衡点)、Y,r が決定され、 総需要が決まる。
線形の IS-LM モデル
ここでは、IS-LM モデルの各関数が線形関数の場合を考える。 消費関数、投資関数を以下のように定義:
C =α1+α2(Y −T), 0 < α2< 1 (8) I =β1+β2Y +β3r, β2> 0, β3< 0 (9) 貨幣市場の均衡式を以下のように定義:
M
P =γ1+γ2Y +γ3r (10)
線形の IS-LM モデル
内生変数のベクトルをx ≡(Y,C,I,r)と定義し、Ax =bの形 で書く。
ただしA は 4 × 4 の行列、bは 4 × 1 のベクトルで、
A =
−α2 1 0 0
−β2 0 1 −β3 1 −1 −1 0 γ2 0 0 γ3
b =
α1−α2T β1
G M/P −γ1
と書ける。
線形の IS-LM モデル
クラメールの公式を使って解けば、
Y = |A1|
|A| =
(α1−α2T +β1+G)γ3+β3(M/P−γ1) γ3(1 −α2−β2) +β3γ2
(11)
r = |A4|
|A| =
−(α1−α2T +β1+G)γ2+ (1 −α2−β2)(M/P−γ1) γ3(1 −α2−β2) +β3γ2
(12) が得られる。
財政・金融政策の効果
ここでは以下2つのケースを考え、政府支出G、税金T、通貨供 給量Mなどが変更された場合の影響を分析する。
β2=β3= 0のケース β2= 0、β3 < 0 のケース
政策の効果: β
2= β
3= 0 のケース
このケースは、投資Iを外生としたケースと同じ。 この場合、所得Y は
Y = α1−α2T +β1+G
1 −α2 (13) となる。
政府支出Gを 1 兆円増加させると、所得Yは 1
1 −α2
兆円増加する。すなわち乗数は 1/(1 − α2)
政策の効果: β
2= β
3= 0 のケース
政府支出Gと税金Tを等しくG =Tとする均衡財政下で、G およびTを 1 兆円増加させると、どのようなことが起こるか? (13)のG,TにそれぞれG+ 1、T + 1を代入すると、所得Y は 1 兆円増加することになる。
すなわち、景気が悪い時に公共事業を行って、良くなった後 から増税すれば、事後的には経済全体にはプラスになる。 また、この場合、所得Yは通貨供給Mの関数ではないので、 マネーサプライMを変化させても所得Yは変化しない。すな わち、金融政策は所得に対して効果をもたないことになる。
政策の効果: β
2= 0 、 β
3< 0 のケース
投資が利子率rのみに依存するケース。 この場合、所得 (= GDP)Yは
Y = (α1−α2T +β1+G)γ3+β3(M/P−γ1) γ3(1 −α2) +β3γ2
(14) で与えられる。
政策の効果: β
2= 0 、 β
3< 0 のケース
政府がGを1兆円増やすと、所得は、 1
(1 −α2) +β3γ2/γ3
< 1 1 −α2
兆円増える。
すなわち、Gが上昇しても、β3 = 0のケースほどは GDP は 増えない。
これは利子率の上昇により投資のクラウディングアウトが起 こるため。
ちなみにこのケースでは金融政策は有効で、M/Pを1兆円増 やすと、GDP は増分は以下で与えられる:
財政・金融政策の効果
財政政策の効果が大きいケース1:
財政・金融政策の効果
財政政策の効果が大きいケース1:
財政・金融政策の効果
財政政策の効果が大きいケース1:
LM曲線がフラットならば、IS 曲線がシフトしてもrがあまり 上昇しない。
rの上昇による投資のクラウディングアウトの効果が弱いた め、財政政策が有効。
フラットな LM 曲線は、Y が上昇して取引需要が増えても、r が少し下がるだけでその増分を打ち消せる状態。
すなわち、貨幣の取引需要がYに関して非弾力的、もしくは 資産需要がrに関して弾力的なケースを意味する。
財政・金融政策の効果
財政政策の効果が大きいケース2:
財政・金融政策の効果
財政政策の効果が大きいケース2:
財政・金融政策の効果
財政政策の効果が大きいケース1:
IS曲線の傾きが急なら、rが上昇しても、Yは少し減るだけ。 これは、投資Iが利子率に関して非弾力的で、利子率の上昇が 生産量に及ぼす影響が弱いケース、
この場合、利子率の上昇幅が大きくても、投資のクラウディ ングアウト効果が弱いため、財政政策は有効。
財政・金融政策の効果
金融政策の効果が大きいケース1:
財政・金融政策の効果
金融政策の効果が大きいケース1:
財政・金融政策の効果
金融政策の効果が大きいケース:
フラットな IS 曲線は、投資Iがrに関して弾力的であること を意味する。
すなわち、M/Pが増えたときrが下がることによって投資が 増大する効果が大きいので、金融政策の効果が大きい。
財政・金融政策の効果
金融政策の効果が小さいケース:
フラットな LM 曲線は、貨幣の資産需要がrに関して弾力的で あることを意味する。
すなわち、M/Pがrがほんの少し下がるだけで貨幣市場の均 衡が保たれる。
したがって、マネーサプライの増加に対する金利の反応が小 さく、あまり投資が増えないため、金融政策の効果が小さい。 最も極端なケースが流動性の罠の状態。
流動性の罠
流動性の罠
マクロ計量モデルの推定
以上の議論から、効果的な財政・金融政策を行うためには、 IS曲線と LM 曲線の傾きを知ることが重要なことがわかる。 そのために、実際のデータを使ってマクロ計量モデルを推計 する試みが盛んに行われた。
今でも、IS-LM 的なマクロ計量モデルの推定・運用は、各国 の政府・中央銀行によって行われ、政策決定に影響を与えて いる。
しかしそれに対し、ルーカス批判がなされ、ケインズ的なマ クロモデルの推定はアカデミックではほとんど使われなく なった。
IS-LMモデルへの批判
ルーカス批判
マクロ計量モデルを用いた分析は、
1 現在までのマクロ変数の動きから、
2 IS曲線、LM 曲線を構成する方程式のパラメータを推定し、
3 推定したモデルを使って政策の効果を分析する。 ということが行われる。これに対しルーカスは、
政策が変われば人々の行動も変わるので、
マクロ経済変数間の関係も、政策変更に伴って変わる。 なので、現在までのマクロ経済変数の変動から推定されたパ ラメータを用いて、仮想的な政策分析することは無意味で ある
と批判した。
ルーカス批判
マクロ計量モデルを用いた分析は、
1 現在までのマクロ変数の動きから、
2 IS曲線、LM 曲線を構成する方程式のパラメータを推定し、
3 推定したモデルを使って政策の効果を分析する。 ということが行われる。これに対しルーカスは、
1 政策が変われば人々の行動も変わるので、
2 マクロ経済変数間の関係も、政策変更に伴って変わる。
3 なので、現在までのマクロ経済変数の変動から推定されたパ ラメータを用いて、仮想的な政策分析することは無意味で ある
と批判した。
ルーカス批判後のマクロ経済学
1 ミクロ的な基礎付けのもとに構築されたモデルを用いるアプ ローチが主流になる。
2 これに対し、ケインジアンもミクロ的な基礎付けを持ったマ クロ経済モデルを開発する。
3 ミクロ的な基礎付けを持ったモデルを使うことは、共通の言 語・モデルを前提に建設的な議論をするという意味で、とて も重要。
4 しかしケインジアンと新古典派の間の溝は、今も全く埋まっ ていない。
マネタリズムの批判:政策のタイミング
ミルトン・フリードマンを中心とするマネタリズム学派を中 心に、ケインジアンへの批判を行われた。
批判の大きな理由の1つは、政策のタイミングの問題にある: 認知のラグ
決定のラグ 実施のラグ 波及のラグ
ずれたタイミングで実施された金融政策が景気変動を起こ すというのがマネタリストの考え。
そのため、裁量的な金融政策ではなく、予め決められたルー ルに基づいた政策運営を行うべきと主張する。
マネタリズムの批判:名目 V.S. 実質利子率
IS-LMモデルで金融政策が有効になるのは、金利の変化が投 資に影響を与えるから。
しかし、これはPが変化しないという前提の議論である。 投資は比較的中長期に渡る意思決定の問題なので、価格が変 化しないという仮定は強すぎる。
もし価格が変化するのであれば、フィッシャー方程式: 実質利子率 = 名目利子率 − インフレ率(の予想) であり、名目利子率の変化は物価の変化で相殺されてしまう。 IS-LMモデルは短期のマクロ経済モデルなので、その時点で
日本における名目利子率と実質利子率の推移
出典:福田・照山『マクロ経済学・入門』
ゼロ金利と流動性の罠
以上の議論では、基本的に金融政策は利子率r を変化させ、 投資を促進することで実体経済に影響を及ぼすことを想定し ている。
しかし、日本ではゼロ金利政策と量的緩和政策の影響で、金 利はほとんどゼロの状態になって久しい。
そのため、日本経済は流動性の罠の状態に陥っているとも言 われている。
ゼロ金利と流動性の罠
ゼロ金利と流動性の罠
日本の非伝統的金融政策: 2000 年代まで
このような状況で、非伝統的金融政策が行われてきた。
アベノミクス開始までの流れ:
2001年 3 月に量的緩和政策を開始し、
政策目標を無担保コールレート(=短期金利)から預金準備
(マネーサプライ)に変更した。
量的緩和政策は、景気回復に伴い、2006 年に終了。 2008年 9 月にリーマン・ショックに伴う世界同時不況が起 こったため、
2008年 12 月にゼロ金利政策が復活
日本の非伝統的金融政策:アベノミクス以後
アベノミクス以後の流れ:
2012年 12 月に第二次安倍内閣が成立したことに伴い、 2013年 4 月からインフレ目標を実現するための量的・質的緩 和(異次元緩和)が始まった。
さらに 2016 年 1 月から、預金準備にマイナス金利が適用さ れた。
量的・質的緩和
量的・質的緩和の主な内容としては、以下の3つがある。 ハイパワードマネーのさらなる増加
長期国債の買い入れ枠の増加
国債以外の資産の買い入れ枠の増加
以下の3つの経路を通じた効果が期待される: 予想物価上昇率の引き上げ効果
イールドカーブの押し下げ効果 ポートフォリオリバランス効果
ハイパワードマネーは増えたが、貨幣状数は低下し、マネース トックはあまり増えていない。
貨幣乗数の推移
貨幣状数=マネーストック/ハイパワードマネーの推移:
量的・質的緩和への評価
インフレ目標は達成できていない。
実質金利は下がってきてはいるけれど、期待されたほどでは ない。
インフレ期待もあまり高まってきてはいない。 現時点では大きな効果を上げたとは言いがたい。
しかしこれだけやってダメなら、そもそも金融政策だけでど うにかなる局面ではないということかもしれない。