肝移植の治療成績向上を目指して
大学院医学研究科 教授
武冨
た け と み
紹
あ き
信
のぶ
(医学部医学科)
専門分野 : 外科学(消化器外科,肝胆膵外科,肝移植外科)
研究のキーワード : 外科,がん,肝移植,C 型肝炎ウイルス,遺伝子多型 HP アドレス : http://www.surg1-hokudai.jp/
何を目指しているのですか?
1963年に世界で初めての肝移植が米国で行われてすでに50年がたちました。その間、新 しい免疫抑制剤が開発され、手術手技が向上し、周術期管理が進歩するなど数多くの改良 がなされ肝移植の成績はよくなっています。その一方で、解決すべき数多くの課題も残さ れています。肝移植を含め当科で担当している消化器外科、小児外科領域で日々病気と 闘っている患者さんのお役に立てるような日常臨床の課題を解決するような研究成果を得 ることを目的にしています。
どのようなことが課題なのですか?
現在の肝移植医療において解決すべき大きな課題の1つとして C 型肝炎ウイルスの再感 染があります。C型肝炎ウイルスは血液などの媒介により肝細胞に感染し、30年から35年 かけて肝硬変や肝がんを発生させるウイルスで、肝移植の原因疾患の約30%がこのC型肝 炎ウイルスです。C型肝炎に対する肝移植の治療成績は、他の疾患(胆汁うっ滞性肝硬変 など)に対する肝移植に比べ 不良といわれています。左図 のように、せっかくきれいな 肝臓を移植するのに、移植後 72時間以内には、ほぼ100% の例においてC型肝炎ウイル スが再感染してしまいます。 移植後は拒絶反応を抑えるた め免疫抑制剤を服用する必要 があり、C型肝炎ウイルスの 増殖がより活発な状態となり、 通常では感染から肝硬変まで30年かかるところ移植後は数年で肝硬変になることが知ら れています。私は、この肝移植後C型肝炎再感染に対する有効な治療法を開発することを 目的に研究を行ってきました。
どのような治療が有効なのですか?
現在のところ、ペグインターフェロン/リバビリン併用療法が移植後C型肝炎ウイルス
出身高校:長崎県立佐世保南高校 最終学歴:九州大学大学院医学研究科
医療
― 64 ― ― 65 ―
再感染における唯一の治療法です。しかし、その効果は約30%と低く、さらにペグインター フェロン/リバビリン併用療法は高価で、血球減少、インフルエンザ様症状、発疹、精神 障害などの副作用も多く、移植後は特に深刻な問題となります。
我々はゲノムワイド関連解 析により見出されたペグイン ターフェロン/リバビリン併 用療法の効果と密接に関係す る と い う19番 染 色 体 上 の IL28B 遺伝子周辺領域の1 塩基置換に注目しました。こ のIL28B遺伝子多型を肝移 植症例で解析したところ、レ シ ピ エ ン ト 、 ド ナ ー 両 者 の IL28B 遺伝子多型が肝移植
後C型肝炎ウイルス再発に対するペグインターフェロン/リバビリン併用療法の感受性に 関わっていることを見出し世界で初めて報告しました。今後はレシピエントおよびドナー の遺伝子多型に基づいてC型肝炎ウイルス治療法を決定するとともに、遺伝子多型を考慮 したドナー選択が必要になる時代が訪れるかもしれません。
次に何を目指しますか?
今回取り上げた肝移植後C型肝炎再感染のほかにも、肝移植後の成績を不良にしている 数多くの未解決の課題が残されています。肝移植は善意の医療であり、かけがえのないド ナーから提供いただいた肝臓を最大限有効に使うために、移植外科医はこれらの問題に立 ち向かっていかなければなりません。
私たち北海道大学消化器外科Ⅰ分野で扱っている消化管外科、肝胆膵外科、小児外科、 そして臓器移植外科はハードな職種で知られていますが、その分やりがいもあります。現 在の命を救うために病棟で患者さんと一緒になって格闘するとともに、明日の命を救うた めの臨床上の課題に根付いた研究を行っています。命にたずさわることの使命感を意気に 感じ、一生懸命頑張っている若手外科医たちとともに、明日の医療を明るく照らすような 研究成果を世界に向けて発信していきたいと思っています。
参考書
(1) 武冨紹信ほか,「肝移植後のHCV感染に対するPEG-IFN/Ribavirin療法」:『肝胆膵』 63巻6号,1158-1164(2011)
(2) Fukuhara T, Taketomi A, et al. 「Variants in IL28B in liver recipients and donors correlate with response to peg-interferon and ribavirin therapy for recurrent hepatitis C. 」Gastroenterology 139(5):1577-85, 2010.
― 64 ― ― 65 ―